孤独でいかに暮らすかを知らない者は、 忙しい群集の中でいかに忙しく暮らすかも知らない
「こんなことがあっていいはずがない」
オリバーが頭を抱えるのも無理はない。やってきたのはオリバーの出生地クロイツリンゲン。ドイツとスイス、リヒテンシュタインの3国間の国境にある湖のほとりの風光明媚な街だ。
「でも、確かに覚えてるんだよ。船着き場とか、運動公園とか、この通りも! もぉぉぉ!」
クロイツリンゲンは、スイスだ。どうもオリバーの両親は湖の向こう側から移住してきたドイツ人だったようで、国籍はスイス人だったらしい。
「マジかぁ・・・・・俺ずっとドイツ人だと思い込んでた」
オリバー時間で言うと74年、第3次元の時間で言うと114年、オリバーはずっと勘違いしていたようだ。
落ち込むオリバーの肩をみんなでポンと叩いて励ます。何とか気を取り直したオリバーの前にあるのは、小さな事務所のような構えの建物だった。
外された看板が建物の影に置かれていた。
「病院・・・俺の親、あぁ、そういえば医者だったんだなぁ」
看板には“スプリンガー内科医院”と書かれている。オリバーもわずかに記憶があるようで、消毒液の匂いでも思い出したのか、鼻をひくひくとさせた。
オリバーの父はこの病院の院長の医師で、母は看護師だった。きっと攫われたりしなければ、オリバーもドイツ人だと勘違いすることもなく、きっと医者になっていた。
「人助けするはずだったのに、なんで人殺ししてたんだろう」
人を救う筈の手は、人を殺した。オリバーの両親は自分達と真逆の人生を歩んでしまった息子を、きっと嘆いていたに違いない。
このクリニックは奥に居住地があった。やはりここも誰もおらず、空き家になっている。ミナがオリバーの手を繋いで、壁をすり抜けて家に侵入した。
オリバーの家にも暖炉があって、やはり写真が飾られている。その写真は、既に他人の写真だった。
どうやらスプリンガー一家が殺害された後、別の誰かがこの家に住んでいたようだ。家財などが残っているのを見ると、“エンジェルウイルス”に家族もろともやられてしまったようだ。
写真を置いて別の写真に目を移すと、白衣を着たオリバーと看護師、その間に小さな子供が映っている。
「あれ? もしかしてこの子供、俺?」
白衣を着たオリバー――――恐らく彼の父。そして母とオリバー。他の写真に目をやると、両親と共に別の家族が映っている。どうやら、父の兄弟がここにいたようだ。
消えたオリバーの帰りを、ずっとこの場所で待っていたのだ。父と肩を組んで笑う、父によく似た、父より少し若い男性。オリバーの叔父は、オリバーの両親が殺害された後ここに移り住み、行方不明になったオリバーをずっと探していた。
「この町の近くにも、仕事で来た事、あったのに・・・・・」
近くまで来ていても、オリバーは出生地の事を知らなかった。5歳だったオリバーは、家の近所の事しか覚えていない。顔は父親に似て、金髪は母親譲り。会えば、叔父は気付いたかもしれないのに。すれ違ったまま、もう誰もいなくなった。
オリバーがミナに振り向いて、左手を上げた。
「時計、外していい?」
「うん」
ミナが贈った時計を外すと、オリバーは写真の前にそれを置いた。
「帰って来たよ。遅くなって、ゴメンね」
そう言って写真の前で十字を切った。帰ってきた証拠に、大人の男物の時計を置いて。
「俺、これからメッチャ勉強する」
「うん」
「メッチャ勉強して、エレストルで医者やる」
「うん。オリバーは優しいから、きっといい先生になれるよ」
「うん、いい先生にならなきゃ」
今からでも遅くない、とオリバーは両親の後を継ぐことを決めた。
せっかくだから、と街を散策してみた。街の外には運動公園があって、その向こう側には広大な湖が広がっている。湖の反対側はドイツ。東側はリヒテンシュタイン。
湖と緑も多く、一軒一軒の敷地は広く、かといって田舎なわけでもなく、とても住みやすそうな町だ。
公園の裏側から湖に到着すると砂浜の様になっていて、反対側がかすんで見えない程に広い湖は、遠浅のようだ。湖のほとりでアルカードが手招きした。
「お前達が唯一遊べる水場だぞ」
近づくと、確かに川や海の様に恐ろしさはなかった。吸血鬼は流れる水を踏破できない。比べて、湖は流れているわけではないので、ただの水たまりと同じだ。
当然、みんなハイテンションで波打ち際に駆けだした。ちなみに今は冬だ。
「お母さん! 魚!」
「いっぱいいる! すごーい!」
水場に来るのは生まれて初めての双子。泳いでいる魚を直に見るのも当然初めてで、ものすごくハイテンションだ。
群れを成してピコピコ泳ぐ稚魚の群れにひとしきり大はしゃぎして、食い入るように見つめている。
ふと、稚魚たちが双子の前を通りかかった瞬間、双子は揃ってバシャンと水に手を突っ込み、上げた手をミナに見せてきた。
「「魚! 捕まえた!」」
見ると、二人の手の中には少しの水と、稚魚がそれぞれ5匹と4匹、ピチピチと跳ねている。
「「持って帰っていい!?」」
手をつきだして目を輝かせる双子に、大人たちはみんな可笑しそうに笑う。
「いいけど、お水に入れてあげなきゃ死んじゃうよ」
「えーっ、でも袋なんて持ってないよ」
「どうしよう」
双子が頭を悩ませていると、どこからかアンジェロが空き缶を拾ってきた。クライドからナイフを借りて空き缶の上を切り落とすと、湖でパチャパチャと洗って、中に水を浸して双子の手の下に差し出した。
「ホラ、こん中入れろ」
「やった!」
「お父さんありがとー!」
嬉々として稚魚を空き缶の中に入れた双子は、二人で缶の中を泳ぐ稚魚に釘づけだ。その様子に大人たちはやっぱりクスクス笑う。
「もう、なに? ジェズアルド家が微笑ましすぎるんだけど」
「シルバニアファミリー?」
「結婚してぇ!」
「子供ほっし!」
「ねぇ、ミラーカ様ぁ」
「嫌よ」
羨ましがるシュヴァリエ達。結婚して子供がいるはずなのに、その子供に拒否られるボニーとクライド。
アルカードはその様子を見て、ふと思い出した。
―――――私の子供たちは、私の死後どうしただろうか。
生前、アルカードには3人の子があった。アルカードが死んだ頃は3人ともまだ10歳にも満たない、幼い子たちであった。その内の一人は成長した後、別の貴族に奪われた王位を奪還した。
アルカードの様子に気づいたのか、アンジェロと視線が合った。
【アンタの子孫は、もういねぇよ】
どうやら勝手に調べてしまったらしかった。
【勝手な真似を】
【いいだろ、別に。アンタの最後の子孫は、子供ができなかったみてぇだぜ。死んだのは2007年。その人は献血パーティなんかやって、赤十字に提供してたって話だ。アンタの名前も、ちゃんと受け継いでた】
【なんだ、意外と最近までいたのだな】
【そーだな。アンタの血筋は戦争なんかで途絶えるほど、ヤワじゃなかったって事だろ】
戦禍の時代を生き抜いた血筋は、平和な時代に途絶えた。平和な時代に途絶えたという事は、もうこの一族が戦う必要はない、という事なのだろう。
「アルカードさん!」
テレパシー会議をしていることなど気付きもしないで、ミナが笑顔で駆け寄った。
「アルカードさんもお魚いります?」
「いらん」
「折角捕まえたのにぃ」
「お前が捕まえたのか」
「そーですよ」
見ると、ミナの掌にはおびただしい数の稚魚が跳ねている。
「お前な・・・返してこい」
「えー? 折角捕まえたのに! 水槽にいっぱい泳いでたら楽しいですよ!」
「取りすぎだ。双子がとったので十分だろう。リリースしろ」
「ちぇっ、わかりましたよぅ」
言われたミナは時々稚魚を取り落しながら、渋々湖に手を沈めて稚魚を離した。その様子を見てアンジェロもシュヴァリエ達もクスクス笑う。
「まんま、伯爵はミナちゃんの親父じゃん」
「マジで」
聞こえてきたヒソヒソ話に、アルカードは思わず溜息だ。
―――――ミナと言いコイツらと言い、昔から親子設定にしたがるのは何故だ。
表情に疲労を浮かべて溜息を吐くと、双子がアルカードに寄った。
「伯爵って、お母さんのお父さんなの?」
「違う」
「でもお母さんはお父さんみたいって言ってた」
「・・・違う」
「「じゃぁ僕達のおじいちゃん?」」
「だから違うと言っているだろう」
「「おじいちゃん?」」
「だから・・・」
「「伯爵がおじいちゃんって、変なの!」」
「・・・・・」
違うと言っているのに、聞く気はないようだ。人の話を聞かないところは、両親から遺伝したようだ。溜らず深い溜息を吐かされるアルカード。当然ながらやり場のない怒りはアンジェロに向く。
「小僧・・・」
「ハイハイ、ちゃんと言い聞かせとっから」
「躾がなっていない」
「ハイハイ、わーってるって。スンマセンね、お義父さん」
「誰がお義父さんだ!」
二人のやり取りに双子もミラーカやシュヴァリエ達もたまらず笑い出した。ミラーカがアルカードの横に笑いながらやってきて、肩に手を置いた。
「いいじゃない、アルカードも一緒にシルバニアファミリーやれば」
「やらん! というか、シルバニアファミリーとは誰だ!」
「シルバニア村の心優しい莫逆家族よ」
「どこだその村は・・・・・」
架空の村を真剣に悩み始めたアルカードに周りはいよいよクスクス笑った。笑いながら、吸血鬼版シルバニアファミリーの家族構成を勝手に考え始める。
「とりあえず伯爵は一族の長だろ」
「アンジェロんトコとクライドさんとこはそこの子供でぇ」
「伯爵の嫁はミラーカさん?」
「・・・ちょっと、誰が誰の嫁よ」
聞こえていたらしく機嫌を損ねるミラーカ。ちょっとビビッたが、シュヴァリエ達は笑って誤魔化す。
「や、もうキャスティング的にはそれしかないじゃないですか」
「伯爵と並んだとこ超綺麗ですよ」
「超お似合いですよ」
「ヒューヒュー!」
「殺されたいの?」
「・・・・ごめんなさい」
日頃親が出来ない腹いせか、クライドたちまで一緒になって囃し立てると、ミラーカはとうとうキレたようで、凄まれた面々は尻尾を丸めて大人しくなった。
しかし、ここでバカがやってくる。
「でもぉ、ミラーカさんがアルカードさんの奥さんの生まれ変わりだったら、素敵じゃないですか?」
「ミナちゃんまで・・・・そんなはずないでしょ?」
「わかんないじゃないですかぁ。100年も仲良く傍にいられるなんて、半端な間柄じゃないですよ」
「100歩譲ってそうだとしても、嫌よ。ねぇ?」
「嫌だな。今更過ぎる」
「確かにそうかもしんないですけどォ」
面白いのにね? と同意を求めると、みんなが同調する。
アルカードがミラーカとくっつけば、アンジェロは無罪放免という考えなのだろうと勘繰っていたが、どうやらそれはアルカードの考えすぎだったようで、結局は楽天家の集団だ。面白ければなんでもいいらしい。
「いいじゃないですかぁ、ミラーカさんとアルカードさんでシルバニアファミリーやれば」
「嫌よ」
「嫌だ」
「ちぇっ、つまんない!」
残念そうに口を尖らせるミナの様子に、ミラーカとアルカードは顔を見合わせて深く溜息を吐いた。
―――――今更過ぎるし、嫌よ、こんな我儘男。
―――――今更過ぎるし、嫌だ、こんな我儘女。
ミナ達のせいで、少しの間アルカードとミラーカはギクシャクさせられた。
この二人には、性格上シルバニアファミリーは難しそうだ。
★孤独でいかに暮らすかを知らない者は、 忙しい群集の中でいかに忙しく暮らすかも知らない
――――――――――ボードレール




