友情とは二つの肉体に宿れる一つの魂である
とうとう久しぶりにやってきた、イタリア。シュヴァリエの半数はイタリア出身だ。
「手抜き?」
「つーか、最初スレシュも仕事ナメてたんだろ」
「あー、イタリアばっかだと怪しまれると思って、ドイツとかにも手を広げたわけか」
そういうことだ。ちなみに手抜きは本当にスレシュの方だ。別にそういうアレではない。
「だとしても、こりゃねぇよ」
「どっちみちさぁ、3人は知り合いになった可能性高いよね。同い年だしさぁ」
「だよなぁ。ディオとレオは絶対友達なってたよな」
「確かに」
3人と言うのは、クリスティアーノ、クラウディオ、レオナルドの年長組だ。
驚いたことに、3人ともミラノ出身だった。しかもクラウディオとレオナルドは同じ校区内で、放っておいても絶対に知り合った。
よくよく考えてみると、最初にアンジェロが連れてこられて、その後この3人がリズミカルにやってきた。
恐らくジュリオはアンジェロを一人にさせないために「可能なら同い年で」と後続を急がせたのだろうが、焦ったスレシュは近隣で見つけた少年を「条件に会ってればなんでもいいや!」と攫ってきたのだろう。
さすがにミラノ市内で少年が3人も失踪する事件が立て続けに起きて、当時は大騒ぎになったようだ。
「あぁ、道理でクリスとディオんトコは事故死って事になってるわけか」
「さすがに全部強殺じゃ、国を挙げての大捜索になりかねねぇもんな」
一応警察の発表では、クリスティアーノとクラウディオの家族は事故死、という事になっている。クリスティアーノの家族は交通事故、クラウディオの家族はガス爆発。当然、スレシュの部下の工作によるものだ。
「ま、とりあえずサクッといこーぜ」
「おー」
クリスティアーノの先導で、ミラノの思い出巡りが始まった。
「うわぁ、この辺超懐かしい!」
「さすがに昔ほど人はいねぇなぁ」
クラウディオとレオナルド。二人の生まれ育った地区はナヴィリオという運河沿いの地域だ。
今でも大昔の洗濯場や画廊が残り、運河沿いにはレストランのテーブルが並べられ、かつてはヴィンテージショップや古本屋などが多く立ち並び、ミラノ一大きな蚤の市が開催されていたことから、おしゃれエリアとして若者やアーティストから大人気の街だった。
今では人口が極端に減ったために、賑わいも昔に比べたら遥かに劣るが、それでも文化だけは営々と継がれているようだ。
先進的な建物と、歴史を残したライムグリーンやペールブルー、レモンイエローの建物などが目を楽しませてくれる。
―――――うわぁ、いいなぁ。すっごく素敵な町。
運河の通りを歩いて、ひとしきり景色を堪能する。ある通りに差し掛かり、レオナルドが足を止めた。
「・・・この辺、かな」
レオナルドが足を止めた場所と、住所は一致していた。歴史を残す、古い家。
「変わってない」
歴史を重んじる風習は、日本と違って建て替えや改築を好まない。石畳の路地、古い石造りの家、これまで生活していた人達の息遣いを残す、レオナルドの家。
突然、レオナルドは嗚咽を漏らして、涙を零し始めた。同じ年齢で、目の前で両親を殺された。それはアンジェロもレオナルドも同じで、二人にはお互いの気持ちが痛いほどにわかった。
小さい頃泣き虫だったレオナルドは、よくアンジェロに慰められていた。今も同じようにアンジェロが優しく背中を叩くと、アンジェロの肩に頭を預けて、涙を零し始めた。
「・・・ゴメン、昔の、ことなのに」
「いいんだよ。泣いたって、誰も責めやしねぇから」
「俺も、人殺しのくせに、忘れられないんだ」
「心配すんな。俺もお前も、共犯だ」
「でも、アンジェロは、泣かないだろ」
「泣けねぇだけだ。泣ける奴は泣けるときに泣いていいんだよ」
「・・・っゴメン・・・」
自分達も人殺しなのに、親が殺されたことを忘れられない。親が殺されたことを記憶しているアンジェロたちは、その事に長く苦しめられた。
自分達もスレシュと同罪だ。だからこそ、その罪を許すことができない。
自分達と同じ境遇の人間を自分達で作り出した。その罪を今まで何百、何千も懺悔した。
仕事だからと割り切って、無理矢理正当化しようとした。
しかし人の心はそう単純ではない。いくらでも揺り動かされる。どうしても思い出してしまう、両親の最後の瞬間。
「逃げろって、父ちゃんが・・・でも俺怖くて、動けなくて・・・あの時逃げてたら、きっとラヴェンナは死なずに済んだのに・・・」
スレシュが焦っていた、という憶測のもう一つの証明。誘拐をスムーズに行う為にシュヴァリエのほとんどが一人っ子であるにもかかわらず、レオナルドとクリスティアーノには兄弟がいた。
ラヴェンナ、レオナルドの妹。瀕死の傷を負いながらも、父はレオナルドとラヴェンナを逃がそうと格闘した。
しかし、新たな凶弾に斃れ、震えて蹲りラヴェンナを抱き締めていたレオナルドの腕は引き離され、女はいらない、それだけの理由で殺された。
「父ちゃん、母ちゃん、ラヴェンナ・・・・・ごめんな、ごめんな」
レオナルドはアンジェロに縋りつくようにして、泣き続けた。
レオナルドが落ちついてから、石畳を剥がして土を採った。レオナルドはギュッと土を握りしめて、ぼろぼろと掌から溢した。その様子を見て隣にしゃがんだアンジェロに振り向いたレオナルドは、土で汚れたままの掌でアンジェロの手を握って、真っ直ぐにアンジェロを見つめて言った。
「あの時、逃げておくべきだった。でも、逃げ切れなかったかもしれない。どうせ逃げられないなら、もう逃げない。逃げないで、次こそはちゃんと守る。絶対に助ける。もう二度と、兄弟を死なせたりしない。アンジェロもミナちゃんも、誰も、絶対に死なせたりしないから」
その言葉を聞いて、アンジェロも握られた手と別の手をレオナルドの手の上に添えて、
「昔は泣き虫だったのに、随分頼もしい奴になったなぁ」
と優しく笑って、レオナルドも釣られて笑った。
続いて、クラウディオの生家。同じ校区内なだけあって、レオナルドの家からは1km程で、小学校に上がれば必然的にご近所友達になっていたはずだ。
「レオと机並べてさぁ、学校で友達作って遊びたかったなぁ」
「本当だよな。川で遊んだり、色んな店覗いて見たり、イタズラして大人に怒られんの」
「お前は今でもアンジェロに怒られてんじゃん」
「あはは、確かに」
「レオはきっと洒落た奴になって自分の店だしたりしてさぁ、俺もきっと親の後継いで、医者になってたんだと思う」
そう言ったクラウディオが見上げた生家は、改築されて大きなアパルトマンになっていた。
両親を殺し、クラウディオを攫った後ガス管を破壊して爆破された、かつての生家。クラウディオの両親は、このナヴィリオから少し離れた地域で、大きな総合病院で医師をしていた。
代々医者の家系だったクラウディオの家の病院では、内科や外科を初めとして、整形外科、小児科、産婦人科、脳外科、口腔外科、泌尿器科、心臓外科・内科など、細分化された医局を一つの広大な病院内に置き、その病院の医局長や院長は、代々クラウディオの一族が務めてきた。
クラウディオも攫われたりしなければ、きっと医者になっていた。病院の経営の事を考えると、これから兄弟が増える可能性だってあった。
今も残るその病院は、やはりクラウディオの親戚が経営している。次期院長とされていたクラウディオの父が死んでしまった為に、後釜を親戚同士で争ったに違いない。
「もう本当、なーんで人殺ししてんだろうなぁ。俺完璧一族の汚点だよ。異端児そのものだ」
アパルトマンの中庭の土を採りながら、クラウディオはそうぼやいて深く溜息を吐く。一族のほとんどの人間が、医療や福祉関係の職に就いている。医者や看護師、製薬会社、医療メーカー、介護士や保育士。中には反発して別の職に就いた者も在ったが、さすがに殺人神父になったのはクラウディオだけだ。
「全くもう、こうなるとさぁ、本当しょうがねぇよなぁ。エレストルで副局長頑張るしかねぇじゃん」
エレストル国アリスト市技術開発局副局長。それがクラウディオに与えられた役職だ。市内の開発する技術、それは様々な分野に分かれる。産業はヨハン、環境はレオナルドが担当し、それらを統括し、更に資源開発、科学技術や医療技術の開発もするのだ。あの国の住人は人間ではないため、医療はほとんどゼロの状態からスタートしなければならない。
「オリバーが安心して医者やる為にもさぁ、俺らが頑張らねぇとな」
「うん」
「頑張ろうぜ、局長」
「頑張ろうね、副局長」
故郷の旅は、レオナルドとクラウディオに新たな目標を持たせてくれた。二人の後姿を見て、二人の背中が少しだけ大きくなった気がして、本当にこれから人生をやり直して、頑張ろう、そう思えた。
イタリアなどの国で、大きな都市だと基本一軒家はあまりない。巨大なアパルトマンが道の両側に立ち並び、駐車スペースを道路側、道に沿ってブロックを囲むようにアパルトマンが建設され、囲われたブロックの中が庭のようになっているのだ。
「そっか。俺んち一軒家じゃなかったから、事故死だったのかもなぁ」
ミラノの中でも観光名所、コルソ・マジェンタ通りのすぐ横の通りにあるカラトッソ通り。その通りにあるアパルトマンの一室が、クリスティアーノの家だった。
「スゲェな、スレシュ。よく教会の傍で誘拐なんかしようと思ったよな」
「マジで。アイツ勇者か」
「まさかと思うけど、観光ついで?」
「だとしたら最悪だな、オイ」
「クリス、可哀想に」
「決めつけんな」
スレシュですら観光したいと思った観光名所、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会はコルソ・マジェンタ通りにある。クリスティアーノの家からほど近い場所だ。
この教会にはレオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」が公開されている。
モナ・リザと並ぶ最高傑作と言われるこの作品を見る為に、押し掛ける観光客は何百年も後を絶たず、この教会の入場券は予約を取るのも難しい。
「クリス、見た覚えある?」
「あるぞ」
「マジか!」
「スゲェ!」
「羨ましい!」
「ウソだけど」
「ウソかよ!」
教会前で大盛り上がりなシュヴァリエ達。アルカードも入って見たそうにしている。それとは対照的に、ガタガタ震える純血種。
「は、早くクリス兄ちゃんの家行こうよ」
「ここ怖いよ」
「気持ち悪いわ。吐きそう・・・」
ただでさえ聖なる国イタリア。ただでさえ信仰の篤い教会。純血種には体に毒だ。既に顔色を悪くしている3人に気付いて、さっさとクリスティアーノの家へ向かった。
彼の家、彼の部屋は既に別の誰かが住んでいた。中庭に侵入して土を採る。
「アパルトマンの中庭ってよぉ、人に見つかりそうで気が気じゃねぇな」
「光学迷彩してるから平気だよ」
「喋らなけりゃな」
「・・・・・」
そう言うわけで黙々と土を採った。
中庭から出ようとすると、クリスティアーノはある一室を見上げた。7階の東側から8番目のバルコニー。そこが、かつての家だった。
見上げたまま十字を切って、祈りを捧げた。
「父さん、母さん、兄ちゃん、どうか、安らかに」
クリスティアーノには3つ上の兄があった。兄の名はアンジェロ。クリスティアーノはヴァチカンに来て初めてアンジェロに会った時から、それが運命だと思わずにはいられなかった。
兄アンジェロも両親とともに殺された。眠らされ湖の近くまで連れて行かれ、アクセルに父の足を固定し、車ごと湖に沈められた。
兄が殺されたのは、髪の色が茶髪だったから。たった、それだけの理由だった。母親似の兄アンジェロ、父親似の弟クリスティアーノ。命運を分けたのは、遺伝子。
「髪を染めるって選択肢は、なかったんだろうなぁ」
神が創りたもうた物を、人が変化させることは許さない。科学と魔術を許さない。キリスト教はずっとそう言ってきた。持って生まれた天然のもの、天性のもの、大事なのはそう言うもので、偽物は認めない。
何よりも5歳のクリスティアーノと違って兄は8歳だった。逃走を企てたり、他の子たちを扇動して反乱を起こしたりしかねない。
ジュリオが小さな子供ばかりを集めていたのは、洗脳しやすい年齢であることが重要だったこともある。常識が出来始めた年齢だと、扱いにくい。それが兄を死なせた理由でもあった。
兄がまだ幼かったら、髪の色が金髪だったら、兄弟でヴァチカンに連れてこられていたのかもしれない。
兄も金髪だったらよかったのに、自分が茶髪だったらよかったのに。子供の頃から、何度もそう思ってきた。だけど、そう考えてふさぎ込む度に、子供のクリスティアーノに「金髪のアンジェロ」が言うのだ。
「お前の思う通り、兄ちゃんよりも年下で金髪のアンジェロが、ちゃーんとここにいるだろ。俺がお前の兄ちゃんになってやる!」
言われる度にクリスティアーノは泣き出して「兄ちゃん」と呟きながらアンジェロに泣き縋った。
新しい兄、同い年の金髪のアンジェロ。クリスティアーノは子供の頃から、アンジェロを友として、兄として、心の底から愛した。
これからも慕っていくはずだった茶髪のアンジェロを慕えなかった分、ずっと金髪のアンジェロの傍にいようと誓った。
中庭から出て教会の通りに出ると、やたらとクリスティアーノがニコニコしているので、アンジェロが気味悪そうにした。
「何笑ってんだお前。いや、いつもだけど」
「いや、俺、お前好きだなーと思って」
「・・・・気持ちワリィよ」
「ハッハッハ、まぁそう言うな」
仲のいい二人、アンジェロとクリスティアーノ。二人の後姿を見て、ミナは胸がキュッと締め付けられるような思いがした。
―――――どうか、彼らが引き離されることは、二度とありませんように。
教会を見上げて、祈りを捧げた。
★友情とは二つの肉体に宿れる一つの魂である
―――――――――――――アリストテレス




