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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第2章 悪魔の二次関数
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その濁りのない歎きよう、確かに誠実の証と見た




「伯爵! ミナの居場所わかるんじゃねーのかよ!」

「かき消されているようで、解らない。思考だけは途切れ途切れだが、聞こえる」

「伯爵はミナとテレパシー出来るんですよね!?」

「先程から何度も呼びかけているが、どうも遮断されているようだ」

 屋敷の中をミナを探し回るアルカード達。どこをどう探しても見つからず、悪魔の強力な魔力に精神を挫かれる。

 アンジェロ達にはいまいち秘密がもたらす効果が分かり切っていない。冷静でないことが思考力を鈍らせているせいかもしれない。

 しかし、アルカードにはわかっている。今なら、空間内にいるジュノに邪魔をされることもない。アルカードが真相を知れば、きっと解決策を施してくれる。そう考えて、クリスティアーノはアルカードに、左手で触れた。

「・・・これは」

「俺の能力です。これは以前、あの悪魔から読み取った情報です」

「事実なのか」

「俺が読んだ分には、事実です」

 クリスティアーノの能力を知っているのは、アンジェロとレミだけだった。それをクリスティアーノは披露した。隠していられる状況ではないと感じた。アンジェロとアルカードが共闘するチャンスは今しかないと思った。


 それを察したアンジェロは、情報を整理するように足を止めて目を瞑るアルカードの前に跪いた。

「伯爵、頼む。助けてくれ。俺はまだ死にたくねぇし、ミナを死なせたくない。アンタに死なれても困る。だから、俺と共闘してくれ」

 アンジェロの急な態度の変化にアルカードは驚いたようだったが、何より頭に流れ込んできた情報で、より混乱する。アルカードとアンジェロの因縁に。

「なぁ、伯爵。俺は、今になってアンタとの出会いは運命だって思ってる。俺とアンタとミナは、出会うべくして出会った。昔から俺達の関係は変わらなかったはずだ。アンタが俺を憎んでいても、どう思っていても構わねぇ。目的は同じのはずだ。俺はアンタに絶対的に忠誠すると誓うから、だからまた現世でも、共闘の盟約をして欲しい。アンタの望みも、俺が全部叶えてやる。だから力を、貸してくれ」

 目の前で服従を誓う、憎らしい男。気持ちの上では、受け入れたくもない。しかし、魂が言っている。

(あぁ、懐かしい、懐かしい。この男だ)

 魂に刻まれた古い記憶が呼び起される。アンジェロの強く輝く金色の瞳に。

「忠誠の証は、口約束だけでは信用できんな」

「勿論、アンタが了承するなら、アンタの眷属にしてくれ」

 その言葉に驚かされる。アンジェロの意志がどれほど強固なものか。以前、眷属になることをあれほど嫌がっていたのに、自ら進み出て、眷属に名乗りでる。

 眷属になれば、思考も全て伝わる。居所もわかる。謀反を企てる事など、不可能だ。

 アルカードは跪くアンジェロの前に膝をついた。

「眷属の契約は、一つだけだ」

「アンタの為に生きて、アンタの為に死ぬ。その代り、俺に力を貸してくれ」

 先に言ってしまったアンジェロに、アルカードは思わず口の端を上げた。

「物わかりのいい奴は、嫌いではない。眷属の世話をするのも、マスターの仕事だ」

 アンジェロとアルカードは互いに血を交換し、眷属の契約は成立した。



「教えてください。みんなは、何を隠してるんですか?」

「教えてあげましょう」

 ジュノがそう言って、ミナの頭を撫でる。その瞬間に流れてきた映像に、思わず目を瞑った。勿論、そんな行動は全く無意味で。

 瞑った目を開いて、信じられないと言った顔でミナはジュノを見上げた。

「ジュノ様、コレ、なんですか」

「記憶ですよ。あなたの記憶」

「そんなわけ・・・」

「消していたんです。あなたの為に。ですがあなたは真実を知りたいと。それがあなたの願いなら、叶えるまで。記憶を戻して差し上げただけです」

「ウソ! そんな、こんなはずない! 私が、アンジェロを裏切ってたなんて・・・」

 ジュノに戻された記憶。クリスティアーノに抱かれている様子。アンジェロが隠していた“秘密”。

 いつの事かはわからない。流れてきたのは映像だけで、声もその時の感情もわからない。だけど、これが事実だとしたら。

「待って、アンジェロが隠してたのは、この事なの?」

「ええ、そうですよ」

「アンジェロは知ってて、ずっとそれを私に隠してたの?」

「ええ。あなたの為に。あなたを傷つけないようにね」

 ―――――アンジェロは知ってた。私の裏切りを。それなのに私の為に隠して、今までずっと耐えて。私はどうしていつも、アンジェロを苦しめる様な事しかできないの。

「あなたの為に、アンジェロさんは常に苦悩してきました。契約する以前から、契約してからも。ずっとずっとずっと、あなたの為に」

 ジュノが耳元で囁いた。

「それなのに、あなたは裏切った。裏切り者ですね、ミナさんは」

「・・・」

 ―――――反論、できない。出来るはずがない。私は裏切り者だ。

「裏切ったのは、アンジェロさんだけ? いいえ、違いますね。アルカードの愛を知っていながら、裏切った。夫が死んで間もないと言うのに、すぐに次を見つけて恋をした。それは夫に対する裏切りでは? それでも飽き足らず、アンジェロさんまで裏切った。あなた、まるで売女のような、安い悪女。しかもつまらない願いで人間は絶滅寸前、あなたの為に、アンジェロさんが願ったせいで。なにもかも、あなたのせいで」

 押し込んで隠していた罪悪感が、ゆっくりと頭をもたげた。

 ―――――アルカードさんは私を愛してくれてた。私の為に、最後の消える瞬間まで私を守ってくれた。アルカードさんがジュノ様に頼んでいたおかげで、私は生き延びることが出来た、それなのに、裏切った。私のせいでとんでもないことになって、アルカードさんを一人で30年も待たせて、最低だ最低だ!

 ずっとずっと思っていた。クリシュナが死んでミナはずっとクリシュナを思い続けて生きていくと思っていた。それなのにすぐにアンジェロを好きになった。

 淋しくて、淋しくて、辛くて、誰かに傍にいて欲しくて、あっさり乗り換えて、クリシュナを裏切った。しかもそのアンジェロまで裏切った。

 ―――――でも、どうして? 私は本当にアンジェロが好きなのに、裏切るなんて、信じられない。何故? いつからアンジェロはそれを知って、隠してたの? 

 ミナの疑問を察してか、ジュノが言った。

「でも、あなたの裏切りもわからなくはありませんよ。アンジェロさんは、冷たい男ですから」

 ジュノの言葉で、ミナは突然思い出した。妊娠初期の頃、アンジェロが冷たくてケンカしたことがあった。その時レオナルドに言われた。

「アンジェロが最近になって冷たくなったのには、一応理由はあるよ。その理由は俺らは言えないし、その理由を俺らにもアンジェロにも尋ねる事は絶対に許さない」

 ―――――レオも知ってたんだ。知ってて、みんなも知ってたからアンジェロと私の為に隠してた。

 その時エドワードが言った。

「連れて来た俺が言うのもなんだけど、普通さぁ男の部屋に女一人で来る? だから防御力弱いって言われんじゃん。俺らにはそんな気はないけど、ミナに下心ある奴だったらどうすんの? ちょっと悲しいことがあったとか淋しかったとかで、誘われたくらいでホイホイ着いて行くようじゃ、アンジェロのが気の毒だ」

 付き合ってからもアンジェロは冷たく、あのケンカをするまでアンジェロは冷たく、ミナはずっと不満に思っていて、淋しく思っていた。

 ―――――アンジェロに優しくしてもらえなくて、淋しくて裏切ったの? それを知ってて、そう言ったの? だからあの時二人とも私を厳しく批判して―――――私の裏切りを。


 “秘密”の真相に行きついてしまったミナは、苦悶の表情を浮かべて顔を覆って膝をついた。自分の弱さと甘さでアンジェロを裏切り、傷つけてしまったこと、傷ついて尚ミナの為に隠し通してくれたアンジェロとみんなの事を思うと、罪悪感でいっそ身を投げてしまいたい衝動にすら駆られた。

 ―――――最低だ、最低だ。私は最低の裏切り者だ。あぁ、どうして、アンジェロにフラれた時に大人しく引き下がらなかったの。あの時アンジェロは「俺もお前も裏切り者だ」って言ったのに、あの時諦めていたら、私は誰も裏切らずに済んだのに!

 ジュノが説得までして二人を結ばせたのはこのためでもある。アルカードとの関係を引き裂くため、アンジェロの願いを成就させるため、ミナを追い込むため。常にジュノは一つの行動に複数の意味を持たせていたのだ。

「なかったことに、しましょう」

 ミナの隣に跪いたジュノがそう言った。なかったことに。その言葉は、神の救いのように映った。ミナにはもう、縋れるものはジュノ以外見えなかった。

「――――できるんですか?」

「ええ、勿論」

「なかったことに・・・してください!」

「では、契約しましょう」

 ジュノが手を差し出しミナの手を取って、途端に黒い空間に支配された。


 足元に白く魔方陣が光っている。それを見つめているとジュノから声がかかって、顔を上げた。

「契約に際して条件があります。まず今から申し上げる3つの事は履行不可能。一つは死者の蘇生、二つ目は時間の操作、三つ目は神殺し。これ以外の願いを一つ、叶えましょう。契約、しますか?」

「はい。その前に質問イイですか?」

「なんでしょう」

「契約は、解約できないんですか?」

「当然です」

「それは、しないんですか、できないんですか」

「しないんです。誰かが契約して、代わりにあなたの契約を解約してほしいと言うのなら、解約しますけどね」

「そうですか、わかりました。じゃぁ、契約してください」



 アルカードは慌てた。ミナの思考から、アルカードにも伝わってきた、“秘密”。

 ―――――悪魔の囁きに、ミナは追い詰められた。この為に、あの悪魔はこの為に!

 どこを探しても見つからない。ミナの思考は遮断され、気配も居場所もつかめない。確実に契約の空間へ引きずり込まれたと確信してしまった。

 すぐに、後を着いてきたアンジェロに振り向いた。

「まずい、小僧! ミナに記憶が戻った!」

「悪魔が戻したのか!?」

「そうだ!」

「ミナは・・・まさか」

「ジュノに連れて行かれたっ・・・」

 ―――――連れて行かれた。契約の空間に? まさか、あの悪魔はその為に? 裏切りをミナに知らしめて、裏切り者に仕立て上げた。俺とミナを結ばせたのも、その為か! ミナを淋しがらせて裏切りを働かせるために、記憶の消去を敢えて一部だけにしたのか! 

 ジュノの意図に気付いたアンジェロは悔しそうに顔を歪めて、しかしすぐにアルカードに向いた。

「でも、それは昔の事だ! 俺と付き合う前だったし・・・」

「だが、お前と付き合ってからも、ミナは淋しい思いをしていた事があると言っていた。ミナは付き合ってからの事だと思い込まされた」

 ジュノであればそう思わせる事など雑作もない。すぐにアンジェロの脳裏に囁くジュノの微笑が浮かんだ。

「悪魔は・・・」

「なかったことにしてやると」

「なかったことに・・・それって、まさか」

「わからない。願い方はミナ次第だ。記憶を消すのか、それとも、自分を消すのか」

「―――っ! ミナっ・・・だから、隠してたのに・・・っ」

 頭を抱えるアンジェロを見て、アルカードは表情を苦々しくした。

「くそっ、悪魔め。やってくれたな・・・・・」


 アルカードの呟きに、アンジェロは掌で顔を覆って俯いた。

「伯爵、ゴメン、ゴメン、俺のせいだ。俺のせいでミナまで・・・」

 アンジェロの謝罪を聞いて、アルカードは溜息を零す。

「今はそんな事を言っている場合ではない。ミナの願いによっては、ミナは戻ってこないかもしれない」

「伯爵、俺、どうしたら・・・ミナ、ミナがいなくなったら・・・・」

「小僧、しっかりしろ。お前がしっかりしないでどうする。私と共闘して、悪魔を倒すのではなかったのか!」

 アルカードに諭されて、顔を上げたアンジェロはまた俯いて、再び顔を上げた時には切迫した表情は脱ぎ捨て、意志が宿る金色の瞳を輝かせた。

「伯爵の言う通りだ・・・あの悪魔は、許さねぇ。俺だけならまだしも、ミナまでも・・・・・許さねぇ」

「あの悪魔は、許してはおけない。倒すぞ、何としても」

「あぁ、絶対、ブッ殺してやる」


 ミナの契約と引き換えに、共闘の盟約が生まれた。ジュノの行動は、アンジェロとアルカードを結び付け、二人を奮起させるに至った。ここから運命は、更に大きく変遷していくこととなる。




★その濁りのない歎きよう、確かに誠実の証と見た

―――――――――――シェイクスピア「マクベス」より


次代の王と目されたマルコムが自らの罪を摘発し、その血統と資格を冒とくしたことを嘆いたマクダフに、マルコムが言った。

「その濁りのない歎きよう、確かに誠実の証と見た。暗い疑惑の靄もはれたからには、その真心と忠誠をありのまま受け入れよう。憎むべきはマクベス、数々の奸計を以て、このマルコムを罠にかけようとたくらんでいる。そのため、軽々しく人を信ぜぬよう用心しないわけにゆかないのだ、が、もうよい。お互いに心を神に預けよう!」

それを聞いてマクダフは言う。

「希望と絶望とが同時にやってきて、どうしてよいのか」

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