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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第3章 歴史が語る三位一体
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類は友を呼ぶ



「ここが、ミラーカさんの生家ですか?」

「そ、そうよ・・・・・でも、あぁ、ひどい」

 生家の前にやってきて、よよよと力なくアルカードに持たれるミラーカ。生家の現在の有様を見て、ショックを隠し切れないようだ。


 ブダ。ハンガリーの首都、ブダペストの西半分。ドナウ川の西岸に位置するこの場所でミラーカは生を受けた。

 ミラーカが生まれたのは400年も前なので、当然ミラーカの知っている頃とは全く違う。

 今では近代的な建物もかなり増えてしまったが、歴史を残してもいる。ミラーカの話では、昔は木立のある緑の多い丘陵地帯で、その丘を縫うようにこの地方独特の建築様式、尖ったピラミッド型の尖閣の様な屋根をした教会や、猩猩色の屋根の貴族屋敷、そして、今もなお残る王城が立ち並んでいたのだと言う。

 元々貴族、伯爵家の生まれであったミラーカも貴族屋敷に住んでいたのだが、この貴族屋敷が今はその姿を留めておらず、時代の流れに流されてしまった。

 今も工事中だ。着々と改修が進められるミラーカの生家は、悲しいことに教会にその姿を変えつつある。

 それで、純血種で教会になど近づく事すらできないミラーカはこの落ち込みようだ。勿論ミラーカは転生したため、出生地はインドとなるのでこの屋敷に侵入して土を採る必要はないのだが、この世界とのお別れの前に実家に寄っておきたかったようだ。

 が、時の流れはそれを赦してくれそうになかった。

「ハァ、もう、いいわ・・・・・ハァ」

 深く溜息を吐いて、ミラーカは気を取り直したようにアンジェロに向き、今度はオーストリアに連れて行けと強請り出した。


 ミラーカはハンガリーで伯爵令嬢として生まれ、オーストリアの伯爵家へと嫁いだ。意外にも国家間を跨ぐ恋愛結婚だったようだが、ミラーカの結婚した当時はハンガリーは神聖ローマ帝国の帝国領として、オーストリアに併合されていた。

 ミラーカが子供の頃はオスマントルコ領だったらしく、アルカード同様戦乱の世の中で、ヨーロッパ全土を支配した神聖ローマ帝国は各地で小競り合いが展開され、日本で言う戦国時代とは比べ物にならない程の戦争を繰り返していた。

 その戦乱の世でミラーカはカルンシュタイン伯爵に出会い、恋をして、周囲の反対を押し切って出奔。伯爵と結婚したらしかった。


 周囲の反対があったのは、ミラーカの生まれである伯爵家が、当時の神聖ローマ皇族と敵対する一族であったという事がある。

 当時の皇帝、そしてハンガリー王はハプスブルグ家だったのだが、トランシルヴァニアの名門貴族だったミラーカの実家は、アルカードの世代からずっとハプスブルグと敵対してきた、いわば宿敵である。

 ミラーカが生きていた頃も、本家から飛び出した一人がオスマントルコに寝返り、オスマントルコ軍を引き連れてオーストリアに攻撃を仕掛けるほどであった。

 ミラーカの一族は歴史上何度も帝国に対してそう言う事を繰り返してきて、目を付けられるどころか確実にブラックリストに載せられていたはずだ。

 その宿敵の帝国領まっただ中、その息のかかった伯爵家に嫁ぎたいと言えば、それは反対もされるものだ。旦那側にしても同様だ。


 その因縁もさることながら、なによりミラーカの父はミラーカを手放すことを嫌い、幽閉していたほどだったと言う。

「お父様はね、可哀想な方だったのよ」

 郷愁と憐憫を滲ませた瞳で生家を見上げ、ミラーカは早くオーストリアに連れて行けとせっつく。

 ミラーカの頼みだ、とアルカードまでアンジェロを小突きだして、しばらくいつも通りにケンカをしてミラーカに二人ともボディーブローされて、やっとのことでオーストリアへ転移した。



「ミラーカさん、あの、まだ痛いんですけど。手加減してくださいよ」

「まぁ、こちらは残っているわ」

 アンジェロの言葉は無視してミラーカが見上げたのは、生家よりも一回り大きい、小ぢんまりとした城。

 森の中の小さな村の中にあった。その村自体が、もうかなり昔に廃れてしまった廃村のようで、城自体もかなり荒廃していた。

「実はね、この村。私が村人を吸血して滅ぼしちゃったのよ」

 笑いながら言ったミラーカに、

(そう言えばミラーカさんって怖い人だったんだ)

 と、かなり久しぶりに思い出した。


 ミラーカがサクサクと入って行く廃城、カルンシュタイン城。あちこち風化で崩れてしまって、吹き込んだ長年の風雨で埃だらけになっているが、荒れている様子はない。

「ここに、最後に住んでいたのは私と息子と娘。あの人は、戦争で死んでしまったわ」

 カルンシュタイン伯爵は、戦乱の世界で将軍として戦争に駆り出され、妻子を遺して戦争で死んだ。


 死んでしまった夫の肖像画の前で、ミラーカは涙を零した。

「ラインハルト、ごめんなさい」

 癖のある茶髪、口ひげをはやした優美な男性、ラインハルト・フォン・カルンシュタイン伯爵。

 ラインハルトが死ぬ前から、ミラーカには愛人がいた。それは当時の貴族には別段珍しいことでもなく、男でも女でも、愛人がいないと社交界でバカにされていた時代だ。

 ミラーカは夫を愛していたが、度重なる戦争で夫は城を空けることが多く、淋しさからミラーカは多くの愛人を囲った。若い男、若い女、性別を問わず、30人以上の愛人がいた。

 その中で、夫の死ぬ間際に出会った男性が、ミラーカの人生を変えることになった。


 ヴォンデンベルグ男爵と言う男に出会った。ヴォンデンベルグ男爵はウクライナ人で、ミラーカを深く愛した。夫の死後淋しがるミラーカに何度も会いに来ては、息子と娘も可愛がった。

 ミラーカも男爵を愛したが、その後ミラーカはノスフェラトゥに吸血されたうえに殺害され、吸血鬼として蘇生した。


 夜な夜な城から出ては血を求め村を徘徊し、村人たちを殺し尽していった。村人は吸血鬼の存在に気づき、一斉蜂起し、ミラーカの城に攻め入ろうとした。

 男爵は「ウクライナの賢者」と呼ばれるヴァンパイアハンターで、そもそも近隣で多発していた吸血事件の犯人、ノスフェラトゥの討伐の為にここに来ていたのだ。

 彼は村人に先んじて、白昼堂々城にやってきた。しかし、男爵は心底ミラーカを愛していた。

 だから、息子と娘を密かに逃亡させ、ミラーカを殺したと見せかけて、別の場所へミラーカを隠し、彼女を逃がした。男爵の手を借りて逃亡に成功したミラーカは、方々を渡り歩いた。


 それから更に100年後、ミラーカは自分の子孫を襲うべくこの地へ舞い戻ってきた。

 しかし、その子孫の家にはミラーカの肖像画があり、正体がバレてしまった。彼女を追い詰めたのは、標的の父親とその友人である将軍。そして、男爵の子孫であった。

 男爵は愛ゆえにミラーカを逃がしてしまったことを晩年になって後悔したようで、彼女が現れたら殺すように、と子々孫々へ口伝していたのだ。


 標的は、少女だった。ミラーカはその少女に心酔して、血液だけでなく心も奪った。

 少女は、ミラーカを殺そうと襲いかかった将軍からミラーカを庇い、剣の露となり死んだ。

 ミラーカ自身、少女を深く愛した。少女も、ミラーカを深く愛した。少女は死に際に、ミラーカに「生きて」と言った。だから、ミラーカはその場から逃亡し、生き続けた。


「私のせいで、私の為にローラは死んだのよ。だから、次に命の選択を迫られた時は、私が死ぬ番だと、ずっと考えていたわ。命を賭してでも守りたい誰かに出会えたら、私はその人の為に死にたかった。それが、私の使命だと思ったのよ」


 そう思って生きてきて、ミラーカはアルカードとミナに出会い、二人の為に死んだ。その為に封印を施し、その為に封印を解除したのだ。

 少女、ローラはミラーカを愛し、ずっと傍にいて仲良く暮らしていけると思い込んでいた。まさか自分を殺す為にミラーカが傍にいるとは思っていなかった。

 ミラーカが自分を殺す気でやって来たと知って尚、泣きながらミラーカに取りすがろうとした。そしてミラーカの為に死に、死に際に「生きて」と言った。

 それほどの愛を向けるローラを死に追いやってしまったことは、ミラーカにとっては重い心の枷となった。


 オーストリアから逃亡して、ドイツやスイス、フランスなど方々を渡り歩いた。その間も、ミラーカは一日とてローラを忘れられなかった。

 出来る事ならあの時に、ローラでなく自分自身が死んでおきたかったとさえ思った。自分が吸血鬼でなかったら、人間としてローラに出会っていたなら、きっといつまでも仲良く、あの頃の様にずっと甘美な時を過ごしていられたはずなのに。


 吸血鬼を苛む、人との壁。人間の少女に恋をした吸血鬼は、それから死ぬまでの間、生涯彼女を忘れられなかった。

「呪われたのね」

 純粋な少女を騙し、殺そうとした報い。愛させたくせに、愛を裏切ろうとした報い。ミラーカは結婚する以前から、家族を求め、愛を求め、家族を裏切り、愛を裏切り、ずっとそうして生きてきた。

 だから、彼女の前に新たなる愛と家族が現れても、それを維持することを赦さなかった。


 ミナとアルカード、ボニーとクライド、クリシュナと北都。出会って家族の様に過ごして、ミラーカは幸せだった。欲しかったものが手に入った。

 しかし、それも長くは続かず、ジュリオが不穏な動きを見せ始め、ミラーカも覚悟を決めた。

 ボニーとクライドは幸せになる権利がある、そう思って逃がした。ミナには知る義務があるし、アルカードを守ってもらわねばならない。そう判断して残した。

 アルカードを、命を懸けて守り抜くと固く決意した。そして、ミラーカは使命を果たし、死んだのだ。


「だけどね、私は死んでしまったけど、あの時の私は、本当に幸せだったわ」

 運命の時。血で染め上げられた紅い薔薇が散華するときに思ったことは、「幸福」。

 アルカードと出会って友達になった。互いに同じ悲しみを背負い、慰め合い、支え合って生きてきた、大事な大事な友達。

 親友は、ミラーカにかけがえのない事を教えてくれた。かけがえのないものを与えてくれた。

 人間だった頃、手に入れたくとも手に入らなかった、家族。アルカード、ミナ、クライド、ボニー、クリシュナ、北都。みんなミラーカの大事な家族。愛しい家族。


 ありがとう、ありがとう。みんな、ありがとう。大好きだった、とても大事な家族だった。幸せだった。傍にいられて、本当に幸せだった。

 ありがとう、私はアルカードを、みんなを、愛してる。


 ミラーカは心底そう思って、死んでいった。

「だけど、坊ややシュヴァリエのみんなから戦後のミナちゃんの話を聞いた時は、さすがに反省したわ」

 そう言って少し申し訳なさそうに笑って、ミナの頭を撫でた。

「ゴメンね、ミナちゃん。私本当はアルカードが戦争の時に休眠期に入って消えてしまう事は知っていたのよ」

「え、そうだったんですか」

「そうよ。だけど、まさかクリシュナと北都ちゃんが死んでしまうとは思わなかったから」

 その二人が死んだ事は、アルカードにもミラーカにも大誤算であった。二人と共にミナが生き延びて、シュヴァリエ達も一緒にいれば何とかなるだろうと踏んでいたからだ。

「仕方のないことよね。あの時ミナちゃんだけが生き残って、誰もいなくなってしまったのだもの。死にたいと思っても、無理はないわ」

「・・・今は、生きてて本当に良かったって思います」

「えぇ、本当に。坊やたちが引き留めてくれたおかげね」

 ミラーカがシュヴァリエ達に微笑みかけると、みんな照れたように笑った。その中からやっぱり少し照れたようにして視線を外したアンジェロが言った。

「つーか、それも元をたどればヴラドのお陰ですけどね。死神を身内に引き入れて、コイツらを逃がしてくれてたから。あの時もしコイツらが逃げてなくてあの場にいたら、きっと全員死んでました。コイツらがいなかったら俺とミナしか生き残ってなくて、俺はミナが死ぬのを止めるどころか、確実に心中してたと思います」

 ジュリオを殺した上にミナまで殺せと言われて、さすがのアンジェロもそれに耐える事は出来ない。あの時抑止力となる仲間がいなければ、アンジェロは絶対にミナと共に死んでいた。


 シュヴァリエは保険だ。ミナが生き抜くための。当然アルカードはその為に仲間に引き入れた。何より彼らは一人一人が有能で、アルカード自身心底部下に欲しいと思っていたし、身内にして損はないと踏んだわけだ。

 勿論アンジェロもその中では重要な位置を占めていたが、またしても大誤算。まさか二人が恋に落ちるとは思わなかった。が、それを除けば、現状に不満はない。というのが、今のアルカードの感想だ。

 なんだかんだで恋に落ちたために悪魔と契約して、ミラーカ達の魂が手元に戻って来たのだから、様々な問題は別として、その件には素直に感謝している。当然、そこはミラーカも同様だ。

「私、また生まれ変われて、アルカード達と一緒に過ごせて、本当に嬉しいわ! 坊やには、本当に感謝しないといけないわね」

「・・・別に」

「プクク、照れてるし」

「照れてるし」

「照れてねぇ」

 アンジェロが照れるのは今に始まったことではないが、ミラーカに褒められるのは初めてだったので余計に恥ずかしかったようで、アンジェロらしくもなくソワソワしている。

 それにおかしくなってみんなと一緒になって笑っていたら、

「うっせー! テメェら撃たれてぇのか!」

 と、とうとう怒りだしたものだから、アルカードの背後に隠れて、撃たれるみんなに憐憫の目を向けた。

「ていうか、ミナちゃん! アンジェロ止めてよ!」

「えぇー・・・」

「ミナしか止めらんなっ! 痛ッ!」

 怒った旦那は容赦がない。何とかみんな避けているものの、アンジェロは動きを先読みして避けた場所を狙って撃っているようで、だんだんみんな被弾し始めた。

「もう、アンジェロ、撃つのやめて。私に当たったらどうするの?」

 相変わらずアルカードの陰に隠れながら声をかけると、アンジェロはハッとして動きを止め、ホルスターに銃をなおした。

(そんだけでやめるのかよ!)

(俺らは撃つのに・・・・)

(ていうか、ミナちゃんの影響力がハンパねぇ)

(マジでアイツはミナの奴隷だな)

(最早これは小僧ではないな)

(人って変わるものね)

(アンジェロは本当に私の事大好きなんだなぁ)

 各々驚いたり呆れたりしたものの、何とか銃撃が収まったので、それで良しとした。

 

 が、アルカードは疑問に思ったようだ。昔のアンジェロはミナにすら容赦なく銃撃していたし、隙あらば泣かせようとしていたくらいだ。いくらなんでも変わりすぎだ。

 その理由を尋ねて、その理由を聞いて、納得がいった。

【なるほど、事故とはいえミナを殺しそうになって、ミナに銃を向けるのが恐ろしくなったか】

【そーだよ。あの時は本当にミナを殺したと思って、心底絶望したからな。もうあんなん二度と御免だ】

 ミナがスレシュを庇ってアンジェロの銃に斃れたために、アンジェロは恐ろしくなった。あの後銃を封印し、封印を解いた後も、銃弾の銀の配合率を極端に抑えた。他のシュヴァリエ達には銀100%の銃弾を使用させているが、アンジェロだけは低配合の物にした。

 もう仲間を失いたくもないし、人を殺さないと誓ったからだ。かといって、撃つときは撃つ。

【たまには撃ちたくもなるからな】

【・・・・・お前、そこは変わらないのだな】

 結局イカレた小僧はイカレたままだ。


 そして、変わらないイカレた人がもう一人。ミラーカがいきなり後ろから抱き着いてきた。

「それにしてもミナちゃん、あなた、いいわ」

「え? なんですか?」

「坊やと結婚したからかしら? なんだか色っぽくなったわね」

「え、えぇ・・・う、あ、ひゃっ」

「ミナちゃん、感度いいわね。坊やの調教の成果かしら」

「うあ、ちょ、ミラーカさ・・・に゛ゃー!」

 ミラーカに乳を揉まれるミナ。羨ましそうに見つめるシュヴァリエ。レミの隣で、リュイはハァハァ言っている。

「やだ、なんて素敵な百合なの・・・!」

「・・・リュイちゃん、何でもいいんだね」

 リュイは正統派でもBLでも百合でも、美しければ何でも好きだ。


 そしてなぜか止めに入るのを躊躇っているアンジェロとアルカード。

「俺専用の乳なのに・・・・・」

 母ちゃんの乳は父ちゃんの為にあるんやないんやで。子供の為にあるんやで。という歌を思い出したので綴っておく。

「嫌ならば止めればよかろう」

「・・・・・そーなんだけど、なんか、ちょっと、見てたい。つか、アンタは止めねぇのかよ」

「・・・・・」

 なんかちょっと見ていたいらしい。


「ちょ、誰か、ヘルプ!」

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」

「だって! ちょ、ミラーカさん! もー! もー!」

「うふふ、ミナちゃん、面白い」

「んもー!」

 ジタバタ暴れてやっと解放されて、ミナは双子の影にササッと隠れる。思春期の双子は顔を赤くして、母親がセクハラされている様子に目も当てられなかったようだ。

「お母さん、大丈夫?」

「・・・・・」

 子供に心配されるのも、なんだか嫌な気分だ。

 黙っていると、ボニーがケタケタ笑っている。

「今更! アンジェロで慣れてんでしょ!」

 そう言う問題ではないし、そんな事を子供の前で言って欲しくもない。

(吸血鬼って、イカレた人ばっかだ。ヘンタイばっかだ)


 残念なことに、そのようだ。




★類は友を呼ぶ

――――――――――日本の諺

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