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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第5章 この手で掴む、五風十雨
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君主にとって最大の悪徳は、憎しみを買う事と軽蔑されることである





 予想していた通り、今度は東と北から敵がやって来た。数はそれぞれ5・6万といったところだが、結局のところ各個撃破での包囲が狙いの様だった。

 四方で交戦状態に入ったところで、アルカードが女性陣を集合させた。

「ボニーはクミルと東へ」

「わかった」

「はい」

「アミンは西だ」

「はい」

「リュイは北へ」

「はい」

「失敗しても構わない。好き放題泣き喚け。が、無理をするなよ」

「大丈夫だよ! じゃ行ってくんね!」

 ボニーが意気揚々と返事をして、女性陣は王宮を後にする。ちなみにミナはアンジェロの事があるので待機、ミラーカは仮にも王妃なので王宮からは出ない。

「私も行きたかったわ。たまには外に出たいもの」

「・・・・・お前、今は戦争中だぞ。その我儘は戦争が終わってからにしろ」

「戦争が終わったら余計に忙しくなるじゃない」

「私はな。お前は毎日暇だろう」

「そうなのよ。あぁ、本当に王妃って暇すぎるわ。私フロリダに行きたいわ。常夏のリゾートでパーッと遊びたいわ」

「・・・・・不謹慎だぞ。今は慎め。戦争が終わったら連れて行ってやる」

「そんなことよりもう朝よね。私眠くなっちゃったわ」

「・・・・・寝ろ」

(うわぁ、王妃我儘)

(王妃陛下自由人だな)

(ドラクレスティ陛下も大変だな)

 自由で我儘で空気を読まないミラーカの駄々っ子に、他の国のメンバーは若干引いたが、VMR側は慣れたもので、しれっとしていた。



 一方女性陣はというと、王宮から出る前に一応武装して、城外に出ることになっている。

「なんか緊張しますね。戦闘になったらどうしよう」

「リュイは双子の血統だから大丈夫だよ。最初からかなり強いじゃん」

「けど私戦闘なんてしたことないから、なんか怖いです」

「だからこそじゃん。情と涙に訴えるっていう作戦なんじゃん」

「だから私達女性陣なんだよね? 女の方がこう言う時効果があるから?」

「そーそー。けどクミルまでついてくることなかったのに。危ないよ?」

「いいえ。私もお役に立ちたいのです」

「・・・・・アンジェロの秘書だから?」

「はい」

 少なくとも仕事に関しては、ずっとアンジェロの傍でサポートしていたのはクミルだ。アンジェロは仕事にも厳しくてクミルもしょっちゅう営業スマイルで叱られたが、アンジェロは部下を大事にしたし、部下を教育することも手を抜かなかったし、クミルにとっては尊敬できるボスだったのだ。

 そのアンジェロが裏切ったことは、クミルにもとてもショックだった。アンジェロがそんな事を考えているとは夢にも思わなかったし、クミルにとっては恩人であり尊敬できる人だ。

「私が一番傍でお仕えさせていただいていたのに、私は何も気づけませんでした。秘書失格です。だから、せめてお役にたちたいのです」

 アンジェロが官房長官の時にこの戦争が起きていたら、きっと戦争を止めたり戦勝に尽力するはずだ。それに協力する仕事をするのが、自分の責任だと思ったのだ。

「若様が裏切っても、クミルさんにはボスのままなんだね」

「はい」

 


 返事をしたクミルから視線を外して、アミンは南の方角に目をやった。

 ―――――今でも、信じられない。陛下だって、信じてたよ。

 アミンは普段アルカードに仕えているので、アルカードの事も少しはわかっているつもりだ。アルカードは厳しいし、冷たいし、大概は無視だし、正直恐い。

 でも、それでもアミンはアルカードが好きだ。アルカードが下の者に寄せる信頼、下の者がアルカードに寄せる信頼。アルカードの厳しさは下の者を思っての事だと言うのは、よくわかる。

 最初の頃、アルカードに怒られて涙ながらに愚痴っていた時に、ジョヴァンニが言ったのだ。

「陛下の行動には全部意味があるんだよ。確かに陛下は厳しいことを言うし根に持つけど。俺はあの人の言う通りに行動して、失敗したと思ったことがない。その時は辛くてもね、後になって、その結果に満足する事の方がはるかに多い。

 あの人はいつもちゃんとアミンを見てるよ。アミンが頑張ってることはちゃんとわかってるから、そのこと自体は否定したりしないよ。厳しくするのは、長い目で見て、アミンが立派になるように。あの人はああ見えて、優しいから」


  そう言われて気付いた。確かにアルカードは厳しいし、すぐに細かいことでも文句を言うが、その為にアミンの人格を攻撃したり、努力を否定したりすることは皆無だ。

 その事をミナもアンジェロもジョヴァンニも、みんなよくわかっているから、無茶苦茶な無理難題を押し付けられても、それを達成しようと努力するし、アルカードもちゃんと能力を評価する。そこにあるのは、信頼だ。

 アルカードと内閣の両腕が3人で論争になることはしょっちゅうだった。大喧嘩にしか見えなかったものの、アルカードが言っていた。

「小僧もそうだが、山姫もまだまだ甘い。だが、真摯に意見してくる部下がいる事は、幸せなことだ」

 そう言ってアルカードは笑った。それを聞いてアルカードが笑ったのを見た時に、アミンは決めた。一生アルカードについて行こう、と。

 普段は無茶苦茶だが、アルカードはとても立派な王様だと思った。生涯の忠誠を捧げる価値のある人だと思った。だからみんなアルカードを信頼して、努力をするのだとわかった。アルカードが信頼しているから。

 そう思っていたから、アミンにもアンジェロの裏切りはかなりショックだった。少なくともアミンには、アルカードが全幅の信頼を寄せているのがアンジェロだと思っていたから、余計に。

 だから、アミンが自分にできる事を考えた時、ボニーの提案に乗ることにしたのだ。本当にアルカードとアンジェロを思うなら、この戦争をVMRの勝利に導くべきだ。アンジェロの裏切りを頓挫させてやることが、きっとアンジェロの為にもなる。

「よっしゃ。銃持った?」

「持ちました!」

「使い方はOK?」

「大丈夫。練習したから」

「OK.外に出たらもうバリアの為に都内には戻れない。覚悟はいい?」

「勿論ですわ」

「じゃ、行きますか」

「おー!!」



 アルカードからの指令。

 各隊の小隊長、師団長たちと連携し、個人行動が可能なお前達で、まずは指揮官である悪魔を殺害せよ。兵隊たちは寄せ集めの烏合の衆。悪魔に無理やり従軍させられているに過ぎない。彼らを説得し、味方に引き込め。



 ボニーがクミルと共に向かったのは、一番戦闘の激しい東側だ。東の山脈に潜んでいた同盟軍と守備の国軍。わかっていたのか、この東側が一番悪魔軍の数が多く、激戦が繰り返されている。

 そこに到着すると、土煙、死体、血、悲鳴、剣のぶつかる音、駆ける足音が轟き、段々と明るくなった空がその様相を詳細に映しはじめている。

 その光景を見てクミルは息を呑んで立ち止まり、怯えているようだった。

「これが・・・・・戦争」

「そだね。あたしの知る戦争はもっと豪快だけど、この世界の戦争は生々しいねー」

 人対人、力対力、剣対剣。純粋に、人と人との勝負。殺す側も殺される側も、殺害の実感を如実に味わう、戦争。

「怖い?」

 クミルの足は震えて、そこから動くことができないようだ。しかし、ボニーに尋ねられて、ギュッと目を瞑ったクミルは意を決したように瞼を開けた。

「怖いけど、怖いからって逃げるのはやめます。怯えて逃げるのは、もううんざり。官房長官が言っていましたから。自分で考えて、自分で立ち上がって、自分で歩き出せって。だから、私も行きます」

「そ。ま、なんとかなるなる」

 ボニーが笑ってクミルの肩をポン、と叩くと、クミルも少しは緊張がほぐれたようで、笑い返した。



 ボニー達が戦場に近づくと、その区域の司令官を務めていた秦皮とねりこがやって来た。

「二人ともなんで戦場なんかに! 危険だぞ!」

ちがやお疲れ。実はさー、陛下の勅命なんだよね」

 そうして秦皮にも指令を伝えると、協力してくれることになった。秦皮は指揮官なのでその場から離れるわけにはいかないとのことで、こちら側からも説得をしてみるということになった。

「それが成功すれば心強い。何より、夜が明ける。俺達夜族の領分は、もう終わりだ」

 吸血鬼やルー・ガルーなどの夜族は、昼間は起きてはいられない。もしくは、夜の間しか力を発揮できず、昼間は力を失ってしまう。秦皮くらいのレベルになると昼間も起きていられるらしいが、秦皮以下の吸血鬼は大半が昼間起きていられないので、どうしても戦線を離脱しなければならないのだ。

 悪魔もその事は知っているはずだ。何か仕掛けて来るなら昼間の可能性が高い。何より昼間の方が戦争には向いている。それはお互いに言えることだが。

 それもあって、アルカードはそう言う指令を下したのだ。何か仕掛けようにも、手札を減らせば効果は薄れると考えての事だ。

「大概指揮官ってのは後方にいるもんだけど、この戦場を抜けていくことは無理だな」

「飛べる奴とかいないの?」

「えっとー・・・・・あ! 4姉妹がいます!」

「4姉妹?」

 ボニーが鸚鵡返しにすると、小隊長が少し待てと言っていなくなって、しばらくすると一人を連れてきた。



 見ると、頭と上半身は人間だが手は翼で体はトリで、大きさはボニーと一緒位の怪鳥の一種のようだ。挨拶をしているつもりなのか、片翼をバサッと上げるショートヘアの女(メス?)のトリ。

「彼女はハーピー4姉妹の次女のオキュペテ。空を飛べるし、しかも早いんです」

「チーッス。よろしくッス。ウチならあっちゅー間ッスよ。全国どこでも運びますんで」

 彼女の挨拶を聞いて、何となくボニーは宅配便の人みたいだと思った。

「・・・・・ハァイ。じゃぁ敵の上空まで一っ跳びお願いできる?」

「いッスよ。足に捕まってください」

 この戦争には伝令と、手榴弾やダイナマイトを投げつける為に参戦したようだ。オキュペテとはそもそも「早く飛ぶもの」という意味らしく、結構高速で飛べるので矢なんかにも当たったりはしないらしい。

「元々ウチら、人の食い物とか奪った挙句、汚物とか死体を投げつけて飛び去るっつー種族なんでー」

「果てしなく下品だね」

「よく言われるんスよー。けど姉ちゃんがそんなんじゃ彼氏出来ないとか言うから」

「お姉様の言う事を聞いて正解ですわ」

「ナッハッハ。そうなんスよ。最近姉ちゃん彼氏出来て、超浮かれてんスよ。それで戦争が終わったら・・・・・」

「ストップ、ストップ。オキュペテ、戦争でその手の話しない方がいいよ。ソレ死亡フラグだよ」

「マジッスか! ヤベェ。姉ちゃんが死ぬ」

「あははは」

 戦争中でも女が集まれば女子会だ。そうしてキャッキャ話しながら、気付かれないように結構上空を飛んで、数キロ行ったところで、悪魔の陣営のような集団を発見した。



「あそこ! あそこで降ろして!」

「え、降ろしていんスか? 終わるまで待っときましょうか?」

「いいよ。作戦が成功すれば戻れるし、成功するまでは戻る気ないから」

「マジッスか。ボニー頭取男前ッスね。超かっけぇ」

「・・・・・アンタもね。降ろしたらアンタは戻って自分の仕事しな」

「ウィッス。気を付けて!」

「うん! サンキュー!」

 手を離して落下が始まったと同時に、着地の衝撃に供えてクミルをお姫様抱っこ。オキュペテが敬礼をして飛び去るのが見えて、悪魔たちに視線をやった。

 はるか上空から飛び降りるボニー達に、悪魔はまだ気づかない。

「ちょっとうるさいから、耳塞いでな」

「はいっ」

 抱っこされたクミルは言われて耳を塞ぐ。ボニーは背中に担いでいたマシンガンを悪魔に向けた。



 ヨハンが監督する国防省の武器開発研究所が自動てき弾銃をベースに改造した、対悪魔用純銀弾用自動てき弾銃“ハンコック”。ちなみに銀弾は神殿で祝福を受けている。

 この国は種族が多く、キリスト教の様に一神教ではなく多神教だ。土着信仰の神は多く、悪魔に隠れて密かに崇拝されていた宗教や神は数多く存在して、エレストルがVMRになった時に宗教の自由も認められたため、信仰崇拝の熱は高まっている。

 その中の一つ、大地の精霊を神として崇める、レガイア神殿の祝福を受けた銀弾を装填したマシンガン。悪魔に向けて狙いを定めて、落下しながらボニーはブッ放した。

 口径40mm。

 重量25kg。

 リングベルト給弾式で、単射連射可能。

 実用性に富む96式は日本の自衛隊でも愛用されています。機会があれば是非ご覧になることをお勧めします。


 話しがそれたが、とにかく上空から連続的に放たれる銀弾に当たり、悪魔たちはざらざらと燃え落ちて死んでいく。

 クミルを抱えてスタン、と地上に降り立ったボニーがクミルを下ろして銃を肩にかけて笑う。

「ハァイ、指揮官殿」

 挨拶をすると、指揮官の周りにいる兵たちは一斉にクミルとボニーに向かって剣を構えた。

「クミル」

「はい」

 言われてすぐに、クミルはディアリ族が唯一使える魔法、防御フィールドを展開。これでボニーの背後は安心だ。

「クミル、後ろの兵たちも悪魔?」

「いいえ、彼らはロダクエの山奥に住むオルコ・タイタという種族です。普段は標高の高い山の奥深くに生きて、ヤギや鹿を飼い、時に雨を降らせ豊穣をもたらし、時に霜を降らせて不作を起こす・・・・・精霊に近い亜人です」

「へぇ。なるほどね。てことはやっぱり、悪魔に無理やり従軍されてるって事だよねー?」

 悪魔から視線を離さずにクミルと会話をして、肩にかけた銃を改めて悪魔に向けた。

「ハァイ、指揮官&兵隊さん達。アタシはボニー。この子はクミル。アタシ達はVMRの官僚。ヨロシク」

 それを聞いて、悪魔は笑った。

「お前を殺せば・・・・・!」

「アンタにゃムリムリ」

 何かしらの魔法を使おうとしたようだが、すぐにボニーが射殺し、指揮官の悪魔はボロボロと燃え落ちる。



 見る限り、悪魔らしき奴は他にいなさそうだ。ボニーの背後にいるのも兵隊たちだけのようだ。それで、兵隊たちに振り向いた。

「怖いじゃーん。剣納めなよ。アタシはアンタ達とは殺し合いしたくないんだって。アタシ達が恨みがあんのは悪魔であって、別にアンタたち殺そうとか思ってないしぃ。どーせなら仲良くしない? アンタ達見張ってた悪魔はブッ殺してやったしね」

 兵たちは突然の申し出に動揺して、顔を見合わせ始める。すると、クミルが防御フィールドを解除して、オルコ・タイタ達に言った。

「あなた方の敵は、私達VMRですか?」

 その問いかけに、オルコ・タイタ達はざわつきはじめる。

「あなた方、何を以て悪魔を信用して従軍してるんですか?」

 一人の兵が、その問いに答えた。

「王と、家族が人質になってる。従軍しなきゃ、殺すって」

 それを聞いてボニーは溜息を吐いて、やれやれと首を横に振った。

「だからぁ、アンタ達は悪魔の何を信じてるわけ?」

「え?」

 ボニーが同じ質問を重ねてきたことが意味が分からないようで、兵たちは少し混乱した。

「あのさぁ、コイツら仮にも悪魔だよ」

 そう言ってボニーは殺した悪魔の死骸―――――灰と炭を踏みつけてじりじりと足を捻る。

「クソみたいな悪魔がさ、アンタ達の仲間を生かしておくって、本気で思ってんの?」

 その言葉に、オルコ・タイタ達は顔色を変えて、悲壮に顔を歪ませた。

「アンタ達の王様も家族も」

「い、言うな・・・・・」

「アンタ達がこうしている間に」

「頼む、言わないでくれ」

「もう、とっくに」

「やめてくれ!」

 兵の一人が声を荒げて、ボニーもその続きは憚った。

 彼らもうすうすはわかっていた。だが、信じたくなかった。そう思いたくなかった。希望を持っていたかった。

 戦争が終わったら、家族に会えると思いたかった。全てが終わったら、元通り生活できると思いたかった。それが蜃気楼のような儚い願望だと言う事も、十分にわかっていた。それでも、悪魔の言葉を信じたかった。



「希望を絶ったって、アタシを恨む?」

 そう言ったボニーを、兵たちは睨みつける。それをものともせず、ボニーは続ける。

「可哀想にね、アンタ達。利用された挙句裏切られてんだから」

「黙れ。お前に何が分かる」

「なーんにも。憐れまれるのが嫌なら、いつまでも泣くのやめたら?」

「黙れ! VMRのせいでっ・・・・・!」

「ハァン? アタシ達のせいじゃないじゃん。アンタらを巻き込んだの、悪魔でしょ。恨むなら悪魔を恨みなよ」

 ボニーの言うことは尤もだ。だが、この状況で怒りを向けられる相手がボニーしかいない。やり場のない怒りを罵声にして、ボニーに容赦なく浴びせる。

 すると、黙って聞いていたクミルが言った。


「私は知っています。オルコ・タイタ、あなた方は本来気高い種族。山と動物を愛し、守る種族。麓の人たちから精霊の様に崇拝されていることも、気候を操るのが山の環境と動物たちを守るためだと言うのも知っています。

 あなた方は、悪魔に利用され蹂躙されるべき種族じゃない。あなた方は、もっと気高く尊い存在だと言う事を、私は知っています。

 このままでよいのですか? 家族の無念を晴らしたくはないのですか? 悪魔に虐げられ家族を奪われたのは私達も同じです。お願いです。共に戦ってはくれませんか? 私達と一緒に、愛する人の仇を討ってはくれませんか?」

 クミルの言葉を聞いて、オルコ・タイタ達は項垂れるように地面に視線を落とした。何もかも、クミルの言う通りだ。自分たちの本当の敵は悪魔のはずだ。自分達はVMRに寝返るべきだ。悪魔に反旗を翻すべきだ。

 そう思ってオルコ・タイタ達が顔を上げたのを見て、ボニーが笑って兵の一人が持っていた軍旗を奪い取った。

「悪魔の軍旗なんて、いらないでしょ」

 そう言って、引き千切った軍旗をビッと真っ二つに切り裂く。そしてクミルに近づくと、白のロングスカートに手をかけて、ビリビリと破り始める。

「キャー! 何するんですか!」

「ちょっとくらいいいじゃん。ミニのが可愛いよ」

「そう言う問題じゃ!」



 抵抗空しくミニスカートになった裾を押さえてクミルは涙目だ。ボニーは可笑しそうに笑って、スカートの一部を縦に割いて、バサッと地面に広げ、兵の一人に太字のポスターカラーを差し出した。

「さぁコレに、アンタ達の国の国旗を描きな。悪魔に支配されんのはもう終わりだよ。アンタ達はアンタ達の意志でアンタ達の国の代表として悪魔と戦うんだ。仇を討ちな、弔いに。取り戻すんだよ、アンタ達の尊厳を」

 ポスターカラーペンを受け取った兵は頷いて、スカートの白い布地に国旗を描きはじめる。描き終わった布地は再び軍旗に掲げられ、高くあげられた軍旗にオルコ・タイタ達は涙した。

「戦おう」

「戦って取り戻そう」

「悪魔を倒すんだ」

「王の為に」

「国の為に」

「母の為に」

「息子の為に」

「仇を討とう」

「俺達の敵は悪魔だ」

「いつまでもやられっぱなしで、いられるかよ」

 悪魔に反旗を翻す。復讐と、尊厳を取り戻す戦い。家族を殺した悪魔の為に、自分の命を犠牲にして戦ってやる理由などない。どうせ戦いを避けられないと言うのなら、自分たちの生き方に恥じない信念を持って戦いたい。



 そうしてオルコ・タイタ達が寝返ったと聞いて、他の種族たちも白旗を上げたり、反旗を翻す軍が徐々に増えてくる。

 悪魔軍の最奥部から軍を増やし、進む度に悪魔を射殺し兵たちを説き、併呑していく。

「もう、やめよう」

「俺達がVMRと戦う理由はないはずだ」

「現実から逃げちゃいけない」

「俺達の本当の敵は、悪魔だ」

 反旗を翻した兵たちの説得もあり、更なる説得は大きく功を奏する。

「あっ! お疲れッス! マジ戻ってきましたね!」

「当たり前じゃん!」

 オキュペテが嬉しそうにバサバサと翼を揺すった。



 反乱軍たちに秦皮が言った。

「戦いたくない者は、このまま国に帰り、家族と戦死者を弔うといい。戦いたい者は、戦うがいい。決めるのはお前達だ。帰ろうが戦おうが、それを責める者はいないし、責める権利など誰にもありはしない。自分の意志、自分の矜持に沿った判断をすればいい」

 いくつかの種族の軍は、そのまま帰路に就くことにした。大半の兵はこの地に留まり悪魔に攻撃を仕掛けたいと言う。それを止める理由もない。

「ならば、お前達は遊撃部隊だ。真っ先に悪魔に攻撃を仕掛ける先鋒隊。好きなだけ悪魔の首を切り落とし、悪魔に操られる憐れな同胞たちを、呪縛から解放してやれ」



 解き放たれる。悪魔の魔の手から、尊厳と自由な意志。

 恐怖による支配、人質による支配、その呪縛から放たれた憎悪と闘争心に、アルカードの口元は弧を描いた。





★君主にとって最大の悪徳は、憎しみを買う事と軽蔑されることである

――――――――――ニッコロ・マキァヴェッリ

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