幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい
「どうでもいいけど、ジョヴァンニ泣きすぎじゃね?」
「だっで・・・」
「本当、お前は昔っからすぐ泣くなぁ」
「ゔるさい」
余程嬉しかったのか、またしても号泣ジョヴァンニ。みんなでからかったり、思い出話をしたり、クリシュナとの最後の時間を目一杯楽しんだ。
「そうそう、僕にジュリアスの記憶が残ってるって事で、アンジーはすっごい落ち込んでたって母さんが言ってた。なんかそれも悪魔にしてやられたとか言って」
「そうなんだよ、あのクソ悪魔。ムカつく。前世の記憶があるかって聞かれて、あるわけねんだから、そりゃそう思うだろ」
「あはは、そりゃそうだ」
「バカだなお前。相手は悪魔だぞ。舐めてかかるからだ」
「うっせ」
「粗末なコールドリーディングにまんまと騙されて、お前は詰めが甘いのだ」
「うっせ」
ミナにしてみれば、アンジェロは自分よりは遥かに賢い男だと思っているのだが、それでもアルカードにしてみれば全くヒヨっ子らしく、珍しくバカにされている。
悪魔との攻防戦や昔の話を引っ張りだしては、ケチを付けられている。
「お前着眼は悪くないんだがな。先見の明が浅い」
「うるせぇよ」
「まだまだ経験が足らんな」
「うっせ」
インドにいた頃は間違いなくアンジェロがリーダーだったのだが、600歳のボスにそう言われては形無しだ。
が、聞いていたボニーが口を挟んだ。
「でもさぁ、アルカードがミナを吸血鬼にしたのだって事故じゃん」
続けてクライドも口を挟んだ。
「アルカードさぁ、たまーに抜けてるよな。結構計画性ないだろ」
「黙れ」
確かにアルカードはかなり計略的な奴なのだが、そもそもミナを吸血鬼にしたのは事故だ。アルカードは吸血鬼にする気はさらさらなかった。が、ミナが19歳にもなって処女だったせいで、ウッカリ吸血鬼になってしまったのだ。
「ダセェ」
「黙れ」
「処女かどうかなんて、見りゃわかんだろ」
「黙れ」
(見てわかるもの?)
わかる人にはわかる。アンジェロやミラーカにはわかる。が、アルカードとミナにはわからない。その辺は貞操観とか恋愛観、経験数の違いだ。
「私は小僧と違って紳士なのでな」
「どこが!?」
「や、アンジェロと比較したら大概の人は紳士じゃん」
「あぁ、そうですね」
「納得すんのかよ」
「そうですね。俺紳士じゃないんで」
「紳士じゃないことをそんな偉そうに言う奴初めて見たぞ」
「ハハハハハハ」
「また笑って誤魔化す・・・・」
時折クライドは笑ってスルーされる。その様子を見て、クリシュナは可笑しそうだ。
「あぁ、そう言えばアンジーって昔っからジュリアスにもそう言う態度取ってたよね」
アンジェロはジュリオの小言をいつも笑って誤魔化すか、茶化してスルーしていた。正直上司をバカにしてるとしか思えない態度だ。
「アレ内心相当ムカついたよ」
「気のせいだろ」
「気のせいじゃないよ!」
元弁護士に育てられたせいか、無駄に口が達者に育ってしまったアンジェロに、育ての親は相当ムカつかされた。
ああ言えばこう言うし、解釈を捻じ曲げたり、隙をつついて来るものだから、小言を言うのにも四苦八苦させられた。
といっても、仕事に関しては素直に命令を聞いていて、そんなのは仕事以外での話だ。
「まぁ、アンジーは基本ジュリアスの前では素直ないい子だったからね。あぁ、子供の頃のアンジーは素直で可愛かったなぁ。今と違って」
色々と思い出して、憎らしく育ったアンジェロが残念そうだ。クリシュナの呟きに、クリスティアーノ達もウンウンと頷く。
「アンジーもみんなもさ、小さい頃は可愛かったよね。みんな美少年だったしさ、帰ってきたら「ジュリオ様ー!」ってわらわら迎えに来るの」
その様子を想像してみて、美少年がわらわらジュリオに集まって甘える様子を想像して、僅かに萌えた。
「アンジェロにもそんな可愛い頃があったんだね・・・! 感動だよ!」
「なんでだよ」
そりゃ今が全くふざけた男なので、感動もする。
「小さい頃はさ、ジュリアスが褒めると「はい、ジュリオ様ありがとうございます。お役にたててうれしいです」とか言ってニコッて笑って超可愛かった。でも、アンジーが大人になってから気付いたけど、アレがワザとだったような気がしてならないよ」
アンジェロに満面笑顔でお礼を言われて萌えるジュリオ。立ち去る後姿を見送って、アンジェロはニヤリとほくそ笑んでいた。
「あぁ、なるほどね。道理でレミが腹黒になるわけだよ。レミも自分が可愛いってわかってて、カワイ子ぶってたもんね」
「別にカワイ子ぶっては・・・いましたけど」
子供の頃の可愛いレミは、ちびアンジェロのコピーだったようだ。どうも大人は可愛い子供に、素直に笑顔で返事をされると弱い。この二人はその辺をしっかり理解していたようで、子供であることをバッチリ武器にしていたようだ。
「アンジーってわりと最初からそう言う子供だったよね」
「そりゃアレだ。ジュリオ様に誘拐される前は、アンジェロ女子大生にチヤホヤされてたから」
「えぇ、そうだったの? 道理で・・・なんて嫌な子供なんだ」
「うっせ」
小さい頃から可愛いと女子大生に持て囃されたアンジェロ。カワイ子ぶると余計に大人が喜ぶことに気付いたアンジェロは、子供にして(だからこそ)そのスキルを身につけた。末恐ろしいガキである。
「従順で素直で可愛い小僧、演技でも私の前でもそうしてほしいものだ」
「してやってもいいけど、見返りは?」
「褒美がなければしないのか、お前は」
「当たり前だろ。タダでアンタに傅くわけねぇだろ」
「本当に腹が立つな、お前は・・・・お前仮にも私の眷属だろう」
「仮な」
「正真正銘眷属だろうが! そもそもお前が名乗り出たんだろう!」
「うるせぇな。怒鳴るなよ。そんな怒ると血圧上がるぞ」
「誰のせいだ!」
やっぱり可愛くない、この小僧。結局アルカードは終始ムカつかされるだけだ。
(許してやろうと思った矢先にこれだ。やはりコイツは憎らしい!)
折角アルカードが考え直そうとしていたのに、それをアンジェロ自らパァにした。
オモチャがないと遊んでくれない。餌がないと動いてくれない。随分お高くとまった部下である。
(なんかアンジェロって血統書付の野良猫ってかんじ)
まさにそんな感じだ。アルカードは今後の事を考えて、やはり問題児を抱えてしまったと落胆して、これから苦労させられるのだろうと意気消沈した。
「そうだ。以前から聞こうと思っていたのだ」
「なんですか?」
「あれだ。アレはどういうことだ?」
そう言ってアルカードが指差した方に目を向けると、その先にはみんなで撮った集合写真。
本来吸血鬼は、肉体と魂の結びつきが人間よりも弱いために「映らない」。が、どういうわけかミナが光学迷彩を施すと、映る。
座敷童なんかも、子供など純粋で心が綺麗な人間には見えるけど、そうで無い者には見えない。が、カメラ越しだと見えたりすることがあると言う。
それが一体どういう原理なのかミナにはサッパリなのだが、とにかく映る。
「光学迷彩か。あれはどういう原理だ?」
「反射率を変えるんです。収束しないで、バラけさせて」
「ほう・・・・・なるほど」
言うが早いか、アルカードはパッと姿を消した。
「あ、すごい。消えた」
クリシュナが身を乗り出してそう言うと、すぐに姿を現した。
「さすがアルカードさん。私、それ何日も考えて何回も練習したのに・・・・・」
「当然だ」
やはりこの男はなんでもありだ。
「小僧も出来るだろう」
「アタマではなんとなくわかるけど意味が解らん」
「バカだな、お前」
「バカじゃねーし!」
ミナとアルカード、アンジェロではお勉強していたキャリアとジャンルが違うので、アンジェロには物理学や化学は意味不らしい。
が、負けず嫌いなアンジェロは密かに勉強して体得することを決めた。
いつの間にやら席を外していたエリザベスが、ニコニコしながら戻ってきた。その手にはデジイチだ。
「大集合したの、久しぶりなんでしょう? 記念写真、撮りませんか?」
その誘いに、勿論喜んで頷いた。
全員で写真を撮って、昔取った記念写真の隣に飾った。
「そっか、この頃はまだクリシュナは赤ちゃんなんだね」
「うん。はは、母さんも父さんも、若いな」
写真の中の、30歳のシャンティ。出会った頃は17歳だった。クリシュナはまだ赤ん坊で、今はもう還暦。
人間はどんどん年を取って成長して、老いていく。変わらない、自分たちの姿。
「そーいやアンタの今の顔って、本当の顔じゃないんだろ」
「あぁ、もう、自分の顔など、忘れた」
「600年も前じゃ、忘れるよな」
ワラキアを出て、神聖ローマ帝国を放浪しながら、アルカードは名を変え姿を変え、300年過ごして、イギリスに渡った際にも顔を変えて、フランスについて再び顔を変えて、鏡を見る事も出来ないから、そうしている内に本当の顔がどんな顔だったのか、忘れてしまった。
「でも、本当のアルカードさんも黒髪に緑色の目をしてましたよね」
ワラキアに行った時に、アルカードの肖像画を見たのを思い出した。ウェーブがかった、肩を覆う長い黒髪。見開かれた緑色の目、高い鼻、髭を生やした固く結ばれた口元。
「あれを見てようやく思い出したが、あんな顔だったか」
「まぁ、絵ですもんね。それほど写実な絵でもなかったし」
「私は旦那様の今のお顔好きですよ。素敵ですもの!」
「ははは、そうか。ありがとう」
そう言って微笑んだアルカードに、リュイはウッカリときめいたらしい。額に手をやって、ふらついてレミにしがみついている。
「ふつくしい・・・・! レミくん、どうしよう!」
「・・・こっちのセリフだよ」
全く持ってレミの言う通りだが、興奮しだしたリュイは妄想が止まらない。
「本当に、何なのかしら、旦那様。黒髪の美人な吸血鬼なんて、ドストライク! あぁっ、たまんない!」
「・・・レミ、黒髪にしたら?」
「・・・ヤです」
レミが黒髪にしたら、間違いなくリュイの妄想のオカズにされる。リュイの事は大好きだけども、レミもさすがにそれはゴメンらしい。
その様子に呆れたように笑って、アルカードは写真に視線を戻した。
「最初にこの写真を見た時は、驚いたな」
「あぁ、まぁ、だろうな」
「いや」
写真に写ったことに驚いたのだろうと思ったが、否定したアルカードにアンジェロもミナも覗き込んだ。
「あんなことがあった後だと言うのに、ミナもお前達も笑っているし、小僧もこんな顔をするのかと、驚いた」
60年前の写真の中で、全員が笑って、普段無愛想なアンジェロですら、ミナに微笑みかけている。
アルカードの言葉が褒め言葉なのかバカにされているのか測りかねたアンジェロは、とりあえずブスッとした。
「アンタだって、笑ってんじゃねーか」
そう言って隣に視線を移した。隣の現在の写真の真ん中で、アルカードを取り囲んで、アルカードもみんなも笑って映っていた。
それを見て、アンジェロは突然思い出した。
「でも昔に比べてアルカードさんも丸くなったよ、本当。そんなに怒ることなくなったし、最近よく笑う気がする。最初の時はいっつも仏頂面してて、たまに笑ったかと思ったらニヤリだったもん。人って変わるもんだねぇ」
「それは隊長の影響だろ」
「え? 私? なんで?」
「ミナちゃんのことが好きだからじゃん」
「うわぁ! やめて! びっくりした! 忘れてたのに!」
「隊長ってたまにひでーよな」
「つーかマジ伯爵可哀想な。今のお前のリアクション聞いて今頃嘆いてるぞ」
「・・・」
昔、ジョヴァンニが吸血鬼化したばかりの頃、ミナ達とそんな話をした。アルカードは、昔に比べてあまり怒らなくなったし、よく笑うようになった。アンジェロもミナに笑いかけることが増えた。
(結局、ミナのお陰様か。俺も、ヴラドも。なんか腹立つな)
そんなアンジェロの心の声は当然アルカードには聞こえていて、
(全くもって同感だ)
と、心の中で感想を述べて、息を吐いた。
リュイの家にいくから、と屋敷の外に出ると、アヴァリ一家でお見送りをしてくれた。
エリザベスが息子ジュリアスの手を引いて、クリシュナはサリーにまかれた細長いものを持っている。
「クリシュナ、なにそれ?」
尋ねると、クリシュナは進み出て、それをミナに差し出した。
瞬間に、ゾクッと悪寒が走る。
純血種はもとより、シユヴァリエやクライドたちも後ずさりした。
「なに・・・これ」
受けとるのを躊躇っていると、
「やっぱり、怖いかな?」
と言いながら、クリシュナがサリーを解いた。
中から出てきたのは、剣だった。細身の刀身の長剣。鞘はなく、刀身に彫刻が施されている。
ミナは、この剣に見覚えがあった。
「ウソ・・・・・これ、保管してたの?」
「うん、あの日母さんと父さんが見つけて、ずっと地下の物置に置いてた」
アルカードやミラーカたちも思い出したのか、顔を引きつらせた。
「・・・・・聖剣、デュランダル」
クリシュナが差し出した剣、聖剣デュランダルはミナを庇ったクリシュナを刺し貫き、彼を絶命させたイスラムの使徒が手にしていた聖剣。
全長90cmの両刃の刀身にアラベスク模様が彫られ、柄と鍔は黄金で装飾されている。見た目にも美しいその剣は、吸血鬼にとっては吐き気を催すほどの清廉な気を放ち、ミナ達より格下のシュヴァリエ達はその剣を見て思わず後ずさりする。
躊躇うミナの横にアンジェロが歩み出て、クリシュナの手から剣を取って眺める。
「コレ、本当にデュランダルなのか?」
「ムジャヒディーンは、そう言ってた」
「まさか猛将オルランドの剣が実在してたとは、驚きだな」
「オルランド? ていうか、アンジェロはデュランダル知ってるの?」
首を傾げるミナに、アンジェロはクスッと笑う。
「オルランドはイタリアに伝わる叙情詩に出てくる将軍だ。武勇に優れ強力な戦闘力を誇り、猪突猛進な勇将。言ってみればアレスみてぇな奴。この剣デュランダルはオルランドの持ち物で、岩をも両断する名刀で、この柄の中には聖遺物が収められている聖剣だ。伝説の聖剣、デュランダル。この剣を巡って戦争が繰り広げられた為に、戦いのどさくさでデュランダルは行方不明になったと聞いていたが、まさかイスラムに渡ってたとはねぇ」
アンジェロの話を聞いて、今度はアルカードが進み出てきた。
「ほう、ならばこの剣は預かっておいた方がよさそうだな」
アルカードの言葉にアンジェロがニヤリと笑う。
「そーだな。ミナ、どうする?」
そう言ってアンジェロは剣を持ち替えて、受け取れ、という様に柄を向ける。
ミナとしては、この剣に関しては嫌な思い出以外は何もない。ただでさえ聖剣だと言うのに、ミナの目の前でクリシュナを絶命させた武器。
躊躇っていると、アンジェロは小さく溜息を吐いた。
「ま、いいさ。無理にとは言わねぇし、とりあえず俺が預かっとく。お前がこの剣を使わなくても、コイツの利用価値は山ほどあるからな」
そう言ってアンジェロはミナに向けていた剣を手元に戻して、自分の足元に突き立てた。
「利用価値って?」
尋ねると、アンジェロはアルカードにチラリと視線を送る。そして二人してニヤリと笑って、
「お楽しみだ」
と声を揃えて言った。
(この二人がタッグを組むと怖いな・・・何考えてるか、何やらかすかわかんない)
とりあえず、その場の全員がそう思った。
小さく溜息を吐いて、アンジェロが地面に突き刺し手を置いているデュランダルに手を伸ばした。
「どうせ何かに使うなら、私が使うよ。これを巡って戦争が起きるくらいなら、戦争で私がこれを使った方が、デュランダルも嬉しいでしょ」
そう言って剣を引き抜いて、掲げた。装飾の施された、美しい剣。清廉な輝きを放ち、月の光を反射している。
「どーだろうな。聖剣なのに、吸血鬼に使われるのは不本意なんじゃねーか」
「そんなの、知ったこっちゃない。クリシュナを殺した報いよ。私が使えば、それがこの剣には罰になる。折れるまでコキ使ってやるわ」
ジュリオは許した割に、剣には罰を与える意味不明なミナ。だが、それでいいのだろう。剣は人ではないのだし、魂が宿っている妖刀と言うわけでもない。多少の怒りをぶつける対象くらいあってもいい。あれほどの苦悶を、耐え忍んできたのだから。
花壇の鉄柵を拝借して、鉄拵えの鞘を作った。その中に剣を納めて、左手に携えた。
振り向いて、クリシュナに頭を下げた。
「預かっててくれて、ありがとう」
「もし悪魔と戦うようなことがあったら、きっと大活躍だね」
「あはは。だね。無双モード入るよ」
顔を上げて、改めて笑った。
「たくさん迷惑かけてゴメンね」
「お互い様だから、チャラなんでしょ」
「あ、そっか・・・・・ありがとう、クリシュナ。じゃぁ、さよなら」
「うん。さよなら。みんな、元気でね」
「クリシュナも、元気でな」
別れの言葉を言って、インドの屋敷を見上げた。
スレシュから奪って暮らした。ここでクリシュナと結婚して、クリシュナが死んだ。あの戦いの後、23年もここで生活した。アンジェロと再婚して、双子を生んだ。
ミナの人生の半分は、ここにあった。間違いなくここは、ミナの人生の分岐点。ミナにとって、第二の故郷。
「インドに来ると人生変わるって、本当だったんだ」
初めてインドに来た時に、そんな事を思った。それが真実になって、やはり聖賢国の名は伊達ではない、と感心した。
クリシュナに別れを告げ、みんなで手を振った。クリシュナはミナ達の姿が見えなくなるまで、ずっとずっと手を振って、笑顔で見送っていた。
★幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい
――――――――――エミール=オーギュスト・シェルティエ(アラン)




