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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第3章 歴史が語る三位一体
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変わらぬ友を求める者は、墓地へ行け



 再び、ハンガリーに戻ってきた。アンジェロとアルカードが、どうしてもブダの王宮の丘に行きたいと言ったからだ。

 どの道移動手段はアンジェロの転移なので、アンジェロが行くと言えば行くことになるし、行きたくないと言えば行かないことになる。他の者には何の権利も与えられていない。

 しかし、王宮の丘は見どころが山盛りだ。何と言っても世界遺産がある。なんだかんだで結局楽しみになって、ルンルンと丘を登った。


 見えてくる、バロック様式の大きな建築物。

「ふやー! あれが世界遺産、ブダ城! 素敵!」

 13世紀に建築され、14世紀にゴシック様式に改修、その後ハプスブルグ家によって18世紀にバロック様式に改築されたこの王城は、「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」として世界遺産に登録されている。要するにこの王城周辺一帯が世界遺産だ。


 現在はハンガリー国立美術館、プダペスト歴史博物館、軍事歴史博物館などが置かれている。

 残念ながら時間はもう夜だったので、博物館を楽しむことは出来なかったが、外観だけでもミナはお腹がいっぱいだ。

「わー! すごい! 素敵! あっちの王宮も見たい!」

「ハイハイ」

 苦笑いするアンジェロを、ハイテンションで引きずり回す。


 王城の中心部へやってくると、ライトアップされた巨大な教会が視界に飛び込んできた。

 こちらは華麗な後期ゴシック様式の建築で、特徴的なジョルナイ製のダイアモンド模様の屋根瓦や、ガーゴイルの樋嘴を乗せた尖塔が、いちいちミナのハートをくすぐる。

 その教会の前の広場には、青銅の像が立っていた。

「ハンガリーの王様かな?」

 見上げていると、ミラーカが寄ってきた。

「この教会はね、聖母マリア教会と言うのが正しい名前なのだけど、ハンガリーの英雄と呼ばれた、かつての王の名前が付けられているのよ」

「それって、この像の人ですか?」

「そうよ。マティアス・コルヴィヌス1世。ハンガリーにかつてない繁栄をもたらし、歴史上もっとも偉大だとされる賢君であり、アルカードの、友人よ」

「えぇっ!? そうなんですか!?」

 ミラーカの言葉に驚きのあまり飛び上がった。すぐにアルカードに振り向くと、ミラーカに向かって溜息を吐いた。

「余計なことを・・・・」

「いいじゃない。あなたと違って、あなたの友達は立派ね」

「余計なお世話だ」

「ふふっ、冗談じゃない。そんなに怒らないで」

 以前と変わらず、アルカードを怒らせておきながら笑ってスルーしたミラーカは、アルカードの友人である、マティアス1世の事を色々教えてくれた。


 強豪国ハンガリーの王、マティアス1世。彼とアルカードは10歳の歳の差があったが、幼少の頃から交流があった。同じ男に帝王学を教育され、共にトランシルヴァニアで過ごしたからだ。

 その為、マティアスが王位に就くと、当然政策はアルカードと一致する。

 反ハプスブルグ、反オスマン帝国。当然の様に同盟を組んだ。

「それなのにね、マティアス1世はアルカードを逮捕しちゃったのよ」

「逮捕・・・・・アルカードさん、何やらかしたんですか」

「黙れ。誤認逮捕だ」

 これは本当に誤認逮捕だった。アルカードが王位を捨ててトランシルヴァニアに逃げたために、オスマンと内通していると疑いがかかり、同盟国の筆頭であったマティアスは即座に逮捕監禁した。


 なんだかアルカードも色々と思い出したようで、苦い顔をしながら口を挟んできた。

「腹の立つことにマティアスの奴、私を逮捕している間に、近隣諸国やヨーロッパにまで私の悪口をビラにして配りまくっていた」

「・・・・・本当に友達だったんですか」

「友情と政治は別物だ」

 アルカードが鬼の様に残虐非道な下種野郎だと書かれたビラは、当初はマティアス1世は間違っていない、という事を近隣に知らしめるための物であったが、この悪口が後に大いに役立った。

 結局マティアス1世はすぐに誤認逮捕だと気付いてわざとそうしたわけで、アルカードの待遇は逮捕とは名ばかりで国賓扱いだった。

「それ、逮捕って言うんですか?」

「あれは逮捕とは呼ばんな。ただの客だ」

 要するに、その頃アルカードは悠々自適に食っちゃ寝していたわけである。


 なんだかんだで12年もハンガリーに捕まっていたアルカード。その間に、マティアス1世はアルカードに贈りものを寄越した。

「ある日突然だ。「僕の妹をお嫁さんにあげます」ときた」

「えぇっ・・・どうしたんですか」

「若く美しい娘だったのでな。嫁にもらった」

「貰ったんだ・・・・奥さん何歳だったんですか?」

「二十歳そこそこだったな」

「アルカードさんは?」

「黙れ」

「・・・・・・」


 36歳でそんな若い嫁まで貰ってしまったアルカード。

 しかも12年経って解放されると、同盟軍の旗印として、マティアスの擁する軍の指揮官として出陣。悪口のお陰で、オスマン帝国軍はアルカードが出てきただけでビビッて撤退した。

「結局そのおかげで王位を奪還出来た。奴は最初からそのつもりで妹を嫁に寄越したわけだ。自分の縁者が私と結婚すれば、支援を申し出ても異論は起きないからな」

「なるほど! 小賢しいですね」

「全くだ」

 王位を奪還した上に、嫁を貰ったおかげで子供も3人できた。この頃のアルカードは最高にハッピーだった。


 が、その後すぐにアルカードは死んでしまった。

 折角王位を取り戻す手伝いをして、しかも妹まで嫁がせてやったのに、マティアス1世はさぞガッカリしただろう。

「ふん、奴に関してはそのくらい構わん。小さな復讐だ」

 自分が死ぬのが復讐とは意味が解らなかったが、期待を裏切ってガッカリさせられれば、確かに小さな復讐になるかもしれない。

「復讐って、マティアスさんに恨みでもあったんですか?」

「正確には、奴の親父だ」

「マティアスさんのお父さんって事は、ハンガリーの前の王様?」

「いや、あの頃はトランシルヴァニア公だった。マティアスの父、そいつが私の父と、クリシュナを暗殺した首謀者だ」

「えぇぇっ!! ウソっ!」

 ウソではない。つまり友人マティアス1世は怨敵の息子だ。


 アルカードは腹の中ではすぐにでもブッ殺す、くらいの勢いであったが、マティアス1世の父は非常に屈強な将軍、かつ優秀な政治家だったため、その怨敵に取り入って国交を深めた。

(あ、なるほど。その頃にアルカードさんの二面性が築かれたわけね)

 その頃は常にA面だったに違いない。その間にマティアス(当時10歳、アルカードは20歳)と知り合って交流を深めたわけである。

 当然お互いに王侯貴族同志、互いの関係が後に有効に働くことはわかりきっていたので、最初から懇意にしていたわけだ。

「な、なるほど。なんかスゴイですね。友情に政治が絡んでたんですね」

「それが為政者と言うものだ」


 

 マティアスもアルカードと共に、優秀な親父に帝王学を教育されたため、相当野心的な男になった。

 アルカードの死後も、ガッカリにもめげずに進軍を継続。ボヘミアを占拠。その後さらに進軍。オーストリアを占拠し、神聖ローマ帝国皇帝およびハプスブルグ家を追い出した。

 更に神聖ローマ帝国皇帝の座を狙って、ウィーンに進軍を開始。

「野心的すぎる」

「私は無謀だと思ったがな。が、奴の軍は戦場の芸術と呼ばれるほど強大で、尋常ではない強さだった。奴が急死しなければ、案外皇帝の座も奪えたかもわからんな」

 その歴史に名を遺す“黒軍”。群雄割拠の軍は進軍と共に膨れ上がり、その勢いは西欧列強を震撼させた。

 が、マティアスが急死した為に、黒軍の歴史も終焉を迎えた。

 その生涯でマティアス1世自らが指揮官を務めた戦争は22回にものぼり、その内敗北は5回。

 ちなみにアルカードが黒軍指揮官を務めた戦争は勝利だ。



 マティアス・コルヴィヌスカラス。鴉の名を持つこの王様は、鴉の様に小賢しく好戦的で野心的で、優秀な男だったようだ。

 彼が国王として優秀だったのは、その国力を維持、増大させたことにある。

 通常、戦争には莫大な費用が掛かる。軍の規模はその国力に比例する。

 度重なる戦争にも軍は拡大を続け、更に国力も拡大を続け、中世ハンガリーの歴史上、最隆の時代だったと言われている。

 国の経済はもとより市民の生活も潤った。

 それは当時当たり前だった一般市民からの徴兵を行わず、職業軍人を育成し、傭兵の様に雇っていた事にもある。

 市井の実情を知るために、水戸黄門の様な事をしていた、という伝説もある。その道中で助さん格さんのような、屈強な兵士と出会ったという伝説も。



 そんな徳川なマティアス1世の子供時代。

「奴は我儘で鬱陶しいガキだった。人が仕事をしているところにやってきては、遊んでくれと駄々をこねて。あぁ、今思い出しても腹が立つ」

 この頃王位を剥奪されていたアルカードだったが、相手は公国の王子様だ。邪険に扱う事も出来なかったのだろう。ものすごく渋い顔だ。


「はぁ、全く。結局はそう言う魂だったと言うわけだ」

「え?」

「お前の前世だ」

「は?」

「甘えん坊で我儘。鬱陶しくて人の話を聞かない、小賢しく無謀なバカ。それがマティアスで、前世のお前だ」

「はぁぁぁぁ!?」

 ミナは夜の教会の前で大絶叫したが、アンジェロとアルカードはそれがあったのでハンガリーに戻ってきたわけだ。

「え、ちょ、本当ですか!?」

「残念ながらそうらしい。が、言われてみればそんな気もしないでもない」

「ウソっ! 私前世でアルカードさんの友達だったんですか!」

「あんな奴は友達ではない」

「え、えぇぇ。ていうか、前世の私のお父さんがクリシュナ殺したの? なんかヤダぁ」

「ヤダはこちらのセリフだ。全く、腹が立つ」


 前世のミナはハンガリー王。アルカードの友人にして、同盟国の王。そして仇敵の息子で、義理の兄。何とも複雑な関係だ。

「えぇ、ていうか、ウソですよね?」

「ウソなら昔話などするものか」

「確かにそうですけど、あぁ、そうなんだ。私、王様だったんだ・・・・・私すごい!」

「・・・・・無駄に前向きなところがまさしくそれだ」

 無駄に前向きだからこその、無謀ともいえるほどの野心家だ。ミナも基本平和主義者ではあるが、正義感が強い分喧嘩っ早いところはあるし、そう言うところは好戦的と言っていいかもしれない。

 平和主義者だからこそオスマントルコに徹底抗戦していたわけだし、我儘だからこそ誤認逮捕でアルカードを12年も逮捕していたわけだ。

 ちなみにこの間裁判は一度も開かれず、アルカードはひたすら食っちゃ寝していた。


 自分の前世が偉大な人物且つ、初代旦那の仇だったと知って、喜んでいいのかどうなのか複雑ではあったが、前世でアルカードと交流があったことは、素直に嬉しかった。

「アルカードさん、これからもよろしくお願いしますね!」

「・・・・・」

「あ、娘が生まれたらお嫁さんにいりますか?」

「いらん!!」


 さすがに二度目は断られた。







★変わらぬ友を求める者は、墓地へ行け

――――――――――ロシアの諺

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