拾い上げてやる値打ちもないね、呪われた奴隷の身分のおまえなど
「待たせたな。まずは自己紹介だ。俺が市長、アンジェロ・ジェズアルド。コイツは俺の補佐官兼副市長兼法務担当のクリスティアーノ・インザーギ」
「よろしく」
「で、秘書兼書記のクミル・アドナ」
「よ、よろしくお願いします」
「後は自分で自己紹介よろしく 」
「えぇー・・・」
旅行5日目の夕方、市庁舎の会議室に大集合した吸血鬼達と議員は改めて対面だ。面倒になったのか、市長は自己紹介を丸投げだ。仕方がないので役職を紹介しよう。
財務担当ボニー&クライド
司法担当エドワード、ルカ
アリスト市立学校校長リュイ
統計調査官アレクサンドル、ミゲル
社会福祉担当オリバー
衛兵団長ジョヴァンニ
憲兵団長レミ
技術開発局長ミナ
同副局長クラウディオ
同局産業担当ヨハン
同局環境担当レオナルド
と言った感じで暫定的にアリスト自治区市政委員会が発足された。
因みに議会は裁判員としての司法の権限も持ち、この委員会の提案を議論し議決、そして委員会の監査、つまりは公正委員会としての役割も担う重役である。
「わ、我々がそんな大役を・・・」
一般市民として埋没、どころか虐げられてきたのに、突然自治区の重役に取り立てられたのでは、動揺も無理はない。
そんな議員達にミナは笑って言った。
「大丈夫ですよ。私達だって素人なんですよ。だけど皆さんには市民からの信頼と、信念があるでしょう? 私達もそうです。最初から上手くいくことなんてありませんよ。失敗してもいいじゃないですか。失敗は成功の母って言うし。みんなで頑張りましょう」
動揺は、無理もない。立候補したわけではないのだ。推挙されて、いつの間にか意図せず議員になった。
しかし、アンジェロの提示した条件。誠実、良識、公正、堅実、優秀。その条件に見合う者なら、かつての政権にも当然異議はあるし、自分達なりの理想もあった。
だが、不安だった。ただ使役されるだけの、奴隷と変わらないような生活をしていた自分達にできるはずがない、と。
しかし、ミナの言葉を聞いて勇気が沸いた。失敗しても反省し、また頑張ればいい。アンジェロが言った。努力しろ、と。
何度失敗を繰り返しても、たゆまぬ努力の果てに女神が微笑む。
それは、科学者の間では共通の思想。最早大学教授レベルの科学者であるミナには、失敗と成功と努力を繰り返すことは、日常なのだ。
ミナの言葉を聞いて瞳に希望を宿した議員達に、アンジェロが言った。
「俺らもお前らを信頼する。お前らは栄誉あるこの自治区の初代議員、市民達の代表だ。この自治区の決定権の一つが、議会であるお前らだ。俺達はその決定を無視したりはしない。その良識のある頭と公正な目で判断したものを無駄にはできねぇからな」
アンジェロの公示した公約は以下の3つ。
1・市民の発言、文化、文明、信仰、あらゆる思想の自由を認め、市民の幸福の追求を尊重する。
2・最終決定権は市長、副市長、議会による多数決によるものとする。
3・市民より広く人材を集めそれを育成し、いずれ市民による自治を望む。
これらの公約は、第3次元においては当然なのだが、エレストルでは違った。市民には原則として参政権は認められておらず、幸福の追求どころか思想にすら自由はなく、専制的な独裁であった。
アンジェロ達が独裁してもよかったのだ。それでも政治は上手くいくだろう。
しかし、アリストはアンジェロの支配する町ではあるが、アンジェロのモノではなく市民のモノである。
将来的には市民にも政治に積極的に参画してもらい、自分達の町を自分達の理想通りに作り上げる苦労と努力と、意義を理解させる必要があった。
アンジェロがアリストを支配することは、永遠ではないからだ。
当然ながら議員達はそこまでは考えが及んではいなかったが、自分達に寄せられる期待と信頼、そして責任を理解するには十分だったようだ。
「わかりました。及ばずながら、私達も政治と経済の発展に尽力し、邁進します」
「あぁ、その意気だ。頼もしい限りだな。じゃ、早速だけど。民法についてだけど、火急を要しそうなのは相続、結婚、貸借、不動産・・・」
せっかちなアンジェロのことだ。前置きもなくさっさと始まる第一回目の議会。しかも議題は山盛りだ。
「配偶者を第一親等、子供と親を第二親等、兄弟と孫、祖父母、叔父や叔母は第三親等として、遺言がない場合は第一親等に半分、残りの半分を第二親等で等分、でどうだ?」
「しかし、負債の場合はどうするのです?」
「負債も財産と考えるべきじゃねーか?」
「ですか、高額の場合は遺族が子供立った場合は負担が重すぎます。免除にされては?」
「ギャァッ! ギャァッ!」
「それじゃ債権者が大損だ」
「そうですね。あ、では高額の負債の場合は、返済の猶予を持たせる?」
「ギャァッ! ギャァッ!」
「うーん。そもそも個人の債務に関しては、借入額に制限はつける予定なんだけどよ」
「それならば一般市民の支払能力に応じた額にすれば、免除も猶予も不要では?」
「一応50万にしようと思ってんだけど、どうだ?」
「ギャァッ! ギャァッ!」
「税制にも依りますが・・・」
「ギャァッ! ギャァッ!」
「うーん・・・つーか、うるせーなオイ! なんださっきから!」
「・・・トリですね」
先程からギャァッギャァッとうるさい正体。会議室の窓にデカいトリが停まってけたたましく鳴いている。
「さっきからいるよ、この赤い怪鳥。なに、これ?」
「これは鷲ですよ」
「赤い鷲? 気持ち悪いなぁ」
「気持ち悪いなどと、赤鷲は聖獸と言われているんですよ」
「へぇ?」
窓に佇む真っ赤な鷲。羽を広げれば4メートルはありそうな巨大な猛禽類は、ミナ達にも物怖じすることなく会議室の中に入ってきてけたたましく鳴き、バサバサと羽をバタバタさせる。
「んだこのトリ。ウザッ。殺して焼き鳥にでもするか」
「い、いけません!」
ついには円卓の上でピョンピョン跳ね出したトリにいい加減鬱陶しくなったアンジェロが銃を取り出すと、慌てて議員達がトリを匿う。
しかし、トリを捕まえた議員の一人が、「おや?」と声をあげた。
「どうしたんですか?」
「なんでしょう、書簡でしょうか」
尋ねると議員がトリを持ち上げて足を指差す。見ると、トリの足首にはパピルスがくくりつけられていた。
「わざわざトリに運ばせるってことは、なんか俺らに用があんのか」
そう言いながらアンジェロがトリの足からパピルスを外したので、みんなで覗き込む。
「パピルスだな」
「じゃあ王宮から?」
「わざわざパピルス使うなら直接言うだろ」
「じゃあ誰から? つか俺らに?」
「アンジェロ、開けて」
アンジェロが丸く筒状に巻かれたパピルスを開くと、やはりミナ達に宛てたものだった。その内容に、ミナ達は血色を失うほどに驚愕した。
ミナ達へ
あんた達、早く第3次元に帰りなさい!
あんた達は悪魔にまんまとしてやられてんのよ!
第3次元と第11次元では時間の流れが何倍も違う!
あんた達が旅行に行ってから既に10年以上経過してる!
即刻第3次元に帰りなさい!
つばさ
手紙はつばさから。日本語で、まるで書道家の様に美しい書体は、紛れもなくつばさの字。つばさであれば、アレスやヘルメスもいるのだ。トリを使って書簡を送ることは可能だ。
「そんな・・・ウソでしょ」
だが、その内容は、とてもではないが素直に信じる気にはなれない。しかし、証拠があった。
「・・・そうか、そうか、道理で。人間なのに、つばさのあの若さはおかしいと思ってたんだ。クソッ! そういうことか!」
つばさは若い。ミナと同い年で40を超えている。それなのに見た目は20代にしか見えない。何年も姿形は変わらない。それでも人間であることに間違いはなく、ずっと不思議には思っていた。
おそらく、つばさも第3次元では何年も経過していたのだろうが、こちらで短時間過ごしてしまい、浦島太郎的なことになってしまったのだろう。
その手紙を読んだアンジェロはグシャっと握り潰し、すぐに立ち上がり議員に向いた。
「悪い。緊急事態だ。議会は一時中止だ。暫くしたらまた来る。おい、すぐに帰るぞ。ガキどもも全員呼んでこい!」
「わかった!」
「あ、あの、市長?」
急に殺気立ち慌て出した吸血鬼達の様子に議員も狼狽える。
「あの、ごめんなさい。ちょっと重大な問題が発生して、私達どうしても帰らなきゃ! 必ず戻ってくるから、それまで町のことお願いします!」
「で、ですが・・・」
「お願いします! すぐに戻りますから!」
突然議会を中断され、樹立したばかりの自治区を任されるとなると、当然議員たちも不安に駆られる。しかし、ミナ達の殺伐とした様子と、必死に焦燥に駆られる様子に議員たちもよほどの事態だと察したのか
「行政は何とかします。お気をつけて」
と言ってくれた。
程なく子供たちもやってきて、とるものもとりあえず即第3次元に帰還した。
戻った先はインドの屋敷のサルーン。時間は何時かはわからないが、夜のようだ。すぐにリビングに駆け込むと誰もおらず、シャンティを探した。
すると、ミナ達の声を聞き付けたのか、誰かが階段を駆け降りてきた。
「レヴィ!」
すぐに状況を聞こうと駆け寄ると、ガシッと肩を捕まれ、苦痛に顔を歪め、揺さぶられた。
「ミナ様! 一体どこに行ってたんだ! こんな長い間連絡もしないで! 心配したんだよ!」
「ご、ゴメン、レヴィ! 私達もこんなつもりじゃ・・・」
「何言ってるんだ! 一体何年経ってると・・・僕達がどれほど心配して、父さんと母さんがどんな思いで待っていたか!」
レヴィの口から出た、父さんと母さんと言う単語。動揺は、更に動揺を呼んでくる。
「まさか・・・まさか 」
「僕は、クリシュナだ! ミナ様達がいなくなって、40年以上経ってるんだぞ!」
「40年!? そんな・・・!」
「父さんも母さんもジャイサルもスニルおじさんも、エゼキエル夫妻も、デイヴィス一族も、ミナ様の両親も、もうとっくに死んでしまった!」
「ウソ、ウソ!」
「ウソじゃない! もう、僕しか、ミナ様達のことを知る人間は、誰も生きていないんだよっ!」
「そんな・・・」
「なんで、どうしてもっと早く来てくれなかったんだっ・・・」
ミナの肩を掴んで、クリシュナは涙をこぼす。
視線を横に流すと、43年数字が加算された年号のカレンダー。内装が全く変わった室内。色褪せた集合写真、レヴィにそっくりで、目元だけはシャンティに似た顔立ちの、既に50は越えたであろうクリシュナ。
目の前にある全ての物が、ミナの知る形を留めていない現実。ミナ達の記憶を全否定する。ミナの知らない現実、それは紛れもなく、長い時を刻んだクリシュナの顔や手の皺が物語っている。クリシュナの表情が物語っている。
認められるはずも、認めたくもなかったが、認めざるを得ない、現実。
「もう、いないの、シャンティ達も」
「誰も、いないよ」
「・・・っく、う、あぁ・・・」
ミナもリュイも親の死に目にすら会えなかった。友の葬儀にすら顔を出せなかった。お礼も謝罪も、お別れすらも言えなかった。
何も知らないで、彼らがどんな思いでどれほどの間待っていたかも知らないで、異次元で短い時を過ごし、長い時を見過ごしてしまった。
涙を流し、膝から崩れ落ちたミナ達に、クリシュナは更に厳しい現実を叩きつける。
「みんな、死んだよ。けど、それは天寿を全うした幸福な死ではなかった。父さんたちは仕方ないよ。老衰だったり病気だったり、普通の死だ。でも、ジャイサルやアミンさんはまだ若いのに、どうして死んだと思う? 二人はね、同じ病にかかって死んだんだよ。そして僕も、同じ病に冒されてる」
「病? おなじ?」
クリシュナは座り込んだミナを立ち上がらせ、手を引いてソファーに座らせると、リビングの棚の中から何冊もスクラップブックを取りだし、ミナ達の前に広げた。
「母さんがずっと記事を集めてた。帰ってこないのが、向こうで何かあって、もしかしたら命を落としたのかもしれないって心配しながら、でもきっと生きてる、必ず戻ってくるって信じて、帰ってきた時に、待ってる間のことを伝えるために、ずっと記事を保存してた。途中からは僕が引き継いだ、40年の記録だよ」
分厚く古いスクラップブックは、ゆうに10冊を越えている。その中には新聞のタイトルだけが切り取られたもの、メモ、手紙、雑誌の記事、あらゆる物がまとめられている。
ミナは絶望した。やはり自分は災厄なのだ、と。
アンジェロは後悔した。やはり旅行を許可するべきではなかったと。
二人は悲嘆にくれた。自分たちはあまりにも愚かであったと。恥ずべき奴隷は自分達であったと。
スクラップブックの内容を見て、驚きのあまりスクラップブックは掌から滑り落ちた。
開かれたままバサッと音を立てて落ちたスクラップブック。パラパラとめくれたページには大きな記事が載っていた。
新型ウイルス「エンジェル」の猛威。世界人口20億を下回る
頭がおかしくなりそうだった。ミナも、アンジェロも、自ら命を絶ちたくなった程に。
「世界人口はかつての3分の一以下になったよ。その為に各国の経済、国家も次々に破綻した。病に治療法も全く見つからない。その代わり、世界各国の国が国連に加盟し、一つ残らず核廃絶、永世中立を表明。世界平和は、成立したよ」
願ったのは、世界平和。願ったのは、アンジェロ。願ったのは、ミナ。
願ったために人間は60億人も死んだ。
願ってしまったが為に、ミナ達のために人間は悪魔のばら蒔いたウイルスに淘汰され、絶滅しかけている。
「吸血鬼ごときが調子に乗るからですよ。私は願いを叶えただけ。願ったのは、自分の責任です。自分の人生に責任と誇りを、でしたね。どう責任をとるのか、楽しみです」
運命は、悪魔の掌から何一つ、こぼれ落ちてはいない。
悪魔の嘲笑は、止まることを知らない。
悪魔と契約した者は、どこまで行っても何をしようとも、契約の奴隷なのだから。
拾い上げてやる値打ちもないね、呪われた奴隷の身分のおまえなど
――――――――――ボードレール「悪の華」より「吸血鬼」




