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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第1章 吸血鬼の一念発起
2/96

結婚は必要悪


 電気が復旧した。

 昨日点検に来た業者さんが今日また来てくれて、工事して帰ってくれて、少ししたら電気が点くようになった。

「あぁ良かった。血も何とか無事だし、今日はマハラジャナイト24見れる!」

「・・・・・」

 喜ぶミナとは対照的に、激しく落ち込むアンジェロ。案の定パソコンは壊れてしまったらしく、12年の記録が水の泡になってしまった。

 ソファに座るミナの隣に力が抜けたようにドサッと座り込んだアンジェロは、そのまま体を倒してミナの膝の上に頭を預けた。

 落ち込むアンジェロには悪いとは思ったが、「イヤー! アンジェロに膝枕なんて初めて! 嬉しーい!」と内心大はしゃぎ。思わずニヤニヤしてアンジェロを覗き込んだ。それに気づいたアンジェロはムッとした表情を浮かべる。

「何笑ってんだよ」

「なんでもないよ。ねぇ、またパソコン買えばいいよ」

「買うけどよ」

 アンジェロは相変わらずショックなようで、ミナの膝に顔をうずめる。その様子を少し可笑しく思って、アンジェロにバレないように笑う。

「覚えてる分だけでも書き直せばいいじゃん」

「や、もういい。もうイヤだ」

 完全に拗ねている。

 ―――――これだから完璧主義は。完璧にできないとなると途端にやる気失くすんだから。

 メソメソ言うアンジェロをしょうがないなぁ、と髪を撫でてみる。色素を失った髪。淡い金色の少し太めで堅めの髪質。目に掛かる位の長さの前髪を横に流して、目を開いたアンジェロの金色の瞳と視線がかち合う。くっきりした大きな輪郭に縁どられた、猫のような金色の瞳。

 何となくアンジェロの目を見つめながら髪を撫でていたら、急に髪を撫でていた右手を取られて、少しだけ体を起こしたアンジェロは手を掴んだ左腕の肘をついて、少し下の目線の位置でミナを見上げた。

「キス」

 しろよ、ってことなのかな。そう言ったアンジェロは掴んだミナの手に指を絡ませて、と言うかもう、視線が「さっさとしろ」と言っている。

 何故急にそんな気分になったか意味不明ではあったが、「いつも急だ」と考えるのを諦めた。アンジェロはいつも感情を表現したがらない。恋愛方面においては特にその傾向は顕著で、アンジェロの感情の機微を読み取るのは、ミナであっても容易ではない。なので、ミナはアンジェロの感情が急激に変化したと思って、そのスピードについていけないのだ。考えるのを諦めたミナは、渋々空いてる左手でアンジェロの頬に触れて、唇にキスをした。

「あ、んんっ」

 唇が触れるだけのキスをしてすぐに離れようとすると、アンジェロに頭を引き寄せられて、またキスをした。強引に唇を割って入ってくる舌の感触に、いつも通りポワッとさせられる。

 何度も何度も唇を重ねて深く絡まる舌にドキドキしてきて、やっとのことで解放されて目を開けると、いつもの様にアンジェロはニヤリと笑う。

「顔、赤いぞ」

「うるさいな」

 ミナの返事を聞いたアンジェロはどうもご機嫌を回復したようで(基本単純である)満足そうに笑い、また膝の上に頭を預けて、お腹に優しく触れた。

「赤ん坊、今どのくらいの大きさなんだろうな」

「出産に掛かる期間が人間の6倍だもんね。人間なら3か月目に入った辺りかな」

「じゃぁまだ全然だな」

「そーだねぇ」

「早く見てぇな。子供」

 そう言ってミナのお腹を撫でて見つめるアンジェロの目は優しさに満ちて、ミナの視線に気づいたアンジェロは優しい目のまま優しく笑い、腰に腕を回して、優しい笑顔のまま静かに目を閉じた。

 アンジェロは普段、そんな表情で笑う事は滅多にない。だが、アンジェロがそう言う笑顔で笑いかけてくれるのはミナだけだということはミナ自身もわかっているので、本当に本当に嬉しく思う。そうやって笑いかけられる度に舞い上がるほどに嬉しくて、その度に前よりもっと好きになる。特別に思う人から特別な笑顔を向けられて、特別に想われている。

 ―――――私って幸せ者。

 アンジェロの髪を撫でていたら、「触んな、うぜぇ」と手をはたかれる。それにちょっとムッとしたものの、健気にも我慢してアンジェロの肩に手を置いて見つめていると、しばらくするとアンジェロは目を瞑ってたせいか眠ってしまったようで、静かに寝息を立て始めた。

 ―――――アンジェロって寝顔は可愛い。寝顔なら名前負けしてないのにな。

 そう考えたら可笑しくなってきて、小さく笑った。


 しばらくそうしていたら、部屋にノックの音が響いて、その瞬間アンジェロはパチリと目を開けてガバッと起き上りそのまま立ち上がって、ドアを開けに行ってしまった。

 膝枕されて眠ってるのを人に見られるのがそんなに嫌だったのか、とちょっと残念に思ったが、アンジェロだししょうがない、とさっさと諦めた。

 入って来たのはクリスティアーノで、二人でデスクの方に向かうと何やら難しそうな顔をして話を始めた。

「どうしたの?」

 ソファから問いかけると、「別に」と返事が返ってきて、それにちょっとムッとしていると、代わりに笑いながらクリスティアーノが返事をしてくれた。

「銀の手配だよ」

「銀? って銃弾用?」

「そう。鋳造はシャンティの提携会社に頼んであるから、採掘業者に交渉に行ってたんだよ」

「なるほど。でもただの銀じゃ効かないでしょ? 法儀とか必要じゃないの?」

「あぁ。俺たちじゃ教会にも近づけないからな。けど俺らも一応聖職者だし、儀式くらいはできる」

「ええ? でもさぁ、みんなも一応吸血鬼なんだし、そんな儀式してみんな大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないか。祝福とかの神の奇跡を拝借するわけじゃないから」

「ふーん?」

 ミナにはよくわからない。ミナは聖職者ではないので、儀式や神学における意味合いや、何が神の奇跡で、何がそうでないのかもさっぱりわからない。結局自分が使うわけでも儀式するわけでもないので、銀についての考察はすぐに諦めた。

 ―――――ていうか、もう。別にアンジェロ普通に説明してくれたっていいのに。面倒だからって別にとかって適当にはぐらかして。全くもう。

 冷たい男だ、とミナは思うが、厳密には冷たさとは若干違う。ただアンジェロは公私をキッチリ分けるタイプなだけであって、仕事(現在においてはエクソシスム)に関しては鬼のように厳しく、スイッチが入ると仕事以外のことを考えたくはないのだ。

 ちょっと拗ねてソファに寝っころがってると、その間も二人は何やら難しい話を展開していた。全く相手にされないことにいよいよ不満は募る。

 ―――――もう、さっきまでアンジェロ独り占めしてたのにクリスに取られた! つまんない。つまんないー!

 とんだ我儘娘。何も悪くないのに一方的に非難されたクリスティアーノが気の毒である。人間社会に生きていたら間違いなく恋人に「仕事と私とどっちが大事なの」と迷惑極まりない質問をぶつけるタイプだ。

 体を起こしたミナは、相手をしてもらおうとデスクのアンジェロに向いた。

「ねぇ、アンジェロ」

「うるせぇ、後で」

 ―――――読まれてた・・・・・ていうか、冷たいよ! もう!

 結局より一層不貞腐れる羽目になって、ソファで足バタバタさせていると、その様子を見たクリスティアーノに笑われた。

「ミナは甘えん坊だな」

「甘えん坊じゃダメなの?」

「アンジェロにはそのくらいがちょうどいいんじゃないか」

 思わずその返事にムッとした。クリスティアーノの言い分と現状がミスマッチだからだ。

「その割には相手してくんないもん! さっきからクリスは相手してくれんのに、アンジェロはほったらかしだし! もう!」

 その言葉に思わずアンジェロとクリスティアーノは顔を見合わせて、ミナの言葉で“秘密”の裏側に思わず納得してしまった二人は、気まずそうに視線を逸らす。ソファでジタバタ暴れているミナは二人の様子には気づかない。勿論、ミナとクリスティアーノの“秘密”をミナ本人は知らないので、その様子を見ても気づくことはない。ミナに比べればアンジェロもクリスティアーノも相当分別はある方なので、ミナには一生隠し通すことにしているのだ。

 とうとう、状況にたまりかねたクリスティアーノは書類をまとめ始める。それに気づいたミナが顔を上げると、クリスティアーノは愛想笑いを浮かべて

「俺用事思い出した。じゃ」

 そう言ってそそくさと部屋を出て行った。部屋から出たクリスティアーノは思わず頭を抱えてしまった。人間だったら胃に穴が開くな、と考えつつ、必要以上にミナに近づかないことにしようと決めて、トボトボと部屋に戻っていった。部屋から出るクリスティアーノを見送ったミナはアンジェロに向いた。

「クリス、どうしたの?」

 ミナの発言のせいなのだが当然ミナは知らないので、この質問も当然だ。だが、当然ながらアンジェロには気分のいいものではない。勿論返事は悪辣だ。

「うるせぇよ、ビッチ」

「誰がビッチよ!」

「うるせぇ、バカ」

 突然の不当な非難(アンジェロには正当)にミナは大いに憤慨した。

 ―――――意味わかんないんだけど! 意味もなくムカつかされたのはこっちなのに、なんでアンジェロ機嫌悪そうにしてんの! 私がつまんないってゴネたのが、そんなに不服だったわけ!?

 そうと言えばそうであるが、ミナとしては不当な文句を言われてブス暮れる。アンジェロは溜息を吐いて立ち上がって、隣に腰かけてきた。それでいきなり抱きしめられたが、それでもなおアンジェロは溜息を吐いてる。

 ―――――一体どうしたんだ、この男。

 この男はミナに一瞬キレたものの、脳内会議によって反省することにした。記憶を消していた間、自分のせいで淋しい思いをさせてしまったがために招いた事態だと。孤独を恐れ、人がいないと生きられないミナはとことん甘えん坊なのだと気づいて、同時に改めてその危険性に気付いた。

「ハァ、お前本当甘えん坊だな」

「ダメ?」

「ダメじゃねーけど、誰にでも甘えんな」

「誰にでもは甘えないよ」

「ウソ吐け」

「ウソじゃないもん」

「ハァ、全く・・・お前は本当、しょうがねぇな」

 ウソではないが、“秘密”を知っているアンジェロからしてみれば「ウソ吐け」である。しかしそれを言ってしまっては元も子もないので、我慢するしかない。哀れな旦那である。

 一方ミナは何に呆れられているのか全然わからない。抱きしめられてる以外の点については依然として不服ではあったが、アンジェロはそれ以上何も言わないし、諦めて大人しく抱っこされていた。

 しばらくしたらアンジェロは髪を撫でながら言った。

「もうお前を淋しがらせたりしないから。傍にいるって約束はちゃんと守るから、誰にでも尻尾振るなよ」

 その言葉はミナには素直に嬉しかった。嬉しいのだが、その言い方が信用されていないような気がして、実際事実がある以上信用されていないわけなのだが、当然ミナは不服に思う。

「誰にでもは尻尾振らないもん」

「振るだろ、昔っから」

「そんなことないもん」

「ある。クリシュナさんと結婚してたくせに伯爵に媚びて、ジュリオ様にまでいい顔して、俺に纏わりついてたじゃねーか」

 ―――――うっ。否定できない。

 思わず黙り込む腕の中のミナに、続けてアンジェロは畳み掛ける。

「お前のそう言うのを八方美人つーんだよ」

「・・・・・」

「しかもお前は男をナメてる」

「ナメてないよ」

「ナメてる。男ってのはバカな生き物だから、お前がそう言う態度取ると、すぐ勘違いすんだよ」

 実際アンジェロの読みは的確である。ミナは誰にでも愛想を振りまく。この上この異常な男女比率の特殊な環境だ。アンジェロにしてみれば気が気ではない。ミナを淋しがらせた自分にも当然責任はあるが、ミナにももう少ししっかりしてもらわなければ、事故を防ぐことはできないと考えての事だったのだが、アンジェロの痛切な願いとは裏腹に、能天気にもミナは喜んだ。そして、ちょっと湧き上がる悪女魂。

「アンジェロも勘違いしたんでしょ」

「・・・幾度となくな」

 その返事に心の中でバンザイしたミナは、浮かれたまま続けて尋ねた。

「例えば? 例えば?」

「お前すぐベタベタするし、気安く好きとかカッコいいとか言うし、そりゃ勘違いするだろ」

「ヤッター!」

「なに喜んでんだバカ。だから、誰にでもそう言う事言ったりしたりすんなよ」

「うん! しなーい!」

「・・・・なんか信用出来ねぇんだけど」

 つい喜びを表現してしまって怒られたが、強者は尻尾を振るのをやめない。相変わらずアンジェロは「全くお前は・・・」と言いながら溜息を吐いてる。実に気の毒な旦那である。

 ―――――さすがに私だって誰にでも好きとかカッコいいとか言わないよ。アンジェロだから言うんだよ。まぁ、付き合う前は誰にでも言ってた気がしなくもないけど。

 一応多少は自覚があったようで、昔の事を振り返ってみて、そう言えば誰にでも軽々しく言ってたな、とちょっと反省をしてみた。

「レミは美少年だし紳士だね」

「ジョヴァンニはこっちの方が似合っててカッコいい」

「クリスって大人で優しいね」

「アンジェロのこと頼りにしてる。大好き」

「クリシュナ以外考えられない」

「ジュリオさんの爽やかスマイルには癒されますねぇ」

「私が一番信頼してるのはアルカードさんですよ! 別格ですよ! 格別とも言いますよ!」

 思い返してみて、自分のビッチさに若干引いた。

 ―――――確かにこりゃビッチって言われてもしょうがないかもしんない。いや、でもやっぱビッチはヒドイよね。その時は素直にそう思ったからそう言っちゃったんだもん。

 結局は開き直る。

「いくらなんでもビッチはヒドくない?」

「でも悪女の称号は欲しいままにしてんだろ。周りから愛されて甘やかされて、大した悪女だな、お前は」

「・・・・」

「否定できねぇのかよ。全くお前は、本当しょうがねぇな」

「でもでも! 私が今一番好きなのはアンジェロだよ!」

「ハイハイ」

 ―――――くそぅ、信用されてない。

 当然である。ふと、昔アルカードに言われたことを思い出した。

「そう言えば、昔アルカードさんに「お前ひょっとして悪女か」って言われた」

「やっぱりな」

「でもその後すぐに「いや、ただのバカか」って言われた」

「間違いねぇ」

「間違いなくない!」

「間違いねぇよ。お前バカだから」

「バカじゃないもん!」

「バカ。バカだから誰にでも愛想振りまいて散々振り回して、挙句に勝手にやってろってスタンスとれるんじゃねーか」

「それは別にバカなせいじゃないもん」

「バカじゃなかったらワザとやってるってことになるけど?」

「ワザとじゃないよ!」

「じゃぁバカに確定だろ。バーカ」

「くっ・・・」

 ―――――くっそー! やっぱ勝てない! 腹立つけど反撃の言葉が思い浮かばない! 悔しい!

 悔しがるミナだったが、アンジェロの方が余程悔しい思いをしている。そんな事とは露知らず、相変わらず抱きしめられてヨシヨシされたままだったが、腕の中でイライラしていると、アンジェロがホールドを解いて、押し倒された。

「なに?」

 覆いかぶさってきたアンジェロが、ミナの頬を撫でて笑う。

「お前バカだけど・・・・・」

「なに?」

 つくづく愛妻男のアンジェロは、ミナに反省が足りていないのが分かってはいても、バカな嫁が可愛くて仕方がないのだ。クリシュナがラジェーシュにあてた手紙にも、「そういうところが可愛い」と書いていたが、どうも同類の趣味のようだ。結局のところ、クリシュナもアンジェロも、手のかかる犬の面倒を見るのが楽しくて可愛くて仕方がないのだ。それはそれで困ったものだとも思えるが。

「なんでもねぇ」

「なに? 気になるよ」

「なんでもねーよ」

「気になる!」

「うるせぇ、もう、黙れ」

「ん・・・・」

 いつも一方的に口を塞がれる。黙れと言われて、キスで。でも、ミナは全然イヤだとは思わない。素っ気ない態度とは裏腹な、激しくとろけるようなキスに、すぐにポワッとなる。唇を離したアンジェロは首筋にキスをして、首筋をなぞるように舐めあげて、ぞくぞくしてきて気持ちが良い。もっと、もっと、もっとして。心の中でそう言って。

 アンジェロはミナを調教すると言って、ミナはまんまと調教されたようで、最初にどれだけ嫌がる振りをしても、すぐに思う。もっと、もっと。

「は、あっ、あ」

「エロい顔」

 ―――――恥ずかしい。

「そんな顔、してないっ」

「してる。もっとして欲しいんだろ」

「ちが・・・んっ」

 ―――――違わないけど。恥ずかしい。

「して欲しいんなら、お願いしろよ」

「やっ・・・」

 ―――――イヤじゃないけど、そんなの、恥ずかしくて言えない。

「あっそ。じゃ、おしまい」

「はぁ・・・っ」

 ―――――やだ、やめないで。いつもそう言う意地悪をする。

「もの欲しそうな目しやがって」

「してないもん」

 ―――――してるのかな、恥ずかしい。

「そんなに気持ちよくして欲しい?」

「違うもん」

 ―――――して、もっと。

「しょうがねぇな・・・なんだ、スゲェ濡れてるぞ」

「あっ、やだっ・・・」

 ―――――恥ずかしい。なんでそう言う事言うの。

「心配すんな、中には入れねぇから」

「んっ、あ、あっ、あぁっ」

 ―――――私ってダメな女。すぐにどうでもよくなってくる。何も考えられなくなっちゃう。

「オラ、もっと足開け」

「ハァ、んっ」

「いい子。いい女だな、お前。従順で、淫乱で」

「ッ違うっ、あ、あぁっ」

「フン、悦んでんじゃねーか」

 ―――――もう、どうしてわかるの。恥ずかしい。

 いつもアンジェロはミナの羞恥を掻き立てる様な事をして、恥ずかしがらせて、恥ずかしいことを言わせようとする。でもすごくぞくぞくして、ドキドキして、ミナは悦んでいる。

 昔、アルカードにお仕置きされると、たまにクライドに言われた。

「お前スゲェドMだな」

 ―――――そうなのかもしれない。

 アンジェロに色んなことをされて、色んなことをさせられて、飼い馴らされている。ミナを飼い馴らして、アンジェロは愉しそうにして、ミナを悦ばせてくれるから、ミナは礼をする。

「もっと奥まで咥えろ」

 命令されたら、自分からしてるわけじゃないと言い訳が立つから。

「ッ、お前、上手くなったな」

 アンジェロが褒めてくれるから。

「ハァ、スゲェ気持ちいい」

 アンジェロが悦んでくれるから。だからもっと頑張らなきゃ、アンジェロを悦ばせてあげなきゃと思って、どう考えてもアンジェロにそう言う風に調教されているのだが、アンジェロが気持ちよさそうな顔をしているとすごく嬉しいから、アンジェロの思惑通り飼い馴らされる。

 終わったらいつもアンジェロはたくさんキスをしてくれて、普段は言わないのに可愛いとか、愛してるとか、たくさん言ってくれる。それがミナには凄く嬉しくて、いっぱい甘えさせてくれていっぱい甘やかしてくれるから、こういう時ミナはアンジェロの犬に成り下がる。

「アンジェロ、お風呂入る?」

「入るけど、一緒には入らねぇぞ」

「なんで?」

「なんでってお前、むしろお前がなんでだよ。誘うな」

 全く気の毒な話である。断るアンジェロの身にもなってやったらいいものを、ミナはなおも食い下がる。

「別に誘ってないもん。いいじゃん別に」

「誘ってる。ハァ、なんでお前はいちいち俺を煽るような真似すんのかねぇ」

「してないもん」

「してる」

「違うってば。もう、一緒に入ろ?」

「ったく、しょうがねーな。この甘えん坊が」

「えへへ」

「なに喜んでんだよ」

 ミナが甘えん坊なのはアンジェロのせいである。アンジェロがいちいち甘やかすのでつけあがる。アルカードのスパルタ教育によって培われた謙虚さは、なんだかんだ甘やかすアンジェロのせいですっかりナリを潜めてしまった。アルカードが帰還してこの様子を見たら嘆くこと請け合いだ。

 しかし、ミナにとって都合がいいのは、信頼してるけどメチャクチャ怖いご主人様よりも、性悪だけど甘やかしてくれる旦那様の方が当然都合がいいので、そちらになびく。

 ―――――アンジェロは結局いつも私のお願いとか我儘とか、いつもブツブツ文句言いながら、結局聞いてくれるもんね!

 何とも打算的である。しかしクリスティアーノ達はそれを恋の奴隷と言っているが、アンジェロは素直に言う事聞くわけでもなく、大概どこかで「見返り寄越せ」としっぺ返しが来るので、ミナはおあいこだと思っている。アンジェロは魂まで売り渡しているというのに、それでおあいこだとしたら実に不公平であるが、アンジェロがそれで満足してしまっているので、恋の奴隷解放宣言が発令されることはないといっていい。


 この部屋は主人の部屋なので寝室の隣に浴室も併設してあって、一人きりもしくはアンジェロと二人きりで入れる。バスタブにお湯を張りバラの入浴剤を入れて、アンジェロに後ろから抱っこされながらお風呂に浸かるのがミナのお気に入りである。たまにアンジェロは後ろで深ーい溜息を吐いているが、その理由は勿論ミナもわかってはいるものの知らんぷりしている。何度も言うが、気の毒な旦那である。

「ねぇねぇ、もうフランスのホテルとった?」

「とった。また山姫さんに頼んだ」

「じゃぁまた一流ホテルだ!」

「そう。ホテルのレストランがウリなんだと。ディナー食う?」

「うん! うわぁ、一流のフレンチなんて楽しみ!」

「お前に一流の味わかんの?」

「わかるよ! 失礼ね!」

「どーだかねぇ」

 ―――――失礼な。でもテーブルマナーちょっとお勉強していかなきゃ自信ないかも。

 アンジェロはいつもそう言う意地悪を言ってミナをからかって遊んで、すごく楽しそうにしている。それはすごくムカつきはするが、ミナの為に綺麗なホテルを取ってくれたり、ディナーに連れて行ってくれたり、色んな所に連れて行ってくれたり、前に二人で約束した通り、たくさん楽しい思い出を作ろうとしてくれて、ミナにはそれがとても嬉しい。

 アンジェロは強くて一人で何でもできるし、ミナの我儘もお願いも何でも聞いてくれて、ミナが甘えても甘えさせてくれて、すごく頼りになる存在である。一応ミナもいつも甘えて頼ってばかりで、たまにそれでいいのかな、と思う時もある。あるんだが。

「お前あっち寒いからちゃんと防寒しろよ。コートとかもちゃんと用意して、雪降ってんだからヒールの靴履くなよ。あぁ、つばさ達とちゃんと連絡取っとけよ。今度は忘れんなよ。それと、お土産買うなら今のうちにリストアップしとけよ。お前の事だから現地行って忘れんだから。それから・・・・・」

 アンジェロは口うるさい。

 ―――――色んな意味でアンジェロに信用されてないんだと思うけど、もう、うるさいなぁ。

 アンジェロはお節介だし、クリスは私が甘えん坊でいいって言ってたから、まぁいっか、ということになる。

 アンジェロの小言を聞き流していると、急にパシャッとお湯の中から手が出てきて、顎を掴まれてアンジェロの方を向かされた。

「テメェ、聞いてんのか」

 いつもの事なので上の空だったのはバレバレである。

「き、聞いてます」

「ウソ吐け!」

 ―――――ウソです。聞いてなかった。ごめんなさい。

 ミナの様子を見て、アンジェロは後ろでまたしても深い溜息を吐かされる。

「ったくお前はよぉ、昔っからよぉ、俺の話つーか人の話、全然聞かねぇじゃねーか。だからお前トラブルの申し子なんだぞ」

「アンジェロだって人の話聞かないじゃん」

「お前に言われたくねーよ!」

「ちょ、もう、うるさいよ」

 ―――――もう、うるさい。アンジェロは私が文句を言うと、けたたましく吠える室内犬みたいだって言うけど、アンジェロが文句言ってる時は、フギャーって威嚇してくる猫みたいだなぁ。

 一瞬で全く関係ない明後日の方向に発想が転換してしまうところは、いっそさすがである。が、犬キャラ猫キャラに分けるとしたら、アンジェロは間違いなく猫キャラである。


 ―――――アンジェロって猫にソックリ。

 基本一人が好きで、塀の上を歩いてるのを見かけてミナに気付いたらしばらくじっと見て、すぐにプイっとして歩き出す。呼んでもまともに返事もしないで知らんぷり。必要以上に触ると引っかかれて、かといってほったらかしてたら膝の上に乗ってきて、それで触ったら噛みつかれて、見てるだけなら大人しくしていてくれる。

 褒めて欲しくて変な努力をして、褒めてやったらやったで偉そうにする。「餌取ってきた!」と見せびらかしに来て、「くれるの?」と手を伸ばしたら「俺のモンに触んな」と猫パンチ。ちょろちょろ動く物を見ると即座に飛び掛かり、散々遊んでやってもすぐに飽きてポイ。その後は見向きもしない。

 餌を寄越せとうるさく鳴いて、渋々あげても半分も食べないで残す。その割にお気に入りの餌は「まだ食うのかよ」と思うほどお代わりをねだる。近寄ると威嚇するし、たまにすり寄って来たと思って撫でたら猫パンチ。

 ―――――なんて気難しい。

 気難しいし、自己中だし、うるさいし口うるさいし、意地悪だし、冷たいし、鬼畜だし、なんでアンジェロを好きになったのか、ミナはたまに疑問に思うのだが。


 結論としては、ミナは猫派ということで。



★結婚は必要悪

「結婚は子孫を残すための世俗的な必要悪」というキリスト教の教えからできたイタリアのことわざ。ちなみに離婚はタブーという考えが根強く残る



☆登場人物紹介☆

クリスティアーノ・インザーギ

アンジェロの副官的存在で、幼い頃からの親友。

大人で落ち着いていて常に半笑いを絶やさない。

人に対してサイコメトリック(触った者の思念を読み取る)能力を持つ。その能力とミナとの間にできた関係はアンジェロと一部を除いては“秘密”にしている。

“秘密”のせいで最近アンジェロと少し気まずいが、アンジェロが普通にしてくれてるので近頃いっそうアンジェロラブ。

口癖「ハッハッハ」いつも笑ってる。


クリシュナ・エゼキエル

故人。ミナの初代旦那。

博識で愛妻家で人格者。みんな紳士だと思っていたが、2で意外と紳士じゃなかったことが発覚。それでも本当のクリシュナは聖人並みだった。

彼が面倒見た少年(現在はオッサン)と家族ぐるみで交流中。彼がいなければミナは生き残れなかったし、少年も生きてはこれなかったので、二人の中ではすでに神格化している。

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