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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第5章 この手で掴む、五風十雨
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状況、何が状況だ。おれが状況を作るのだ


 創絡3年11月




 平和と言うものは素晴らしいものだ。しかし、平和を勝ち取るためには、必ず戦いと言う工程を踏まねばならない。それは戦争だけでなく、政治的な事であったり、対立者との諍いであったり、自分との戦いであったりする。

 戦いに犠牲はつきものだ。犠牲のない戦いなどこの世には存在しない。それはつまり、平和を得るためには、犠牲にしなければならないことが必ず出てくると言う事だ。

 勝利を収める為に、平和を得る為に払う犠牲。問題はどのように犠牲を払うかであって、何を犠牲に払うか、という事は二の次であるべきだ。しかし、払う犠牲の大きさに目を奪われると、そこで観測が終了してしまう事になる。人は度々この過ちを犯し、それが後に大きな失敗と更なる犠牲を生むことになる。

 大事なことは「何を」ではなく、「どのように」。あのナエビラク連合王国の後にも度々繰り返された紛争と、自分の立場や責任を見つめ直して、ミナはその事を痛いほどに思い知った。



 果断がモットーのアルカード。アルカードが優先していることは、弊害を芽の内に摘み取ること。敵にまわりそうな相手とはさっさと友好関係になってしまい、こちらを侵そうにも侵せないと言う状況を作り出す。互いの間に生まれる「拮抗と躊躇」が重要で、こちらが弱ければ隙を突かれるし、強すぎてもたかられる。なので、その友好にも制限を設ける必要があるが、アルカードはそれを巧みに操って主導権を握る。

 アルカードが重要視していることは、自分の身は自分で守ると言うこと。それは国にも国民にもすべからく当てはまることだ。自分を守る術を自分で持たない者は、いずれ必ず破滅する。それが国と言う単位であっても、個人という単位であっても、一様に言えることだ。人の陰に隠れて身を守ることは恥ずべきことで、自衛の手段を持たない者は、他者を防衛することも不可能なのだ。いずれ盾にしていた者から陥れられる。

 アルカードが心掛けていることは、未来を歴史に倣うと言う事だ。時間と共に人は様々な事象を発展させたり発見したり、提唱したりするものだが、それらは先人にも同じことを考えた者がいて、それを実現する術が後に見つかった、というだけにすぎない。過去に起きたことは、必ず未来にも起きる。だからアルカードは、歴史から学ぶことを忘れない。

 


 そんなアルカードが今抱えている重大な問題は、アルカードの私室に急に押しかけてきて、メソメソと泣き言を言う官房長官だ。

「俺もう生きていけない」

「・・・・・」

「どうしよう、俺、死んでいい?」

「その程度で死んでみろ。お前の葬儀で、お前の今の様子を切々と語ってやる」

「いいよ、別に。死んじまったら恥なんてねぇよ。だってさ、俺どうすりゃいいんだよ。俺はミナの為に悪魔に魂まで売り渡してんのに、俺が勝手にした事だから知ったこっちゃねぇとかさ、しつこいとか女々しいとかさ・・・・・」

「ミナの言う事は全部正論だろう。実際お前しつこいぞ」

「だって、だって! 当たり前じゃねーか! 俺にとってミナは俺の生きる理由そのものなんだぞ! 俺の全てなんだよ! ミナがいなくなったら、俺もう生きていけない・・・・・」

「・・・・・フラれたくらいで、情けない」

「“くらい”じゃねーよ! もう嫌だ! 俺死ぬ! 俺を殺してくれ! 今すぐ!」

「断る。私個人としてはお前が死ぬのは構わんが、国にとっては大問題だし、シュヴァリエ達から恨みを買うのはゴメンだ」

「頼むよ、俺を殺すか、ミナを説得するか、どっちかしてくれ!」

「知ったことか。ミナが昔ジュリオと初めて会った時に言っていたぞ。恋愛はどちらかの気持ちが離れてしまったら、その時点で終わっているのだと。実際それが正しいと思うがな」

「じゃぁやっぱ、俺の人生は、もう終わったんだ・・・・・」

「・・・・・何故お前はそう、極端なのだ・・・・・」

 恋愛の話をしていたのに、人生にすり替えるアンジェロ。


 端的に言うと、アンジェロはミナに三下り半を突きつけられ、家を出て行かれて、猛アタックを繰り返すものの悉く玉砕中だ。

 ちなみに双子は去年自立して、それぞれ一人暮らしを始めている。学校の傍にアンジェロの資金援助で家を新築してそこに住んでいるのだが、アンジェロの追撃の手から逃れるために、一時的に翼の家やミケランジェロの家を交互に行き来していた。現在は男子禁制の後宮に逃げ込んで、ミラーカが匿っている。

「少しは落ち着かないか。双子は何と言っているのだ?」

 双子がそもそも一人暮らしを始めたのは、いい加減大人になって給料で生活できるようになったから、というのもあるのだが、家で両親がイチャついているのを見たくないから、というのが、そもそもの理由である。

 急に家を飛び出して双子の元にやって来たミナに驚いたし、なんとか仲直りしてほしいと最初は奔走したようだが、やはりと言うべきか、最終的に双子はミナについた。

「自業自得だよ」

「本当・・・・・こっちが恥ずかしいやら、情けないやら」

「ぶっちゃけ僕達も気まずくてしょうがないんだけど。どーしてくれんのさ」

「お母さんを取り戻すのを諦めろとは言わないけどさぁ」

「ちょっと頭冷やした方がいいんじゃないの。今のお母さんに何を言っても無駄だと思うよ」

「ていうかさぁ、ぶっちゃけ、ちょっとお父さんって呼びたくない」

「だよね。最悪だよ」

「官房長官がウチに出入りしてると、僕達がお母さんに会えないから」

「官房長官は、しばらく立ち入り禁止」

 とうとう息子たちにも見放されたアンジェロ。しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。

「頼むよ、お前らだって俺とミナにヨリ戻してほしいだろ!?」

「そりゃね。でもさぁ、仮にも閣僚なわけじゃん。完璧スキャンダルじゃん」

「普通の人と違って問題が大きいから厄介なんだよ、官房長官の場合はさぁ」

「そこはもう、アレだよ! 俺の全身全霊を持って罪を償う!」

「厳しいんじゃないのー? 殺されなかっただけマシだと思った方がいいんじゃない」

「そうだよねぇ。全く・・・・・官房長官が浮気なんかするから」

 そういうことだ。アンジェロが浮気して、ミナはそれに怒って指輪を外して叩きつけ、家中を滅茶苦茶に破壊し、尚且つアンジェロに瀕死の重傷を負わせ、その隙に家を出て行ってしまったのであった。



 あの嫁大好きアンジェロが浮気と言うスキャンダルは、ミナが

「もう離婚よ!!」

 と飛び出して、ものの30分で王宮に知れ渡った。

 飛び出して真っ先に向かった先はアルカードの私室だ。転移でいきなり現れて、しかもタイミングがいいのか悪いのか、アルカードの部屋で身辺のお世話をしていたジョヴァンニとアミン+衛兵数名がいる前で、

「アンジェロが浮気したんです! もうあんな男とは別れます! ていうか別れました! あんな大ウソつきと結婚した私がバカだった!! 結婚相手間違えた! 私アルカードさんの側室になる!」

 と喚き散らし、流石のアルカードも驚いて、持っていたグラスを取り落して割ってしまった。

 急にやってきて急に何を言い出すんだこのバカ娘は、とアルカードは額に手をやり、俄かに眩暈すら覚えたが、ミナがとにかくアンジェロへの恨み節を大声で語りながら号泣するものだから、その場の全員で宥めるのに必死だった。

 アルカード的にはアンジェロに対しては

「バカなことをしたものだ。本当にウソつきだな」

 と呆れはしたが、アンジェロを見返したいとかくだらない理由で側室の地位を利用してほしくもないし、後から冷静になったミナが

「やっぱりアンジェロと仲直りしたい」

 と言いだしそうな気がしないでもないし、一応一夫一妻制は譲れないと公言している以上、側室に召し上げるわけにもいかない。

 気分的には「でかした、小僧」と思ったものだが、自分の宣言がしっかりと弊害になってしまっている。一夫一妻制を今更覆せば、婚儀を申し入れてきた相手方に顔向けできないことになるし、下手をすれば外交問題だ。

 かといって何も仲直りさせてやることもないだろう、という結論になって、結局アルカードもミナの味方になっているのだが、フラれて意気消沈したアンジェロがクリスティアーノ達に励まされて何とか元気を取り戻し、ミナを取り戻そうと必死に猛アタックを繰り返すものの、全部玉砕。とうとうアルカードの元にやってきて、メソメソ言っている次第である。



「そもそもお前、何故浮気などしたのだ。お前が浮気しなければ良かっただけの事だ。双子の言う通り、自業自得だぞ」

「わかってるよ。わかってっけど・・・・・俺、なんで浮気したんだろ・・・・・心底不思議なんだけど。有り得なくね?」

「知るか。自分の行動には責任を持て」

「けど、マジでおかしんだって! コレ絶対悪魔の策略だと思うんだけど!」

「だとしても罠にかかったのはお前だ。結局お前が悪い」

「そーだけど、そーだけど・・・・・」

 アンジェロが浮気してミナにフラれたという事実こそあるものの、アンジェロとしては自分の行動が信じられないし、ミナにフラれて大混乱中だ。

 ミナにフラれて最初の一週間は、落ち込むあまり仕事をサボったほどだ。その間クリスティアーノ達で何とか励ましていたのだが、アンジェロは依然として引きこもりだ。このままでは仕事に支障をきたすと考えて、

「浮気した挙句仕事も放棄するようでは、一層ミナの評価を下げるであろうな」

 と発破をかけたら、まんまと出勤してきた。

 それでちゃんと仕事をするように、それ以上に悲しみを振り払うかのように、以前より一層仕事に打ち込むようになって、空いた時間や休みの日はすべからくミナのケツを追い掛け回しているのだが、ミナは毎回アンジェロを見かけると一瞬で逃げる。



 ミナは怒っているのだ。浮気したこと自体もそうだが、アンジェロがその事でちゃんと反省していないからだ。

 仮に浮気をしてもバレずに、バレたとしても浮気していないと言い張れば、案外どうにかなったりするものだが、ミナは決定的な現場に遭遇してしまったため、アンジェロも言い逃れようがない。

 アンジェロは謝罪は勿論、土下座もしたし、プレゼント攻撃や押してダメなら引いてみる作戦や、思いつく限りのあらゆる手段をとってみた。それでミナも一時はちょっとほだされて、話し位は聞こうとしたのだ。

 それでアンジェロに浮気をした理由を尋ねた。すると帰ってきた返事は

「なんでだろ? 魔が差した?」

 だったので、再びその場でアンジェロを刺して、

「結局アンジェロってその程度の男なんだよね。もうアンジェロなんかいらない!」

 と、余計にミナは怒って、溝は一層深まってしまった。


 ミナとしては、浮気相手の事を本気で好きになってしまっただとか、本当にミナにもどうしようもない理由だったらまだよかったのだが、魔が差したとかその程度で裏切られたのだ。

 浮気癖はなかなか治らないものだし、そんな軽い理由で浮気できるなら、今後も繰り返すに違いない。アンジェロがミナを取り戻そうと躍起になっていることは十分にわかっているが、今後も同じことが繰り返されると思うと、仲直りしてやる気にはなれなかった。

 何より腹立たしいのは、アンジェロが反省していないという点だ。

「だって、反省しようにも俺、なんでそんなことになったのか、覚えてねんだよ」

「覚えていないから許されると思っているのか?」

「そう言うわけじゃねぇけど、あの時俺だって泣きたいくらいだったんだぞ! なんで俺浮気してんだよ! あの女誰!?」

「知るか」

 アンジェロは身元も不明な女と成り行きでそうなったようだ。事の次第としては、その日休みだったアンジェロ。平日休みなのでミナは仕事で、他のメンバーも仕事。仕方がないので街に遊びに出て、酒場で若い市民(不良仲間とも言う)と大騒ぎして、気付いたら庁舎に戻っていた。

 目が覚めたアンジェロの視界に入って来たのは、裸の自分と裸の見知らぬ女。大混乱に陥ったが、まんまと脳裏にその夜の情事がフラッシュバック。

 ―――――最悪だ! ヤバい、どうしよう。誰コイツ! と、とにかく事実の隠蔽を!

 と焦って女を叩き起こして、事実の隠蔽を図ろうとしていたら、そのタイミングでミナが帰宅。そして遭遇。

 床に荷物を取り落とし呆然としていたミナだったが、アンジェロと浮気相手が慌てて服を着ているのを見て怒り爆発。デュランダルを鞘から抜いたのを見て、浮気相手は窓から逃亡。結局旦那2代目も聖剣に刺された。



 そう言ういきさつだったので、アンジェロが二度と浮気しないとか、どれほど謝ってきても信用出来たものではない。

 ミナを怒らせて、反省していないことで更にミナを怒らせて、更にそこにしつこく復縁を迫ってくるものだから、いい加減ミナも愛想を尽かしてしまった。あまり必死になって追いかけると、逃げる方もいよいよ本気で逃げだすと言うものだ。アンジェロはそれが分からない男でもないだろうに、相手がミナなだけに計算で動く事も出来なくて、ドツボにはまってさぁ大変だ。

「なぁ、もう、俺とミナ、ダメなのかなぁ?」

「知るか。お前が追いかけたければ追いかければよいだろう」

「頑張ってればその内帰ってきてくれると思う?」

「さぁ、どうだろうな。その可能性もゼロではないが、今の段階だとゼロに近いぞ」

「いつになったらゼロ付近から上がるんだよ! もう3か月だぞ!」

「あぁ、もう3か月も・・・・・3か月もストーカーやっているのか。ご苦労なことだ」

「ストーカーじゃねぇ!」

「傍目から見ればストーカーと変わらない。私がミナの立場なら鬱陶しくて殺している」

「・・・・・俺ウザい?」

「ウザい」

「・・・・・そっか、ちょっと、頭冷やす」

 あのアンジェロがウザい。少なくともミナと、今のアルカードには相当ウザい。ストーカー呼ばわりされた上に、結局アルカードに助言も何ももらえなかったアンジェロは、やっとのことでフラフラとアルカードの部屋から出て行った。




 一方のミナはというと、男子禁制の後宮と、関係者以外立ち入り禁止の研究所を往復するだけならアンジェロに会わずに済むので、後宮にやってきてからは比較的穏やかに生活している。

 最初の方こそ核爆弾でも作ってやろうかと、仕事中に無闇な実験を始めて周囲がハラハラしたものだが、やっとのことでミナも平穏を取り戻してきたので、周囲も胸を撫で下ろしている。

 しかし、気分が落ちついて来ると、整理された感情が如実に浮かび上がってきて、余計にミナを悲しませた。

 アンジェロはミナと付き合った当初から、

「後にも先にもお前一人だけ」

 とか

「世界で一番愛してる」

 とか

「お前以外いらない」

 とか言ってくれていたのに、結局コレだ。アンジェロとしてはウソを言ったつもりはなかったが、ミナにしてみればそれが全部ウソになってしまったも同然だ。

 決定的な現場に居合わせて、以前とは違って裏切りは確実。アンジェロの要求に耳を貸す気にもなれないし、泣いて泣いて、いい加減泣き疲れた。

 しかし、腹は立つしいい加減愛想が尽きたと言うのは確かなのだが、悲しいものは悲しい。それで、

 ―――――あぁ、今度はミナが来た。いい加減面倒臭い。勘弁してくれ。

 と、逆に泣きたくなってきたアルカードの気も知らず、泣きつきにやってきた次第である。

「私、アンジェロの事信じてたんですよ。アンジェロはウソつきだけど、大事にしてくれたし、私を好きなのはウソじゃないって言ってたから。でも、浮気できるって事は、ウソだったって事じゃないですか。本当に私が好きなら、浮気なんかできるはずないのに」

 毎回面倒くさいことに変わりはないのだが、そう言って目の前で泣かれてしまっては、アルカードも慰めてやるしかない。

 そう言って泣くミナに、

「小僧はあれだけ必死にお前を追いかけてくるんだから、チャンス位与えてやれ」

 と言ってもミナは頑なに拒否するし、かといって

「ならばもう、小僧の事は忘れてしまえ」

 と言えば余計に泣き出す。正直アルカードの手にも負えない。裏切られて傷ついて、ミナはアンジェロの事が信じられなくなった。だけどまだ愛していることには変わりはないから、本当は傍にいたいと思っている。が、アンジェロを信じてまた裏切られるのが恐ろしいし、許して調子に乗られると思うと腹立たしいし、アンジェロの言う事を素直に聞いてやる気にはなれないのだ。

 本当にミナを好きならば、アンジェロが浮気できるはずがない。その考えは、大きな誤りである。関係を持つだけなら感情など必要ない。元々アンジェロはその辺に対する認識が人並み以上に軽い。

 正常時のアンジェロなら、確かにあり得ない。しかし、酒が入ったりしていたらわからないものだし、アンジェロの言う通り悪魔の策略の一つかもしれないとも思う。その事は一応ミナには話したが、上記の誤った認識がある為に安易には納得しない。



 目の前で泣いているミナを見ていると、以前苧環が言っていたこともよくわかる。ミナに目の前で泣かれたら、何とかしてあげたくなる。庇護欲を掻き立てられる。

 ―――――小僧め、バカ者が。私なら、ミナを泣かせたりはしないのに。

 泣いているミナを抱きしめて髪を撫でていて、そう思った。

 抱きしめていた腕を解いて、ミナの頬を撫でた。ミナが視線をあげたのを見て、顎を持ち上げて、キスをした。

 唇が触れるだけの軽いキスでも、離れて目を開けると、ミナは戸惑って涙は止まってしまったようだ。

「アルカードさん?」

「ミナ、私が小僧を、忘れさせてやろうか?」

 そう言うと、ミナは目を見開いて、驚いた。ややもすると、ハッとした顔をした。

「その手がありましたね! お願いします! 私からアンジェロの記憶を消してください!」

 ―――――そう来たか! 

 アルカードは心底ガッカリして額に手をついた。

 アルカードの気も知らず、ミナは急に興奮し出して饒舌になる。

「私がアンジェロのこと忘れたら、私がこんな嫌な気分になることもないし、アンジェロ一回私に忘れられてるから平気でしょ!」

 ミナの気持ちもわからなくはないが、若干気の毒な気もする。だが結局は若干だ。 ミナに忘れられて落ち込むアンジェロを想像したら実に愉快だ。

 が、よく考えると現時点で自殺をほのめかすほどだ。更にミナに忘れられたとなったら、いよいよ死ぬかもしれない。アンジェロに死なれては困るし、アンジェロの事だから記憶を消したのがアルカードだということはすぐに気づかれてしまいそうだ。それで反旗を翻すようなことが起きたら堪ったものではない。

「ミナ、さすがに二度は厳しいぞ。大体双子はどうするのだ」

「双子は私が引き取ります! クリシュナの子供ってことにしてください」

「それだと色々辻褄が合わないだろう。大体、金は小僧に生き写しではないか」

「翼と同じ格好に変身させて、一卵性ってことで!」

「学校に迷惑がかかるぞ。大体双子もいい加減大人なのだから、その辺は双子自身に決めさせてやったらどうだ」

「えーっ、ま、いいですけどぉ」



 で、まんまと離婚問題に巻き込まれたアルカードは、後日双子を呼び出してその話をした。

「マジ・・・・・お母さん本気なんですか?」

「そのようだ」

「陛下も止めてくださいよ!」

「止めた。が、アイツは人が止めた程度では止まらないからな」

「確かに・・・・・」

 話を聞いて双子も考え込む。そこまでミナが本気だとは思わなかったので軽く考えていた。

 説得しようにも今は双子からミナに会いに行くこともできない。

 が、アンジェロにバチを与えたい気もする。

「わかりました。じゃあ僕はお父さんの籍に入ります」

 とミケランジェロが言い、翼はミナに。

 これで双子の身の降りは決まったが、双子の記憶は操作しないでおく、ということになった。

 結局アルカードの手回しでミナとアンジェロの離婚は成立。ミナは永倉姓に戻り、翼も永倉姓へ。ミケランジェロはアンジェロの方について、親の勝手な離婚の為に、双子は他人になってしまった。

 ちなみにミナの中では、翼は人工授精で作ったミナのクローン(XY染色体バージョン)、ミケランジェロは、昔ベトナムで話した通り、アンジェロがどこぞの女に産ませて作ったと言う事になっている。

 双子は非常に複雑な気分になったが、もう面倒くさかったのでそれで納得した。



 そして数日後。

 クラウディオのところにミナが打ち合わせにいくと、どこから聞き付けてきたのか、アンジェロが飛び込んできた。

「ミナ! ゴメン、俺何でもするから、許してくれ」

 そう切羽詰まった表情で、切実に訴えるアンジェロ。アンジェロの握ったミナの左手には既に指輪はない。アンジェロを見て、ミナは首をかしげた。

「あの、官房長官? どうしたんですか? なにか仕事で不手際でも?」

 アンジェロのテンションを台無しにする普通さ。

 てっきりキレるか、何かしら話が持てると思ったアンジェロは目を白黒させた。

「何言ってんだよ! 頼むから戻ってきてくれ!」

「戻るって、どこにですか?」

「俺のとこだよ!」

「都庁舎ですか? 戻るも何も、都庁舎に住んでるのは官房長官だけじゃないですか?」

「はっ!?」

「・・・・・官房長官、ちょっと」

 大混乱のアンジェロを見兼ねて、クラウディオが呼んだ。

「なに! どーなってんの!」

「や、実はな、お嬢は陛下に頼み込んで、若と夫婦してた記憶は消したらしい」

 その言葉を聞いた瞬間、アンジェロは崩れ落ちた。

「ま、また? また忘れられたの、俺」

「今回はまだマシだ。お前自体は覚えてるよ。消えたのは夫婦ってことだけ」

「全然マシじゃねぇ! 最悪! 何て事してくれんだ! あのクソジジィ!」

 悔しがりつつ、悲しみつつ激怒するアンジェロ。さすがに二度はない。以前とは状況が違うし、一回やったから免疫がつくようなものでもない。

「つーか落ち着け、お嬢が変な顔してんぞ」

「してねーよ! 可愛いだろ!」

「そーゆーことじゃねーし、落ち着けって」

「落ち着いてられるか! つかなんでお前が知ってんだよ!」

「お前、お嬢が来てるって誰に聞いた?」

「あ! そーか!」

 どうもアルカードに聞いたようである。ミナがクラウディオのもとに行く前に先回りして、事情を話したようだ。

「で、陛下から若に伝言」

「なに」

「残念だったな。日頃の行いが悪かったお前が悪い、これからせいぜい努力しろ、だとさ」

「ムカつく・・・・・つか、なんかソレどっかで聞いたことあっ・・・・・!」

 なんだか耳に覚えを感じて記憶の引き出しを探ると、発掘した。

 アンジェロが初めてアルカードに会った、ヴァチカンの屋敷での事。ミナの好きな人ランキングで最下位になったアルカードに、アンジェロは同じことを言って嘲笑したのだった。

「クソっ! 今さら仕返しか!」

「バカ、仕返しがこの程度ならいーだろ。つか、よく考えろ。キレるのはお門違いだぞ。むしろ陛下に感謝しろって」

「なんでだよ! できるか!」

「よーく考えろ。お嬢は昨日までお前から逃げ回って一切話も聞いてくれなかったし、あのままなら完璧に怒らせただけで終わってたんだぞ。離婚が成立しちまった以上、下手したらずーっと会えないで、その内お嬢に彼氏できたかもしんねぇんだぞ。でも今は記憶がないから、お前と普通に接してくれる訳じゃねーか」

「あ、そーか! じゃあ!」

 打って変わって目を輝かせるアンジェロ。やっとのことでクラウディオは笑って、アンジェロの肩を叩いた。

「お前の頑張り次第で、またラブラブになれるかもよ?」

「そーか! うわ、俺超頑張る!」

「あはは、頑張れ。陛下にお礼言っとけよ」

「言う! もー、俺一生あの人についてくわ!」

「現金な奴・・・・・」

「さすがだよ、さすが俺が認めただけあるわ」

「結局自分を褒めるんだな・・・・・」

 アンジェロは3ヶ月振りに元気を取り戻した。


 ゼロからのスタートになったが、昨日までマイナスだったことに比べれば天国だ。

 この間ほったらかされていたミナはやっぱり変な顔をしていたが、満面笑顔で振り向いた官房長官に、ちょっと驚いた。

「どうしたんですか?」

「なんでもありません。それより所長、今日空いてますか?」

 ―――――早っ! もう口説き始めた! さすが神速・・・・・

 クラウディオは思わず感心した。

 アンジェロのお誘いに、ミナは少し申し訳なさげに笑った。

「すいません、今日は事務次官と約束が」

「はっ? 事務次官と?」

「はい。だから、また今度誘ってください」

 断ると、アンジェロは呆然とした。そのままゆっくりと後ずさりして、そのまま部屋からでていき、ドアが閉められたと共に

「苧環この野郎オォォォォ!」

 と叫んで走り去ってしまった。



 アルカードの私室の長椅子でゴロゴロしていたクライドは、くす、と笑ったアルカードを見て

「結局、世界ってアルカードを中心に回ってんだなぁ」

 と、しみじみと言った。アルカードはその言葉をかみしめるように笑い、部屋の壁に広げた世界地図に向かって、ダーツを投げた。

「さぁ、次はどこを狙ってやろう」

 それを見て、クライドはいささか不穏な気持ちになりながら、長椅子から体を起こした。

「俺は反対はしねぇけどよ、バレたら一番ヤベェのはお前だぞ」

「フン、その心配はない。私の周りには忠臣しかいない」

「悪魔がバラすかもしんねぇだろ」

「その心配もない。私の国の周りには、悪魔を憎み、私に与する国しかない。誰も悪魔の言う事など、信じはしない。あぁ、本当に私は周りに恵まれたものだ」

 その言葉にクライドは少しだけ嘲笑するように笑った。

「なぁにが“恵まれた”だよ。全部お前が仕組んだことだろ。自慢してもいいんだぜ?」

「まさか。私もたまには謙遜と仁徳いう美徳に酔いたいのだ」

「よく言うぜ。傲慢と懐疑っつー悪徳の代名詞みてぇなくせして」

 アルカードは弊害を退くことを優先し、自衛を重要視し、歴史に学ぶことを心掛けている。それはつまり、決して他者を過小評価せず、且つ、信用しないと言う事だ。


 アルカードには懸念していたことがある。それはアンジェロが自分に向ける忠誠に揺らぎが見えたこと。

 件のナエビラク連合王国の件が落ち着いてきた頃、アンジェロは違和感を感じた。なにもかもが、VMRに都合のいいようにいきすぎている、と。

 会談の場で既に疑問を感じた。

 あの場でVMR側の責任を追及されていたのに、アルカードは第3者の存在を持ち出し、その追及の手から逃れた。

 あくまで対等だと言った割に、アルカードは連合王国に対して助成を約束し、その通りに金を出したことで、ナエビラクは恩義すら感じたようだ。

 第3者が現れ、傀儡とされていたという事実はあるのだろう。現に時間を経るごとに似たような話題を他国から聞いたのだ。

 そして、最も悲劇的であったナエビラクと、その怒りの矛先を向けられたVMRには、和睦を申し入れる国が続々とタブレットを寄越し、多くの国と和平協定を築くに至った。

 中には見舞金まで払う国まで現れ、結果的にはVMRがナエビラクに支払った以上の金が舞い込んできた。

 アンジェロが疑問を感じないはずはない。何よりもアルカードの側近の一人で、その仕事や考え方を常に目にしているのだから。

 ―――――いくらなんでも。でも、あの男はやりかねない。だとしたら、これは相当ヤバい。これが真実なら、次に犠牲を払うのは俺かもしれない。

 アルカードは常に犠牲を払っている。今回払った犠牲は、リスクと血。その為に得たものは常なら得難く、払った犠牲をはるかに上回る価値がある。

「鷹揚で公正、誠実で有能、堅実で果断。他国の王はお前をそう評してるようだけど、まさか攻撃してきた“何者か”がお前だなんて、思いもよらねぇんだろうなぁ」

 アルカードはクライドに向いて、シィ、と口の前で人差し指を立て、笑った。



 何者かの正体はアルカードとアルカードの私兵。アスタロトに扮装し他国に攻撃を仕掛け、アスタロトへの敵意を高め自国への信頼を高めた。同時に国の強さとアルカードの王としての器量を周囲に知らしめ、アルカードは敵ではない、と思い込ませた。

「本当、お前はハンパねぇなぁ。そう言うところは昔っからかわんねぇな。狂言好きだよな、お前。国の事にしても、ミナの事にしても。お前がいつまでも黙って指をくわえてるだけのはずがねぇのに、油断したアンジェロはやっぱりまだまだだ」

 アンジェロは、黒幕がアルカードなのではと疑いを持ち始めた。国にとっては結果的にはいい方向に向かったものの、そのやり方があざと過ぎて、アンジェロはアルカードに対して疑念を持ち始めた。

 アルカードからみれば、アンジェロは勤勉で有能な部下だ。この国の重要なポストで、信頼を失ってしまうには、余りにも手痛い相手。もしアンジェロがアルカードに造反するようなことがあれば、失うものが多すぎる。

 ミナや双子やシュヴァリエ達もアンジェロに着くだろうし、アンジェロの都内の支持率はミナのお陰で、侮れないレベルだ。

 ミナの事も当然、アルカードがただ黙って見ているだけのはずがない。一時はアンジェロを許してやろうか、という気にもなったが、心の中にくすぶる炎がなかなかそれをさせてくれはしない。

 それに、たまにミナから聞こえる言葉も気になった。

 ―――――私と結婚したら、みんな死んじゃうのかな。

 ミナはそれが自分に課せられた呪いなのかもしれない、と思っている。それだけではない。アスタロトの事もある。わざわざ二人を結ばせて、アルカードとアンジェロを敵対させようと目論んだことは明白だ。アンジェロもそうだが、ミナも契約した以上悪魔の罠にかかって何をしでかすかわからない。

 アンジェロの疑惑、ミナの不安、アスタロトの思惑、アルカードが欲しいものを手に入れる為に、不安要素を払拭するためには二人を離婚させ、昔の関係に戻してしまうことは絶対だ。



 だからアルカードが謎の女に化けてアンジェロを誘い、魔眼でアンジェロとアンジェロの記憶を操作して浮気と言う事実を作り上げた。結果的に二人を離婚に追い込んだ上に、ミナの中のアンジェロへの愛情までも消し去り、尚且つアンジェロのアルカードに対する信頼は盤石なものになった。

 アルカードは一夫一妻制を公言し、ミラーカを妃に迎え入れてしまった以上、堂々とミナを攻略することはできない。ミナが手に入ったわけではないが、どれほどこれからアンジェロがミナを追いかけようとも、ミナが後宮に住む以上はアルカードの手の内にある。

 少なくとも現時点でミナがアルカードを好かなくても、ミナが他人を好かなければいいのだ。

「でも、お前さ。いっつもちょっと抜けてるよな。敵が増えちまったけど、大丈夫か?」

「さぁ、どうだろうな。全く、苧環に騙されていたとは、遺憾だな」

 アンジェロもアルカードもすっかり騙されていた。苧環がインターセックスだと思い込んでいた。それが、ミナが離婚を言い渡した直後から、山姫一族が苧環をバックアップし始めて、応援され始めた苧環は、なんだか微妙に積極的になってきた。

 それでおかしいと思って山姫に聞いてみたら、

「苧環? 普通に男よ?」

 とのことだったので、アチャーと思ったものだ。


 苧環はむしろアンジェロよりも強敵だ。普段仕事中は冷徹でツンケンしているが、プライベートでは温厚で紳士的で丁寧、優しいし賢いし、日本人ならではの節度や男らしさも持っている。

 ミナの顔の好みまではしらないが、性格は間違いなくアンジェロやアルカードよりも苧環の方がミナは好きだ。

「多分水仙はアンジェロ以上の強敵だぞー。どーする? 水仙に取られたら」

「そうだな、その時は結ばれた二人を祝福して、昔と同じように見殺しにして、苧環の為に泣いてやろう」

「ハハッ、本当、お前怖えぇー。けど、それでこそお前だな。俺お前のそう言うとこスゲェ好きだわ」

「そうだろうな。欲しいものは殺して奪うがモットーのお前でも、そうするだろう」

「そうだなー」

 クライドがアルカードの策略だと気付いたのは最近になってからだ。クライドはアンジェロの様に状況を論理的に考察することは苦手だが、人格と状況を符合させることは得意だ。

 アルカードの性格と状況を考えた時、なんとなくすべての黒幕がアルカードだと言う事はピンときた。


「マジ可笑しい。ミナが記憶を失った以上、あの悪魔様が何を言っても馬の耳に念仏。ミナが悪魔に願うべき願いが減った分、悪魔対策にも余裕が出来たな」

「そうだな。悪魔にも小僧にも苧環にも、好きになぞさせてやるものか。昔から決まっている。最後に笑うのは、この私だ」

「ハハッ、違ぇねぇな」

 少なくともこの国にいる者で、アルカードに勝てる者は一人もいない。ピンポイントに焦点をあてると非道な手段だが、長い目で見ると結果的に全てが好転している。

 状況を利用し、更に自分に都合のいい状況に作り替える。支払った犠牲が大きくても、犠牲の使い方を心得ている王様。最後に笑うのはいつも、この王様だ。





★状況、何が状況だ。おれが状況を作るのだ

――――――――――ナポレオン・ボナパルト

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