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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第4章 新天地で四苦八苦
58/96

慎重であるより果断であれ


 戴冠が終わり正式に国王に即位して2か月後の7月。王宮は大惨事に見舞われていた。


「陛下! お願いです、何とかしてください!」

「そういわれてもな。お前達で適当に処理しろ」

「私達の手に負えるレベルを超えてます! 官吏や衛兵たちは毎日病院通いですよ! 昨日なんか文官の一人が生き埋めになって、朝出勤して来るまで誰にも見つけられなかったんですから! 危うく重体ですよ!」

「・・・・・しかしなぁ」

 必死に何とかしろと訴える外務大臣クリスティアーノと宮内大臣ジョヴァンニだったが、アルカードも悩んでいる御様子。

 そこにアンジェロが口を挟んできた。

「陛下、この際ですから適当に見繕ってはいかがです? でなければ収拾がつきませんよ」

「しかしな、後ろ盾を得られることは有難いことだが、下手に権力者と手を結ぶと、身動きを取り辛くなる」

「それは勿論承知しておりますが、そもそも書庫もそのタブレットで一杯で邪魔になりますし、検閲に割く人員もバカになりませんし、正直政務が滞って仕方がありません」

「うーん・・・・・」

 行政に関しては果断がモットーのアルカードだが、この件に関してはかなり悩んでいる。

 アンジェロ達にしてみれば、どうにかこうにかさっさと対策して欲しいところなのだが、アルカードとしては悩ましい問題だ。

「陛下、側室も一人もおらず独身王を貫くことは、いくら吸血鬼と言っても難しいですよ。まぁ世継ぎは必要ありませんが、婚儀の申し込みをしてくる各国政府の王達や貴族や代表たちを無視し続けるわけにも参りません。断るなり、とりあえず側室として後宮に召し上げるなりしていただかないと」

「うぅーん・・・・・」


 アルカードを悩ませるもの。膨大な数の結婚の申し込みだ。


 戴冠式の場において、代表や藩属国王たちは独身王アルカードを見て、その有望さと美麗な容姿、尚且つ強大な権力あるいは魔力に釘付けになった。代表たちは勿論、その噂を聞いた近隣国からも

「ウチの王女を嫁にやるから、国交して欲しいな☆」

 とか

「ウチの姫と結婚して、相互に軍と経済の援助しよっ☆」

 とか

「正妃とは言わないから、側室でもいいから、VMRとイイ関係築きたいんだよね☆」

 という旨のタブレットが、毎日毎日山のように運ばれてくる。

 正直アルカードは今のところ結婚願望はないし、忙しくてそれどころではない、と言うのが本音なのだが、なにせあまりにも量が膨大過ぎて、倒壊したタブレットで衛兵たちは怪我人続出。検閲の為に文官が毎日長時間拘束されて、政務に支障をきたしている。

 アルカードも一応その事はわかっているのだが、どうも乗り気になれなくて、みんな困っている。



 当然アンジェロにもそれは悩みの種で、後宮はガラ空きなのだし、適当に側室として迎え入れて、適当に国交の条約でも締結してくれればいい、と考えているのだが、いかんせん問題がプライベートなこと過ぎて(ちなみに支配者階級にこの手のプライベートはない)どうしようか頭を悩ませている。

 昔治めていた国ではそうだったし、アルカードが元々そう言う風に生まれ育ったから、というのもあるのだが、アルカードは一夫多妻制を快く思っていないようで、どうせ娶るならちゃんとした相手を正妃に迎え入れたいらしい。

 しかし、候補が多すぎて選びきれない。断るとしても下手なことを言って断れば、外交問題になりかねない。何とも贅沢な悩みではあるが、当事者たちとしては大問題だ。

「モテる男も大変だねぇ」

 普段研究所の方に籠っていることが多く、このあたりの宮廷問題はあまり知らなかったので、アンジェロに話を聞いて、ついそんなコメントをしてみた。

 ミナのイメージとしても、美麗・最強・優秀・辣腕な独身王。権力者や王女様達がアルカードに会えば、放っておくはずがない。

「アルカードさんは、なんて?」

「珍しく「しかしなぁ」とか「うーん」とかしか言わねぇ」

「あのアルカードさんが・・・・・「慎重であるより果断であれ」じゃなかったの?」

「それは政治」

「でもアルカードさんの結婚は普通の結婚と違うから、政治の延長みたいなものじゃん」

「だから余計に悩んでんだろ」

「うーん、まぁそうだよねぇ。お見合い写真とかあればね、美人を選べるのにね」

「どう考えても顔で女を選ぶタイプには思えねぇんだけど」

「でも入り口は広い方がいいでしょ?」

「じゃぁお前の場合はなんなわけ?」

「どういう意味?」

「そう言う意味」

「ムカつく! せっかくプリン作ったのに! もうあげない!」

「あ、ウソ。ゴメン」

 ご飯を食べながらそんな話をして、デザートが用意されていると思わなかったアンジェロは、慌てて謝罪した。

 ちなみにアンジェロは甘いものはあまり好きではないが、ミナの作るプリンは好物だ。

「折角今日は質のいい生クリーム作れたのに!」

「だからゴメンって」

 生乳があれば家庭でも生クリームは作れる。ちなみに日本の市場では法律上生乳の流通は禁止されているので、生乳もどき以外は原則滅多に手に入らない。VMRでは生乳を加熱調整、と言った製法の方が存在しないので、むしろ生乳しか手に入らない。


 ミナがやらないというので、勝手に冷蔵庫を開けてプリンを食べようとするものの、どういうわけか見当たらない。

「オイ、ねーぞ」

「え? ウソ」

「お前、さては俺の分まで食ったな」

「違うよ! あ、もしかして双子が食べちゃったかな」

「えぇー、マジか・・・・・あのクソガキども。プリンの恨み晴らしてやる」

「もう、やめてよ。今二人とも中間テストの添削で忙しいんだから」

「チッ」

 双子はリュイが校長となっている学校で、教師をしている。双子は見た目子供だし、生徒たちは双子よりはるかに年上なので、生徒にしてみれば頭のいい友達に勉強を教わっている、というような感覚らしく、かなりフレンドリーな学校生活のようだ。

 双子は学校に行かなかったので学校生活には憧れがあったらしく、毎日楽しく通学している。ちなみに学校は、悪魔が集会場としていた場所を改装して、学校にした。

 勿論学校は無料開放で、給食もある。その費用は勿論税金負担で、給食のオバチャンたちの給与も税金で賄っているが、今まで教育を受けなかった生徒たちの勉強への熱意が、リュイや双子にはヒシヒシと伝わってくるらしく、もう一校開校しようという話も出ている。


 洗い物をしながら、アンジェロも食器を拭くのを手伝ってくれて、一通り終わってからコーヒーを淹れた。ふぅと一息つくと、アンジェロも煙草を吸い始めて、煙と共に溜息を吐いている。どうもプリンのことが残念でならないようだ。それで、思い出した。

「そういえばね、今日翼のお弁当、生徒たちにとられちゃったんだって」

「は? なんで?」

 双子はいつもミナお手製の弁当を持って通学している。普段は職員室で食べるのだが、翼が生徒に誘われて教室で一緒に食べることになって、机を合わせて。ここまでは良かった。

 お弁当箱を開けると、生徒たちが覗き込んできた。

「先生のお弁当きれーい!」

「なにコレ!?」

「ハンバーグだよ」

「コレなに!?」

「エビチリ」

「これは!?」

「鳥の唐揚げ」

「肉ばっかりじゃん!」

「だって僕肉しか食べられないもん」

「好き嫌いダメ! 僕のイモあげるからハンバーグ頂戴!」

「え」

「私のニンジンあげるからエビ頂戴!」

「あ」

「オレの牛乳あげるからトリ頂戴!」

「ちょ」

「超ウマー!」

「ウメェ! スゲェ!」

「先生のお母さん料理の天才だね!」

「・・・・・うん」

 純血種の為に本当に肉しか食べられない(厳密には動物性蛋白質)のに、こうして食べるものがなくなった翼は、給食のオバチャンにお願いして、野菜炒め(野菜抜き)を作ってもらい、泣く泣く食べたのだという。


「ハハハハ、よかったじゃねーか、好評で」

「うん、私はね。まぁ、それで今後双子の弁当に被害が及ばないように、給食で第3次元の料理が食べられるようにと思って、給食のオバチャンにレシピをやることにした」

「それがいーかもなぁ。ほっといたら翼、腹減って生徒吸血するぞ」

「アハハ、だよね」

 コーヒーを飲みほした事に気付いて、カップを下げて、コーヒーと一緒に押して来たワゴンからワイングラスとワインの入ったデキャンタを出した。

「あ、スゲェ。なんかめっちゃ冷えてる」

「今日ね、市にお買い物に行ったらね、アクサラの商人さんが来てて、氷河の氷を売ってたから、たくさん買ってきちゃった!」

 ミナお手製のワゴンの下には、これまたお手製の箱が備え付けてあって、中はシリコンコーキング&青銅板が張り付けてあって、青い氷の塊が入っている。

 アクサラとは、アラスカあたりの事だ。

「へぇ、でも何も買わなくても、ウチ冷凍庫あんだろ」

「そうなんだけどね、氷いっぱい買って、ここの地下室に氷室を作ったの」

「なんでまた・・・・・いらねぇだろ」

「いるよ! これから夏になって暑くなるでしょ? 暑いとぼうっとして能率悪くなっちゃうしさ、暑くなったらここで休んでねって衛兵さん達とか文官さんに言ったら、みんな喜んでたよ」

「あぁ、なるほど。お前気が利くなぁ」

「えへへ。偉い?」

「エライ。お前よくそんな事思いつくなぁ」

「だってね、アンジェロに褒めて欲しいもん!」

 にこっと笑ったミナに、思わずキョトンとしてすぐにソッポを向いたアンジェロ。

 ―――――あぁっ、もう、何なんだコイツ! 可愛いッ!

 幸せな奴である。ちなみにこの時ミナはちゃんと

「知事からのプレゼントですよ」

 と、アンジェロの手柄に仕立てている。立派なヨメである。


 こう言う時の、仕事終わりの家庭でのひと時。ミナにもアンジェロにも、初めての職業についた双子にも幸せな時間だ。

 ―――――本当なぁ、ミナは可愛くて、料理は美味いし、気は利くし、楽しいし、癒されるし。俺本当いい結婚したわ。

 夫婦生活とは会話である。長年暮らすと会話は徐々に減っていくもので、時間を経れば経るほど、嫁の会話スキルが夫婦関係で物を言う。お陰様でアンジェロは仕事が終わると、用事がない限りは真っ直ぐに帰宅する。

【なぁ、アンタもさぁ、結婚すりゃいーだろ】

 聞こえてはいたが、話しかけてくるとは思っておらず、王宮で血を啜っていたアルカードは若干ビックリした。

 お構いなしにアンジェロは続ける。

【アンタ昔は結婚してたんだろ。そん時も政略結婚でも、それなりに幸せだったならいいじゃねーか】

【エリザベートのような女がそうそういるものか】

【まぁ、そうかもしんねぇけど。疲れて帰ってきてさぁ、笑顔でお帰りって出迎えされたら、一日の疲れとかマジ吹っ飛ぶぞ】

【・・・惚気か? というか、私の場合はそんなアットホームなことにはならんぞ】

【そーかもしんねぇけどさぁ】

【というか、お前に斡旋されるのが腹立たし・・・・・】

【どした?】

【ミラーカが来た。この話はもう終わりだ】

【ヘイヘイ】


 イチャイチャラブラブな二人とは対照的なテンションで、入ってきたミラーカに気付かれないように小さく溜息を零して振り向くと、なんとミラーカも暗い顔だ。

「どうした?」

「聞いてくれる? 今日私の陰口を言っているのを聞いてしまったのよ」

「陰口?」

 まぁ気になった方もいらっしゃるだろうが、ミラーカは政府の仕事には一切手をつけない。行儀作法や掃除に関しては細かく指示をするものの、それ以外の時間は好きなことをしているだけだ。

 アルカードもミラーカに強制的に何かをさせようとは思わないし、古い付き合いなのでついつい贔屓してしまう。

 女官たちの中にはそれを快く思わない者もいるようで、

「あの人さぁ、元貴族か何か知らないけどさ」

「陛下の腹心だからって勝手すぎるよね」

 とか陰口をたたいているのを聞いてしまって、何もしないのは事実のくせに、いっちょ前にへこんでいる。

「ミラーカは、何か仕事をしたいか?」

「嫌よ」

 そう言うとは思っていたが、改めて言われると手の打ちようがない。アルカードらしくはないのだが、昔からミラーカには世話になっていることも多いし、働きたくないと言うものを無理に働かせる気にもなれないし、かといってこのままでも不和が広がるだけだ。

 更に悩みを抱える羽目になって、アルカードはいっそ頭痛すら覚えた。



 とりあえずこの日はひたすらミラーカの話に付き合って、翌日山姫とアンジェロにその話をした。

「あぁ、とうとうミラーカ様のお耳にも入ってしまいましたか」

「なんだ、お前知っていたのか」

「えぇ、聞いたことはあります。太政大臣は?」

「私もありますわ。ですから、本人の耳には入らない方が良いとは思って、慎むようには言っておいたのですが。私の監督不行き届きで、申し訳ございません」

「いや、山姫には責任はないが・・・・・しかし、どうしたものか」

 うーん、と3人で腕組みしながら瞑目して考えていると、アンジェロが閃いた。その心の声を聴いて、アルカードは狼狽えた。

「お前、それは、ない」

「いえ、ですが、絶好の解決策です」

「なに?」

 一人仲間外れの山姫に、アンジェロの案を話すと、更に悩みだす。

「そーれーは・・・・・」

「厳しいものがあるんだが」

「良いではありませんか。万事解決です」

「いや、しかしなぁ」

「これ以上の解決策はありません。ミラーカ様がご正妃に立后されれば、ミラーカ様の問題も、陛下の問題も一挙に解決ですよ」

「でも、そうですわ。下手に外部の姫君を入れるよりは、身内の方がいいでしょうし、なにより陛下とミラーカは長い付き合いではありませんか」

「だから今更なのだというのがわからないのか」

「確かにそうかもしれませんが、では、どうなさるおつもりです? まさかとは思いますが、ミナを略奪する気ですか。王が臣下の妻を横取りするなんて珍しいことでもありませんが、そんなことをしたら末代まで祟って差し上げます」

「・・・・・その心配は無用だ。というか、お前は一々惚気ないと気が済まないのか」

「全く済みません。私としては、是非とも陛下にも“吸血夫婦同盟”に参加いただきたい所存です」

「なんだその同盟は・・・・・いや、入らないが。あぁ、しかし・・・・・」

 ウダウダ言う国王陛下に、右腕と左腕は段々イライラしてきた。


「陛下も男でしょう。スパッとお決めになられたらどうです?」

「そうですわ。一慮両得の解決策が、他にございますの?」

「いや、しかし・・・・・」

「ではお聞きしますが、陛下の描く正妃像とはどんなものです?」

「・・・誇り高く、洞察が鋭く、美しく聡明で、共に励まし合って立てる様な者だ」

「それはミラーカの事ではありませんか」

「い、いや、違う」

「違うのですね。その正妃としての在り様に、ミラーカ様は役不足と仰るのですね?」

「そう言うわけではない」

「ということは、ふさわしいと言う事ですね。では呼んでまいります」

「ま、待て待て待て!!」

 言うが早いか、アンジェロは消えてしまった。何とか引き留めようと立ち上がったものの、伸ばした右腕は空しく空振りした。

「小僧め、ここぞとばかりに楽しみおって」

「良いではありませんか。何も本物の正妃になさらなくても、周りが納得しさえすればよいのですから」

「そうなんだが、いや、それはわかっているのだが」

「今更、ミラーカにプロポーズするのがお恥ずかしいんですの?」

「・・・・・」

 どうもそのようである。二人の付き合いは200年にもなる。確かに今更だ。



 アルカードが王の間の二酸化炭素含有率を急上昇させていた頃、アンジェロはミラーカの部屋の前に立ち、ノックをした。

「どなた?」

「“陛下の恋を応援する会”会長のジェズアルドです」

「・・・なによ、それ」

 半ば怪訝な面持でドアを開けたミラーカの手を取った。

「失礼」

「何よ・・・」

 言っている間に、王の間に連れてこられてしまった。すると、すぐにアンジェロは山姫にミラーカを逃がさないようにお願いした上で、再び

「失礼します」

 と言って消えて、少しすると戻ってきた。

「なんだっていうの?」

 まだ事情を聴いていなかったらしいミラーカは怪訝そうに3人を見て、笑顔で無視したアンジェロは、アルカードの前に膝をついた。

「さ、陛下。これをどうぞ」

 そう言ってアンジェロが手を差し出すので、アルカードも手を差し出すと、何かが掌の上に転がった。それを見てアルカードは叩きつけたい衝動に駆られた。

「こちらがミラーカ様のです。あぁ、ご安心ください。先程サイズは図らせていただきましたから」

「お前、お前な・・・・・」

「私は陛下の味方です!」

「私も応援しますわ!」

 どうやら両腕はある意味敵に回ったようだ。二人で「ガンバ!」と愉快そうに笑って親指を立てている。



 非常に腹立たしいものの、確かに両腕の言う通り、他に採りうる手段が思い浮かばない。混乱しているせいかもしれないし、動揺しているせいかもしれないが、とにかく浮かばない。

 アルカードが悩んでいる間にも、事情も知らされず訳の分からないことを言われて連れてこられたミラーカは、徐々にイライラしてきたようだ。

「ねぇ、何か用事があって連れて来たのではないの? なぜ誰も話さないの?」

「ミラーカ、実はな。私は―――――いや、お前もそうだと思うが、不本意ではあると思うんだが」

「何よ?」

「昨夜、お前の話を聞いただろう?」

「ええ、そうね」

「私が抱えている問題も知っているだろう?」

「あぁ、結婚の事?」

「そうだ、それで、両方を解決する術を小僧と山姫が提案して来てな」

「あら、よかった。どうするの?」

 俄かに嬉しそうに尋ねてきたミラーカの様子にしばし逡巡して、アルカードは意を決して立ち上り、ミラーカの前に跪いた。

「なに?」

 少し驚いた様子のミラーカの左手を取って、アンジェロが速攻調達してきた指輪をはめた。

「ミラーカ、私の正妃になってくれないか」

「嫌よ!」

 即答で帰ってきた。俄かに落ち込むアルカードと、声を殺して爆笑する両腕。

(フラれた!)

(フラれた・・・!)

(陛下がフラれた記念とか、祝日にしましょうよ)

(いいわね、それ!)


 こそこそと爆笑しながらヒドイ相談をする両腕の会話は聞こえていたが、一度言ってしまったからには引き下がるわけにもいかず、渋々説得に乗り出す憐れな国王陛下。

「いや、ミラーカ。誤解するな。これは単なる政略結婚というか、形式上結婚すれば済むことだ。なにも本物の夫婦をする必要はない」

「でも、嫌よ」

「しかし、私の件にしても、お前の件にしても、他に採りうる手段がないのだ。お前は後宮で今までどおり自由にしてくれていればそれで構わない。変わるのは肩書きだけで、私とお前の実際の関係を変化させるつもりは、毛頭ない」

 言われてミラーカも考え込む。確かにアルカードの正妃という立場になれば、誰も何も文句は言えないはずだ。肩書が変わるだけで、現状は何も変わらず、広い後宮を好き放題使えるし、生涯悠々自適に生活できる。どう考えてもミラーカにしてもメリット以外思いつかない。

「・・・・・わかったわ。いいわよ、あなたの正妃になってあげる」

「すまないな」

「いいわよ、肩書だけだと言うのなら。間違っても変な気を起こさないで頂戴」

「・・・・・わかった」

 問題は一挙に解決したが、結局アルカードは精神的にはフラれたままだ。



「号外! ごーがーい!」

「陛下がご成婚だそうだ!」

「何やら貴族の姫様らしいな」

「あの肖像を見た? とても美しい方よ! 陛下によくお似合いで」

「見た見た! あれほどの美人なら、他の姫君達なんか霞んで見えるに違いない」

「なんでも、長い間結婚の約束をしていた許嫁だそうだよ」

「陛下が即位するまで、傍で支えてお待ちになっていたのね」

「美しい話だわ」

 作り話だ。肖像と言うのは写真つき緊急掲示板の事だ。市内の数か所に設置された掲示板に、アルカードとミラーカの結婚と、結婚式の日取りが記載された。

 結婚式の日程は、涼しくなる10月1日と言う事になり、またしても早馬は各地に全力疾走だ。



 奇しくもこの日はミナの誕生日で、ミナは二人の結婚を大はしゃぎでお祝いした。

「キャー! ミラーカ様・・・じゃない! 国王陛下、王妃陛下、おめでとうございます!」

「・・・あぁ、ありがとう」

「・・・ありがとう」

 肝心のロイヤルカップルは浮かない顔だ。ミラーカの問題も解決し、アルカードも

「一夫一妻制は譲ることができないし、結婚を約束した姫がいる」

 という理由をつけて全部断ることができたと言うのに、それでも浮かない顔だ。周囲があまりにも盛大に祝福するからである。国王の結婚なので、当然と言えば当然なのだが。

 改めてやって来た国賓は、息をのんだ。正装したアルカードと、豪奢なドレスを身にまとったミラーカが、彼らにはあまりにも眩しく映った。

「ミラーカ王妃の、なんと美しいことだ」

「あぁ、妹を嫁にやろうなどと、恥ずかしいことを思ってしまった。きっと妹が後宮に召されていたら、妹の方が王妃陛下に遠慮をしてしまうに違いない」

「あれほどの美しさだ、それも仕方あるまい」

「いっそ陛下がお断り下さってよかった。もし娘が選ばれていたら、あれほど美しい人が傍にいるのだ。見向きもされず淋しく過ごしたに違いない」

「あぁ、そうじゃろうなぁ。なんにせよ、よかったわい。それにしても、ほんに、美しいお方じゃのう」

「本当ですなぁ」

 そしてリュイにも眩しく映った。

「ふつくしい・・・っ! こんなに美しいカップリング、史上稀に見ません!」

「文部大臣、鼻血が」

「あ、すいません。でも、官房長官! 陛下とミラーカ王妃のお子様、見て見たくありませんか!? 絶対、こんな可愛い子見たことない! って言う可愛さに違いありませんよ!」

 アンジェロがハンカチを差し出して、それで鼻を押さえながらもハァハァしている。

「ハハハ、そうでしょうね。ですが、どうでしょうね」

「官房長官、アレやりません? “陛下の恋を応援する会”!」

「あぁ、私はその会長に就任しております。副会長は太政大臣です」

「じゃぁ私もメンバーに入れてください!」

「大歓迎です」

 別にアルカードもミラーカも恋しているわけではないのに、勝手に外野が盛り上がり始めた。



 結婚式の進行も進み、そろそろ終盤に差し掛かって、主役二人が安心し始めた頃に、大惨事が発生する。

 宮内大臣と言う立場上、進行を引き受けたジョヴァンニが、やけにニヤニヤしている。

「では、国王陛下、王妃陛下、この国の宝である民たちの前で、久遠の愛をキスでお誓いください」

 その言葉に主役二人は目を丸くした。そんな事は段取りには入っていなかったからだ。この辺は勿論“陛下の恋を応援する会”の嫌がらせだ。

 何故そんな事になったのか、何故そんな事をしなければならないのか、よりにもよって民の前で、公衆の面前で。

 二人は激しく動揺して、いっそ逃げ出したくなった。が、周囲の雰囲気がそれを許してくれない。

 なにせロイヤルカップルのキスシーンだ。国賓は勿論、城下では民たちが大騒ぎしている。

「・・・・・」

「なんてこと」

「覚悟を決めろ」

「あぁ、これは、悪夢だわ」

「言うな、もう、何も考えるな」

「あぁ、もう、本当に、散々だわ」

 やっと覚悟を決めたらしい二人に、苧環が言った。

「ハイ、では撮影に入りますので、ディープで30秒お願いします」

「!?」

 いつの間にやらカメラがセットされ、いつの間にやらミナが光学迷彩をかけて、映し出された映像が城内の白い壁に、外の白い城壁にプロジェクターで中継されている。

「あぁ、もう、なんなのよ」

「・・・ミラーカ、いつかきっと、奴らに復讐してやろう」

「えぇ、そうね。この借りは万倍にして返すわ・・・ハァ」

 結局自棄になった二人は、心で号泣しつつ激怒しつつ、為政者夫婦らしく国民の(主に会員の)期待に応えた。

「アツアツですな」

「見ているこちらがドキドキしました」

「まさにオシドリ夫婦ですな。いや、素晴らしい」

 賓客の賛辞が嫌味にしか聞こえない。皮肉にしか聞こえない。既に憔悴しきったロイヤルカップルは、この場の全員を殺してやりたくなった。



 全ての結婚式の進行が終わり、宴も終わり、賓客たちもそれぞれ貴賓室に引っ込み、やっとのことで安息の時間を迎えたと思っていたのだが、まだまだ甘かった。“陛下の恋を応援する会”の嫌がらせはこんなものでは終わらない。

 後宮は、基本国王以外の男は立ち入り禁止だ。だから、ミナがミラーカの元へ行った。

 風呂上りのミラーカは、精神的にヘトヘトなようで、長椅子の上でぐったりと横になっていた。

「ミラーカさん、そんなとこで寝たら風邪ひきますよ」

「引かないわよ」

「まぁ、そうですけど。寝るならちゃんと寝室に行きましょ? ベッドと棺、どっちがいいですか?」

「・・・・・どっちでもいいわ」

「もう・・・」

 と、言いつつ、ミナはニヤリと笑って、ミラーカの肩を抱いて、アルカードの寝所へ転移した。

 突然現れた二人に、当然アルカードは驚く。当然ミラーカも驚く。

「お前、嫌がらせか?」

「そんなわけないじゃないですか! 綺麗でしょ?」

「腹立たしい」

 ご丁寧にも、アルカードが不在にしていた間に、誰かがアルカードのベッドの上にバラの花びらを散らしてしまったようで、それはもう芳しい香りが漂っている。ついでに香まで焚いてある始末だ。

「ちょっと、ミナちゃん?」

「なんかぁ、この国の古くからのしきたりらしいです。ロイヤルカップル成婚の日は、二人がちゃんと夫婦やってるか、4人の臣下で確認しなきゃいけないんですって」

「!?」

「そんな、バカな」

「日本にも昔はそう言うの在りましたよ。中国にも。あぁ、でも何も同じ部屋にはいませんよ。私達は寝所のドアの外にいますからねー」

 ミナがそう言って寝所のドアを開けると、いつの間にやらアンジェロと山姫とクライドが待ち構えてニヤニヤしている。

「陛下、ミラーカ王妃、言っておきますが、声だけ演技しても私にはわかりますからね」

「じゃぁごゆっくりどーぞ」

 アンジェロとクライドがそう言って、寝所のドアを閉めた。ロイヤルカップルは、呆然だ。


 立ち尽くすミラーカとアルカード。微妙に出て行きたくとも出て行けない。

「・・・アルカード」

「なんだ」

「変な気は起こさないのよね?」

「一応その予定なんだが」

「何故自信なさげなのよ」

「・・・いや。この国のしきたりだとか、そう言う事に付き合う事も無かろうと思ってな」

「まぁ、そうよね。本当に外で待機しているのかしら」

「待機してますよ」

「聞こえてますよ」

「議会に報告しなきゃいけませんから、逃亡は許しませんよ」

「不信任案提出しますよ」

 ドアの外から立て続けに聞こえてきた。どうやら聞き耳を立てていたようだ。バッチリ待機しているようだし、しかも脅迫された。


「最悪だわ。一体どうしたらいいの」

 四面楚歌の上に八方塞がりになった二人。密室ではバラの香りと香の香りが充満している。

 ふと、アルカードがミラーカに歩み寄って、手を取るとベッドの上に放り投げた。

「何よ!」

「仕方がないだろう、もう、諦めろ」

 言いながらアルカードはミラーカの上にのしかかってくる。

「嫌よ! 話が違うでしょ!」

「私も不本意だとわかってほしいんだが」

「余計に嫌よ! どうせなら本意になりなさいよ!」

「どっちなんだお前は・・・・・もういいから、脱げ」

「冗談じゃないわよ、このエロオヤジ! 触らないで頂戴!」

「・・・お前、私を殴るとはいい度胸だ。お仕置きだ」

「嫌よ! ちょっとアルカード! 気は確かなの!?」

 外で会話を聞いていた四人は「ごゆっくりー」とニヤニヤ笑って、その場から姿を消した。


 廊下を歩きながら、山姫の考えた偽の“古いしきたりに”騙されたロイヤルカップルを笑っていると、クライドが尋ねてきた。

「ミナ、あの香何?」

「アレはオリバーに調合してもらったんですよ。麝香・阿片・サフラン」

 聞いていた山姫が笑い出した。

「アハハ、それ、まるっきり媚薬じゃない」

「陛下のそばに置いてありましたし、効果覿面でしょうね」

「つーか、オリバーは何の研究してんだ」

「・・・さぁ?」

「太政大臣、お気をつけて」

「なんであたしに言うのよ!」


 その後ロイヤルカップルがどうなったのかは、当人たちしか知らない。多大なる余計なお世話を働いた“陛下の恋を応援する会”のメンバーたちは、後日大目玉をくらった。





★慎重であるより果断であれ

――――――――――ニッコロ・マキァヴェッリ

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