運命の中に偶然はない
「折角の演出が台無しだな」
「アルカードさんが我儘言うから」
「黙れ、行くぞ」
インドを最後にするのは当初から予定していたのだが、その前にベトナムに来るはずだったのに、アルカードがどうしてもインドに行きたいというので、ベトナムを後回しにしたのだ。
ミナとアルカードがフランスから戻ってきた瞬間、アンジェロを始め居残りメンバーは、アルカードの魔力の強大さに大層驚かされた。
「伯爵が強いのはわかってたけど、ここまでだったとは・・・・・」
「ジュリオ様、とんでもねぇ人敵に回したんだな」
「つか、アンジェロ。お前態度改めた方がいいんじゃね? 正直ナメてたろ」
「・・・・・」
正直ナメていた。強いという事は戦争を経験した時にアルカードが全解放したのでわかっていたのだが、それはラグナロクのせいだと思っていたし、普段のアルカードは封印していたから、双子たちの方がよほど強いと思っていたのだ。
ところがどっこい、アルカードのよく言っていた
「お前では私の足元にも及ばん」
という言葉がジャストミート。本気で戦って勝てる気がしない。全くしない。
が、ここはアンジェロだ。
「ハッ、関係ねーし。ヴラドが強いのなんか前からじゃねーか。強かろうが弱かろうが、ムカつくモンはムカつくんだよ」
「お前、マジで勇者だな・・・・・」
ある意味アンジェロは敵なしだ。アンジェロの反応に呆れた面々と違って、何故かアルカードは嬉しそうにしている。
「そうだろうな。お前は、それでいい。急に態度を変えられても、気色悪くてかなわん」
「だろーな」
気色悪いし、相手が強いと判明してすぐに態度を変える様な者は、側近としてはふさわしくない、というのがアルカードの考えなので、この点ではアンジェロは合格と言ったところだ。
ぶっちゃけた話、アンジェロは非常に生意気でムカつく男だが、ミナの事やジュリオの事がなければ、アルカードとしては全幅の信頼を置ける部下になっていたはずだ。
思考が似通っている為か洞察も鋭く、頭もよく、仕事も出来て行動も判断も早い。反抗的な面も一概に短所とは思わない。アルカードはイエスマンで周りを固める様なバカはやらない。自分の立場や力量の差に臆することなく異論を提言して、真摯に議論をぶつけてくるような部下は、利益を損なってでも重用すべき財産である。
基本的に命令すれば即・完璧にこなすし、求めた以上の成果を持って来る。それはアンジェロが出来ないとアルカードに言われるのが嫌だからそうしているだけなのだが、このあたりはジュリオの教育の真髄だ。
本来味方であった者よりも、場合によってはかつては敵だった者の方が自分にとって有益になる、というのは支配者階級の、特に優れた支配者においては常識だ。
ただ問題があるとすれば、ミナのことと、アンジェロがとことんムカつく男だという事だ。この点を除けば、アルカードにとっては理想的な部下と言える。
が、正直な話、アルカード自身もアンジェロと仲良くしたいとは思っていないので、現状維持でも一向に構わない。ムカつくが。
というわけで、最後に到着したのはベトナムだ。
ベトナムの屋敷は主を失った後、デイヴィスファミリーが立ち上げた献血の財団の研究所として改装されていた。
代表を失っても財団自体は運営しているようで、ベトナムの屋敷でメイドとして仕えていた女たちの子孫だったり、ツァン達が採用した者達が新たに教育した者だったりで、エンジェルウイルスの影響を受けた物すらも何とか浄化するために研究をしているという事だ。
聞いた話では、創立者の一家、デイヴィスファミリーは、トリンとツァンは普通に天寿を全うしたそうなのだが、その前に20歳という若さでアミンは死んでしまったそうだ。
当時はまだエンジェルウイルスが発見されていなかったため、多臓器不全とのことであった。大概、死因に「○○不全」とつく場合は、原因不明という事だ。
後になってエンジェルウイルスが発見されて、アミンがエンジェルウイルスで死んだという事が判明して、財団も「エンジェルウイルスからの血液の救済」を始めるようになったのだという。
今はほとんどの人間がウイルスに感染しているので、感染したままの血液を輸血しても医学的に問題はないそうだ。
ただ、ごくわずかだが、感染していない人間もいる。特に海に隔てられた島にそう言う事例が多い様だ。
ベトナムやフィリピンに限らず、島暮らしの住人は感染していない人間がいるらしく、感染者が一人もいない島もあるそうだ。
折角感染していないのだから、そう言う人間が献血を必要とした場合にも、健康なまま、健康な血液を提供してやりたいもの。だから、財団は血液の浄化と、病院や研究所と協力してウイルスを完全に死滅させる研究を行っているのだそうだ。
そうしなければ、健康な血液と言うのは本当に数が少なく、罹患していない人間を合意の上で無菌室に隔離して、その人間から定期的に血液を提供してもらう、という事業が世界各地に存在する。ちなみに山姫が調達していた血液もそれだ。
「でも、もし完全にウイルスがなくなって戦争が起きたら、あなたたちの方が大変ですよ?」
アインシュタインが相対性理論を完成させた後、その成果を最大限に表現したのが、アメリカが開発した原子爆弾だ。
原爆が投下されたと聞いて、アインシュタインはひどく嘆いた。自分の発表した理論の為に、多くの人間が死んだ。
アインシュタインは晩年まで、この理論を発表したことは間違いだったと、ずっと後悔し続けた。
エンジェルを完全に消滅させて戦争が起きてしまえば、彼らも同じ苦悩に苛まれるのではないか、と心配になった。
しかし、ミナの問いかけに、説明をしてくれた研究者は両手を開いて笑った。
「知りませんよ、そんなこと」
「そんなことって・・・」
「我々の仕事は、血液を浄化、提供すること。それ以外、それ以上は我々の仕事じゃありませんからね。仮に病気が治って、そのせいで戦争が起きたとして、それで我々に責任を追及されても、知ったことではありません。我々はやるべきことをやっている。正しい事をしている。間違っているのは、正しいものを正しく使いこなせない者です」
「確かにそうでしょうけど、正しいものを正しく使えないのが、人間だとは思いませんか?」
「そうですね。だから、知ったことではないのです。我々は、我々が正しいと信じたことを徹底的にやる。恐ろしかったり嫌だと思えばやめればいいだけのこと。ただ、それだけです」
そう言って研究者は笑った。彼らを突き動かす、強い信念。自分たちの信じる道を突き進もうとするその強いまなざしに、ミナは息をのんだ。
彼らはあれやこれやと考えをめぐらして、気を揉んだりしない。目の前の問題に全力投球して、疾走する。
目的を達成するために何が起きようとも、目的を達成して何が起きようとも、彼らは目的しか見ていないから、知ったことではないのだ。
信じる道の為に、非難も罵声も振り払って、一心不乱に走り抜ける彼らの覚悟。ミナの振りまいたウイルスの為に、彼らは非難されたり中傷されたりしながら、日々邁進し、生きがいを見つけた。
なんだか無性に謝りたいような衝動に駆られたが、それを言ったところでどうにもならないし、きっと信じてもくれないだろう、と諦めた。
研究者が墓の場所を教えてくれて、みんなでお墓参りに行くことにした。
墓標に名前が刻まれている。順番はトリンの母、アミン、マイケル、ツァン、トリン。自分たちの蒔いたウイルスの為に、たったの20歳でこの世を去ってしまったアミン。
アミンの誕生の際に立ち会っただけに、ひどく後悔に襲われた。
「あの時アンジェロと大ゲンカしてさ」
「トリンが産気づいて、ケンカやめたんだっけな」
「あの時、必死にお祈りしたよね」
「お前のせいで逆子だったしな」
「アミンちゃんには、生まれる時も死ぬときも、迷惑かけちゃったね」
「・・・・・そうだな・・・・・!」
しんみりと呟いたアンジェロだったが、急に顔を上げて立ち上がり、周囲をキョロキョロし始めた。
ミナも立ち上がって、アンジェロを覗き込んだ。
「どうしたの?」
「なんか、変な感じがする。俺達以外の、人間じゃない気配」
「え?」
自分たち以外の人間じゃないもの。少なくともミナにはジュノ達悪魔しか思い浮かばない。が、ジュノであればアンジェロにはわかりそうなものだし、そもそもジュノは気配を消しているので、アンジェロにもわからない。
ミナ達も一緒になってキョロキョロしていると、誰かが花束を持って近づいてくる。
どうも墓参りに来たようだが、その人物の顔を見てアンジェロは表情を変えて、相手も表情を変えて、気付いたミナ達は勿論、出てきた人物も硬直した。
「・・・・・ってアレ!? ミナさん!?」
「ウソでしょ、アミンちゃん?」
「うっわ! 久しぶりー!!」
「え、あの、え?」
気付いて駆け寄ってきたアミンは、当惑して戸惑う事しかできないミナの肩をバシバシ叩いて満面笑顔だ。
「うわー何十年ぶりだろう! 懐かしいな! え、もしかして墓参り? ありがとう!」
「え、あの、いや、アミンちゃん?」
「もうお父さんもお母さんもいなくなっちゃってさ、私淋しかったんだよね!」
「あの、アミンちゃん」
「しばらくベトナム居るの? どっか行くの? 私もついてっていい?」
「や、あの」
「ていうかすっごい久しぶりに人と話した! やっばい、嬉しい!!」
余程嬉しいのか、大興奮してマシンガントーク炸裂だ。ミナは相変わらず呆気にとられている。
大興奮のアミンはしばらく一方的にマシンガンをぶっ放していたが、少しすると落ち着いたのか、何があったのかを話し始めた。
「死んだには死んだよ。でも、なんか生き返ったの」
「アミンちゃんって、吸血鬼なの?」
「んー、多分。普通の食べ物も食べるけど、基本的には血が欲しいし、そうなんじゃないかな」
「死ぬ前に吸血された?」
「それは私も考えたんだけど、全然そんな記憶ないの。見える範囲に噛まれた痕とかないし」
見ると、確かに首筋なんかにも吸血痕は見当たらない。
結局は吸血鬼らしいが、なぜ自分が吸血鬼になったのかは意味不明らしい。
ミナが頭を悩ませていると、うーんと唸ったボニーが口を挟んできた。
「そーいやさぁ、この辺にも吸血鬼伝説ってなかったっけ?」
「あ、そーいえば。あるある。ペナンガルとか言うのが。でもペナンガルは血を吸った相手が吸血鬼化するとか、そう言うのはなかった気がするけどな」
「え? そうなんだ。じゃぁペナンガルってどうやって繁殖するの?」
「普通に出産するんじゃない? なんかペナンガルって助産婦が魔物に落ちた呪いとかそう言うのらしいよ」
「出産・・・・・」
考えて、よもやと思う。が、ミナの知る限りトリンやツァン、トリンの母もマイケルも普通の人間だったはずだし、実際よみがえってはいないのだから違う筈だ。
アルカードも口を挟んできた。
「助産婦と言う事は、ペナンガルは女吸血鬼と言う事か?」
「んー多分」
アミンが返答すると、アルカードは額に指をついて、ミナに向く。
「憶測なんだが、私の記憶が正しければ、ツァンは孤児ではなかったか?」
「・・・でした!! てことは・・・・」
「ツァンは男だったから、吸血鬼にならなかったのだ。だから母親に捨てられたのかもしれない。アミンが吸血鬼化したのは、隔世遺伝だ」
「マジィィィ!?」
「え、マジで? 私生まれつき吸血鬼だったんだ。知らなかった」
今度は意外にテンションが低いアミン。既に吸血鬼として何十年も生きてきて、割とその辺には柔軟になったようだ。
とりあえず尋ねた、彼女のスペック。
・空を飛べる
・体を分離できる
・肉より血が好き。好物は子供
・昼も起きていられる
・聖なるものは特に怖くない
・バラのツルやトゲトゲしたものが苦手
・火が苦手
聞いて、思い出す。ケンカ中の出来事。
「あの時よぉ、お前が火をつけようとしたから、アミンが焦って本能的に止めようとしたんじゃねーの」
「・・・かもね」
言われてみれば、トリンが産気づいて具合が悪そうにし出したのは、ミナがアンジェロに火をつけようとした時だった。確かに昼間も起きていたし、普通に人間の食料も食べていたが、庭に出ようとはしなかった。
「だってね、バラとかのトゲトゲした茎とかツルに引っかかったら、一人で逃げらんないんだよ。なんでか知らないけど。だから私昔からバラとかダメなんだよね」
トゲトゲと猛烈に相性が悪いらしい。火もダメで、一度焼かれると再生しないらしい。数年前にウッカリ松明を掠った髪は未だに短いままで、先っちょが焼け焦げてしまったのを見せてくれた。
「だから、私の近くでは火気厳禁でよろしく!」
この一言で、喫煙者は誰も近づけなくなった。折角女子の吸血鬼が増えたというのに、近づけないことになって男性陣はひどく落胆した。
「折角、久しぶりの独身女なのに」
「折角、女吸血鬼なのに」
落ち込む男性陣にアミンは笑う。
「煙草吸ってなきゃ別にいいよ」
この一言で、何人かは禁煙を考えた。
アミンに今後のミナ達の予定を話して、ついて来るかどうか尋ねると、二つ返事でついてくると言った。
「でも異次元だよ?」
「いいよ、別に。ちょうどよかったよ。今日墓参りに来て良かった」
そう言うと、持っていた花束を墓に供えて、祈りをささげ始めた。
結構長い事祈りをささげて顔を上げたアミンに、何を報告していたのか尋ねてみた。
「あのね、ミナさんたちと行くねって。お墓参りは今日が最後になるけど、淋しいなら幽霊になって私の後についてきなよって言った」
「あはは。アミンちゃん、そんだけしっかりしてたら、きっとトリンもツァンも安心しきって、天国から応援してるって」
「あは、やっぱそうかな? あぁ、でもよかった。一人は淋しいもん。こりゃもう運命の再会だね」
「本当だよ。こんな偶然」
吸血鬼の母親に捨てられたツァン。ファミリーに拾われなければ、ファミリーを壊滅させたミナ達に復讐するために、トリンに近づく事もなかった。
ファミリーを襲撃しなければ、ミナ達に復讐するためにトリンがミナに近づくことはなかった。
ミナが二人と出会わなければ、二人は付き合って愛し合う事もなかったし、和解して結婚することもなかった。アミンが生まれる事もなかった。
ミナが願わなければ、アミンがエンジェルウイルスで早世して、完全に吸血鬼となって蘇生することもなかった。
アルカードが我儘を言わなければ、今日墓の前で再会することもなかった。
なにもかも、小さな偶然の積み重ねで、今日という運命の日を迎えた。この中のどれか一つでも、誰かが選択を間違えていたら、今日という日は永遠に来なかったのだ。
「偶然でも、ましてや運命でもないかもね。みんなが自分達で決めたことが、未来につながってんだ。これはきっと、必然だね」
「そうだね。さぁ、一緒に行こう」
「うん。行こう」
アミンはミナの手を取って立ち上がり、墓に微笑みかけた。自分たちの未来を作るために、悩んで足掻いて苦しんでくれた両親に、敬意を表して。
★運命の中に偶然はない
――――――――――トーマス・ウッドロウ・ウィルソン
運命の中に偶然はない。人間はある運命に出会う前に、自分がそれを作っている。




