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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第1章 吸血鬼の一念発起
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自分の無知に気づけば気づくほど、一層学びたくなる

「オッス、久しぶり」

 くわえ煙草でそう声をかけてきたアンジェロに、つばさは返事を返すものの首を傾げた。

「久しぶり。あれ? アンジェロ何その白髪?」

「白髪言うな」

 白髪ではない。微妙に金髪だが、白髪と言われれば白髪に近い金髪である。アンジェロの髪から色素を略奪したミナが嬉しそうにアンジェロの腕に抱き着く。

「エヘヘ、変えちゃった! カッコいいでしょ?」

 その言葉につばさとアレスは首を傾げる。

「そう?」

「そうか?」

 二人の返事にミナは少し残念そうにして、アンジェロはイラついた表情を浮かべたものの、折角の久しぶりの再会に文句を飲み込んだ。


 金銀長髪コンビと再会した夜のパリ。ライトアップされたエッフェル塔の下で、久しぶりにつばさとアレスと再会だ。出会い頭から腹立つ二人とあいさつを交わすと、二人はふとアレクサンドルに目を向けた。

「そちらは?」

「俺、アレクだよ。変身してんの」

「へぇ、なんで?」

「術者に会ってんのは伯爵だから、伯爵の格好なら運が良けりゃあっちが見つけるかもしれねぇだろ」

 アレクサンドルはアルカードに変身している。理由はアレクサンドルの前述にもあるが、キャラがアレクサンドルのままなので、ミナにしてみればアルカードの姿でこのキャラは違和感が尋常ではない。 ちなみにアルカード変身後のアレクサンドルは「アレクサンドル+アルカード=アレカード」と命名された。

「なるほど」

 話を聞いて納得するアレス。

「へぇ、その人が噂の伯爵なのね。めっちゃいい男じゃん」

 意外と食いつきの良いつばさ。シュヴァリエには誰ひとり興味を持たなかったくせに、日本人はどうもシルクロードの中間点の為に「西洋+東洋+オリエント」がリミックスされた東欧系が好きなようだ。で、拗ねるアレス。

「顔なら俺の方が上だろう」

「中身は下」

「お前伯爵と会ったことないだろう! 何を根拠に!」

「いや、間違いなく中身はアレス完敗だぞ」

「ほーら、やっぱり」

「くっ・・・」

 アンジェロののフォローを聞いて何故か得意げなつばさ。アレスは悔しそうにしている。

 ―――――もしかしてコイツ、つばさに惚れてんのか。

 そう思ったアンジェロはニヤニヤしながらアレスを覗き込んだ。

「おいアレス、お前つばさに惚れてんのか」

「な! 違う!」

 慌ててドギマギするアレス。そっち方面に疎いアレスは過剰に反応してみせる。アレスは本当に縁がないので、(縁はあるが興味がなくて断っている)つい過剰に反応しているだけで、実際のところはわからないが。

 そんなアレスとアンジェロに冷たい視線を投げかけるつばさ。

「そんなことより、さっさと魔術師探しに行こうよ。時間が勿体ない」

 相変わらずクールである。

「そうだねぇ」

 つばさの言葉にミナも頷いてしまった。女二人はヒドイ。そう言うとさっさと二人は歩き出してしまった。


 景色を見ながら歩く、観光客7人。パリは住みやすい街世界一らしい。

 ―――――今度引っ越す時はパリに来よう!

 が、ただいま冬真っ盛り。1月中旬のフランスは当然のように雪が降っていて、インドの暑さに慣れたミナ達は、ぶっちゃけナメていた。案の定パリから移動すると雪が目立ち始める。そしてやはり、妊婦だと言うのにミナは薄着が好きらしい。一応着込んではいるものの、寒そうに手に息を吹きかけている。

 それを見たアンジェロは、だから言ったのに、とガッカリさせられた。そんな事とは露知らず、久しぶりに見る雪を踏みしめてアンジェロを見上げた。

「うぅ、雪なんか久しぶりに見たね」

「そうだな」

「雪合戦したいね」

「アホか」

「ミナっち、妊婦が体冷えるようなことしちゃダメなんじゃね?」

「あ、そっか」

 エドの言葉に納得するミナだったが、他のメンバーからアンジェロに向かって溜息が吹き付けられる。

「アンジェロ冷てぇなぁ」

「そーだよな。アホかって一言」

「エドの方が優しいとか、どういうこと?」

「うるせー」

 3日前アンジェロが冷たい態度をとることを発端にケンカしてしまったため、他の3人もアンジェロに「優しくしろよ」と念を押していた。なのにこの有様だ。

 ミナはミナで改心したのでそれでもいいか、と妥協したのだが、アンジェロは俄かに「あ、そうだった」と言う顔をして溜息を吐く。ミナ以外の全員が溜息を吐いていたのだが、ここはさすがにトラブルの申し子だ。

「うわぁっ!」

「・・・・・っぶねー・・・」

 ―――――あ、危なかった! びっくりした!

 お約束と言わんばかりに雪で滑って転倒しかけるミナ。すかさずアンジェロが抱き留めて立たせると、アンジェロと同時にミナや他のメンバー全員がホッと胸をなでおろしたように息を吐いた。

「バカ、お前気を付けろ」

「うん、ごめん」

 ―――――あぁ、びっくりした。よかった転ばなくて。

 転ばなかったのはアンジェロが常に警戒態勢でいたためである。ミナと行動を共にすると必ずと言っていいほど不測の事態が発生する。そのこと自体は最早不測ではないとアンジェロは考えているので、当然厳戒で警戒もする。

 抱き留めたアンジェロから体を離して再び歩き出そうとすると、アンジェロが振り向いて手を差し出してきた。

「ん」

「え?」

「手」

 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、ミナはハシャギたくなるほど嬉しかった。ミナは満面笑顔で手を取って、ミナの手を握ったアンジェロは手の向きを変えて握りなおして、繋いだ手をアンジェロのコートのポケットに突っ込んだ。当然、ミナは大騒ぎだ。

「きゃぁ! やだ、もう、やだー!」

「嫌なのかよ」

「違うよぅ!」

 ―――――いやー! キャー! 嬉しい! なんでアンジェロこんなカッコいいことできるの!? あぁもうヤダ。アンジェロカッコよすぎ!

 メロメロである。アンジェロも一応先日のケンカで反省して、優しくしてやらねぇと、と考えての事だ。ミナは危なっかしいし、手を繋いでやったら手が冷たかったのでそうした(当然喜ぶとわかってやっている)のだが、あまりにもミナが大喜びするので、なんだか照れくさくなってきた。

「つか、アンジェロ優しッ!」

「二枚目ッ!」

「いいなぁ! ドキドキしちゃう!」

「なんか腹立つな、お前ら」

 さっきまで「冷てぇ」と言ったくせに、3兄弟が囃し立てるものだからますます嫌になったアンジェロだったが、ミナが大喜びしているのでまぁいいか、と思う事にした。

 アンジェロは冬が好きだ。ミナが喜ぶから。寒そうにするミナに手を繋いでやったり抱きしめてやったり、服を貸してやるととても嬉しそうにする。だから冬が好きなのだ。ミナもアンジェロが優しくしてくれるので(夏場は暑苦しいと追い払われる)冬は大好きだ。

 嬉しそうにして空いた手で腕に抱き着いてくるミナを、愛しげに見つめるアンジェロ。しかし歩きにくいことこの上なさそうだ。

「もう、アンジェロってどうしてそうカッコイイの?」

「生まれつき」

 二人のやり取りを聞いてニヤニヤしながらつばさが言う。

「もう、アンジェロってどうしてそう女タラシなの?」

「うるせーよ」

 なぜかミナの物真似をしてそう言ったつばさに軽くイラついたアンジェロに、ミナは可笑しそうに笑う。

 ―――――別にタラシじゃねぇ。ミナじゃなかったらそんなん絶対しねぇし、転んでも放置して置いていくっつの。

 それはそれでヒドイ話であるが、アンジェロの心の声を聞いたら間違いなくミナは狂喜するであろうに、それを口に出さない分残念な男である。実にもったいないのだが、ミナはアンジェロの「なんか冷たいけど優しい」という不可思議な態度がお気に入りだ。本来ミナは自分がベタベタするのは好きだが、男からベタベタされるのは慣れないので、実際この程度で丁度いいのだ。

 その後もミナは何度か滑りそうになって、その度にアンジェロの腕にしがみついて難を逃れ(アンジェロは歩きにくいことこの上なかったが)とりあえず駅について電車に乗った。目的地はパリ郊外の街だ。


 セルジーと言う町に着くと、アレスはあたりを窺う。

「やっぱりこの町だと思う。なんというか、不思議な気が満ちてる」

 アレスの様子に、ミナはアンジェロに顔を向ける。アンジェロは敏感体質(?)だからだ。

「アンジェロ、わかる?」

「いや、わかんねぇ」

「アンジェロでもわかんないの?」

「魔物にはわかんねぇんじゃねーか」

「うーん、そうなのかな? 聖なるパワー?」

「いや、神聖な感じはしないんだが、なんだろうな。不思議だ」

 アレスにもよくわからないらしいが、神聖でも邪悪でもないらしい。とりあえずアレスの言う濃度の濃い方向に足を向けてみる。しばらく歩いてみると、ミナ達の目の前には信じられない光景が。

「明らかに、おかしいよな」

「おかしいよね」

「なんで人間たち素通りしてんだよ」

 呆気にとられる吸血鬼&異世界人と違い、首をかしげる日本人つばさ。

「え? なに? なんかあんの?」

 唯一純粋な人間のつばさには、ミナ達の見るおかしな現象が理解できないらしい。

「つばさちゃん、何にも見えない?」

「何もって言うか、あたしには図書館にしか見えないんだけど」

 そう、ミナ達の目の前には図書館がある。それだけではない。図書館の玄関の真ん前に一軒家が建っている。この立地はおかしい。どう考えてもおかしい。

「間違いないね」

「だな」

 既に閉館した図書館のゲートをアンジェロがミナを抱えて飛び越えて、つばさもアレカードが抱えて飛び越えて、アレスは自力でよじ登ってきた。

 アレカードに抱き抱えられたつばさは思わず感嘆の声を漏らす。

「吸血鬼の身体能力、イイね」

「お? つばさちゃん、俺に惚れた?」

「アレクじゃなくて伯爵なら惚れたかもね」

「つれねーなぁ」

「ていうか、おろせ」

「つれねーなぁ」

 どこまでもつれないクールなつばさに笑って、アンジェロから降りたミナは改めてその家を見た。小ぶりな屋敷、と言った感じの佇まいで、一体築何百年なのか、相当な年季を感じる。ミナは首を捻りながらアンジェロに向いた。

「なんでパリなのに、プロヴァンス風なの?」

「知るか」

 それはそうだ。聞く相手も質問の内容も間違えている。なのにミナはアンジェロが素っ気ないとまた頬を膨らませて拗ね出した。それに気付いたアンジェロが慌ててご機嫌取りに頭を撫でると、ミナはあっさりご機嫌を回復した。二人の様子に他のメンバーは思わず溜息だ。

(ダメだ、コイツらただのバカップルだ)

 満場一致でそう思った。呆れつつ、アレカードがアンジェロに尋ねた。

「ていうか、俺ら招待がなきゃ入れないじゃん」

 吸血鬼は招待がなければ人の家に入ることはできない。因みにホテルや店は「いらっしゃいませ」のお陰で入れる。そもそも吸血鬼達が高級店や歓楽街にしか行かないのもそのせいだ。小さな店では店先で出迎えがなく入れないからだ。

 なので門番もいない、かといってインターホンもない家に上がり込むのは不可能なのである。が、アンジェロは親指を立てて指差した。

「そこでアレスの登場と言うわけだ」

 アレスは異世界人だが一応人間なので、普通に入れる。

「あ、なるほど。アレスよろしく」

「わかった」

 アレスがその屋敷の門に近づくと、屋敷の庭の影から若い女が門の前を通りかかった。長い花色のウェーブがかった髪を耳にかけると、その女はアレスとミナ達に気付き、少し驚いた顔をして女の方から声をかけてきた。

「あら、珍しい。お客様?」

 近付いてきた女にアレスは素直に返答した。

「あぁ。ここは、魔術師の家か?」

「ええ。あなたは?」

「俺はただの同伴だが、アルカードと言う男とその身内が、魔術師に面会したいと」

 その言葉を聞いて、女は驚き、両手を組んで笑った。

「まぁ! アルカード様が!?」

 女の言葉に身を横に引いたアレスは、アレカードを指さす。アレカードをみとめた女はより一層嬉しそうに笑って、アレカードに歩み寄っていく。

「まぁまぁ! アルカード様! ご無沙汰しておりますわ! 100年ぶりですわね!」

「あぁ、久しぶりだな」

「さぁ、お入りになって! マーリン様も喜ばれますわ!」

 内心全員で「100年ぶりって!」と突っ込みそうになったが、なんとかその衝動を抑えた。ウマイ事招待を戴けたミナ達だったが、つばさは相変わらず屋敷が見えないようで、不審そうに後を着いてきた。が、門をくぐった瞬間に見えるようになったらしく、つばさらしくもなく驚いてキョロキョロし始めた。

「なんで急に見えるようになったんだろ」

 そう呟いたつばさに、女が笑って答えた。

「あなた、人間?」

「ええ」

「そう。見えなくて当然ね。私が結界を解いて招き入れない限りは、普通の人間には認識も接触も出来ないもの」

「へぇー、すごい」

「なるほどぉ。あなたも魔術師ですか?」

 横から口を挟んできたミナに問われた女はにっこり笑う。

「私の名前はエレイン。マーリン様の弟子で、妖精よ」

「妖精! へぇ、妖精もいるんですねー。ちなみに何の?」

「湖の乙女よ」

「湖の乙女・・・なんかどっかで聞いたことある様な・・・」

「ふふふ」

 腕組みをして悩むミナ達にエレインは笑い階段を上る。しばらくロウソクに照らされた仄暗い廊下を進むと、奥の部屋に通された。

「マーリン様、今日は素敵なお客様がいらっしゃいましたわ」

 ドアを開けたエレインに促され入室すると、そこには大柄で濃い紫色のガウンを纏った、顔中に長いひげを生やした老人が揺り椅子に腰かけて、暖炉の前で本を読んでいた。ミナ達に視線を向けたマーリンと呼ばれた老人はアレカードに目をやって、すぐにエレインに視線を戻すと、大きく溜息を吐いた。

「エレイン、その人は偽物じゃよ。君は修行が足らんようだのぅ」

「えぇ!?」

 エレインと同時にミナ達も驚いた。

 ―――――まさか一瞬で見抜かれるとは。伊達にジュノ様の目をくぐってはいない、只者じゃない。

 感心しつつ驚くミナ達に、再び視線をやる。

「じゃが、君らはどうやらアルカードの血族のようじゃな。特にお嬢さん、君はアルカードの眷属じゃろう?」

 話を振られた上にバッチリ正解されたミナは思わず背筋を伸ばした。

「は、はい! 初めまして! アルカードさんの眷属で、ミナと言います!」

「そうかい、ミナ。初めまして。どうぞ中にお入り」

 やっとのことで微笑んだマーリンに中に通されて、暖炉の前のソファに腰かけた。魔術師は笑う。

「アルカードは元気かね?」

「今休眠期で、わかんないんですよ」

「ほっほ、なるほどのぅ。ミラーカは?」

「ミラーカさんは・・・亡くなりました」

「・・・そうか。封印を解いてしまったか。そうか・・・」

 悲しげに瞳を伏せるマーリンに、ミナは窺うように覗き込む。

「ミラーカさんとお友達だったんですか?」

「あぁ、ミラーカとは150年程前に知り合った。ミラーカに封印を施したのも、わしじゃ。ミラーカがわしの元にアルカードを連れてきて、それでアルカードとも知り合うた。あぁ、ミラーカは美しく、儚く、それでいて明るい不思議な女じゃった。愛を求め愛を裏切り愛に裏切られ、家族を求めていると言っておった」

 ミナの脳裏にミラーカの最期の瞬間の笑顔が蘇った。涙ながらに微笑み「幸せだった」と言いながら死んでいった非業の美女。彼女が家族を求めていたのなら、少なくとも生きている間は幸せでいてくれたのだろう、そう思って俯いた顔を上げた。

「・・・ミラーカさん、最後に言いました。私達は家族だって。私達の傍で過ごせて、楽しくて幸せだったって」

 それを聞いたマーリンは悲しげではあったが、優しく微笑んだ。

「そうかい。ミラーカは幸せだったんじゃな。そうか、そうか、良かったな、ミラーカ」

 呟くようにそう言ったマーリンの肩をエレインが撫でると、マーリンはその手を取って顔を上げた。

「君たちは、何の用事でわしの所へ?」

「はい、実はマーリンさんにアルカードさんの封印の事で聞きたいことがあって」

「おや、ミナは何も聞いとらんのかね?」

「そうなんです。なーんにも聞いてないんです。だから休眠期からいつ戻ってくるのかも知らないし、待てって言われて待ってますけど・・・・」

「ほっほっほ、アルカードも意地悪な男よのぅ」

「本当です」

「そうかい。じゃぁ教えてあげようかね」

 アルカードの封印は、本来強大過ぎる魔力を抑え込むためにある。その為にわかりやすく使い魔に魔力を集中させ、その使い魔を封じた。しかし、吸血鬼の強力な魔力は呪いによるもの。それを抑える為には当然、副作用が発生する。

「そこで、休眠期の睡眠時間で均衡を図ることにしたんじゃ」

 休眠期は強ければ強いほどその期間も長い。魔力を抑制することで発生する軋轢を、休眠期中に解消する必要があった。吸血鬼の休眠期は体を休めるだけでなく、起きている間に記憶したことを整理する為や、魔力の調整にも使われる。

「それで、アルカードさんの休眠期は?」

「アルカードは本当に強くてのぅ、それまでの3倍に延長せざるを得んかった」

「3倍!?」

 ―――――いくらなんでも、3倍はないよ!

 全員で顔を見合わせて、全員で単純な計算を始める。

「ちょっと待って、山姫さん10年くらいって言ってたよね」

「ジュノ様も10年に間違いないって言ってたな」

「てことは、3倍なら・・・」

「30年・・・」

 答えが出た瞬間に一同は額に手をやる。

「長すぎだよー!!」

「道理で帰ってこねぇはずだ・・・」

「マジか、伯爵、マジか」

「何にも言わねぇで、俺らやミナちゃんを30年も待たせる気だったのか、あの人」

「やっぱ性格ワリィ、あの人」

 文句を垂れたり放心したり、ミナ達の様子を見てマーリンとエレインはくすくすと笑う。

「ほっほ、君たちも吸血鬼なら、30年なんて微々たる時間じゃろ」

「微々たりませんよ! 私まだ40年も生きてませんもん!」

「おや、そうかい。君たちも?」

「俺らだってまだ50年そこらですよ」

「ほっほ、若いのぅ。まぁ、頑張るんじゃな」

「・・・頑張りますけどォ」

 ガッカリするミナ達に魔術師師弟はクスクス笑って、一応応援してくれた。しばらく落ち込んでいたミナは、ふと顔を上げた。

「あのぉ、気になってたんですけど、一つ質問していいですか?」

「どうぞ」

「まさかって言うか、それは無いと思うんですけど、マーリンさんって、マーリン・アンブロジウスさんじゃぁないですよね?」

 その質問に驚いたアンジェロがすかさずツッコむ。

「まさか! お前伝説じゃねーか」

「だよねぇ」

 呆れたような視線を投げかけるアンジェロに力なく笑うと、その様子を見たマーリンは言った。

「ほっほ、なんじゃ、知っとるのかね」

「は?」

「え? え? じゃぁ、本当にマーリン・アンブロジウス!?」

「そうじゃよ」

「マージー!?」

 まさか肯定されるとは思っておらず、ミナを含め全員で再び驚いた。

 ―――――まさか本物が存在するなんて! そりゃジュノ様の目だってかいくぐるよ! この第3次元においては間違いなくこの人が世界最強だ!

「ウソだろ・・・だってアレ、伝説じゃねぇのかよ」

「ありゃ相当脚色されとるが、現にここに私とエレインもおるし、昔はアーサーに仕えとった」

 それに再び驚くミナ。

「ウッソ。アーサー王も実在してたんだ」

「しとった。もう1500年も前の話じゃがね」

 マーリンの話を聞いていよいよミナ達は放心状態だ。ちなみにアレスは伝説を知らないので、一人だけ会話についていけない。その様子に気づいたミナは、マーリンの言う脚色された伝説を簡潔に説明した。


 時は今から1500年以上前、現在のイギリスに存在していたという王国の話。帝王アーサー王とその補佐役であった魔術師、マーリン・アンブロジウス。

 聖遺物を求める旅、度重なる敵国との戦争、王妃の裏切り、王の側近である騎士たちの恋や戦い。

 アンジェロたちシュヴァリエの偽名はアーサー王伝説に登場する円卓の騎士から採られたものである。アンジェロが名乗っていたカイはアーサー王の乳兄弟で腹心中の腹心の部下、ガウェインとランスロットは王国随一の騎士で、二人は度々剣を交えガウェインは常に王に忠誠をつくし、ランスロットは王妃を横恋慕して国を裏切るものの、最終的には王に忠誠して王の為に戦う。ガラハッドはランスロット卿の息子でありアーサー王から「もっとも偉大な騎士」と讃えられ、聖杯を発見した騎士である。

 まさかマーリンが実在したとは夢にも思わなかったミナ達はポカーンとしてしまった。しかしすぐに伝説上のマーリンの事を思い出したエドワードが尋ねた。

「あの、伝説にあるマーリンさんはインキュバスと人間のハーフって、本当ですか」

「本当じゃよ」

「ウソ! すごーい!」

「マジか!」

「マジか! スゲェ!」

「マジスゲェ! ヤベェ!」

「ほっほ、リアクションが若いのぅ」

「エネルギッシュですわね、マーリン様」

 いや、私達の若さに驚いてる場合じゃないよね、と思ったミナ達は相変わらず驚いていたが、アンジェロが急に身を乗り出した。

「マーリンさん!」

「ん?」

「お願いがあります! ウチの嫁を弟子にしてください!」

「自分じゃないんだ!?」

 反射的にツッコんでみたが、確かにマーリンの弟子になれば錬金術の向上は確実。そうすればアルカードとアンジェロの役に立てるかもしれないと考えて、アンジェロと一緒になって弟子入りを嘆願し始めた。

 二人のお願いにマーリンは長い口髭を撫でながらしばし考え込む。

「ミナとアンジェロは夫婦かね?」

「はい」

 問われたアンジェロが簡潔に答える。返事を聞いたマーリンはミナに目を向けた。

「弟子入りするならミナはこの家に住み込みせねばならんよ。アンジェロと離れ離れは寂しくないかね?」

 それを聞いたミナは即座に反応した。

「ヤダ! 寂しい!」

 急に腕にしがみついてきたミナに、アンジェロは呆れたように溜息を吐く。

「あのな、お前、そこは我慢しろよ。俺もフランスに移住するから」

 よく考えたら自分も離れ離れは嫌だと気付いたアンジェロの折衷案にも、ミナは耳を貸さない。

「ヤダ! 私アンジェロがいなきゃ生きていけない!」

「・・・」

 ミナの返事に内心大喜びしたアンジェロは照れ隠しに溜息をついて、マーリンはその様子を可笑しそうにして笑った。

「ほっほっほ。仲がいいのぅ。またの機会にの」

「・・・ハイ」

 甘えん坊なミナの様子につい甘やかして諦めたアンジェロに、3兄弟と金銀長髪コンビはまたしても溜息を吹き付ける。

「甘っ」

「俺らにはいっつも厳しいくせに!」

「うるせーな。しょうがねーだろ」

 アンジェロの開き直った様子につばさは呆れて腕組みをする。

「しょーがなくねーし。ミナも甘えん坊だし、アンジェロも甘やかし過ぎ。ダメ夫婦ね、アンタ達」

「えへへー」

「イヤ、何喜んでんのよ」

 つばさはなぜか嬉しそうにしたミナに更に呆れさせられたものの、何とかツッコめた。

「どーせアンジェロも離れ離れなるのヤだったんだぜ」

「あはは、だろうな」

 ―――――アンジェロも離れたくなかったのかな? 嬉しいー!

 弟子入り志願は何故か愛情の確認作業になってしまった。アンジェロとしては結界の張られたマーリンの元にいる限りは、ミナは無事でいられるだろうと考えての事だったのだが、恋の奴隷は主人には逆らえなかったようだ。

 ―――――ま、伯爵が帰ってからでも遅くはねぇか。あと18年もある。

 後18年。ミナを含め全員が予想だにしなかった長さだ。

 当初は一週間か、長くても一ヶ月くらいだろうと考えていた。因みに根拠は何もない。ただの願望に過ぎなかった。それが3ヶ月、半年、一年、10年も経過してしまって、いい加減ミナですらアルカードがいないことには慣れてしまった。それでもあまりにも時間がかかりすぎる。ミナは不安で仕方がなかったのだ。実はあの時もう既にアルカードが死んでしまっていたのではないか、と。

 アルカードの休眠期は長すぎる。しかし、ただ長いだけだとしたらまだマシだ、とミナは安心を覚えた。

 が、他のメンバーは素直には安心できない。

(マジ伯爵は鬼だな。あの状況でよくもまぁ、いけしゃあしゃあと待てって言えたもんだ)

 そう思うのも当然と言うものだ。アルカードとしてはあの状況だったからこその「ステイ」だったわけであるが。

 しかし、こんなにあっさり魔術師が見つかるとはミナもアンジェロ達も思わなかった。

 ―――――ジュノ様、本当に何してるんだろう。アンジェロの言う通り、使えないな・・・・・

 ジュノが見つけられないのは当然エレインの張る結界の為である。妖精であるエレインにとって、人の前から姿を消すことなど朝飯前である。更に、マーリンの魔術や魔力を狙ってくる不遜な輩から身を隠すために、対魔物用の結界も張っているのだ。本来ならミナ達にすら見えないはずなのである。それが認識できたのは一度訪問を許したアルカードの血族であることと、仮にも聖職者であることにある。ミナは聖職者ではないが、実家が浄土真宗の檀家であった為に幼少時に三宝に帰依し(キリスト教で言えば洗礼のようなもの)法名を戴いている。

 マーリンも人間ではあるが、吸血鬼と似たようなものなのだ。マーリンの魔力は父親であるインキュバスから受け継いだもの。しかし、マーリンが魔性に堕ちることを危惧した母親が教会で洗礼を施したため、魔力のみが残ったのだ。幼児洗礼の際にも悪魔祓いの儀式を行うためである。

 つまり聖と魔を併せ持つ部分では共通しているということになる。それがジュノにはない。魔しか持たなければ完全に排斥される。

 当然ジュノは現在も捜索中だ。捜索しながら監視していたのだが、ちょっと目を離した隙にミナ達が消えていまい、今現在大いに頭を悩ませている。

 ―――――んっふっふ。ジュノ様には休眠期はわかったからもういいですって言って、いつ帰ってくるかは秘密にしちゃお。それともわかったこと自体秘密にしちゃおっかな。

 ジュノがそれを聞いたら間違いなく激怒するであろうが、そう考えたミナは可笑しくてたまらなくなり、一人ニヤニヤした。


 何故かニヤニヤする嫁を訝しげに見下ろすアンジェロ、そんな二人を眺めていたアレスはしばし考えてマーリンに向いた。

「マーリン殿、悪魔の対処法をご存知か?」

「魔王級は知らんが、それ以外なら知っとるよ」

「ではアスタロトを知っているか?」

「勿論知っとるとも。あの悪魔は人間を誑かすのが趣味じゃからの。しょっちゅうこっちに来とるわい」

「アスタロトは強敵か?」

「そうでもないのぅ。ルシフェルやアーリマンに比べたら雲泥の差じゃ」

 思わぬ回答ではあったが、アレス達はその言葉に食いついた。

「じゃあ倒す方法も知ってるんだな!」

「知っとるが、誰ぞ迷惑しとるのかね?」

 アレスはアンジェロに向いて指差して、「コイツが契約した」と言うと、マーリンは眉を顰めて残念そうに溜息を吐いた。

「愚かじゃな」

「返す言葉もありません」

「契約してしまっては、アスタロトを倒したとて、アンジェロも道連れじゃ」

「じゃあ、心中以外にはないんですか」

「そうじゃ。契約印は君の魂に鎖のようなもので繋がれておる。解約しない限りは引きずられる」

「解約する方法はないんですか?」

「ある」

「本当ですか!」

「教えてください!」

 マーリンの肯定にみんなで詰め寄るも、マーリンは首を振って溜息を吐く。

「それはできん。君の魂を守るためじゃ、相当の代価が必要になる」

「俺の持ってる物なら、生きられるなら何でも払います! 何を支払えばいいんですか!」

「・・・・・魂は、命の精霊じゃ。人を人足らしめるもの。感情、本能、記憶を司る物、それが魂。それに釣り合う代価は、精神しかない。君の中にある精神、知性、理性、意志、それら一切を捨てられるかね? 例え生きながらえたとて、精神を持たない者など、最早人ではない」

「・・・・・」

「悪いが、君にはおすすめできんよ。例え愛した夫でも、ミナは廃人には用はなかろう」

「・・・・・そうですね、わかりました」

 マーリンの言う通り、精神もない者など人とは言わない。吸血鬼であってもそれは変わらないし、変わってはいけないのだ。人を作る物は3つある。その3つが揃っていなければ呪いでも罰でもない。悪魔には魂がない。幽霊には肉体と精神がない。化け物には精神がない。

 しかし、妖精や妖怪・吸血鬼には3つとも揃っている。それは人の心が生み出したものだからだ。強すぎる人の悲しみ、憎しみ、あるいは愛や信仰によって生まれたものだから、その3つを持ち合わせることを望まれて作られた存在なのだ。神によって作られた万物と違って、他人であったり自分であったり、いずれにしても人に作られた存在なのだ。

 ミナ達にはジュノを殺すことも、解約もできない。あとはジュノの方から解約を申し出てくるよう仕向ける以外にはない。それが可能だとはとてもではないが思えない。それでも当然ミナ達は何とかならないか、と頭を悩ませる。ふと、再びアンジェロが顔を上げた。

「マーリンさん、代価を精神ではなく肉体で払うことは、可能ですか」

 アンジェロの言葉に周りはざわついて、それでいてマーリンは顔色ひとつ変えない。が、ミナは当然アンジェロの突然の発言に覗き込んで、諭すように言う。

「アンジェロ、確かに人を作るものは魂と精神と肉体だけど、器がなければ精神と魂は崩壊しちゃうよ。3つ揃わなきゃ人じゃない。その二つだけ残っても、もうアンジェロはアンジェロじゃないよ」

 通常人が死ぬとき、つまり肉体が崩壊する時、崩壊の前に死神が魂を刈り取りに来る。刈り取られた魂は“温室”と呼ばれる場所に保管され、次の転生を待つ。(ジュリオ達の魂はジュノが温室から盗んできた)精神は一代きりの物でなければならないので、肉体と共に崩壊するのだ。死神以外の者が肉体から精神と魂を分離しようとしても、器がなければ自然崩壊が始まってしまう。

 ミナの説得を聞いたアンジェロはやはり諦めきれないようで、ミナに問うた。

「なんとか、別に器を用意できねぇかな」

「肉体を、作るの? 精神も魂も宿してない空っぽの肉体を? そんなの、人の住まない家と同じで、すぐに朽ちるよ」

「俺のクローンとかも無理か?」

「クローンにも、精神や魂は宿るよ。遺伝子的には同一人物でも、心は他人だよ」

「なんとか、ならないのか?」

「・・・・・マーリンさん」

 どうにかならないでしょうか、と視線を向けるミナにマーリンは溜息を吐いてみせる。

「不可能じゃないがね」

「なんだ?」

「ホムンクルスじゃ」

 尋ねたアンジェロにマーリンは短く答えた。答えを聞いて今度はミナに尋ねてきた。

「ホムンクルスって、人造人間のことか?」

「そうだよ」

「ホムンクルスはクローンとどう違うんだ?」

「作る過程で使うものも、根本的にも。クローンの場合は遺伝子に適合した型の卵子と、アンジェロから採取した細胞の遺伝子情報を使って作る。培養した卵子から核を取り除いてアンジェロの細胞の核を移植し、その卵子を人工授精させて代理母に出産させる。それがクローン」

「てことは、俺のクローンは赤ん坊で生まれるのか」

「そうだよ。だから魂も精神もあって当たり前なの。厳密には違うけど、人工的につくられた一卵性の双子みたいなものだもん」

「なるほど。じゃぁホムンクルスは?」

「ホムンクルスを作る方法は、満月の夜が来る度に大量の人間の生き血とアンジェロの精液を混ぜたものを月の光に当て続ける。すると、40回目の夜にホムンクルスが出来上がる」

「人間が必要なのか。どのくらい?」

「はっきりしたことは私もよく知らないけど、一晩で使う生き血の量は、大体1人分。生き血である必要があるから死なれても困るし、実際は2人以上必要になるよ」

「じゃぁ最低でも80人てことか!? 人一人を作るのに、そんなに犠牲が必要なのか!」

「そうだよ。まぁ、その人から全身の血を抜き取ってその場で殺すなら40人で済むけど、それでも全然多いんだけど。女が子供を作るとき、本来一人のものでしかない体で人を作り上げる。一人の物でしかない体で、その体に他人の魂を宿して、肉体と精神を育てる。それには膨大な精神を消費するし、魂や肉体の消耗も激しい。出産の際の痛みを男性が経験したら、そのあまりの痛苦に男性は絶命すると言われてる。そこで女は一時的に魂を底上げするのよ。創造は神にしか許されない所業だけど、それができるのは出産が神が許した神聖な行為だからだよ。それ以外で人を作ろうとするなら、当然そのくらいの代価は必要だし、術者もリバウンドのリスクは避けられない上に、ホムンクルスの成功例はパラケルスス以降は見当たらない。錬金術は神が創った物を別の物に変える、呪われた術。当然そのくらいの代価が必要になってくるの。アンジェロも聖職者だったんだから、知ってるでしょ」

「そりゃ、ヴァチカンは錬金術師と科学者は昔から目の仇にしてたけど。それほどまでのリスクと犠牲がいるのか・・・・・そんだけなるとすると、ちょっと厳しいな」

 さすがにホムンクルスを作る為に80人も用意して血を抜き取ることは、ミナ達がヴァチカンにいた頃なら可能だろうが、今は到底不可能だ。悩むアンジェロの前でミナは息を吐いて両手を広げてマーリンに向いた。

「なーんて、ホムンクルスじゃ役に立ちませんよね?」

「ほっほっほ、そうじゃのう」

「は?」

 散々長話をしておいて、ホムンクルスは役立たず宣言。当然アンジェロは「じゃぁ今の下りいらないよな」という顔をしている。ミナはホムンクルスの説明をしながら役立たずだという事に気付いたわけであって、悪意があっての事ではない。ちなみにマーリンはわかっていてそう言った。マーリンは笑いながら解説する。

「ホムンクルスは魂はないが、精神はあるからの。生まれながらに知識と個性もあるし、アンジェロと同一人物とは限らん。しかもフラスコから出てこれん。ホムンクルスに知恵を借りる為なら作る価値はあると思うがのぅ。作るとしたらクロウリーのやり方を真似るのが一番かの」

「あぁ、なるほど!」

「クロウリー?」

 マーリンの言葉で新たな光明を見出したミナだったが、当然ミナ達術師以外の者たちは何も知らない。クエッションな面々にまたもミナは解説を始めた。

「アレイスター・クロウリーっていう錬金術師がいてね。彼の説だと、受胎したばかりの胎児には精神も魂もない。アンジェロのクローンを作って、細胞分裂が始まる頃にアンジェロの精神と魂を移植する」

「なるほど」

 納得した面々はぼんやりとその様子を想像してみる。ちなみにアレスはクローンや細胞分裂など見たことも聞いたこともないので、チンプンカンプンだ。

「本人の肉体に本人の魂と精神を注入するんなら、拒絶反応も無かろう」

 新たな可能性に全員の気分は高揚した。マーリンとミナの話にみんなで腕組みをして感嘆の声を上げる。

「へぇ、なんかスゲェな。医学と魔術の融合か」

「ていうか、ミナが勤勉すぎて意外なんだけど」

「あはは、確かに」

 つばさの言葉を心外に思って、ミナは口を尖らせる。

「そりゃするよ。私だって医術や錬金術とか科学を駆使してアンジェロのコピー作れないかなってずっと考えてたもん」

「俺のコピーかぁ・・・・・」

 何となくみんなでクロウリー方式の応用を色々想像していると、ふとアレカードが尋ねた。

「けどよぉ、施設とかどうすんの? そう言う研究できるようなとこじゃなきゃクローンは作れねぇじゃん?」

 アレカードの言い分はご尤もである。当然ミナも考えていたし、そこが一番の問題なのだ。

「そもそもそこなんだよねぇ。遺伝子の解析をして、適合する型の卵子を見つけて、培養して、代理母も探さなきゃいけないし、その為には施設と機材と研究者は必要不可欠。で、そんな伝手は全くない・・・・・」

「ミナっちが研究して、産めば?」

「研究はいいだろうけど、そしたら俺とミナ親子になるじゃねーか」

「親子で夫婦ってメチャクチャ禁断じゃねぇかよ」

「その受精卵が私に適合するかわかんないんだけど。ていうか、そもそも卵子が私のじゃなかったら、例え私が産んだとしても医学的には私の子じゃないよ」

「あ、それもそうだよな」

「まぁ、あと18年もあるだから、なんとかなるんじゃない」

「お気楽だな・・・・・」

 確かに18年あれば、その間に準備はできそうだが。つまりは、アンジェロのクローンを作る為の準備をしておいて、アンジェロの肉体を代価にジュノとの契約を解約して魂と精神を解放し、クローンの受精卵にその2つを移植して、人工的に生まれ変わらせる。

(なんかスゲェな、オイ。完全に神の領域じゃねぇか)

 全員でそう思っていささかビビり始めたものの、神の領域に手を出そうとするのが科学と医学と錬金術であり、人情と言うものである。

「できんのか?」

 アンジェロの問いに腕を組んで首を傾げてみせる。

「どうだろうね?」

「どうだろうねって」

「クローンは理論上は出来るよ。でも魂と精神の移植がねぇ。チャンスは1回だもん」

「あぁ、そうか。器を失くしたら崩壊しちまうのか。厳しいなぁ。どっちにしてもハイリスクには違いねぇんだな」

「そうだねぇ。失敗したらアンジェロが契約を解約できたとしても、肉体も精神も魂も消滅しちゃうから、全然無意味だもん」

「まさしく机上の空論か」

「まぁ研究はしてみる。帰ったらクラウディオと科学班でも立ち上げるよ」

「そーだな」

「でも正直な話、期待しないでね・・・・・」

「そーだな・・・・・」

 理論上は可能なのである。マーリンの魔術と、遺伝子工学の知識とその施設と人材さえあれば。しかし理論上は可能だとしても、実際そう上手くいくのか保証は全くない。当然前例がないのだからやってみなければわからないのだ。事が事だけにぶっつけ本番でやってみる勇気も実際のところ湧かない。失敗すればアンジェロは完全に無になってしまうのだから。それならばたとえ砂でも肉体だけでも残った方がまだマシというもの。期待値はかなり低めだ。

「とりあえず、俺は俺でジュノ様を誑かす方向で行ってみる。嫌がらせしまくって、騙くらかしてやる」

 それを聞いたミナは、そっちの方がまだ見込みがあるな、と思い至って、アンジェロに賛同した。

「そうだね。アンジェロの魂なんか不味いですよって」

 ミナの言い分に思わずアンジェロは声を荒げる。

「不味くねーよ! ボケ!」

 しかし周りの者はアンジェロには同調しない。

「不味そうだよな」

「辛くて苦そう」

「えぐみが強そう」

「後味悪そう」

「良くてゲテモノ系珍味」

「誰がゲテモノだ! んなわけねーだろ! バカが!」

 度重なる中傷にキレるアンジェロだったが、その様子を魔術師師弟は可笑しそうに笑って会話に混じってきた。

「ほっほっほ、味見して顔を顰めるかもしれんの」

「ふふふ、即捨てられてしまいますわ」

「なぜ二人まで・・・・・」

 魔術師師弟からもバカにされ落ち込むアンジェロ。さすがに愛する旦那様を中傷されたミナも気分のいいものではない。そもそもミナが言いだしてアンジェロが落ち込む羽目になったのだが、そこはミナだ。イライラするアンジェロと二人で魔術師師弟にムッとした顔を向けると、エレインがいたずらっぽく笑って言った。

「愚か成り、ですわ。悪魔と契約するなんて愚かの極みですわ。吸血鬼も元は人間だと痛感せざるを得ませんわね。まだ50年しか生きていない幼い人。あなたは若く幼く浅薄で軽率。視野が狭く近視眼的で直視的で短気で傷つきやすく内向的。でも、あなたはまだ若いですが、魂には前世、そのまた前世の記憶が折り重なっています。魂は人の歴史を記録した本ですわ。魂は精神と違って成長しませんが、その代りに蓄積するんですのよ。あなたの深層に眠る本能、本質、感情を探ることで、開ける道があるかもしれませんわ。閃きというのは膨大な情報の蓄積が、化学反応を起こして生み出すものですから」

 最初は批判されたことにカチンときたが、実際返す言葉もない上にエレインの言う通りだと納得してしまった。なんだかんだで励まされてしまって、ミナはエレインの言葉で大いに元気が湧いた。

「そうですよね。膨大な情報がどこかで繋がって閃きを生むんですよね! 私も頑張ってたくさんお勉強しなきゃ!」

 急に奮起したミナを見てマーリンは愉快そうに笑う。

「ほっほっほ、その意気じゃよ。努力と叡智に敵うものはないからのぅ」

「はい!」


 努力と叡智に敵うものはない。錬金術、遺伝子工学、心理学、精神医学、神学、その他諸々。やること、学ぶことは多すぎる。

 ―――――けど、アルカードさんが帰ってくるまでの向こう18年、退屈せずに済みそう。

 そう思って、みんなで頑張ろうね、と互いを鼓舞し合った。




★自分の無知に気づけば気づくほど、一層学びたくなる

―――――――アルバート・アインシュタイン


★登場人物紹介


【山南つばさ】

ミナの高校時代の友達で人間。ミナと同い年の割に全然老けていないが、それには少し秘密がある。異世界人がホームステイしている。何やらせてもトップクラスの完璧超人。超クール。


【アレス】

異世界人。異世界「第11次元」にある聖トロイアス帝国とかいう国の所謂将軍をやっている。将としては最強だと皇帝は称しているけども、貴族生まれで世間知らずなため、この第3次世界に飛ばされてきた


【マーリン・アンブロジウス】

1500年以上前から延命術を施して生きている、第3次世界においては世界最強の魔術師。

インキュバスと人間のハーフ。アルカードとミラーカに封印を施した魔術師。


【エレイン】

湖の乙女と呼ばれる妖精。マーリンの弟子であり、愛人。

年齢はマーリンよりもはるかに長生きだが、マーリンと出会う前は湖から出たことがなかった。

エレインの張った超強力な結界のおかげで、悪魔の目を逃れる。

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