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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第2章 悪魔の二次関数
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幸福になりたいのだったら、 人を喜ばすことを勉強したまえ



 つばさ達と別れて、すぐさまフランスへと渡った。

 マーリンはミナ達を見てそれはもう喜んで、しわだらけの顔に一層しわを寄せる。

「おぉ、おぉ、ミラーカ。転生したんじゃな」

「ええ、マーリン。本当に久しぶりね」

「ミラーカ様、100年経ったら会いに来るとおっしゃっておられましたのに」

「倍の時間がかかってしまったわね。ごめんなさい」

 マーリンはミラーカが死んだと聞いた時嘆いた。ミラーカの転生を心から喜んで、またミラーカも約200年ぶりの再会をとても嬉しそうにした。

 アルカードは目覚めた後ミラーカの事を含め、報告するために会いに来た事があったようだった。

「「おじいちゃん!」」

「おぉ、双子や。元気じゃったか?」

「「うん!」」

 双子は度々マーリンに会わせていて、「魔法使いのおじいちゃん」と結構懐いている。双子を見ていたマーリンは、ふと考え込んだ。

「どうしたんですか?」

「ミナや双子に会うのは、いつぶりかの?」

「こっちの時間だと44年ぶり、ですね。私達の時間だと1年ぶりくらいです」

「むぅ・・・」

 またしてもマーリンは考え込んで、その様子にどうしたのかと見つめていると、マーリンが悩みの訳を話してくれた。

「いや、双子が成長しておらんなと思ってな」

 そうなのである。これまでガンガン成長していた双子は、数か月に一回のペースで大きいサイズの服を用意しなければならない程だったのだが、ここ1年ほど成長が止まっている。

「そう言われてみると、そうですわね。マーリン様?」

 エレインも一緒になって考え始める。

 双子とミラーカは純血種である。ミナ達一般の吸血鬼とは若干違う。子供の身に何かが起きたのかと不安に駆られていると、「憶測じゃが」、とマーリンが口を開いた。

「おそらく、段階があるのじゃろう」

「段階、ですか?」

「そうじゃ。あのままの勢いで成長しても、子供の精神に大人の体、強力な魔力では本人たちが苛まれることになる。自分らで無意識に制御しているのか、本来そう言うものなのかわからんが、例えば一次性徴まで成長し年齢が体に追いつく頃に再び成長するのかもしれん」

「あー、なんかそれっぽいですね」

 なんとなくそれらしい回答だったので、そうなのだろうと結論付けた。ミラーカも純血種で、今の年齢は5歳。本当の姿は双子と同年代くらいになっている。ミラーカもそこで成長が止まれば、マーリンの憶測が正解となるだろう。

 と言ってもミナとアルカード同様、双子やミラーカも変身できる。吸血鬼にとって、姿形はあまり意味のあるものではないようだ。


 その話の流れで、急にマーリンが笑い出した。

「そうそう、わしも驚いたんじゃ。そりゃぁ会えばアルカードとわかったが、姿が以前と全く違うんでの」

 当然ミナは好奇心をくすぐられる。ワクワクしながら、マーリンが初めて会った時のアルカードの容姿を尋ねた。

「なんというかのう、あれは俳優じゃったな。金髪で細身で、目もグレーじゃったし、ブリテンの顔をしておったぞ」

「へぇー! あ、じゃぁアルカードさん、イギリスを出た後にマーリンさんに会ったんですか?」

「そうだ。イギリスを出て、海峡を渡って到着した町でミラーカに出会い、マーリンと出会った」

「そうなんですねー」

「今思うと、あの時の事がなければ、ミラーカとも出会う事はなかったかもしれないな」

「そうね」

 あの時のこと。ジュリオとの抗争の火種になった、ミナ・マーレイを巡るヴァンパイアハンターとの戦い。

 あの時のアルカードの行動が数々の災いをもたらした。それが現在にも尾を引いているのだ。しかし、その事がなければ、アルカードはミラーカと出会う事はなかった。ボニーやクライドとも出会わなかった。ジュリオもヴァチカンにはいかなかっただろうし、アンジェロもミナはおろかジュリオにも会う事はなく、今頃なら人間として死んで墓の中だ。

「ま、こういう運命だったって事だろ」

「あぁ、そうだな」

 この運命に最も翻弄され苦悩させられたのは、アルカードとアンジェロだ。その本人たちが、それでも現在に満足してそう言っている。目の前の人たちと出会えた運命に感謝している。その事が、ミナはとても嬉しかった。

「やはり何と言っても一番の収穫はミラーカだ。友と金はいくらあってもいい」

「ほっほ、そうじゃの」

 それを聞いてアンジェロがニヤニヤする。

「アンタ友達なんていたの?」

 それを聞いてミナとミラーカは呆れ、双子はケタケタ笑い出す。確かにアルカードは友達などを作るようなタイプではない。が、アンジェロの物言いは失礼極まる。当然、レフェリーが現れて「ファイッ!」と腕を振った。

「貴様はいちいち絡まないと気が済まんのか!」

「済まねぇなぁ。つか、アンタ友達少なそう」

「私は少数精鋭派なのだ!」

「友達少ねぇ奴に限ってそう言う言い訳すんだよな」

「よし、小僧。銃を抜け!」

「お、なに? やる気?」

「殺る気だ!」

「うわっ! 何すんだテメェ!」

 人の家で、殴る蹴るの大喧嘩が始まってしまった。やはりミナとミラーカは呆れ、さっきまで笑っていた双子はオロオロしだす。

 この家の住人であるマーリンとエレインは呆然としたが、ややもすると状況を見定めたのか深く溜息を吐いて、ミナとミラーカに向く。

「あの二人は仲が悪いのぅ」

「そうなんですよ・・・いっつもあの調子でケンカするんです」

「口ゲンカではアンジェロの方が勝る様じゃが、実力行使となると、アルカードの勝ちじゃな」

「・・・そりゃもう」

「止めぬのか?」

 そう言われてケンカ中の二人に視線をやる。結局アンジェロは銃を抜いて(スペアまで)狂ったように撃ちまくっているし、アルカードはそれを黒犬で身を守りつつ容赦なく殴るけるの暴行を加える。

「痛っってぇぇ! テメッ! マジあり得ねんだけど!」

「自業自得だ!」

 アルカードの言う通りだが、何も犬に喰わせることはない。片腕になってしまった旦那にいよいよミナもオロオロしたが、とてもではないが止められる気がしない。

 その様子を見て、マーリンは溜息を吐く。

「しょうがないのう。ホレ」

 そう言うと、マーリンは指をチョイチョイ、と動かして、指先が光ったと思うと、小さな光は一瞬でまばゆい閃光に変わり、その閃光は蛇、あるいは龍のような動きをしながら、バリバリと音を立てて、二人を直撃した。

 落雷に遭った二人は、その場にバタッと倒れた。それを見てマーリンは再び溜息を吐く。

「これで静かになったわい」

「・・・ありがとうございます」

 やはり最強の魔術師、マーリン。只者ではない。


 落雷で失神した二人を気にしながらも、マーリンの魔法の強さに感心していると、エレインが口を開いた。

「そう言えば、今日は何か用事があって来たんじゃ?」

「あ、そうでした! 完全に忘れてた!」

 本来の目的から完全に逸脱してしまっていた。脱却の諸悪の根源である二人はもう無視することにして、つばさから貰った雑誌をマーリンに見せて、ヘルメスの助言を含めアルカードとつばさの考察を話した。

「ふむ、なるほどのぅ。わしはこの屋敷から出んから、ウイルスを直に見たことはなかったんじゃが・・・」

 そう言うとミラーカの髪の房を取って見つめる。

「確かに、ほんの僅かじゃが魔力を持っているようじゃの」

 どうもミラーカの髪に付着していたようだ。ミラーカとは魔力の性質が違うので、マーリンには色分けされたようにでも見えるのだろう。

 マーリンはミラーカから許可を得て髪を何本か切り取り、手をかざす。そして何やらマーリンがブツブツ唱え出すと

「「うわー! おじいちゃん、やめてー!」」

「マ、マーリン・・・!」ミラーカと双子が悶絶し始めた。

 何かの詠唱はすぐに終わり、3人は冷や汗を垂らしてハァハァと肩で息をする。その様子に心配になって、マーリンが何をしたのかと尋ねると、エピクレーシス(聖霊を求める祈り)を行ったのだと言う。

 純血種は強い反面聖なるものには極端に弱いため、ウッカリ抜群の効果を発揮してしまったようだ。

「ほっほ、すまんの。じゃが、今のエピクレーシスで僅かながらウイルスは弱体化したぞ」

「ウソっ!」

 マーリンが差し出した髪の毛を見ても、ミナ達にはいくら吸血鬼とはいえ肉眼では捉えられない。弱体化した以上魔力が分かるわけでもないので、マーリンの言う事が真実であるかも判断しかねる。それを悟ったのか、マーリンも残念そうだ。

「まぁ良い。日本に戻ってからやってみるとよかろう。じゃが、普通の者がやっても何の意味もないぞ。ちゃんと神を崇拝し、信仰しておる者でなければ、祈りや儀式は意味を持たんのじゃ」

「うーん、確かにそうかもしれないですねぇ」

「しかし、弱体化はしたが、魔力は消えてもウイルス自体の影響力が消えたわけではない。そこは科学の力で無力化せねばならん」

「という事は、聖なるパワーにプラスして、薬や処置も必要になるって事ですね」

「そうじゃ」

 より治癒は複雑であるが、それであれば、秘跡によって魔力を無効化した後のウイルスを検証する必要がある。

 ウイルスには不可解な点が数多くあった。ウイルスは感染力や発症力は恐るべきものであるが、天使と渾名されるほどの効力を、たかがウイルスのDNAに記録できるはずがないし、そのような配列も見当たらなかったのだ。

 確かに脳神経に作用する仕組みではあったが、ミナが言ったように狂犬病の様なもので、狂犬病も脳を冒される為に暴れたりすることはあるものの、エンジェルの様に他人や世界の幸福を願い、考えたりすることは通常では考えられない。

 たかがウイルスに思考すらも操作されるなど通常ではありえないのだ。それが魔力のもたらしたものだとしたら―――――考えて、ミナはひどく良いことを思いついた。

「そうだ! “エンジェル”の致死性さえなくなれば!」

「この世は天国じゃな」

 致死性さえ消えれば、この世界の人間は天使だらけだ。あらゆる経路、当然遺伝でも感染し、生殖行為により発症する。死ぬ事がないとなれば、当然絶滅の危機も回避される。安心して子供を作ることが出来る。

 遺伝により感染した子供もいずれは大人になり発症し、その子供も天使になり、連綿と天使の遺伝子が紡がれていく。この世界は天使で溢れる。この第3次元のこの世界は、間違いなく天国だ。

 当然、人によっては親切や善良、正義などの価値観は違う。その為の諍いくらいは起きるだろうが、その程度の事は危惧する必要もない。

 ミナは鼻息を荒くして瞳を輝かせた。

「これこそが私の願う世界平和! 私の手で実現してやるぞ!」

 そう言って立ち上がり拳を天井につきだすミナに、マーリンとエレインは愉快そうに笑う。

「ミナはいい子じゃのう」

「ミナさんの願った通りの世界が実現したら、素晴らしいわ」

「ミナ、頑張るんじゃぞ」

「はいっ! ありがとうございます!」

 やはり頼りになる世界最強の魔術師。彼の助言のお陰で、ミナは新たな希望を見出した。



 ミナの興奮が落ち着いたところで、マーリンは双子を呼んだ。そして双子の頭を撫でる。

「まだ、か」そう呟いたのが聞こえた。

「なんですか?」

「いや、なんでもない」

 そう言ってマーリンは双子に微笑む。

「ミケランジェロ、ラファエロ、おぬしらも、辛いのう」

「「・・・うん」」

 双子には、ずっと黙っていたのだ。アンジェロが悪魔と契約して、いずれは死んでしまうかもしれないという事を。しかし、人間が絶滅しかけている上に、ミナまでもが契約してしまった。油断していると双子まで悪魔にそそのかされかねない。双子にも、先日話した。

「おじいちゃん」

「うん?」

「お父さんとお母さん」

「死んじゃうの?」

 マーリンにそう尋ねる双子の目には、うっすらと涙が溜り、その表情は悲しげに曇り、両親を心配する様子に、マーリンも悲しげに双子を見つめる。

「大丈夫じゃよ。ミケランジェロとラファエロには、禍を退ける魔法をかけておる。二人がいれば、ミナもアンジェロも、死ぬ事はないぞ」

「「本当に?」」

「あぁ、本当じゃ。じゃから、お前達で両親がこれ以上無茶をしないように、見張っておくんじゃぞ」

「「うん! わかった!」」

 マーリンに励まされて、双子は拳を握って頷く。その様子にミナも安心を覚えて、双子に元気を取り戻させてくれたマーリンの存在を有難く感じた。

 ―――――お父さんもお母さんもいない今、マーリンさんがおじいちゃん替わりね。


 日本の本土に渡って来た時、ミナは両親の墓参りにも赴いた。両親は東清京に墓を買って、二人とも寺の管理する墓所に眠っていた。葬儀はセイジの妹―――ミナにとっては叔母がしてくれたようだった。

 寺の墓所のため、双子は足を踏み入れることが出来なかった。それ以上に、卒塔婆なども怖がって、近づく事すらできなかったのだ。ミナとアンジェロとアルカードで墓参りを済ませ、3人の元に戻ると双子がわんわん泣いて、ミラーカが慰めていた。

「「おじいちゃん、おばあちゃん、ごめんなさい」」

 墓参りすらも出来ない自分達の身の上を嘆いて、そう言ってセイジとあずまに謝るのだ。今となってはもう既に他人のものとなってしまったミナの実家も、セイジの末の弟が相続した日向のセイジの実家も、ミナ達には訪問する事は出来ない。初めて家族を失うと言う経験をした双子を、気に揉まずにはいられなかった。

 しかし、マーリンがいて、孫のように可愛がってくれる。双子もマーリンに懐いて、おじいちゃんと呼ぶ。その光景は、ミナにとっては家族が増えたかのようで、双子の悲しみが癒されていくのが手に取るようにわかる。

「マーリンさん、本当にありがとうございます」

「うん? なんじゃね?」

「色々です。ありがとうございます」

「ほっほ、なんじゃ。気になるのぅ」

 礼を言わずにはいられなかった。頼りになる、優しい魔術師。いつかマーリンも一緒に暮らせたらいい、そんな日が来れば幸せだ。そう思った。


 


★幸福になりたいのだったら、 人を喜ばすことを勉強したまえ

――――――――――マシュー・プリオール

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