男は無我夢中で快楽に屈してしまうものである
市中散策から戻り、ひとっ風呂浴びた後宮の中を徘徊するミナ。
―――――そうよ。これは探検よ。決して迷子になってるわけじゃない。
迷子である。
宮に戻り、城下でのことでアンジェロに軽く説教された。
「お前あんま軽率なことすんなよ。気持ちはわかるけど、この国にはこの国のルールがあんだから」
「わかってるよぉ」
「お前が助けたくたって、お前が何しようが支配者が変わる位の事が起きなきゃ状況は変わらねぇよ。むしろ悪化することだってあるんだぞ」
「んもぉ、気を付けるってばぁ」
「大体お前が止めに入ったってな、見せしめや報復を恐れる民衆はお前の味方にはならねぇぞ。余計なことをするなって野次を飛ばされるだけだ」
「・・・わかってる」
「アイツらだって好きで服従してるわけじゃねぇだろ。けど、死ぬくらいなら屈辱に耐えた方がマシだろ。普通、誇りよりも生存の方が重要だからな」
「・・・」
「無関係の奴が出しゃばったって、その場凌ぎにしかならないなら迷惑以外の何物でもねぇよ。余計な世話焼いたっていい事ねぇぞ。アイツらにもお前にも」
「・・・うん」
そんな感じで説教され軽く落ち込み、反省したところで風呂に入りに行ったのだが、行くときはアンジェロと行ったからいいものの、風呂の中で考え事をしている間に待ちくたびれたのかアンジェロは先に上がって出てしまったようで、渋々一人で部屋に戻ろうとしたらこの有様だ。
―――――この宮広すぎなんじゃい!
宮のせいではない。ミナの部屋からは階段を下りて一度しか曲がらない。しかしミナは曲がる角を間違えてしまった。そこからどんどん迷子に誘われている。心なしかどんどん人気が無くなっていっている気もする。
―――――もー、ここどこ?
そしてなぜか階段を下りる。上れ、上るんだ、ミナ。お前の部屋は上階だったはずだ。
天の声のアドバイス空しく階段を下りると、少しカビのようなにおいが鼻につく。部屋に掲げられるプレートを見ると書庫の様だった。その回廊には書庫が連なっていて、廊下中に古い匂いが充満している。いつの間にか執務殿に出てしまったようだ。
―――――誰もいないなぁ。
執務の時間は終わってしまったのか、書庫と言っても執政官や文官たちの姿は見かけない。人の気配も全くしない。
―――――就業時間が終わった会社みたいだな。
まさしくそんな雰囲気だ。しかしミナとしては千載一遇のチャンスとも言える。
―――――悪魔の世界の書物、はいけーん!
迷子になったことは忘れたようだ。許可されたわけでもないので、一応周囲を警戒しつつ、音を立てないよう組織を分解して壁をすり抜けて書庫に侵入した。
書庫の中は本好きなら眉唾物の光景だ。高い天井すれすれまで作りつけられた本棚にびっしりと本が詰まり、所狭しと立ち並ぶ書架に脚立がいくつも備え付けられて、溢れた本が床にも積み上げられている。
―――――何ここ! 住みたい!
興奮したミナは思わぬ願望を抱いた。
―――――でも地震が来たら死ぬかな。でも、ここで溺死したら楽しそう。
本に埋もれて死ぬのを溺死と呼ぶのが正解かは定かではないが、本人は本望のようだ。
興奮しながら本棚を眺めて歩いていると、書庫の奥から声が聞こえた。
―――――あ、ヤベ! 人がいる!
慌てて本棚の陰に隠れて、どうしようか思案し始める。人がいるのならここで読書をするのは止した方がいい。国家機密などを置いているなら侵入すらも咎められる。諦めるのは非常に残念だが、ここは退却すべきであろう。
そう言う結論が出て去ろうとすると、その声は話し声ではないことに気付いた。
「んっ、あん」
思わず退却の足を止めたミナ。
―――――きゃー! オフィスラブ!
わざわざこんな所で逢引するくらいだ。禁断の愛に違いない。つい好奇心がうずいた。
―――――メイド魔女さんとネビロスさんとか!? まさかジュノ様とか!?
わくわくしながら本棚の影からそうっと顔を出して、ラブの正体を覗き見た。本棚と本棚の間の隙間の道で、服を肌蹴た魔女が大きく足を上げている。その足を持ち上げて、息を荒げていたのは、まさかの、アンジェロ。
―――――え、ウソ。ウソ。ウソ!
慌てて再び本棚の陰に隠れた。
―――――え、あれ、なにこれ。あり得ない。なにこれ。なにこれ。どういうこと? あ、でも見間違いかも! そうだよね! いくらなんでも、いくらアンジェロだからって!
自分に言い聞かせ、もう一度覗いて見る。
―――――やっぱりアンジェロー!!
やっぱりアンジェロだった。再び本棚の陰に隠れて、激しく悩む。
―――――どどどどどうしよう。私どうしたらいいの。あわわわ、見なきゃよかった。
パニックのあまり怒るどころではない。しかし悩むミナをあざ笑うかのように、魔女の声が耳に着く。
―――――もう聞いてらんない! 出よう!
結局この場から退散すると言う選択を取ることにして、もう一度見つからないように確認しようと覗こうとすると、ウッカリ近くに積み上げられていた本の山を蹴飛ばしてしまった。
「あ! ヤバッ!」
咄嗟に手を伸ばして、何とか山の倒壊は免れたが、致命的なミスを犯してしまった。
「あ!?」
「あ!」
本の倒壊を防ぐ為に思い切り姿を現した上に、声まで上げてしまった。当然見つかる。硬直してしまった為に結局本の山は倒壊し、静まり返る3人とは裏腹にバサバサと音を立てて崩れる。
「あ、あ、あ、あ」
狼狽えるミナの様子に、当然アンジェロも青ざめる。
「あ、いや、違うんだよ」
その言葉に、狼狽は一瞬で落ち着いた。この状況で一体何が違うと言うのか。
「違うって、なにが?」
「いや、あのね? 違うんだって。聞いてくれる?」
そう言いながらアンジェロはベルトを締めている。さすがのミナもそれにはブチ切れた。すぐ傍にあった本棚を持ち上げ、思いっきり浮気者に向かってブン投げて、
「何が違うんだ! この全身生殖器!!」
と吐き捨てて書庫を飛び出した。
ただでさえ迷子になっていたミナだ。どこをどう走ったのかはさっぱりわからない。気が付いたら宮の裏庭に出ていた。
裏庭には得体のしれないショッキングピンクの竜胆に似た花が咲き誇り、鼻につく芳香が漂う。余計に気分が悪くなって、裏庭を抜けると木立があって、そこに泉が湧き出ていた。
なんとなくその泉の前に設えられた大理石のベンチに座り込んで、膝を抱いて膝に頭を付けた。
―――――いくらなんでもヒドイ。旅行中なのに。そりゃ、アンジェロはいつかはやるとは思ったけど。
様子を思い出して、悲しくて悔しくて泣きたくもないのに涙が勝手に出てくる。どう見てもあれは
「魔女に誘惑されて、堪らずヤッちゃいました!」
と言った風だった。何も旅行中に浮気することはないのに、魔女もそうだが、節操のない男である。
しばらく泣きながら考えていると、悲しみは徐々に怒りに変わってきた。
―――――あぁそうだ。殺しちゃおう。
怒りを通り越して殺意が芽生えたようだ。
―――――そうだよ、もうそれしかないよ。アンジェロは私が浮気したら、浮気相手と私を殺して自分も死ぬって言ってたもん。じゃぁ私もそうしようじゃないの! 私は死なないけどね!!
そう言う結論に至ったものの、やっぱり悔しくて悲しくて、涙は未だに止まってくれない。浮気をされるなんて人生初で、本当はどうしたらいいのか、自分がどうしたいのかもよくわからない。ただ、ただ、裏切られたことが悲しい。
―――――私だけって言ったのに・・・・・
そうして泣いていると、後ろでカサリと足音が聞こえた。それでアンジェロかもしれないと思い、思わず身を強張らせていると、足音の主はミナに気付いたようで、ミナの方向に足を向けて歩いてきた。
「ミナ?」
声はアンジェロではなかった。振り向いて見上げると、そこに立っていたのはクリスティアーノ。
「泣いてるのか? どうかした・・・!」
「うっ、うえぇ・・・」
「ミナ・・・?」
咄嗟にクリスティアーノに泣きついて、クリスティアーノは狼狽えつつも泣き出したミナの頭を撫でてくれた。それに堰を切ったように涙が溢れ出てきて、自分でも泣くことを制御できない程に嗚咽を漏らし、声を上げて泣いた。
しばらく泣いていると、涙と共に少しずつ落ち着いてきた。それを見計らっていたのか、どうしたのか、とクリスティアーノが尋ねた。
―――――どうしよう。誰かに相談したいけど、クリスに話していいのかな。でも、クリスはアンジェロと仲良いし、話しちゃってもいいのかな。
悩んだ挙句、書庫で見たことを話すことにした。話を聞いて、クリスティアーノはかなり驚いた。
「アンジェロが? ウソだろ?」
「ウソじゃないもん。アンジェロだった」
「あのアンジェロが? あり得ねぇ・・・」
「あり得なくないもん! アンジェロだったもん! ていうかアンジェロだもん! 絶対いつかやると思ってたよ、あのスケコマシ!!」
「ご、ゴメン、落ち着け」
興奮するミナを必死に宥めるクリスティアーノだったが、相変わらず訝しげに悩んだ顔をしている。
―――――あのアンジェロが浮気? あり得ないよな。以前ならまだしも、今は絶対あり得ない。浮気するくらいならアイツ、自殺するぞ。
クリスティアーノにしてみれば信じ難い話であるが、実際にミナが目撃してしまった以上は事実である。
「アンジェロ、私の事愛してるって言ってたのに、後にも先にも私だけって言ったのに、信じらんない。そんなひどいウソ吐くなんて・・・・こんなの、ヒドイ」
それが事実かどうかはさておいて、目の前で泣いて悔しがり傷つくミナを放っておくわけにもいかない。
結局また泣き出したミナはクリスティアーノに泣き縋ってしまった。クリスティアーノはクリスティアーノで、アンジェロの浮気は未だに信じられないが、ミナが見間違えるはずがないし、どうしたらいいかわからない。
「俺からアンジェロに話してみようか?」
その提案を聞いて、少しだけ落ち着いた頭で考えてみた。
昔からの親友であるクリスティアーノはアンジェロの昔のこともよく知っているし、信用に足る人物だ。が、アンジェロの事だ、のらくらと言い訳をして言い包める可能性もある。それでクリスティアーノがうっかりアンジェロの味方に回ってしまっては元も子もない。
「ううん、いい。自分で話す」
「大丈夫か? 俺も一緒に行こうか?」
「ううん、決着は自分でつける」
「え、け、決着?」
涙を拭いて立ち上がったミナは、クリスティアーノを見下ろして強く宣言した。
「もうあんなダメ男とは離婚する!」
「えぇ!? ちょ、本気!?」
「本気! ついでに再起不能にしてやるわ!」
「え、ちょ、待て待て! 落ち着け!」
「落ち着いてられるか!」
「待てって!!」
すぐさま走り出そうとするミナを咄嗟に捕まえるクリスティアーノ。この勢いなら本当に殺しかねない、とクリスティアーノも必死だ。勢い余って二人して地面に倒れ込むものの、なおもミナは起き上がろうと暴れまわる。
「痛! ちょ、落ち着けって!」
「もー! 離してよ!」
友達夫婦の殺し合いを目撃したくはない。離せるはずがない。必死にミナを押さえつけようとしていると、裏庭に3人の人影が現れた。
「お母さん?」
「クリス兄ちゃん?」
「何してんだお前ら・・・」
必死に抵抗するミナを必死に押さえつけるクリスティアーノ。それをキョトン顔で見つめる双子と、呆然とした様子で眺めるアンジェロ。
「Jesus Christ・・・」
アンジェロは額に手を当ててそう呟き、それはもう深く溜息を吐く。状況を察したクリスティアーノは即座にミナから離れ、両手を挙げた。
「あ、アンジェロ、違う、違うぞ?」
ある種クリスティアーノは前科者である。両手を挙げて違うを連発し、ダラダラと冷や汗を垂らしている。
が、一番冷静じゃなかったのは、何と言ってもミナである。目の前に現れた諸悪の根源に、怒りは爆発だ。
双子が「あ!」と声を上げたと同時に、額に手をやるアンジェロの腕と顔の間を縫って、ドガッと槍が突き刺さる。目の前でビィィンと揺れる槍に、アンジェロは驚愕してミナに向いた。
既にミナの手には大理石から錬成したと思われる武器が複数握られている。
「え、あの、あれ? ミナ?」
「死んで詫びろ」
「うおぁ!」
手に握られた槍や剣、クナイが一直線にアンジェロに向かって放たれる。無数の武器攻撃に咄嗟に身をかわして避けるアンジェロだが、周りの壁に突き刺さる武器で徐々に身動きが取れなくなってくる。
「ちょ、なにコレ! なにコレ!?」
「「お母さん!?」」
長剣を錬成して歩み寄るミナに双子は畏怖の視線を向け、クリスティアーノもパニックなようで、オロオロしている。アンジェロもまさかの攻撃にオロオロしている。
「「お母さん、どうしちゃったの!?」」
アンジェロの前で不安げに見上げてくる双子に、にっこり笑いかけた。
「邪魔よ。どきなさい」
笑顔だったが激しく怒気のこもったその言葉に双子は震えあがり、大人しくどいてクリスティアーノの元へかけていく。
「クリス兄ちゃん!」
「お母さん、どうしたの!?」
「い、いやぁ・・・」
子供に話していいものやら。クリスティアーノはいよいよオロオロする。それ以上にオロオロしているのは、蛇に睨まれた蛙。
「当然、死ぬ覚悟はできてるわよねぇ?」
「で、できてない! 意味わからん!」
「意味わからんのはこっちだ! この浮気者!」
「ギャァァ!」
容赦なくアンジェロの左わき腹を剣で突き刺し、刺し傷からはじわっと血が滲んで、服にしみ込んだ血はシタシタと零れ落ちる。
「裏切り者は切腹よ。本物の切腹がどんなもんか教えてやるわ!」
「いっ、ま、待て待て! 本当、ちょっ! 待て!」
激痛に顔を歪めながら傷口を抑えて、何とか取りすがろうとするアンジェロだが、こうなったミナは止まらない。ステイの命令など無視だ。
「まず左わき腹に突き刺して、その後一直線に右わき腹まで掻っ捌く!」
「ぐあぁぁ!!」
「「お父さぁぁん!!」」
両親の凄惨な切腹ショーに双子はとうとう泣き出してしまう。続いて、と剣の刃先を90度向きを変えると、抉られた痛みにアンジェロは脂汗を垂らしていっそう激痛に呻く。
「そしてアバラ骨まで切り裂く!」
「グッ、ガハッ!」
とうとう吐血するアンジェロ。とてもではないが見てはいられない。あな恐ろしき、日本の切腹。しかしこれで終わらないのが処刑と言うものである。
アンジェロの傷が修復しないうちに90度に切り裂かれた場所にグズッと手を突っ込み、服と共に腹の表面を開いていくと、ブチブチと組織を破壊しながら大量の血がほとばしり、内臓が顔を覗かせる。
余りにもグロテスクな光景に双子はとうとう失神した。止めに入りたいクリスティアーノだが、失神してしまった双子にあまりにも恐ろしい光景、そしてあまりにも恐ろしい親友のキレた嫁。大逆を犯したアンジェロは今にも絶命寸前だ。
「そして最後に内臓を――――」
露出した小腸にグチュリと手を差し込んで掴んだミナに、アンジェロは勿論クリスティアーノも強烈な戦慄を感じた。
―――――ヤバい! このままじゃアンジェロはマジで死ぬ! ブチ撒けられる!
さすがに親友が嫁の手にかかって、そんなグロい死に方をするのを目の当たりにしたくはない。悪いのはアンジェロだが、あまりにも残酷な処刑だ。
「ミナ! 待て! 落ち着け!」
抱えた双子をその場に置いてミナの元へ駆けだした時に、「ストーップ!」と、もう一人誰かが割り込んできた。その声にミナも振り向くと、割り込んできたのは、アンジェロ。
アンジェロの小腸を掴んだまま「ん?」と首をひねるミナ。瀕死で喀血するアンジェロ。走りを止めて硬直するクリスティアーノ。青ざめた顔で唸りながら失神する双子。全速力でやってきたアンジェロは、その凄惨な現場を見て頭を抱えた。
「うわぁぁぁ! ミナちゃん! なんてことを!」
―――――・・・ミナ「ちゃん」?
目の前にはアンジェロが二人いる。一人はミナの手にかかり死にかけたアンジェロ。もう一人は泣きそうな顔で頭を抱えてオロオロするアンジェロ。後者の方はどうもアンジェロらしくない。というより、こういった状況を以前見た覚えがある。
「えっと・・・アレク?」
「そうだよ! さっきの俺! アレク! アンジェロは冤罪!」
どうも先程書庫で魔女とよろしくやっていたのは、アンジェロに変身したアレクサンドルだったらしい。それに気づいたミナはすぐに小腸を離して腹に押し込み、アンジェロの腹を塞いだ。
「アンジェロ、ゴメンねェェェ!!」
「・・・」
アンジェロもようやく状況を察したようだが、あまりのことに力尽きてその場に倒れた。
やっと傷が修復したアンジェロに、土下座するアレクサンドルと泣きながら謝るミナ。ホッと安心するクリスティアーノに、未だうなされる双子。
「なんで俺に変身して女口説いてんだお前」
「ホンットすいませんでした!」
「理由を聞いてんだよ、この野郎ォ・・・!」
「ヒ、ヒィィィ!」
アンジェロも相当ひどい目に遭ったのだ。謝罪位で許容してやる気には当然なれない。素直に自白した方が身の為である。
「アンジェロだと、女の食いつきがいいから・・・」
「・・・ほぉ、なるほどなぁ。誤解されて俺が糾弾されるとは、発想が及ばなかったわけだな」
「本当すいませんでした! 本当ごめんなさい!」
必死に地面に額をこすりつけて謝罪するアレクサンドルだが、ミナもやりすぎではあるが、そもそもアレクサンドルがアホなせいである。この言い訳には当然ミナも腹が立った。
「アレクのせいで、私アンジェロを殺すところだった」
「ご、ゴメン!」
「本当に処刑すべきは、アレクだな」
「そうだね」
「ヒィィィ!」
身の危険を感じて、アレクサンドルはすぐさま立ち上がって逃げようとするも、クリスティアーノに捕まり二人の前に突きだされる。
「諦めろ」
「い、命だけは!」
「あぁ? 俺は死にかけたんだぞ。お前のせいで」
「敵前逃亡は士道不覚悟で切腹に決まってんでしょ」
「う、あ、あ」
「「死ぬ覚悟してきたんだろ」」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
キレた夫婦はノンストップ。元々イカれたバカコンビである。敵に回す方が愚かと言うものだ。
ようやく目覚めた双子に状況を説明したクリスティアーノ。双子はガタガタと震えた。
「お母さん、怖い」
「お母さんが一番怖い」
以前クリスティアーノにアンジェロを敵に回したら怖いと教えられたが、ミナの方が手加減しない分余程恐ろしい。双子は完全にミナの本性を見て震えあがってしまった。
一方肉塊になったアレクサンドルの隣で、ミナはアンジェロに平謝りだ。
「本当ゴメンね!」
「お前本当容赦ねぇな」
「本当、本当にごめんなさい!」
「俺が浮気するわけねぇだろ。まぁ、俺の姿してたなら、誤解してもしょうがねぇけどよ」
「ごめんね! ごめんなさい!」
「・・・ハァ、ま、いいよ。許す」
「ごめーん!」
アンジェロも瀕死まで追い込まれはしたが、これほどまでミナが怒るという事は、自分が愛されている証拠だろうと解釈して、許してやることにした。優しい旦那である。
―――――アレを許せるって、アンジェロの溺愛レベルは冗談抜きで病気だな。つーか、実はアイツ、マゾなんじゃねぇか。
クリスティアーノだけは少し心配になった。
とりあえずアンジェロの動向を尋ねた。
「俺待ってたんだけど」
「ウソ! 私が出たときいなかったよ!」
「あー、やっぱ入れ違いになってたんだな」
アンジェロサイドの行動はこうである。
せっかちなアンジェロは当然ミナより先に風呂から出て、待っていた。が、途中で腕時計を浴室に忘れてきたことを思いだし、再度戻った。この時ミナと入れ違いになったようだ。
再び待っていたがなかなかミナがでてこない。すると双子がやってきた。
「お父さん見つけた!」
「お母さんは?」
どうやら両親を探していたらしい。
「や、わかんね。つかどうした?」
「あのねー、探検するんだ!」
「でねー、お父さんとお母さんもってお部屋に行ったけどいなかったから」
「探した!」
「部屋にもいなかったのか。途中でミナに会ったか?」
「んーん」
やはり長風呂なのかと考えていたら、ネビロスが通りかかった。
「おい、ミナ見かけなかったか?」
「奥様なら先程執務殿に行かれたのをお見かけしましたよ」
「なんで執務殿に・・・やっぱ迷子なってやがるな」
仕方なしに双子と3人でミナを探し回り、裏庭に出たらクリスティアーノがミナに婦女暴行を働くと言う衝撃の不倫シーンを目撃したうえに死にかけた、というわけである。
「や、あの、アンジェロ、あれはな? ミナが興奮してお前を殺すっていうから、俺も必死で・・・」
「あー、わーってる」
わかってはいるようだが、複雑そうだ。
「アンジェロも双子もクリスも、ごめんね?」
「別に。お前が全部悪いわけじゃねーから」
「・・・」
「「・・・」」
どうやらアンジェロ以外は結構トラウマになったようだ。
これ以上ミナを刺激するのはマズイという事になって、ミナの世話を双子とリュイに押し付けて、アンジェロとクリスティアーノでアレクサンドルを連行。ついでにエドワードとレオナルドにも説教に加わってもらう事にした。
状況を聞いたエドワードとレオナルドは、既に満身創痍のアレクサンドルに思いっきり拳をぶつけた。
「いったぁぁぁ!」
「当たり前だろ。痛くしてんだから!」
「お前よぉ、フランスで話したじゃねーか。折角ミナはわかってくれて改心したってのに、お前がとんでもねぇ罠仕掛けてどうすんだよ。いくら考え改めたって、目の前で旦那の浮気現場見せつけられたら、さすがのミナでもキレたはずみで浮気するぞ。なぁ?」
「・・・・・頼むから、俺に振らないでくれ」
「・・・ゴメン」
話を振られたクリスティアーノは神経衰弱と言った様子だ。精神的にキたのか、顔色が悪い。
「・・・ま、クリスは何も悪くねんだから、気にすんな」
アンジェロの言葉に、珍しく泣きそうな顔をするクリスティアーノ。エドワードとレオナルドはその様子を見て、二人を心底気の毒に思った。それもこれも、バカなトランスフォーマーのせいである。
「つーかお前、なんで俺に変身してんだ! そこんとこkwsk!」
わざわざアレクサンドルがアンジェロに変身した経緯は、この通りである。
魔女A「ねーねー、あのアンジェロって吸血鬼、超ヤバくなーい?」
魔女B「えー、でも目つき悪いって言うかぁ」
魔女A「それがいーんじゃーん」
魔女B「アンタああいう男がタイプ? ていうかぁ、あの男結婚してんじゃん。あのちんちくりん、嫁でしょー? しかも子持ちじゃん」
魔女A「隣の芝生ってぇ、超青く見えるっていうかぁ」
魔女B「あー、そういやアンタ不倫好きだよねぇ」
魔女A「あの嫁ならアタシのが良くない?」
魔女B「言えてるー」
既婚者が素敵に見えるのは宇宙共通のようだ。どこの世界にでもこういう女はいる。そしてそれを聞いていたアレクサンドルは考えた。
―――――さすがアンジェロ。結婚してもモテ男は健在! けどアンジェロは絶対興味ないよな。あ、そうだ。あの魔女の誘惑に乗る振りして、悪魔の弱点とか聞き出せねぇかな。よし、そうと決まれば早速変身だ!
で、見事返り討ちに遭って、まんまと誘惑に引っかかったわけである。
「・・・お前、それでもプロ?」
「あの魔女、メチャクチャ色っぽかったんだよ・・・」
「おま、お前の貞操、弱っ」
「アンジェロには言われたくねーよ!」
「んだとコルァ!!」
「ヒィ! ウソ! ゴメン!」
失言で余計にアンジェロを怒らせたアレクサンドル。アンジェロは勢い余って余計なことを思い出し、更にキレ出す。
「つか、腹立つ! 俺のミナを侮辱しやがって・・・アイツは俺の天使だぞ。頭もケツも軽そうな魔女なんざ、大金積まれても相手にしねぇよ!」
「お前、本当ミナ大好きだな」
「大好きだ!」
「おぉ、ありがとう。俺もお前大好きだぞ」
「お前に言ったんじゃねーよ!」
「あはははは!」
アンジェロとクリスティアーノのやり取りにレオナルドたちは笑わされてしまって、なんだか安心してしまった。
「アハハ、ていうか、本当クリスってアンジェロ大好きだよな」
「大好きだなー。これは恋?」
「おま、気持ち悪っ」
「冗談だろ。んな引くなよ」
「そりゃ引くだろ・・・」
「アンジェロは男にもモテるんだな。さすが」
「要らん! 俺はミナ以外にモテたくねぇ!」
「お前本当ミナ大好きだな」
ここから再び上記に戻る。なんだかんだでアンジェロはミナ大好きだし、クリスティアーノはアンジェロが大好きなので、どっちも裏切るような真似をすることはないな、とレオナルドたちも確証を得て非常に安心した。
一方ミナは女性陣に愚痴っていた。
「マジですか。アレクさん、最悪ですね」
「本当だよ! 私があの現場目撃した時どんな気持ちだったか!」
「偽物とはいえ、アンタ嫌なモン見たね。そりゃ切腹したくもなるよ」
「わかります、わかります」
ミナの狂気は女性陣には当然のようだ。が、しかし一緒に話を聞いていたメリッサだけは見解が違った。
「うわきぐらい、いいじゃない」
「いぃぃ!? ダメに決まってんじゃん! もしクライドが浮気して余所に女作ったらどうすんの!」
「さいしゅうてきにボニーのところにかえってくるなら、もんだいないわよ」
「大有りだよ! アンタ3歳だよね!?」
「きぶんてきにはボニーよりとしうえよ」
「・・・ボニーさん、どんな教育を? 超大人な発言じゃないですか」
「多分アタシの教育じゃなくて、ミラーカ様の魂のせいだよ」
「・・・なるほど。ミラーカさんならそう言いかねない」
「あのようすならアンジェロがうわきするなんてありえないわよ。あのひとミナちゃんにメロメロだもの。でも、もしうわきしても、ミナちゃんがなにもいわないでどうどうとしたたいどでほうっておいたら、ぜったいかえってくるわよ。つまはたえるのもしごとのうちよ」
「メリッサちゃん、をとなっ!」
「私達より余程大人ですね・・・」
「時代劇録画して見せたせいかなぁ」
「それじゃないですか」
どこの国でもそうだが、昔は一夫多妻が当然だ。ボニーとメリッサが最近ハマっているインドの時代劇は、インド王族の正妃と側室の戦いを描いたものである。所謂大奥的な。
ミナ達も昔の大奥的な女たちを想像してみる。
「うーん、確かに昔の女の人達ってよく耐えたよねぇ」
「や、お嬢様。耐えられないから他の妃を暗殺とか毒殺してるんじゃないですか」
「あ、そういえば」
「でも、妃同士が仲のいい後宮もあったみたいだよ」
「そこは旦那さんの力量じゃないですか?」
「もしアンジェロならうまくやると思う?」
「むりね。アンジェロはミナちゃんばっかりひいきにするわよ」
「まさしく寵姫ってヤツですね。暗殺される側ですよ」
「大奥っぽい設定じゃなくてよかった・・・! 絶対ラブコメ的展開になってくれない!」
「よかったね」
よくはない。安心するのはまだ早い。まだまだ甘かった。
翌日のディナー(朝食)に向かっていると、アンジェロとミナをみて、通りすがる悪魔や魔女達がなにやらヒソヒソとしながらクスクス笑う。ミナは途中で気づいて、アンジェロはイライラしたように額に手をやっている。
「やっぱりな。頭もケツも軽そうな魔女の事だ。言いふらしてんじゃねーかと思ったんだよ」
「・・・じゃぁアンジェロが魔女と浮気したって事になっちゃってるの?」
「なっちゃってんじゃねーか。実に不本意ながら」
本当に不本意ながら、なっちゃっている。溜息を吐きながら歩いていると、昨日アレクサンドルとよろしくやっていた魔女Aと魔女Bを発見した。
「わ、あの魔女だ」
「えぇ、アレかよ。アレ全然俺のタイプじゃねぇ」
アンジェロは基本美人なら誰でも相手にするが、一応タイプはある。華奢で線が細く、高潔で打算的で愛嬌があり、快活で明るいのになんだか儚げで守ってやりたくなる女。モロにカテリーナの影響を受けているが、ミナのキャラは十分ドストライクである。ちなみにミラーカもストライクである。
背が高くふくよかでセクシーな魔女Aは、アンジェロのタイプではないようだ。が、魔女Aは昨日の相手をアンジェロだと思っている。二人に気付いた魔女Aはチラリとミナに視線をやるとアンジェロにバチンとウィンクをして、ミナに再び視線をやって、鼻で笑った。
「何あの魔女、ムカつく・・・」
「・・・わかってっと思うけど」
「わかってるけど・・・!」
切腹する相手を間違えたようだ。二人でイライラ双子はハラハラしながらテーブルに着くと、シュヴァリエ全員にも昨日の騒動は耳に入っていたらしく、当然ジュノは知っている。
「アンジェロさん、気に入った娘がいたら仰って下さいね。伽にあげますから」
「いらねぇよ! つーか俺じゃねーぞ! 俺に変身したアレク!」
「うふふ、冗談ですよ。知ってますよ、見てましたから」
ジュノの発言に悪魔や魔女はざわついて、魔女ABはヒソヒソと語りだす。
「やだ、アンタ騙されてんじゃん!」
「偽物だったとか超あり得ないんだけど!」
それを聞いて思わずニヤリとするミナ。そのミナに気付いた魔女は悔しそうな表情を浮かべる。
「なんか笑ってるしぃ」
「あの嫁超ムカつく。ちんちくりんのくせに」
それを聞いてキレたのはミナ以上にアンジェロだった。すぐさまファントムを取り出して、一瞬で魔女の眉間を撃ち抜いた。撃たれた魔女A・Bは樹が燃え落ちるようにボロボロと崩れ去る。
「・・・アンジェロさん、悪口を言われたくらいで殺すな、とあなた方が言っていたのではありませんか」
「知るか。魔女や悪魔なんざ、何人死んでも問題ねぇ」
全く持ってジュノの言うとおりであるが、アンジェロにしてみたらミナと魔女では価値が全く違うので仕方がない。
「アンジェロったら・・・ご飯の席で殺すことないのに」
「その内殺すならいつ殺しても同じだろ」
「私が殺そうと思ってたのに」
「あ、ワリ」
両親の会話に、双子はまたしても震え上がった。ガタガタ震えながらテレパシーで会話する双子。
(お父さんもお母さんも怖い!)
(で、でもさ、お父さんとお母さんが仲良くしてる内は、大丈夫って事だよ)
(そっか! ちょっかいかける人がいなかったら、ケンカすることないもんね)
(じゃぁ僕達が見張ってればいいんだよ)
(うん、そうしよう)
家内安全の為に、両親の敵を牽制することに決めたらしい。
((お父さんとお母さんの愛は僕達が守る!))
出来た子たちである。
((じゃなきゃ怖い・・・))
余程トラウマになったようである。誰だって母に腹を開かれる父を見たくはない。当然と言えば当然だが、子供心に相当な衝撃を受けたらしい。
(お父さんは射殺しちゃうし)
(お母さんは切腹するし)
(二人ともケンカ強いし)
(お父さんとお母さんは、何者なんだろう)
双子は、ミナ達の過去を知らない。一生話す気はないが、時と場合によっては話す必要がありそうだ。その時は案外すぐにやって来そうである。
「ったくよぉ、アレクのせいでメシが不味くなるじゃねーか」
「本当だよ、本当お前バカな」
「どーせなら魔女なんかじゃなくて妖精とかにしろよ」
「あ、妖精いいな」
「ディアリは?」
「ディアリもありだな」
「城下に修道院ねぇかな」
「行こうぜ」
修道院とは昔の隠語で売春宿を指す。昔のヨーロッパ人は皮肉である。
悪魔大嫌いなシュヴァリエ達は、魔族を相手にするのも嫌らしい。それでも本能に突き進むのは、ある意味男らしいと賞賛してもいいのだろうか。良しとしておくとする。
★男は無我夢中で快楽に屈してしまうものである
――――――――――フランツ・リスト
19世紀クラシック音楽界のスーパースター、リスト。
悪魔のピアニスト、ピアノの魔術師と呼ばれた彼は、スキャンダル王としても名を馳せていた、超がつく遊び人であった。
こんなエピソードがある。
当時リストが懇意にしていたショパンが、「僕の部屋使って」と鍵を貸してくれた。さびしがり屋のショパンは一人の部屋に帰りたくなかったからそうしたのだが、リストは女を連れ込んで逢引きしてしまった。当然ショパン大ショック。ショックを受けるショパンに「男は無我夢中で快楽に屈してしまうものなんだから、しょうがねーじゃん」と開き直った。そこから二人の友情は冷え込んでいったそうな。が、ショパン大好きだったリストは、ひどく後悔して超落ち込んだ。
ちなみにその時リストは貴族の女と駆け落ちして子供が二人いた。恋人と子供は置き去りで、パリで精力的に音楽活動と浮気をしていた。
そんなリストだから堂々と言える、名言である。




