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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第3章 歴史が語る三位一体
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過去の記憶がお前に喜びを与えるときにのみ、 過去について考えよ


「デケェ」

「スゲェ」

「青いね」

「青銅なんだから当たり前だろ」

「それにしても、ルーマニアって可愛い子が多い・・・・・」

「イケメンも多いですねぇ。道理で旦那様も素敵なはずですね!」

「この顔は私の素顔ではない」

「・・・・・」

 ひたすらハンガリーを堪能してやって来たのはルーマニア。やっとのことでアルカードの故郷に不法入国だ。


 とりあえず、とやって来たのはヤシという街だ。この町のステファン・チェル・マーレ通りに面した文化宮殿の前で、全員で青銅像を見上げている。通りの向こうには教会や修道院が顔を覗かせる。

 ルーマニアのヤシなど、東北部にはやたらと教会などが多い。このあたりの地域の人間は、ものすっごく信仰心が深いのだと言う。

 どのくらい深いかというと、

「この間、恋人とデートをしたの。それで、彼の家に行ったらつい盛り上がって・・・・あぁ、神様! 私は罪を犯しました! お許しください!」

 というレベルだ。とてもではないが信じられない。この信心深さはエンジェルウイルスが蔓延する以前からであったが、ウイルス蔓延後は更に信仰心が深まったようで、純血種はこのあたりにいるだけでも具合が悪そうにしている。

「早くトランシルヴァニアに行きたいわ。アルカード、そんなに友達の墓参りをしたいの?」

「黙れ」

「あぁ、嫌よ。あなたの友達のお墓は修道院にあるんでしょ。私は行かないわよ」

「「僕らも行きたくない」」

「・・・・・」

 仕方がないので純血種は先に別荘に帰した。



 純血種を除いたメンバーでやって来たのは、スチャバと呼ばれる地域の山の中だ。この辺りは今でも馬車を交通手段に使っていて、近世と中世の橋渡しをしたかのような時空を感じさせる。

 その中にそびえ立つ青い屋根に白い壁の巨大な修道院。正教会、生神女マリヤに捧げられる、プトナ修道院だ。

「ここは世界遺産とかじゃないのか・・・・・」

 某ガイドブックを手にして少しガッカリする。が、ここは確かに世界遺産ではないが、ルーマニアの人々にとっては、1・2を争う最重要の修道院なのだそうだ。

 その最重要の意味は、近づくだけでわかった。

「う、わ! 怖い!」

「うわ! ムリムリ!」

 シュヴァリエ達はあまりの聖なるパワーに尻込みして、修道院へ続くゲートにすら近づく事も出来ない。ミナも寒気がして仕方がない。


 ド田舎の山の中だと言うのに、修道院を訪れる人間は昼も夜もかなりの数にのぼり、この修道院に寄せられる信仰の深さが尋常ではないことは明らかだ。

 これは純血種でなくても、ミナやアンジェロの眷属レベルでもビビるほどだ。

「情けない」

 本当にアルカードに弱点はないようだ。一人でさっさと行ってしまおうとする。

 が、ここでこいつが負けず嫌いを発揮する。

「うるっせぇ! 俺も行く!」

 アンジェロが頑張って後を追い始めたので、ミナも渋々ガクガク震えながら、後を追う事にした。ちなみにクライド達やシュヴァリエ達はギブアップだ。

「いってらっしゃーい」

「ガンバ!」

「う、うん!」

 まるで、肝試しにでも向かうような気分で相当ビビりながら、見送るみんなに手を振り修道院に向かった。



 もう、入り口から全力でミナ達を拒絶する。入り口にはいきなりのイコンだ。ミナは一瞬意識が遠のいた。が、何とか持ちこたえた。

 何より早くいかないと、こんな恐ろしい場所で一人きりにされてしまう。

 アンジェロとアルカードはさっさと行ってしまって、後を追わねば一人で恐怖の館を彷徨う羽目になる。ミナは必死で歩を進めた。


 なんとか頑張って二人の後を追う。奥に進むにつれて具合が悪くなってきて、意識が朦朧としてきそうだ。同格の割に頑張るアンジェロ。意地と気合で持ち堪えている様だ。

「ははは、小僧、顔色が悪いぞ」

「うるせぇ」

「話しかけられると意識が飛びそうか?」

「うるっせんだよ! ボケ!」

「大丈夫か? なんなら手を貸してやるが?」

「余計なお世話だ!」

 弱っているアンジェロなど滅多に見れないので、アルカードはここぞとばかりに攻撃する。実に楽しそうだ。

(二人とも、元気だな。私、もうダメかも)

 ミナは今は何を言われても、言い返す気力すら尽きかけている。来るんじゃなかったと心底後悔しながらなんとか着いて行くと、アルカードは足を止めた。



 その前には大きな石棺があって、銀の杯と壁画が描かれている。跪く金の輪が乗った男と、生神女マリヤ。

「王冠を外したと思えば、金の輪か。信心深い、奴らしいことだ」

 アルカードはそう言って、石棺に十字を切った。


 この地を含む、ルーマニア東北部モルダヴィア。かつてルーマニアは3つの国に分かれていた。トランシルヴァニア、ワラキア、モルダヴィア。

 アルカードが治めていたのはワラキアで、トランシルヴァニアはマティアスの父、マティアス1世がハンガリー王についていた頃はミラーカの祖先が、そして、モルダヴィアで王となっていた者は、今はこの石棺で眠っている。

 50年以上も王位にあり、モルダヴィア国民から熱烈に信奉され、信心深かったこの王は、戦争に勝利する度に修道院や教会を建てた。

 その王が開いた会戦は40を超え、その内敗北は4度ほどだったと言われている。なのでモルダヴィアには修道院や教会が数多く建立された。

 この王もまたオスマントルコに徹底抗戦し、正教会でありながら、カトリックローマ教皇からキリストの戦士と讃えられ、死後は正教会において聖人に叙された。

 聖職者でない人間が聖人に叙されることは極めて少ない。なのでこの辺り、特にこの修道院は人々の信仰を集めているのだ。



 今も尚モルダヴィアの各地にその名を遺す、ステファン・チェル・マーレ(偉大公)

 ワラキアもそうだがモルダヴィアは小国で、常にイスラム教国であるオスマンの驚異に晒されていた。

 しかし、オスマンが攻略にやって来る度に返り討ちにし、鉄壁の守備を誇っており、近隣からはキリストの守護者とまで呼ばれていた。

 ステファン3世、彼が国民から熱烈な支持を得ていたのは、中央集権化により地方貴族の暴徒化を抑え込み、税制を巧みに操り、商人や農奴を優遇していたことにある。

 宗教による意志の統一によって、対オスマン防衛戦には貴族を含め国民たちは奮起し、進んで戦場に身を投じた。

 それほどの信頼を勝ち得ていたのは、国民、領土、キリスト教を守り抜こうとするそのステファン3世の姿勢と行動力と信仰心に、国民が強く心を打たれたからである。


 アルカードがハンガリーに逮捕されている間、ワラキアの公位に就いていたのはオスマンの息のかかった者。

 当然それでは都合が悪かったので、アルカードの縁者を擁立し、ステファン3世はワラキアにも何度も戦いを仕掛けた。

 その間ステファン3世はマティアス1世に何度もアルカードを解放するよう打診したらしいが、そもそもアルカードを逮捕したのは、ハンガリーがカトリック教国に

「僕はヴラド2世を捕まえてワラキアを牽制しとかなきゃいけないんです。十字軍遠征なんかやってられませーん」

 という口実を作るためだったので、その口実を上回る事態が発生しないと解放してくれなかったのだ。


 ものすごく自己中な理由だが、そんな勝手が通用したのもハンガリーが強豪だったため。

 ステファン3世とアルカードはしばしば

「権力をかさにきやがって、あのクソガキは本当に腹が立つ!」

 と、愚痴り合っていた。


(前世の私って、友達甲斐のない人だな)

 普通ならそうだが、小国はいずれも強豪の思惑に操られるものだ。

 が、オスマンが不穏な動きを見せ始め、ステファン3世がマティアス1世に入れ知恵した。

「お前の妹をヴラドの嫁にやれ! アイツの弟はオスマンの援軍として出陣するから、ヴラドを王にして共闘しろ。でないと挟み撃ちにされるぞ!」

 当時ワラキアの王に就いていたのはアルカードの弟で、そもそもアルカードがトランシルヴァニアに逃げたのは、オスマン帝国に寝返った弟が攻め込んできたからだ。

 この弟とステファン3世は政治的にすこぶる相性が悪かったので、ワラキアに攻撃を仕掛けていたのだが、アルカードの代わりに擁立しようとした親戚が、アルカードと違ってあまりにも使えなかったので見切りをつけ、仮にキチガイでも有能で仲良しのアルカードが王でいた方が都合が良かったわけだ。


「仲良しだったんですか?」

「付き合いは長かったからな」

 出会いはアルカード17才、ステファン3世15才のとき。アルカードが伯父を頼りモルダヴィアに亡命したことで知り合った、アルカードの従兄弟だ。

「従兄弟ですか!」

「そうだ。それで伯父が亡くなるまで共にモルダヴィアで過ごし、伯父の死後ステファンと共にトランシルヴァニアにマティアスの父を頼りに渡ったのだ」

 つまり、アルカード、ステファン3世、マティアス1世は若い頃から友達として交流があったのだ。


 よくこんな話を3人でしていた。

「ヴラド、俺が王位についたら、俺がお前を王にしてやるよ」

「生意気な。それは私の台詞だ」

「や、俺のが絶対先に復位するから。お前は待ってろ」

「私が世話してやるから、お前が待っていろ」

「なんでお前そんなに負けず嫌いなんだよ!」

「お前もな・・・・・加えてお節介だな、お前は」

「そう言うお前はしつこいよな」

「黙れ。・・・・・しかし、どう思う、マティアス。どちらが先に復位すると思う?」

「さぁ? 僕関係ないし、どうでもいいです。二人とも頑張ってくださいねー。あ、なんなら僕が二人を支援してあげましょうか? 僕と父上で邪魔な貴族は追い出してあげますよ!」

(コイツむかつく)

(このボンボンの小倅が)

 割と苦労人のステファン3世、超苦労人のアルカードは、温室育ちの王子様に頻繁にイラつかされた。が、なぜか憎めない王子様を含め、よく3人で将来を語って、互いに王になろうと誓いあった。


 なんだかんだで3人でよくつるんでいて、アルカードとステファン3世は縁故もあるし年も近かったのでかなり親しい友人として、同盟国の王同士として生涯に渡って繋がりがあった。

 長く続いた友情は、篤いものだった。アルカードが死んだと聞いて、ステファン3世はひどく嘆き悲しんだという。


「まぁ、奴とは・・・・・ハァ」

 色々思い出したらしく、それはそれは深い溜息を吐くアルカード。

「どうしたんですか?」

「・・・・・生意気で、負けず嫌い。確かにそこは・・・そこだけだ」

 アルカードの様子に、察しがついた。

「もしかして、ステファンさんって、アンジェロですか?」

「・・・・・」

 答えたくないらしいが、アルカードの事だ。この無言は肯定だ。

 

 結局前世から知り合いだったミナ、アルカード、アンジェロ。今と違うところはミナの性別と、ミナとアンジェロの関係が逆だった、という事くらいだ。

 やっぱり連理の木は昔から繋がっていたようだが、アルカードにとってステファン3世は親友だった。だからこそ余計にアンジェロがステファン3世なことが相当不服なようで、いかにも苦虫を噛み潰した、と言った顔だ。

「何故よりによって小僧なのだ」

「知るか。こっちが聞きてぇよ」

「やはりガセネタなのではないか?」

「そう願いてぇとこだ」

 アンジェロはアンジェロで、自分が王様だったことは嬉しいようだが、やはりアルカードとの関係性は気分が悪いらしい。


 が、実に残念なお知らせだが、これは事実なので仕方がない。双方には諦めてもらう他ない。

 やはり野心家で負けず嫌い。生意気だがアルカードとの友情に篤く、信心深く、国民から信頼厚かった豊臣なステファン3世。彼の事で一つだけアルカードには理解が及ばない部分があったようだ。

「マティアスもそうだが、私も妻は二人娶った」

「え? そうなんですか。じゃあマティアスさんの妹さんは後妻?」

「そうだ。先妻と死別したからな。それはマティアスも同じ理由だ」

「・・・私、前世でも配偶者と死別したんですね」

「そうなるな。が、ステファンは4人妻を娶った」

「そんなに奥さん亡くなったんですか?」

「いや、側室だ」

「へぇ? この辺は一夫多妻制なんですか?」

「違う」

「えぇ!? 違うのに!?」

「違うのに、だ。全く、信じられん。この件では私とマティアスで、散々文句を言ったものだ」

 英雄色を好むとはよく言ったもので、妻が4人と他に愛人もいたらしい。


「あぁ、でもなんか、アンジェロなら納得」

「納得すんな」

「なんだ、お前浮気でもしているのか」

「してねーよ!」

「・・・“今は”か。ミナ、気を付けるんだぞ」

「気を付けます!!」

「しねぇって・・・・・なんなんだよ、もう・・・・・」


 ただでさえギリギリの精神を保っていた気合は一気に瓦解したようで、アンジェロはフラフラと柱に寄りかかった。

「浮気とかしねぇし。それに、眷属の契約をする時に言っただろ。アンタの願いは、俺が叶えてやるって。アンタが俺がミナを大事にすることを望むんなら、当然そうしてやるよ」

「フン。いっそお前が浮気でもすれば、私がお前を殺すいい口実になるものを」

「・・・絶対しねぇ」

 アンジェロは朦朧とし始めた頭で、半ば不本意に浮気をしないことを誓った。

(600年も前の事なのに。つーか俺じゃねぇだろ。いや、でも、あぁ・・・)


 結局過去に色ボケていたことがあったので、やっぱりアンジェロはひそかに落ち込んだ。が、すぐに立て直した。

「なんにしても過去は過去! 今は関係ねぇ!」

「そうか。今後が非常に楽しみだ」

 アルカードはなにか罠でも仕掛ける気らしい。

「確かにアンジェロの言う通り、昔の事ですから。これから問題起こしたら、私が切腹しますよ」

「その際は私が介錯に立とう」

「お願いします」

「・・・・・」


 アンジェロは浮気をしないことを、前世の自分の壁画に本気で誓った。









★過去の記憶がお前に喜びを与えるときにのみ、 過去について考えよ

――――――――――オースティン

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