私は君を愛しているが、それは君の知ったことではない
創絡4年10月
「来年、だよね。アンジェロは何か聞いた?」
「聞いた。けど、誰にも言うなって言われた。お前は?」
「私も。多分内容は違うと思うけど、アンジェロは引き受ける?」
「あぁ。お前は」
「私も、引き受けた。私の願いも、叶えてくれるって言ったから」
「そうか」
アルカードの言った大勝負の創絡5年12月25日まであと一年と2か月。二人にも具体的な指令が下ったが、どうも別々の内容を言い渡されているらしく、ヒミツらしい。
ミナとしてはこの3人の間なら話してくれてもいい気がしたが、アルカードの事だから相互に知らない方が都合よくいく作戦なのだろうと思って、なんとか我慢している。
しばらく話しながら、ごちそうを前に笑う。アンジェロの家で二人。
「なんか、こういうの初めてだね」
「そうだな。いつもは大勢いたし・・・・・淋しいなら今から誰か呼んでやろうか?」
「ううん、いいよ。折角だし、つまんないとか思ったわけじゃないよ」
「そーか」
「盛大に祝ってもらうのは、来年にしてもらう。運が悪ければ最後なんだし」
「そうだな」
「だから、今年はアンジェロに付き合ってあげる」
「・・・・・悪かったな」
「冗談だよ。いいよ、私も嬉しいから。記念すべき60歳の誕生日だしねぇ。アンジェロが思い出に残るようなお祝いしてくれるって言うから、期待してるんだよ」
「あんま期待すんな。メシ食った後帰れって言うかもしんねぇぞ」
「ヒド・・・・・」
微妙にアンジェロならそう言う事をやりかねない。お祝いをしてくれると言うボニーやリュイ達のお誘いを断ってまでアンジェロの誘いに乗ったのだから、ミナが感動して泣くほど祝ってもらわなければ割に合わない。
「けどさぁ、何も別々にしなくたって、みんなでレッツパーリすればよかったのに」
「んだよ、俺が祝うのじゃ不満か」
「そーゆーことじゃなくってぇ。ていうか不満だったら断ってるよ」
「それもそうか。じゃぁなんで断らなかったわけ?」
「え? えーと、アンジェロが私が感動して泣き出した上に、感動のあまりアンジェロに表彰状を書く位のお祝いをしてくれるって言うから、そりゃ期待するよ」
「ハハハハ、あれウソだけど」
「えー!? じゃぁ何にもないの!? 本当にご飯食べたら帰れ!?」
「ウソだよ。ちゃんと用意してる」
「んもー!! ビックリするじゃん! バカ!」
「いちいち騙されんな、バカ」
誕生祝でも騙されてバカにされるミナ。折角のお祝いなのにいつも通りバカにされてムカつくが、それもいつもの事なので慣れたものだ。
すぐに忘れて料理に手を伸ばす。
「あ、このチキン南蛮おいしーい。出汁巻き卵も。アンジェロが作ったの? ていうか料理とか出来たんだ?」
「そりゃ今は一人だしな。大概は血で済ますけど、たまに料理食べたくなった時は作る」
「前はミカさんが作ってたの?」
「そう。レシピとか置いてったから」
「へぇー、ミカさんって日本人だったんだねぇ」
その言葉にギクリとするアンジェロ。
「え・・・・・なんで?」
「だってコレ和食だもん。和食なんて世界でも特にメジャーじゃないし、日本人とか日本に滞在した人じゃなきゃレシピなんて知らないはずだよ」
―――――マジか! コレ日本料理か! 痛恨のミス!
ミナは和洋折衷どころか世界の料理を網羅して色々出していたので、どの料理がどこの国の料理か把握していなかったアンジェロは、ウッカリとミスを犯していたようだ。
「ミカさんって北欧系の名前かと思ってたけど、日本名の名前だったのねー」
「いや、違ぇよ。日本人じゃねぇよ。けど、人間時代に日本に留学したとは言ってたけど」
言いながら頬杖をつくように、アンジェロは指の背を口元に当てる。
「ウソつき! なんでウソ吐くの?」
「や、ウソじゃねぇよ」
「ウソ吐いてる時の癖でてるし、ウソ吐きの顔してるもん! わかるよ!」
「ウソつきの顔ってなんだよ」
「アンジェロの顔だよ」
「ムカつく・・・・・」
今度はアンジェロがムカつかされた上に、ミナに自分のウソが見抜けることに焦りを感じた。その半面、そこまで自分を理解してくれることは嬉しく思った。
が、やっぱりハラハラすることには変わりはないので、話題の転換を試みる。
「まぁいーじゃねーか。それより最近苧環はどうした?」
「うーん、最初は気まずかったんだけど、今は普通だよ」
まんまと転換に乗せられる。
アレ以降苧環はミナには普通に接してくる。最初の頃は気まずかったので避けたり、誘いがあっても断ったりしていたのだが、それも申し訳ないような気がしてきて、今では結局以前と同じに戻っている。
が、ミナが警戒していることは苧環もわかっているようで、必要以上には踏み込んでこない。その辺り節度がある人だと感心させられるが、苧環はミナにフラれて半年以上経っている。
女がよく誤解する事だが、振ったり別れたりした後に、その直後に猛烈に縋り付いてきたからと言って、いつまでも男が女を好きだと思い込むのは大きな間違いだ。ちなみにアンジェロは例外だ。
最初の頃こそ、アンジェロと苧環はミナの知らないところでバトったものだが、
「俺よりミナが好きだって言うなら、今すぐに悪魔と契約して見せろ」
と言われてしまって、苧環は敗北を認めざるを得なかった。そこは確かに苧環の負けなのだが、苧環が弱いとかそう言う事ではない。
普通は大事なのは女だけではないし、家族だの仕事だの色々あるのだから、女一人の為に死ぬ事は普通は不可能。おかしいのはアンジェロの方だ。女の為に悪魔に魂を売り渡せる奴の方がおかしい。
が、苧環としてはミナが自分の為に死ねるか、と尋ねてきたことで、ミナが求めているのはそういう「おかしいレベルの愛情」なのだと言う事はわかったし、それに到達するのはアンジェロしかいないと言う事+自分が普通だと言う事を思い知らされたわけで、それならもう引き下がらないと、火傷するような気がしたのだった。
「なんかねぇ、苧環さんがねぇ、「陛下が二の足を踏むのもわかる気がする」って言ってたんだけど、どういう事だろうね?」
「そりゃアレだろ。例えばお前らがラブラブになってまたなんかあった時に、前の嫁みてぇにお前が自殺でもしたらって考えたら怖いんじゃねーか」
「あぁ、そっかぁ。さすがのアルカードさんでも、別にラブラブじゃなくても、自分の身内がそう言う死に方するのは嫌だろうね」
「そーだな。それが自分の責任で、尚且つ他の身内に恨まれるようなことになったら堪ったもんじゃねぇだろうしな」
「確かに・・・・・じゃぁ私は身も心もフリーダムだ!」
「なに新発見、みてーな顔してんだよ。昔からお前はフリーダムだろ」
「そーだっけ?」
「そーだろ」
ミナはアルカードの事もずっと引っかかってはいたが、謎が解けてスッキリした。それ以上にやはり、ミナとしてはみんなが言う、アルカードはミナが好き、という話が未だに信じられない。
ミナとしては第2のパパというか、師匠と言うか、上司と言うか、ボスと言うか。とにかくそう言う対象には見れなくて、心底尊敬して信じているからこそ、惚れた腫れたなどおこがましいと思うのだ。
―――――私の心は自由だ。何物からも。だから、誰に恋をしてもいいよね。
そう思って、食事が終わって煙草を吸いだしたアンジェロに視線を注いだ。
ミナもよくわかっている。アンジェロがミナに優しくするのは、ミカの代わりだからだ。友達と彼女の代わり、それ以外にアンジェロはミナに価値を見出していない。苧環にもそう言われたし、自分でもわかっている。
アンジェロはミナには優しい。ミナに優しく笑ってくれるし、ミナが何をしても何を言っても、文句を言いながら結局許してくれる。一緒にいるのは楽しいし、たまに思い切って我儘を言ってみると、「そんなことか」と容易く受け入れる。
前にアンジェロと一緒にいる時に、アンジェロが言った。
「お前といると安心する。何か本当に―――――・・・・・いや、なんでもねぇ」
―――――本当に、彼女みたいで。そう言う続きを期待した。その期待を持った瞬間、自覚した。同時に、辛さが募ってきた。
死ぬ程元恋人を好きな男に恋をして、勝算などあるはずもない。少なくとも、ミカがいない間にアンジェロを独り占めできる現実で満足しておくしかない。
アンジェロに元気を出してほしかった。だから傍にいたのに、今はミカがいなくて喜んでいる自分がいる。
―――――最低だ、私。きっとアンジェロが私の気持ちを知ったら、私の事を嫌いになっちゃうんだろうな。
遂げようとすればヒビが入るかもしれないが、想うだけなら無罪だ。想いにふたをして、鍵をかけて沈める以外に、ミナにできる事は何もなかった。「優しい友達」のフリをして、臆病な心を隠して、卑怯な思いを秘めながら、アンジェロの前で笑っていればいい。
―――――もう、いっそのことミカさんが戻ってきてくれたらいいのに。そしたら私だっていい加減諦めがつくのに。
小さく溜息を吐くミナを見て、アンジェロは気付かれないように小さく笑った。
―――――まだだな。もう少し。
勿論アンジェロは気付いている。ちなみにここまで作戦通り。百戦錬磨の手腕は伊達ではない。
ずーっと一緒にいればその内ほだされるのが人情と言うものだ。アンジェロの優しさによるジャイアン効果は他の比ではないし、口が上手い分口説くのも上手いし、かと思えばミカへの愛を切々と語ったり、あくまでミナは代理だと遠回しに言ったりしてわざとミナを嫉妬させたり。
と思えばミナだけは特別、というような事を言ったりして期待を煽っておきながら、つれなくしたり。
そうしてミナが精神的に落ち着かない状況を常に作り出して、ミナの中でのアンジェロの占有率をガンガン高めている。
だがそれでもまだ不十分だ。ミナの想いは恋であって、まだ愛ではないから。ミナがアンジェロと同レベルになってきたら、やっとアンジェロも行動できる。
―――――俺はお前の為に散々涙を呑んだんだから、もう暫く片想い気分味わっとけ。
小さな復讐に翻弄されるミナは、そうしてアンジェロがニヤニヤしている事にも気づかないで、またしても小さく溜息を吐いた。
二人で食事をして、アンジェロと食事の片づけを終わらせると、アンジェロは出かけると言って支度を始めた。
「どこいくの?」
「ヒミツ。ほら、行くぞ」
10月の割に少しだけ厚着をしたアンジェロは、更にパルダンメントウムまで持って、ミナの手を取って転移した。
転移した先は、真っ白だった。10月だと言うのに雪が積もっている。やって来た先はエフィンコリというアリストからはるか北にある街で、10月でも気温は-10度を下回る。
ミナは秋物のコートしか着ていなかったので、急に寒くなって身を震わせていたが、到着した先が市庁舎の前だったので、客が来る事は聞いていたのか、すぐに使いの者がやってきて中に入れてくれた。
このあたりの住民は冬の厳しい寒さから逃れるために、流浪の民と呼ばれている。住居も移動式の物で、市庁舎ですら移動式で、そう言う大きめのテントのようなコテージが何棟も並んでいる。
その一棟に通されて、暖を取れるかと思ったが生憎暖炉はないらしく、何かの毛皮の毛布を一枚渡された。しかも高い位置にぽっかりと空いた大きめの窓から冷たい風が吹き込んでくる。
「うぅ、寒い。なんでこんな寒い所に? これがプレゼント?」
「そ。これがプレゼント。こっち来い」
見ると、アンジェロは一人だけパルダンメントウムの上から毛布まで羽織っている。しかもアンジェロが座っている椅子はクマの毛皮で覆われている。
「自分ばっかズルい!」
と文句を垂れながら歩み寄ると、アンジェロは座ったままミナの腕をグイッと引いて、膝の上にミナを座らせると、パルダンメントウムと毛布を広げて、ミナごと覆った。
「暖けぇだろ」
「あたっ、暖かいけど!」
「暴れんなバカ。隙間から風が入ってくんだろ。じっとしてろ」
突然の事に驚いてジタバタしてみせるが、アンジェロの言う通りミナが暴れる度に暖かい空気が逃げていくし、それ以上にアンジェロが手も足も押さえつけて身動きが取れなくなり、渋々大人しくした。
が、なんだか恥ずかしいし、ドキドキしているのを悟られたくもなかったので、椅子の背に背中を預けたアンジェロから、少し背中を離して浅く座っていたが、結局額に手を当てられて後頭部をアンジェロの胸に押し付けられた上に、胴体をガッチリホールドされた。
「うぅ」
「だから寒ぃつってんだろ。手間かけさせんな」
「だって、恥ずかしいもん!」
「うるせぇ。それよりホラ、上見ろ、上」
「上ぇ? ・・・・・うわぁっ!」
言われて見上げた窓。視線の先にある物に、緊張は一瞬で消し飛んだ。代わりに膨れ上がる、興奮と感動。
「すごーい! オーロラなんて初めて見た!」
「こっちじゃ珍しくもねぇらしいけどな。今日は天気もいいし、天体ショーはそれだけじゃねぇぞ」
「あっ! 流れ星! あれ、なんかイッパイ流れてる!」
「ミケランジェロが最近天文学にハマっててな。今日と明日流星群が見えるっていうから。エフィンコリなら流星群もオーロラも見れるだろ」
「えー! それで連れてきてくれたんだ! すごーい!」
何度言っても聞かないミナは、結局興奮して足をジタバタさせる。
「ダァッ! もう、うるせぇのは大目にみてやっから、暴れんなって!」
結局怒られて押さえつけられた。
宇宙のプラズマが大気の成分に反応して輝き、風に揺らぐカーテンの様に華麗に舞う。その向こう側では、乾燥してただでさえ宝石をばら撒いたかのような夜空に、無数の流星が飛び交っている。
ミナが今まで見た中で最も美しい光景。いつしかミナも黙り込んで空に魅入って、その圧倒的な自然と宇宙の美しさに感動して、アンジェロの狙い通り、涙が零れた。
「綺麗・・・・・すごい」
「感動しただろ」
「超感動した」
「表彰状書いてくれる?」
「書く」
「ハハハ。そりゃ重畳。よかった。お前が喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
そう言ってアンジェロは緩めていた腕でぎゅっとミナを抱いて、顔をミナの肩に預けて笑った。
嬉しかった。本当に涙が出るくらいに。オーロラと流星群が綺麗なことにも感動したし、それをミナにわざわざ見せたいと思ってくれたことが、心の底から嬉しかった。
いけないとわかっていても、期待が加速する。言いたい、言いたい、そう思いながらも、恐怖が自制心として働いた。
少しだけアンジェロに顔を向けて、恐る恐る尋ねた。
「本当は、ミカさんと来たかった?」
「なんで? 今日はお前の誕生日なんだから、お前と来ないでどーすんだよ」
多分、顔が真っ赤になっているのはバレバレだし、背中がくっついているからドキドキしているのもバレバレだ。
恥ずかしくなって俯くと、アンジェロの左手に力が入って、顔をアンジェロの方に向かされた。
「やっぱり。お前また泣いたのかよ。道理で暖けぇと思った」
そう言って顔を向けた右手でミナの目元を拭って、目元に指が触れたので反射的に目を瞑ると、すぐに指先は移動して、代わりに唇に触れた。
驚いて目を開けると、目の前にはアンジェロの顔があって、目元を拭っていた手はしっかりとミナの頭を押し付けていて、驚いたはずみに開いた唇の隙間から舌が滑り込んできた。
「はっ・・・・・んぅ・・・・・」
頭を押さえつけられて、逃げられない。煙草の味がして、口内を撫でつける舌の感触が、たまらなく気持ちいい。
だけど、当然のごとく湧き上がる辛さ。やっとアンジェロが離してくれて、ミナが見つめる視線の先にあるアンジェロの笑顔に、強烈に切なくなる。
「私は、ミカさんじゃないよ・・・・・?」
「知ってる」
「じゃぁ、どうしてキスしたの?」
「したかったから」
「したかったら、誰にでもするの? それは、ミカさんに対する裏切りじゃないの?」
「誰にでもはしねぇし、裏切りでもねぇよ。好きじゃなきゃしねぇし、俺は今までもこれからも、好きな女はたった一人しかいない」
どういう事かわからなかった。アンジェロが好きなのはミカしかいなくて、好きな相手じゃなければキスはしないのだと言う。なのにミナにキスをしているのだから、ものすごい矛盾だ。
さっぱり意味が分からなくて頭を捻ることになったが、胸の中に溢れている辛さとは別に、恋情が変容を始めた。
―――――そっか、私はミカさんじゃないけど、アンジェロの中では完全に、私はミカさんの代わりなんだ。こう言う時、アンジェロの目には私がミカさんに見えてるんだ。
そんなの、辛い。アンジェロは、ヒドイ。最低・・・・・。でも、いい。それでもいいから、ミカさんの代わりでもいいから、私を見てくれなくてもいいから、アンジェロに愛されたいよ・・・・・。
アンジェロはミナを利用しているだけの最低な男だ。それは十分に分かった。それでも、どうしても傍にいたいと思ってしまった。いけないとわかっていても、止められそうになかった。
俯いていた顔を上げて、アンジェロを見上げた。
「アンジェロは、ずっとミカさんの事を好きでいて。それでもいいから、私を傍にいさせて。私を好きになってくれなくてもいいから、傍にいさせて」
「なんで?」
「アンジェロの事が、好きだから」
「ふぅん、そう。いいよ」
サラリと普段通り、悪戯っぽく笑って飄々と返事をしたアンジェロは、もう一度ミナにキスをする。
残酷な人だ、酷い人だ、そう思っても、惚れてしまった方の負け。
―――――ぃやった! もう俺天才かもしんない! チェックメイトまであと一息!
結局アンジェロの作戦勝ち。そんな事など知らないミナは、アンジェロに愛されない覚悟をして、愛し続ける覚悟を決めた。
★私は君を愛しているが、それは君の知ったことではない
――――――――――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ




