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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第5章 この手で掴む、五風十雨
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君主たる者、酷薄という悪評を恐れる必要はない


創絡2年8月。



「陛下! 大変です!」

 アルカードと資源開発の打ち合わせ中だと言うのに、急に兵が飛び込んできた。すぐに山姫が顔を顰めて兵を諌めた。

「なんです。陛下の御前ですよ」

「申し訳ありません。お許しください。それよりも、緊急事態です!」

 無礼すらも顧みない、切迫した兵の様子にさすがにただ事ではないと気付いた。

「あの、いいですよ、どうぞ? どうしたんですか?」

 入室と発言を許すと、慌てて進み出て跪いた兵は、報告を始めた。

「オキクサムから援軍の要請が! オキクサムが、襲撃されました!」

「なんですって!? 敵は!?」

「わ、わかりませんが・・・・・」

「オキクサムが襲われたと言う事は、ロダクエのどこかの国だろう。戦況は?」

「さ、先ほどの通達では、国境沿いの砦は陥落寸前と・・・・・!」

 突然の敵襲。VMR最南端の都市オキクサムが襲撃され、国境周辺は陥落寸前。国境が突破され、オキクサムが陥落させられれば、一気に国内への侵攻を許すことになる。

 元々南からの侵略を懸念して、オキクサムの防衛は他の地域よりも強固にしておいたはずなのに、それを上回る軍を連れて来たとあっては、ロダクエの大国もしくは連合国軍に違いない。

 敵の勢力も、敵が何者なのかも、敵が何の種族なのかも、目的が何かもわからない。

 考えるように腕を組んでいたアルカードはすぐに顔を上げ、アンジェロに向いた。

「小僧、すぐにオキクサムに飛べ。可能な限り情報を集めてすぐに戻れ」

「かしこまりました」

「ミナも同行し、お前は砦に残って最前線で食い止めておけ」

「はい! え、私一人でですか!?」

「なんとかしろ。早く行け」

「うわぁ・・・・・わかりました。その前にちょっと兵糧血飲んでいきます」

 一旦食糧庫に寄り血液を2L程補給して、すぐにアンジェロと共にオキクサムに転移した。



 転移した先はオキクサムの庁舎。市長はアンジェロとは面識があったので、突然市庁舎に現れたことに驚いたものの、すぐに駆け寄ってきた。

「官房長官、あぁ、お願いです。お助け下さい!」

「えぇ、今早急に軍備を整えています。敵はどちらの?」

「敵は、ナエビラク海の連合国軍です!」

 ナエビラク海とは、VMRとロダクエの間にある海で、その海にはいくつかの島があり、それぞれ海洋国家を形成している。その国家が連合国として攻め入って来たのだ。

「では、海岸から侵入されたのですね?」

「はい。国境の警備を厳重にした分、港湾の警備が手薄になったところを突かれました。よもや、ナエビラクの海洋国家が戦いを仕掛けてくるとは思わず・・・・・申し訳ありません!」

「謝罪も反省も後で結構です。敵の勢力は?」

「先程の報告では、2万と」

「2万!?」

 いくら国境警備を強めていたと言っても、こちらの軍勢は5000にも満たない。いくらなんでも、戦力差がありすぎる。

 しかし、だからこそ狼狽えてばかりもいられない。そうとなれば城外の更に南にある砦は間違いなく陥落させられてしまう。

「敵は、敵は人間ですか!?」

「いいえ、ナエビラクの住人は、リザードマンです!」

「トカゲ人間・・・・・わかりました。馬を出して、私を砦に連れて行ってください!」

「あ、あなたは?」

「科学技術省国立科学技術研究所所長、ミナ・ジェズアルドと言います。陛下の命により、援軍が到着するまでの間、私が防衛線になります」

「あなた、おひとりで?」

「えぇ、こちらは限られた手勢しかいないんです。贅沢は言っていられません。さぁ、早く連れて行ってください!」

「わ、わかりました。オイ、馬を!」

 すぐに市長は衛兵に声をかけて馬を用意してくれた。アンジェロは再び市長にいくつかの質問をすると、ポンと頭を撫でた。

「ミナ、気を付けろよ」

「うん。この町は絶対に守ってみせるから、早く軍を連れて来てね」

「あんま無茶すんなよ」

「こういう時に無茶しなきゃ、いつするのよ。心配しないで、トカゲごときに殺されたりしないから」

「そうだな。じゃぁ、すぐに軍を出動させるから、待ってろ」

「うん、待ってる」

 心配そうな顔をしていたが、アンジェロはそう言ってパッと消えた。程なくして、馬の用意が出来たと言うので、兵と共に市庁舎を飛び出した。

「所長殿! ご武運を!」

「任せてください! 市長さんは市民たちを守ってくださいねー!」

 手を振って走って行くミナに釣られて手を振り返した市長は、オヤ、と思いついた。

 ―――――そういえば、官房長官はジェズアルドというお名前だったような。はて、所長殿も同じ名前とは・・・・・あれ、もしや夫婦!? 奥様置いて行って良かったのか、官房長官!

 よくはないが、国王の勅命なので仕方がない。



 王宮に戻ったアンジェロが早速報告をすると、すぐにアルカードは山姫に指示をして3個の大隊を用意するように言い渡した。

「3ですか? 少なくはございませんか?」

「なにも敵勢力に合わせる必要はない。こちらはトカゲなどよりも優れた人種だ。充分足りる」

「ですが・・・・・」

「なによりも、準備が遅れては問題外だ。いつまでもミナ一人に戦わせるわけにはいかん。それに、必要以上に軍を動かしたところを突かれて、別方面から敵襲がないとも限らん」

「わかりました。では陛下、敵がただの獣人と言う事ですので、近接戦闘装備でよろしいでしょうか」

「あぁ、市街を破壊してもいけないし、あまり火力は必要ない。が、先ほども言った通り他方からの襲撃にも備えて、南部制圧軍以外も軍備を整えておけ」

「かしこまりました」

 出て行く山姫を見送って、アンジェロはアルカードに向き直った。

「陛下」

「ダメだ。お前が前線に赴く事は認めない。仮にもお前はこの国の重役だ。それでなくても、お前にはやることがある。わかっているはずだ」

「・・・・・ですが、ミナ一人では・・・・・」

「心配はいらない。アイツはそんなヤワな女ではないと、お前も知っているはずだ」

「・・・・・わかりました」

 アンジェロは悔しい思いをぐっと押し込めて、拳を握った。

 今すぐにでも加勢に行きたい。戦場にミナを一人で置いておきたくない。

 だが、アンジェロの立場ではそれは叶わない。アンジェロが戦場に出て行っては、敵国への正式な宣戦布告と取られかねない。

 それに、アンジェロはやることがある。

 何故ナエビラクのリザードマンが襲撃してきたのか、手薄だったとはいえ渡航を許したのはなぜか。その原因を究明し、至急対策に当てなくてはならない。

 わかってはいても、戦いに赴くミナの傍にいてあげたかった。

 ―――――あぁ、いつも、俺の立場が邪魔をする。あの時みたいに、ミナを一人で戦わせたくはなかったのに。

 アルカードにもその気持ちはわからないではなかったが、状況が状況なだけに、感情に押し流されることは許されない。

 なにより、アルカードの眷属なのだ。

 あの戦いを、絶望を抱えたままミナは生き残った。その勝利への執着を、その忠誠を、その能力を信じて、出来る者が出来る事をやる以外にはないのだ。




 市の城外へ出て更に南へ10km行ったところにある砦。堅固な城塞の中からは、上空に向けて煙が立ち上っていた。

「町が、焼かれてる!」

「急ぎます!」

「いい! もう、走ります!」

 実際馬より走った方が速い。場所が分からないから馬で連れてきてもらっただけだ。見えてしまえば馬など不要だ。

 馬から飛び降りてすぐに駆けだした。馬に乗った兵ははるか後方へ。城門の前に行くと兵が立ちふさがった。

「危険だ! 近づくな!」

「ここは今戦場だ! 通すわけにはいかない!」

「お願い、開けて! 砦の提督に伝えて、市民と兵を撤退させて!」

「何を言う!」

「私は陛下の命令で来たの! 私は、ジェズアルド官房長官の妻で、科学技術省の所長です! 私が敵を倒すから、あなた達は市民を連れて早く逃げて!」

 悩んだようだが、結局兵たちの判断は拒絶だった。

「ダメだ、今砦の門を開けて、内側に敵兵が侵入してしまってはいけない!」

「そうだけど! じゃぁ、私が勝手に中に入って戦うから、逃げ道を探して市民を逃がして!」

「勝手に入るって・・・・・あっ!」

 兵が止めるのも聞かずにジャンプして砦の城壁に飛び乗って、内側を見渡した。


 その瞬間、思わずあっと声を漏らして、口元に手をやった。

 砦の中の町は既に至るところに火の手が上がり、この砦の住人である人間たちは逃げ惑う。

 なんとか兵が市民を庇おうとするものの、圧倒的な兵力差に蹂躙されるばかり。

 皮鎧を着て剣を持ったリザードマンが市民を追い詰める。

 泣き叫び、子供だけは救おうと縋る母親から赤ん坊を引き離し、緑色の鱗皮から紫色の舌を覗かせて笑い、牙の生え揃った口を大きく開けて、赤ん坊を口内に落とし、噛み砕いた。

 その様を見て恐慌状態に陥った母親も、他のリザードマン達に赤ん坊同様に噛み千切られた。

 余りにも凄惨な光景に、茫然自失となった。早く助けなければ、そう思っても、頭が神経への伝達を拒否してしまったように、立ち尽くした。

「君! そんなところでなにしてるんだ! 早く逃げたまえ!」

 呼び掛けられて、反射的に体が震えて、それで我に返った。

「あれが、リザードマンですか」

「そうだ! 奴らは知性は低いが、狂暴で手がつけられないんだ! 捕まったらお仕舞いだ! 君も早く逃げるんだ!」

 見ると、城壁から弓で狙撃する兵のようだった。まだ砦は落ちていないようで、かなりの兵がいた。

「私は西を攻撃しますから、皆さんは東と私の援護射撃をお願いします」

「なに言って・・・君! 危ない!」

 一方的に指令を言い渡して、西側に駆けた。

 ―――――許さない、許さない、絶対に許さない!

 鞘から剣を抜き角を曲がったところで、逃げ惑う市民に遭遇した。きっと背後には追い立てるリザードマンがいる。

 地面を蹴ってジャンプし、一気に人だかりを抜けると、捕まった少女が髪の毛を掴まれて泣き叫んでいる。その周りには既に、誰かの人体が散らばって、クチャクチャと口を動かすリザードマン達が鎧を赤く染めていた。

 トカゲはぐふふと低い声で笑い、ぐぱっと口を開いた。牙が少女の胸部に食い込もうとした時、トカゲの上顎がズルッと滑り落ち、ぴしゃっと飛び散った青い液体が少女に降り注ぎ、トカゲは少女を手放し倒れ込んだ。

 少女は恐怖からか既に気を失っていて、動かない。

「グルル」

「ゴァッガァッ」

 言葉を話すことはできないようで、トカゲはミナに気づくと一斉に威嚇を始めたが、咄嗟に少女を抱えて飛び立ち、城壁に降り立った。

「あ、君!」

「この子をお願いします!」

「あ、ちょ!」

 少女を兵に預けると、すぐにまた町内に戻った。


 できることなら早く市民たちを砦の中に避難させてあげたい。しかし、今門を解放したら、砦にリザードマンの侵入を許してしまう。それだけは避けねばならない。

 だとしたら今やるべき事は一つだけ。

 ―――――1匹でも多くトカゲを殺す!

 上空からトカゲの隊列を見つけた。トカゲの強さがどれ程かはわからない。しかし、四の五の言っている場合ではない。

 自分が派手に暴れて討伐に数を寄越してきたならしめたもの。その隙をついて市民を逃がすことは可能だ。

 意を決して、隊列の前に降り立った。

 トカゲたちは口から赤い血を滴らせている。その手には砦の兵の首が提げられていた。

「殺したのね。私たちの国の民を、私たちの財産を!」

 言葉は通じない、そんなことはわかっている。だけど、悔しくて悔しくて、涙が溢れてくる。

「許さない! 一匹残らず殺してやる!」

 剣を抜き鞘を投げ捨て、一気に突っ込んだ。

 ミナが駆けた軌跡では、途端に青い飛沫が上がった。返り血が、ミナの白衣を青く染めていく。

「アンタたちが食った分、その命で返せ。私たちの兵を、市民を、返せ!」

 無我夢中で剣を振った。振り下ろす度に顔や服が青く染まる。

 名刀はミナの闘争心に応えるように、リザードマンの堅い皮膚も容易く切り裂く。

 最初こそミナを殺しにかかってきたリザードマンたちも、目の前でバラバラに切り刻まれた無数の同胞を見て、流石に逃げ出す者もあらわれだした。

「逃がさないわよ」

 殺したリザードマンの死体を持ち上げた。リザードマンの体から血液とタンパク質の成分を元にして、無数の矢を作る。青い矢がミナの周りに浮かんだ。

「あぁ、この青はコバルトなのね。血だけは綺麗だから、アンタ達の血液は加工して使ってあげる。私に狩られることを誇りに思え」

 振り返りながら逃げるリザードマンに向かってミナが手を振ると、宙に浮いていた夥しい数の瑠璃色の矢が、リザードマンに降り注いだ。

 とりあえず遭遇した小隊のリザードマンは全滅させて、その死体から大量に矢を作り、また城壁に戻った。

「き、君・・・・・」

「矢を調達してきましたから、使ってください。木の矢よりも頑丈で重いから、殺傷力はあるはずです。慣れたら一撃で殺せますから、よろしく」

 抱えていた矢をガチャガチャとその場において、再び飛び降りた。

 壊滅させたのは小隊で、人数にしたら100人程度。まだまだ敵は掃いて捨てるほどにいる。戦っている兵も、逃げる市民も数多くいる。

 早く助けなければ、早く殺さなければ。

 ミナは一人、戦場を駆った。




 その頃、王宮や後宮にも既に戦争が始まったことは知れ渡っていた。

「ミナちゃんが、一人で?」

 ミラーカにその連絡をしに来たアミンに尋ね返すと、アミンも神妙な面持ちで頷いた。

「陛下は何をお考えなんでしょう。所長を一人で戦わせるなんて」

「・・・・・官房長官は?」

「アンジェロは、姫とアルカードと一緒に指揮に回ってるけど、荒れてるみたいだよ。ジョヴァンニとレミが心配してた」

 一緒にやって来たボニーが答えた。「そうなの」とだけ呟いて黙り込んだミラーカの前に、ボニーとアミンは座り込んだ。

「ねぇ、ミラーカ様お願い。ミラーカ様からアルカードに言ってよ。そんなところにミナ一人で置いておくなんて可哀想だよ。せめてあたし達も助けに行きたい」

「そうですよ。ボニー銀座頭取を行かせるわけにも、他の皆さんが行くわけにもいかないのもわかりますけど、所長だってこの国の発展には欠かせない重要なブレインなのに、何かあったら陛下はどうするつもりなんですか。陛下は、所長の事なんかどうでも・・・・・」

「黙りなさい」

 アミンの言葉を強く絶ったミラーカは、二人を見据えた。

「そんなこと、アルカードだってわかっているわよ。でも、事態は急を要するのよ。この緊急時に即時に防衛線を築けるのはミナちゃんしかいないわ。他のみんなにはやることがあるし、あなた達が行っても、かえってミナちゃんの足手まといになりかねない。

 ミナちゃんを舐めないで。あの子はアルカードが作った、アルカードの眷属なのよ。たった一人であの戦争を生き抜いたという実績もある。ミナちゃんは強い子よ。戦場でただ泣いて逃げ惑うような子じゃない。アルカードはミナちゃんを信じて戦場に一人送り出したのよ。

 私達にもそれぞれ立場ややるべきことがあるはずよ。だから、私達は私達のやるべきことをやって、ミナちゃんを信じましょう。自分の責任を放棄してはいけないわ。

 きっと本当は今すぐ飛んでいきたいはずよ。本当は一人でそんなところに置いておきたくはないはずよ。それでも耐えて、立場に邪魔をされても自分の責任を全うしているアルカードと坊やを、あなた達も見習うべきよ」

「・・・・・うん」

「・・・・・そうですね。申し訳ありません」

 二人から視線を外して、ミラーカは南の方角に目をやった。

「ミナちゃん、どうか、無事に帰ってきて」

 手を組んで目を瞑って、ミラーカは転生して初めて、祈りを捧げた。





★君主たる者、酷薄という悪評を恐れる必要はない

――――――――――ニッコロ・マキァヴェッリ

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