政治とは、流血を伴わぬ戦争である
「お帰りなさいませ」
「市長、お帰りなさいませ」
「あぁ、議員たちは?」
「既に集まっておいでです・・・・あの、市長、こちらのとても大きな箱もお荷物ですか?」
ディアリの衛兵が指差す先には、山姫一族の乗る大型のバスが5台と、荷物を積んだトレーラーが10台だ。
「あぁ、これは俺らが運ぶから。お前らじゃ運べねぇだろ」
「・・・申し訳ありません」
「謝るほどの事じゃねぇし、荷物の大半は貴重品だからな。指示するから、お前らは荷物を押し込めそうな部屋に案内しろ」
「かしこまりました」
衛兵たちに通されて会議室に入ると、議員たちはみんな笑顔で立ち上がった。
「市長、お帰りなさいませ」
「お早いお帰りで、安心いたしました」
その辺はミナとしては気になる所である。
「あの、私達が出てから、どのくらいの時間が経ちました?」
「お発ちになったのが昨日の事ですので・・・」
「昨日!?」
「時間にしたら、半日と少し、というところでしょうか」
「マジ・・・」
つくづく時間の流れについていけない。第3次元に戻って8年以上過ぎていたというのに、こちらでは半日と少し。気分としては、やってらんない、だ。
が、不在がその程度で済んだとなれば、行政に関しては憂いはない。
議員たちを座らせて、アンジェロが口を開いた。
「ちょっと人員が増えてな、俺らは荷物を運んだりしなきゃなんねんだよ」
「そのようなこと、兵や侍従にさせては?」
「自分の事は自分でやりてーの。それに、こっちの世界では貴重なものを大量に仕入れてきたからな。少し工事もするし、俺らは席を外す」
「貴重なものとは?」
「紙だ」
「紙!? 本当ですか!?」
「タブレットなんて非効率なことやってらんねーからな。向こう3年分くらいは仕入れてきたから、議事録も報告書も何もかも、これからは紙に記載するからな」
「それは素晴らしい」
「有難いことですね」
「して、工事とは?」
「んー、そこは説明してもわかんねぇと思うから、お楽しみだ」
「・・・はぁ」
「で、今日はちょっと王宮に行く用事もあっから、今日までは昨日指示したとおり、お前らだけで会議を進めておいてくれ」
「はい。かしこまりました」
「んじゃ、よろしくな」
外で待機していた山姫たちの一族にも手伝ってもらい、荷物を運びこむ。
荷物は、主に仕事で使うものがほとんどだ。鉛筆やボールペンや紙なんかの事務用品、最低限の家電製品、それと、パソコンが数台と、太陽光発電機。
当然工事とは太陽光発電機と電気の配線の工事だ。数千年後にアリストの遺跡でも発見されたら、間違いなくオーパーツ。
衛兵たちに空いている部屋や倉庫まで案内してもらって多少の荷物を運びこむと、今度はミナ達は車に乗り込んだ。
「市長、どちらに?」
「ちょっと王宮行ってくっから。俺らが出たら城門閉めとけ」
「ハッ、かしこまりました」
吸血鬼を見送って敬礼をする衛兵。
「なぁ、あの大きな箱、どうやって動いてるのかな?」
「ブロロロって、なんの鳴き声だ?」
「・・・さぁ?」
乗り物は馬や牛が引くのが当たり前なディアリ達に、自動車は大層怪奇な乗り物に見えるようだ。
一方車内では、アルカードが感心していた。
「お前、意外に支持されているのだな」
「意外ってどういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
「ムカつく! 一応これでも大歓迎だったけど!!」
「あぁ、うるさい。いちいちがなるな」
「もう、アルカードさんがいちいち怒らせるからでしょ? アンジェロはちゃんと市民から支持を得てますよ」
「得るのは易い。問題は維持できるかだ」
「言われなくてもわかってるっつの!」
「もう、アンジェロうるさいよ」
「お前はどっちの味方なんだよ!」
「どっちの敵でもないよ?」
「それはどちらの味方でもないという事だな」
「え? あ、えへへ」
「・・・言っておくが、行政において中立は絶対的な悪だ。お前は政治に関わるな」
「頼まれたって関わりたくないですー」
「お前な・・・」
「ちったぁ努力とか協力はして欲しんだけど」
「やーだ」
「「・・・・・ハァ」」
アンジェロとアルカードを呆れにより黙り込ませて、車は王宮へ進む。
王宮へ到着すると、悪魔たちがトレーラーやバスに驚きながら、白々しい視線をぶつけて出迎える。
「相変わらず雰囲気悪いねぇ」
「首都乗っ取ったから、余計にな」
が、意外にも衛兵や侍従ではなく、ジュノの側近、ネビロスが迎えにやって来た。
「お待ちしておりました。どうぞ」
と言うと、
「さっさとせんかい、ボケ」
とでも言う様にさっさと踵を返して宮の中に引っ込んだ。
着いていくと謁見の間に通された。当然アンジェロを含め、誰も跪いて礼などとったりしない。
「ようこそ。第11次元、エレストルへ」
そう言って玉座に腰かける、飴色の肌に黒髪黒目をした、大柄な男が言った。キョトン顔のミナ達に気付いたのか、
「あぁ、この姿はこちらでの国王としての姿。姿など特に意味のあるものでもないし、あまり気にしないでいただきたい」
どうやら、アスタロトのようだ。なんとなく男の格好をされてしまうと、ミナは「ジュノ」とは呼びにくい。
「アスタロト様、これからお世話になります」
そう挨拶を返した時、アンジェロが進み出て、アスタロトの前まで行ったと思うと腕を掴んで引き立たせた。
「・・・なにか?」
「俺が何を言いたいか、お前も長い事俺らの事見張ってたんだ。わかってんだろ」
「・・・・・・」
ちなみにミナにはわからない。なんとなく嫌な予感はする。
そして予感は的中する。
「国王の玉座を、寄越せ」
―――――あっちゃぁ、さすがアンジェロ。なんかそんな感じした!
呆れるミナと、アンジェロの言い分に驚く面々だったが、アンジェロは関係なしだ。
「・・・あなたには、市長の座を譲ってやったはずだ」
「足りるかよ。国まるごと俺らに寄越せ」
「そのようなこと、聞き入れられない」
「聞くか聞かないか、選べる権利がお前にあるとでも思ってんのか」
「少なくともミナさんは、政治に関わりたいとは思っていないはずだ」
「そうみてーだけど、その内ミナも気づく。アリストは俺が支配するから問題ない。では、俺の政権下にない他の地域はどうなるのか。首都を放棄した以上、他の地域の悪魔による課税率や支配率は上昇する」
アンジェロの言葉を聞いて、ハッとした。結局は、悪魔が国王として君臨している以上は、ここはあくまでアスタロトの国。首都を放棄したとしても、別の地域に根を張って同じことをすればいいだけの話だ。
元々難民などはきちんと把握しておらず、好き放題させていた。他の地域の者たちは、それなりに課税徴収などの経済的支配はあっただろうが、各々多少の文化的、思想的自由はあった筈なのだ。
それが、アンジェロが首都を自治区として占有した為に、他の地域に圧政が及ぶ。その事に、ミナはやっとのことで気づいた。
というより、一応アンジェロも考えた上での市長候補だ。別に最初から王位を簒奪してもよかったが、それではアルカードの言う通り維持は不可能だ。
現時点で国政において有力な者は、アスタロトとその政府から恩恵を与っているのだから、アンジェロが支配者になっても、甘い蜜を吸い続けたければ、必ず追い落としにかかってくるし、あの時点での話なら、アスタロトが納得して王位を譲渡する筈がないのだ。
しかし、今は状況が変わった。たったの数日で、首都は全く違う町になりつつあるのだ。
市民が歓喜し、より良き政治のために自分たちにできることを考え始めた。
努力が報われる未来を夢見て、歩き出そうとしている。
なによりも、アンジェロの存在が歓迎されている。
基盤は整った。有力者が敵に回っても市民はアンジェロに味方する。
他の地域からも首都の政治的繁栄に希望を抱いた移民が多く押し寄せる。
治外法権の条約がある以上、悪魔は首都の政治に関与できない。ここにいつまでも居を構えていても、日毎豊かに繁栄する町並みをただ見下ろして歯噛みするだけだ。
繁栄し拡大する首都の税金は一文も得られない。そうして王宮は衰退していくのだ。
いつの世もどの世界でも、盛者必衰の理は絶対なのだ。
「お前が治めるより、俺達のが巧くやれる。最初は首都と周辺地域の執政でイッパイイッパイ。けど、10年後には、俺らとお前らの勢力図は逆転する。俺の言うこと素直に聞いて、南米にでも逃げた方がいいと思うぜ?」
第3次元で言う北アメリカ大陸。その全土を手中に治めるアスタロトにとっては、他国への亡命など屈辱だ。
しかし、
「契約を忘れたとは言わせねぇぞ。ミナが望む治世は、悪魔が支配者ではなしえない。俺らで新政府を樹立したら、ミナの希望は容易く受け入れられる。ミナもその方がいいよなぁ?」
「うん、勿論」
願いだと言われてしまえば、致し方ない。
「・・・わかりました」
憮然と答えたアスタロトにアンジェロは笑って、言った。
「要求は当然、政権の譲渡だけじゃねえぞ。悪魔族のこの国における政治の不関与、悪魔族の南米への退去、この3点は絶対だ」
言われて、アスタロトは顔をあげた。
「ミナさんはそこまで考えていないようですが?」
「考えてませんでしたけど、今のを聞いて、それがいいなって思いましたよ」
「そういうことだ。わかったらさっさとしやがれ」
アンジェロとミナの返答を聞いて俯いたアスタロトは、ほんの僅かに、口角の端を上げた。
「わかりました。政権の譲渡、この国の政治の不関与、悪魔族の南米への退去の3つですね。言う通りにしましょう。それが、ミナさんの願いなら」
「!!」
「なっ!?」
最後の一言に驚いている間に、アスタロトは姿を消した。
「っくそ!」
「まさか、お嬢の願いを消費したのか!?」
気付けば、ネビロスも他の悪魔も消えている。城中見回しても、残されたのは吸血鬼たちだけ。
願いは、叶ってしまった。
アンジェロの願いはミナの幸せ。ミナの希望をアンジェロの願いとして叶える。
しかし、状況が変わったのは悪魔も同じこと。ミナが悪魔と契約した以上、ミナが発言したことは、そのままミナの願いとして消費されてしまうのだ。
この結果は、これ以上アンジェロが願いを叶えることはできない、そう言っているも同じだ。
「クソ、クソッ!」
「ミナが今まで余計なことを願っていなかったのは不幸中の幸いだが、これで小僧は背水の陣だ。今のうちに解約すべきだ」
「そうですね・・・」
「さすがは悪魔と言ったところか。全く、小僧。いつまでも敗北に浸るな。そんなことでは、悪魔に太刀打ちできないぞ」
「うるせぇな、わかってるよ。クソ、この借りは100倍にして返す」
「当然だ」
残されたミナの願いは、あと4つ。
3手以内にチェックメイトを仕掛けなければ、ミナは死ぬ。
★政治とは、流血を伴わぬ戦争である。一方、戦争とは、流血を伴う政治である
―――――――――毛沢東




