表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第3章 歴史が語る三位一体
48/96

愛、それは神聖なる狂気である




 エンジェルウイルスの為に人口が減少したと言っても、元々人口が世界第2位だったインドだ。家に住めない人間があれほどスラムにひしめいていたのだから、むしろ現在においてはスラムが空き家状態で、住宅街は賑わっているほどだ。リュイの家も、別の誰かが住んでいた。

 ラジェーシュには、親戚はいなかった。アニカには親戚がいたが、この家は売りに出してしまったようで、住んでいたのは全く知らない人だった。


 ある意味、リュイが一番不幸と言えば不幸だ。吸血鬼にされたことを責める事も出来ず、まともに別れも告げず、両親と永遠に別れることになった。

 リュイを吸血鬼化してしまった以上、ミナとアンジェロにはリュイを守る義務がある。

 両親の眠る墓の前で涙を流すリュイの隣に、腰を下ろした。

「リュイさんまでこんなことに巻き込んで、ゴメンね」

「・・・・・お嬢様のせいじゃ、ありませんよ」

「直接的にはそうだけど、間接的には私に責任があるから。クリシュナを死なせてしまって、ラジェーシュさんを悲しませた。葬儀にすら顔を出せなくて、きっとラジェーシュさんもアニカさんも、ずっとリュイさんが帰ってくるのを待っていたはずだったのに」

「それは、お嬢様だって同じじゃないですか」

「私は、自分の事だから、いいの。リュイさんは、なにも関わりのないことだったのに。ゴメンね」

「謝らないでください」

「だけど・・・ゴメンね」


 リュイの顔を見ると、キュッと唇を噛んで涙を零して、苦しそうな顔を向けた。

「謝らないでくださいよ! お嬢様はズルいです! お嬢様のせいじゃないのに、謝られたら・・・お嬢様が悪いんだって思いたくなる! お嬢様を責めたいわけじゃないのに、お嬢様を責めたくなるから! だから、謝らないでください・・・」

「私を恨んでくれたっていいよ。それだけの悲しみを背負わせたんだもん」

「お嬢様は、ヒドイ。お嬢様は卑怯です。私、お嬢様を恨みたくなんかないのに」

「誰かのせいにしないと、行き場のない苦しみが、リュイさんを傷付けるよ。今は、私のせいにして、私を恨んで。後から、なるように、なると思うから」

「・・・っく、お嬢様の、バカ・・・」

「・・・ゴメンね」

 泣き出したリュイの肩をレミが抱きしめて、コクリと頷いたので、そのまま立ち上がって墓の前から退いた。



 霊園を出ると、アンジェロも後からついてきた。

「リュイは、お前ほど精神的に強くはねぇから、あれで良かったと思うよ。リュイにはレミがいるし、お前が好きだし、その内気が晴れたら何事もなかったようになるさ」

「うん」

「でも、お前は全部自分のせいにして、誰を責めるんだ」

「自分の愚かしさと甘さを。それ以外に、私が責めていい人はいないもん」

「・・・お前のせいじゃなくて、俺のせいだろ」

「私のせいだよ。アンジェロは私の為にしたんだから。アンジェロは、何も悪くないよ」

「お前はそうやって人を赦すことが、本当に赦しになると思ってるのか」

「・・・どうかな。私が赦すことで、余計に人が苦しむことは、わかってる。でも、許されたことで抱える悔恨と懺悔が、その人を強くすると、私は信じてる」

「それを乗り越えられない奴は、余計壊れていくだけだ」

「そうかもね。だけど、きっと周りの人が、壊れることを許さないってわかってるから、そうするの。ねぇ、私は残酷?」

「そうだな。残酷で、打算的だ」

 正直にそう言ったアンジェロに、思わず自嘲した。

「そんなイカレた私でも、愛してる?」

「そんなイカレたお前だから、愛してる」

 その返事に思わず笑った。

「私に付き合えるのは、アンジェロくらいだね」

「俺に付き合えるのも、お前くらいだと思うけどな」

「あはは、確かにね」


 アンジェロは、思う。昔から、アンジェロは常に晒されてきた。ミナの優しさと寛大さ。それに、どれほど苦悩させられたか。

 自分がどれほど酷い事をしても、ミナはすべて許す。撃っても、罵倒しても、汚そうとしても、裏切っても、ミナはこれまで全てを許して、その度にアンジェロは悔恨と罪悪に苛まれて、その度にミナを崇拝した。

 優しさと赦しの裏に秘められた残虐性に、時にアンジェロは恐怖すらも抱いた。自分の後ろ暗い心が、目を背けたく押し込んでいたものが浮き彫りになって、焼かれるのだ。ミナの傍にいる事は、苦しみを伴う。

 だからこそ、強く惹かれた。その苦しみを超越した時の、燃え尽きて灰になった後の清々しさを知ってしまえば、許したミナ自身も同じように苦しんだことを知ってしまえば、その赦しから派生した苦しみすらも、燃え尽きて灰になったそれも、ミナ自身も、燦然と輝いて見えるのだから。


 弱い者はミナの優しさに甘え怠けて、より弱く悪い方に向かう。それを良しとしない者は、それを超越してより強く良い方に向かう。少なくとも、ミナの周りにいる者は、自分が弱く怠けた存在であることを良しとしない。

 ミナはそれを十分わかっていて、そうしているのだ。誰かが心的な怠惰に溺れる事を、周囲の者が許さないで叩き上げる。

 決して、ミナの優しさは人を甘やかすためのものではない。人を鍛錬し、淘汰するためのものだ。

 そうして淘汰され、選別された者だけが、ミナのもとに残る。

 甘えて怠惰に溺れた者が、もしミナに反逆してきたら、きっとアンジェロやアルカードは勿論、残った者によって排除される。

 狡猾で卑怯。残酷で打算的な試験。さすがにミナもそこそこ生きたのだ。全てわかっていて、そうしている。


 そういう打算的なところが、アンジェロはとても気に入った。ただ優しく甘いだけの女なら、掃いて捨てるほどいる。

 アンジェロもそこそこ女遊びをして来たのだから、アンジェロが何をしても許すような女はいただろう。アンジェロを繋ぎとめる為に。が、そんな女はつまらないし、自分にとって何の役にも立たないから必要ない。

 向上心の塊のようなアンジェロにしてみれば、自分を怠惰させ、停滞させるような女は害でしかない。が、ミナは赦し優しくした上に、苦しめる。ミナの優しさは自分の悪い部分や弱い部分を強調させて、劣等感を抱かせる。アンジェロはそれを超越せずにはいられない。だからこそ、ミナに惹かれた。


 ミナは太陽のようだ、とスレシュは言った。誰の上にも暖かい光を届ける太陽は、時に激しく照りつけ、旱魃を引き起こし、人の皮膚を焼く。そう言った太陽の裏側、ミナの優しさの裏に見える残酷さと狂気に、惹かれた。

「日本は元々多神教だけど、昔から太陽を崇める物なんだよ。どうしてだと思う?」

「明るさと、太陽光の恩恵か?」

「ううん、人が生まれてから死ぬまで、お日様はずっと見ているからだよ」

「そんな風に考えるのは、お前だけじゃねーの」

「あはは、そうかもね」


 ずっと見ている。ひたすら光だけを注いで、優しく微笑みながら。アンジェロにはこう言っているように聞こえる。

 成りたい自分には、自分の力で成りなさい。私は怒ったりしないから、全部許してあげるから、自分で強くなりなさい。そう言う人じゃなきゃ、私は仲良くできないよ。ずっと傍に置いてはおけないよ、そう言う人じゃなきゃ、私の傍にいる価値はないからね、と。

 ミナの優しさと微笑には、そう言う無言の強制力がある。


 ミナは平和主義で、みんなと仲良く暮らしたいと思っている。その為には、自分を好いていて、何があっても変わらぬ友情を注げるような精神的な強さがないと、吸血鬼は永遠ともいえる長い時を生きるのだから、ずっと傍にいる事は出来ない。

 ただの仲良しゴッコでは傍に置く事は出来ない。清濁併せて、いい面も悪い面も知り尽くして、それでも好きだと思える者でなければ、何百年も傍にいられるはずがない。

 その為にミナは許して、自分自身による審判を迫って、ふるいにかけるのだ。

 そういう計略性を持った女は、少なくともアンジェロの前にはいたことがなかった。なによりも、政治家の妻としてふさわしい器だと考えたし、自分自身が向上するためにも必要な存在だ。

 自分自身や周りが向上するために、これほど貢献する素養をもつ者は、少なくともアンジェロにとっては、ミナ以外にはいないのだ。


 ちなみにミナが参考にしたのは、ジュリオやクリシュナの温情主義だ。ミナが赦す時のパターンは以下の通り。

1・面倒くさい、またはどうでもいい。(元来この域が段違いに広い)

2・自分の為の赦免。

3・相手を試す為の赦免。

 万引きバイカーや泥棒たちは3だ。アンジェロの場合は1~3全部該当した。アンジェロが3の存在に気付いたのはここ数年だが、1,2でアンジェロは十分悩まされた。

 それらを悉くクリアしてきたアンジェロは、ミナの中では最優秀の優等生だ。


「本当、お前は怖えぇ女だな」

「アンジェロに言われたくないよ。アンジェロが私やみんなに兄貴風吹かせてるのも、同じような効果があるってこと、わかってないでしょ」

「んな恐ろしい効果ねーよ」

「自覚がないだけ、アンジェロのが怖いよ?」

「そうかぁ?」

 結局は、この二人は似た者夫婦だ。アンジェロはアンジェロで、いつも「自分がなんとかしなくては」と思っていたから、とくにシュヴァリエ達やミナは、アンジェロに守られてきた。

 ミナはともかく、男達は守られてばかりではいられない。自分は、守られてばかりの弱い者なのだろうか、アンジェロには自分が弱い相手に見えている。その事に我慢ならない。

 だから、守られないように、いつかは自分がアンジェロを守れるようになろうと、強くあろうとする。

 ミナはアンジェロに甘えて守られることに慣れきってしまった。しかし、アルカードが帰ってきてから、本来自分も自立して強く立てる者でありたいと願っていたことを思い出した。


 子供の頃から、守られてばかりだった。守られてばかりで、クリシュナが死んでしまった。クリシュナのような悲劇は二度と繰り返さないと、ラジェーシュに約束した。

 子供が出来た。家族が増えた。自分には守るべきものがあるのだから、いつまでも守られてばかりではいられないと、改めて感じた。

 そう思い至って、アンジェロの事や、シュヴァリエ達の事にも気が付いて、その事にアンジェロが気付いていないことが、滑稽に思った。

「多分ねぇ、その辺はアルカードさんが使い道を指導してくれると思うんだぁ」

「はぁ?」

「アルカードさんは私達みーんなの先生で、偉大なるパパだからねー」

「んー、まぁ、そうと言えばそうだけど、意味わからん」

「多分私はジュリオさんやクリシュナみたいなスキピオ派だと思うの。でもアルカードさんとアンジェロはハンニバルだと思うから」

「・・・なんとなくわかるけど、お前は本当わけわからん発想する女だな。まさかハンニバル戦争が引き合いに出てくるとは思わなかったぞ」

「そーぉ? いい喩えじゃない?」

「んー、まぁな」

 古代の名将、ハンニバル・バルカとスキピオ・アフリカヌス。ハンニバルは厳格主義で、スキピオは温情主義で部下を教育した。全く違う手法を取ったのに、この二人は同じように偉大な功績を上げた。

 習うべきは先人の知恵。倣うべきは偉大な賢者。

「私はクリシュナにいろいろ教えてもらったから、アンジェロはアルカードさんに色々教えてもらうんだよ。政治家としても先輩なんだし」

「わーってるよ」

「ならばこれからお師匠様と呼べ」

「呼ばねーし、いきなり口挟むなよ!」

「呼べばいいのにぃ」

「呼ばん!」

「ミナは従順で私を畏怖していて可愛い下僕だと言うのに、可愛くないな、お前は」

「可愛くなくて結構!」

 いきなりアルカードが話に入って来た。なかなかどうして、将来が楽しみになってきたところだったのだが、急にアルカードが間に入って来たのは、どうやら用事があるらしい。


「どうしたんですか?」

「フランスへ行くぞ」

 アルカードは何やらマーリンに私用があるようだ。行くぞ、という事は、さっさと連れて行けと言う意味だ。自分で行く気はないらしい。

「えーっと、同行するのに誰か必要な人がいますか?」

「お前と双子だけで構わない。あぁ、デュランダルも持って行け」

「わかりました」

 双子と一緒にアルカードの腕を掴むと、アンジェロが寄ってきた。

「俺も行く」

「お前はいらん。ミナ、行くぞ」

「う、あ、わかりました」

 フギャーと威嚇するアンジェロを気にしながらも、再びマーリンのもとへと転移した。





★愛、それは神聖なる狂気である

――――――――――ルネサンス期の格言

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ