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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第2章 悪魔の二次関数
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似たもの同士がいがみ合うのは、自分の欠点を相手に見つけるから



 山姫の屋敷の前。門前には以前来た時と同じように門番が立っていた。今回違ったのは、門番がすぐに招き入れてくれたこと。

「あなた方が来られるのを、提督も伯爵もずっとお待ちしていました」

 迎えに来た苧環おだまきがそう言った。

「ですが、あなた方が遊んでいる間に、提督は再び休眠期に入ってしまわれました。今は伯爵と我々であなた方の尻拭いをしています」

 いたどり杖の嫌味な言い方が心臓にグサリと突き刺さる。が、当然ながら虎杖のおっしゃるとおりである。反論などできようはずもなく、黙り込むしかない。

えんじゅ・・・性格悪っ!」

「俺らもわざとじゃねーよ? 悪魔に騙されたんだって!」

 日本で山姫に世話になっていたボニーとクライドである。虎杖と苧環を下の名前で呼ぶくらいの仲ではあるようで、フォローに回ってくれた。が、しかし。ここで引かないのが冷徹秘書コンビである。

「ええ、勿論話は伺っております。ボニー様とクライド様には何の咎めもないでしょう」

 そう言って苧環が足を止めると、虎杖も足を止め振り返る。

「問題は、そちらのお二人」

「伯爵と提督のおっしゃっていた通りの問題児でいらっしゃるようですね」

 秘書二人から向けられる視線は、軽蔑、侮蔑、嫌悪すらも交じっているようだ。

 ―――――うぅ、ごめんなさい。ごめんなさい。あぁ、穴があったら入りたい! もうヤダ、死にたいよ!

 二人の言葉で激しい自責の念に駆られ、思わずアンジェロの腕に縋り付いた。その様子を見て秘書二人は小さく舌打ちをする。

「ご自分のなさったことでしょう。いつもそうやって人に頼って甘えているのですか」

「本当に、伯爵もお気の毒なことです。そうでしょう?」

「あぁ、全くだ」


 ふすまを開いて苧環が言葉をかけると、襖の向こうから帰ってきた、懐かしい声。低いバリトンの様な、威圧感のある抑えられた声。

 その声の主は襖に手をかけて、室内からゆっくりと姿を現した。

「ミナ、お前は本当に困った奴だな。私は待っていろと言った筈なのだが、私の言いつけを無視するとは、いい度胸だな」

 ミナの神、アルカード。血族の頂点、伯爵、アルカード。その人がそこに立って、ミナ達を見下ろしていた。

「・・・アルカードさん・・・」

「全く。言いたいことは山ほどあるぞ。多すぎて何から言えばいいのかわからんほどだ」

「・・・アルカードさん」

「貴様ら、手足の一本や二本、なくす覚悟はしておけよ」

「アルカードさん・・・!」

「アルカード!」

 怒りに震えるアルカードの様子など顧みる余裕はない。久しぶりに会えた、30年ぶりの、アルカード側にしたら60年ぶりの再会。

 ずっとこの日を夢にまで見た。ずっとこの時を待っていた。アルカードに待てと言われたあの日から、ずっと待ち続けていた。

 すぐに駆け寄って抱き着いたミナとボニーとクライドとミラーカ。それに驚きつつ、若干鬱陶しそうな顔をしつつも、アルカードは抱き着いてきた愛しい家族を抱きしめる。

「ただいま」

 ずっと言ってほしかった。ずっと欲しかった言葉。ずっとアルカードの傍で声を上げて泣きたいと思っていた。その願いが叶った。

 4人は声を上げて泣いた。あの戦争の日から、やっと全てを取り戻せた。またみんなで一緒にいられる日が戻ってきた。

「おかえりなさい!」

「おかえり!」

「アルカードおかえり!」

「アルカード、おかえりなさい」

「伯爵、おかえりなさい」

「おかえり、伯爵」



 全員でアルカードの帰還を大喜びして泣きながら大歓迎していると、周囲の様子を眺めたアルカードは、なぜか溜息を吐く。

「本当にお前らは・・・私は本当に何からツッコめばいいのか、皆目見当もつかん」

 そう言って溜息を吐いたアルカードはとりあえずミナ達を引きはがし、ミラーカの頬に手を伸ばした。

「ミラーカ、なのか?」

「えぇ、そうよ」

「お前は死んだだろう?」

「生まれ変わったのよ。坊やのお陰で」

「本当に、ミラーカなのか?」

「えぇ、アルカード。私、心配だったのよ。あの後あなたが無事に生き延びたのか。ミナちゃんたちは休眠期だって言っていたけど、ずっと心配だった。あぁ、よかった。あなたが生きていて、私が死んだ甲斐があった。アルカード、ずっと、会いたかった」

「ミラーカ・・・よかった」

 涙を零してアルカードに抱き着いたミラーカを、アルカードも強く抱きしめて、優しくそのストロベリーブロンドの髪を撫でる。

 その様子を見てミナもボニー達も胸がいっぱいになって、ミラーカがミラーカのまま転生した運命に心から感謝した。

「ミラーカ。目覚めてもお前がいないのだと思うと、私は、苦しかった」

「ごめんなさい、あんな死に方をして。あなたを苦しめたわね」

 ミラーカは辛そうに顔を歪めたアルカードの頬に手を伸ばして、その頬を伝う涙を優しく拭う。その手を握り、アルカードは目を瞑り、そのはずみで雫がポタリと落ちる。

「もう、勝手なことをするのはやめてくれ」

「えぇ、約束するわ。折角生まれ変わったんだもの。ずっと、あなたと一緒にいるわ。昔と同じように」

「お前が眠りについた時は、私がお前の棺を守る。昔からそうしていたように。だから・・・」

「だから、これからもずっと、何十年も何百年も傍にいるわ。アルカード」

「はぅ! たまんない! ふつくしいっ・・・!」

「リュイ!?」

 突然リュイが鼻血を吹いて倒れた。どうも美男美女の涙の再会に感動して、更には興奮してしまったようだ。

 慌てて抱き留めてリュイの鼻をレミがティッシュで押さえていると、その様子を見たアルカードは呆れたように溜息を吐く。

「そう。その二人もだ。誰だ?」

 当然アルカードは知らないはずだ。二人を指さし、ミナが答えた。

「男の方はレミですよ! フィレンツェからついてきたんです」

「レミ? あぁ、あの腹黒のマセガキか」

「そうです!」

「え、ちょ、ミナ様・・・」

 レミはアルカードの言葉を肯定したミナにショックそうにしたが、仕方がない、と溜息を吐いてアルカードに向き直った。

「伯爵、御無沙汰してます」

「あぁ、お前も随分立派になったものだな」

「はい。今はミナ様に吸血鬼化してもらいましたし、立派な大人で、立派にあなた様の血族です」

「ふん、そうか。で?」

 アルカードが視線でリュイの紹介を求めると、ミナがリュイの隣にしゃがんで、嬉しそうに笑って抱き起した。

「アルカードさん、クリシュナが初めて私達の仲間になった夜の事、覚えてますか?」

 いきなり引っ張り出された、50年も前の出来事。宙を仰いだようにして

「あぁ。覚えている」

 と、アルカードが答えると、ミナは嬉しそうに笑う。

「あの時、クライドさんがクリシュナに聞いたでしょう? どうして大学に勤めてるのかって」

「あぁ、確かインドで知り合った人間に戸籍を貰ったと・・・その娘は・・・」

 途中で感付いたようで、リュイに視線を戻した。

「はい。彼女はクリシュナに戸籍を譲った人の、お孫さんです」

 ミナの回答を聞いて驚いた顔をしたが、すぐに平静を取り戻して、リュイの前にかがんだ。

「そうか、この娘が」

「はい」

「探したのか?」

「探したんですけど、実は探す前から彼女とは友達だったんですよ! 家を突き止めて伺ったら彼女がいるんで、すごくビックリしました!」

「ふん、そうか。なるほど。これもまた、運命かもしれないな」

「そうですね。きっとクリシュナが引き合わせてくれたんだって思います」

「そうかもな」

 再会してから初めて、そう言ってアルカードはミナに優しく微笑んでくれて、ミナは凄く嬉しくなって、涙が出そうになった。それをリュイは見ていたが、またしても顔を赤くしてハァハァ言いだす。

「あぁん、ときめきスマイルぅぅ・・・」

「・・・・変わった娘だな」

「・・・えぇ」

 否定する要素が見当たらなかったので、肯定した。

 ―――――類は友を呼ぶというが、ミナの周りは妙な奴ばかりだな。

 そう思ったアルカードだが、元々自分を軸に人が集まっているという自覚はないようだ。


 続いて、とアルカードは立ち上がった。

「クリシュナと北都が生まれ変わったと聞いたが、生まれ変わりは人間か? ここには来ていないのか?」

「あ、いますよ!」

 慌てて振り返るも、ミナの傍にもアンジェロの傍にも双子は見当たらない。キョロキョロしていると、クリスティアーノの影からじっと見ている双子の悪魔を発見した。

「ミケランジェロ、たすく、こっちきて挨拶しなさい」

 二人を呼んで手招くと、なぜか渋々と言った感じで現れる。二人を見て、なぜかアルカードは深く溜息を吐いて額に手をやった。

「なんだその、お前と小僧のクローンのようなガキは」

「あ、この子は私とアンジェロの子供です」

「・・・・・・・・・・・・・あり得ん」

「あり得なくないし!」

「何お前。感じ悪っ!」

「ちょ、こら」

「お父さん小僧じゃないし!」

「お前お母さんに色目使うな!」

「おい、やめろ」

「「僕達はお父さんとお母さんの愛の結晶なんだからね!」」

「「頼むからやめなさい!」」

 なぜか初対面で険悪な双子たち。オロオロして双子を止める両親。いよいよアルカードは深く溜息を吐く。

「なるほど、確かにあの二人の生まれ変わりのようだな。実に反抗的だ」

(確かに。あの影コンビと伯爵が対立するっつー構図は、魂レベルの因縁なんだな)

 思わず全員で納得した。


「どっちがどっちだ?」

「こっちの金髪がお兄ちゃんで、クリシュナです。名前はミケランジェロ・すばるです」

「こっちの黒髪が弟で、北都。名前はラファエロ・たすく

「・・・面倒な名を付けたな」

「「お前人の名前にケチつけるな!」」

「ヤメロ。あぁ、好きに呼べよ」

「では金と黒だな」

「「せめて名前で呼べよ!」」

「あぁ、うるさいガキだ。躾がなっていない」

「や、あの、アルカードさんのネーミングセンスにも問題あると思うんですけど」

「そーだよ。アンタ色で呼ぶなよ」

「好きに呼べと言ったのはお前だろう。好きにさせてもらう」


 この後双子はギャーギャーとアルカードに突っかかったが、アルカードは「うるさい」と一蹴して全く相手にしなかった。そして代わりにミナ達が怒られた。

「躾し直せ。うるさくてかなわん」

「すいません・・・」

「まぁお前と小僧の子なら仕方が・・・・・全く、本当にどうかしている」

 再び頭を抱えだすアルカード。ついに順番が回ってきた、とアンジェロは早くも察知して身構えた。

「いや、ある程度予想はしていた。状況が状況だし、環境も環境だ。しかし、予想外なのは小僧だ。お前、本当にどうした? 少なくともお前はあり得ないと思っていたのに、大誤算もいい所だ」

 アルカードも多少は想定していた。ミナがクリシュナの死を克服して、誰かに恋をしたって別段不思議ではない。

 不思議なのはそれがアンジェロだったことだ。アルカードの予想ではジョヴァンニかレミかクリスティアーノだと思っていて、アンジェロは脳の片隅にすらおいていなかったのだ。

 以前からアンジェロとミナは仲は良かったが、ミナはともかくアンジェロの方は全く興味なしと言った風で、アルカードもアンジェロに愛情が欠落していることは見抜いていた。だからこそアンジェロには安心してミナのおもりを頼めると思っていただけに、驚いた以上に衝撃だ。


「いや、あの、なんか、ね? ハハ、ゴメン・・・」

「・・・聞けばお前、悪魔と契約したのはミナの為らしいな。お前、そういう奴だったか?」

「え? あ、うーん、まぁ、生まれつき?」

 歯切れの悪いアンジェロに、アルカードはイラついたかのように眉根を寄せ腕組みをする。

「何が生まれつきだ。全く、本当にお前は頼りにならんな。お前に任せた私が間違っていた」

 その言葉にアンジェロも眉を顰め、睨みつける。

「あー、そーだな。アンタのミスだ。俺は悪くねぇ」

 全員の頭の中にレフェリーが現れ、「ファイッ」と腕を振った。


「何を開き直っているのだ! 私がどんな思いで待っていたと思っているのだ!」

「うるせーな! こっちだって大変だったんだぞ! 俺らがどんな思いで待ってたと思ってんだ!」

「黙れ! 人が寝ている間に寝取りやがって!」

「ハッ! ざまーみろ! これでテメーもジュリオ様の気持ちがわかったろ!」

「なんと憎らしい・・・相変わらずクソ生意気でイカれた小僧だ!」

「テメーに言われたくねんだよ! この性悪キチガイジジィが!」

「貴様、いい度胸だな、犬の餌にしてやろう!」

「やんのかコルァ!」

「ちょ、え、二人とも落ち着いて!」

 アンジェロは銃を取り出し、アルカードは今にも黒犬を召喚しそうになり、至近距離でメンチを切り合う二人を、慌ててミナ達で止めに入る。

「は、伯爵、落ち着いてください!」

「アンジェロ、落ち着け!」

 全員で引きはがして、何とか落ち着く猛獣二人。やれやれ、と全員で溜息だ。

(やっぱこの二人はダメだ・・・似すぎて合わないんだ・・・)


 再会してものの数分でこの有様だ。早くもミナの期待は裏切られた。

 ―――――この二人が仲良くなる日が来るとしたら、いっそ奇跡だな。

 この点については諦めると言う選択肢も考慮し始めたミナであった。


★似たもの同士がいがみ合うのは、自分の欠点を相手に見つけるから

――――――――――美輪明宏

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