人間、志を立てるのに遅すぎるということはない
つばさとミネルヴァの話によると、聖トロイアス帝国と言うのは本拠の首都がフランスあたりにあり、そこからガツガツと領土を拡大しスペイン・イギリス・アイルランド辺りまで併呑していった大国なのだと言う。
アスタロトが言った小人の国はアイルランドの事らしく、他のデミヒューマン達と共にはるばる大西洋を渡ってVMRに逃げ込んだのだとか。
「じゃぁトロイアスには人間しかいないんですか?」
「8割は人間ですね。それ以外は人間と友好的な種族、という事になります。そもそも小人族を排斥したのは、人間が侵攻してきた際に和睦に耳を貸さず、反抗してきたからだと聞き及んでおりますわ。と言ってもそれもかなり昔の事ですから、真偽のほどは定かではございませんが」
「そうなんですか。けど、大西洋越えなんて大変だったでしょう? よくこの世界の文明で出来た物ですね」
「うふふ。そこはつばさのお陰です。つばさがこちらに来る際に、世界地図とコンパスや羅針盤、航海術や航路図なども持ってきてくれましたので」
「あ、なるほど」
世界のほとんどの国の者達は、世界がこれほど広いとは知らない。大陸がどんな形をしていて、どこまで広がっていて、いくつの大陸があるのかなど、アレス達もつばさに出会うまでは知らなかったのだ。
「あっちとこっちがまるっきり同じかどうか確証はなかったけど、そういやアメリカって金脈あったじゃんとか思ってさぁ」
「金に目がくらんだの? やらないよ? そんなことしたら食べちゃうよ?」
「・・・・・やめてよ。大体アンタ吸血鬼のくせになんで帯刀してんのよ。まだ剣道やってんの?」
「やってるよー。殺人シスター時代剣で戦ってたし」
「なに? 殺人シスターって」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私達昔殺し屋だったんだぁ」
「・・・・・へぇ。達って、アンジェロ―――――官房長官も?」
「うん。シュヴァリエも和風吸血鬼もみんなだよ」
「・・・・・怖っ! ミネルヴァ様、この国の政治家みんなヤバイですよ」
「そうね。なぜ元殺し屋が政治家をしているのか、甚だ疑問ね」
泉の前の裏庭、ミナがアンジェロを切腹した現場にテーブルと椅子を運んで、女3人でティーパーティ。
壁には刺さった武器の後が未だに残っているが、それに気づいたつばさに切腹ショーの話をすると、ドン引きされた。
「アンタ、三島由紀夫じゃないんだから」
「だって目の前で浮気シーンみたら、そりゃ殺すよ」
「なにも殺さなくてもいいじゃありませんか・・・・・」
「だって、官房長官が言ったんですよ? 私が浮気したら私と浮気相手殺して自分も死ぬって。じゃぁ私もそうしなきゃって思うじゃないですか」
引きながらミネルヴァはつばさに向く。
「つばさ、思う?」
「いいえ、思いません」
即否定したつばさ。二人とも同調してくれなかったのでブス暮れたが、ふと気になった。
「ミネルヴァ外相はご結婚はなさってるんですか?」
「えぇ。子供もおりますわ」
「へぇ、そうなんですかぁ。何歳ですか?」
「10歳と6歳で、上が娘で下が息子です」
「いいなぁ。娘さん。私も今度は娘が欲しいなぁ」
「お子さんがいらっしゃるんですか?」
「はい。双子の息子が。今66歳です」
「66・・・・・」
「そういやミナはいくつんなったの?」
「58歳だよ」
「???」
「???」
時空間越えの副作用がコレだ。あくまで本人の体感時間で年齢を合わせているだけに、休眠期中にミナの年齢は双子に追い抜かれてしまった。アンジェロはまだ双子よりも年齢が上(76歳)だが、もう一度休眠期に入って、その際もマーリンに預けた場合には間違いなく抜かれる。
「成程、確かにあっちとこっちで別々に暮らしたらそう言う事にもなるわね」
「そうなの。息子の方が私より年上ってどうなんだろうね? 背もとっくに追い抜かれてるし、最近反抗期だし」
「それでなくても、アンタ母親っぽくないし」
「ちゃんとお母さんだもん!」
「58にもなってモンとか言うな」
「いーじゃん、別に! ていうか、つばさちゃんは彼氏とかいないの?」
「・・・・・いないしいらない」
「ふーん、つばさちゃんは孤独で淋しい余生を送るねー」
母親っぽくないと言われたことを根に持つミナ。嫌味っぽく言ったのに、つばさは余裕だ。
「孤独を楽しめない奴に孤独を語られたくはないわね。あたしは孤独と煙草を愛してるのよ」
「・・・・・本当つばさちゃんって官房長官と似てるよね。同じ事言わないでよ」
「アンタも官房長官にウザがられて愛想尽かされないように、せいぜい頑張りな」
「言われなくても頑張るもん!」
「だからモン言うな」
「うるさいな!」
「アンタのがうるさい」
ムキーとジタバタするミナにつばさもミネルヴァも可笑しそうに笑う。笑われて余計に腹は立つけども、つばさは元々こういう女だ。
「つばさ、あんまり意地悪を言うと外交問題になるわよ」
「大丈夫ですよ。ミナが意地悪をされたと官房長官や陛下に訴えても、まともに取り合わないでしょうから」
なぜか見抜いているつばさ。実際ミナが訴えても、話を聞いたドSコンビには笑われて終わりだ。最悪の場合、便乗して更にドSコンビから意地悪を言われるのがオチだ。
―――――なんで私の周りって、こんなに性悪ばっかりなの?
殺し屋ばっかりなので、性悪ばっかりになっても仕方がない。
つばさとミネルヴァは2週間ほど滞在する許可を貰っているらしく、その間ミナは何度も二人の元に足を運んではお喋りをした。アンジェロやシュヴァリエ達もお喋りの相手をしてくれたようだ。
「官房長官」
「ハイ、なんでしょう?」
「なんですか、その猫かぶりは」
「生まれつきですよ」
「御冗談を・・・・・見事な営業スマイルで、驚きです」
「お褒めに与かり光栄です」ニコッ☆
「・・・・・堂に入ったもんだわ・・・・・」
つばさは久々に会ったアンジェロの猫被りに相当引いたようで、わざわざその報告をしてきた。
つばさは知らないだろうが、昔のアンジェロはこれが普通だったのだ。単純にビジネスモードとプライベートモードの落差が激しいと言うだけだ。
アルカードも時折二面性を発揮するが、今の所A面を見ていない。誰に対してなら発揮するのかが分からないが、恐らく聖トロイアスの皇帝くらいにはまともにA面を発揮するとは思う。
「そう言えば、聖トロイアスの皇帝さんってどんな人?」
「皇帝ユピテル陛下は、温厚で優しい人ね。それでいて決断力はあって、時に厳しいことも言うけど基本的には穏やかな人よ」
「へぇー、ウチの陛下と全然違う・・・・・」
「確かにね。ドラクレスティ陛下は厳しいねー」
「加えて鬼だし最低だし冷たいしキチガイなの。いいなぁ、そっちの陛下羨ましいよ」
「ただ、唯一の難点」
つばさはピッと人差し指を立てる。
「なに?」
「ものすっごい女好きでしょっちゅうフラフラして、メチャクチャ子供がいる」
「あははは。そこも逆だ。でも、王様がたくさん女の人を囲うのって、別に普通なんでしょ?」
「どうもこっちじゃそうらしいね。けど実際大変だよ。陛下が新しく側室を召し上げる度に既存の妃たちは殺気立つし、王子と王女合わせて100人近くいるんだよ」
「ハァ!? そりゃすごい・・・・・随分ハッスルしたね」
「これからもハッスルし続けるんじゃない。あんだけ子供が出来れば、しばらくは王家の血統が絶えるなんて心配はないし、ある意味王としての役目はガッツリ全うしてるよ」
「なるほど、そういわれてみればそうかもね。まぁウチの陛下は死なないから、そもそも後継者が必要ないんだけど。人間は後継者問題とか大変そうだね」
「あぁ、かもね。既に皇太子はもう決まってて、一応第1皇子が立太子なさってるけど。政権争いとか起きると思うと、既に憂鬱」
「恨みっこなしでジャンケンとかじゃダメなの?」
「ダメでしょ・・・・・AKBじゃないんだから」
「まぁ、だよね。でもつばさちゃんは関係ないじゃん」
「・・・・・それが、そうでもないねん」
なぜか急に関西弁になるつばさ。何か大きな悩みを抱えているらしく、急に意気消沈だ。
「どしたの?」
「聞いてよ、実はさ、なんでか知らないけど第5皇子の側室になれってオファーが来てんの」
「えぇ!? ウソ、すごいじゃん! なればいいじゃん!」
「嫌だよ!」
「なんで? ブサイクなの?」
「顔は! 顔なんかどうでもいいんだよ! そう言う争いに巻き込まれたらって考えたら、超面倒くせーじゃん! もう絶対イヤ!」
「じゃぁ断れば?」
「・・・・・」
よく考えよう。そもそも側室にしたいと言い出したのは第5皇子だ。相手は皇族だ。側室になって下さい、ではなく側室になれ、と言っているのだ。
つばさも官僚とはいえ、貴族ではなく一般市民と同じだ。皇族の命令になど逆らえるはずもない。
仮に拒否したとしても強行されるだろうし、最悪の場合逆鱗に触れて何かしら言いがかりをつけて投獄されるのがオチだ。
「じゃぁもう諦めるしかないじゃん」
「イヤだぁぁぁ! だって側室なんかなったら、一生宮の中でぐうたら生活しなきゃいけないのよ! 妃の趣味なんて音楽とオシャレくらいしかないのよ! それってあたしに死ねって言ってんのと一緒よ! あたしから仕事を取ったら何にも残らないわよ! あたしの人生はもう、終わりなんだ!」
「大袈裟な・・・・・仕事させてって言えばさせてくれるかもよ? ミネルヴァ外相も仕事してるんだし、女だから仕事できないってわけじゃないでしょ?」
「そうだけど、ミネルヴァ様は貴族だからよ! 皇族の一員になったら、外交官なんてやってられないわよ。外交に失敗して人質に取られたりしたら、不平等な要求を呑まされる可能性だってあるのよ」
「・・・・・つばさちゃんウチに不平等な要求してきたじゃん」
「それとこれとは別よ! 犬猫みたいにバンバン子供産まされて、宮の中で何不自由なくダラダラ生活するんだと思うと、もう、辛い!」
とうとうテーブルに突っ伏してしまった。一般的に女性が夢見る生活も、つばさにとっては地獄らしい。
「じゃぁさ、宮に閉じ込めるのは勿体ないって思わせればいいんじゃない?」
宮の中で子供に囲まれて贅沢三昧しながら悠々自適に過ごせると思っていたのに、科学者としての才能を活用しないで一体どうする、と言われてミナは科学者をやっている。
ミナの提案につばさは顔を上げて考え始めた。
「あたしが有能だって思わせればいいわけよね。あたし、なにがある?」
「普通に今でも有能でしょ?」
「ミネルヴァ様は外交官続けて欲しいって言ってくれるけど、皇族には逆らえないよ」
「うーん、じゃぁ識者としては? 色々知ってるわけじゃん」
「アンタと違って専門じゃないから」
「あ、それなら剣術指南役は? つばさちゃん、本当は私よりも強いじゃん。インターハイ優勝したじゃん」
「えぇー、今更剣道?」
「ちょっと、一回仕合おうよ。待ってて、剣借りてくる」
つばさの返事は聞かないで転移し、詰所にいる兵から一本剣を借りてすぐに戻った。一応つばさも待っていたのだが、ミナが本当に剣を持ってきてしまったので少し悩んでいる。
「・・・・・あのさ、あたし真剣なんて使ったことないんだけど」
「大丈夫だよ。私は斬られても死なないし、私は斬りかからないから。あ、でも心臓突くのはやめてね。死ぬから」
「なにも剣術じゃなくても、柔術でもいいのに」
「柔術じゃ勝負にならないよ。ていうかつばさちゃん柔術も出来るの?」
「神流の裏業には柔術、槍術、棒術とかあって、剣術の免許皆伝になれば普通の武術はすぐにマスターできるようになってんのよ」
「ていうかつばさちゃん、鹿島神流の免許皆伝だったんだ。じゃぁ一回柔術で組手してみる?」
「手加減してね」
「もちろん」
つばさもスーツの上着を脱いだので、ミナも白衣を脱いでテーブルの上にそれぞれ畳んで置いた。
軽くストレッチをして、ミナの方からかかってこいと言うので、ミナは柔術などやったことがなかったが、とりあえず捕まえて組み伏せればいいと言う乱暴な解釈で掴み掛った。
すると躱されて、突き出した腕を掴まれた瞬間体が反転して、気が付いたら地面に背中を打ち付けていた。
「―――っ! すご! ビックリした! 今のなに!?」
「合気術よ。柔術は元々相手を殺す為じゃなく、護身や相手を捕えたり抑え込むための術だから、相手の強さなんか関係ないのよ」
「や、関係なくはないだろうけど。もう一回やって!」
「いいけど、あたしはアンタほど体力はないから疲れたらやめるわよ」
その後もミナは投げ飛ばされたり、抑え込まれたり、しまいには無理に固めから抜け出そうとして脱臼する始末だ。
「つばさちゃん、吸血鬼投げ飛ばせるなんてすごいよ! これは本当勿体ないって!」
「・・・はぁ、はぁ・・・・・っ、アンタ脱臼した割に、ハァ、元気ね」
「そりゃ吸血鬼だもん。なんかつばさちゃんお疲れだね?」
「当たり前、でしょ。こちとら人間で・・・アラサーなのよ」
「あぁ、そっか。じゃぁ休憩ね。飲み物持って来る」
血とブドウジュースを持ってきて、二人で休憩。どう考えてもつばさの格闘スキルは宮に閉じ込めておくには勿体なさすぎる。
かといっていい加減アラサーなつばさはあまり乗り気ではないようで、
「ヤだよ。面倒くせー」
としか言わない。そもそも側室になりたくないと愚痴り出したのはつばさだったのに、この際贅沢は言っていられないと思うのだが、他に何かあるのかと尋ねても唸るばかり。
「つばさちゃんが強いのって、誰も知らないの?」
「あー、まぁね。なんかあってもいつもアレスが出しゃばってたしね。さすがにアレスには勝てないし」
「アレスさんには側室の話したの?」
「誰かからか聞いてはいるだろうけど、直接あたしからは話してない」
「相談してみれば? もしかしたら騎士団の剣術とか武術の指南役のポスト用意してくれるかもよ? それで実力が認められたら、ユピテル陛下が皇子に引き下がる様に進言してくれるかもよ?」
「そんなうまくいくかなぁ」
「やってみなきゃわかんないじゃん。つばさちゃんは何やらせても昔から一番だったじゃん。大丈夫だよ。なんとかなるって」
「でもなー」
「もう、つばさちゃんらしくないよ。ウダウダ言って。2択だよ。妃になるのと剣術やるの、どっちがいい?」
「・・・・・まぁ、だね。国に帰ったらアレスに相談してみるわ」
「うん、それがいいよ! 頑張ってね!」
「ありがと。頑張ってみるわ」
結局つばさはそれで行くことにしたようで、VMRにいる間に何度かミナと手合わせをして、結構カンを取り戻したようだ。
何と言っても学生時代は剣道日本一だ。腕力を除けば技術はミナよりも上で、何度もミナは一本を取られた。
が、ミナとつばさが決定的に違うのは、ミナのは実戦剣術で、つばさのは道場剣術だと言う事だ。ミナの場合は一太刀で殺すことを想定しているので、斬り結ぶと言う事を想定していない。が、つばさの場合はルールに則った試合を想定している物なので、いざ実戦でその剣術を振るおうとすれば殺傷力に欠ける。
体力作りと並行して、このあたりも考えておかねば騎士団では役に立たないと言って、いよいよ剣術に前向きになったようだ。
そんなつばさが聖トロイアスに帰ると言うので、プレゼントを渡した。
「剣?」
「うん。一応形は日本刀にしといたよ」
「マジ? ミナが作ったの?」
「うん。つばさちゃんもソレ帯刀してね」
「スーツで帯刀とかちょっとダサイんだけど」
「白衣で帯刀よりはマシだよ」
「確かに」
言いながら剣を鞘から抜いたつばさは、目を瞠って感嘆の声を上げた。
「うわ、なにコレ! 超綺麗なんだけど!」
「えへへ、石英で作ったんだ! 石英は鉄よりも固いから!」
剣のデザイン自体は日本刀を模したものだが、刀身は透明に輝いている。
「ていうか重いんだけど!」
「鍛えれば何とかなるよ。それに石英は聖なる石だから、魔物が襲ってきたときは効果覿面だよ」
「へぇ、ていうか普通にすごいんだけど、コレ。家宝にするわ」
「飾ってちゃ意味ないからね。使ってね」
「使う機会がない方がいいんだけどね。ま、ありがとう。有難く戴くわ」
「うん、頑張って!」
そう言って帰ろうとするつばさとミネルヴァを見送っていたら、ミネルヴァがスススと寄ってきた。
「私からもアレスに申し入れしておきますわ。宮に入ってしまったらつばさには会えませんから、淋しいと思っていたんです。実力が認められたら、私専属の護衛に任命しようと思いますわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ミネルヴァの専属護衛兼外交官なら、外交使節として今後もつばさに会えることになる。
部下思いのミネルヴァに感謝して、国交の盟約を取り付けた両国は、友情と友好国という新たな絆で繋がった。
★人間、志を立てるのに遅すぎるということはない
――――――――――ボールドウィン




