人生の意味は、それに終わりがあることである
とりあえずミナ達はアルカードの休眠期について、ジュノにどう報告するかを話し合う事にした。
「多分、フランスに来た事はバレてるよな」
アンジェロが話を切り出して、みんなで頭を悩ませる。
「一応旅行って事にしてっけどさ、ジュノ様の事だからわかんねぇよな」
「だよな。マーリンさんの所在がバレる事はねぇよな?」
「ほっほ、それはあり得んのう。エレインの結界は鉄壁じゃ」
「まぁ、マーリン様ありがとうございます」
「実際1年以上ジュノ様はここを見つけられてないんだから、エレインさんの結界が張ってあるうちは問題ないね。でもジュノ様は私達がマーリンさんを探してたってのは気付いてそうだよね」
「だろうな。で、多分俺らが消えたみたいになってんじゃねーか、今」
「という事は、マーリン殿に辿り着いたという事は、悪魔に気付かれたと思って間違いなさそうだな」
「そうね。それなら休眠期は判明したって言った方がいいんじゃない?」
つばさの言葉に頷くみんなの中で、急にミナがニヤニヤし始める。
「そうだねぇ。でも、その期間は秘密にしとこうよ。そしたらジュノ様まだ一人で捜索する羽目になるよ。プクク、可笑しい」
それを見て先程ニヤニヤしていた原因に気付いたアンジェロも、可笑しそうにニヤリと笑った。
「ハハ、それいいな。そうしようぜ」
「あの悪魔、教えてくださいって縋ってきたりしねーかなー」
「そしたらラジェーシュに頼んで、全国放送でストリップさせた上に土下座させて、俺ら全員の靴舐めさせた後、教会で洗礼受けさせて、それが済んでも教えてやんねぇ」
「アハハハハ! 最低!」
「とりあえず、ここ出たら伯爵の休眠期の期間は口外禁止な」
「了解」
ジュノにはヒミツという事でまとまったのだが、ふとつばさが首を傾げてミナに尋ねた。
「けど、屋敷のみんなにはどう報告すんの?」
それを聞いて、「そうだった」と全員で落胆した。ジュノに千里眼がある以上、結界から出た後の行動も発言もバレバレになってしまう。屋敷にいる他のシュヴァリエ達に報告した時点でバレてしまうのだ。
アンジェロたちも以前エクソシストをやっていた以上、結界の張り方くらいは知っているが、以前ドイツで悪魔狩りをした際にジュノには逃亡されているため、その結界が無効であることは実証済みだ。
かといってシュヴァリエ達にも秘密にしていていいことではない。再び思案に耽るミナ達。すると、マーリンが口を開いた。
「悪魔の千里眼はの、本質を見る目じゃ。人の過去や未来を見通し、人や物の本質を見分ける目。人が物を見るようには見えんのじゃ」
その言葉に再び悩み始めるミナ達。本質を見分ける為に、人が物を見るようには見えない。それは一体どういう事だろうか。考えあぐねていると、アンジェロが膝を叩いた。
「そーだ! メールだ!」
その発言にはミナは首を傾げた。
「メールって、でもジュノ様がパソコン見たらわかっちゃうじゃん」
ミナの反論にアンジェロはニヤリと笑う。
「いや、見えねんじゃねーか。本質を見分けるって事はよ、あの悪魔にはパソコンの中身は二進数の羅列にしか見えねぇんじゃねーか」
「えぇ? そうかなぁ?」
「恐らくな。俺が報告書に書いてたことであの悪魔が知らないこともあったし、多分あの落雷はジュノ様の仕業だ。俺らがエクソシストに復職したことで、それまでの記録が残されてたら困ると思ったんだろ。その記録のどっかに自分の弱点が隠されてるとでも懸念してたんじゃねーか」
「えぇ? でもそれなら前から壊せばよかったのに」
「書かれた時点で消したら、それが弱点だつってるようなもんだ。俺がジュノ様なら壊したりしないで、その部分だけ改竄する。それをしなかったつーことは、読めねぇって事だ。大体パソコンの中身が見えるなら、つばさとメールしてここを突き止めたって事もバレてるはずだしな。つばさ達が来るってわかってたら、俺ならつばさ達の渡仏を邪魔するね」
「なるほど、そっかぁ。でも、アンジェロはジュノ様の弱点なんて書いてたの?」
「あの悪魔の弱点知ってたら、書く前に殺してる」
「・・・だよね」
結論として、悪魔はデジタルに弱いという事になって、みんなの連絡や極秘の連絡はメールで行うと言う風に決まった。
「無線だと声聞かれるからよ、またシャンティに名義借りてケータイも揃えようぜ」
「そーだな。i phone買おうぜ。で、チャットかツィッターで連絡」
「ミナちゃんのはGPS機能はハズせねぇな。すぐ迷子なるから」
「こどもケータイでいいんじゃねーか」
「・・・まぁ、安心は安心だけど、ムカつく」
なぜかミナのケータイだけGPSと防犯機能付きのこどもケータイという事になって、ミナは大いに不服に思ったけども、外出の際に常にアンジェロと一緒だという事に気付いて、それでもいいか、と妥協してしまった。
話が一段落して、せっかくだからと、お互いの話や世間話を始めた。
「マーリンさんは随分長生きされてるみたいですけど、体は悪魔の血を受け継いでるんですか?」
「わしが悪魔から継いだのは魔力だけで、他は人間じゃよ」
「じゃあ、魔法で長生きしてるんですか」
「そうじゃ。厳密には長生きと言うのはちと違うがの」
「どういうことですか?」
首をかしげるミナ達にマーリンはクスッと笑う。
「生物の定義を知っとるかね?」
更に首をかしげたが、ミナはすぐにピンときて尋ね返した。
「シュレディンガーの条件ですか?」
するとマーリンはにっこり笑って「ほっほ。よく勉強しとるのう。偉いぞ」と褒めてくれるので、最強の魔術師に褒められた、と大層嬉しくなった。
「ありがとうございます! じゃぁマーリンさんは厳密には生命体ではないって事ですか」
「そうなるのぅ」
さっきからそうだが、魔法使い同士で繰り広げられる論議に、マーリン、エレイン、ミナ以外のメンバーは全く意味不明だ。ただでさえチンプンカンプンなアレスと短気なアンジェロを筆頭に、「要説明」の視線をぶつけはじめる。
「シュレディンガーの条件ってなんだよ」
とうとうアンジェロが若干イラつきながらミナに聞いたところで、ミナはやっとのことで雰囲気を察したらしく、アンジェロたちに向いた。
「あのね、シュレディンガーっていう博士がいてね、その人が提唱した生命としての定義って言うのが2つあるの。1つは繁殖。もう1つは代謝。この2つが出来る物を生命って言うの」
「へぇ、生命にも定義があんのか」
アンジェロと共にみんなも納得して、「そう言われてみればそうかも」と頷く。
「シュレディンガーの条件が提唱されたのはずっとずっと昔だけど、その後遺伝子が発見されて、その説が真実だと証明されたの」
「へぇ。ん? でも、マーリンさんはハーフつっても母親は人間なんですよね? なんで生物じゃないんですか?」
話の流れにやっとついてこれるようになったアンジェロが尋ねると、マーリンは懐から銀の懐中時計を取り出して、ミナ達の前にぶら下げた。
「肉体の時間を止めたんじゃよ」
「そんなことができるんですか。でも、どうして時間を止めたら生命でなくなるんですか?」
ミナ達も吸血鬼だし似たようなものだ。という事は自分達も生命じゃないんだろうか? と首を傾げるアンジェロ達。いよいよ意味不明な面々にマーリンはクスクスと笑う。
「時を止めたという事は、怪我もしなければ修復もしない。繁殖もしなければ代謝もしない。それは最早生命とは呼ばん。吸血鬼は血を飲んで力に変えるじゃろ。それは代謝じゃ。吸血して血族を増やす、それは繁殖じゃ。吸血鬼は生命体と呼べるじゃろう」
「なるほどぉ・・・・・」
やっとのことで会話を納得できたみんなに、更にミナが続けて言った。
「それに吸血鬼って不死身じゃないし。死がプログラミングされてるって事は、生命って事だよ」
「意味わかんねんだけど・・・・・」
―――――もう、学者にはついていけねぇ。意味不明だ。
普段バカなくせに知識だけは無駄に膨大なミナにいい加減辟易してきた連中は、首を傾げるのにも疲労してきた御様子だ。その雰囲気にミナは慌てて説明を始めた。
「あのね、そもそも死が存在するのは繁殖の為なんだよ」
「どゆこと?」
「えっとね、生きてると怪我をしたり病気になったり紫外線を浴びたりするでしょ。そうするとDNAに傷がつくの。勿論修復するけど、完全には傷は消えなくて、その傷はどんどん蓄積するの。で、その傷はそのまま子孫にも遺伝しちゃう」
「・・・・なるほど。傷の浅いうちに繁殖させて死ぬようにして、傷ついたDNAを遺伝させない為か」
「そう! 人間は元々自然界の中でもかなり強い生物で、DNA自体も結構頑丈だから他の動物に比べたら全然長生きなんだけどね。まぁ、その傷や突然変異が進化の鍵になったりもするから、私的には魂が人の歴史を記した本だって言うなら、科学的に見たら魂って言うのはDNAの事なんじゃないかなって思うんだけど。吸血鬼に至っては治癒力も段違いだし、基本的に紫外線も浴びないからもっと長生き」
ミナの説明に腕組みをして頷くみんな。ミナは考える。もし魂を科学的に証明しようとするのなら、それはDNAなのではないか、と。DNAは生命進化の古文書と呼ばれている。人間の外見や能力、基本性格は全てDNAに設計されているのだ。魂は感情や記憶を司る。感情や記憶を生み出し蓄積するのは脳だ。脳をこれほどまでに高度に肥大させたのはこれまでの人類の進化、つまりはDNAによるものであり、それこそが魂なのではないかと。精神は肉体と魂があってから出来上がり、人間の成長と共に精神も徐々に成長していくものである。
―――――ジュノ様、悪魔はDNAを収集してる?
勿論その考察は穴だらけだ。DNAはともかく魂を目で見た者は一人もいないのだから、根拠もなければ証明も不可能なのであるが。しかし悪魔の言う魂の性質同様に人間のDNAにも当然、人間から見た優劣と言うのは存在するわけであって、あながち間違いないのではないかと思っている。
納得して考えていたアンジェロが、頬杖をついてミナに向いた。
「だとすると、吸血鬼にも一応寿命ってあんだろうな。ん? てことは俺らも一応ちょっとずつ老けてるって事か?」
それを聞いてミナは「そうだよね!」とパチンと手を叩いた。が、すぐに苦笑い。
「ものすっっごくスローペースだね」
「本当だな。寿命、何歳なんだろうな?」
「さぁ?」
再び考えるミナ。出産の期間は人間の6倍だ。ならば寿命も6倍なのだろうか。人間の寿命は100年前後。それならば吸血鬼は600歳ということになる。しかし、山姫は1000歳を超えている。が、よく考えれば山姫は吸血鬼というより、妖怪と言う種別に当たると本人が言っていたのを思い出す。山姫と自分たちは厳密には違う種族、だとするとやはり600歳前後なのだろうか?
「え? だとしたらアルカードさんもうすぐ死んじゃう!」
突然そういう結論に至ったミナに全員で首を傾げつつ驚いて怪訝な目を向けた。
「なに、なんで伯爵が死ぬわけ?」
「だって、吸血鬼の寿命が600歳なら、アルカードさんもうすぐで600歳だもん!」
「・・・・・あぁ、妊娠が人間の6倍だもんな。けど、そんな単純計算で寿命って割り出せるものなのか?」
「え? あ、いや、わかんないけど」
「お前もうちょっと考えて物言え。ビックリすんじゃねーか」
「うぅーん・・・・・」
怒られたものの再び考え込んだミナに、マーリンが微笑みながら口を開いた。
「確かに、弱い吸血鬼ならそのくらいかもしれんが、アルカードの場合は真祖じゃし大食いの不死王じゃ。修復力も並じゃないからの。普通の吸血鬼の数段強いのを見ればわかると思うが、もっともっと長生きするじゃろ」
それを聞いて、そう言われてみればそうかもしれない、と納得したミナは大いに喜んだ。これからもずっとアルカードの傍にいられることを心から喜んだ。(今いないが)
みんなはミナとマーリンの話を聞いて、自分たちの寿命が判明したことに各々感想を述べ始めた。
「600年かぁ」
「あと550年」
「長っ!」
「そんだけ生きりゃ十分だよな」
「十分すぎる」
「バカ、実際わかんねーだろ。それより短けぇかもしんねぇし、長げぇかもしんねぇし」
「ま、だよな」
「確かに。けど、死ぬ前に俺も結婚して子供欲しいなぁ」
「だなぁ、いいなぁ、アンジェロ。この幸せ者が」
「まーな」
「子供がおるのか!?」
そのやり取りを聞いていたマーリンは突然膝を叩いてつんのめってきた。それに一瞬驚いたものの、ミナがアンジェロの腕に抱き着いて笑った。
「はい、今私妊娠中なんです!」
「なんと! そのようなことがあるのか! 吸血鬼でも子が! それは素晴らしいのぅ! いや、実に素晴らしい!」
吸血鬼同士を親に持つ純血種、それが絶滅したのは1800年以上前。まだマーリンですら生まれていない大昔だ。当然マーリンも知らなかったようで、大いに驚いて同時に喜んだ。
マーリンは妊娠や出産や純血種についてあれやこれやと質問してきて、ミナはその様子を可笑しく思いながらも一つ一つ説明していった。
―――――きっとこの好奇心がマーリンさんを最強の魔術師にしたんだな。
そう納得するほど、マーリンは目を輝かせてミナの話を聞き、大いに満足したようであった。
「ふむ、アスタロトによって妊娠したわけじゃな・・・・・そうか」
急にマーリンは立ち上がりミナの傍まで寄ってきて跪いた。何をするのかと見ていると、ミナのお腹の前に手をかざし、マーリンの掌から白い光がポウっと浮かんだ。それを見て少し驚いたが、マーリンは笑った。
「おめでたのお祝いじゃ。この子らに禍を退ける魔法をかけておいた」
「あ、ありがとうございます!」
「ほっほ。おめでとう。子供が生まれたらわしにも見せてもらえんか?」
「勿論、連れてきます!」
「ありがとう。いや、長生きとはするもんじゃな」
「えぇ、本当ですわね」
いつか純血種の吸血鬼に会えることが本当に楽しみなのか、そう言った魔術師師弟も嬉しそうに笑った。その笑顔を見てミナも凄く嬉しく思って、お腹を撫でながらアンジェロに笑った。
「マーリンさんの魔法かぁ、きっとこの子は幸せになれるね」
「そうだな」
アンジェロも笑って、二人でお腹の中にいる子に微笑んだ。
―――――この子が純血種でアルカードさんよりも強いなら、きっと幸せに長生きできるんだろうな。
祝福してもらった上にお祝いまで戴いて、ミナは凄く嬉しかったし、アンジェロも喜んだ。禍を退ける魔法。きっとお腹の子は幸せになる。なにせ世界最強の魔術師がかけた魔法だ。きっとジュノすらも子供たちには手出しできないだろう、そう考えて安心した。
当然、マーリンはそのつもりで魔法をかけた。妊娠のお祝いにかけてもらったこの魔法は、その後重要なカギになる。その話は、まだずっとずっと後の事だ。
★人生の意味は、それに終わりがあることである
―――――――――――――フランツ・カフカ