風が吹けば桶屋が儲かる
異次元旅行2日目。今日は城下町に観光だ。吸血鬼組の監視も兼ねてか、ジュノの他に例の側近の悪魔と、魔女が2名がガイドとして添乗だ。
添乗と言うからには乗り物に乗っている。ボニーとクライド以外は乗るのは初だ。
「すごい。馬車なんて初めて乗ったよ! 馬って大きいんだね!」
「俺も初めてだ」
「「すごいすごいー!」」
一同大はしゃぎ。エレストルは科学は第3次元ほどには発達していない。ジュノ達上流階級における文明は15~18世紀ごろと言っていいだろう。
「なんかあれだな。昔の貴族ってこんな感じか」
「ハハ、スワローテールでも着た方がよかったですかね」
「で、シルクハットにヒールとステッキ? 似合わねぇなぁ」
「クライドさんはね」
「・・・お前は似合いそうだな」
「なんでも似合いますよ、俺は」
パパコンビの話題には当然ママコンビの方が乗っかってくる。貴婦人の様にドレスを着こなす姿を妄想してフンフン言いだすのだ。
「あぁ、メリッサちゃんで着せ替えしたーい!」
「やだぁ! メリッサ絶対可愛い!」
「私もきてみたいわ」
浮かれる御婦人方を見たパパコンビは、城下町で服を繕ってやることにした。が、さすがにジュノは上流階級と言ったところか、それとも悪魔の特権なのか。
「ウソやん!」
「格差がハンパねぇ」
「格差って言うレベルじゃありませんよ」
「むしろ時代錯誤しちゃいそうです」
城下町、平民たちの生活水準を見て、それはもう驚いた。着る物や市に並ぶもの、建物やインフラ、全てにおいて時代の格差がハンパない。
「あり得ねぇ、男、半裸じゃん」
「紀元前・・・」
城下町の平民たちの暮らしは紀元前そのものだった。男は半裸、女ですら大きな布を羽織ってそれを腰のあたりで紐で結んでいるだけ。当然裸足。道の脇に引かれた水路から桶で掬った水を担いで運び、夕方の市に並ぶ食料は塩、砂糖、胡椒などの調味料や小麦や木の実などの穀物。それを買って臼で挽くのだ。
「ハーイ、こちらですよー」
ガイドを始めた魔女二人の先導で次々と馬車から降りると、当然注目の的だ。
「-@:@「:::@@*!」
「!>“#$%T&‘Y!」
何を言っているのかはわからないが、眉根を寄せてヒソヒソと語る様子から褒め言葉ではなさそうだ。少し、嫌な雰囲気。少なくとも好かれてはいない。
「おい悪魔、何言ってっかわかんねぇ。わかるようにしろ」
「わかりました」
言うが早いか、ジュノが少し離れたと思うと再び向き直る。足元に魔方陣が光って、その魔方陣から白い光がふぁっと立ち上り、一瞬で光も魔方陣も消えた。
「これで大丈夫です」
その言葉を聞いて、みんなで民たちのヒソヒソ話に耳を傾けてみる。
「なぁ、今の魔方陣」
「あぁ、やっぱり陛下みたいだな」
「なぜ女に化けているんだ?」
「わからないけど、じゃぁあの人達は誰だろう」
「新しい陛下の部下だろうか」
「それとも外国の客かな。見たことない服着てるし」
どうやらジュノが女に変身していたせいで、その正体を図りかねていたらしい。が、馬車で登場と言う豪華な登場シーンと魔方陣のお陰で正体が分かったようだ。
「ていうか、ジュノ様、陛下って・・・」
「当然、私はこの国の国王ですから」
「ていうか、ジュノ様の本当の姿って?」
「普段こちらでは男の格好ですよ。あくまで国王ですから」
「悪魔で国王・・・」
少し見て見たい気もしたが、今は女の服装をしているのに、ものすごくガチムチ系の男だったら嫌だと言う結論に至って、宮に戻ってからお願いしてみることにした。
一応説明しておこう。ジュノのあだ名「知略の大侯爵」。これは悪魔における階級である。世界各地に悪魔の国は存在し、その悪魔族の中での階級は大侯爵となる。が、この国を治めているのはジュノであるため、国内では国王という事になる。わかりにくくややこしいが、とにかくそう言う事である。
遥か昔なら第3次元でもよくあることだ。
「王族分家だけど、この地域の統治を任されてるから、ここでは君主だよ★」
ということである。かといってジュノの国エレストルは帝国の藩属かと言うと、そう言うわけでもない。各国は独立して、それぞれ悪魔族なり、人間なり、何かしら誰かしらが統治している。
「へーっ、そうなんですか! じゃぁ日本は誰が統治してるんだろう? ていうか、国名日本?」
「日本ではありませんね。あの場所の名前は“葦原中国”です」
「“葦原中国”!? 神話の時代じゃない・・・」
「ちなみに統治しているのは人間ではなく、鬼です」
「鬼・・・」
鬼が統治する葦原中国を想像してみる。
―――――それって、地獄じゃない。黄泉の国じゃない。
ミナの脳内には当然、地獄絵図が展開される。第3次元に生まれてよかった、と心から思った。
―――――あ、でも、血の池地獄があったら是非行ってみたい。飲み放題じゃん。
ミナの脳内は平和である。
当然アンジェロをはじめとしてEU連合はヨーロッパの事を考える。
「ヨーロッパはどうなってんだろーな?」
「あぁ、そういやアレスの国はヨーロッパあたりって聞いたぞ」
「マジ? じゃぁあの辺は人間が統治してんのか」
「でもよ、ユーラシア全土を人間が統治できるわけねぇよな」
「まわり魔物だらけっぽいな」
「うわ、ここの世界の人間、大変だな!」
第3次世界と違って、さまざまな種の生物と様々な力の交錯する第11次元。世界を知らない者に世界は広く、世界を知る者に世界は狭い。井の中の蛙と言う言葉は正にそれだ。
「別段大変という事もないでしょう。人間だって魔法などは使えますし、現にホビットやドワーフの国などは人間に侵略されて、支配されていますから」
ホビットやドワーフは小人族と呼ばれる種族である。彼らは力はあるものの、その体は人間の子供ほどで、戦いとなるとやはり体格が勝る者の方が強い。人間は小人たちを排斥した。
巨人族も当然存在するが、巨人族の生きる国は島国で、実際戦闘になってしまえば悪魔ですら手を焼く強敵だが、穏やかな性格で侵略などは実行どころか考えてすらいない。小人族はその巨人族の国へ逃げ出したらしい。
「エレストルにも小人は逃げ込んできました。数は少ないですが、山の麓に小さな村を作って勝手に住み着いてますよ」
「あ、そうなんですか。ていうか、難民の管理とかしないんですか?」
「しません。勝手にすればいいです。どうでもいいことですから」
「・・・そうですか」
国王の割に国民や国の事はどうでもいいとは、どういうことか。激しく疑問ではあるが、確かにアメリカ大陸となると土地も広大だし、難民がどれほど流入して来ても勝手に住み着いて勝手に生活するくらいの余裕はあるのだろう。国として保護も保証もしない代わりに勝手にしろ、という事なのだろうと解釈して、
―――――まぁ、結局アメリカは自由の国なんだな。
と、結論付けた。
市を散策しに入ると、ジュノが城下にやって来た事はいつの間にか伝わったようで、人並みはまるでモーゼが海を開いたかのように見事に分かれ、民はジュノに首を垂れる。
―――――やっぱジュノ様偉いんだ・・・
改めてジュノの権威に畏怖を覚えたが、首を垂れる民たちを見て気付き、ジュノに尋ねた。
「この人達、人間じゃないんですね?」
一見すると人間にソックリである。体格も何もかも人間とほとんど変わらない。同じ民族なのか、皆飴色の肌に黒髪で黒い瞳をしている。が、異様に耳が長く指が6本ある。
「この民たちはディアリです。遥か昔、妖精と悪魔との間に種を為してこのような種ができたのです」
「ディアリ、悪魔と妖精のハーフですか。へぇ・・・」
「彼らは悪魔と妖精の血が流れていますから、姿形は人間によく似ていますが、恐ろしく長命で魔法も使えます。と言っても防御魔法しか使えませんし、そのせいか肉体は人間以上に脆弱です」
「長命なのに? ・・・なんとも摩訶不思議な」
「悪魔の血が流れているからでしょう。脆弱なために病にもかかれば怪我もする。長命なために何度もその苦痛を味わう。私からすれば彼らの様な種族が生まれたのは事故以外の何物でもありませんが、悪魔と交わった妖精の子孫が神から報いを受けることになった、という事なのでしょう」
その話を聞いて、ディアリは吸血鬼と似ていると思った。神から呪われてしまった存在。心の内に同情に似た感情が湧き上がった時、一番近くで跪いていたディアリの少年が顔を上げた。
「何が事故だ! お前らのせいじゃないか! 悪魔が妖精の国を襲って、妖精の女たちを犯したから!」
「これ! マニ、やめなさい!」
憎しみをたたえた目でジュノに訴える少年を、傍にいた母と思しきディアリが抑える。が、ジュノが目配せをして側近の男が前に進み出ると、一斉にディアリ達は怯えた表情を浮かべて身を屈めたままその場からなんとか逃げようとする。
「ネ、ネビロス様! 子供の戯言でございます! どうかお許しを!」
少年の頭を必死に地に押し付けて涙ながらに謝罪する母親。その様子からジュノがどのような政治を敷いていたのかは一目瞭然だ。しかし無情にも側近の悪魔、ネビロスは手をかざす。
「愚民ごときが気安く口をきくな」
かざした右手に禍々しく気味の悪い黒い気が纏わりつく。地を這うような低い声を漏らしながら、その黒い気は一気に増幅した。
「待って!」
慌ててその親子の前に立ちふさがった。
「邪魔です。お退きください」
「ダメです!」
「あなたごと攻撃しますよ」
「それもダメです!」
「・・・アスタロト様」
ネビロスはひどく迷惑そうに顔を歪めて、判断をジュノに仰ぐ。ジュノも溜息を吐いたが、
「いいでしょう。今回はミナさんに免じて許して差し上げます」
と言ってくれた。
「ジュノ様! ありがとうございます!」
笑顔でお礼を言うミナとは対照的に、ネビロスは舌打ちをしてジュノの後ろに控えた。
「ミナさん、何故そのような真似を?」
いかにも不思議と言った顔で尋ねる。
「そりゃ止めますよ! ちょっとケチつけたくらいで! ねぇ!?」
シュヴァリエ達もウンウンと頷く。
「大体このくらいの歳の子供って反抗期真っ盛りじゃないですか。大目に見るのが大人でしょ」
「反抗期・・・まぁそうかもしれませんが、その歳ならあなたより年上ですよ」
「マジ!?」
親子に振り返って、年齢を聞いてみた。
「一応僕、184歳だけど」
「マジ!? ボニーさん達より年上だし! ・・・子供とか言ってごめんなさい」
「や、まぁ種族の中では子供に入るけど」
パッと見た感じ、人間なら12~13歳くらいだが、本当に長命なようだ。結構驚いたが、気を取り直して立ち上がりジュノに向いた。
「最低でも私達の前でそう言う事しないでくださいよ! ウチの子の教育にも悪いし!」
「わかりました」
「ていうか、この程度のことで殺しちゃダメです! 悪口言われたくらいで殺すの禁止!」
「・・・あなたにそこまで口出しする権利はありませんよ」
「でもダメったらダメです!」
「・・・ハァ、わかりました」
ものすごく面倒くさそう且つ嫌そうに返事をするジュノ。隣でネビロスも深く溜息を吐いている。
「アスタロト様、何なのです、あの娘は」
「我儘娘です。短期間の事ですから、我慢なさい」
「・・・かしこまりました」
ミナにはその会話は聞こえていなかったが、アンジェロは近くにいたせいか聞こえていたようで、ジュノをつついた。
「短期間じゃねーよ。今後とも恒久にだ。エレストル国内でも当然、俺とミナには絶対服従。いい加減理解しろ、クソ悪魔が」
「・・・チッ」
アンジェロの態度にジュノは舌打ちして、ネビロスはひどく渋い顔だ。当然ディアリ達はミナとアンジェロの態度を見て相当驚いている。
「な、何者なんだ」
「陛下にあの態度・・・」
「あんたたち、なんなんだよ?」
マニが訝しげに尋ねてきたので、にっこり笑った。
「私達はただのしがない吸血鬼だよ」
「吸血鬼? ただの?」
「そう、ただの」
「なんで吸血鬼が悪魔より偉そうなんだよ?」
「ヒミツ!」
「・・・ま、なんでもいいや。吸血鬼の姉さん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして!」
笑って立ち上がり立ち去ろうとすると、俄かにディアリ達がざわつくのが聞こえた。すかさずアンジェロがマニの元に行く。
「おい、お前。今回助かったからって調子乗んなよ。俺らがこの国を去ったら、あのクソ悪魔どもの事だ。お前らにどんな仕打ちをするかわかったもんじゃねぇ。間違っても反乱興そうなんて考えんなよ。今までどおり、大人しく服従してろ」
「・・・わかってるよ」
「ならいい」
打って変わって静まり返ってしまった市の通り。無闇な希望は、身を滅ぼすだけだ。アンジェロの言葉を聞いたミナは、余計なことをしてしまったかもしれない、と少しだけ後悔に駆られた。
―――――もし私達がいなくなって見せしめに彼らが殺されるようなことになったら、きっと恨まれちゃう。もっとヒドイことが起きちゃう。もっと、慎重にしなきゃ。
世界も、国も、政治も、種族も、価値観も。何もかもが違う世界で、ミナの常識は通用しない。ミナには計り知れないことが、世界にはまだまだたくさん眠っている。その場凌ぎにしかならない人助けは、余計に人を苦しめることもあるかもしれない。
叶いもしない希望を持たせて、それを挫かれることは誰にとっても苦痛だ。屈辱を受け続ける事よりも。
―――――あ、良い事思いついた。じゃぁ叶えられるくらいデカイ希望を突きつけてやればいいじゃん。今は思いつかないけど、その内ね。
この件は後に、壮大な嵐を巻き起こす。
★風が吹けば桶屋が儲かる
――――――――――日本の諺
ここで言う「風」とは台風や嵐のこと。桶屋とは棺桶屋。
台風で人が死ねば棺桶屋が儲かる、と言う意味である。




