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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第5章 この手で掴む、五風十雨
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I’ll keep my fingers crossed


 今日は苧環とデートだ。二人で湖にピクニックにやって来た。アリストの西側には広大な湖がある。

 アリストからは結構遠いのだが、わざわざ遠出をしたのはスキャンダラスな都合だ。どうやら苧環がミナを狙っているらしい、というのは宮廷では知れ渡っているのだが、都民達に知れ渡らせるわけにはいかない。

 一応離婚したことは都民達も知っているが、色々な都合で、その事を口に出したら投獄する、とアルカードが触れを出しているので、都民にも顔の広いミナだが、その事を直接言ってくる者はいない。


「イヤァァァ! 苧環さぁぁぁん!」

「どうしたの!?」

「ピンクのエリマキトカゲがいます! 可愛い!」

「・・・・・なんだ・・・・・急に大声出すから、どうしたのかと思った」

「あ、すいません。こんな奇怪な生物見るの初めてで、興奮しました」

 二人の時は、流石に苧環もタメ口だ。苧環はミナに比べたら随分年上(アルカードと50年くらいしか変わらない)なので、ミナの方はずっと敬語だ。

「ミナちゃん、見てコレ」

「ぬぉ! 玉虫色のウナギイヌ!」

「ウナギイヌ知ってるの? 世代じゃないよね?」

「世代じゃなくても知ってますよぅ」

「あはは、流石日本人」

 ウナギイヌを知らない方は、親に尋ねてみるとよろしい。玉虫色のウナギイヌは、ちゃんと浅瀬で半分は水に浸かって、半分は陸に上がっている。

 ウナギイヌはミナと苧環に気付くと、硬直して目をしぱしぱとしばたかせていたが、ミナが触ろうと手を伸ばすと、スタコラと水の中に逃げ込んでしまった。

「なんだぁ、水陸両用かぁ」

「ホバークラフトじゃないんだから・・・・・生き物の時は両生類って言うものだよ?」

「あ、そっか!」

「あはは、ミナちゃん天然?」

「違いますぅ」

 この世界に来て随分面白い生物には見まう事が出来たが、流石に水場はもっと面白い生き物がたくさんいる。お陰様でミナは興奮しっぱなしだ。

 ミナがはしゃぐものだから、苧環もつられて笑ってしまう。

 ―――――本当、楽しそうにしてくれるし、喜んでくれるし、ミナちゃんは喜ばせがいがあるなぁ。こういうところは女の子らしくて、愛嬌があって可愛い。

 毎回、「誘ってよかった」男にそう思わせるのがミナの特技の一つである。



 ピクニックと言っても時間は夜だ。吸血鬼なので明暗は大した問題ではないが、オオカミの遠吠えのような鳴き声も聞こえる。

「お昼に来たら観光の人とかもいたりするんですかね?」

「どうかなぁ? こっちの人は聖地とかでもない限り、自然を観光しようなんて発想はないんじゃないかな?」

「あー、そっか。私達は文明人だったから、自然が珍しくて観光してたんですもんね。自然しかなければ、特に珍しくもないかぁ」

 人っ子一人いない夜の湖。ちょっとだけ寂しいな、と思った。

「つまんない?」

「つまんなくないですよ! ただ、夜の湖って言ったら、殺人事件かジェイソンしかないじゃないですか」

「それ以外にもあると思うんだけど・・・・・よりによって物騒なのばっかりだね」

「ジェイソンはともかく、殺人事件に巻き込まれたら、二人でバッチリ解決に導きましょうね! 私が片平なぎさで、苧環さんは船越英一郎ですよ」

「あははは! その二人が揃ってれば、絶対解決するね」

「そうですよ! 崖の上に追いつめるんです」

「アレ不思議だよね。毎回崖の上に行ってさ、自分の罪を全部白状してから警察が来るの。黙秘すればいいのに」

「確かに! ていうか、いっそ片平なぎさも、船越英一郎も、コナンも! むしろ事件を呼んでますよ」

「あー・・・・・温泉地とか豪華客船とかでその面子には会いたくないね。絶対何か起こるよ」

 日本人ならではの話題で盛り上がる二人。ヴァンパイア一族と違って、山姫一族は日本人が多数を占めているので、日本トークが出来る為にミナは結構仲良くさせてもらっている。


 やっぱり一番仲良くしてくれるのは山姫で、歌を教えてくれたり、琴や三味線を奏でてくれたり、たまにボニーとクライドも交じって4人でカラオケ(という名の大合唱)をして遊んだりする。

「ボニーさんとクライドさん、やたら歌が上手くなったと思ったけど、山姫さんの教育の賜物だったんですね」

「まぁね。山姫っていう妖怪は、そもそもそう言う妖怪だからね。歌声で人を惹きつけて、やって来た人に笑いかけて、相手がつられて笑い返したら血を吸うっていう」

「笑いかけられたら死ぬんですか・・・・・」

「あはは、ミナちゃんは吸血鬼だから殺したりしないよ。そのスタイルは対人間用で、今でもやってるのは、やっぱり太政大臣くらいしかいないよ」

「あぁ、他の皆さんはお仕事の都合で?」

「そうそう。最初は僕と虎杖と3人だったけど、仕事の為にどんどん仲間が増えてって、最終的に大所帯になって、みんな賑やかで、最初の頃に比べたら、全然楽しい」

 話しながら、夜露のついた草の上にシートを引いて、二人で座った。

「苧環さんは、暗殺とかするの嫌じゃなかったんですか?」

「うーん、僕は元々武士だったから、人を殺すこと自体には特に。悪は斬るべし、と思ってたし。ただ、武士だっただけに暗殺っていうスタイルは好きじゃなかったなぁ」

「やっぱり、正々堂々と! っていう?」

「そうそう。でもそこも慣れだけどね」

「まぁ、ですよね。今は事務次官ですけど、退屈じゃないですか?」

「そうでもないよ。途中から僕と虎杖は前線を離れて秘書業務に徹してたし、忙しくて退屈する暇なんてないなぁ」

「それもそうですよね。ていうか、今日よかったんですか? 本当は仕事に行こうとしてたんじゃないですか?」

「まさか。折角ミナちゃんとデートなのに、仕事行くわけないよ」

 その言葉にミナは体育座りをしていた背筋を少し伸ばして、目をパチクリさせた。

「え、デートなんですか?」

「デートだよ」

「あ、そうなんだ。ピクニックかと思ってた」

「ピクニックデートだよ」

「ピクニックじゃなかったら?」

「ミナちゃんと二人でいる時は、どこに行ってもデートだよ」

「そうなんだ・・・・・」

 ミナの中では、彼氏とのお出かけがデートだと思っていて、それ以外の人とのお出かけはデートじゃないと思っていたので、俄かにカルチャーショックを覚えた。


 考え込むような顔をしたミナに、苧環は少し不安に思ったのか顔を覗き込んできた。

「もしかして、ヤだった?」

「えっ! まさか! そう言う事じゃなくて、これってデートっていう名称だったんだ! って言う、知的発見に浸ってました」

「あー・・・・・まぁ定義はよくわかんないけど」

「私的には、“お出かけ”って称してたんですよね。デートってなんかこう、いかにも恋愛が絡んでる匂いがプンプンするじゃないですか」

「絡んでないの?」

「え? 絡んでないでしょ?」

 ―――――でしょって・・・・・断定された・・・・・。

 落ち込む苧環。鉄壁なのはアンジェロに限らないようだ。が、苧環も割とポーカーフェイスは巧い方なので、何とかブルーな素振りは見せずに済んだようだ。



 苧環はさすがにサムラーイだ。こう言う時こそ勇気を奮い立たせる。

「じゃぁ今からデートだって思えばいいよ」

「うーん、ていうか苧環さんの中でデートってどういう定義ですか? 男女がお出かけしたらデートですか?」

「それだけじゃデートとは言わないかなぁ。ミナちゃんと官房長官がお出かけするのはデートじゃないでしょ?」

「あぁ、そうですねぇ」

 ちゃっかり敵をやっつける事も忘れない。

「じゃぁどういうのがデートですか?」

 ミナの質問に、苧環はにっこり笑った。

「ミナちゃんとのお出かけはデートだよ」

「その心は?」

「好きな子と一緒にいる事」

「へー、そーなんですかー」

 ―――――平然と流された!

 折角悩殺スマイル&口説きのコラボレーションを発揮したと言うのに、やっぱり苧環はショックを受けた。



 流石に今度ばかりはショックを隠し切れない苧環の隣で、平然と返事をしたミナは、ようやく苧環の言っていたことが理解できたようだ。

 ―――――私とのお出かけはデート? 好きな子といることがデート? あれ? それはもしかして? 苧環さんは私を好きだとでも言いたいのか? なーんつって! それはナイよ! ナイよ! ・・・・・ナイよ! 困るよ! ナイってば!

 段々必死に脳内に姿を現した真相を撲殺するミナ。聞いてはいけない気がしたが、聞かないと確証が持てないし、この微妙な雰囲気をどうしても打破したい。思い切って尋ねることにした。

「苧環さんは、どうして私を誘うんですか?」

 ショックを受けて俯いていた苧環は、少し小さく溜息を吐きながら、立てた膝に頬杖をついて、ミナに向いた。

「少なくとも、官房長官と同じ理由じゃないよ」

 そう言われて、記憶をたどってみる。アンジェロは、淋しいからミナを誘いに来るのだと言っていた。

「まぁ、一人でいるのが淋しいから遊びに誘うのは、確かにデートじゃないですよねぇ」

「そうだよ。僕と官房長官が同じだとは思わないでね」

 明らかに何かしらの敵意を感じる物言いだ。

「それって、どういう意味ですか?」

「さぁ? どういう意味だろうね?」

 はぐらかされて少し不服に思ったが、苧環が若干イラついているように見えたので、これ以上、この質問をしない方がいいだろうと思って飲み込んだ。



 なんとなーく気まずい雰囲気が流れてしまって、雰囲気を打破しようと苧環に声をかけようとすると、先に苧環が「あ」と声を上げて、前方を指さした。

「ミナちゃん、見て」

「うわぁっ! スゴイ!」

 手つかずの自然が多く残るこの世界では、当然森も湖も綺麗だ。湖の上に、視界を覆う程の、ルミナリエ。

「蛍!?」

「すごいね。さすがに自然が豊かなだけあるね」

「すごーい! 綺麗!」

「風流だね」

「風流・・・・・あぁっ、浴衣着てくれば良かった」

「確かに。今度は浴衣来てまた来ようよ。近い内に」

「そうですね。浴衣と、蛍と、花火と、うちわと、蚊取り線香!」

「・・・・・確かに夏の風物詩だけど、蚊取り線香、いる?」

「あ、いらないか!」

 蛍のお陰で先程までの雰囲気は一変だ。満天の星空を超越する地上の星たちは、ほわん、と光りながら回遊している。


 二人揃って湖上の蛍に見入っていると、一匹ポワポワとミナの方に飛んできて、目で追っていると、ミナの頭上に止まった。

 前髪の隙間から、ぽわんぽわんと光っているのが見える。

「あ、やっぱりコレ蛍だよ。あっちのとは微妙に違うけど」

「え! 見たい!」

「捕まえていい?」

「はい!」

「じゃぁじっとしてて」

 わくわくと頭上に光る蛍を見上げていると、前髪に苧環の指がかかって、フイ、と光が横に逃げて行った。

「あっ、蛍」

 飛んで行ってしまった蛍を追いかけたら、ほっぺたに感触がして、ちゅ、と音がした。

 驚いて、頬を押さえてのけ反ると、ビックリさせられたのはこっちなのに、苧環の方が残念そうにしている。

 どうやらキスしようとしていたのに、蛍が逃げてミナがそれを追いかけたせいで、ほっぺにチュウになってしまったことが残念なようだ。


 が、それでもミナには十分にビックリだ。

「・・・・・う、お、苧環さん、チュウじゃ蛍は捕まりませんよ?」

 なんとか絞り出したのは、そんなアホなコメントだった。お陰様で苧環は溜息を吐いている。

「うん、知ってる。本当は僕は蛍なんかよりも、ミナちゃんを捕まえたいんだけど」

「えっ! 私を!? 何の容疑で!?」

「えぇ・・・・・あ、いや」

 アホなコメントをするのは、動揺しているせいだと苧環も察してくれたようである。かといって、「僕のハートを盗んだ罪で」とかアホな切り返しはしない男だ。

 困っているような表情が柔らかくなって、笑って、ミナが頬を押さえていた右手を握った。

「ミナちゃん、僕の彼女になりなよ」

「えぇっ! なんでですか!?」

「イヤ?」

「え、イヤ、イヤっていうか、イヤとかじゃなくて」

「僕はずっとミナちゃんが好きだったよ。日本にいた時から。だから、僕はミナちゃんを大事にするし、僕の方が年上な分力も強いし、ミナちゃんを守れる自信もあるよ。結構おススメだと思うけど」

 意外に押してくる苧環。ミナの方はというと、そんな風に口説かれたのはジュリオ以来(しかもジュリオは嘘)だったので、一気に顔や耳に血が集まってきているのが自分でわかる。苧環に握られた右手も、熱い。


 勿論、断ろうと思った。仮にもミナは1児の母なのだし、苧環にはそれなりに好意はあったけど、そこまで深くは考えていなかった。

「え、あの、本当ですか?」

「本当だし、本気だよ。多分ミナちゃんは僕の傍にいたら幸せになれると思うんだけどな」

 言われて、考えてみる。確かに苧環は優しいし、ミナよりも実際に強いし、ミナも苧環の優しくて紳士的なところは結構評価している。何と言ってもミナの好きなタイプは「遊ばない石田純一」だ。そう考えるとアリかとも思うが、今更彼氏を作って翼に文句を言われたくもない。

「あの、でも、私、コブつきなんですけど・・・・・」

「翼くんもいい加減大人でしょ? 子供ならわかんないけど、今更口出ししたりしないよ」

「えー、そうかなぁ」

「それに、翼くんにも許してもらえるように努力はするよ」

 再び考える。確かに苧環はしっかりしているし、翼も苧環を嫌ったりはしていないから、どうにかなるような気もする。それにアンジェロにも恋人を探せと言われたし、一人は淋しい。


 実際は双子ともアンジェロの味方なので、苧環に口説かれたと聞いたら激怒するに違いないが、そんな事を知らないミナは、最後に質問してみた。

「苧環さん、私の為に死ねますか?」

「えー? うーん、そうだなぁ。ミナちゃんが僕を好きになったら、死ねるかも」

「えぇ、ウソ。死ねるんですか?」

「まぁ、場合によってはね」

「そっかぁ・・・・・」

 最後の質問もクリアした苧環に、更に悩まされる。どうしようかと思案していると、ヨシヨシと頭を撫でられた。

「ゴメンね、急にこんな事言って」

「え、あ、いえ」

「でも、好きなのは本当だから、考えておいてよ。返事は、今すぐじゃなくていいから」

「・・・・・わかりました」

「じゃぁ、今日はもう帰ろうか」

「あ、はい・・・・・」

 とりあえずこの日はこれで帰って、後宮に戻ってからもひとしきり悩んで、その後も数日間悶々と考えた。



 ―――――苧環さんって、いい人だよね。最初の頃は冷たかったけど、仲良くなってからすごく親切にしてくれるようになったし、話しも合うし楽しい。

 いつも色々気にかけてくれるし、あの着流しで煙管吸ってる姿とか超カッコイイし、私が煙管になりた・・・・・いや、煙管にはなりたくないけど。

 でも、そう言う好きじゃないけどな。けど、付き合ったら好きになりそうな気はするけど、苧環さんはそう言うのはいいのかな? ていうか、翼がなんて言うかわかんないし、みんなもビックリするだろうしなぁ。どーしよ。どーしよー!!

 考えたが、中々決断が下せないので、相談してみることにした。とりあえず山姫一族だと苧環に味方しそうだし、ミラーカやボニーだと、クリシュナの事があるから有無を言わさぬ反対がありそうだ。どうせ相談するなら中立の人に相談したいものだ。そう考えて、リュイとアミンに相談してみることにした。

「どうしたらいいと思う?」

「ダメですよ」

「ナイナイ」

 二人に相談したのは間違いだ。ミナは知る所ではないが、この二人もしっかり“アンジェロの恋を応援する会”の会員だ。当然反対する。

「なんでダメだと思うの?」

「私は小さい頃から翼くんの面倒を見ていたから解ります。あの子はお嬢様が大好きなんです。今更彼氏作ったら絶対怒ります」

「大体お嬢様、事務次官の事好きなの?」

「好きと言えば好きだけどぉ」

「それは恋じゃないんだよね?」

「違うねぇ。でも苧環さんいい人だし、一緒にいたらその内好きになりそうな気はするからさぁ」

「お嬢様、いい人っていうのは“どうでもいい人”の略語です」

「えぇ、どうでもよくはないよ」

「でもお嬢様。好きでもないのに付き合うのは、かえって失礼な気もしません?」

「うーん、そう言われてみると、そうだなぁ」

 結局二人は反対なようだ。



 更に悩んで、今度はクミルに相談してみることにした。今やシングルマザーでママ友同士なクミルならどう考えるか、一番参考になるだろうと考えたからだ。ちなみにクミルも“アンジェロの恋を応援する会”の会員である。

「どうしたらいいと思う?」

「うーん、私的には、微妙です」

「微妙?」

「確かに事務次官はお優しい方ですし、所長と同郷の御出身なら気も合うかもしれませんが、それだけなら友人としてのお付き合いで十分だと思います。

 恋人となると翼くんがどう思うか・・・・・翼くんにとっては所長は唯一の肉親で、今まで官房長官や内務大臣、外務大臣たちが父親代わりだったんですから、急に他人に父親顔をされても戸惑うのでは、と考えると可哀想な気がします」

「うーん、確かに。けどもう子供じゃないんだし、大丈夫な気もするし」

「子供から見れば、母親はいつまでたっても母親ですし、母親から見れば、子供はいつまで経っても子供のままです。

 所長も女ですから、女としての幸せを願う気持ちはわかりますよ。一人で子供を抱えて生きることは心細いですし、淋しいと言う気持ちは私にも理解できます。

 ですが、所長には翼くんが、私にはマニがいますし、マニに気を使わせたくもありません。マニが私に、私の幸せを見つけてくれ、とでも言ってきたら考えますけどね」

「あぁ、そっかぁ。じゃぁ私も翼に聞いてみようかなぁ」

「そうした方がいいでしょう。翼くんにとっても、重大なことですから。いずれ話さなければならないことですし」

 それもそうだと納得して、今度は翼のもとへ。



 とは言ったものの、大分気恥ずかしい。家に相談があると言ってやって来た割にモジモジするミナにイライラしたのか、翼の方から尋ねてきた。

「なーにー? そんなに言いにくいこと? そんなら別に言わなくてもいーよ」

「あ、いや、言うよ。ていうか、翼の意見を聞いといた方がいいかなって・・・・・」

 そう言うと、翼はテーブルに肘をついて、頬杖をつくと深い溜息を吐いた。

「・・・・・お母さん、まさかと思うけど、男?」

「あっ! いや、ていうか、まだそんなんじゃなくて!」

「はーん、やっぱり男なんだー。誰?」

 いかにもご機嫌斜めな翼。余計に言い出しにくい。

 アンジェロが脈無しなのは翼もよーくわかっているので、ミナにできる男がアンジェロでないことは明白だ。そりゃ翼も不機嫌になる。

「あの、おだま」

「ダメ、却下、別れて」

 言い終わらない内にダメ出しされた。

「あ、違うよ。まだ付き合ってなくて」

「コクられて返事で悩んでるわけね。それなら話は早い。断固拒否! 以上!」

 どうやら息子は大反対のようだ。父親譲りの拒絶っぷりだ。


 少なくともミナには翼が苧環を嫌っているようには思ってなかったので、ここまで拒絶があったことに少し驚いた。

「苧環さんのこと嫌い?」

「嫌いじゃないけどイヤだ」

「どうして?」

「僕のお父さんに事務次官はふさわしくない」

 さすがにその意見にはミナも口をつぐむ他なかった。が、翼には父はいない。翼にとって父の理想像がどんなものか気になった。

「翼は、誰がお父さんならいいの?」

「お母さんの為に自分の魂を犠牲にできる男」

「苧環さんは、私の為に死ねるって言ったよ?」

「言うだけなら誰でもできるよ。それを実際にやる様な人じゃないと許せない」

 確かに翼の言う通り、死ぬと言うだけなら子供にもできる。別にミナも好きではないし、これほど翼が嫌がるのであればお断りしようか、と考えていたら、翼がまた溜息をついた。

「お母さん、事務次官のこと好きなの?」

「好きと言えば好きだけど、まだ恋じゃない」

「恋をしたいの?」

「ていうわけじゃないけど、してもいいかなって思って」

「なんで?」

「恋人探せばって、今の私は私らしくないって言われたし」

「誰に?」

「アンジェロ」

 ―――――お父さんってば、余計なことを!

 予想外の流れに頭を抱えた翼。少し考えて、顔をあげた。

「なんで、官房長官の言うこときく気になったの?」

「んー、やっぱりアンジェロとは付き合い長いし、アンジェロは私のことよく理解してくれてるから、かな?」

「この事、官房長官に相談した?」

「してない」

「じゃあ官房長官にも相談してみたら。官房長官がお母さんのことちゃんと考えてくれてるなら、ちゃんとした答えを出してくれるはずだから」

「そだね。わかった」

 アンジェロが聞いたら当然大反対するはずだ。まんまと翼の策にハマったミナは、アンジェロにも相談することにした。



 アンジェロの所に行って例の相談をすると、アンジェロも唸りながら悩んでいる。

「ねぇ、アンジェロはどう思う? 翼もみんなも反対するんだけど、苧環さんって悪い人じゃないし、なんでみんな反対するのかな?」

 あまりにもジュリオ血統組からの反発が強かったので、アンジェロの元に行く前にやっぱりボニーとミラーカにも相談してみた。が、結局この二人からも反対されて、ついでにアルカードにもテレパシーで反対されたのだ。

 恐らく山姫一族は賛成するだろうと思って相談していないのだが、なぜここまで反対されるのかが気になった。

 質問に対して、アンジェロも考え込むように頬杖をついて目を瞑っていたが、少しするとミナの方を見た。

「みんなお前とは付き合いが長いわけだろ。で、お前の事もちゃんとわかってるから、苧環は合わないと思ったんじゃねぇか」

「どうして合わないと思うの?」

「まぁ、苧環自体に問題があるわけじゃねぇよ。問題はお前」

「私?」

「そ。お前はさ、淋しがり屋じゃん。で、すぐに人に媚びる様なところがあるし、基本フラフラしてる」

「・・・・・私がビッチだとでも言いたいわけ」

「そう言う事」

「ビッチじゃないよ!」

「うるせぇよ。けどお前さ、仮に苧環と付き合う事になっても、俺んちに遊びに来たりはするだろ」

「それはするよぉ」

「・・・・・なに普通に言ってんだよ。普通ならそう言うの許さねぇよ。普通の男は、惚れた女が他の男と遊んでるのなんか許せねぇんだから」

「そうなの? でも、アンジェロは友達なんだし、関係ないじゃん」

「女はその辺に幻想抱いてる奴多いみてぇだけど、少なくとも男はな、男女の間で同性間のような友情が成立するとは思ってねぇよ。その内苧環がキレてケンカ別れすんのは目に見えてる」

 色々と腑に落ちない点が多い。ビッチは言いすぎだとは思うが、ミナが八方美人なのは否定できないところだ。


 だけど彼氏は彼氏、友達は友達で別の付き合いがあってもいいと思うのだが、その辺は理解を得られるような相手じゃないと難しいようだ。

 それに、ちょっとだけショックだったし、結局アンジェロの意見が分からない。

「理由はわかったけど、アンジェロは、私が苧環さんの彼女になるのは反対なの?」

「いや、俺は賛成だけど」

「え!? そうなの!?」

 話の流れからして、てっきり反対かと思っていたので、面食らった。

「そりゃなぁ、翼の事にしろお前の事にしろ、色々懸念するところはないわけじゃねぇよ。けどお前は一人に耐えられるタイプじゃねぇし、最初の内はわかんねぇけど、本当に苧環に惚れたらフラフラしなくなるかもしんねぇし、苧環の努力次第で翼も考え直すかもしんねぇじゃん」

「うーん、まぁ自分でもどうなるかはわかんないけど、そうなりそうな予定ではある」

「俺としては、苧環が本気でお前を好きで、本当にお前を大事にするって言うなら、別に文句はねぇよ。

 他の誰が反対したって俺は賛成してやるし、お前も苧環を好きになって、それで幸せだって言うなら、誰に反対されても押し切る価値はあるだろ。お前が苧環と幸せになりたいと思うなら俺はそれを尊重するし、俺はお前の味方でいてやるから、お前の好きにすればいいんじゃねーか。お前と苧環がうまくいって、お前が幸せになるのを祈っててやるよ」

 嬉しかった。アンジェロがミナを取り巻く周囲の事や、苧環の事やミナ自身の事をちゃんと考えて、ミナの幸せを考えて味方でいると言ったことが、とても嬉しかった。

 やっぱりアンジェロに相談してよかった、と心から思った。


「ありがと」

 礼を言うと、アンジェロはミナの顔を見て少し苦笑した。

「何泣きそうな顔してんだよ」

「だって、嬉しかったんだもん」

「ハハハ、反対ばっかされてたら、賛成されたら嬉しいかもな。だからって泣く事ねぇだろ」

「違うよ。賛成されたことが嬉しかったんじゃなくて、やっぱりアンジェロは私の事ちゃんと考えてくれてるんだなって思って。それが嬉しかったの」

「だとしても泣く事ねぇだろ。全くお前は、本当しょうがねぇな」

 結局泣いてしまって、アンジェロはやっぱり苦笑しながら頭を撫でてくれた。

 大人しく頭を撫でられていると、掌の感触が気持ちよくて、すぐに落ち着いた。そうしていると、段々と考えが浮かんでくる。

 ―――――苧環さんも、私が男友達と遊んだりするの嫌いなのかな。でも、アンジェロと今みたいな付き合いが出来なくなるのは嫌だな。

 ていうか、アンジェロは賛成してくれたけど、苧環さんからはなんとなくアンジェロを嫌ってるような感じがしたし、許さない気がする・・・・・いや、でも聞いてみなきゃわかんないかな。

 そう考えて、アンジェロに礼を言って、やっとのことで苧環の所に行くことを決意した。



 苧環は部屋にいると聞いたので、離宮の苧環の部屋にやって来た。苧環の部屋には何度か来た事があるが、アンジェロの書斎に匹敵する量の書物とタブレットの数に毎回圧倒される。

 しかし今日は苧環の部屋のインテリアを眺めてばかりもいられない。色々確認してから返事を考えるのだ。

 二人で長椅子に腰かけると、苧環がミナに向いて笑った。

「返事しにきてくれたの?」

「はい。あ、でもその前に、いくつか質問していいですか?」

「いいよ」

「あの、翼にも相談してみたんです。で、やっぱり私にはどうしても翼はついてくることになるから、私だけじゃダメなんです。翼の為にも死んでくれなきゃ。できますか?」

「うーん、今すぐはちょっと難しいかな。でも、ずっと一緒にいたら、本当の息子みたいに思えると思うから、その時は翼くんの為に死ねるって言えると思う」

 すぐにYESと言わない辺りは、逆に信頼性がある。第一関門をクリア。続いての出題。

「私、アルカードさんの眷属だし、アルカードさんに血をあげたりとか、シュヴァリエ達とも付き合い長くてずっと家族みたいな付き合いしてたし、翼にとっても父親代わりでずっと可愛がっててくれたから、今までどおりの付き合いをしていきたいんです。それは許してくれますか?」

「勿論」

 難なく第2関門もクリア。では最終問題。

「えっと、アンジェロも今までどおりの付き合いしていいですか?」

「なんで?」

 ここで初の質問返し。やっぱり若干苧環は機嫌を悪くしたようだ。

「だって、アンジェロとは息子同志仲良しだし、付き合いも長いし、やっぱりアンジェロが一番理解してくれてるし、アンジェロと今までと違う付き合いになるのが嫌なんです」

「じゃぁ仮に僕と付き合う事になっても、官房長官の家に出入りしたり、二人で出かけたりってのをやめる気はないの?」

「・・・・・できれば」

「僕がそれを嫌だと言っても?」

「・・・・・私がそれが嫌です」

 そう返すと、余計に苧環は不機嫌になってしまった。

「僕がいれば、官房長官に会う必要ないでしょ?」

「どうしてですか?」

「だって、僕はミナちゃんが他の人に見向きもしなくなる位幸せにしてあげられる自信があるよ」

「でも、彼氏と友達って別モノでしょ? 彼氏が出来たからって友達がいなくなるなんて嫌です」

 ミナの訴えを聞いて、苧環は深く溜息を吐いて見せた。

「別に、僕はさ、ミナちゃんが友達と遊んだりするのはいいんだよ? その程度で束縛するつもりはないし」

 確かにシュヴァリエ達はいいと言っていた。では何故アンジェロはダメなのか。

「アンジェロの事、嫌いなんですか?」

「嫌いだね」

「どうしてですか? アンジェロは優しいし、いい人ですよ」

「でもミナちゃんを泣かせる」

「そんなことありませんよ。そりゃ意地悪されたりいじめられることはあるけど・・・・・」

「そう言う事じゃなくって」

 苧環はミナに体を向けて、真っすぐ目を見た。

「官房長官がどうしてミナちゃんに会いたがるのか、わかってる?」

「・・・・・わかってますけど」

「本当に? 友達だから、じゃないんだよ。恋人の代わりに、ミナちゃんでその寂しさを埋めてるだけだよ」

「わかってますよ。正直その辺はお互い様だし、アンジェロが本当にミカさんを好きなのはわかったから、それで私が役に立つなら全然問題ないですけど」

 それのどこがいけないのかが分からない。友達が落ち込んだり傷ついたりしているときに、支えや慰めになれるならなろうとするのはごく自然なことだ。


 苧環はミナの意見を聞いて、やれやれと言った顔をして、また溜息を吐いた。

「やっぱり、わかってないね。彼はミナちゃんを彼女の代わりだと思ってるんだよ? それがどういう事かわかってる?」

「えぇ? どういうことですか?」

「友達と言っても、仮にも官房長官も男だよ。下心がないわけないよ」

「まぁ、確かにアンジェロはそう言う危うさはありますけど、それはありませんよ」

「なんでそう言い切れるの? 言っておくけど、僕は心配してるんだよ」

「心配には及びませんよ。だって、友達ですもん。それに、アンジェロはミカさんの事が本当に好きだから、私になんか興味ありませんよ」

「だから心配なんだよ・・・・・」

 ものすごく残念そうに溜息を吐く苧環には悪いが、ミナにはさっぱり意味が分からない。むしろ安心してくれてもよさそうなものだが、やっぱり苧環の表情は曇ったままだ。

「ミナちゃんさ、男をナメない方がいいよ」

「別にナメてませんよ。大体アンジェロとか付き合い長すぎて、今更そんな気も起きませんって、お互いに。それに親友だと思ってるし、その友情を壊したくはないだろうし」

「そう思っているのは、ミナちゃんだけかもしれないよ。彼は君の事友達だなんて思ってないよ」

「そんな事・・・・・!」

「男ってのは、そういうものだよ」

 苧環がミナを心配するあまりに、そういうことを言ったんだと言うのはわかっている。苧環はアンジェロが嫌いだから、排斥したくてそう言う言い方をしてしまったのだと言うのもわかった。

 だけど、ミナはアンジェロを信じて友達だと思っているし、アンジェロの“ミカ”に対する深い愛情を考えたら、苧環の言ったことがアンジェロに対しても、ミナに対してですら、侮辱にしか聞こえなかった。


 もう、決定した。自分で自分の幸せを考えた時、選択肢は一つしか思い浮かばなかった。

 立ち上がって、座ったままの苧環の目を真っ直ぐに見た。

「アンジェロは、そんな人じゃありません。アンジェロは本当にミカさんの事が大好きで、ミカさんの事しか考えられないんです。苧環さんがアンジェロの事をどう思っててもいいけど、そう言う事まで否定しないでください。

 私はアンジェロの事を友達だと思ってるし、アンジェロだって私の事ちゃんと考えててくれます。アンジェロだけだったんですよ、私の幸せを考えて、苧環さんと付き合う事を賛成してくれたの。アンジェロだけだったんです、私が幸せになるなら好きにすればいいって言ってくれたの。

 私はそう言ってくれる友達を失ってまで、女の幸せを追いかけようとは思いません。だから、ごめんなさい」

 そう言って頭を下げて、苧環の部屋から出た。



【速報だ。ミナが苧環を振ったぞ】

【マジか! ぃよっしゃぁぁぁ! 作戦成功!】

【小僧、でかした。後で褒美を取らせよう】

【ぃやったー! ミナが単純でよかったー!!】

【お父さん!】

【どうだった!】

【ミナが苧環振ったってよ!】

【マジ!? 良かった!】

【さっすがお父さん!】

【当たり前だろ! やっぱミナの一番の理解者って俺だからな】

【だよねー】

【お父さんじゃなきゃ絶対許さないよ】

【おう、翼、その調子で誰がなんて言ってきてもミナを守れよ!】

【任せといて! 僕のお父さんはお父さんしかいないんだから】

【僕も早くお母さんをお母さんって呼びたいよ! お父さん頑張ってね!】

【頑張る!!】

 苧環は全部正しい。今のアンジェロには下心があるどころか、下心しかない。そんな事とは終ぞ知らないミナは、アルカードとアンジェロと双子が考えた「恋人よりも友達の方が価値があるのよ」作戦にまんまとハマり、苧環を振るに至った。




★I’ll keep my fingers crossed. 上手くいくように祈ってる

――――――――――岡田光世「ニューヨークの魔法のことば」より

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