人は再び無に帰る
ミナの誕生日会で大いに盛り上がるインドの屋敷。ミナもとうとう40歳になってしまった。
「アラフォーだ・・・」
「出会った頃はお前まだ24だったのになぁ」
「もう数字が怖いよ。いっそ早く3ケタいきたい」
「それはスゲェわかる」
アンジェロに至っては57歳だ。数字にしてみたら恐ろしい、と時の流れの速さに恐怖すら感じる。
「あの戦争からもうすぐ13年、アンジェロ達と出会って16年、シャンティ達と出会って18年、アルカードさんと出会って20年! もうそんなに経つのかぁ」
「時の流れってな早えぇな。矢の如しだな」
「本当。この調子でアルカードさん帰って来・・・」
「バカ、シッ!」
「あ」
慌ててアンジェロが制止して、二人で思わずジュノに視線をやると、一瞬目が合ったもののジュノはツンと視線を逸らした。
危ないところだった、と息を吐くミナに、不安げな視線を送るアンジェロ。心の中で「ゴメン、気を付ける」と呟くと表情で察したのか溜息を吐かれた。
アンジェロたちがエクソシストに復職してからと言うもの、村八分にされるどころか下僕としてぞんざいに扱われている知略の大侯爵、悪魔ジュノは、給仕をさせられている。
しかもご丁寧にメイド服まで用意される始末だ。無理やりそれを着る羽目になり、女でもないのにメイドの格好はジュノには屈辱の極みだったようで、ところどころ姿を消してサボろうとする。サボりが見つかるたびに「この怠け者が」とアンジェロを筆頭にシュヴァリエたちにイビられている。
「ジュノ様、可哀想」
思わず同情コメントをしたミナに、クライドが両手を開いてツッコむ。
「ミナも笑ってんじゃん」
「あ、えへへ」
それはそうだ。ミナにとってはアンジェロと付き合うように説得してくれたり、妊娠できたのは確かにジュノのお陰だ。だがしかし、ジュノが言ったのだから仕方がない。
「契約して願ったアンジェロさんに全責任があります」
要するにアンジェロが願ったからそうなったと言うだけであって、ジュノに感謝してやる義理はない、と結論付けた。何より大事な旦那を殺そうとしているのだ。ミナにとっては(まだアンジェロは生きているが)仇敵である。
当然シュヴァリエ達がこの10年ジュノと仲良くしていたのは、アンジェロとミナの為である。ミナに記憶がない段階でジュノと険悪になってしまえば、ジュノと契約したことがバレてしまう可能性があったので、それを隠蔽する為でもあったし、ジュノの身辺を探って、弱点を探す為でもあった。
残念ながら、それほど劇的な弱点を探ることは不可能であったが、少し前まで懇意にしていた相手から邪険に扱われると言うのは、悪魔としても気分のいいものではなかったようで、ここ最近ジュノは居心地が悪そうにしている。
それでもその雰囲気に耐え、アンジェロ達やシュヴァリエ達にコキ使われつつ、何故か最近屋敷の掃除に精を出すようになってきた。
「ハハハ、ありゃ逃避だな」
そう言ってアンジェロは愉快そうに笑って、鬼畜なアンジェロはその逃避すらも奪おうと、ハウスキーパーを雇ってしまった。逃避と言う掃除を奪われてしまったジュノは、今度は庭いじりに精を出し始めたが、そこはミナのテリトリーである。当然ミナがケチをつける。
「ジュノ様、何やってるんですかぁ。果樹は西の庭に植えるんです。ていうか、エクステリアとか庭の設計と建築は私の専門分野なんで、手出さないでくださいよ」
ケチをつけるミナを睨むジュノ。それに一瞬怯みそうになったが、日本そしてイタリアと同盟を組んだ、ファシズムの帝国ドイツ人、オリバーがやってきてジュノに言った。
「ジュノ様、やることないなら、そこに半径2メートル、深さ5メートルの穴を掘ってください。ちょっと使うんで」
それだけ言っていなくなってしまった。ミナも一緒に屋敷に戻ってみていると、大人しく穴を掘っている。穴を掘り終わったジュノはオリバーの所に来て作業完了の報告をしに来た。それにオリバーは言った。
「じゃ、元通り埋めてください」
「はい?」
「埋めてください」
「・・・・・」
言われたとおりに埋め治すジュノ。完了の報告に来たジュノに、オリバーはまた言う。
「また掘ってください」
それを延々と繰り返すのだ。その様子を見ていたミナをはじめとして、全員でクスクスと笑う。
「さっすがドイツ人」
「お前時代が時代ならナチス党員だったろ」
「そーだね」
ファシズム帝国ドイツ、ファシストの聖地イタリア、極東のファシズム国日本。どうもこうも急進的で権威主義的な民族主義思想は3国共通のようだ。吸血鬼達の3分の2がこの3国の出身で、シュヴァリエ達はファシズムの生みの親であるキリスト教の教えをふんだんに盛り込まれている。すると、当然こうなる。
「俺ら元人間だし?」
「悪魔に優しくしてやる義理なんざねぇよ」
「フン、永遠に穴掘りやって、精神崩壊しちまえば良い」
「あはは、ジュノ様カワイソー」
理由のない行動、無為な繰り返しの行動は精神を病む。ただ穴を掘り、ただ穴を埋める。それを永遠に繰り返す。かつてナチスでよく行われていた拷問の一つである。近頃このファシスト集団は、アンジェロを筆頭に精神的拷問を研究・実践するのがブームなようである。
それが悪魔に効果があるのかどうか定かではないが、やっている本人たちは非常に楽しそうだ。その様子を見てインド人たちは正直なところドン引きしているという話だが、迫害の対象が悪魔なので、別にいいか、と容認している。
今日も今日とてジュノは散々にこき使われて疲弊しきっているが、狙っている魂の為、12年前から現在にかけて、そしてアルカードの帰還後にまで伏線を張った策を無駄にしたくないのか、健気にも頑張っている。悪魔でなければ心底同情する境遇である。
そんな大盛り上がりなパーティーが佳境に入った頃、実は、とシャンティが仕切り始めた。
「あのさ、報告なんだけど」
「なんだ?」
「シャンティどした?」
全員がシャンティに視線を注ぐと、レヴィと共に嬉しそうに言った。
「2人目妊娠した!」
「えぇぇぇ!? マジで!?」
「マジかぁぁぁ! おめでとー!」
「すげェェェ! 高齢出産!」
「言う程高齢じゃねーよ!」
シャンティ、35歳。社長業で忙しいシャンティは子供を作るタイミングを悩みに悩んでいたが、とうとう先日妊娠が発覚して、現在妊娠3か月とのこと。ミナはマタママ仲間ができたと思って、大いに喜んだ。
全員でその報告に万歳して妊娠のお祝いで仕切りなおされ、より賑わいはじめたパーティ中ずっと黙っていたジュノが口を開いた。
「そういえば、言い忘れていました」
「あ? なんだよ」
アンジェロがぞんざいに尋ねると少し機嫌を悪くしたようだったが、ジュノは気を取り直して言った。
「ボニーさん、妊娠してますから」
その言葉の直後、静まり返ったパーティ会場では、至る所でグラスを取り落すパリンという音が響いた。当然グラスを落としたミナと当事者ボニーはケーキの皿を足元にぶちまけ「オーマイガ・・・」と呟いてジュノを見つめたままフリーズだ。
「すみません、忘れてました。以前ミナさんが「ボニーさんも子供出来ればいいのになー」と仰っていたので、仰ったとおりにしたんでした」
時間にしておよそ5分ほどだろうか、静まり返った屋敷で最初に口を開いたのはクライド。
「マジ? マジで言ってる?」
「マジですよ」
「本当に? 俺とボニーの子供?」
「そうですよ」
「・・・・・マジ、マジアンタ半端ねぇよ! ありがとぉぉぉ!」
「! ちょっと、離れてください!」
「スゲェ! 俺もパパになんだ! スゲェー!」
「うるさいです! 離れてください!」
狂喜してジュノに抱き着いて大はしゃぎするクライドに、ミナにポンと肩を叩かれたボニーはゆっくりと近づいた。
「クライド、喜んでくれんの?」
「あた、当たり前じゃん! 俺とお前の子だぞ!? ボニーもしかしてヤだった!?」
「なわけないじゃん、超嬉しいー!! YEAH!!」
「あ! ボ、ボニー! ジャンプすんな! っとと」
飛びついてきたボニーをキャッチして、嬉しそうに抱き着いて大はしゃぎするボニーに、クライドも凄く嬉しそうにして、ボニーをぎゅっと抱きしめる。その様子にモヴ達はやっとのことで第3次世界に帰還を果たした。
落ち着きを取り戻したミナが、ジュノに尋ねた。
「あの、ボニーさんの子も誰かの生まれ変わりですか?」
「ええ、そうです。これで、言われた方々の転生は全員完了しました」
「本当ですか!? うわーい!!」
現在の妊婦はミナとシャンティとボニー。ジュリオの生まれ変わりであるクリシュナは既に生まれている。北都とクリシュナとミラーカ、この3人も新しい人生を手に入れて転生に成功した。
大喜びして大はしゃぎする面々だったが、慌ててアンジェロがジュノに尋ねた。
「オイ、妊娠はいつの事だ」
「5月ごろです」
「あぁ!? テメェなんで黙ってた!」
「すみません、忘れてました」
「忘れてましたで済ませてんじゃねぇよ! タコが! ボニーさんトコの子も俺の子と同じなんだろうな!?」
「ええ、そうです」
「妙な真似したら売春宿送りにすっからな!」
「・・・・わかってます」
つくづく鬼畜ではあるが、アンジェロの心配も尤もである。が、しかし、転生が叶ってしまえばこちらのもの。後は無事に妊娠の時期を超えて純血種を出産して、成長してくれれば問題ない。仮に何か問題が発生しようとも、アンジェロが契約している以上は、「ミナの幸せ」と銘打った願い事と、アンジェロの命令には絶対服従なのだ。妙な真似などできようはずがない。
アンジェロがジュノを問い詰めたことで少し心配になったミナであったが、仮に何か起きようとも自分の言葉一つでどうとでもなるのなら大丈夫だろうと結論付けて、安心したみんなと一緒に2組の妊娠のお祝いも含めて改めて祝宴に混ざった。
更に盛り上がりを見せたパーティは最早狂宴と呼べる代物にまで展開する。すると、少しだけ酔っぱらったヨハンとクラウディオがミナの元にやってきた。
「ミナ、今からお祝いやろうぜ」
「え? もうしてるじゃん」
「作るんだよ、俺らで!」
「え?」
「いいからついてこいよ!」
「えぇ?」
二人にグイグイ引っ張られてやってきたのは、空き室を改造した通称“工房”である。武器開発が得意なヨハンと、爆発物の制作が得意なクラウディオはしょっちゅうここに入り浸って、新しい武器や爆弾を開発研究しているのだ。勿論ミナも趣味で頻繁に足を運んでいるが、祝いの席で運ぶような場所ではない。
なぜ工房に連れてこられたのか意味不明なミナを座らせると、クラウディオは大量の火薬と薬品、ヨハンは何やら試作の武器を引っ張りだしてくる。
「なにするの?」
「祝いの席と言ったらコレだろ?」
そう言ってヨハンが掲げたのはイスラエルが開発した、ソルタムM-66 160mm迫撃砲。
口径: 160 mm
重量: 225-341kg
砲員数: 6~8名
有効射程: 9,600メートル
弾薬: 160mm迫撃砲弾・装薬
どうもコレを改造した物らしい。一瞬祝いの席で何故迫撃砲が出て来るのか意味不明だったが、すぐにピンときた。
「成程! じゃぁ弾薬作らなきゃね!」
「さっすがミナ。俺が創るから、ミナは成分ごとに星の配列を設計して、星を調合してよ」
「わかった!」
3人で早速弾薬作りを始めて、妊婦に影響があるのかないのか、工房には火薬のにおいが漂い始めた。
それから1時間ほどして、弾薬が出来上がった。
「できた!」
「よーし、じゃぁ早速やるか!」
「おう!」
3人は5本の迫撃砲といくつもの弾薬を持って階下に戻り、砲員の為にルカとミゲルとクリスティアーノも呼んで、ミナはシャンティとボニーと、残りのメンバーを全員バルコニーに連れて行った。
全員で出ると、ミナはすぐにクラウディオのケータイに電話をかけた。
「ディオ、こっちは準備オッケーだよ」
「こっちもオッケー。カウントどーぞー」
「うん! じゃぁいくね。5秒前、4,3,2,1・・・・・!」
ミナがカウントして手を振った瞬間、ドォンと爆発音が響いて、5本同時に砲声を上げた。空気を切る音がしたと思うと、少しすると夜空に大輪の菊物が開花する。
ミナの設計した花火は西洋の洋火と違って同心円状の和火で、色使いや規模が派手ではあるものの、平面的で変化のない洋火しか見たことのなかったシュヴァリエ達は、その花火に感嘆の声を上げた。
夜空に打ち上がる立体的な大輪の花は、菊、あるいは牡丹などの花と喩えられ、その色調を赤、ピンク、緑、青、金、銀など、イルミネーションの様に変化させて、時にはピカピカと点滅したり、開花した星が更に細かく千輪に開花したり、様々な変化を楽しませる。
錦変化菊、緑牡丹、万華鏡、紅光露。趣向を凝らした花火にミナ本人も満足気にして、その出来栄えと美しさに全員で圧倒された。
ドドドドッと一気に撃ち上がったしだれ柳は、その名の通り柳のごとく金色の尾を引いて地上に舞い降りてくる。
柳の枝が地上に達した頃再び砲声が鳴ると、夜空にはミナ達からのメッセージが浮かんだ。
“HAPPY RE:BIRTHDAY”
そのメッセージにわぁっと沸き立ったシャンティ達やボニー達、そしてシュヴァリエ達を祝福するように、最後にしだれ柳が連打で撃ち上がり、秋の花火大会は感動の終幕となった。
戻ってきた花火師たちと、設計したミナにはボニーやシャンティを始め全員から賛辞が贈られて、ミナ達も嬉しそうに笑った。
「こういう時に才能発揮しなきゃ! ね、ディオ!」
「ね、ミナ! いやー、喜んでもらえてよかった」
キャッキャと喜ぶ科学者コンビ(時には爆弾魔コンビとも呼ばれる)は、言い出しっぺの技術者ヨハンを祭り上げる。
「ヨハンよく思いついたね!」
全員でヨハンをヨイショすると、ヨハンは笑って言った。
「ほら、10年前ミナの誕生日に花火打ち上げたろ? あの時の事思い出してさ」
その言葉にシュヴァリエ達は一様に納得したように声を上げた。それにミナとボニーとクライドは首を傾げる。その様子にクラウディオが口を開いた。
「あの時も、俺らで花火作ったんだよ」
「え! そうなの!?」
「そん時はジュノ様の子分に打ち上げをしてもらったんだけどな」
まさか10年前の花火もシュヴァリエ達のお手製だと思いもしなかったミナは、改めて感動させられた。
「アンジェロ、みんなありがとー!!」
「アンタらすげーよ!」
「みんなマジサンキュー!」
ミナと共に大喜びして礼を言うシャンティ達やボニー達に、シュヴァリエ達は照れくさそうに笑って、花火の散った夜空を見上げたクリスティアーノが言った。
「ジュリオ様にも、クリシュナさんにもミラーカさんにも北都にも、礼を言わなきゃな」
それを聞いてアンジェロも夜空を見上げた。
「あぁ、そうだな。花火みてぇに散っちまったけど・・・転生してくれるんだもんな」
二人の言葉にミナ達も夜空を見上げて、乾季の始まった、乾燥して夜空を埋め尽くす無数の星を眺めて、ミナも思った。
―――――転生してくれてありがとう。また私達に出会える運命を与えてくれてありがとう。またあなた達と過ごせる人生を歩めるなんて、私は、幸せです。
ゼロになったかと思った彼らの人生が、またこれからスタートするのだと思うと、ミナ達は呪われたとばかり思っていた運命に、祝福と希望の花火が咲いたのだと、その数奇なる運命を笑った。
★人は再び無に帰る
―――――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
ゲーテの語った言葉。
並外れた人間は、自分の使命をやり遂げることを天職としている。彼らはそれをやり遂げると、もはやその姿のままで地上にいる必要はないのだ。彼らは自分の使命を完璧に果たし、逝くべき時に逝った。それはこの長く続いていく世界で、ほかの人にもやり遂げるべき仕事を残しておくためなのだ。
★登場人物紹介★
【オリバー・スプリンガー】
ドイツ出身。乗り物好き。大概初乗りで何でも操縦し倒す。
恋する青年は現在片思い中。相手は世界中飛び回っているため、離れている間は毎日のようにメールで告白しまくっている。
【クラウディオ・フォンダート】
シュヴァリエ幹部の一人。手先が器用で、爆発物を作るのが得意。
ミナと共に爆弾魔と呼ばれるが、常識人なので当然そんな無茶はやらない。
科学と物理学に長けるので、よくミナとお勉強している。
【ヨハン・シュトレーゼマン】
武器開発のプロ。武器を改造したり、開発したりするのが趣味。
近頃は武器のみならず、色々機械をいじるのが楽しくなってきたらしく、あらゆる電機を分解しては改造して組み立てている。