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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第1章 吸血鬼の一念発起
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鳶が鷹を生む



 それから数か月経って、雨季も終わりに近づいた秋のインドの屋敷。初夏に仕事を辞めたリュイは仕事を辞める前から屋敷に通うようになって、ミナやアンジェロ、レミに勉強を教わりに来ている。

 最初こそミナのアタマの出来を危惧していたリュイだったが、ミナが元々面倒見のいい方だったこともあり、「お嬢様、大学教授になれますよ! ていうか、ノーベル賞狙えますよ!」と大絶賛だ。

 ちなみにアンジェロは想像に難くはないと思うが、超スパルタ教育だ。特に数学が苦手なリュイには散々な時間である。

「オイオイ、なんでこんな問題も解けねぇんだよ。俺だってこんな問題やんの40年ぶりだけど、一瞬で解けるぞ」

「微分方程式が一瞬で解けるはずありませんよ! 化け物と一緒にしないでください!」

「テメェ、人にタダで教わっときながら・・・」

「ヒ、ヒィィ! ごめんなさい!」

 が、教育学部は音楽の受験(適性と言うレベル)もあるのだが、その時間だけはアンジェロも楽しそうにしていた。以外にもリュイがピアノを弾けたからだ。そもそも楽器の修理の会社に勤めていたのも、リュイがピアノが好きだったから、と言うのもあるらしい。

「かといって音楽でご飯食べようなんて思うレベルじゃないんですけど、趣味としては好きですよ」

「へぇ、じゃぁ連弾しようぜ」

 そう言って二人でピアノについて、ベートーヴェンのテンペストを奏で始めた。やはりアンジェロの方が達者ではあったが、アンジェロがリュイに合せてリードして、リュイはリュイで上手に編曲して見せるものだから、ミナは驚いてしまった。

「すごいすごいー!」

 思わずスタンディングオベーションで拍手を送るミナに、二人も嬉しそうに笑う。

「アンジェロさんはベートーヴェンって感じですねー」

「どんな感じだよ」

「難儀でひねくれてる感じです」

「お前、なんか最近生意気だな」

「気のせいですよ」

 うっすらイライラするアンジェロに適当にごまかしたリュイがふとミナに視線をやると、一体どういうわけかミナはむくれている。

「なんかぁ、二人ともピアノできて? 連弾とかして? 仲良さげ? みたいな?」

 自分だけ仲間外れにされて、嫉妬したようである。そもそもミナは自分で以前、アンジェロにピアノを教えろと言った割に、教わろうとする気配はない。実は、ミナはアンジェロに教わる前にコッソリ自主練をしていたのである。それで、自分にピアノが恐ろしく向かないことに気付いてしまったのだ。だから、自分がアンジェロと連弾をしたかったのにできなくて、それができるリュイにジェラシーを燃やした。

「お嬢様はピアノ弾かないんですか?」

「弾けないもん!」

「なに怒ってんだよ。教えてやっから」

「もー! いいよ!」

 嫌がるものの無理やりアンジェロにピアノの前に座らされて、とりあえず簡単な曲を弾かせてみようとして、ミナの手を無理やり鍵盤に乗せたアンジェロとリュイはやっと気づいた。

「おま! ハハハ! 指短っ!」

「うるさいな!」

「あはは、本当だ。お嬢様可愛いー」

「うるさいな!」

「お前1オクターブ届かねぇだろ」

「もー! うるさーい!」

 図星だ。ミナはドからドまで届かない。何とか小指の爪が掠るくらいだ。無理やりやろうとしても、その間の鍵盤を全部押してしまう。小柄なミナは勿論手も小さくて、体がピアノを弾くのに向いていない。しかも左右で違う動きが何度やっても慣れない。

 ミナには子供用のおもちゃのピアノがピッタリだとまで言われてしまって、二度とピアノは弾かないと決意した。相変わらず膨れっ面のミナにアンジェロとリュイは可笑しそうに笑っている。

「お嬢様は聞き専門で、耳を肥やしてくださいよ」

「そーそー。これから胎教の為にも色々弾いてやっから」

「そうですよ、お嬢様。モーツァルトとか、あ、お嬢様はバッハぽいですね!」

 むくれるミナのご機嫌取りに回ったリュイがそう言って、何故か宙を仰ぐアンジェロ。すぐに何かを思い出したような顔をした。

「そういや、スレシュの手紙にも書いてあったよな」

 急に出てきたスレシュの話題に、ミナは首を傾げた。

「え? なに?」

「ほら確か、“エルメスは愛の化身の様だ。まるでバッハの音楽の様で、その旋律は重厚で、深く、美しい”って」

「あーそういえば。言いすぎじゃない?」

「確かにな」

「肯定されたらされたでムカつく・・・」

「や、でも、バッハか・・・」

 イライラするミナは完全にシカトされて、何故かアンジェロは考え事を始めてしまった。どうせ考え事をしている間は相手にしてもらえないので、もうほっとこう、とリュイとガールズトークに切り替えるミナであった。


 そして最後のリュイの先生はレミ。主に国語や歴史なんかのお勉強だ。そのお勉強タイムになると、いささかリュイは緊張と憂鬱が同居する。

「じゃぁ百年戦争で功績を上げたジャンヌ・ダルクに協力して、英雄と呼ばれながら精神を病んで大量殺人を犯して処刑されたのは?」

「えっとー・・・ジル・ド・レイ!」

「正解。じゃぁご褒美」

「キャー! やめてよ!」

「ほっぺにチューもダメなの?」

「ダメだよ!」

「じゃぁどこならいいの?」

「どこもダメ!」

「ご褒美、いらないの?」

「いらないよ!」

「ふーん、じゃぁこの前言ってたDVDあげなーい」

「え!? ウソ! 買ったの!?」

「買ったよ。リュイちゃんにあげようと思って。いる?」

「いる!」

「じゃぁ、どこならキスしていい?」

「うー・・・・じゃぁほっぺたならいいよ」

「ありがと」

「!! ちょ! なんで口にするのよ!」

「ゴメン、間違えた」

「もう!」

 リュイがお勉強を始めた初日からこの有様である。しかしリュイもアンジェロの言った通りレミが謝るたびに許して、レミがチラつかせる餌にごまかされている。

 この様子をドアに傍耳を立てて聞いていたミナとアンジェロとジョヴァンニは、それぞれ全く違う顔をしている。

 当然の様にアンジェロはご満悦だし、ジョヴァンニは呆れて溜息だし、ミナは引いている。ドア前から離れて、ミナは思わず溜息だ。

「本当、レミは変なとこがアンジェロに似ちゃったねぇ」

 とミナがぼやくと、ジョヴァンニも溜息を吐いて乗ってくる。

「本当だよ。まさしく蛙の子は蛙だね」

 と言って二人でアンジェロに白い視線を送ると、アンジェロはそれをものともせずに笑う。偉そうに。

「さすが俺が面倒見ただけあんな、レミは。鳶が鷹を生むとはこのことだな。鷹を生むとは、さすが俺」

「結局自分かよ!」

「全然さすがじゃないよ。反面教師してくれると思ってたのに。結局まともなのジョヴァンニだけじゃない。ねぇ?」

「ねぇ? 俺はホラ、途中からミナがお母さん気取りしてくれたから、それでだよ」

「あ、そうだね。そうだね」

 二人の会話を聞きながら「ジョヴァンニは俺より最低だけどな」と内心思ったアンジェロだったが、それを言うと面倒くさそうなので我慢していると、ボニーとクライドを見つけた。続けてミナも二人に気付いて、アンジェロのダメ教育とその成果の愚痴を言おうと声をかけたところで、ミナ達とクライド達の間を全速力でリュイが走り抜けていった。

「・・・レミってば」

「なんか、ヤリすぎたな、ありゃ」

「私リュイさん追いかけてくる!」

 走り出そうとすると、すぐに腕を掴まれて引き留められた。

「バカ、お前妊婦なんだから走るな」

「あ」

「ミナ、お前本当自覚ねぇな」

「あたし達が追いかけるから、アンタ達はレミ説教しなよ」

「あ、なんかすいません」

「ジョヴァンニ、お前はこっち」

「え? はーい」

 二人とジョヴァンニはすぐに走って行ったので、ミナ達はレミの部屋に行った。2人で部屋に入ると、レミは机でクルクルとペンを回していた。2人に気付いたレミは一瞬面倒くさそうな顔をして、ミナ達に向いた。

「ミナ様、まさかと思いますが、説教ですか?」

「そのまさかだよ。もう、リュイさんが嫌がるようなことしちゃダメじゃない」

「大して何もしてませんよ」

 ウソ吐け、と思ったミナだったが、普段のレミの様子からしてミナには嘘を吐くようには思えない。でも、あるいは自分に知られたら嫌われてしまうかと懸念するようなことがあって嘘を吐いているのか。考えているとアンジェロが口を開いた。

「なんでリュイは怒った?」

「わかんない」

「なんて言ってた?」

「僕が何を考えてるかわからないから、嫌いだってさ」

 嫌いだと言われたのにショックだったのか、レミは拗ね出した。

「なに考えてるかわかんないって言われてもさ、なんでそれで怒るのか意味不明だし。わかんないはこっちの台詞だよ」

 確かに、とアンジェロと首を捻っていると、クライドがやってきた。すぐに寄ってリュイのことを尋ねようとしたミナにクライドは唇の前で人差し指を立てて沈黙させると、チラリとレミに視線を送って、それに気付いたミナが了承した視線を向けると、クライドが耳打ちした。

「今、リュイは書斎でジョヴァンニに泣きついてる」

「あらら、本当に?」

「本当に。ジョヴァンニは優しいからな。こういう時は優しい男が慰めんのが一番だ」

「そうですね。ジョヴァンニはレミがリュイさんに気があることも知ってるし、ウマイ事フォロー入れてくれますよ」

「ま、それでリュイがジョヴァンニになびく可能性もあるけどな」

「うーん、女の子は基本的に優しい人が好きですからね。リュイさんがジョヴァンニになびいても仕方な・・・あ」

「お、成功」

 勿論2人はレミに聞こえるように言った。2人の会話を聞いて部屋を飛び出したレミの様子にニヤニヤ笑う3人。

「レミってば負けず嫌いなんだから」

 ミナの言葉にアンジェロは「多分違う、懸念したのは別の事だ」と思ったが、そのまま話を合わせた。

「アイツもまだまだガキだな」

「ほーんと」

「レミの奴がハッキリ好きだって言えば、それで一件落着!」

「そうですね。レミがなに考えてるかわからなくて怒ったってことは、そういうことでしょうから」

 “レミの恋を応援する会”の企みは、ある程度の功を奏したようであった。満足気に笑って、ミナ達はレミの部屋を後にした。


 レミが書斎に駆け込んで扉を開け放つと、テーブルに突っ伏したリュイが顔を上げた。リュイの対面にはジョヴァンニの姿はなく、ボニーがいて、レミが来ると即座に席を立った。すれ違い様、ボニーはレミに耳打ちした。

「そーんなに慌てて来るくらいなら、ちゃんと言いなよ? マセガキ」

 悪戯っぽく笑って出ていったボニーにレミは、やられた、と肩を落としたが、気を取り直してテーブルに突っ伏したリュイの隣に腰かけた。

「リュイちゃん」

「・・・・・」

「リュイちゃん、ゴメンね?」

「・・・なにに、謝ってるの」

「言わなかったことに」

 レミの謝罪の理由を聞いて、ようやくリュイは視線だけをレミに向けた。

「言わなかったって、なにを?」

「・・・好きだって」

 レミの告白を受けて、リュイは驚いてガバッと起き上がった。が、すぐに懐疑の眼差しを向ける。

「ウソ吐かないで。そんな後付け、信じられない」

「後付けじゃないよ」

「ウソ。信じられない」

「ウソじゃないよ」

「ウソだよ!」

「本当だよ! どうして信じられないの!?」

 興奮したリュイにつられてレミも興奮してリュイの両肩をつかんで詰問すると、リュイは俯いて答えた。

「だって、レミくんはお嬢様が好きなんでしょ?」

 レミはずっとそう言ってきたし、その言葉にウソはない。リュイもそうだと思ってきたから、信じられようはずがなかった。ミナを好きなはずなのに、リュイにキスしたりするのが嫌だったのだ。リュイとしては自分が「ただそれだけの」所謂都合のいい女のように扱われている気がしたし、ただレミにからかわれているだけだと思ったのだ。レミもその事にすぐに気付き釈明した。

「ミナ様は、確かに大好きだし、大事だよ。でもミナ様はアンジェロと結婚したし、それに僕にとっては母であり、姉であり、ご主人様。ミナ様には、キスしたりしたことなんかないし、畏れ多くてそんな気にもなれない。僕がリュイちゃんにキスしたいのは、リュイちゃんのことが好きだからに決まってる」

 レミの言葉を聞いて一応理解したのか、幾分かリュイの表情は和らいだ。それを見たレミは更に畳み掛ける。

「僕がただしたいだけだと思ってる? 僕をそんなにヒドイ奴だと思ってる?」

「そういうわけじゃ・・・」

「ねぇ、リュイちゃんは僕がリュイちゃんを好きって言うのじゃ不満? 理由がそれでもまだ不足してる?」

「そういうわけじゃないけど」

 素直にそれならいい、と言えないリュイの様子に、レミは小さく溜め息をつく。

「僕は、好きでもない子にそんなことしたりしないよ。でも、リュイちゃん、ゴメンね。ずっとリュイちゃんの気持ちを無視して。リュイちゃんがジャンニを好きなのは知ってたけど、ジャンニに取られたくなくて、リュイちゃんの気持ちを考えてなかった。もう、こんなことはしないし、先生役も誰かに替わってもらう。だから、もう心配しなくていいよ。ゴメンね」

 そう言ってレミは席を立った。書斎から出ようとドアノブに手を伸ばすと、くいっと後ろから服の裾を引かれた。 振り向くとリュイが俯いたまま、レミの服の裾を掴んで言った。

「私、レミくんのこと嫌いじゃないよ」

「そっか。よかった。ありがと」

「私、怒ってないよ」

「ありがと」

「レミくんは、友達だよ」

「・・・うん」

 リュイの友達と言う言葉に少しだけ胸が痛んで、思わず返事にその感情を乗せてしまった。だが、リュイはそれに気づいてか気付かないでか、続けて言った。

「だけど、先生はやめないで」

「・・・うん」

 レミは飛び上がるほど嬉しくて、悦びたい衝動を抑えるのに必死になった。が、更に続けて言ったリュイの言葉に、衝動を抑える事は出来なくなった。

「こんなはずじゃなかったのに。レミくんは友達だと思ってたのに。レミくんの傍に、いたいよ」

 レミはとうとうこらえきれなくなって、思わずリュイを抱きしめてしまった。が、すぐに慌てて「ゴメン!」と離れようとすると、リュイがレミの背中に腕を回して言った。

「別に・・・イヤじゃないから」

 その言葉を聞いて、レミはもう一度ギュッとリュイを抱きしめた。その様子を書斎の窓の外から見守るバカップル2組とジョヴァンニ。その様子を見てニヤニヤしながら庭に飛び降りて、思わず5人でハイタッチした。

「イェーイ!」

「イェーイ!」

「カップル成立も秒読みイェーイ!」

「さすが俺の息子イェーイ!」

「ていうか、レミのあの引き方。アレ絶対わざとだよねイェーイ!」

「だよね! 間違いないよイェーイ!」

「押してダメなら引いてみろって言うだろイェーイ!」

「さすがアンジェロの息子! 妙なとこ似やがってイェーイ!」


 イェーイ! とうるさい5人はしばらくハイタッチで盛り上がった。


★登場人物紹介★


【イルファーン・スレシュ】

故人。現在ミナたちが住んでいる屋敷の、元の持ち主。

かつて人身売買組織のボスだったが、改心してシャンティの会社で相談役として働いていた。

アンジェロ達シュヴァリエの両親を殺害し、彼らを誘拐した犯人であったが、その罪を悔い改め改心し、晩年は穏やかに過ごし、すい臓癌で死亡した。


【レミ・ノートルダム・ヴァルブラン】

シュヴァリエ幹部の一人。ミナの支配下の吸血鬼。

本名は「キース・ガブリエル・ヘルシング」

イギリスのヴァンパイアハンターの名門貴族、ヘルシング一族から買われてきた。

ヴァチカンに来たころから、使用人の長としてアンジェロが面倒を見てきた。

その為、中性的な美少年なのに、腹黒く計略的な奴になってしまった。


【ジョヴァンニ・マキァヴェッリ】

シュヴァリエ幹部の一人。ミナの支配下の吸血鬼。

ジョヴァンニも赤ちゃんの頃からアンジェロが面倒を見てきた。レミと違って素直で優しい子に育った。

レミとは吸血鬼としての血統の母がミナであること、育ての父がアンジェロだったこともあって、本当の兄弟の様に仲がいい。


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