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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第5章 この手で掴む、五風十雨
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愛人の欠点を美徳と思わない者は、愛してるとは言えない



 少しすると、客が来た。ミケランジェロがドアを開けに立った。

「アンジェロ!」

「うわ、違うよ!」

「なんだ・・・・・」

「・・・・・みんな、ガッカリしすぎ」

 玄関からそんなやり取りが聞こえた。ミケランジェロが中に通したのは、クリスティアーノたちシュヴァリエだった。

 ミナがいることに気づいたみんなは少し驚いたようだったが、クリスティアーノが寄ってきた。

 顔を向けて見上げると、頬に鋭い痛みが走って、乾いた音がした。平手打ちされた。あまりにも突然すぎて、頬を押さえてクリスティアーノを見つめる事しかできない。

「なにすんだよ!」

 すぐに翼が庇ってクリスティアーノを突き放したが、クリスティアーノは無表情でその拳を固く握った。

「お前のせいだ。お前のせいでアンジェロが消えた! お前はどうしていつもアンジェロを苦しめるんだよ!」

「お、おい、クリス、やめろ!」

「クリス! ミナが悪いわけじゃないだろ!」

 クラウディオ達がクリスティアーノを制しようと腕を掴んでも、クリスティアーノはミナに敵意の眼差しを向けたまま、その口を閉じようとはしない。

「アイツが今までどれだけお前のために苦悩したか、どれだけ愛したか、何もかも忘れやがって! お前はいつもアイツを苦しめる!」

「やめろって!」

「お前は災厄だ! お前が消え・・・・・っ!」

「クリス兄ちゃん、いい加減にしなよ」

 ミケランジェロに殴られて、クリスティアーノの言葉の端は切れた。ミケランジェロが他人に対してそんな暴力を振るうのは初めてだった。全員驚いていたが、レミがテーブルの上に広げられたアルバムに気付いた。

「ミナ様に、教えたの? ミカのこと」

「そうだよ。それで、また4人で家族に戻ろうって話してたとこ」

「え!?」

 何も知らないので、みんな驚いて動揺してミナに視線を注いでいる。それを見て、翼が手招きをして、みんなを集めた。



「ミカの事を話した。お母さんに。記憶がないから、信じられるかどうかは微妙かな。けど、一応写真とか証拠は山ほどあるし」

「信じるよ、ちゃんと」

 そう言うと、ミケランジェロはおかしそうに笑う。

「あはは、お母さん、そんなスンナリ信じるのは、嬉しいからでしょ」

「う、うぅ、うん」

「「あはははは」」

 双子に笑われてしまったが、正直ミナはすごく嬉しかったのだ。ミカが自分だったこと。アンジェロがミカを心底愛していたことはミナもよくわかっていたから、その愛を向けられていたのが自分だったことは、心から嬉しかった。

 が、3人の会話が意味不明なシュヴァリエ達は首をかしげる。

「いや、なに? どゆこと?」

「なんで急にリテイクできることになってんの?」

 尋ねてきたアレクサンドルとエドワードに、またも双子はおかしそうに笑う。

「あはは、あのね、僕らは知ってたけど、みんなには隠してたんだよね」

「一応“ミカ”っていう設定がある以上は、ヒミツにしとかないと、ちょっとねー」

 それに今度はミナが驚いた。

「え、ちょ、待って! 二人とも知ってたの!?」

 当然、と言わんばかりに双子は頷く。

「知ってたよ。お父さんから即報告きたもん」

「嬉しかったけどさ、親の不倫で喜ぶのは前代未聞だよ、きっと」

「ちょっと!!」

 ミナから見れば、ミナとアンジェロの関係は不倫に近い。急にいかがわしく表現されて慌てて双子の言葉を止めようとすると、シュヴァリエ達は全員驚いてミナに視線を注いだ。

「なに、不倫って」

「意味わからん。どゆこと!?」

 よりパニクったシュヴァリエ達に、双子はわたわたと手を泳がせるミナの右手を取って、みんなの前に突き出した。最初は首を傾げてそれを覗き込んでいたが、すぐに気付いて声を上げた。

「あー! その指輪!」

「右手って事は付き合ってんのか!」

「なんで!? いつの間に!?」

「どゆこと!?」

 ミナの右手にはめられた金細工の指輪。誕生日にアンジェロにもらった。一秒たりとも外すな、と言われて、言われなくても外す気はなかったが、ミケランジェロに言われて指輪をはずして中を見て驚いた。

 “From A to M with Love”アンジェロからミナへ、愛を込めて。そう刻印されていた。アンジェロはそれを見られたくなくて外すなと言ったのだと気づいて、とてもおかしくて、同時に嬉しかった。

 双子が幼い頃に聞いたのだという。なぜアンジェロがミナに指輪を贈ったのか。その質問にアンジェロは笑顔で答えた。

「ミナを、世界で一番大好きだから」

 だから、指輪を贈って、永遠の愛を誓った。生涯傍にいると約束した。指輪は首輪の代わりなのだと、双子が大きくなってからアンジェロがこっそり教えてきたことも聞いて、思わず笑った。


 当然その指輪が結婚指輪だと知っていたシュヴァリエ達は、今のミナの指にそれが輝いていたことには驚いた。

 驚くシュヴァリエ達の中で、さっきキレたクリスティアーノが深く溜息を吐いて額に手をやった。

「あぁ、道理でアイツ、ここ最近やたら上機嫌だと思ったら・・・・・そう言う事だったのか」

 それを聞いたシュヴァリエ達も思い当るところがあったのか、溜息を吐きはじめる。

「そう言えば。あぁ、なるほどな・・・・・」

「アンジェロ、浮かれてたもんな、なんか」

「浮かれてたな、そう言われてみれば」

「いなくなって帰って来たと思えば上機嫌で、スイートピーとかの香りがしてさ」

「どこ行ってんだと思ってたけど、ミナに会いに行ってたのか・・・・・」

 ミナの作った石鹸やシャンプーは、スイートピーなどの甘い香りのする精油が入っている。自分で調合して香水を作ったり石鹸を作ったり香を作ったり。ミナやミナの部屋はフレッシュでジューシーな甘い香りがする。

 ミナに会いに行って、ミナの香りが移ったまま戻って、アンジェロはその香りが漂っていることも好きだった。煙草の香りに混じる、ミナの香り。


「えぇ、ていうかミナ様、いつの間にアンジェロと付き合ってたんですか?」

「え、えっと、4か月くらい前から」

「マジか! つかなんで内緒にしてんだよ!」

「だって、ミカさんがいると思って。アンジェロも秘密って言ったし、好きなのは私だけだと思ってたし、アンジェロが私に会いに来てくれるのは、ミカさんの代わりだってずっと思ってたから・・・・・」

「・・・・・まるで愛人だな」

「マジか・・・・・アンジェロ、アイツマジでスゲェな」

「お父さん、自分の事は籠絡王って呼べとか言ったよ」

「バカか・・・・・」

「いや、けどマジで籠絡王だろ。俺ちょっと諦めてたぞ」

「確かに。ミナがオチるようには見えなかったし」

「だよな。それをまぁよくも、愛人にまで仕立て上げたもんだ」

「アイツ伊達に遊んでねぇな。ミナは利用されてるだけで片想いだって思い込まされてたわけだろ?」

「アンジェロ、やっぱスゲェ・・・・・」

 ミカという存在が設定としてある以上、アンジェロの設定は最低な悪い男である必要があったのだが、まんまと引っかかったミナは愛人に仕立て上げられた。

 シュヴァリエ達から見れば、ミナがアンジェロに落ちるようには到底見えなかったし、アンジェロは勿論ミナも頑張って隠していたので、青天の霹靂だ。



 半ばガッカリ半分で溜息を吐いたクリスティアーノが、ミナに向いた。

「ミナ、アンジェロの事好きなのか?」

「う、うん」

 問われて、小さく返事をして頷いたのを見て、やっぱりシュヴァリエ達は溜息だ。

「ンマー、赤くなっちゃって」

「乙女じゃん。恋する乙女じゃん」

「アンジェロに愛されないとわかってても、好きだから傍にいたい・・・・・金曜10時のドラマみてぇだな」

「まぁ、アイツには月9は似合わねぇよ」

「確かにな」

「スゲェ、形勢逆転してんじゃん」

「マジで・・・・・よくそこまでミナをタラシ込めたな」

「いいなぁ、そう言う禁断っぽい不倫っぽいのって燃えるんだよな」

「さぞかし燃えた事だろうよ」

「うん。ぶっちゃけお母さんが記憶消した仕返し半分だって言ってたよ」

「あぁ・・・・・なるほどな。アンジェロの事だから、嬉々としてミナをイジメてたに違いない。目に浮かぶぜ」

「浮かぶな・・・・・」

 想像には難くない。それはもう散々イジメられた。ミナとしてはもっと抑えて欲しかったが、それでミナが嫌だと言ったり断ったりして、アンジェロが興味を失くしてしまう事が恐かった為、結局いつも言いなり。

 アンジェロ的にはミナをゲットできて大いに喜んだが、記憶を消されたことはやっぱり腹が立つようで、ミナには絶頂地獄という仕返しを思いついたようだ。

 


 みんなに目に浮かばれてしまって、恥ずかしくなって俯いていたら、ミケランジェロが隣に座って、ミナの手を取って覗き込んできた。

 アンジェロにソックリなので、息子だと言うのに迂闊にもドキっとしていると、ミケランジェロはにやりと笑う。

「俺に、どうしてほしい? 言えよ」

「イヤー!! やめてよ!」

「俺は別にいいけど、いいのか? 言わなくて。言えば何でもしてやるのに」

「もー! なんでアンジェロの真似なんかするの!」

 咄嗟に手を離して、真っ赤になった顔を掌で覆って俯くと、周りに大笑いされた。

「アハハハ! ウケる!」

「ミケランジェロがドSになると、もうアンジェロだな」

「アンジェロそう言う事言いそう」

「ミナは責めに弱いなぁ」

「実際お父さんの真似すると、大概の女の子は喜ぶよ」

「見込みがありそうな女の子には普段は優しくして、いざって時に上から目線で強引に責めろって言われた」

「押した後すぐに引けとも言われた」

「息子に何言ってんだアイツ・・・・・」

「けど、おかげで僕達結構モテるよね」

「モテるね」

「さすがアンジェロの息子だな」

「双子は女タラシの英才教育を受けたな」

「つか、母親で遊ぶなよ」

「や、お父さんが、「面白いし、練習になるからやってみろ」って」

「普通母親を練習台にしろとか言う!?」

「お父さんなら言うよ」

「・・・・・言いかねねぇな」

 英才教育を受けた息子は立派に成長したようだ。双子は現在のアンジェロを見習っているようで、昔のアンジェロの様に何人も彼女を作ったりはせず、今はモテるだけに留めているようだ。

 双子はしっかり父親の長所(?)を学んだようだが、だからと言ってオモチャ扱いされたくはない。しかも息子に。


 相変わらず周りは笑っているが、恥ずかしいやら情けないやらでミナは意気消沈だ。それに気づいてか、翼が笑って言った。

「お母さんで練習しろって言ったのは、面白いってだけじゃないよ」

「じゃぁ何よぅ」

「お父さんがずーっと前から言ってたもん。彼女にするならお母さんみたいな女を探せって」

 それを聞いて色めき立つミナ。

「えー、ヤダ、ウソ。嬉しい」

「でしょ。お母さんのそう言う素直に喜ぶところが楽しいし可愛いから、いつまでも愛着を持ってられるって。お母さんの最大の長所だって言ってたよ。こういうのですぐに喜ぶ、単純なところ」

「単純って・・・・・ムカつく!」

「あははは。だってそーじゃん」

 結局翼にもバカにされて笑われただけだった。



 何度もむくれる羽目になったが、笑いが収まってきた頃にクリスティアーノが謝ってきた。

「ミナ、ゴメン、殴ったりして。ちゃんとミナはアンジェロの事を好きになってくれたのに」

「ううん、全部、クリスの言う通りだから。ゴメンね」

 そうして和解が成立したものの、ルカは頭を悩ませている。

「じゃぁさ、アンジェロがいなくなった理由って、なに?」

 それに周囲も頭を捻る。

「そうだよな。ミナと元鞘に戻ったなら、別にいいような気もするけど」

「まぁ、腹は立つだろうけどな。しなくていい苦労させられたんだし、アンジェロはちゃんと陛下の事も信頼してたのに裏切られたわけだし」

「それはわかるけどよ。じゃぁなんでミナ置いてったんだ?」

 全員でうーんと唸っていると、レミが顔を上げた。

「もしかしてさ、原因はミナ様の事だけじゃないのかもよ?」

「政治か?」

「多分。政治的な方針で決定的に決裂する何かがあった、とか」

「政治的な方針の違いと、ミナと引き裂かれた恨みか・・・・・」

「具体的にはわかんねぇけど、それならあり得るかもな」

「陛下が世界征服するって言いだしたとか?」

「あり得るな・・・・・」

「それなら全員で大反対だな」

 考えてみても、その政治的決裂と言うのがどんなものかが分からない。あくまで可能性ではあるが、比較的可能性としては大きいと見た。


 そうしてやっぱりみんなで考え込んでいると、ずっと黙っていたジョヴァンニがおずおずと口を開いた。

「あのさぁ、ずっと黙ってたんだけどさぁ」

 それに全員で視線を注いだ。

「あのナエビラクとか、小国同士の小競り合いとか、小さな内乱とか紛争があったじゃん。あれ、多分陛下の仕業だと思うんだよね」

 その言葉には全員が目を見開いた。

「ハァ!? そんなわけねぇだろ!」

「自国を攻撃するなんて、正気の沙汰の外だろ!」

「まぁ、そうなんだけど。結局最終的には、全部ウチに都合のいい結果になってるじゃん」

「・・・・・なるほど、確かに陛下なら、目的の為に多少の犠牲は止む無し、とは考えるかもな。でもなぁ・・・・・」

「それが真実でもそうで無くてもさ、俺がそう考えるくらいだから、アンジェロはもっと前からそう考えてたっぽくない?」

「そうだな。真偽はさておき、疑惑を持てば・・・・・いや、待て。そうなるとアンジェロが消えて誰が一番得をする?」

「陛下だな。いくら有能でも、自分に対して疑念を持つ部下を傍に置く位なら、放逐した方がマシだ」

「お前ならどうする? 疑わしきは?」

「疑いを確実なものにして、敵に回して敵として打倒する」

「陛下とアンジェロの間で、わざと政治的な対立があった、とも考えられなく無いな」

「じゃぁアンジェロが国を裏切って出たのは・・・・・」

「陛下の、策略の内か?」

「アンジェロが悪魔と結託してVMRに攻め入ってきたらどうなる?」

「陛下がアンジェロを殺す理由が成り立つ」

「殺しても誰も文句は言えない。アンジェロはVMRにとって戦犯だ」

「いや、戦犯は陛下の方じゃないか? もしナエビラクとかの件がジョヴァンニの考える通りで、その事をアンジェロが公表してしまったら?」

「VMRの周りは、敵だらけになる」

「各国が同盟してウチに攻め入ってくる。悪魔と共に。大戦争は避けられない」

「けど、陛下がそこまで考えが及ばないはずはない。その可能性を考えたら、アンジェロを国から出すのは大失策だ」

「や、けどよ、VMRは東の帝国聖トロイアスと、西の大国閨秀とも同盟組んでんだぞ。トロイアスには魔術師がいるし、閨秀には仙術師がいる。並の獣人や種族じゃ歯が立たねぇはずだし、術師の術にかかれば悪魔でもただじゃ済まない」

「だとしても、大戦争は免れられない。いや、待て。それ以前に本当にアンジェロはロダクエに行ったのか?」

「そこから? そこ違ってくるともう訳わかんねーよ!」

「いや、既に訳わかんねーけど。一体どうなってんだ・・・・・」

 ずっとブツブツと議論を交わしていても、ヒントがなさすぎる割に可能性だけ無限大。いよいよ訳が分からなくなってきた。



 すると、翼が後ろを向いてゴソゴソし始めて、何かを取り出して向き直った。

「お父さんの居場所、知りたい?」

「は!? わかんの!?」

「詳しくはわからないよ。だいたいだけど」

 そう言って翼はテーブルの上に、漢字やら梵字やらが記された魔方陣の描かれた布を引き、その上に手をかざす。中指には透明な石がついたペンデュラムが下げられている。

「なんだ、それ?」

「羅針盤だよ。まぁ、占いみたいなもの」

 どうやらダウジングのようなもののようだ。翼が目を瞑ると、かざした手の下に提げられたペンデュラムが鈍く光り始めた。

「アンジェロ・ジェズアルド。太陽暦1973年3月25日生まれ。癸丑年みずのとうし、九紫火星。牡羊座白羊宮AB型。第3次元イタリアはトリノ生まれ。彼の者は何処に?」

 翼がそう呟くと、下げられたペンデュラムがくるりと反時計回りにまわり始める。しばらくクルクルと円を描いていたが、螺旋を描くように輪が小さくなると、突然少し斜めの位置でピタリと動きを止め、翼が目を開けた。

「あぁ、見つけた」

「マジか! どこに!?」

「お父さんはやっぱりロダクエにいるね。場所は、ナボック」

 それを聞いて、シュヴァリエの幾人か―――――内閣のメンバーは顔色を変えた。

「本当に、アンジェロはナボックにいるのか!?」

「間違いねぇのかよ!」

「間違いないよ」

「ウソだろ・・・・・なんで」

 ナボックという地にアンジェロがいたことは、内閣府のメンバーには衝撃だった。やはりというべきか、と落胆する閣僚に、ミナと双子と残りのメンバーは首をかしげる。


「ナボックが、どうしたの?」

 尋ねると、クリスティアーノが口を開いた。

「実は、箝口令が敷かれてて一部の奴しか知らないんだけど、ナボックはVMRと国境を接する国だ。一番近隣の国だけど、折衝の際に輸出入のことで折り合いがつかなくて、ウチとはまともに交流はない。

 かといって交通の要衝の国だし、敵対してるわけでもねぇよ。けど、最近南部に国境線の守備兵を増員して、厳戒態勢を敷くように指令が下りてる」

「ナボックが宣戦布告でもして来たの?」

「違う。ナボックが、アスタロトに陥落させられたからだ」

「えっ!? じゃぁ・・・・・」

「今や、あの国の君主は、アスタロト。あの辺一帯を制圧して、徐々にVMRに進軍し始めてる。その為にナボック以南との交通は麻痺して、経済も既に結構な被害を被ってる。もう国境線の目の前までアスタロトは来てるんだ」

「じゃぁ、アンジェロはやっぱり・・・・・」

「この国で3番目に偉い奴が、その事を知らないはずがない。アイツはそれを知ってて、ナボックに渡った。やっぱりアイツは、アスタロトと手を組んだとみて間違いない」

 さすがにその話には騒然となった。目の前までアスタロトはやってきていた。アンジェロはそれを知って、わざわざ向かった。

 進軍してくる敵。そこに一人で戦いを挑むような愚か者ではない。話が通じるような相手じゃないこともわかっている。だとしたら、可能性は一つだけ。アンジェロは確実に、アスタロトに寝返った。


 理由はわからない。目的はわからない。でも、事態は確実に最悪の方向へ向かっている。それだけは確かだ。

「ヤバいよ。こうしてる場合じゃない。アンジェロを止めなきゃ」

 オリバーの言葉に頷いたシュヴァリエ達が席を立とうとしたが、それをクリスティアーノが止めた。

「無駄だ。アイツはミナの為に悪魔に魂を売り渡すほどの奴だ。アイツは目的を達成する為なら、何だって犠牲にする。それが自分の命でも、他人の命でも。既にアイツはアスタロトの元に渡った。今更俺達に止める手段なんかない」

「そんな事言ったって、このままじゃ戦争が起きちまうよ! そうなったらアンジェロは殺されたって文句は言えねぇんだぞ!」

「言っただろ。アイツは自分が死んでもいいんだよ。自分の望みを叶える事が出来るなら、それでいいんだ。ミナにも、それはわかるよな?」

「・・・・・うん。アンジェロはミカさん―――――私の為なら、今すぐにでも死ねるって言ったから、アンジェロが本気になったら、きっと誰も止める事は出来ないんだと思う」

「じゃぁ、どうすりゃいいんだよ!」

 詰め寄る面々に、クリスティアーノは口をつぐみ、ミナを見つめた。その視線から言いたいことは十分に伝わったし、ミナも覚悟を決めた。

「アンジェロは、言って聞くような人じゃない。可能なら説得したい。でも、それでもアンジェロが止まらなかったら、アンジェロが裏切った目的が私のせいだって言うなら、私が責任を取る」

「お母さんが責任を取るって」

「どういうこと?」

 双子の問いかけに、二人を真っ直ぐ見て言った。

「ゴメンね。家族4人でやり直せないかもしれない。もしもの時は、アンジェロを殺して、私も死ぬから」

「何言ってんの!?」

「ダメだよ、そんなの!」

「ダメじゃないよ。アンジェロが言ったの。私の為なら死ねるって。私もアンジェロに言ったの。死ぬ程好きな人の為になら死ねるって。死ぬ程好きな人と結ばれたら、その人と心中するって、決めたから」

「そんなこと・・・・・!」

「うるさい。もう決めたの。アンジェロと心中できるなら、本望よ」

 相手にだけ命を捨てられるのは、もう真っ平御免だった。どうせなら愛する人と死にたいと思った。それがどんな理由でも。例えばロミオとジュリエットのような悲劇的な結末だったとしても。

 アンジェロの愛が本物なら、アンジェロの愛を信じるなら、二人で死ぬのだ。以前のミナに戻ることはもう出来ないけど、ミカの事もアンジェロの愛も裏切りも全部含めて愛すると決めたから、きっとアンジェロもわかってくれる。

「私はほかの誰の為にも自分の命を投げ打ったりしない。自分の為だって命を捨てたりしない。私は捧げるの、愛を命に代えて、アンジェロに。

 アンジェロが全てを犠牲にすると言うのなら、私はアンジェロが全てを犠牲にしてでも守りたいと思ったものを、全て犠牲にしたっていい。

 アンジェロがそれ程の愛を私に向けてくれているのなら、私も同じように応えるだけ。私の愛を受け止めてくれるのはアンジェロだけ。アンジェロの愛を受け止められるのは、私だけ。アンジェロの全てを愛しているから、私はアンジェロを殺せる」


 どこに行っても、何があっても信じてる。アンジェロの愛を信じるなら全て受容して、共に果てる。愛しているから、互いを殺せる。それが、ミナとアンジェロの、愛。


★愛人の欠点を美徳と思わない者は、愛してるとは言えない

――――――――――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

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