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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第3章 歴史が語る三位一体
35/96

われわれは現在だけを耐え忍べばよい


「んっ、あ・・・」

「入れるぞ」

「ん・・・あぁっ」

 昼間っからまぐわう二人。が、突然ドアがバキッと破壊された。

「やかましい!!」

「キャァァァァ!」

「うわ、最悪・・・」

 アルカードがドアを蹴破って乱入してきた。

「イヤァァァ!」

「ちょ、ミナうるさい。つーか伯爵、出てけ」

「うるさいのはお前らだ! 小僧! お前はもう少しクリシュナを見習え!」

「やなこった。つか出てけって。マジ萎えるから」

「ちょ、アンジェロ!」

「動くな! 再開しようとするな!」

「そりゃするだろ。つかマジどーしてくれんの。完璧不完全燃焼じゃねーか。マジ伯爵頼むから。10分でいいから。頑張るから」

「そんなことで頑張るな! このバカコンビが!」

「マジ頼むよぉ。まだ入れたばっかなんだって」

「もう、アンジェロ!」

「黙れ! いい加減諦めろ! 切り落とされたいのか!」

 アルカードの説教が始まり、さすがのアンジェロも萎えたらしく、渋々諦めてアルカードを追い出して服を着た。


「あぁ、それでうるさかったのか」

「そうなんですよ。マジ伯爵最悪ですよ」

「アルカードにしたらお前らのが最悪だろうけどな」

 どちらかというと可哀想なのはアルカードの方である。このバカコンビの思考が筒抜け(アルカードには不可抗力)な為、毎日毎日それはもう色々な状況に苛まれているのだ。

 話を聞いたクライドとボニーはアルカードに同情せずにはいられない。

 ミナは独自の世界を展開させているだろうし、アンジェロは陰鬱でジメジメした思考を延々繰り返しているだろうし、この二人が二人きりの時は反吐が出るほどのラブラブが両者から流れ込んでくる。

 それに常に晒されているアルカードは、人間だったらハゲるどころか胃に多面的に穴が空く。

「ていうか、お前らはそれは平気なのか? クリシュナはスゲェ嫌がってたぞ」

「そりゃ悪魔に常に監視されてますから、慣れましたよ。なぁ?」

「ねぇ? それに私、元々自覚してなかったし」

「あぁ・・・」

 悪魔のせいで免疫がついてしまったので、被害者はアルカードだけという事になる。

 ―――――小僧を眷属にしたのは、大失策だった・・・・・

 アルカードは以前よりはるかに溜息が増えた。


 ミナも少し反省したのか、アンジェロと反省会だ。

「ねぇ、やっぱりアルカードさん可哀想だよ。私一人でも大変だって言ってたんだもん」

「まぁな。確かに、聞く方が大変だろうな。なんとかできりゃいんだけどなぁ」

 これは同情でも優しさでもない。勝者の余裕だ。

「ジュノ様に願ってみる?」

「それはダメ」

 アンジェロとしては自分のプライバシーが侵害されるのは死ぬ程嫌なのだが、ジュノの事を考えると、アルカードの眷属になることはベストの選択だ。

 ミナとアンジェロの状況を常にアルカードが把握し、テレパシー会議も開けることは強みになる。そこはアルカードも同感だ。

 実際アンジェロとアルカードは、頻繁に二人で脳内会議を開いている。ついでに脳内でも頻繁に口論になっている。

 ちなみにミナは話についていけないので、脳内会議からは仲間外れだ。

「そっかぁ、確かにそうだよねぇ」

「とりあえず伯爵にわかるのは“思考”なんだろ。感情まで見えるわけじゃねんだから、頭ん中でゴチャゴチャ考えるのを減らせばいいんじゃねーか」

「それは私よりアンジェロのがうるさいってことじゃん。いつも考え事してるんだから」

「・・・・・確かにな」

 と言いつつまたも考え事を始めるアンジェロ。それを見たミナは閃いた!

「そうだ! アルカードさんは聞いて我慢してるから大変なんだよ! 気になったらツッコんできてもらえばいいじゃん!」

「ヤダ。考え事にまで干渉されたくねぇ」

 その意見にはアンジェロは反対だ。

【ミナもたまにはいいことを言うではないか。そうしよう】

 アルカードにはその案は採用されたようだ。

「最悪。お前マジどーしてくれんの」

「まぁいいじゃない」

「ったく・・・しょうがねーな。ちっとくらい我慢してやる」

「ありがとう」

 つくづくアンジェロはミナには甘い。思わずツッコみそうになったアルカードだが、自分に都合のいい結果になったので黙っていた。



 フランスで借りたミナ達のコテージは、アルプスの麓にある。イタリアと国境を接するアルプスの麓、サヴォワ県ヴィラロダン=ブルジェは山脈の中にある小さな町で、標高が高く住民も数えるほど。

 この山深く雪深い土地で、アレクサンドルは生まれた。

 スレシュも何もそんな山奥に、と思うだろうが、この町はイタリアとフランスを繋ぐ国道がすぐ傍を通っている。アレクサンドルを攫って即イタリアに逃げた次第だ。

 アレクサンドルは、両親本人共に行方不明扱いになっている。3人とも墓もなく葬儀も上げる事は出来なかったようで、ただ、家のみが廃屋になって残っていた。両親も恐らく殺害されているが、遺体はまだ見つかっていない。


 家の中を覗いて見ると、たくさんの工具や木材が転がって、塗装を待つ家具が並んでいる。

「家具職人だったのかな」

 アレクサンドルも、幼すぎて覚えていない。当時自分達がここに住んでいたのはもう100年以上も前だ。アレクサンドルの一家を知る人は、当然この町にも一人もいない。

 家に入ってみた。荒廃した廃屋は天井が抜け落ち、埃だらけ。スレシュの部下が荒らしたのか、猫でも入って暴れたのか、家の中は荒れ放題だった。

 暖炉の上に、埃をかぶったフレームを見つけた。硝子の埃を、指で拭った。

「俺に、そっくりだ」

 父親と母親の写真だった。恐らく年齢は今のアレクサンドルの見た目年齢と同じ24・5歳くらい。アレクサンドルは父親に生き写しだ。

 パキ、と何かを踏んだ。見るとガラスの破片が散らばっていた。暖炉の近くに、ガラスの砕けて枠だけ残った写真立てを見つけた。

 両親の間でロウソクの点いたケーキを前にして嬉しそうに笑う、アレクサンドルが映っていた。写真を枠から抜いて、裏を見た。

“1975.2.16アレクサンドル2歳の誕生日”

 そう書かれていた。

「ハハ、俺の誕生日、2月16日だったんだ」

 幼い頃にヴァチカンに連れてこられ、記憶の薄いアレクサンドルたちは、自分の誕生日すらも知らなかった。だから、ヴァチカンに来た日なんかを誕生日と決めていたのだ。

 アレクサンドルは記憶が定かではない。自分の身に起きたことも把握していない。攫われたのは恐らく3歳になる前だ。

 この写真の日付以降、両親がアレクサンドルの誕生日を祝ってくれることは、永久になかった。

 攫われたりしなければ、アレクサンドルは毎年両親に誕生日を祝ってもらって、自然に囲まれてすくすく育って、将来は後を継いで家具職人になっていたのかもしれない。

 金槌を握るはずだった手は、銃を握った。人生とはこれほど数奇なるものか、と自嘲した。

「過去って、本当に過ぎ去るものなんだな」

 家の様子が、長い時間の経過を物語った。現実と過去の距離は遠く離れて、追いつく事などできやしない。過去は、あくまで過去。

「ま、でもいいや。俺の過去はまだ70年。未来は500年以上ある。先は長いなぁ」

 そのうち、過去を未来が粉砕する。郷愁や憧憬も、未来によって淘汰される日がやってくる。

「ていうかむしろ先のこと考えたら気が遠くならない?」

「確かにね・・・」

「本当に伯爵、よく600年も生きられましたね?」

「死ななかっただけだ」

「なるほど・・・」

 死なないから生きる。実にシンプルだが、まさしく真理。

 アルカードの膨大な生は筆舌に尽くしがたい。本人が面倒臭がって話したがらないほどだ。

「ただ生きているのは、死んだと同じだ。挫かれて死ぬのが嫌で吸血鬼になったというのに、私の半生は無為なものだ。意味のない生を生きるくらいなら、死ぬことに意味を見つけてさっさと死んだ方がいい。お前の両親はお前を産み落とし、2歳まで誕生日を祝い、ジュリオや小僧たちに引き合わせるために生き、死んだ。お前に新しい家族と、仲間を与える為に死んだ。死んだ理由がそれでは、足りないか?」

 問われたアレクサンドルはゆるゆると首を横に振った。

「いいえ、俺にはそれで、十分です」

「そうか」

 アレクサンドルの顔から憂いが引いたのを見て、アルカードの言葉を聞いて思う。

 ―――――アルカードさんは、導く人だ。

 迷っている者に理由を与え、行くべき道を指す標。

 つまづき転んだ者を立ち上がらせ、激励しながら歩む伴走者。

 先頭を歩み、後に続く者の為に道を均し、風避けになる先行者。

 自分達が着いていくべき指標。目指すべきポラリス。

 ―――――私たちのボスは、本当に立派だ!

 ミナは改めてアルカードに畏敬の念を抱いた。それはアンジェロも同じだったようで、ミナとアンジェロの思考を読んだのか、振り返ったアルカードが、ふっと笑った。

「あぁ、小僧の思う通りだな」

「なにが。つかどれ?」

「人の記憶に残らない奴は、生きていても死人と同じ」

「・・・あぁ」

「裏を返せば、死んでも記憶に残るなら、生きているも同じということだ。お前たちは、誰かの記憶に残る生き方をしろ」

「そういう生き方をしたら、なんかくれんのか」

 アンジェロの無粋な切り返しにアルカードは呆れ、思い切りアンジェロをブッ叩いた。瞬間的に相当頭に来たようだ。

「なにすんだ!」

「黙れ。貴様にくれてやるものなどない」

「ヴラドのケチ」

「その名で呼ぶな!」

「いーじゃねーか。俺らには家も親もねんだから、親からもらった名前くらい大事にしろ」

「貴様に呼ばれるのが嫌だと言っているのだ!」

「あそ。じゃあこれからはヴラドって呼ぶわ」

「全くお前は・・・なんて憎らしい・・・!」

 イライラするアルカードにニヤニヤ笑うアンジェロ。なんだかわからないが、ミナにはどうしても仲良しにしか見えない。

「なんか、アルカードさんとアンジェロって、ライバルにして親友ってかんじ」

 そう呟くと、周りからは同意を得られた。当然ながら当事者は猛反発だ。

「オイオイ、冗談じゃねーぞ。誰と誰が親友だって?」

「アルカードさんとアンジェロ」

「んなわけねーだろバカ! お前の五感はキチンと機能してんのか!」

「そこは小僧に激しく同意だ。ミナ、バカも休み休み言え」

「もう、二人がかりでバカバカ言わないで下さいよ。いっつも変なとこで意気投合するんだから」

「「するか!」」

「ほら仲良し」

「真似すんなよ!」

「お前がな」

「真似じゃないでしょ? ただの似た者同士じゃない」

「よし、小僧。久々のお仕置き祭りだ。楽しませてもらうとしよう」

「ヤー」

「えぇぇぇぇぇ!?」

 やっぱり二人がかりで虐められるミナ。その様子を見てシュヴァリエ達は突然納得した。

(あの二人は完璧水と油だけど、間にミナが入ると乳化するんだな)

 混ざり合う事のない水と油が混ざり合う現象、乳化。どうやらミナは乳化のファクターの様である。

 アンジェロとアルカードは似た者同士で相性がすこぶる悪い。そこにミナが入ると調和(?)がとれる。

(よく考えたら、伯爵とアンジェロは似た者同士だし、アンジェロとミナは似た者夫婦だし、ミナも伯爵も我儘だし、なるほど、同一人物だ)


 その様子を見つめていたミラーカは、人知れず悲しみに瞳を揺らした。

 ―――――この3人は同一人物。きっと現世で死んでしまっても、来世でも巡り合う。でも、私達は――――? 折角出会って家族の様に過ごしているのに、死んでしまえばそれでお別れ。記憶だけでは、死んでしまってはどうにもならないのよ、アルカード。

 人は神が塵から創られた。死ねば塵に還る。それがこの世の秩序だ。人間も吸血鬼も。

 3人は必ず巡り合う。ある時は家族として、ある時は友人として、幾度も巡り合ってきた。しかし、それ以外はランダムに“綴命の庭師”死神が植え付けるため、再び巡り合えるかどうかは、ギャンブルだ。

 仮に巡り合ったとしても、前世の記憶など消えているのが常だ。死んだらそれで“今”は終わり。それが世界の理だ。どれほど綺麗事を並べ立てても、その現実は変わらない。

 だけど、ミラーカは心から願う。ずっと家族が欲しいと思っていた。やっと手に入れた。失うのは辛い。ずっと傍にいて、共に永きを生きたいと。

 アルカードに約束したから、きっと以前のような無茶はしない。だけど、やはりミラーカはミラーカなのだ。

 ―――――前世の私はアルカードを守るために死んだ。きっとその前だってそうしたわ。だから、今度も―――――アルカードを守れるなら、命なんて惜しくはないわ。きっと、私の使命。これが、宿命なのね。

 密かにミラーカは決意を固めた。


 ミナは知っている。前世のミラーカはアルカードとミナを守るために使命を果たし、死んだ。前世から今もなお、ミラーカはアルカードの心の支えで、アルカードの心を守り続けている。

 前世でもそうであり、誇りを守って死んだ。彼女もまた、分裂した魂の一かけら。分裂した魂の大きな欠片は3つ。残りは小さく別たれて、世界中に飛び散った。



 “綴命の庭師”達は、温室で語り合う。ランダムに植え付けても、必ず引きあって出会う魂。地球の反対側にいても、出会ってしまう魂。

 死神たちはミラーカに安心召されよとでも言いたいのだろうが、言ったところで仕方がない。

「今度は、どんな人生を歩むのかねぇ」

「楽しみですね、これから」

 死神にとって、娯楽の一つの様である。“冥界”と呼ばれる次元から、ミナ達をのぞき見する死神たち。そのミナ達を覗いている悪魔を見つける。

「先生、ほらアイツですよ、アスタロト。温室から泥棒した」

「全く困るんだよね、悪魔って奴は。悪魔がいると魂の数や質が変動するから、管理に困る」

「世界のバランスとか考えてないんですよ、悪魔って。悪魔は魂がないからこそ、魂に引かれるんでしょうけど。悪魔に魂があったら僕が刈り取ってやる所です」

「そうだねぇ。アスタロトって元は人間だろう? どうにかして魂を取り戻したら、私達で刈ってやろうか」

「そうですね」

 死神は、仮にも神。神の一人で、神の眷属である。大いなる神は、全ての次元、全宇宙を支配する。配下にはたくさんの神や天使がいる。その神の加護を受けた魂。

「すべては、神の御心のままに」

 全てを支配し、全てであり、全てにある神。神の大いなる意志は、小さき者達には見えない。大きすぎて、自分たちの足元に続く道が神の意志などとは気付かない。悪魔でさえも。悪魔は言う。

「神は願いなど叶えない。誰も、何も救わない。ただ、沈黙して見ているだけ。人の願いを叶えてあげるのは、悪魔だけですよ」

 神は救いはしない。叶えもしない。ただ、共にある。人の願いは神にしてみれば卑小なもの。いちいち細かい事まで聞いていられないと言うのが実情だ。

 ただ、生涯をかけて心の底から願ったなら、願い、倦まざれば、気紛れに聞いてくれるかもしれない。悪魔程、確実ではないが。


 イエス・キリストは死の間際に言った。

 「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」

 神の子ですらも、神に見捨てられたと感じながら、その生涯を閉じた。

 人は誰しもただ、神の御心のままに生き、死ぬのだ。


 過去にも未来にも、憂いは無用だ。ただ現在を、生きればよい。


★われわれは現在だけを耐え忍べばよい

―――――――――――――エミール=オーギュスト・シャルティエ(ペンネーム・アラン)


われわれは現在だけを耐え忍べばよい。 過去にも未来にも苦しむ必要はない。 過去はもう存在しないし、 未来はまだ存在していないのだから。

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