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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第2章 悪魔の二次関数
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友情は不変と言ってよいが、色恋が絡めば話は別になる

 とりあえず会議は一時解散として、アンジェロが立ち上がって何故かストレッチを始めた。

「・・・小僧、話し位聞いてやれ」

「ヤだね。アイツ約束破ったから許さん」

「お前が言えた義理ではない気もするんだが」

「気のせいだろ」

「気のせいなものか! 本当にお前は憎たらしいな!」

「アンタには負けるぜ」

「憎らしさにかけてはお前が圧勝だろう! ミナ! どっちもどっちとはなんだ!」

「うっ、ごめんなさい」

 思考を読まれて怒られた。が、アンジェロがファントムのマガジンを確認しているのを見て、なんだか突然物騒な気がしてきた。

「あの、アンジェロ?」 

「ミナには関係ねぇから、研究の続きでもやってろ」

「小僧、甘やかすな。ミナにも責任はあるぞ」

「いや、責任があるとしたら、俺と、苧環おだまきだ」

「え? 苧環さん?」

「つーわけで、アイツブッ殺してくる!」

「えー!? ちょっと待ってー!」

「・・・・全く」

 早くもアンジェロを眷属にした事を後悔し始めたアルカード。

 ―――――早まった。問題児を、超問題児を抱えることになってしまった。ジュリオ、お前は本当にどんな教育をしたんだ。

 ミナの事を考えると、あまりアルカードも人の事は言えない気がするのだが、とにかく部屋から飛び出していったアンジェロをミナも慌てて追いかけて行ってしまったので、渋々追いかけることにした。



「苧環ィィィ!!」

 苧環の部屋の襖をパァンと開いて、勝手に入室するアンジェロ。浴衣姿で読書中だった苧環は、迷惑そうに顔を歪める。

「なんです? 不躾な」

「それはお前な! ミナに手ェ出すなつったろ!」

 アンジェロの文句を聞いて、苧環は思い出したような顔をして、アンジェロに視線を合わせた。

「私が? 何もしておりませんよ?」

「ウソつけ! テメェ、ミナはタイプじゃねぇとか言ってたろ! 何調子こいてミナの隙に付け入ろうとしてんだ!」

「誤解ですよ。そんな気は毛頭ありません」

 完全無罪を主張する苧環にアンジェロがイライラしていると、ようやくミナが追い付いた。

「もう、アンジェロ! 苧環さんはそんなつもりじゃないってば! 苧環さんに悪いでしょ!」

「そうですよ。私はただ・・・・・・・えー・・・」

「何悩んでんだコルァ!」

「ハァ、小僧の怒りを鎮める文句が思いつかなかっただけだ。そうだな、苧環」

「そうです!」

「なに喜んでんだコルァ!」

 後ろから現れたアルカードのフォローに意気揚々と返事をした苧環だったが、その様子を見てアンジェロは更にキレた。

「巧いこと言い逃れできるとか思ってんなよ!」

「ちょっと、あの、すみません。アンジェロさんを黙らせてもらえませんか。うるさいし、面倒くさいんですが」

「んだとコルァ!」

「もう、アンジェロうるさいよ。一緒にお風呂入ってあげないよ?」

「・・・」

 一瞬で黙り込むアンジェロ。アルカードと苧環は二人の会話を聞いて

(一緒に風呂に入っているのか。羨ましい)

 と素直に思ったが、すぐに平静を取り戻した。

「小僧、気持ちはわかるが、少し落ち着け」

「・・・ハァ。しょーがねーな。釈明があんなら聞いてやる」

 大人しくその場に座ったアンジェロの隣にアルカードも腰かけて、続いて、と腰を下ろそうとすると、苧環と視線が合って、ピッと手のひらを向けられた。

「すみません。できればミナさんは退室願います」

「えぇー」

「シッシッ」

「出て行け」

「ヒドッ!」

 結局男3人に締め出されてしまったミナ。光学迷彩で覗き見しようかとも思ったが、アルカードには居場所も思考も筒抜けだし、アンジェロにも気配は読まれてしまう。小細工は通用しないと諦めて、大人しくその場を立ち去った。


 ミナが立ち去ったのを確認して、アンジェロが口を開いた。

「苧環さぁ、ミナのこと鬱陶しがってたろ。この一年でどんな心境の変化だよ」

 その問いに苧環は顎に手を当てて思案する。

「いえ、アンジェロさんの言う事も、少しわかるな、と」

「あ?」

「いえ、ただ、彼女が泣いていたので、つい可哀想だな、と。あんなに淋しそうにしているのに、アンジェロさんは妻子を置いて仕事にかまけているなんて、可哀想じゃありませんか」

「俺だって好きで1年も留守にしたわけじゃねぇんだけど」

「わかっていますよ」

「そうか。お前は小僧ではミナの夫は不適格だから、自分がその立場に成り代わりたいと」

「違いますよ! そんなこと思ってませんよ!」

 アルカードの糾弾に大慌てで否定する苧環を、アルカードとアンジェロは訝しげに睨みつける。

「へぇ、あ、そう。何? お前ミナに惚れたわけ?」

「違います!」

「言っておくが、今更新規参入は認めんぞ」

「ですから!」

「ハァー、参ったなこりゃ。苧環は俺と同じカタブツの匂いがするから、ミナを任せても安心だろうと思ってたのに。期待外れ」

「小僧、お前と同じ匂いがするなら、同じ女に惚れても不思議はなかろう」

「あ、そう言われてみれば。しまった。人選ミス!」

「あの、ですから・・・」

「ハァ、ミナも困った娘だ」

「本当、アイツ防御力低いし」

「“可愛いし”まで口に出したらどうだ」

「うるせーな! オイ、苧環! テメェこれ以上ミナに手ぇ出したら・・・」

「だから違うと言っているでしょう!」

 急に興奮して畳を殴りつけた苧環。アンジェロとアルカードは驚いて目を瞠った。

「ミナさんは確かに可愛いし好きですが! そんな興味はありませんよ! 私は女なんですから!」


 そう言った苧環をよく観察してみる。身長は高い。170以上はある。声も低いし、髪も短い、一見すると、中性的な美青年だ。

 が、よく見て見ると、確かに女性的と言われてみれば女性的な気もする。普段着流しやスーツを着ていることが多かったせいで、全く気付かなかった。

「マジ? 女?」

「そうです! なんならパンツ脱ぎましょうか!?」

「あ、是非」

「是非とはなんですか! ミナさんにチクリますよ!」

「あ、スマン。それはやめてくれ」

 二人のやり取りに釣られて、苧環の胸をしげしげと見つめたアルカードが呟いた。

「・・・微乳だな」

「余計なお世話です!」


 落ち着いたところで、迷惑そうにしながら苧環が口を開いた。

「一応これでも女です。見た目はこの有様で、男にしか見えませんけど、染色体異常のせいで、性別は女なんです」

「染色体異常。そうか、お前インターセックスか」

「そうです。胸もありませんし、パッと見は男です。ですが、染色体レベルでは女ですし、心も、体も、一応は女です」

「そっかぁ、なんか、悪かったなぁ」

「いいえ。慣れっこです。性別のわからない気味の悪い子供、そう言われて捨てられました。それを提督に拾っていただいて、好きに生きればいいとおっしゃっていただけた。日本は男尊女卑の根強い国ですし、提督のお役にたちたかったので、表では男として生きてきたのです。私が本当は女だと知っている人は、提督だけ。ですから、内緒にしていただけませんか?」

「ん、わかった」

「苧環、話したくもないことを話させて、悪かったな」

「いいえ」


 そう言って少し悲しげに笑った苧環に、アンジェロとアルカードは笑った。

「なんだ、お前笑えば可愛いじゃん」

「小僧、お前女とみれば見境なしか。口説くのもせっかちなことだ」

「別に口説いてねぇよ!」

「ミナに話したら、どんな反応をするやら」

 そう言われて、思わず切腹ショーを思い出すアンジェロ。恐怖が再び蘇ったアンジェロの思考は、当然アルカードに筒抜けだ。

「ハッハッハ! お前、浮気を疑われてミナに切腹されたのか! ハハハ!」

「うるせぇ! 冤罪だ!」

「せ、切腹・・・」

「あぁ可笑しい。さすが、ミナは限度を知らないな」

「全くだ。マジで俺死にかけたぞ」

「死ねばよかったものを」

「テメェが死ね」

「お前が死ね」

「・・・」

 バチバチと火花を散らすアブナイ二人の様子に、苧環は思わず溜息だ。

 ―――――伯爵の身内は、伯爵を含め面倒な人ばかりだな。

 全くである。


 話が落ち着いて、二人が退室した自室で溜息を吐く苧環。

 ―――――あぁ、良かった。意外に二人とも単純だな。

 山姫第1秘書、苧環水仙。旧名十河存保そごうまさやす。性別、普通に男。捨てられて拾われただのインターセックスだのの下りは真っ赤なウソだ。結局巧い事言い逃れられた。

 ―――――別に惚れたりなんかしないけど、誰だって目の前であんな風に泣かれたら、何とかしてあげたくなるじゃないか。

 どこかで聞いたような話である。やはりアンジェロと同じ匂いがするだけあって、似たような思考回路の持ち主らしい。

 ―――――ていうか、新規参入は認めないとか言われても、既に結婚してあんなに旦那大好きな人を追いかけるなんて、僕がそんな不毛なことをするわけがない。オリバーさんじゃあるまいし。大体僕は提督がお休み中に代行しなきゃいけないことが多すぎるんだ。そんな暇はない。


 翌日。ニコニコしたミナ。

「苧環さん、昨日どんな話したんですか?」

「ヒミツです。というか、どうしました? 何か良い事があったんですか?」

「エヘヘ。なんか、アルカードさんとアンジェロが、苧環さんが一番信頼できるから、やっぱり私の助手にって」

 どうも安心しきった二人は苧環をミナの助手に復職させてしまったようである。複雑な苧環。

 ―――――いや、この人。面倒くさいは面倒くさいんだよな。

 そこが最大のネックのようだ。

「もしかしてヤでしたぁ?」

「いえ、別に」

「じゃぁ嬉しいですか?」

「いえ、別に」

「苧環さんってつれないですねぇ」

 ―――――釣ってどうするんだろう。

 つい心中でツッコんだ苧環にミナはニコッと笑う。

「また仲良くしましょうね!」

「・・・まぁいっか」

「はい?」

「いえ、なんでも」

 ミナの笑顔には、色んな奴が色々と諦める効果があるようだ。

 ―――――この人面倒くさいけど、それはそれで・・・ハッ!

 途中で、一年前にアンジェロに言われたことを思い出し、若干鬱になる苧環。

 ―――――や、それはない。僕に限ってそれは無い。ほら、提督と全然違うタイプだし、単に珍しいって言うか、なんかミナさん犬っぽいし、なんというかこう、ペット的な! そうそう! それだ!

 結論が出たようである。

「そう言えば血液の解析の結果はどうなりました?」

「それがダメみたいなんですよぉ。白血球が多すぎて、人間じゃ体が持たないって」

「あ、なるほど。白血病の様な事になりかねませんね」

「そうなんですよぉ。でも、多分何とかなりますよ」

「え?」

「私、悪魔に魂売り渡しちゃったんです。だから、特効薬を作るよう願います」

 苧環は、衝撃を受けた。目の前でニコニコ笑うミナに何があったのかは知らないが、悪魔に魂を売り渡すとは余程だ。

 ただでさえアンジェロの事でも相当手を焼いているのに、夫婦揃って死に向かってしまった。

 ―――――伯爵もアンジェロさんも、何をしているんだ。どうして彼女を守ってくれなかったんだ。―――――いや、僕が傍にいる時は、僕が守ってあげないと。

 

 魔性の女、ミナ。暴走癖と我儘に振り回され、淋しがりに心を打たれる男は後を絶たない。恐ろしい性質である。

 それがミナの魂の性質だから、当然と言えば当然でもある。だから悪魔が欲しがる。

 砂糖の様に甘く、誘蛾灯の様に蠱惑的で、人に活力を与える、ミナの魂“蜂蜜”。

 蜂蜜の周りに群がる無数の蟻。群がる者は蟻だけでなく、様々な性質の魂も引き寄せられる。悪魔が欲しいのはその性質。ミナを疑似餌に、新たに高品質の魂を引き寄せる為に。


 契約してしまったからには、もう悪魔の物。蜂蜜を奪い合う、蜂と蟻。

 蟻たちは群をなし、結束して巨大な蜂に戦いを挑む。しかし蟻たちは蜂蜜を見つめながら、全く違う方法で行軍する。

 仲の悪い蟻たちが、ケンカして蜂蜜の入るビンを割らずに行軍できるかは、神のみぞ知るところ。




★友情は不変と言ってよいが、色恋が絡めば話は別になる

――――――――――シェイクスピア「から騒ぎ」

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