今あなたは呪われてこの土地を離れなければなりません
散々アメリカを堪能し、大西洋を越えてやってきたのはアイルランド南部の海沿い、ウォーターフォード州の港町。エドワードの故郷だ。
「あ、なんかこの辺見覚えある」
エドワードはアンジェロよりも二つ年下だが、連れてこられたのは6歳の頃だったので僅かながら覚えているようだ。
エドワードの家の前に来ると、驚いた。
「うわぁ、豪邸だ」
エドワードの両親も殺害されてしまったが、遺体がかなり経ってから発見されたため、金銭目的の誘拐殺人とされていた。それは、エドワードの両親が造船会社を経営していたからである。
誘拐するならば寒村の子供をさらった方がやりやすかっただろうが、ジュリオの提示した「金髪・白人・縁起のいい名前・イケメン」という条件に相当する子供を見つけるのは大変だったようだ。
なのでシュヴァリエ達の身元は、攫いやすい田舎の子か、強盗殺人などで片付く金持ちの子が多い。
エドワードの会社と家は、両親の死後、父親の兄弟が相続したようだ。今家長となっているのはエドワードの従弟の子供、それももうオッサンだ。
コッソリ裏庭に侵入しようとして、うっかり忘れていた。
「ヤベ、どうしよ。めっちゃ拒絶されてんだけど」
例え生家だろうが、招待がなければ他人の家には入れない。吸血鬼の悲しい性である。
しかし悲しんでばかりもいられない。何とかしなければ、と考えていると、アルカードが表門に回って行って、即座にインターホンを押してしまった。
少しすると家から人が出てきて、家の人が手招きをしている。
「・・・ヨウコソ」
魔眼で操ってしまったようだ。
―――――そうだった。さすがアルカードさん。
ミナの家にもこの手でやって来たのだ。今後も心配なさそうだ。庭に入り土を採ると、アルカードがエドワードに言った。
「折角だ。家に入ってみるか?」
その問いにエドワードは首を横に振った。
「いえ、ここはもう、俺の家ではありませんから」
そう言って灯りの漏れる大豪邸を見つめるエドワードの瞳は、郷愁に揺らいだ。父と母、そして自分、裕福で幸福な家庭は遠い昔のこと。父の優しさも母のぬくもりも、とうに忘れてしまった。長い年月が流れ、自分も大人になってしまった。
「俺が知っている人も、俺を知っている人も一人もいない家は、俺の居場所じゃない。両親の思い出は、思い出のままでいいです。今はみんながいるし、みんなのいる場所が、俺の家ですから」
エドワードがそう言ってアルカードに笑うと、「そうか」とアルカードも小さく笑った。
その様子を見て胸を打つ。嬉しかった。「みんなのいる場所が、自分の家」本当にその通りだと思った。
ミナも既に親も家も亡い。吸血鬼は永く時を生きて、知っている人間が自分より先にどんどん死んでいく。どんどん孤独に追い込まれていく。
しかし、自分達には家族がこんなにもいる。アルカードを頂点として、眷属のミナとアンジェロ、直系のボニーとクライド、ジュリオ血統のシュヴァリエ達、ミナ血統のジョヴァンニとレミ、純血種、ミケランジェロ血統のリュイ。
孤独は、誰にとっても恐怖だ。家族の温かさを知っている者にとっては、より恐怖だ。
―――――だけど、こんなに大勢の大家族で過ごせるんだもん。なんだかんだみんな仲良しだし、楽しいし、シュヴァリエのみんなが今が幸せだと思ってるなら、私も嬉しい。
笑いあう仲間たちを見て、思考を読んだアルカードと「よかった」と言って笑った。
続いてやってきた、イギリスはロンドン。アルカードにとっても、思い出深い土地だ。
着いて早々、アルカードがアンジェロ達に言った。
「ジュリオの墓参りをするか?」
当然、みんな頷いた。
アルカードは幾度もジュリオの墓に足を運んだことがあった。当然動機は不純なものである。が、今はそれはおいておこう。
“Julius king”と名の彫られた墓石の前にシュヴァリエたちは跪き、祈りを捧げて十字を切る。顔を上げたアンジェロがアルカードに尋ねた。
「なぁ、アンタはミナ・マーレイと出会わなかったら、ジュリオ様を殺さなかったか?」
「わからない。が、殺したいとは思わなかったかもしれない」
アルカードは表情を変えることなく返事をした。
自分が人間であったなら、同じ時代に生まれたなら、ジュリオと友人と呼べる関係を築けたかもしれない、出会った当時、アルカードはそう思った。
しかし、アルカードは吸血鬼だ。人間は捕食の対象だ。人間の友人など、作れるはずもない。
少なくともミナはそうは思わないが、アンジェロにはアルカードの考えはわかっていたようで、「そうか」と短く返事をした。
「人間は、死ぬからな」
そう言ってアンジェロは立ち上がった。
人間は死ぬから、老いるから、そうでないものと出会った時どのような反応をするかなど、考えるまでもない。気味悪がられ迫害される。それまで友人だと思っていても、掌を返したように、松明を持って杭を以て追い立てる。
ジュリオの墓石を見つめて、アルカードが呟いた。
「それが、人間だ」
人種が違うだけで迫害するのだ。人間は異質なものを嫌う。あなたと私は違う、それだけで争いを起こす。それが、人間だ。
【友達になりたいなんて、願ったって叶いやしねぇ。嫌われるってわかってたら、そんな考えも持てねぇよな。傷つくのは誰だって嫌だ。そうだろ】
アンジェロの問いかけに、アルカードは返事をせずにジュリオの墓石に背を向けた。
【世の中の奴らがシャンティやツァン達くらい、物わかりがいいと良かったんだけどな】
その語りかけには答えることにしたようだ。
【アイツらには恩を売ったからというのもあるが、それでも特殊なのはアイツらの方だ。恩を仇で返すのもまた、人間だ】
それを聞いて自嘲するようにアンジェロは笑う。
【違ぇねぇな。けど、ジュリオ様は多分特殊な方に分類されると思うぜ】
【さぁ、どうだろうな。今更だ】
【あぁ、そうだな。今更だ】
今更悔やんでも、もうジュリオは死んだ。アルカードが殺し、アンジェロが殺した。墓に十字を切っても、遺体すらもない。今更、無意味だ。なにもかも。
「アルカードさん、“ミナさん”のお墓は、ないんですか?」
「知らない」
アルカードは戦いのさなかにイギリスから逃亡したため、その後の事を知らない。その質問にはアンジェロが答えた。
「彼女は行方不明って事になってたから、墓はねぇんだと」
「そうなんだ・・・」
ミナ・マーレイが死ぬのを確認したのは、アルカードだけだ。暁光に照らされた彼女が燃えて灰になって、風に舞って消えた。アルカードの腕の中で。
ミナは、もう一度ジュリオの墓石の前に跪いて、手を合わせた。立ち上がると、アルカードが何か言いたそうな顔をしている。
「あ、ちょっとどうかなって思ったんですけど、ミナさんのお墓の代わりに」
「そうか」
「クリシュナの奥さん、エリザベスさんが生まれ変わりだったらいいなぁって。今度こそあの二人が結ばれて幸せになれたら、アルカードさんも無罪放免でしょ?」
その言葉にはアルカードも苦笑した。
「そんなに都合のいいことがあるものか」
「わかんないじゃないですかぁ。いいじゃないですか、そう思っとけば。二人は生まれ変わって再び巡り合って、結ばれた。そう言う運命だったんだって。アルカードさんもハッピーエンドの方が好きでしょ?」
「・・・お気楽なことだ」
呆れたようにそう言ったものの、アルカードの顔に少しだけ笑顔が浮かんだので、ミナも笑った。
【さすがはミナ。アイツはマジで強者だな】
【全くだ】
【ま、考えんのは自由だ。そう思っときゃいんじゃねーの】
【ご都合主義は、嫌いだ】
【アンタもひねくれてんなぁ】
【お前に言われる筋合いはない】
なんだかんだ言いながら、少しだけアルカードの心は、軽くなった。
そしてやってきた、またしても大豪邸。
「ここ、誰んちですか? ミナさん? ジュリオさん?」
尋ねられたアルカードがアンジェロに視線をやると、アンジェロは首を横に振った。首を傾げるミナに、レミが少しだけ力なく笑って近づいた。
「ミナ様すみません。僕の家です」
「え!? レミはフランス人でしょ!?」
「いえ、本当はイギリス人ですし、レミって名前も偽名です」
「そうなの!?」
「マジ!?」
「おま・・・ウソつきなとこまでアンジェロに似てんじゃねーよ」
「別にそこは似たわけじゃないよ!」
ミナをはじめとして、レミの正体を知らなかったメンバーは大層驚いた。
「僕は、ここに4歳まで住んでました。さすがにもう死んだと思いますけど、父親も健在でした。今この家の家長は僕の甥です」
「え? そうなんだ? ていうか、レミの本名って? 誘拐されたわけじゃないの?」
「売られたんですよ、父と継母に」
嫡男がなかなかできなかったために、母親と共に引き取られた庶子。
最初から本妻がそれを快く思っていたはずはなく、レミとレミの母は虐め抜かれ、母親は自殺した。
その後本妻との間に男の子が生まれてしまい、レミは邪魔になり、更に酷い扱いを受けるようになった。
「毎日のように言われましたよ。汚らわしい売女の子。顔を見ると虫唾が走る。お前には一銭も相続させない。僕が欲しかったのは、家督でもお金でもなかったのに」
レミが求めた物は失われるばかりで、ついに手に入ることはなかった。とうとうヴァチカンに売り飛ばされた。
「でも、せいせいしましたよ。もうあのババァの顔見ずに済むと思うと。僕、吸血鬼になれて、しかも伯爵の血族になれて本当に良かったですよ。ざまぁみろです」
そう言って鼻を鳴らすレミに、事情を知る者達は苦笑する。
「どうして?」首を傾げるミナに、レミはニヤッと笑う。
「今からわかります」
そう言ってインターホンを押した。
少しすると、使用人らしき男が出てきた。その男にアルカードが魔眼をかけ招待させた。
レミは臆することなくズカズカと屋敷の中に入って行き、それを追った。
居間に入ると、この家の主人らしき男がいた。60代くらいの、金髪でレミに少しだけ似た顔立ちの男と、その家族。
入って来た客人に驚いた男は、レミを見てより驚いた顔をした。
「なんだ君たちは」
レミは腕組みをしてニヤニヤ笑う。
「初めまして。僕は君の伯父」
「伯父? 私には伯父はいないし、何を言っているんだ?」
当然、自分より若い伯父などいるはずがない。警戒する男に、レミは小さく舌打ちする。
「あのババァ、僕の事ロビンにも黙ってたのか。まぁいいや」
その言葉を聞いた男は表情を変えた。
「君、父を知っているのか?」
「知ってるよ。なんたって僕の弟だ。腹違いだけどね」動揺する男にレミは続ける。
「君の名前は?」
「・・・バーソロミュだ」
「そう、バーソロミュ。僕はキース・ガブリエル・ヘルシング。よろしく」
それを聞いて驚いたのはミナ達だった。
「ちょ、ま、ヘルシング!? ここ、ヘルシングの屋敷!?」
レミはさも当然と言う顔をする。
「そうですよ。僕は、ヘルシング一族の人間です。だから面白いんじゃないですか。ねぇ、伯爵」
「そうだが、お前もとんだ腹黒だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
変わらず黒い笑みをたたえたレミがバーソロミュに向く。
「バーソロミュ、僕らはどうして若いと思う? なぜ生きていると思う?」
怪訝そうに眉根を寄せるバーソロミュに続ける。
「僕らは何者だと思う? この人は誰だと思う?」そう言ってアルカードを差す。
「わかんない?」
「・・・伯爵、と言ったか」
「言ったよ」
「伯爵、名前は?」
問われたアルカードはニヤリと笑った。
「お前、教授には似ていないな。お前ではたかが知れているようだ」
「教授?」
「知らないのか? お前らの祖先、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授を」
それを聞いたバーソロミュは顔色を変えて立ち上がった。
「アルカード・ドラクレスティ伯爵!」
「なんだ、知っているではないか」
バーソロミュは突然の事に冷や汗を流して、しり込みをする。それを見てレミは笑う。
「ヘルシングともあろうものが、吸血鬼を前に怯えるなんて、情けないね」
「全くだな。教授はあれほど果敢に挑んで来たと言うのに」
「教授がこの体たらくを見たら嘆くだろうね。折角こっちから来てやったのに」
「キース、吸血鬼なのか。一族の人間でありながら、吸血鬼だと?」
「そうだよ。ざまぁみろ」
エイブラハム・ヴァン・ヘルシング以降、ヴァンパイアハントや精神病院の経営で財を成してきた一族、ヘルシング。
その一族から吸血鬼が出てしまったことは、汚点以外の何物でもない。
「“夜の護国卿”唯一にして最大の汚点が目の前にいるんだよ。殺さなくていいの?」
怯える人間と狼狽えるバーソロミュにレミは笑う。
「殺さないなら、僕が殺しちゃおっかなぁ」
レミの言葉の直後に銃声が鳴り響いた。
が、レミの前にアンジェロが回って、アンジェロの差し出した手のひらの前で、銀弾はスピードを緩め、ピタリと停止した。
「なるほど。PKは便利だ」
元々ESPだったせいかPKなどの超能力は、アンジェロの方がミナよりも上のようだ。
破裂音と共に射出される銀弾は、全てアンジェロの前で静止する。アンジェロが指を振ると、静止した銃弾は撃ってきた護衛たちに向きを変えた。
「それ以上撃つと、お前らの死亡率が上がるだけだけど?」
圧倒的な能力。それを見せつけられてはなす術はない。なにより、吸血鬼の人数が多すぎる。
「バーソロミュ様、お逃げ下さい!」
一人がそう言って、部下らしき男がバーソロミュ達を引き立たせて逃がそうとする。
「ミナ」
「はい」
ミナもよくわかっていなかったが、アルカードに言われてバーソロミュが逃げようとしたドアの前に転移し、行く手を阻んだ。
「どこに行くんですか? もう、手遅れですよ」
バーソロミュを連れた部下が撃ちこんでくるものの、銃弾はミナの体に当たって弾き返される。
「跳弾すると危ないから、撃たない方がいいですよ」
バーソロミュは突然壁に向かって走り出し、壁際に在った甲冑の持つ剣を抜き、ミナに剣先を向けた。
「舐めるなよ、化け物! 私は、ヘルシングなのだ!」
やっとやる気を出したようで、ミナも笑って近くのポールスタンドを剣に変成させる。
「震えてますよ、実戦は初めてですか?」
フェンシングの型で構える剣先は、震えている。
「手加減してあげてもいいですよ」
「舐めるな! ・・・・っ!」
繰り出された突きはあっさりと叩かれ、剣は弾き飛ばされる。
「剣筋は悪くないですけど、私の敵じゃありませんね。ね、レミ」
「えぇ、本当。無様すぎて、笑っちゃう」
そう言ってバーソロミュの背後に回ったレミが、後ろからバーソロミュの顎を掴んで横に傾げ、首筋に顔を寄せる。
「バーソロミュ、君も、僕たちの仲間になる?」
「や、やめろ・・・」
「楽しいよ、きっと」
「やめろ、頼む、やめてくれ・・・」
震えて、震える声で嘆願するバーソロミュはギュッと目を瞑る。それにレミは笑って、バーソロミュの耳元で囁く。
「冗談。君なんかいらない。今日はからかいに来ただけ」
そう言ってバーソロミュを離し、ミナも一緒にレミとその場から離れ、
「またね」
と挨拶をして、ヘルシング家から出た。
ロンドン市街を歩きながら、レミはスッキリしたように伸びをした。
「あー、面白かった! あの怯えた顔! あれがヘルシングの当主じゃ、先が思いやられるよ」
「まさか屋敷に乗り込んでくるとは思わなかっただろうからな。もうお前はヘルシングの名は捨てろ」
「はい。だけど、ミドルネームだけは名乗ります。今日からレミ・ガブリエル・ヴァルブランでよろしくお願いします」
「母親が、付けたのか」
「はい。母に貰ったものは、それしかないので」
ロンドン郊外まで出て、レミが足を止めて見上げたのは、ボロボロになったあばら家の廃屋。当初、レミが生まれた頃に母親と二人で住んでいた長屋だ。
土地に入って、レミは黙々と土を採る。すぐにリュイが駆けて行って、レミを手伝い始めた。
「ありがと」
作業が終わってリュイに笑いかけたレミに、リュイはギュッと抱き着いた。レミは驚いたものの、リュイの肩に優しく手を置いた。
「レミくん、弟さんの事、恨んだ?」
「・・・恨んでないって言ったら、ウソになるかな。だけど、悪いのはあのババァと父様だから、ロビンは悪いわけじゃないってわかってるよ」
「バーソロミュさん、レミくんに似てた」
「僕とロビンは父親似でよく似てるって、母様が言ってたから。バーソロミュには、ちょっと悪い事したね」
「レミくんは、悪くないよ」
「ありがとう」
レミは、弟ロビンが好きだった。弟ができたと思って、喜んでいた。よく似た兄弟だと母に言ってもらって、嬉しかった。
だが、幼い頃に引き離されたためか、ロビンはレミの事を覚えていなかったようだ。
バーソロミュに悪い事をしたと思ったが、どうしても、父と継母に復讐してやりたかった。こんな形でしか、遂げる事は出来なかった。
―――――レミとロビン。まるで、カインとアベルみたい。
愛された弟。無下に扱われた兄。弟に嫉妬し、復讐する兄。復讐すべき相手は、弟でも、その子でもいけなかったのに。レミは、そんなことがしたいわけではなかった。レミが欲しかったのはそんなものではなかった。
「僕が、ロビンになりたかった」
辛かった。父からも愛されていたわけではなかった。ただ一人、自分を愛してくれた母は死んでしまった。可愛がっていた弟も、自分のことを覚えてはいなかった。
呪われてあれ、追放者。土が口を開け、お前の手から弟の血を受けた。主がそう言って、カインを追放した。が、主は言った。
「誰も、レミくんを傷つけていいはずないのにね。だけど、これからはずっと、私が傍にいるから。私がレミくんを、愛するから。今まで足りてない分の、何倍も」
「ありがとう」
レミは声を震わせて、涙を零した。
そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を傷つけることのないように、彼に一つのしるしをつけられた。
★今あなたは呪われてこの土地を離れなければなりません
――――――――――旧約聖書「創世記」4-11




