急がば回れ
「――――――――――っつう夢を見てよ・・・・・寝起きからブルーだ」
「・・・・・良かったな、夢で。リアルはどこまで?」
「ミナを殺そうとしたとこまで」
「そこはリアルだったのか・・・・・・」
ミナを殺そうとしてメソメソ泣き縋って、ミナに慰められ励まされ、元気を取り戻してから少しお喋りをして、王宮に送って行った。これが現実なので、前項の夢を見たアンジェロは、起きた瞬間に酷く安心と疲労を覚えた。
「夢とはいえ、もう俺は自分が怖えぇよ」
「お前やりかねないもんな。正夢にするなよ?」
「けどよ、その手があった! と思っ・・・・・」
「やめろ! お嬢が可哀想だろ!」
「冗談じゃねーか」
前科者の冗談が冗談に聞こえないので、話を聞いていたクリスティアーノはちょっと本気でハラハラしている。段々と夢なのか怪しくなってくるほどだ。
「本当に何もしてねぇんだよな?」
「なーんにも。つか出来ねぇよ」
確かにそうだ。そんな事をしたら普通嫌われる。が、クリスティアーノをハラハラさせるのは、なんだかミナが許してしまいそうだからだ。
「お前心配し過ぎだよ。いくら俺でもそのくらい分別あるぞ。ふざけんな」
「・・・・・本当かよ。会議の話題真に受けたのかと思うだろ」
「あんなのは会議とは呼ばねぇ。雑談だ。けど夢と雑談のお陰で、一個ヒントみつけたけど」
アンジェロの言葉に、煙草に火をつけようとしていた手を止める。
「なんの?」
「ミナが俺に惚れた理由?」
ちょっとガッカリするクリスティアーノ。
「お前、なんでわかってねぇんだよ」
「わかるわけねーだろ。つかお前わかってたなら、なんであの場で言わねぇんだよ」
「や、みんなわかってると思ったから」
「みんなわかんねぇつってただろ。ちなみに俺もよくわからん! 俺の長所ってなんですか!」
「俺はお前の全部が好きだけどな」
「おま・・・・・気持ち悪っ!」
「ハッハッハ、まぁそう言うな」
普段通りアンジェロをからかって、やっと半笑いを取り戻したクリスティアーノは、とりあえず自分が考える、ミナがアンジェロに惚れた理由を説明してやることにした。
「お嬢はさ、キレた時は人格替わるから例外として、普段は小心者で優柔不断だろ。右へ倣え気質だし、流されやすいし、自分で何かを考えて行動するよりも、誰かの後について行った方が安心できるタイプ。普段のお嬢はとことん受け身だからな」
「あぁ、そうだな」
「だからお前みたいに多少自己中でも、グイグイ引っ張っていく奴は頼りがいのある男に見えるわけだ」
「俺もそこなんだろうとは思ったんだけどよ、それって別に俺じゃなくてもいいよな」
「確かにな。陛下もそうだし、お嬢にしてみれば大概はそう言う男だと思うけど。お前の場合は本当にお嬢を大事にしてたし、愛されて守られてるって安心感は何物にも代えがたいわけだ」
「あぁ、なるほど。やっぱ女は愛するより愛された方が幸せって事か」
「厳密には違うな。愛する男に溺愛されるのが幸せなんだよ」
「あぁ、そうか。じゃぁ俺100点じゃん」
「お嬢がお前を好きになればな」
「そうだなぁ。そこで頑張ると言いてぇとこだけど、前みたいにしたら気持ち悪いって言われんのが目に見えて・・・・・」
「・・・・・可哀想にな、お前」
ミナが昔のミナに戻ってしまっているので、下手に優しくしたら、気持ち悪いだの、何を企んでるだの、病気だのチクチク言われる。
アンジェロは昔はミナにも平等に厳しくしていたが、ミナにだけ優しくしたり甘やかすこと20年以上だ。今更態度を変える方が難しい。
が、それも愛ゆえなので、その内ミナがほだされてくれたらなーと思っている。
予算の打ち合わせに王宮にやって来たミナ。
―――――あぁ、怖い夢見た。アレ夢だよね? 私昨日、普通に帰って来たもんね? 何ともないよね? うん、何ともない。ていうか、リアルなら今頃アンジェロボコボコにしてるし。
なんの電波か、似たような夢を見たようである。二人揃って作用したと言う事は、アルカードの陰謀か、悪魔の策略か、もしくは眷属同士テレパシーでリンクしてしまったものと思われる。
が、途中まではリアルだ。アンジェロの元恋人への思いも、その為にミナと心中しようとしたことも。
―――――アンジェロ、そんなにミカさんの事好きだったんだ。好きなのに、裏切ったってなんだろう。気になる。それに、あのアンジェロが泣くほど好きになるなんて、本当に意外。ミカさんって、どんな人だったんだろう。今度また聞いてみようかな。今度は怒らせないようにしなきゃ。
そんな事を考えながら歩いていたら、廊下の角を曲がったところで、出会い頭に人にぶつかってしまった。はずみで落としてしまったファイルをすかさず拾って、アンジェロが笑顔で返してくれた。
ついさっきまでアンジェロの事を考えていたので、急に現れたせいか、なぜか夢の内容がフラッシュバック。
「ハイ、お疲れ様です。大丈夫ですか?」
「う、あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
なぜか視線を合わせられない。
「昨日はありがとうございました。翼くんにもお礼をお伝えください」
「え、あ、いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
ファイルを抱いて視線を泳がせていると、ふとアンジェロの手が顔の横まで伸びてきた。
「髪に、葉っぱが」
その仕草で、アンジェロに頭を撫でられて、髪を梳かされた時の、アンジェロの仕草や、その指に絡む髪や、それを見つめるアンジェロの優しげで少し熱のある視線を思い出して、なんだか猛烈に恥ずかしくなってきた。
とりあえず礼を言おうと視線を上げて、アンジェロと目が合ったら優しく微笑まれてしまって(営業スマイルか判別不可)、不意に顔や耳が熱くなってきた。
「あ、あ、ありがとうございます! 失礼します!」
なんだかもう、いても経ってもいられなくなって、その場からそそくさと逃走した。
最初から変な態度を取られて、しまいには逃げられてしまったアンジェロは若干ショックだ。
喫煙所から一緒に歩いて来ていたクリスティアーノが白々しい視線を投げかける。
「官房長官、本当に夢だったんですか?」
「ゆっ、夢ですよ! リアルなわけないでしょう!」
「じゃぁ、あの所長の態度はなんですか?」
「知りませんよ! こっちが聞きたいんですけど!」
「怪しい・・・・・」
「いや、本当ですって! ちょ、確認してみますから!」
そしてすぐに確認。
【オイ! 俺昨日何もしてねぇよな!?】
【お前の夢の話が現実であったなら、お前は既に死刑台送りだ】
【だよな! あぁ、やっぱり。良かった】
監視者に確認が取れたので、アンジェロは心底安心した。
「やっぱりちゃんと夢ですよ」
「ふーん、そうですか。じゃぁ所長どうしたんでしょうね?」
「さぁ? ・・・・・あ、殺そうとしたから怒ってるのかもしれません」
「あぁー・・・・・後で改めて謝った方がいいかもしれませんね」
「そうですね。そうします」
そう言って二人とも別れてそれぞれのオフィスへ向かった。
廊下を歩きながら、クリスティアーノは考えてみる。
―――――怒ってたなら、顔赤くしたりしねぇと思うけど。あれは多分、若が普段通りお嬢を甘やかしたり優しくしたりして、それでお嬢がちょっと意識したっぽいな。若にとって普通の事が、今はお嬢にとっては普通じゃないから、意外性があったんだな。
クリスティアーノは細かい事までは聞いていなかったが、流石に長年二人の傍にいて、二人を見守っていただけあって、的確な洞察である。
―――――長期戦は覚悟だけど、案外うまくいくかもな。若がバカなことしなけりゃ。
そう考えて、“アンジェロの恋を応援する会”会長は、いよいよやる気が出た。
★急がば回れ
――――――――――日本の諺




