一人殺せば殺人者だが何百万人殺せば征服者になれる。全滅させれば神だ
1431年
「あの頃は、ここに処刑場があった」
「えぇ、家の前にですか?」
「そうだ。しかし、さすがになくなっているな」
「まぁ、レストランの前ですもんね」
ルーマニア、トランシルヴァニアのシギショアラ。アルカードの生地。
アルカードの生家は今もなお残されており、現在はレストランを営業している。
ちなみにこの地方ではアルカードは超有名人なので、アルカードの正体を連想させる呼び名は厳禁とされた。
「ミネアさんって、誰の名前ですか?」
「息子だ」
アルカードの息子の一人、ミネア1世。通称、ミネア悪党公。親子揃って妙なアダ名を付けられたものである。
ちなみにアルカードの本名は「ヴラディスラウス・ドラクレスティ」というが、一般的にはヴラド・ツェペシュ(串刺公)またはヴラド・ドラクレア(小竜公)と呼ばれている。
アルカードの父は、十字軍の竜騎士団の団長であった。その功績と栄誉を称えられ、父はドラクルDRACUL(竜公)と呼ばれていて、この地方では綴りに「―A」が付くと「~の子」という意味になる。
要するにアルカードのドラクレアというあだ名は「竜公の子」という意味なのだが、キリスト教において、竜は悪魔を意味するものなので、時に「悪魔公」とも呼ばれたようだ。
ちなみにツェペシュの方は、アルカードの所業がそのまま名前についてしまっただけだ。
「串刺しなんてしたんですか」
「当時は別段珍しい刑罰でもなかったからな」
「あ、そうなんですか」
そうなのだが、串刺しは下劣な刑罰とされていた。この刑罰を受ける対象は、農民や一般市民がほとんどだった。
それをアルカードは敵は勿論、敵対貴族にまで施した。それは当然威嚇と牽制のためだ。
それ以外にもアルカードは数々の非道な所業を働いた。それらをありのまま、または脚色して、マティアスはビラにして配ったのだ。それでも東欧諸国においては
「でもね、ヴラド2世はワラキアとキリスト教の為にそこまでしたんだよ」
というフォローが、マティアスの知らないところで追加されていたようだ。なんだかんだで
「あの人はキチガイだけど、ヒーローには変わりないから」
という評価だったようだ。
「へぇ、ミネアさんすごーい」
「私に関しては、好き嫌いが激しかったがな」
一般市民たちは、アルカードを支援した。しかし、一部の商人や貴族たちはアルカードを敵視した。
それは国内経済の為に外国の商人を徹底的に排斥していた事、また、中央集権を図るために貴族を弾圧し、治安維持と国力保持の為に、犯罪者や病人を一か所に集め虐殺したためである。
「ヒド・・・・・」
「バカ者。ペストなどの疫病をなめてかかると、小国など一気に没落するのだ」
という意思を理解していた者たちからは、支持を得られたわけである。当時は現在ほど医療は発達していなかったため、病人を隔離して腫れもの扱いなど当たり前だった。
健康な人間からしてみたら、
「邪魔者が消えて良かったね。伝染されたら困るもん」
程度の感覚だったのかもしれない。まぁ、一概には言えないが。
アルカードがキチガイとされるもので特に有名なエピソードと言えば、オスマンからの使者がやって来た時の話。
「その方、なぜ帽子を取らぬのか」
アルカードの前にやってきても帽子を取らない使者に、アルカードは機嫌を悪くした。使者がこれがオスマンの流儀だと答えると、アルカードは釘と木槌を用意させた。
「そうか、ならば生涯帽子を取れないようにしてやろう」
そう言って帽子ごと釘を使者の頭に打ちつけた。
「怖っ!」
「ヒデェ」
「スゲ・・・・さすがミネア様」
一同ドン引き。が、驚くのはまだ早い。
ある時オスマンが攻めてきた。アルカードは先遣隊としてやって来た大隊を壊滅させて、死んだ兵は勿論、捕虜も悉く殺し、串刺しにして街道沿いに並べ立て、四肢を切り落とし街道にばら撒いた。
それを見た後続のオスマン軍は戦意を喪失して撤退。僅か1万の軍勢で10万を超える大軍を追い返した。
「すごすぎる」
「スゲェ、奇策にも程がある」
「そりゃ逃げるよ・・・・・」
アルカードの所業を列挙するとこうなる。マティアスがばら撒いたビラと比較して述べよう。
・反逆者を串刺しにした。(これは正解)
・田畑を焼いて国民を飢えさせた。(焦土作戦の事)
・野盗の真似事をしていた。(ゲリラの事)
・強盗をした。(スルタンの幕舎に夜襲を仕掛けた事)
・オスマンと内通していた。(オスマンの権威を利用してはいた)
・貴族の財産を没収した。(没収して市民に明け渡した)
などなど、客観的に見たら悪代官だ。
で、なぜかステファンはそのビラを見て大笑いした。
「あっはっは! 全部正解だろ! お前昔からキチガイだもんな! お前は昔っからやりすぎなんだよ!」
アルカードは非常に腹が立ったようだが、そもそもアルカードがキチガイになる原因になったとされているのが、この家の前の処刑場だ。
「ていうか、なんでこんなとこに作ったんでしょうね? 貴族の人の家の前なんて失礼じゃないですか?」
「逆だ。自分の命令で捕えた人間が自分の前で処刑されるのだ。それは貴族の権威を示すと共に、見た方は安心したものだ」
「えー? そうですか?」
「現代人にはわからないだろうが、罪人が死ぬのが当たり前だった時代は、罪人が死ぬ様を見て安心するものだった。これで自分は害を被ることはない、とな」
昔の人は今と違って、かなりシビアだったようだ。
この件もそうだが、更にアルカードをキチガイに育て上げたのは12才~17才の間、オスマンに人質に捕えられていたことが大きい。
「捕まってばっかですね」
「黙れ。私と弟が人質になれば父は国王に復位できたのだ。そう悪い取引でもない」
「そうかなー」
小国と巨大な帝国というパワーバランスを考えれば、確かにアルカードのおっしゃる通りだ。
この間にアルカードはオスマン軍の軍人として働かされ、戦略や戦術などを叩き込まれた。
「弟さんは?」
「アイツは美麗な顔立ちをしていたから、スルタンの寵愛を受けていた」
「ま、まさかのBLですか」
「汚らわしい・・・・・!」
と言いつつ、人質になった初期の頃はアルカードも同じ被害に遭った。が、
「この子凶暴だし反抗的だし可愛くない!」
と、さっさと飽きられてしまったので、即軍隊に入隊させられたわけだ。この事はアルカードは一生墓まで持っていくつもりなので、勿論誰にもヒミツだ。ちなみにアンジェロは調べまくったので知っている。
「アンタが入った軍ってイェニ・チェリだろ。よく洗脳されなかったな」
「私がされると思うか?」
されない。この男は執念深いので、そんなヤワなタマではない。
ちなみにイェニ・チェリ軍とは、オスマンの軍の一つである。他国から捕まえてきた捕虜から構成される軍隊で、当然オスマンが侵攻していた国はキリスト教国だったので、軍はキリスト教徒で構成されていた。
つまり、アルカードを含めイェニ・チェリ軍はキリスト教徒でありながらオスマンの手先として働くことを強要され、キリスト教国を相手取って戦争を仕掛けていたわけだ。
この軍はオスマンの方針の一つでもある。オスマンは「剣かコーランか」それを謳い文句に攻め入った。
要するに棄教するか死ぬかを選ばせるのだ。その選択を迫るのが、同じキリスト教徒であるイェニ・チェリ。この軍に属していた捕虜たちは、良心の呵責、神への背信を嘆き、次々にイスラムに改宗した。そうしなければ、精神が持たなかったからだ。
それでもアルカードは執念深くキリスト教徒であり続けた。アルカードには誇りだった。父がローマ教皇からキリストの騎士と讃えられ、竜公の名を貰ったこと。その父にキリスト教の教えを教わり、信心したこと。
アルカードにとって父は誇りであり、憧れだった。その父とクリシュナは、アルカードが人質にとられている間に、マティアスの父ヤノーシュに暗殺されてしまった。
アルカードは絶望した。自分の目標が死んでしまったこと。きっとクリシュナは偉大な王になったであろうに、自分はその補佐として将を務めようと思っていたのに、アルカードの将来は絶たれてしまった。
ヤノーシュは、アルカードの父方の従弟(ステファンは母方)を国王に据えて、意のままに動かそうと目論んだ。しかし、この頃オスマンはワラキアに侵攻し、手中に収めようと画策していた。だから、アルカードはオスマンの力を借りることにしたのだ。
「え? じゃぁミネアさんはオスマン軍としてワラキアに戻って来たんですか?」
「そうだ。オスマン軍を引き連れて攻め入り、従弟を追い出して私が公位に就いた」
「それって、何歳の時ですか?」
「17歳だ」
「若! 少年王ですね」
「あぁ、あの頃は、若すぎた」
王位に就いて2か月後、再びヤノーシュ率いる従弟の軍勢が攻め入って来た。オスマンが支援しているのによく攻め入る気になったものだ、と思うかもしれないが、オスマンは援軍を寄越さなかった。それはアルカードのせいだ。
「我々の支援のお陰で王位に就けたのだ。これから貢納金をたんまり寄越せ」
「断る。オスマンなど最早用済みだ」
「なんだと!? 裏切ったな!」
「フン、私は最初からオスマンに臣従する気はない」
「キィィィィ!!」
というわけで、腹を立てたオスマンはアルカードに一切手を貸さなかった。むしろ、いっそ死ねばいいのに、ざまぁみろバーカと思った。
そして、結局王位を追われることになり、母方の伯父、かつてモルダヴィア王であったボグダン2世、ステファンの父のもとに身を寄せ、ステファンと知り合った。
その後、ボグダン2世は敵対貴族に暗殺された。逃げ場を失った二人は、藁にもすがる思いでヤノーシュのもとを訪れたのだ。
「ていうか、お父さんはよくミネアさんが滞在することを許してくれましたね?」
普通なら「ふざけんな」と追い返してもよさそうだが、ヤノーシュは受け入れた。
「それはそうだろう。私もステファンも元々王位に在った人間の息子なのだ。利用価値はいくらでもある」
「・・・・・政治の世界って、スゴイ」
利用価値があったのはお互い様だ。父とクリシュナを殺し、アルカードから王位を剥奪したヤノーシュ。彼はクリシュナがまだ生きていた頃、敗戦の責任を追われて、死刑を宣告されていた。
しかし、ヤノーシュの将としての優秀さ、政治家としての卓越した才能、市民からの支持、それらの功績があったためにトランシルヴァニアで蟄居させられるだけで済んでいたのだ。
その間、敗戦の為に国王が戦死したハンガリーは無政府状態で大混乱に陥った。その為貴族たちから推挙され、新たに就任したハンガリー国王の摂政へ昇進した。
死刑を宣告されたのちに摂政にまで成り上がるなど、並の政治家でないことは素人にもわかる。それほどの人間の傍で学べることは、アルカードにとってもステファンにとっても、大きな経験、財産となった。
ヤノーシュはアルカードとステファンを側近として起用し、かなり重用していたようである。ヤノーシュの信頼を得ることに成功した二人は、徹底的にヤノーシュに臣従し尽くした。
当時ワラキアを治めていたアルカードの父方の従弟は、なんとも頼りない感じで、優柔不断な男だった。傍でアルカードを見ていたヤノーシュは、当然こう考えた。
「あのうだつが上がらない男よりも、ヴラドの方が余程賢いし判断力もあって、相当使えるな。コイツをワラキア王にしてやろう。モルダヴィアもステファンを王位に就ければ、わしの政策に協力的になるはずだ」
そう考えて、支援を表明した。その後ヤノーシュがペストで死亡したのを機に、ワラキアに侵攻。
アルカードは25歳で再び王位に返り咲き、その翌年ステファンも24歳で王位に就いた。
「あはは、ミネアさんが勝ったんですね」
「その時はな」
アルカードは数々の政策を打ち立て、ワラキア国内は大きく変わった。
父とクリシュナを裏切った貴族を徹底的に弾圧し、虐殺した。
直臣や農民からなる組織的な常設正規軍と、精強な親衛隊を組織して軍事改革も行った。
更に、外国貿易商人との市場を国境に開設、経済的な侵略を行っていたドイツ系商人を排除することで国内の経済産業を育成、戦乱によって疲弊した国力の回復に努めた。
オスマンに対しては、2年は貢納金を払ったが、その後は貢納金が引き上げられたのを機に拒否。
ドナウ河岸のオスマン軍守備隊を電撃的に壊滅させ、十数万の兵力を持ち、当時最強といわれたオスマン軍の侵攻に対して、ルーマニア伝統の焦土戦に加え、奇襲と退却のゲリラ戦術を使って対抗。
1数万のオスマン兵を串刺しにして戦意を削ぎ、スルタンの幕舎を襲撃し、僅か一万の兵力で十万を超える大軍であったオスマン軍を撃退した。
「ミネアさんすごーい! 本当に英雄じゃないですか!」
この頃既に王位に就いていたマティアス、ステファン、アルカード。この3国とトランシルヴァニアはオスマン相手に善戦し、当時のルーマニアは最前線であったが、キリストの砦、盾とも呼ばれ、近隣のキリスト教国から多くの賛辞が寄せられていた。
しかし、圧倒的不利な戦いと焦土作戦によってアルカードの勢力は低下していった。
再侵攻したオスマン軍に随軍してきた弟は、完全支配領ではなく貴族の領有権を残した臣従国とする意向を伝えて地主貴族を糾合、ワラキアの南半分を領有してオスマンと和平条約を結んでしまった。
アルカードは、弟の率いる国内の貴族とオスマン軍に追われてトランシルヴァニアに亡命することとなってしまった。
この間のアルカードの治世は、僅か6年足らずだった。
「捕まってた時期の方が長いんですね・・・・・」
「黙れ」
「痛ッ!!」
アルカードはその事を相当気にしているようで、ミナは拳骨を食らった。
「そう言えば、最初の奥さんとはいつ結婚したんですか?」
「エリザベートとは、復位した翌年、26歳の時に結婚した」
「いつ、亡くなられたんですか?」
「私がハンガリーに捕えられて、1年後だ」
「えっ!? 逮捕中に!?」
逮捕中に、というか、逮捕されたために、妻エリザベートは死んでしまったのだ。
王位を追われてトランシルヴァニアに逃げたアルカード。その頃妻は側近たちと別の城に隠れ住んでいた。
しかし、トランシルヴァニアに渡って少しして、アルカードが逮捕されたと聞いて、エリザベートは焦った。
既にワラキアは弟の手に渡った。アルカードが逮捕されたとなれば、その隙をついてオスマンが攻めこんでくるかもしれない。そうなって、自分が捕まってしまえば、オスマンはモルダヴィアやトランシルヴァニアに攻め入る口実に、自分を人質にとって、アルカードの処刑や政権を明け渡すように要求してくるかもしれない。
当時、戦争中に女や子供を攫うのはごく普通の事で、戦利品として捕えられた。捕えられた者は奴隷として売られたり、政治の道具として使われたりすることは、ごくごく当たり前の事だった。
ただの女と違って、エリザベートはアルカードの妻。捕まって政治の道具として使われた後は、エリザベートの身分を面白がった者たちに、奴隷として高値で取引されるのは目に見えた。
アルカードの妻であること、その誇りを汚したくはなかった。アルカードの足かせになるのもゴメンだった。エリザベートは心の底からアルカードを愛していた。だから、城の天守閣からドナウ川に身を投げ、自ら命を絶った。
その報せを聞いて、アルカードは絶望した。アルカードもまた、エリザベートを心から愛していた。
政略結婚だったが、エリザベートは美しく聡明で、洞察も鋭くアルカードの政策にも理解を示し、常に国や国民の事を思い、時には励まし支え、アルカードの良き妻であるとともに、良き理解者であった。
通常、貴族や王族育ちの女で、そこまで政治に堪能な女などいない。なにせ、当時の王侯貴族の娘と言うのは、政略結婚の道具か、子孫を作る道具としてしか価値がなかったからだ。
当然、権力を行使することは知っていても、活用することは知らない。それが当たり前で、自制心を以て権力を濫用することなく、国を思える者などそうそういないものだったのだが、エリザベートは普通の貴族育ちの女とは違って、アルカードに変わり女王として立っても良いとアルカードが思えたほどに、為政者としてもその妻としても、十二分に素養を持っていた。
それほどの妻と出会って結婚できたことは、アルカードにとっては至上の財産であった。国の為にも自分の為にも、なくてはならない女であった。彼女が死んでしまったことは、国の崩壊とアルカードの人生の終焉を思わせるほどに、彼女の存在はとてもとても、重いものだった。
アルカードの悪口を言い触らし、しかもエリザベートが死んでしまい、絶望するアルカードの様子に、さすがのマティアスも狼狽えた。
「ステファン殿! どうしましょう! 僕のせいで、どうしよう!」
「・・・・・バカ、今更慌てたって、どうにもならない。しばらくはそっとしておけ」
「どうしよう、僕。ヴラド殿は、僕を恨みますよね?」
「否定は、できないな。でも、逮捕した以上、すぐに開放するのはやめろ。今解放したら、アイツは何をするかわからない。アイツは執念深い性格だから、しばらく落ち着くまで、そっとしておいてやれ」
「・・・はい」
そして、当初トランシルヴァニアの監獄に囚われていたアルカードはハンガリーに移され、城を与えられ、そこで贅沢な生活を与えられた。
この待遇は、誤認逮捕で捕えた事、今は解放できないこと、エリザベートを死なせてしまったマティアスの贖罪でもあった。
(前世の私、最悪だ! 災厄だ!)
なかなかどうして、偶然にも最悪なマティアス。そんなマティアスの良きアドバイザーとなったのはステファンで、ある時アルカードの捕えられていた「ソロモンの塔」を訪れた時に、謁見中にやって来たマティアスの妹、マリヤ(22)を見て、すぐさま食いついた。
「お前の妹、イイな」
「ちょ、やめてくださいよ。マリヤはダメですよ」
「違う! お前、エリザベート妃に会ったことなかったのか?」
「ありませんけど、なんです?」
「マリヤ姫は、エリザベート妃によく似てる」
「え?」
「使える。これは使える!」
というわけでステファンの入れ知恵に、それなら罪滅ぼしになる上に、アルカードを支援して復位させることが出来ると画策し、マティアスも賛同した。
そうしてアルカードにマリヤを紹介してきて、エリザベートに生き写しのマリヤに、アルカードは一瞬で心を奪われた。再び妻が手元に戻って来たと歓喜して、何とか絶望の底から這い上がって来たのだ。
その代わり、同盟の盟約としてマリヤを生涯妻とし、子を成し、対オスマン連合軍としての参加と、カトリックに改宗するように言われ、正教会からカトリックへ宗旨替えした。ハンガリーはカトリック教国だったからだ。
しかしこの改宗が、敬虔な正教徒であったワラキア国民の心を離してしまう事になってしまった。
捕えられたソロモンの塔の中で、アルカードはひと時の幸せをかみしめた。若く美しい妻。子供も3人も恵まれ、マリヤと子供3人を育てて暮らし、この頃が恐らく一番平和であった。
そして、時は来た。オスマンがトランシルヴァニアに本格的に攻め入ることになり、アルカードは12年ぶりに解放され、黒軍指揮官として出陣し、戦場を駆った。
「援軍が来たな。誰の旗だ?」
「一人はトランシルヴァニアのバートリ将軍です。もう一つは見たことありませんね」
「バートリ将軍か、強敵だな。見たことないとは、どんな旗だ?」
「えぇ、あれは、ウロボロス、ですね。ドラゴンのウロボロスです」
「! ドラゴンのウロボロスだと!? 退け! 撤退だ!」
「え? 将軍?」
「わからないのか! 竜のウロボロスだぞ!」
「・・・・・まさか!」
「くっ、あの男が出てきていたとは・・・・・竜王の名を継ぐ者、ヴラド・ドラクレア! 奴は、狂ってる!」
指揮官・元帥をアルカード、当時勇将と謳われたミラーカの祖先が将軍として戦場に現れると、オスマンはスゴスゴと退散していった。
その後、マティアスとステファンの支援により、3度王位に返り咲いた。
王位に就いてからも戦争に明け暮れた。二人の支援が滞りなく完了し、ワラキアから両国軍が退いて行ったのを見計らったかのように、オスマンが攻め入ってきたのだ。
その日も、帝国軍を撃退した。指揮を執っていた丘の上から撤退する帝国軍を眺めていると、朝日が目を刺した。
後方で、馬蹄の音が響いた。そこには、いるはずのない人物がいた。
「兄上、あなたに神は降りてきませんよ」
貴族の裏切りによって、アルカードの陣営内にまで侵入することに成功した、弟、ラドゥ。ラドゥはそう言って、馬上からアルカードを斬りつけた。
そして、気を失っている間に、アルカードが連れて行かれた先は、父とクリシュナが暗殺された場所だった。
そこには断頭台が用意してあって、既にアルカードの先に何人も断頭台の露と消えたようで、夥しい血が撒き散らされている。
折角、マティアスとステファンのお陰で復位できたのに。折角、妻も子も得られたのに。これから、国を再興しようと思っていたのに。
いつも、弟に邪魔をされる。いつも、オスマンに邪魔をされる。宗派を変えても、神に祈っても、神はいつも祈りを聞き届けてはくれない。
あれほどキリスト教の為に戦ったのに。少年時代も、5年間も耐えたのに。アルカードがどれほど努力しても、抗っても、足掻いても、願っても、祈っても、アルカードの理想は、ついに叶う事はなかった。
断頭台に固定され、薄笑いを浮かべて剣を握るラドゥの視線の先で、アルカードは、世界を呪った。この世のあらゆるものを憎んだ。
三千世界の万物全てが、死に絶えればいい、そう思った。
その瞬間、アルカードに魔が憑りついた。自ら魔を引き寄せ、その身を魔に窶した。
「そうして私はここで死に、ここで生まれた」
現在ワラキアの位置にある、ブカレスト。ここに在ったとされる修道院で、アルカードは45年の人間としての人生に、幕を閉じた。
奇襲、奇策、非道な所業。圧倒的な強さと、執念深さと不撓不屈の精神とキチガイぶりは、後世において悪名と並行して、マティアス、ステファンと並ぶ英雄と語られた。
そんな織田なアルカードの死後の話。
「実は、私は自分の遺体をでっち上げたのだが」
「あ、そっか。死んだ事にしなきゃいけませんしね」
「そうだ。私と似た兵士と服を交換して、裏切った貴族に引き渡してやったのだが、私の遺体は面白い場所に葬られた」
「どこですか?」
現在トルコの首都となっているイスタンブール。かつて、東ローマ帝国の首都であり、現在、東方正教会およびアルメニア使徒教会により総主教座を置かれている。
かつてはコンスタンティノープルと呼ばれた、正教会の聖地だ。
アルカードが死んだ頃には既にコンスタンティノープルはトルコにより陥落させられており、オスマントルコの首都に遷都されていた。
なので、オスマン兵はスルタンにアルカードの首を献上するために、コンスタンティノープルへ運んだわけである。
「よりによって、聖地ですか」
「全く皮肉なものだ。まぁ、葬られているのは私ではないがな」
「んー、まぁ、そうですけどね」
死後、アルカードは国内を徘徊して、自国軍や同盟軍に混ざってオスマン兵を食い荒らした。ちなみにその頃、クリシュナも同じことをやっていた。
その間、モルダヴィアやハンガリーの動向もたまに観察して、マティアスとステファンが国王として活躍しているのを見て、嬉しく思った反面羨ましくもあり、同時に申し訳なくも思ったようだ。
「特にステファンにはな。よりにもよって奴は聖人なぞになってしまったし、マティアスに至ってはローマ皇帝の座の簒奪など狙っているし・・・・・私は化け物などになってしまって、ついには開き直った」
ご立派な二人と違って化け物になってしまった、不幸極まりないアルカード。ついに開き直って、最強の吸血鬼を目指すことにした。
なにより、元々イカレたキチガイだったので、吸血鬼の圧倒的な力を以て戦場を駆り、オスマン軍やローマ帝国軍を電撃的に打撃するのは、相当面白かったようだ。
「道理でミネアさん、やたら強い使い魔がいるはずですね」
「あの当時戦乱の世でさえなければ、私も大して強くもなかっただろうがな」
時代がアルカードに、大量の餌を与えてくれたわけだ。戦争で人が死のうが、化け物の襲撃で人が死のうが、死ぬ事に変わりはないのだから同じだ。
「あぁ、あの頃は鉄火、烈火、血で血を洗う闘争。いい時代だった。またあのような時代が来ないものか」
「ヤですよ、そんな時代・・・・・現代じゃそんな時代来ませんよ」
「や、わかんねぇぞ。案外第11次元で、そう言う戦争が起きるかもなぁ」
アンジェロに言われて、すぐにアレスの顔が浮かんで、なんだかそんな気がした。
(戦争狂って、どこにでもいるんだな)
平和のため、守るため、侵略のため、あらゆる理由の為に戦いを繰り広げる。それが人間の歴史であり、吸血鬼の歴史であり、闘争こそが、生命の本質なのだ。
★一人殺せば殺人者だが何百万人殺せば征服者になれる。全滅させれば神だ
――――――――――ジャン・ロスタン




