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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第3章 歴史が語る三位一体
34/96

三つ子の魂百まで



 さて、続いてやってきたのはスペインのカタルーニャ州。

「いーなー、お前! バルサ見まくりじゃん!」

「羨ましがられても、俺全然記憶ないんだけど」

 サッカー好きのシュヴァリエが羨ましがるバルセロナ。バルセロナに拠点を置くサッカーチームはワールドカップ優勝経験もあり、リーガ・エスパニョーラでも幾度も優勝している、世界最強と噂されるサッカークラブだ。

 そんな街を全く覚えていないのはミゲルだ。

「俺赤ん坊の頃だったから全く記憶にない。感慨も何もないよ」

「それはそれで淋しいな」

「スペインの思い出つったら、神里教殲滅作戦が一番記憶に残ってる」

「仕事かよ」

 地中海性気候で温暖で湿度のある冬、山と海に囲まれた大都市バルセロナ。何と言っても一か月以上に及んだ、死神時代の新興宗教殲滅作戦が思い起こされる。

 当然バルセロナにも来た。この時はミナが率いるレオナルドのチームとやって来たのだ。

「懐かし! あん時さぁ、エド血まみれになったよな」

「懐かし!」

 エドワードのセクハラ発言に、ミナが飲んでいた血を吹きだしたせいである。当時の事を思い出して大笑いするレオナルド、エドワード、アレクサンドル、ヨハン。

「もう何笑ってんのよ。毎回さぁ、開けてもいないのに勝手に部屋入ってきてさ。私内心すごいヒヤヒヤしてたんだけど!」

「風呂上りのミナは色っぽくてよかっ・・・いったぁぁぁぁ!」

「・・・アンジェロ、昔の事だろ。そんな怒んなよ」

「うるせぇ」

 もうずいぶん昔の事なのに、嫉妬に駆られたアンジェロはエドワードを蹴っ飛ばした。当時チャラ男3人と同行していたヨハンは、この3人の暴走を止められなかったことを怒られた。

「昔の事なのに・・・つーか俺にこの3人をどうこうできると思うか?」

「思わねぇけど、他の奴らは面倒くさがって相手しねぇけど、お前は相手するだろ、ちゃんと」

「みんな面倒くさがってたのか・・・まぁ付き合い長いってのもあるけど、俺止められた試しないけど」

「まぁ、確かにな」


 そんな懐かしい仕事の思い出話をしながら、ミゲルは一軒の家の前に立った。

「なんか普通で安心した」

「こんだけの大都市で一軒家持ってたら金持ちだろ」

「そう言われてみれば、そうか」

 バルセロナは一時期ドーナツ化現象で人口が減少していたほどの街である。今現在“エンジェルウイルス”のせいで減少した人口と経済を復旧させるのに躍起になっている(それは世界中どこでもそうだが)のでそうでもないが、昔は土地がかなり高騰していた。

「ここも、誰もいないんだな。“エンジェルウイルス”のせいかな」

「そうかもなぁ」

 大都市で格安で売買されていると言うのに、空き家だった。しかし、空き家ならラッキーだとさくっと作業を始めるミゲル。

「本当に感慨も何もねーな」

「ないねぇ。何も覚えてねーもん」

 ミゲルは両親を殺害され、本人も戸籍上は死亡したことになっていた。当時ミゲルはまだ1歳くらいで、バルセロナの事は勿論、両親の記憶も家の記憶も全くない。

「覚えてないのは、ある意味幸せかな」

 アンジェロ達と違って殺された記憶も親の記憶もないので、悲しみはないらしい。

 大概みんな状況は同じで、幼少の時分に親が子供を一人留守番させるはずがなく、かといって親を残すと面倒なことになりかねないので、本人がいる時に両親が殺害されている。

 赤ん坊の頃でその記憶がないことは、確かに幸せなのだろう。

「でも、淋しくはあるね。親の事覚えてないってのもさ」

 家の事は勿論、両親の顔も、名前も、どんな人だったのかも、どんな職業についていたのかも、両親の腕の中で自分がどんな顔で笑っていたのかも、全く覚えていない。

 この土地に住んでいた両親の子供だと言うのに、きっと自分を守ろうとしてくれただろうに、その事も覚えていない。

 悲しくはない。辛くもない。ただ、申し訳なく思う。この世に産み落として育ててくれて、自分の為に殺された人間を記憶していない。両親はその事を嘆いているかもしれない。

 ふと、アルカードがミゲルの元に進み出た。

「ならば、両親の墓参りだけでもするがいい。墓前で礼を言え」

「え? 墓?」

「あぁ、調べは付いているからな。小僧」

「おう。郊外の墓所だ。お前の一族大家族だったらしいから、一族まとめて葬られてるみてーだけど。いくか?」

「うん」

 こんなこともあろうかと、アルカードがアンジェロに調べさせていた。こういう気の回る所はアルカードの数少ない長所だ。

 ちなみにこの長所の動機は不純で(9割がたそうだが)、アンジェロはわかっているが、ミナやミゲル達が感動しているので水を差すのはやめたようだ。


 郊外の霊園の一角にあった、ミゲルの一族の墓。慰霊碑並にデカい。日本の墓よりデカい。

 彫られたたくさんの名前から、両親の名前を見つけた。

「あ、俺の名前もある」

「つーかお前なんで死んだ事なってんの?」

「さぁ? 遺体あるはずないのにね?」

 そこは人身売買組織だ。替え玉ならある。

 特に赤ん坊となると、大人と違って身元を特定しにくい。他人でも気づかれないことがある。

 ミゲルの代わりに死んだ子は、両親と一緒に葬られていた。

「俺の替え玉か。その子にも親はいたはずなのにな」

「今更だけど、スレシュも悪人だな」

「ホントだよ。スレシュ、よく更生出来たよな」

 今となっては、シュヴァリエ達もスレシュの事で笑えるくらいにはなったようだ。

 その事に少しだけ安心を覚えていると、ミゲルはもう一度祈りを捧げていた。

「ミゲル?」

「俺の代わりに死んだ子が、俺だったんだ。俺の両親は、その子にやるよ」

 あの世で3人仲良く暮らせと呟いて、ミゲルは笑った。

「なにせ覚えてないしね。俺の親はジュリオ様でいいや。今までどおり」

「そっか」

 ミゲルの吹っ切れたような顔を見て、ミナも安心して笑った。



 続いてやってきたのは、フランス。

「「おじいちゃーん!」」

「おぉ、双子や。相変わらず成長せんのう」

 あれから7年経って12歳になったと言うのに、相変わらず見た目は変化がない。

「「このままでいいの!」」

 意外な言葉に、マーリンはしわのある瞼を開く。

「なぜじゃ? 大人になりたくないのかね?」

「「だってぇ」」

 モジモジする双子。代わりに、アンジェロが笑いながら答えた。

「や、コイツら日本で双子の姉妹に出会ったんですよ。でも、その子たち吸血鬼で子供の姿から成長しないから」

「ほっほ。その姉妹が大きくなるなとでも言ったのか」

「そうみたいです」

 まだ12歳だと言うのに、既に女の子に優しくすることを覚えたようだ。

「なんかもうアンジェロの片鱗が」

「血を感じるな」

 将来的に女タラシ(ジャンルとしては石田純一)になると言う未来は確定したようだ。

「女の子に優しくするならオッケー。さすがあの二人の生まれ変わりだね」

「「へへー」」

 ミナは双子が女タラシでも、紳士なら別にいいらしい。しかし、元祖女タラシ(ジャンルとしては羽賀健二)は納得いかないと言う顔だ。

 それを見て笑うアルカード、気付いてキレるアンジェロ、現れるレフェリー。以下略。

「またあの二人は・・・」

「「お父さんが・・・」」

「ある意味伯爵も懲りないな」

「なんかもうあの二人はあれでいいんじゃねーの?」

「そうかもしれんが、うるさいわい」

 案の定マーリンが雷を落とした。


 それにシュヴァリエ達は感嘆の声を漏らす。シュヴァリエの大半はマーリンと初対面なので、世界最強の魔術師に会えることを、とても楽しみにしていた。

「さすがマーリン・アンブロジウス!」

「ほっほ、それにしても大所帯じゃの。こんなに大勢の吸血鬼と会したのは、わしもさすがに初めてじゃ」

「日本にはまだたくさんいますよ」

「あぁ、山姫の勢力じゃろう? あの娘は昔から派手なことやりよるでの。こっちの世界じゃ有名じゃよ」

「そうなんですかぁ」

 こっちの世界がどっちの世界かよくわからなかったが、やっぱり山姫がスゴイという事だけはわかった。

 マーリンはミナ達をぐるりと見渡すと、ふとリュイで目を止めた。

「おや、お嬢さんは他の者たちと違うのぅ」

「私、双子に吸血鬼化されたんです」

「ほほぅ!」

 途端に目を輝かせるマーリン。一生懸命リュイを手招きする。

 リュイが寄ると頭を撫でたり背中を撫でたり、手をかざしたり血をくれとねだり始める。

 それを見てイラッとした顔を浮かべるレミに気付いて、少し苦笑しながら肩を叩いた。

「そんな顔しなくてもいいの。マーリンさんは好奇心の塊だから、珍しいものを見るとテンション上がっちゃうだけだよ」

「そうですか」

 リュイがセクハラを受けているとでも思っていたのか、少しだけレミの表情が和らいだ。


 血をフラスコに入れて何やら始めたマーリンを見ていると、おもむろにエレインがミナの手を取った。

「ミナ、あなたアスタロトと契約したわね」

「う、あ、はい」

「夫婦揃って・・・嘆かわしい」

「ごめんなさい・・・」

 エレインは溜息を吐いて首を横に振っている。実に残念そうな顔だ。

 聞こえていたのか、マーリンが顔を上げた。

「ならば、ミナがアンジェロの契約を解約すればよかろうな」

「はい。そのつもりです。もう少し先になりそうですけど」

 アンジェロは第11次元でのこともあるので、行政だのなんだのの都合でミナの幸福と銘うって、やりたい放題やる気らしい。

 ある程度基盤が整ったら(アンジェロが満足したら)解約を願おうという事になった。

 話を聞いてマーリンは「ふむ・・・」と髭を撫でている。立ち上がったと思うと、感電して寝ている二人の所に歩み寄り、アンジェロの胸を撫で、アルカードの胸を撫でる。

 ミナの所にやってきてミナの胸に手を置くと、また考え込むような顔をしている。

「マーリンさん?」

「・・・なるほどのぅ。3人は連理の木じゃ」

「連理の木?」

 連理の木とは、2本の樹木の枝、あるいは1本の樹木の一旦分かれた枝が癒着結合したものだ。

 はるか昔の時代。この世界にも不思議な力が溢れ、不思議な人間がいた。その中に分裂が出来る人間がいたようだ。

「お前達3人は、元々は同一人物なのじゃ。その魂が分裂し他人になり、それぞれ違う性質を得たことで、再び融合することはなくなった。が、なにせ同一人物じゃ。幾度も惹かれあって、前世、そのまた前世でも来世でも、巡り合うんじゃ」

「うはぁ、そんな事があるんですねぇ」

「たまにおるぞ。そこまでくると、運命とは呼ばんな。宿命じゃ」

「宿命ですかぁ」

 呟きながら寝ている二人に目をやる。

 ―――――アンジェロとアルカードさんはわかるけど、私も同一人物? なんかヤダ。

 ミナの苦々しい表情を察してか、マーリンは笑う。

「お前達は個性がバラバラじゃろ。その人間の個性がそれぞれ強く出たわけじゃな。一人は厳格で、一人は陰気で、一人は陽気で。人間誰しも複数の面を持っておるからの」

「あー確かにアンジェロが根暗な分ミナが明るいってのはあるかもな」

「なんだかんだ3人とも狡賢いしな」

「ミナとアンジェロを足して、バカを除去してレベルアップさせたのが伯爵っぽい」

「あ、スゲェぽい」

 納得する吸血鬼。ミナはやっぱり少し納得がいかなかったが、マーリンが言うなら事実だろうと無理やり納得させた。


「マーリンさん、魂の性質ってなんですか?」

「人は誰しも性質を持っておっての、その性質が性格に影響するんじゃ。と言っても、世の中の半数以上は「真水」と呼ばれるものじゃ。地域や環境に作用されて形作られる。稀に、ミナのように人と違った性質をもつ者がおるんじゃ」

「え? 私人と違うんですか?」

「そうじゃ。じゃから悪魔が狙うんじゃよ。アルカードも、アンジェロもな。お前達の元になった人間は、さぞかし珍しい魂を持っておったようじゃのう」

「私はなんですか?」

「ミナは“蜂蜜”じゃ。人を惹きつけて、人を元気にする魂じゃ。ミナは友達が多いじゃろ?」

「そういえば昔から友達は多かったですけど。“蜂蜜”かぁ、美味しそう」

「ほっほっほ。悪魔から見ればの」

「アルカードさんのはなんですか?」

「奴は“黄金”じゃ。深い生命力、不屈の精神、人を統べる能力に長けた魂じゃな。この魂をもつ者は昔から偉人じゃ」

「“黄金”! いかにもスゴそう。無条件に納得です」

 じゃぁアンジェロは? と問うと、なぜか笑い出すマーリン。

「どうしたんですか?」

「可笑しくてのぅ。アンジェロは余程前世の行いが良かったと見える。聞いたら笑うぞ」

 なぜかワクワクさせられる。マーリンから聞いて、一同は驚きながら爆笑した。

「アンジェロが!?」

「あり得ねぇ!」

「似合わな過ぎ!」

「あはは! ウケる!」

「アンジェロ、なんで今こうなんだろうね?」

「さぁ?」

 聞く限り、確かに前世のアンジェロは余程良い行いをしたらしい。それが今やこんな乱暴なアホになっている。それが不思議で仕方がない。

「ほっほ、魂の性質は確かに性格に作用するが、環境にまでは作用せんからの。前世でいい行いをしたものが現世で幸せになるわけでもなく、その逆もまた無い。ランダムに魂を植え付けていくからのぅ」

「そう言われてみると、とんでもない悪人が幸せに暮らしてることもありますもんねぇ」

「そう言う事じゃ。世の中には全てに恵まれた者もおれば、その逆もおる。その環境に流されるか、逆らって自分なりの人生を開拓するかは、その本人の魂によるがの」

 それを聞いて、それならばアンジェロは十分にその魂を持つと納得した。


 アンジェロは自分の信念と正義を貫き、守るべきものを守り、与えるべきものを与え、いつも大きな愛で包んで守ってくれる。

 アンジェロの前に座って髪を撫でた。

「そっかぁ、アンジェロは私達の“守護聖人”なのかぁ」

 シュヴァリエ達も子供の頃からアンジェロに守られていた、という自覚はあったようで、ミナの様子を見て優しく笑った。

 しかし、ややもすると思い出し笑いだ。やはり似合わないものは似合わない。

 みんなの笑い声がうるさかったのか、さすがにアルカードとアンジェロは目が覚めたようだ。

「いてて、うわ、まだ痺れてる」

「お前達、何を笑っているのだ」

「くっくっく、いえ、なんでも」

「お前何ニヤニヤしてんだ」

「なんでもなーい」

 笑う仲間たちに不審な目を向ける二人だったが、アルカードもアンジェロもその事はとうに知っていて、ミナの思考を読んだアルカードはすぐに納得した。

「笑うのも無理はない」

 が、相変わらずアンジェロは何のことかが分からない。

「なにが?」

「お前が豚に真珠だという事だ」

「あぁ!?」

 またしてもケンカが始まってしまった。

 さすがにそう何度も感電されては困るので、いい加減ミナが止めに入った。

「もう、どうしてすぐケンカになるの? ケンカしないって言ったのに」

「言ってねぇよ」

「言ったよ! なんでそんな平然とウソつくかな! アルカードさんも手加減してください!」

「これでも手加減してやっている。小僧ごときに本気を出してやるものか」

「あぁ!? んだとコルァ!」

「やめてってば! なんでいちいちケンカすんの! もう! 仲良しなんだから!」

「「・・・もう一遍言ってみろ」」

「ヒ、ヒィィィ! ごめんなさい!」

 二人がかりでイジメられるミナを見て、全員で溜息を吐く。あの3人が同一人物だという事に、いっそ憐憫すら感じる。

(多分元々の奴もロクな奴じゃなかったな)

 ミナをイジメてそれはもう楽しそうにしているアンジェロとアルカードの様子に、元々の人間もドSだったに違いない、と結論が出た。



★三つ子の魂百まで

―――――――日本の諺

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