運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する
「そうか。ならば、討って出る」
恥とか建前だとか言っている場合ではなかった。話を終えて、ミナと双子とシュヴァリエ達全員で、話をアルカードにした。すると、アルカードの答えはこうだった。
「小僧は私を殺したいのだろう。ならば、討って出る。奴は既に敵となった。敵は倒さねばならない。殺しにかかってくる者は、殺さねばならない。
ミナ、どうしてもお前が小僧を殺したいと思うのなら、戦いが始まったらお前は私の元にいろ。奴は必ず私の元へやってくる。その時にお前が殺せばいい。それと、お前は軍事開発研究と、以前の命令を早急に遂行しろ」
「はい」
「クリスティアーノ、至急各国政府に援軍の要請を出せ。悪魔を徹底的に打倒する最高のチャンスだ。金はいくらでも払ってやる。可能な限り大軍を寄越せ、とな」
「陛下、しかしその資金は?」
「何の為の節制だと思っている。この国を奪った時に、悪魔たちが徴収していた税金も国民へ返還せず残してある。紛争などの際に贈られた賠償金や見舞金もとってある。なんならエインロフィラから金を採掘してもいい。
金の心配は必要ない。増税の必要もない。今回の為に、金は余りあるほどに用意してある。金に糸目をつける必要はない」
「かしこまりました」
「それと虎杖は軍の用意を。大至急、全ての武器を用意しろ」
「陛下、実は厩舎の馬が全頭放されており、武器庫も破壊されてしまっているのです。本格的な大戦となると、武器の準備だけで最低でも5か月は要します」
「そうか、小僧の仕業だな・・・・・あの悪魔なら慎重に、念には念を入れて、と考えるだろうが、せっかちな小僧の事だ。空間転移で直接アリストに攻め込んでくるに違いない。
武器の製造と並行して、連合軍に不参加の国からは武器を仕入れろ。武器が完成しない間に侵攻してきたら、なんとか能力者、援軍で食い止めろ。夜にやってくると言う保証もないが。
防衛線は必要ない。防御など無駄だ。首都の守備及び迎撃に全戦力を投入しろ。直接首都に攻め込んでくるなら、悪魔の科学力では白兵戦が常套だ。こちらがそれに合わせてやる義理などない。市民は避難させ、徹底的に市街を爆破し、遊撃に出ろ。
援軍が到着したら、首都の近隣の都市へ配置。悪魔が攻め入ってきたら、首都の国軍と援軍で挟撃する」
「本当に、その作戦でいくのですか?」
「あぁ、間違いない。私が小僧ならそうする。アイツは正々堂々戦ったりしない。礼儀も賞賛も必要としない。戦闘で卑怯だ非道だと非難されることが、小僧にとっては賞賛だ。小僧が必要としているのは、勝利だけだ。勝てるのであれば、その手段を選ぶような奴ではない」
「・・・・・わかりました」
そうしてすぐさま各省庁に指示を言い渡したアルカードは、最後に閣僚官僚全員に強い視線を向けて言った。
「小僧は既に敵となった。奴はもう官房長官ではない。この国の敵だ。敵は倒さねばならない。敵は倒されて初めて味方になる。小僧を思うなら、最後に私達の手で殺して葬ってやろうではないか。そうすれば奴も浮かばれるであろう。
情けは必要ない。容赦も躊躇も必要ない。それは小僧に対する侮辱だ。全身全霊を以て徹底的に叩き潰せ。完膚なきまでに叩きのめし、小僧をこの玉座の前に引き立て、ミナがその心臓に剣を突き立てて殺せ」
「はい」
ミナが返事をして俄かに王の間はざわついたが、決意は変わらない。
「アンジェロを殺すのは私の役目です。誰にもその役目は譲りません。アンジェロを殺していいのは私だけ、私を殺していいのはアンジェロだけ。その時が来たら、必ず彼を殺します」
「あぁ、やり方も何もかも、お前に任せる」
「はい」
戴冠式後に誓った。何があってもアルカードを裏切らないと。アンジェロはそれを裏切った。それは許されることではない。
もしその裏切りが自分に端を発したものだとしたら、その責任は全うしなければならない。アンジェロが裏切ったことも、今悪魔が攻め入ってこようとしているのも、自分の責任なのだから。
双子は勿論の事、シュヴァリエやボニー達だって反対した。なんとかアンジェロを説得した方がいいと言われた。
ミナも当然機会があるのなら説得はする気だし、止められるものなら止めたい。だけど、恐らく次にアンジェロに会えるのは、アンジェロが攻め込んできたとき。その段階になってしまったら、きっと止める事なんか出来ない。
かといって、ナボックに渡りアンジェロに密かに会う事も出来ない。アスタロトの千里眼からは逃れることは出来そうにないし、敵だらけの要塞に一人で忍び込もうと思うほど、ミナももう子供ではない。
次にアンジェロに会う時は、敵同士。互いを殺す為に再会する。出来る事なら避けたい。アンジェロに戻ってきてもらって、4人で家族をやり直したい。心底そう願うけど、きっと現実は甘くはないのだ。もしもの時、ミナが殺す。
―――――きっとアンジェロも本当は死にたくなんかないと思うけど、誰かに殺されなきゃいけなくなったとしたら、きっと殺す相手が私なら文句はないはず。私が殺したら、きっとアンジェロは幸せに死ねる。それだけは、間違いない。
何度も自分にそう言い聞かせて、決意を固めた。
続々と同盟国から援軍がやってくる。VMRには申し訳ないが、この機に悪魔を滅ぼしてやろうと言う意気込みのようで、かつてアスタロトに国を追われた種族、恨みを持つ種族、しいたげられた種族、色々と腹に抱えている国家―――――とにかく、たくさんの国が援軍を寄越した。
海を渡ってやってくる国が多かったのだが、悪魔の妨害か天運か、船が難破したり海が荒れたりして渡航が遅くなってしまった。それでも開戦には間に合った。
国軍と併せて数は20万を超える大軍隊となる。武器もかなりの数を作れたし、馬も何とか手に入った。この間オキクサムの守備兵はさらに増員され、5万の軍勢の内2万は関所まで南下してナボックを牽制している。
最早オキクサム以南との交易は全く絶たれて、南部からは多くの国民が避難している。それと入れ違いに入るのが娼婦たちなどの兵士相手の商売人たち。それは首都近郊でも同じ現象が起きている。
国を盗るとき、国を手に入れる条件。
・城を落とすこと。
・王とその側近たちを国外追放、または殺害すること。(全員殺害が望ましい)
最低でもこの二つは絶対だ。侵略者はこの二つを成して国を手に入れた後、疲弊したVMRを狙う同盟国たちに、今度は戦いを挑まれる。同盟国の中には悪魔側に着く者も現れるだろうが、ほとんどの場合は戦いを挑むだろう。
戦いの後疲れきったところを突いて、悪魔への復讐。上手くすればVMRが手中に収められる。参戦を表明した国はどの国も、腹の中にそう言う思惑を潜めている。
ナエビラク連合国軍、大西洋沖の島国の国軍、聖トロイアス、閨秀、欧州の国々、20を超える国が援軍を寄越した。当然この間に自国が攻撃されてはかなわないので、寄越した軍自体は大した数ではないが、寄せ集めれば大軍だ。
VMRにおける悪魔大戦は、かつてない規模の戦争だと、指揮官たちが口々に言っていた。
聖トロイアスからは、指揮官としてアレス自らがやって来た。つばさはさすがに今回は来ていない。女は戦場に出る物ではない。
つばさだが、結局第5皇子(42歳)の側室に収まってしまったようだ。しかし不思議なことに、つばさは結構自由にしていて、ミネルヴァと外交に行ったり騎士団の練習に付き合ったりしているのだとか。
つばさが召し上げられたのは、皇子がつばさに一目惚れしたから。既に正妃もいたし、他に側室もいたのだが、「可愛い子発見→ナンパ」という流れは王家では絶対らしい。
努力空しく側室になってしまってガッカリのつばさ。意気揚々と浮かれて初夜を迎える皇子。しかし翌日から状況がガラリと変わった。
突然皇子が、
「つばさを手放すのは嫌だけど、つばさは自由にさせてあげる!」
と言いだして、側室なのは変わらないのだが、以前と変わらない待遇で官僚でいることを許してくれたらしい。初夜で何かあったらしいのだが、何があったのかさっぱりわからないし、つばさに聞いても答えないらしいので、トロイアスの王宮ではつばさは一躍時の人だ。
側室などの妃が外を出歩く事はまずない。国事以外で宮から一歩も出てはならない。なのに皇子が寵愛するものだから好き勝手している。つばさは今や王宮の一大センセーションだ。
「そうなんですか。結局つばさちゃんに都合よくいったなら、よかったですね」
「都合いいどころじゃないぞ。アイツは側室の権力も好き放題濫用しているからな」
「・・・・・つばさちゃん、権力に弱そうだしなぁ」
結局のところつばさが第5皇子と結婚したのは大正解だったらしく、今となっては結婚してよかったとまで言い出す始末らしい。当然家庭的な幸せではなく、皇子の寵愛をいいことに職権乱用できるからだ。
つばさの話が一段落すると、アレスが溜息を吐いた。
「アンジェロとミナに会えるのを楽しみにしていたんだが、このような形で再会することになるとはな」
「ごめんなさい。私もこんな風にアレスさんと会いたくなかったけど」
「オレも会いたかったなー。VMRの官房長官は面白い奴だって、つばさちゃんが言ってたしぃ」
「・・・・・お前、仮にも他国の王宮でその態度はないんじゃないか」
アレスの隣にはヘラヘラ笑った金髪の男が立っている。アレスよりは少し身長も低くて、170少しあるくらい。意外にマッチョなアレスと違い、細身で青地に金糸で刺繍が入ったローブを着て、手には杖なんか持っている。
「あ、えっと?」
アレスに紹介を強請る様に言葉をかけると、すぐに紹介してくれた。
「このバカは聖トロイアス帝国十賢臣総帥で、魔術師のヘルメスだ」
「あ! 噂のヘルメスさん! その節はお世話になりました。ありがとうございます」
「いえいえ。ていうか、オレ噂になってんの? ヤバーイ。オレどこでも注目の的じゃん」
こんなふざけた男だが、十賢臣総帥と言う事は、山姫と同格と言う事だ。皇帝の次に偉い。年齢はまだ34歳だと言うのに(34歳でこのチャラさもどうかと思うが)幼いころから神童と言われたほどの魔術師で、既に世界最強の名を欲しい侭にしているらしい。
貴族の出身で、アレスとも幼馴染なのだとか。“白狼の軍神”と喩えられるアレスと、“赤鷲の魔術師”と喩えられるヘルメスは、国の軍事力としてもかなり重大なポジションにいるらしい。
普段は国政を占ったり、魔術パワーで国を守ったり、神殿の大神官を務めて神事の際は大活躍するのだそうだ。
「ヘルメスはこんなアレな奴だが、実力だけは確かだ」
「そーそー、オレ天才だしぃ。この城にバリア張る位なら、チョチョイのチョーイだよ」
「お前・・・・・だから、余所様の所で調子に乗るのはやめろ」
二人のやり取りを聞いていて、いい事を思いついた。
「この王宮にバリア張るのが余裕なら、首都全部バリア張れますか!?」
「えー? 疲れるしぃ面倒くさいしぃ」
「え? じゃぁ出来ないんですか?」
「や、出来るよ?」
「じゃぁお願いします!」
「えー、面倒臭いよォ」
「してくれたらご褒美あげますよ。ガトリングガンと火炎放射器と迫撃砲、どれがいいですか?」
「や、どれって言われても、全部わかんないんだけど」
仕方がないので実演してやることにした。武器庫に行って上記の武器を持って戻ってくる。
「すいませーん、誰か標的になってください」
『なるか!!』
「そんな全員で拒否らなくたって・・・・・」
大広間にいた全員に口をそろえて拒否られた。仕方がないので無許可発砲だ。
まずはガトリングガン。セーフティを外しトリガーを引いて、レバーをくるくる回す。連続的な破裂音の向こう側で、アレクサンドルが悲鳴を上げた。
「いたたたた! 痛い! 何すんだよ!」
「これがガトリングガンですよ。すごいでしょ? 人間なら蜂の巣ですよ」
アレスは驚いたのか黙り込んで、ヘルメスも驚いているが興奮しているようだ。
続いて、と取り出したのは火炎放射器。これはさすがに標的はいらないので、適当にブッ放してみる。
「うわぁぁぁ! 服に火が!」
「カーテンに燃え移ってる! 消せ消せ!」
ルカとミゲルがアワアワしているが、再びアレスは黙り込んでヘルメスは感動しているようだ。
最後に取りだしたのは迫撃砲だ。砲弾を装填して肩に担ぎ、ドン。
「うおぁあ! ・・・・・っぶね、危なかった・・・・・ビビった」
クライドがギリギリで避けたので、石膏像が吹っ飛ばされた。
「もう、クライドさん避けないでくださいよ」
「避けるっつの! 何すんのお前は! このバカ!」
「だって当てなきゃわかんないでしょ」
「そんな事の為に発砲しちゃダメじゃん! アンジェロかお前は!」
「え? えへへ」
「喜ぶな! 褒めてねーよ!」
クライドがゴチャゴチャ言ってくるが無視することにして、どうですか? とヘルメスとアレスに振り向いた。
アレスはやっぱり黙り込んでいるが、ヘルメスは感動したようでパチパチと手を叩いている。
「スゴイ破壊力だねー。えー、全部欲しいなー。アレスだったらどれがいい?」
「・・・・・テレビでは見たことがあったが、実際に見るのは初めてだな。ガトリングガンと迫撃砲は弾が必要だから、貰うなら火炎放射器だろう」
「そっか。じゃぁ火炎放射器ちょーだーい」
「わかりました。交渉成立って事でいいですか?」
「いーよー」
「ありがとうございます。じゃぁ早速今日からお願いします」
その言葉にヘルメスは鳩が火炎放射器で焼き鳥になったような顔をした。
「え、今日から?」
「はい」
「今日から、いつまで?」
「敵が攻めてきて、戦争が終わるまでですよ」
「え、ずっと?」
「ずっと」
「いつ来ていつ終わるかわかんないのに?」
「だからこそですよ。じゃなきゃ交渉は決裂です」
「じゃぁいいよ! いらない! やらない!」
「ヘルメス、アレを見たら陛下もお喜びになるぞ。やっておけ」
「ヤだし! 絶対やんない! せめて敵が攻めてきた瞬間から、とかならいいけど!」
「あ、じゃぁそれでお願いします」
「え、いいの? わかったーじゃぁやる」
「ありがとうございます」
元々敵が攻めてきた瞬間から防御壁を張ってもらおうと思っていたので、ウマイ事乗せられてくれてよかった。
最初にデカイ要求を突き付けて断らせ、その後要求を小さくすると最初の要求よりは受け入れやすくなるので、相手がYESと言いやすい、と以前アンジェロの講義を受けていたので、実践してみたら上手くいった。
―――――アンジェロも伊達に閣僚戦士じゃないもんね。あの手の仕事はずっと前からして来たし、交渉はアンジェロを真似るに限る!
この状況でアンジェロに惚れ直したミナであったが、そんな立派なダーリンも今や敵である。
「しかし、あのアンジェロが国を裏切ってミナを置いて悪魔に着くなんて、未だに信じられないな。悪夢だ」
そう呟いたアレスの顔に憐憫と落胆と軽蔑が窺えた。少し淋しくは思ったが、何とか笑った。
「夢だったらいいんですけどね。夢なら、悪夢位なら何度も見てあげますけど、現実ですから」
「・・・・・ミナも、辛いな」
「アンジェロは、きっともっと辛いんです。だから、私が終わらせてあげるんです」
「終わらせるって?」
アレスの質問に目を瞑って、南の方角に視線をやった。
「全部。アンジェロの裏切りも、私とアンジェロが生きた時間も、悪魔との契約の闘争も、全部。この戦争ですべてに、決着をつけます」
悪魔にとってもアンジェロにとっても、同盟国にとっても千載一遇のチャンスは、VMRとミナ達にとっても同様にチャンスだと言える。
攻める方は、絶対に隙が生じる。アルカードがそう言っていた。
時は創絡5年12月。クリスマスイブの戦争は、目前まで迫っていた。
運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する
――――――――――ショーペンハウエル




