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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第3章 歴史が語る三位一体
40/96

SF(すこしふしぎ)



「なんか、疲れたね」

「疲れたな・・・・・」

 音楽院から出て、全員で疲労を顔に表して溜息を吐いた。


 アンジェロの生家から出ると、部屋の前には人だかりができていた。

 どうもアンジェロのピアノを聞きつけてやってきた院生のようだ。勿論ミナ達は院生でもないし、ここには寄っただけですぐ帰ると言ったのだが、院生たちは

「その才能を眠らせておくなんて勿体ない!」

「それだけの腕があれば、オーディションで一発合格だよ!」

「先生に紹介してあげるわ!」

 と、無理やり音楽院に連行されてしまったのだ。

 勿論戸籍もない化け物たちは、必死に緊急オーディションは断った。しかし、院生たちが絶賛するものだから、教授たちも聞いてみたくなったらしい。

「弾けるのは、君だけ? みなさんは、なにか弾けないのかい?」

 問われて、ウッカリとジョヴァンニが

「ヴァイオリンなら・・・・」

 と答えてしまった為に、演るハメになった。

 教授の一人が指揮に立ち、渋々院生を含めたみんなで即興オーケストラ。曲目はベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番“皇帝”。

「君たち、楽譜は?」

「暗譜しているので、いりません」

「暗譜してるのかい? みんな?」

「ええ」

「驚いたなぁ」

 驚いた教授と院生たちは、演奏が始まり、余計に驚いた。完璧に暗譜された旋律、指揮の通りの完璧な演奏、その技術。院生や教授たちはしきりにスカウトを始める。

 大興奮の院生たちに、化け物は尻込みした。

「い、いや・・・いいです」

「なーんーで!!」

「や、別に趣味程度で、そんな本気でやろうとか思ってねぇし・・・なぁ?」

「ねぇ?」

「勿体ない!! 本気でやらないでこのレベル!? その腕を磨こうとしないなんて、これは世界の損失だよ! ねぇ、先生!!」

「本当に・・・・惜しいねぇ」

「や、マジで別に・・・・な?」

「あぁ・・・・・それに俺ら、忙しいし・・・・・ね?」

「うん・・・・・しばらくしたら、外国行くし」

「えぇー!?」

 というわけで、イタリアが誇る最高峰の音楽院の誘いを蹴って、何とか脱出できたわけである。



「アンジェロがピアノ弾くから・・・・・」

「俺のせいかよ。ミナが弾けって言わなかったら弾かなかったんだけど!」

 みんなでブツブツ文句を言って、別荘に転移。戻ったところで、意外な光景だ。

「んっ?」

「え!?」

「あっ!!」

 室内に、既に人がいた。目出し帽をかぶって、銃を持った男が4人。急に現れたミナ達に驚いて硬直する男達に向かって、咄嗟にミナが叫んだ!

「ドロボォォォォ!!」

 続いてアルカードが言った。

「捕えろ」

『ヤー!!』

 すぐさまシュヴァリエ達が総出で男達を捕えにかかり、泥棒たちはアッサリとお縄についた。


 腰かけて偉そうにふんぞり返るアルカードの前に引き立てられた泥棒たちは、ミナ達の男手が多いことに諦めがついたのか、しょんぼりと頭を垂れた。

「伯爵、これで全部のようです」

 男達の持ち物を漁って、ミナ達から泥棒しようとした品々がテーブルの上に並べられた。時計やアクセサリー、現金は勿論、電子機器までご丁寧に盗むつもりだったようだ。

「さて、どうしてくれよう」

 アルカードは頬杖をついて、実に愉快そうに笑っている。どんなお仕置きをしてやろうか、考えるのが余程楽しいらしい。

「小僧、あちらでの窃盗の刑罰は?」

「刑法の改定はまだやってねぇけど、以前のは斬手」

「ほう」

 アンジェロの言葉と、それを聞いてニヤニヤと笑うアルカードに、泥棒たちは顔色を青くして冷や汗を流す。

(ざ、斬手!?)

(泥棒位で!?)

(普通そこまでするか!?)

(い、いくらなんでも、そこまではしないよね!?)

 悪口を言われたくらいで魔女を殺すし、特に理由がなくても気分で人殺しできる男どもである。いくらなんでも。その常識はこのイカレ吸血鬼達には通用しない。

 が、そこはさすがに冗談だ。一応わかってはいたが、兢々とする泥棒たちが哀れに見えたので、制することにした。

「もう、二人ともそんな事言って脅して。腕切ったって処分に困るでしょ?」

(そう言う問題!?)

「「そう言う問題か?」」

 ドSコンビと泥棒の心の声は、かつてないシンクロを見せた。

「そう言う問題でしょ? それに警察沙汰になったりでもしたら、私達の方が困るじゃないですかぁ」

「確かにな」

(なんでコイツらの方が困るの!?)

(何やらかしたのコイツら!?)

 ミナのお説教は余計に泥棒を兢々とさせた。が、そんなこと知る由もなく、アルカードを説得にかかる。

「いいじゃないですか。捕まえたし、彼ら大人しくしてるし。盗品も取り上げたんだし、逃がしちゃっても」

「逃がす? バカを言うな」

「かといって、捕まえたままにしてもしょうがないでしょ? この人達も反省してるみたいだし、いいじゃないですか。ていうか、面倒くさいから赦しちゃいましょうよ」

「面倒・・・・・まぁ面倒は面倒だが」

 悩み始めるアルカード。許してくれるのか、と泥棒たちが期待を抱いて、

(このお嬢さん、優しい。変な子だけど)

 と、ミナの寛大さに感動し始めた頃に、たすくがあっと声を上げた。

 すぐに翼が泥棒の一人の尻ポッケに手を突っ込んで、握った物をミナに見せてきた。

「これ、お母さんのだよね?」

(ウソっ! お嬢さんこの子のお母さん!?)

(子供デカっ!)

 東洋人は西洋人からは本当に幼く見えるらしい。実際、40歳を超えた日本人がアメリカや西洋で酒を買おうとして、未成年と疑われて身分証の提示を求められ大喜びした、なんてよくある話だ。

 そうでなくても、見た目19歳のミナに12歳の子供(既にミナよりデカイ)がいるのは、東洋人が見てもおかしいわけだが。

 しかし泥棒たちはそんなことで驚いている場合ではなかった。翼の手に載るものを見て、ミナはみるみる表情を変えた。

「あー! 私の宝物!」

 翼の手の上には、青く大きなダイヤモンドが輝く、以前アルカードからプレゼントされた豪奢なネックレスが輝いている。

「あぁ、よかった。私のホープディアマンテ(レプリカ)! 翼、良く気付いたね」

「この人のお尻からはみ出てたもん」

 後生大事と言った風にそれを握ったミナは、キッと泥棒を睨みつけた。

(あ、ヤバい。お嬢さんが怒った。許してくれそうにない)

(ていうか、ウソ。あれホープ?)

(ヤバい。この人達俺らとは格が違う。段違いの犯罪者だ)

 勿論ホープディアマンテはレプリカ(ダイヤは本物)だし、ちゃんとアルカードがオーダーで作らせて買ったもので盗品ではない。


 が、ミナは泥棒を睨みつけて、アルカードに振り向く。それを見て泥棒は恐れおののいた。

「アルカードさん、やっぱりやっつけちゃいましょ」

「・・・随分極端だな」

(本当だよ!)

(天国から地獄だよ!)

「だってコレ、アルカードさんに貰ったんですよ! 私の宝物なのに盗もうとして! ムカつきます! 死刑ですよ!」

「気持ちは有難いが、さすがに殺す気はない。せめて私刑にしておけ」

(そうそう! アルカードさんその調子!)

(まだ死にたくないよ!)

「まぁ、さすがに殺すのは可哀想ですけどォ・・・・・あぁ、じゃぁ首だけ出して、そこから下を地面に埋めて、1週間放置するって言うのはどうでしょう?」

(何ソレェェェ!?)

(なんでそんな恐ろしい事、パーティ企画するみたいなテンションで言えるの!?)

(アルカードさん! もう頼りはアンタだけ!)

「あぁ・・・埋めて、届きそうで届かないところにパンを置いておこう」

(鬼か!)

(鬼だ!)

(どこの国の刑罰だよ!)

 泥棒たちは蠱術の材料に使われることになったようだ。


 早速生き埋めにされる泥棒たち。しかもガーデンテーブルの前に埋められてしまった。

 その様子を双子がしゃがんで見ている後ろでは、着々とバーベキューの準備が行われている。

(チクショー! 土が冷たいよ!)

(腹減ったぁぁぁ!)

 首しか動かせないでクキクキ暴れる泥棒の前に、アンジェロが串に刺さった肉を頬張りながらやってくる。焼けたジューシーな肉の香りが、余計に泥棒たちの食欲をそそる。

 アンジェロの持つ肉を見てゴクリと喉を鳴らし、物欲しそうにした泥棒の様子にアンジェロはニヤリと笑い、泥棒の前にかがんだ。

「腹減っただろ。みんなには内緒な」

 そう言って肉の刺さった串を差し出すアンジェロに、泥棒たちはアンジェロが天使に見えた。しかし、コイツは最高に名前負け男だ。

「あ、イッケネ」

 と言って、泥棒の前、微妙に届かないところに串ごと肉を落とした。それにショックを受ける泥棒を見て、勿論アンジェロはニヤニヤ笑っている。

(コイツ最悪だぁぁぁ!)

(ワザとやりやがったな!)

(鬼だ! コイツら全員鬼だ!)

 それはそうだ。何と言っても吸血“鬼”だ。


 悔しそうな泥棒の顔に満足したのか、高笑いしながら立ち去るアンジェロ。それと入れ違いに、今度は双子がやってきた。

「おじさん達お腹空いたでしょ?」

「はい、あげる。あーんして」

 そう言ってミナが作ったばかりの、ぐつぐつと沸き立ったグラタンを大量にスプーンに盛って差し出す。

(これも、ワザと?)

(なんでこの状況で熱々のグラタン?)

(子供って怖えぇ)

(ていうか、この黒髪の子、あのイカレたお嬢さんの子なんだよな)

(ていうか、この金髪の子、さっきのイカレた男にソックリなんだけど)

(あの親にしてこの子あり、か)

 泥棒たちが渋っていると、さすがに双子は気付いたのか少し量を減らして、グラタンをフーフーし始める。それを見て感動する泥棒。

(この子達は本物の天使だ!)

(親と全然違う!)

(反面教師万歳!)

 優しい双子の天使のお陰でやっとご飯にありつけた泥棒たち。量は物足りなかったが、双子の優しさで胸がいっぱいになったようだ。

「ボウズたち、ありがとなぁ」

「美味しかったー」

 泥棒たちのお礼に喜んだ双子は、このグラタンをミナが作ったと明かした。

「「お母さんお料理上手なんだぁ」」

 声を揃えて自慢する双子に、泥棒は我に返った。

「え、あれ、君たち、兄弟?」

「「そうだよ。僕達双子なんだ」」

 視線を下に移して思考を始める泥棒たち。この二人が兄弟だとすると、自然とあのイカレたお嬢さんとイカレた男は夫婦という事になる。

(あのイカレた二人が夫婦!?)

(とんでもねぇ鬼夫婦!)

(あんなイカレた親から、よくこんないい子たちが生まれたな! 驚きだよ!)

(あのイカレ男、ロリコンだな! 犯罪じゃん!)

 一人はどうでもいいことを考えたが、その他はあの親からこの双子がこの世に生まれた宇宙の神秘に密かに感心した。

「え、あ、じゃぁお母さんにお礼言っといて」

「うん。ねぇおじさん達さぁ、どうして泥棒したの?」

「お金なかったの?」

「そーだよ」

「でもさぁ、今は“エンジェルウイルス”のせいでみんないい人になってるって、お母さんが言ってたよ」

「そう言う人は泥棒とか悪い事出来ないって言ってたのに、どうして?」

「俺達は感染はしてるけど、発症はしてないから」

 それを聞いて双子は納得したように手を叩いた。

「「そっか! おじさんたちモテないんだね!」」

 泥棒はガックリと頭を垂れた。

「ウン、確かにね、モテる方じゃないけどね」

「別にそんな、アレだよ? 病気になりたくないから我慢してるだけだよ」

「全然モテないってわけじゃないよ」

「でも、発症しない奴は聖職者かモテない奴位だって、お父さんが言ってたよ」

(あンのクソ親父!)

(ちょっと顔がいいからって! 腹立つ!)

(子供に余計なこと吹き込みやがって!)

 泥棒たちがアンジェロを睨みつけると、泥棒と双子の会話を聞いていたのか、アンジェロを含め吸血鬼達は腹を抱えて笑っている。

非常にムカつく吸血鬼一味だが、いかんせん泥棒たちは囚われの身だ。

 自由になるのは頭だけだし、この状態で機嫌を損ねたら何をされるかわかったものではないので、渋々落ち着くことにしたようだ。


 そして唯一の心の支え、双子との語らいのひととき。

「君たちのお父さんは仕事なにしてるの?」

「別荘で、持ち物も高級品ばっかりだし、お金持ち?」

「んとね、お金はあるけどお金持ちじゃないよ」

(意味がわからん)

「お父さんは、市長さん」

(なら金持ちじゃん)

「へぇ、若いのに立派だねー」

「うん! お父さんはね、カッコいいんだよ!」

「悪魔が町の人を虐めててね、お母さんがマニを助けたの」

「それでお父さんは町から悪魔を追い出して、新しい市長になったの」

「町の人みんな喜んでて嬉しかったねー」

「ねー」

(悪魔? 悪魔のような汚職政治家ってことか?)

(そいつを追い出した? 革命家かよ!)

(しかも夫婦で? ていうか犯罪者じゃないの!?)

(ていうか、それどこの国の話? そんなんニュースでやってたっけ?)

「へ、へー、すごいねー。お母さんは料理上手みたいだけど、専業主婦?」

「んーん、お母さんは科学者だよ」

「科学者!?」

「そうだよ。エンジェルウィルスの治療法見つけたの、お母さんだよ」

「嘘ついちゃいけねーよ。ありゃイギリスの科学者だったぞ」

「ギルおじさんでしょ? お母さんと一緒に働いてたよ」

「そんでね、ウィルスの研究してるときに、遺伝子の解析が25%までできたからね、それを柏木のおじちゃんに発表してもらったんだ」

「ちょ、ボウズ、そのニュースみたけどよ、二人ともノーベル科学賞と平和賞受賞してたぞ?」

「うん。誰が発表するかって言うのはね、みんなでジャンケンで決めたんだってー」

「ジャンケンでノーベル賞候補決めたの!?」

「うん。そのお金はねー「メディカル・プリンセス」の運営費にしたんだってー」

「メディカル・プリンセス?」

「お母さんがいた研究所。姫姉ちゃんが作った医療機関」

「そういえば両博士は、同じ研究所で一緒に研究してたって新聞に載ってたな」

「マジ?」

「マジだよ。だってお母さん、ノーベル賞なんて貰ってもありがた迷惑って」

(ノーベル賞がありがた迷惑!?)

「おじちゃんたちもみんな喜んでたし、よかったよね」

「ねー」

(なんなのこいつら!)

(ハッタリだよな?)

(どこまでが本気なのかがわからん!)

「え、は、へー。じゃあ、あの一番偉そうにしてる人は?」

「偉そう? あ、伯爵?」

「伯爵!?」

「貴族かよ!」

「あの人伯爵!?」

「うん、今は」

「前は王様だったんだって」

「王様!?」

(さすがにこれはナイよ)

「き、君たちさ、騙されてるんじゃないかな?」

「そうだよ。親の言うことだからって、なんでも素直に信じちゃいけないよ」

「嘘じゃないよ」

「まぁ伯爵は昔のこと過ぎて証拠はないけど、お母さんならあるよ」

 そう言って双子は写真を取り出した。

 ノーベル賞のトロフィーを掲げる両博士に肩を抱かれて、ピースする白衣のミナ。

(科学者てのは本当だったんだ)

(しかもこんな高名な博士と一緒に、こんなお嬢さんが)

(や、待て。よく考えたらイカれた政治家とイカれた科学者? 怖! この両親怖!)

(双子達、どうか遺伝したのは頭脳だけであってくれ! 性格は似るな!)

(頭脳だけなら立派な大人になれるから、そのままの君たちでいて!)

「へ、へぇ、立派なご両親だね」

「お仲間は?」

「兄ちゃん達もお父さんと一緒に政治家してるんだって」

「裁判長とか、検察とか、警察とかを、まとめる人してる」

(公務員の更に上かよ)

(官僚だらけ)

「すごいねー。お父さんたちが来る前にいた人達は?」

「前にいた悪魔たちは、みんな追い出したり、牢屋に入れちゃったの」

「逆らったら、よくて投獄か国外追放なんだって」

(よくてソレ? 悪い時どうなんの)

(イカれた官僚だらけだな)

(市民たち、このイカレた奴らが来て本当に喜んだの?)

「お父さん達は市長なる前はなんだったの?」

「んとねーピアノ弾いてたよ」

「オーケストラしてたの」

(音楽家が革命!? 意味わからん!)

「それ以外は遊んでたよ」

「いつもお母さんとイチャイチャしてた」

(音楽家じゃなかった!)

(無職が市長に!?)

(成り上がりにも程があるだろ!)

(マジで意味がわからん!)

「へーそっかー」

「お父さんとお母さん仲良しなんだねー」

「「ラブラブだよっ!」」

(なんか疲れてきた)

(普通の話がしたい)

「君たち学校は?」

「中学校かな?」

「行ってないよ」

「お父さんたちが教えてくれたよ」

「あ、へー」

(無職だもんな)

(暇だったんだな)

「どこまでお勉強したのかな?」

「大学くらいまでしか勉強してないよ」

「大学!?」

「お母さんにはまだ全然及ばないって、みんな教育パパ気取り」

(全員大学レベルの講義できんの!?)

(無職でも頭は良かったのか!)

「でもお父さんがやっぱり一番厳しいよね。「ミニマックスの定理くらい、一瞬で解けるだろうが!」ってすぐ怒るもん」

(解けねぇよ!)

「でもお父さん並にメリッサが厳しいね」

「本当だよね。ロシア語の読み書き一日で覚えろって言われた時は鬼かと思ったもん」

(確かに鬼だな)

(無理だろ)

「なんとか一日でマスターできてよかったよね」

(できたのかよ!)

「あの時お父さんがさ、お母さんは一日でドイツ語マスター出来たんだから、僕達に出来ないはずがないとか言うからさ」

「頑張ったよねー」

(あの親にしてこの子あり!)

(天才か!)

(いい加減驚き疲れた)

「学科は? 数学? 語学?」

「全部だよ」

(もう嫌だ)

(普通の奴いないの?)

 いないし、そもそも人間ではないので仕方がない。



 寒空の下、首だけ出されて生き埋めの泥棒たち。唇をガチガチと震わせて寒そうにしている。それを見かねて、双子が今度は温かいスープを持ってきて、飲ませてくれた。

 つくづく双子の優しさに感動する泥棒だが、アンジェロとミナの読みでは、こうだ。

「捨て犬に餌をやってる気分なんだろう」

 さすがに両親。大正解。子供の頃は誰でも一度は似たような事をする。そんな事とは露知らず、泥棒たちは変わらず双子を崇める。

 しかし、体が温まったせいもあるのだろうが、時間は既に深夜。泥棒たちは眠くなってきた。

「あのさ、お父さんとお母さんにいってさ、寝る時くらい出してくれるようにお願いしてくんない?」

「逃げないから。大人しくしておくから」

「お願い」

 それを聞いて双子はすぐにミナとアンジェロの所にやってくる。泥棒たちのお願いをそのまま伝えると、両親は悩みだす。

「うーん、どうしよう?」

「俺はどうでもいんだけど。ヴラド、どうする?」

 二人がアルカードに打診すると、アルカードは飲んでいた血のパックを放り投げて足を組みかえる。

「当然、放置」

「・・・・・ですよねー」

「ダメだってよ。ホラ、ダメだったって言って来い」

「「わかったー」」

 吸血鬼のボスは厳しい。双子が交渉失敗の旨を伝えると、やはり泥棒たちは失意の底に埋まった。

(鬼だ・・・・・)

(渡る世間は鬼ばっかりだよ、チクショウ)

 しかも、新たな問題が発生し始める。双子の優しさ、温かいスープ。それのせいで、究極に身動きが取れない状況なのに、催し始めた。

「あのさ、トイレ行きたいんだけど」

「お願い、トイレは行かせてくれ」

 そのお願いを再び両親に伝えに行く。そして、両親は前述と同じやり取りをして、同様にアルカードに判断を仰ぎ、全く同じ答えが返ってくる。

 そして、全く同じ回答を泥棒に告げ、泥棒はまたしても失意に埋まる。

(漏らせってか)

(土ン中で漏らせってか)

(百歩譲って小はいいとして、大の時どうすんの)

 泥棒たちは自分たちの腸の限界に挑まざるを得なくなった。



 翌日、既に泥棒はこの世の終わりのような顔をしていた。泥棒して捕まった為に、散々な一晩を過ごした。

 しかも、深夜まで色々と吸血鬼に付き合わされた挙句、朝昼は誰も相手にしない。

 夕方になって、やっとミナとアンジェロがやってきた。二人はすぐさま泥棒を掘り起こして、解放してくれた。

 最初の話では一週間という事だったし、この吸血鬼達が鬼のような奴らだという事は昨日嫌と言うほど思い知ったので、泥棒たちも覚悟していたのだが、彼らの覚悟などお構いなしに、目覚めたアルカードは既に飽きたようだ。

「とりあえず最初はトイレだろ」

 そう言ったアンジェロに激しく頷く泥棒。泥棒たちが腸の苦しみから解放されると、ミナが

「じゃぁお風呂行きましょう。この別荘温泉が湧いてるんですよ」

 と言って先導を始めた。

 ミナに案内されて、アンジェロに連れて行かれた浴室は、別荘の少し離れた同じ敷地内にある岩場の様なところにあった、露天風呂。

「スゲェ」

 素直に感嘆の意を述べる泥棒たちであったが、ややもすると熱湯風呂なのでは、と勘繰り始める。それを察したのか、アンジェロが脱衣所に人数分の着替えを置きながら

「心配すんな。熱かったら水足せ」

 と言って出て行った。

 突然の待遇の変化に驚きはしたが、昨日結構散々な目に遭っているので、温泉の温かさが心にまで浸みてくる始末だ。

「あの人達、なんなんだろうな」

「ていうか、何がしたいんだろうな」

 そんなものは気分次第で、目的などない。風呂から上がってアンジェロの用意した着替えに、とりあえず驚く。

「なんか、スゲェ着心地がいいと思ったら」

「エルメス・・・」

「俺のはフェラガモ」

「俺のはアルマーニだ」

「クリーニングして返さなきゃ・・・」

 泥棒しに入ったのに、金を払う羽目になる。


 それに軽く落ち込んで沈黙したまま浴室から出ると、泥棒が風呂を出るのを待っていたミナからアンジェロが即座に離れた。

(今、チューしてた)

(チューしてた)

(誰も見てないと思って、この夫婦は・・・・)

 おしどり夫婦に若干呆れつつ、気を取り直したアンジェロとミナに先導されて、今度はダイニングに連れてこられた。

「今日はインドカリーですよ。ナンとライス、好きな方で召し上がれ。あと、ポトフとコールスローとハンバーグ」

 目の前に並ぶ家庭料理に、泥棒は目を丸くする。既に吸血鬼達は席についていて、さっさと座れ、と促されて、一緒に席についた。

「ウマッ!」

「美味しい!」

 泥棒たちには空腹はさぞ絶妙なスパイスになったようで、美味しいと何度も感想を漏らしながら、勢いよく食べてあっさりと皿は空っぽになっていく。

「まだたくさんあるから、遠慮しないでおかわりしてくださいね」

「うぅっ、ありがとうございます」

 リュイの作ったカリーは絶妙なスパイス配分で、体は温まるし食欲がそそられる。ハンバーグは双子も作るのを手伝ったらしく、綺麗な形なのはミナ、双子が作った物はいびつな形をしていてすぐに分かった。何とも微笑ましい一味である。

「ごちそうさまでした!」

「あら、もういいの?」

 ミラーカの問いに、泥棒たちは満面笑顔かつ慇懃に手を振る。

「いえ、もう、本当お腹いっぱいです」

「すごく美味しかったです。ありがとうございます」

「そう。じゃぁ食後のコーヒーね」

 それを聞いたミナが立ち上がってコーヒーを持ってきた。何とも香ばしい香りが漂って、コーヒーとは思えないアロマに酔いそうになる。

「うわ、美味しい」

「ミナちゃんがね、カロシ・トラジャを豆から挽いてサイフォンで抽出したのよ。美味しいでしょう?」

「美味しいです!」

 酸味の少ない濃厚なコクのある味わいとその香り高さ。泥棒たちは至福の瞬間だった。

(ていうか、このお姉さん超綺麗)

(ていうか、よく見たらこの人達美形ぞろいだ)

(本当、何がしたいんだって言うか、何者なんだ、本当)

 様々な疑問が頭を駆け巡ったが、それを尋ねる勇気はなかったようで、黙ってコーヒーを飲みほした。


 既に吸血鬼達は食事を終わらせて、ミナとリュイが片づけを始めている。

 所在無くどうしようかと座っていると、アンジェロ達に呼ばれてバルコニーに出た。

「お前らも吸うか?」

 と、煙草を差し出されて、当然喫煙者だったので有難く受け取った。シュヴァリエ達も煙草を吸い始めて、火を借りて一緒に吸い始めた。

(一日ぶりの煙草、美味い!)

(食後の煙草、美味い!)

(風呂、美味しい食事、コーヒー、タバコ! 最高だ!)

 別に普通だと思うが、昨日が散々だったのでより幸福を感じるようだ。

 少しすると、シュヴァリエの何人かが部屋に戻ってすぐに出てきた。

「オーイ泥棒、ちょっと付き合え」

 クラウディオに呼ばれていくと、おめかししたシュヴァリエ達が呼んでいた。

「今から遊びにいきてんだけど、俺らこの町の事よく知らねぇからさ、面白そうなところ案内しろ」

 どうやら観光ガイドをやれという事らしい。クラウディオとクリスティアーノとチャラ男三兄弟を引き連れて、夜の繁華街へ。

「あっ! お姉ちゃん達、ストップストーップ!」

「君たちカワウィーね!」

「遊ぼうよ! 奢るよ!」

 早速三人はナンパを始める。それに呆れるクラウディオとクリスティアーノ。

「アイツらのチャラさが加速の一途をたどるのはなんでだろうな」

「ハッハッハ。落ち着きって言葉とは無縁だな」

 その言葉に泥棒も心の中で激しく同意した。クリスティアーノとクラウディオは三人をほったらかしにして、泥棒に

「お前らの行きつけでいいからさ、面白い店連れてけ」

 と言うので、自分たちのよく行くバーに連れて行った。クリスティアーノ達はうるさい店を想像していたようだったが、案外落ち着いた雰囲気でジャズなんかがかかっている。

 カウンターではオッサンと若い兄さんがバーテン服を着こなして、店内には男性客ばっかりだ。

「マスターがいい人で、みんなマスターとお喋りしに来るんです」

「へぇ、いい店だな」

 入ると、泥棒に気付いたマスターがすぐにカウンターを空けてくれて、そこに座るように言われた。

「友達か?」

「いや、実はさ、この人達の家に泥棒に入って、捕まっちゃった」

「はぁ? お前らバカだと思ってたけど、本当バカだな!」

「・・・・・うん。メチャクチャ反省してる」

 マスターと泥棒の話を聞いてクリスティアーノ達はクスクスと笑っている。それを見て今度はクラウディオにマスターが話しかけてきた。

「で、泥棒捕まえたのに、なんで一緒に飲みに来てるんだ?」

「あぁ、俺ら旅行者で。遊ぶとこ知らねぇから付き合わせた」

「用が済んだら通報すんのかい」

「まさか! 警察なんて面倒くせぇ。なぁ?」

「警察はねぇと思うけど、コイツらどうするか決めるのは伯爵だからな」

「なんだい、アンタら貴族の従者かい」

「そんなトコ」

 そんな感じで結構ワイワイ盛り上がって、二人は泥棒の身の上なんかを聞いたりして、結構仲良くなってしまった。

「へぇ、じゃぁイザイアの姉の為に泥棒したんか」

「そうなんです。保険のきかない病気で、お金がすごく掛かるらしくて。俺達もイザイアの姉ちゃんには世話になったから・・・・・」

「こいつらなぁ、悪い奴じゃないんだよ。ちょっとバカなだけで」

「マスターいっつもバカにするよな・・・・今回に限っては反論できないけど」

「確かにお前ら銃持ってた割に、一回も撃たなかったもんな」

「あんなの、一応持ってましたけど使ったことないし、殺しちゃったら怖いじゃないですか」

「ハッハッハ、銃で撃たれても、当たり所が悪くなければ案外死なねぇよ」

「撃たれたことあるんですか?」

「しょっちゅう」

「えぇっ!?」

「アンジェロの奴、キレたらすぐ撃つからなぁ」

 震え上がる泥棒。

(やっぱあの人が一番イカレてる!)

(キレたくらいで仲間撃つなよ!)

(コイツらも厄介な人達の所に泥棒に入ったな・・・・)

 マスターの言う通りだが、捕まってしまったものは仕方がない。吸血鬼達が飽きるまで遊びに付き合わされるのが関の山だ。


 朝方まで飲みに付き合わされ、しかも代金は全部クリスティアーノが払ってくれた。別荘に帰ると酔った泥棒たちを見て、ミナが

「ベッド用意してますから、泊まってください」

 と、寝室まで案内してくれた。さすがに個室ではなかったが、昨日と比べると天国のような高待遇だ。

「なんか、本当に何がしたいんだろうな」

「なんか、童話みたいじゃないか?」

「太らせて、油断させたところを喰われる、みたいな」

「・・・・・考えたら酔いも冷めちまうよ。寝ようぜ」

「あぁ、お休み」

 朝方に眠ったせいか、目が覚めると昼を過ぎていた。階段を下りていくと、新聞を読むアルカードと雑誌を読むアンジェロがいて、二人に挨拶をした。

「おはようございます・・・」

「はよ」

「・・・・・・」

 当然アルカードは無視だ。なんだかんだでこの二人が一番怖いと思っていると、いい香りがした。

「あ、おはようございます! もうすぐご飯出来ますからね」

 キッチンからミナが出てきて、テーブルのセッティングを始めた。

(今日は何だろう)

(イカレお嬢さん、料理上手なんだよな、楽しみ)

 泥棒たちが顔を洗って席に着くと同時に、ご飯が運ばれてきた。目の前には炊き込みご飯とみそ汁、温泉卵と酢の物とアジの塩焼きだ。

「私の祖国の朝食です。お酒飲んだ次の日って、お味噌汁が美味しいんですよ」

 和食を食べるのは初めてだったが、シンプルな味わいは酒のまわった体によく効いた。

「このライスウマっ」

「このスープ美味いなぁ。具だくさんで」

「イタリアにはお味噌なんて売ってないから、それだけはフリーズドライの市販品なんですけど、出汁もちゃんととったし、野菜がいっぱい入った方が美味しいでしょ?」

「美味しいです! 本当料理上手ですねぇ」

「ありがとうございます」

 泥棒の賛辞に喜んだミナは、次いで緑茶も持ってきた。コレも玉露だ。緑茶の爽やかな緑色と、まろやかな口当たりと爽快な香りに、泥棒たちもほっこりしたようだ。

 ミナが片づけを始めると、泥棒たちは自分で食器を持ってキッチンに入った。

「手伝います」

「え、いいですよ。ゆっくりしてて下さい」

「いえ、世話なってるし、手伝い位させてください」

「そうですか? じゃぁ洗ったのを拭いて、棚になおしてください。私背が低いから上の方届かなくって」

「あはは、わかりました」


 片づけが終わると、ミナは洗濯があると言ってランドリーの方に行ってしまった。テレビでも見ていればいいとアンジェロが言ってくれたので、みんなでテレビを見ていると、ふと疑問がわいたので、アンジェロに尋ねることにした。

「あの、他の方は?」

「寝てる」

「そうですか。あの、アンジェロさん達はご飯召し上がったんですか?」

「あぁ」

「そうですか・・・」

 途切れる会話。

(この人、口数少ねぇ)

(必要意外喋りたくないんだな)

(ていうか、伯爵とこの人二人でいたら沈黙がスゴイ)

 沈黙に耐えかねて、結局テレビのにぎやかさに頼ることにした。



 しばらくすると、バスケットに洗濯物を詰め込んだミナが庭に出るのが見えた。ポールに張られたロープにぱんっとしわを伸ばした洗濯物を提げていく。

 その様子を泥棒全員で見つめる。

(あのイカレお嬢さん、変な子だけど料理は上手だし家庭的でいいなぁ)

(気が利くし、いつも笑顔だし、結婚するならこういう子がいいな)

(このイカレ男、どうやってお嬢さんゲットしたんだろ。羨ましい)

(ていうかお嬢さんはこのイカレ男の一体どこが良かったんだ)

 その疑問は実に尤もだが、残念ながら告白したのはミナの方だ。

 洗濯物を干し終わったミナはリビングにやってきてアンジェロの傍に寄った。

「ねぇアンジェロ、お買い物連れてって。冷蔵庫の中からっぽなの」

「わーった」

 意外にも素直に腰を上げたアンジェロは、すぐに車を出してきた。そして泥棒たちにも同行するよう呼びつけた。

「お前ら荷物持ちな」

「はーい・・・! スゲェ!」

「うわ、スゲェ」

 車の前にやってきて驚く。ピカピカの黒い新車。メルセデス・ベンツAMGシリーズのステーションワゴンだ。日本円にして約1500万。

(スゲェ、コレ一番値の張る奴じゃなかったっけ)

(スゲェ、本物見るのも初めてだよ)

 車に見惚れていたらアンジェロにさっさと乗れと怒られて、人生初の高級車に泥棒は浮かれた。

 

 商店街に着いて買い物を始めると、ミナはすぐにあれやこれやと食材を買いあさり始める。

 精肉店に行くと、驚いたことにそこに並ぶ肉を全部寄越せと店員にねだる。大口のお客様は店としては嬉しいだろうが、さすがに全部買い占められても困る。

 断られて拗ねるミナをアンジェロが、別の店にも寄って買えばいいと諭してやっと引き下がる。他の店に行っても同様だ。

「このジャガイモ、全部下さい」

「エビと貝とイカ全部下さい」

「バジルとタイムとローレルとローズマリー、全部下さい」

「マキァヴェッリオリーブのエクストラバージンオリーブオイル、全部下さい」

 勿論その全部の荷物を持たされるのは泥棒だ。ヒーコラ言いながらなんとか駐車場に辿り着くと、泥棒の倍の荷物を持ったアンジェロとミナは息一つ切らしていない。

「お前ら体力ねぇなぁ」

(アンタらがありすぎなんだよ!)

(これ一つで30kgはあるぞ!)

(どんな筋肉してんだ!)

 常に30kgの銃を2挺携帯してるアンジェロ。そうでなくても化け物だ。さして重くもない。

 


 買い物が終わって別荘に帰るころにはもう日が傾いていて、さすがに何人かは起きてきていた。日の刺す場所を避けながら、リュイが荷物おろしを手伝いに来た。

「お嬢様、今日のご飯何にしましょうか?」

「うーん、どうしよっかなぁ」

 考えながら、悩み始めたミナは泥棒に向いた。

「皆さん、何が食べたいですか?」

 食べさせてもらうのに、自分たちの意見を汲んでもらうわけにはいかないと思ったのか、泥棒たちは恐縮して答えない。

「なんでもいい、が一番困るんですよ。なんかリクエストあったら言ってください。その方が助かりますから。みんなで一つずつ」

 そう言われて顔を見合わせた泥棒たちは素直に答えた。

「じゃぁ、フライ」

「カルボナーラ」

「ラヴィオリ」

「ローストビーフ」

「わかりました。楽しみにしてて下さいねー」

 そう言って荷物を運ぶと女二人はキッチンに籠り始めた。


 その間に相手をしろと言われて、レミとジョヴァンニのチェスの相手をしていると、どこからか音楽が聞こえてくる。

「なんだっけ、これ」

「幻想即興曲だよ、ショパンの」

「あぁ・・・・・誰かの趣味ですか?」

 ジョヴァンニに問うと、にっこり笑った。

「ついてきて」

 そう言って立ち上がり泥棒たちに着いて来るように促す。大人しく着いて行くと、ある一室の前に連れて行かれた。ジョヴァンニがそっとドアを開けて室内を見るように促されて覗き込むと、そこではイカレ男がピアノを弾いていた。

 アンジェロはすぐに気付いてピアノを弾くのをやめ、ドアに視線をやった。気付かれたことを察してジョヴァンニがドアを開くと、アンジェロはピアノを閉じようとする。それをジョヴァンニが止めて、続きを引く様にねだった。

 アンジェロは溜息を吐いて、リクエストを尋ねてくる。

「え、あ、えっと、じゃぁ水の戯れ」

 リクエストを聞いたアンジェロは勿論楽譜など見ないで、すぐに弾きはじめる。泥棒たちはクラシックはよくわからなかったが、間近でピアノを聞くのは初めてで、その技術が卓越していることは素人の耳にも明らかで、弾き終わったアンジェロにいっぱい拍手を送った。

 そう言えば双子が市長になる前、アンジェロは無職でピアノを弾いていたと聞いたことを思い出して、この分なら十分ピアノで飯が食えるのではないかと思って言ってみた。

「あぁ、食えるだろうな。でもその気はねぇよ」

「勿体ないですねぇ」

「同じ事音楽院の教授にも言われたけど、趣味だから楽しいんであって仕事になったらつまらねぇだろ」

「音楽院の教授に誘われたんですか!?」

「俺だけじゃなくて、全員な」

「全員!?」

「まぁ、全員何かしらできっから」

 最高峰の音楽院の誘いを蹴ったとあっては、只者ではない。

(本当、なんなのこの人達)

(多才過ぎる)

 感心を通り越してむしろ引いたが、泥棒たちも何かできないのかと言われて、とりあえずバンドをやっていて、ギターなら弾けると答えると、奥に引っ込んだアンジェロがギターやベースを持ってきた。

「オリジナルか?」

「いえ、まだ全然です。コピバンです」

「なら、それ弾け。聞き起した楽譜だけど」

 渡された楽譜を見て弾きはじめると、段々と慣れてきた。弾けるようになってくると、アンジェロは愉快そうに笑った。

「この曲超カッコイイっすね」

「だろ。一回やってみろ。ジョヴァンニ、お前歌え」

「えぇー、アンジェロのが歌ウマイじゃん」

「いいから」

「全くもう」

 渋々と言った感じでジョヴァンニが歌う事になり、アンジェロの合図で弾きはじめる。ジョヴァンニは一番優しげな顔をしているし、普段穏やかなので泥棒たちはビックリした。ジョヴァンニの意外に力強くハスキーで魅力的な声。そして超カッコイイ曲。

 弾き終わるとアンジェロが笑って拍手してくれた。

「うめーじゃん」

「ありがとうございます」

「これ、なんて曲ですか? 初めて聞いたけど、スゲェカッコイイ」

 すると、アンジェロはどこからかCDを取り出して、差し出した。

「ニルヴァーナ?」

「そ。NirvanaのSmells Like Teen Spirit。むかーしのバンドだけどな。それ、やるよ」

「え、いいんですか?」

「おう」

「ありがとうございます!」

 アンジェロがいいと言うので、その部屋でCDをかけて聞くことにした。アンジェロとジョヴァンニはその部屋からは出て行って、いくらでも楽器で遊んでいいと言ってくれた。

 ニルヴァーナのCDを聞きながら、つくづくカッコよさに感動する。

「マジカッコイイ」

「昔はこんなカッコイイバンドがいたんだなぁ」

「今度はニルヴァーナをコピろうよ」

 泥棒たちは知るはずがない。彼らが存在したのはこの時代から100年以上も前だ。しかし、クラシックもロックも、素晴らしい音楽は時代を超えるもののようだ。

「ていうかさ、アンジェロさんってクラシックよりロックの方がイメージに合うよな?」

「確かに」

「あの人相当ロックな人だよな」

「確かに」

 しばらく話しながら聞き惚れていると、ミナがご飯の用意が出来たと呼びにやってきた。


 ダイニングに入ると、リクエストしたメニューの予想を上回る料理だ。

 オーダーしたフライは、野菜やシーフード、鶏肉を盛り合わせてあって、そのあげ方も素揚げや竜田揚げ、から揚げなどレパートリーに富む。

 カルボナーラもスープたっぷりで、チーズにはわずかにゴルゴンゾーラを混ぜたようで、濃厚な香りが鼻をくすぐる。

 ラヴィオリにはたくさんの牛肉が詰まって、高級なオリーブオイルとバジルとトマトソースがふんだんにかけられている。

 ローストビーフは薄くスライスされて、たくさんのハーブや野菜が盛ってあり、横にはレモンとオリーブオイルとバルサミコの中から好きなものをかけられるように配慮してある。

 パンもフォカッチャだけでなく、チャバッタやグリッシーニも用意してあって、パスタのソースも余すことなく平らげられそうだ。

「うわぁ、すごい、美味しそう!」

「さ、早く座って食べましょ」

「いただきます!」

 この日も前日同様ミナの手料理を戴いて、シュヴァリエ達と夜遊びをして床に就いた。


 それから、シュヴァリエや双子と遊んだり、雑用を手伝ったり、ご飯をごちそうになったりしながら一緒に過ごした。

 その間にかなり親交を深めてしまって、自分達が泥棒しようとした相手だという事を忘れそうになる位だった。

 出会いから一週間後、吸血鬼達は荷物をまとめ始めた。アンジェロのメルセデス、クライドのハマーにたくさんの荷物を詰め込んで、入りきらないものはみんなで手持ちして庭に大集合した。そこに、泥棒たちも呼ばれた。

「あの、もう出て行かれるんですか?」

 尋ねた泥棒に、アルカードが返事をした。

「あぁ、そもそも北イタリアには1週間の滞在の予定だったからな。我々はこれから南に行く」

「そうなんですか。あの、俺達泥棒なんてしたのに、お世話になりました」

「どのようにお礼すればいいですか?」

 問われて、アルカードはアンジェロに視線を移した。すぐにアンジェロは泥棒たちに一通の分厚い封筒を渡した。

「それにサインして、そこに書いてある住所のとこにこの封筒を持っていけばいい」

 なんだろう、と封筒から書類を出して覗き込む。その書類のタイトルに、泥棒たちは目を疑った。

「え、ちょ、本当に意味わからないんですけど!」

「貴様らに断る権利などない」

「そうかもしれませんけど、でも、この別荘を譲渡するなんて!」

 アンジェロが渡した書類には、別荘、土地および家具家財一式全てを譲渡すると言う旨が書かれていた。

 譲渡者の名前はアルカード、受取人は空白になっていて、山姫の息のかかった法律事務所に提出するようになっている。

「確かにお前達は泥棒に入ったようだが、こちらも楽しませてもらったのでな。その礼だ」

「お礼なんて・・・!」

「お前らのお陰で、小僧も随分と気晴らしになったようだし」

「うっせ、余計なこと言うな」

 アルカードの言葉でアンジェロに何かあって、自分達がその気晴らしの役に立ったんだという事はわかった。それでも泥棒と言う罪があるし、別荘なんて財産を譲渡されるわけにはいかない。

 なおも渋っていると、ミナが進み出てきた。

「もしかして、まだお礼足りませんかぁ?」

「いや、逆です! むしろこっちが払わなきゃいけない位なのに!」

「えー? いいですよ、別に。双子ともよく遊んでくれたし、二人とも楽しかったよね?」

「うん! 楽しかった!」

「おじちゃんたち、もう泥棒しちゃダメだよ!」

「え、あ、う、うん」

「別荘は、皆さんの好きにしてもらっていいですよ。ここに住んでもいいし、売ってお金に変えても構いません。お姉さんの療養に遣うのもいいでしょう」

「知ってたんですか・・・・」

「け、けど・・・・・」

 それでも渋る泥棒たちに、アルカードは少しうんざりしたようだ。

「私達はここにはもう二度とやってこない。別荘など在っても意味はない。ならば有効に使える者の手にあった方がマシだろう。それに、先ほども言ったが貴様らに拒否権はない」

 アルカードの言葉に泥棒たちは顔を見合わせて悩み始める。それを見て、ミナとアンジェロは手を繋いだ。

「じゃぁ、よろしくお願いしますね」

「じゃーな」

「達者でな」

「元気でなー」

「バイバーイ」

 戸惑う泥棒たちを残して、別れの言葉を述べた吸血鬼達は、車ごと全員その場から黒い霧となり一瞬で消え去った。


 それに、泥棒たちは激しく狼狽えた。

「え、あ、あれ?」

「なに、今の」

「消えた? あれ?」

 狐につままれたとはこのことだ、と言わんばかりの顔をして、泥棒たちは庭に佇む。

「俺達、夢でも見てんのか」

「でも、別荘も、封筒もあるよ」

 残ったのは、泥棒と別荘。別荘の中はがらんとしていて、しかし雑誌や新聞などは置いたままになっていて、アンジェロが使っていたあの部屋にはピアノが残されている。

 封筒を見ると、やたらと分厚いと思っていたが、書類とは別に札束が入っていて、短い手紙が入っていた。


泥棒どもへ

 家具家電家財一式、別荘ごと全部くれてやる。ほとんどが盗品だからな。俺らはまた盗めば済むことだし、正直な話、俺らは所有してる方が面倒くせぇから、有難く受け取れ。

 けど、お前らはもう泥棒すんなよ。俺らは絶対捕まったりしねぇけど、お前ら家族いるんだろ。捕まって人生棒に振るような真似すんなよ。その金は餞別だ。

 楽しかった。元気でやれ。じゃーな。

                  アンジェロ・ジェズアルド



「100万ユーロ(約1,000万円)が餞別・・・・・?」

「・・・やっぱあの人達、犯罪者じゃん」

「市長だったり貴族だったり科学者だったり、何なんだろうな」

「あの人達、本当に、一体何だったんだ・・・・・」


 一緒に過ごした約1週間、泥棒たちには、一生忘れられない思い出になった。




SFすこしふしぎ

――――――――――藤子・F・不二雄


藤子・F・不二雄の造語

「すこし・ふしぎ=Sukoshi-Fushigi」

(藤子・F・不二雄のSF短編)

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