悪賢い奸知というものは、遂には身を滅ぼすことになる
「おい、ミナ、起きろ」
「んぅ・・・・・もう飲めない」
「飲まさねぇから起きろ」
「うゃ、お帰りなさい」
「ただいま。何してんだお前。つかお前ら」
「ふぁぁ・・・・・」
「シカト?」
アンジェロに起こされて、何とか瞼をこじ開けて欠伸をする。
「シカトじゃなくてぇ、んん?」
起き上がろうとするが、起き上がれなかった。ミナの上にクラウディオとレオナルドが倒れ込むようにして寝ていた。
「道理で寝苦しいと思った・・・・・アンジェロ、ちょっとこの二人どけて」
アンジェロは深く溜息を吐きながら、二人を反対側のクリスティアーノの上にバタバタとなぎ倒した。
それを見て起き上がると、流石に体が軽くなった。見渡すと双子はいないようで、どうも酔っ払いから逃げて部屋に戻ったようだ。
「飲み会してたんか」
「うん。でもアンジェロがいなくてクリスが淋しがってたよ」
「淋しがるくらいなら俺がいる日に来いよ・・・・・つか確認しときゃいいだろ」
「なんかねぇ、サプライズのつもりだったんだって。こっちがサプライズされたとか言ってた」
「バカじゃねぇの・・・・・つか、俺がいなくても盛り上がってた感じなのがムカつくけどな」
「あははは」
「や、笑い事じゃなくて。お前もさぁ、俺がいねぇ時に余所の男ホイホイ家に入れるなよ」
「余所の男って言ってもこの3人だし、双子も一緒にいたからいいかなって思って」
「・・・・・まぁ、いいや」
アンジェロは諦めたように溜息を吐いて、ソファの空いているスペースに腰を下ろし、疲れた顔でネクタイを緩める。
一応官僚閣僚はスーツ着用だ。一般採用者たちは私服通勤だが、“締まり”も必要だと言う事でスーツ着用が義務付けられた。
元々VMRにはスーツの様な凝った衣裳はなく、シャツに似た簡単な服や、布をかける程度で、スーツを着ていればお偉いさんだと一目でわかり、スーツはお偉いさんのトレードマークの様になっている。
ミナも仕事中、白衣の下はブラウスとタイトスカート&ツインテールだ。それがまた似合わないと、もっぱらの評判である。
「ツインテールだから余計似合わねぇんだろ」
「けど顕微鏡覗いたりするときに、髪結んでなかったら邪魔だし、ポニーテールだと前にモサッってくるんだもん。振り向いたりした時に毛先で近くの人にパンチしたりするし」
「あぁー・・・・・じゃぁ夜会巻きとかにしてガッツリ纏めろよ。そっちのが博士っぽい」
「えー、面倒くさい。結ぶだけのが楽だもん。ご飯どうする?」
「・・・・・飯は、これの残りでいい。出来るの待ってたら睡眠時間なくなるからな」
「そっかぁ、ごめんね」
「別に」
早速アンジェロはおつまみの残りをつつきはじめた。酒が入ったせいか結構な量が残ってしまったので、アンジェロの腹を満たすには量としては十分だ。が。
「んだコレ」
「あ、ソレはレオがお酒の中に落としたの」
「そんなん置いとくなよ!」
うっすら紫色に染まった肉を、キレたアンジェロがレオナルドの頬に投げつけると、ビチャと張り付いた。
食べ物を粗末にするのはどうかと思うが、帰って早々死屍累々の体を見せつけられて、余計に疲れたのはアンジェロの方なので、文句を言うとキレかねないと思って席を立った。
お風呂に水を入れ終わった頃に、早速アンジェロが風呂に入りに来た。
「あれ、お前もう風呂入ったんか」
洗濯籠を見たアンジェロが言ったが、ミナもまだ入っていない。
「んーん、それはディオがお酒溢しちゃったから、アンジェロの服に着替えさせたの」
「マジか・・・・・あの酔っ払いども。最悪だな」
いよいよ機嫌を損ねる旦那。これ以上怒らせるとストレスでハゲそうな気がして来たので、ご機嫌取りだ。
「ごめんね。背中流したげるよ」
「マジか」
少しだけご機嫌が直った。
―――――良かった。単純で。
ミナに単純と言われてはお仕舞だが、アンジェロはミナの誘惑とご機嫌取りには勝てない御様子なので仕方がない。
風呂から上がると既に14時を回っていた。酔っ払いたちをどこかに寝かしつけてやろうかとも考えたが、それをしてしまうとまたアンジェロが機嫌を損ねそうな気がしてやめた。当然アンジェロは酔っ払いに一瞥をくれてさっさと寝室に入って行った。
目が覚めるとアンジェロはもう寝室にはおらず、リビングから物音が聞こえた。覗いてみると、アンジェロが酔っ払いを叩き起こした模様だ。
「くぁ、おっはよぅ」
「おはよう。俺のいない家で何してんだお前ら」
「飲み会だけど?」
「楽しかったよな」
「な。つか今何時? 超眠い」
「17時」
「早いよー」
「まだ太陽でてんじゃねーの?」
「お前らも仕事あんだろうが。離宮まで送ってやっから、さっさと帰る支度しろ」
「はーいはい」
既にアンジェロはスーツに着替えて、出勤準備万端だ。ちなみにパルダンメントウムは暖かい季節は「コレ暑いんだよな」と言って主に冬場しか着ない。
支度の出来た酔っ払い3人は礼を言って、アンジェロに連れられてパッと消えた。
ミナも食器や料理の残りなんかを片づけた後支度をして、出勤した。
研究所に着いて仕事を始めて少しすると、アルカードがテレパシーで話しかけてきた。
【すぐに謁見の間に来い】
【どうしたんですか?】
【いいから来い】
【わかりました】
理由ぐらい言ってくれてもいい気もするが、アルカードが謁見の間に来いと言うのなら、恐らく賓客の誰かだ。
ミナを呼びつけると言う事は科学の力を借りて、なにか問題を解決したいと言う事なのだろうと考えながら、謁見の間の前まで転移した。
衛兵に促されて中に入り、入り口の前で跪いた。
「失礼いたします。陛下、お呼びでしょうか」
「あぁ、ミナ、客だ」
「お客様、ですか?」
顔を上げると、ティリアンの貝染のドレスを着た茶髪にショートヘアの女性が立っていて、その傍には従者が控えている。
少なくとも見覚えはない。絶対に初対面だし、恐らく人間だと思うのだが、VMRの人間の顔ではない。
自分が忘れているだけかと思って必死に脳の引き出しを漁っていると、クスクスと笑い声が聞こえた。
ドレスを着た女性がミナの前までやってきて礼を取った。
「初めまして。私は聖トロイアス帝国十賢臣外相のミネルヴァと申します」
やっぱり初対面には間違いないようだ。その事には安心してミナも自己紹介しようとしたが、ふと違和感を感じた。
「え。聖トロイアス帝国、ですか?」
「はい。本日は外交使節として参りましたの。あなた方の話は、アレスと彼女から、よく窺ってますから」
そう言ってミネルヴァが指差した従者が顔をあげたのを見て、あっ、と声を上げ立ち上がった。
「つばさちゃん!」
「ミナ、久しぶり!」
つばさも傍に寄ってきてくれたので、つばさと手を取り合ってキャッキャとはしゃぐ。
「つばさちゃん、本当に久しぶり! 本当にこっちで仕事してたんだね! 何の仕事?」
「あたしはミネルヴァ様の部下で外交官よ」
「外交官! カッコイイ。つばさちゃんっぽい」
「あはは、ミナは相変わらず科学者みたいだね。白衣超似合わないね、アンタ」
「うるさいな! ていうかつばさちゃんもスーツなんだ。やっぱ似合うね!」
「アンタと違ってね」
「んもー!」
「あははは」
そうしてつばさと久しぶりの再会をキャッキャと喜び合う。相変わらず20代後半の容姿のつばさだが、長かった金髪の髪はショートになっていて、背が高くスーツ姿のつばさにはよく似合う。
外交官と言う役職なのは、つばさが元々会社で海外事業部にいて、取引などの折衝を執り行う仕事だったかららしいが、まったく勝手が違うので、結構大変だと言う話だ。それもそうだ。
しばらくキャッキャしていると、アルカードに名前を呼ばれて、つばさはミネルヴァの部下としてやってきて仕事中なのだと言う事を思い出した。
「あ、すみません」
「話をする時間位は後で設けてやる。今は仕事中だ。慎め」
「すす、すいません・・・・・」
怒られてしょげかえり、つばさは再びミネルヴァの傍に控え、ミナはクリスティアーノの隣に立った。
外務大臣のクリスティアーノは貿易の交渉や外交の際、必ず立ち会う。大臣なので当然だ。
外交は繊細かつ重要な仕事だ。どの国とどういった関係を結ぶのか、クリスティアーノや外務省だけでは決定することはできない。必ず閣議を起こして議決する必要がある。それほど重大な案件だ。
その外務省の大臣、外交官のトップをするならば、決して弱腰ではなく、かといって強すぎず、ある程度の小狡さがあって、羊の顔をして美味しいところを全部かっさらっていくような、クリスティアーノには天職と言える。
ちゃんと昨夜のお酒は抜けたようで、クリスティアーノも制服に着替えている。スススと寄って小声で話しかけた。
「おはよ。二日酔いなってない?」
「吸血鬼って二日酔いなるのか?」
「あ、ならないか。今日あの二人が来たのって、国交のため?」
「どうもそうらしいな。つばさとアレスにはこの国を乗っ取るって事は前もって言ってたみたいだし、あっちもこっちも大国だからな。どっちかが敵から攻撃を仕掛けられた際に相互扶助の盟約を、って事らしい」
「なるほどねぇ。それは心強いね」
「・・・・・さぁ、どうだろうな」
「え?」
「ミナ、お前黙れと言っているのが分からないのか」
「うっ、すいません・・・・・」
また怒られた。渋々黙り込むものの、クリスティアーノの「どうだろうな」がどういう意味なのかが引っ掛かる。
仕方がないので黙って、ミネルヴァとアルカードの会話に耳を澄ますことにした。
話を聞く限り、どうも相互の国に駐屯軍を置きたいと、そう言う事らしい。この辺は交流のある国なら別にありきたりなことなのだが、問題は、西海岸側にその駐屯地を築き、その地域のみ聖トロイアスの領地として分譲してほしい、という事だ。
「当然、我が国にVMRの駐屯軍を置く際にも同様にしていただきたく存じますわ」
それなら問題ないのでは、と考えたが、アルカードは納得いかないと言う顔だ。少しすると、クス、と笑った。
「そうか、なるほど。つばさの入れ知恵か」
どういうことかわからずつばさに視線をやると、つばさはゆっくりと瞬きをして、無言でアルカードを見つめ返し、代わりにミネルヴァが答える。
「陛下? 何の事でございましょう?」
「貴国との貿易や交流は、VMRとしても願ってもないことだ。その辺りは閣議を開き今一度討論する必要があるが、まぁ十中八九交流の申し出をすることになろう。しかし、この場で一つ決定を下させてもらうが、駐屯軍の受け入れは絶対的に拒否させていただく」
一瞬だけ小さく眉をひそめたものの、ミネルヴァはすぐに真顔に戻る。
「なぜですか? 我が国は貴国と対等な立場としての国交を望んでおります。友好の証として軍を置くことは、至って普通の事ではございませんか」
「そのこと自体はな。問題は、駐屯地だ。つばさ、お前は知っていて入れ知恵したのだろう。西海岸カリフォルニア―――――こちらではエインロフィラが、金脈だと言う事を」
はっとしてつばさに目をやると、ぱっと視線を逸らした。
記憶をよくよく探ってみると、学生時代の社会科の授業を思い出す。19世紀中ごろ、アメリカはカリフォルニア州でのゴールドラッシュ。
ミナ達の住む首都があるアリストの近郊にも金脈がある。そこから更に南に下った修学旅行先のオダロロックにも。しかし、未だにこの世界では発見されていなかった、第3次元では欧州までも揺り動かした夢の金脈が眠る西海岸、エインロフィラ。
駐屯地をエインロフィラに置き、エインロフィラの治外法権を認めてしまっては、金が全部聖トロイアスに流れることになる。今は対等な国力も、金を元手に増大し、均衡は崩れ、金を求めた入植者が大挙して押し寄せ、VMRの現住種族たちが排除されてしまう。
やがて入植者たちは現住種族を追い出した後、我が物顔でその地に居座り、かといってVMRに臣従しようとはしない。アルカードは当然それを許すはずがない。入植者たちを征服するために軍を動かし、西海岸、VMRの南側は内乱が絶えないことになるだろう。
一方では金が流出し、一方では度重なる内乱で財政が逼迫され、国力が衰えていく。ミネルヴァが狙っているのは、金とVMRの弱体化。
「あぁ、これだから欧州人は白い詐欺師などと呼ばれるのだ。拒否の理由はそれだけではない。知っての通り我々は吸血鬼で、人間は食糧にすぎない。我々だけでなく人を食らう種族はVMRには多数生息しているのでな。まかり間違って国民や魔物が貴国の駐屯軍を襲うようなことがあるかもしれないが、我々がそちらの軍人に危害を加えたと賠償請求をされてはかなわん。当然、貴国はそれも考えての事であろうが、自国軍の兵を餌に金をせびろうとは感心せぬな。駐屯軍の件は断る」
「まさかそのような・・・・・陛下、お考え直しを」
「断る、と言っている。この話は終わりだ」
ピシャリと言い放ち、アルカードはミネルヴァに下がれとでも言う様に手の甲を向けて振った。
「お部屋をご用意いたしております。こちらへどうぞ」
すぐにジョヴァンニが退室を促し、渋々立ち上がったミネルヴァとつばさは
「失礼いたします」
と礼を取り座を外した。
部屋に通されたつばさは溜息を吐いて、ミネルヴァは地団太を踏んだ。
「やられましたね」
「悔しい! 話には聞いていたけど、話以上だわ! なんて恐ろしい男なの!」
「申し訳ありません。私もあれほどとは思っておりませんでした。少なくともドラクレスティ陛下が国王をしているうちは、VMRを植民地化するのは難しそうですね」
「そうね・・・・・ここは大人しく引き下がって、友好国として関係を結んだ方が良さそうね」
「いずれは・・・・・ですか?」
「そうよ、いずれあの男が国王でなくなったら!」
「ミネルヴァ様、お声が高いです。しかし、ドラクレスティ陛下は吸血鬼ですので死にませんし、恐らく我々の方が先に死にます」
「・・・・・そうね」
「VMR、吸血鬼の千年王国。名に違わぬ、恐ろしい国ですよ、この国も、政治家も、国民も。どうせなら友好な関係を築いて、同盟国とした方が我々にとっても有効でしょう」
「金は諦めて、有事の際の戦力を援助してもらうくらいしか、期待してはいけなさそうね。下手をしたらウチの方が危ういわ。あぁ、陛下に怒られちゃうわ」
「・・・・・私も一緒に怒られましょう」
そうして二人は溜息を吐きながら、自国の皇帝に交渉失敗の報告をして怒られたのであった。
★悪賢い奸知というものは、遂には身を滅ぼすことになる
――――――――――言志録




