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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第2章 悪魔の二次関数
17/96

力量に欠ける人に、運命はより強くその力を発揮する


 アルカードの帰還まで、後7年と9か月。ミナの錬金術と医術の研究は、研究を深めれば深めるほど日の目を見ることはなさそうで、何より機材や人材を入手する伝手もない。

本当はどこかの大学の研究所を借りてでもやりたいものだが、人を作るなど人道的に引き受けてくれるとは到底思えない。研究者や科学者の誰もが一度は着手してみたいであろう人工の人類は、もう少し科学が発達しなければ叶いそうにない。

 アンジェロ達はアンジェロ達で、ジュノに散々嫌がらせと称して、銃撃したり、呪詛をかけたり術をかけたりしている。当然、教育に悪いので子供の前ではやらない。陰でコソコソと悪魔に悪魔のような仕打ちをする。


 先日は酷いものであった。とうとう最近は人間たちからもコキ使われる様になり、トイレットペーパーを買いに行かされていたジュノ。サニタリーのストッカーに補充していると、そこにやってきた悪魔のような男達。アンジェロを筆頭にした、サディスト属性のシュヴァリエである。

 超弩級サディストのアンジェロと、オリバー、クリスティアーノ、レオナルド、エドワード、アレクサンドル、ルカ。基本楽しいことが大好きで、人の嫌がることをして、その反応を見て楽しむような奴は基本サディストだ。そうでなくても、自分たちが長年連れ添った仲間を殺そうと企むような悪魔に、優しくしてやる義理はない。存分に自分達の中に潜む狂気でお相手しようと言うわけである。

 ちなみにクラウディオとヨハンとジョヴァンニ、ミゲル、レミはマゾと言うわけではないが、これからアンジェロたちがやろうとしていることにさすがに胸が痛むらしく、今回は辞退したようだ。 


 サニタリーに入って来たアンジェロがまず、ジュノを蹴飛ばす。倒れこんだところで頭を踏みつけ、ジュノの着ていた服を剥ぎ取り、更には銀弾を撃ち込みまくる。その様子を爆笑しながら写真や映像に収めるのだ。恐ろしい男達である。

 しかもこれだけでは終わらない。クリスティアーノがジュノの髪を掴んで、トイレの中まで引きずって行って命令するのだ。

「舐めろよ」

 反抗的に睨みつけるジュノに更に銃撃を浴びせ、シャンティ達に調達して来てもらった、教会で販売されている法儀済みの十字架を研磨したもので突き刺し、皮膚を掻き切る。ジュノは痛がって、渋々顔を近づける。ジュノが買い物に行っている間に、スニルとレヴィとアヴァリ兄弟が散々に汚しておいた便器に舌を這わせる様子を、

「ハハハ、マジで舐めてるし。美味いかよ?」

「うわっ、汚ねぇ!」

と野次を飛ばして笑いながら撮影するのだ。つくづく恐ろしい連中である。

 更にまだ続く。全裸のジュノをそのまま連れ出して、数日前から突き止めていたギャングの集会場に連れて行くのだ。そしてギャング達に言う。

「コイツ、いい女だろ。お前らの好きにしていいぞ」

 そう言ってギャング達の前に突きだし、ギャング達に好き放題蹂躙される様を、またしても笑いながら撮影するのだ。全く持って恐ろしいものである。

 しかし、これだけで終わらないのがサディストの狂気である。散々汚い男達に弄ばれたジュノを、今度は繁華街に連れて行く。そして、変わらず全裸のままのジュノに命令するのだ。

「インド国歌を斉唱しながら、スキップで繁華街を一周してこい。警察に捕まって俺らの事を少しでもゲロったら、映像を世界に配信してケツから聖水流し込むぞ」

 好奇の眼差しを向けられながら言うとおりにするジュノを、またしてもニヤニヤしながら撮影する。しかも最低なことに、当然その映像や画像は共有サイトに配信する。マニアックな同嗜好の人間たちからは高評価で、その映像で金を稼げるほどである。


 このような残酷な仕打ちにもジュノは耐えている。当然シュヴァリエ以外はアンジェロたちが何をしているかは知らない。表ではマイホームパパなアンジェロ、優しく愉快なシュヴァリエ達だが、裏の顔は冷酷無比で残虐非道である。以前クリスティアーノも言っていたが、彼らは表面上はマトモなのであって、裏の顔はそうなのである。幼少から人を殺す為に育てられて、長年人殺しをして来たのだ。この程度の狂気は孕む。

 ミナも昔はアンジェロに散々な目に遭わされた為ある程度はわかってはいるものの、ここまでだとはさすがに思っていない。が、仮にミナが知ったとしたら、ジュノに同情してアンジェロとアルカードの魂を諦めるように説得するだろう。それ以外にジュノが逃れる術はない。

 が、ジュノにしてみれば吸血鬼からされる仕打ちと、アンジェロとアルカードとミナの魂を天秤にかければ、魂の方が比重が大きい。悪魔にとって魂は、時に食糧であり、魔力の源であり、使い魔としても使役できるのだ。悪魔が魂を狙うのは、その即効性と、所謂カロリーの高さである。一人の魂を食らうと、100年は持続する。ことに、魂の性質によっては効能さえも現れる、秘薬に近いものなのである。悪魔にとって微々たる時間屈辱に耐えて、至高の宝を得られるのであれば、ジュノは耐えようと言うのだ。


 悪魔の世界、こと、ジュノにおいては重要な数字は0である。0の為に1~9が存在し、式に0を使わずに答えを0とすることが、ジュノの至上の楽しみである。答えを0とするための数式は、現時点で100近くにものぼり、アルカードの帰還と同時に、その数式は新たな段階を迎え、計算が始まるのだ。

 その時まで後7年以上の時間を要する。しかし、この悪魔の使った数式は、吸血鬼や人間の常識を、はるかに凌駕した。


 ある時、双子とメリッサが遊びに行きたいと言い出した。ミナ達にしてもボニー&クライドにしても、自分の子供たちを遊びに位連れて行ってやりたいものの、クリシュナやラジェーシュ達の様に親子で遊園地に行くことも、海に遊びに行くこともできない。2家族でどこかに旅行に連れて行こうと考えたが、夜間しか起きていられない純血種たちが、子供らしい楽しみを憶える遊びを用意してやれそうになかった。

 すると、ジュノが提案した。

「私の故郷に行きませんか? あそこは基本悪魔や魔物の多く住む世界ですから、夜間の方が活動も活発ですし、あちらの世界の子供たちも、あちらの世界なりの文明で遊んでいるのですよ」

 ミナやボニー達は当然異世界を珍しがって行きたがったし、子供たちも行きたいと言ってはしゃぎだす。アンジェロは何か裏があるのでは、と勘繰っていたようだが、結局は異次元旅行を許可した。

 ジュノは時折第11次元に戻って何かしていた。自分の住む宮を使用中だとも言っていた。

 ジュノが度々第11次元に戻って何かをしていたのは、アルカードの帰還に合わせて何かをしようとしていると考えている。しかし、何を企んでいるのかが分からない。が、仮に何かを企んでいたとしても、恐らくそれは願いに関することや、魂を奪う計略の一つであろう。残された願いは世界平和とアルカードとの和解。

 世界平和だとしたら願ってもないことだが、わざわざアルカードの帰還に合わせる必要性を感じない。そこで、アルカードの帰還に合わせるよりも、アルカードが帰ってくる間に済ませてしまうつもりなのでは、と考え直した。それならばジュノの宮に行き探りを入れ、その方法が気に入らなければやめさせればいいと思ったのだ。

 しかし、アンジェロのこの考えは甘かった。後にアンジェロは旅行を許可してしまったことを、激しく後悔する。それも、ジュノの計算の内ではあったのだが。


 とにかく、そう言う色々な思いを孕みつつ、折角だからと吸血鬼たち全員でジュノにつれられてやってきた第11次元。この次元におけるアメリカに位置するジュノの国、エレストル。とりあえず、まず最初にジュノの住む宮殿を見て驚く。

「超久しぶりに見た」

「マジで」

 と驚くアメリカ人カップル。ジュノの宮殿は、第3次元では有名すぎるほどのアメリカのある建物に瓜二つだ。

 感心し驚く吸血鬼達の前にそびえ立つ巨大なホワイトハウス、とは呼ばないだろう。外観やつくりはホワイトハウスにソックリだが、どこの石材を使ったのか、薄い緑色をしている色違いである。

「折角ですから、真似てみたんです」

 と、大統領官邸に入って行くジュノは吸血鬼達を招いて、その中に足を踏み入れた。


 本物と違って堅固な砦のように張り巡らされた城壁の中央にそびえ立つホワイトハウス。

「ここは執務殿です。執政官達がここに詰めています。私の宮はあちらです」

 ジュノの後をついていくと、ジュノに気づいた悪魔達が膝をつき礼をとる。それを見たミナは改めてジュノが一国を支配する大悪魔だと思い知らされた気がして、とんでもない奴を敵に回した、と後悔し始める。

 すると、1人黒いマントを羽織った男が近づいてくる。悪魔らしい黒髪と赤い瞳、それとヤギの角と尻尾。その男はジュノの前に膝をつくと、ジュノも足を止めた。どうやらジュノの側近のようだ。

「アスタロト様、おかえりなさいませ」

「ただいま帰りました。この方達は私の賓客です。国賓同等に丁重におもてなしなさい」

「は、かしこまりました」

 かしこまったと言うわりに、その悪魔はミナ達をギロリと睨み付ける。それをみてみんなでヒソヒソ話だ。

「あのクソ悪魔はこっちで散々俺らの文句言ってたみてーだな」

「もう、なんか恐いよー」

「絶対食事毒とか盛られるよな」

「ぽいな。悪魔流の丁重なおもてなしってんなら、俺らには最低な待遇だろうよ」

 早々と異次元に来てしまったことを後悔し始める吸血鬼たち。まだ到着して30分も経っていないが、もう帰りたくなってきた。

 それぞれ個室を用意されて、荷物を置いて大広間へ行った。回廊をぞろぞろ歩きながら、早くも溜息だ。

「サバト、見るのは初めてだな」

「俺らはまだマシだけど、ガキどもにはキツイぜー」

「じゃあ俺先に行って様子見てくる」

 そう言ったレオナルドがすぐに走って大広間の前までいくと、衛兵がドアを開ける。開かれたドアの中を確認して、すぐに戻ってきたので即座に尋ねた。

「どうだった?」

「全然心配ない。普通の宴だ」

「え? 本当に?」

「うん。ただのパーティー会場」

 それに少し気が抜けて、なら平気か、とみんなで大広間に入ると、長いテーブルの上には真っ赤なシルクのクロスが張られ、綺麗に磨きあげられた金の杯と、見たこともないような豪華な料理が所狭しと並び、揺らめく蝋燭の炎に照らされた室内はなぜかオリエンタルで、赤と黒を基調にしている。

 奥の席にはすでにジュノが腰掛け、その隣には先程の悪魔が控え、壁際にはメイドなのか、魔女がデキャンタやサーバーを携えて控えている。

 ミナ達が入っていくと入り口付近に待機していた侍従らしき悪魔達がそれぞれ席へ案内して、椅子を引き座らせ、ご丁寧にも綺麗に飾り折りしていたナプキンを二つ織りにして膝の上にかけてくれた。

 あまりの厚待遇に完全に肩透かしを食らった吸血鬼に、ジュノはにこっと微笑む。

「心配しなくても、なにも暗殺を企んだりはしませんよ。いずれアンジェロさんの魂を頂けるんですから、このくらいのもてなしはいたします」

 ジュノの言った言葉は

「どうせアンジェロは死ぬんだ。最期に楽しい思いくらいさせてやろう」

 と言う意味に解釈した。それには内心イラついたが、盛大にもてなしたことをそのうちきっと後悔させてやる、と強気に切り替えて、折角のもてなしを有難く享受することにした。

 が、中々ナイフを手に取る気になれず、みんなで顔色を窺いつつ誰も動かない。渋々ミナが先陣を切って口を開いた。

「ねぇアレク。毒見して?」

「えぇー! ヤダよ! レオやれよ!」

「ハァ? 絶対ヤダ。レミ、やれ」

「嫌だよ! ディオやってよ!」

「なんで俺・・・ヨハン、頼む」

「断る」

 結局たらいまわしになって誰も口を付けたがらない。毒やポイズンやわけのわからない異物が混入されているのでは、と考えたら気が気ではない。そもそも食材も第3次元と同じもしくはそれに近いものなのかもよくわからない。当然不安と言うものだ。

 仕方がないのでナイフに手を伸ばすと、全員が食い入るように見つめる。一口サイズに切り取った正体のわからない肉を口に運んだ。

「はい、あーん」

「俺!? ングッ!」

 アンジェロの口に運んだ。反論若しくはツッコミがくるのはわかっていたので、その隙を突いて肉を捩じ込んでみた。

「美味し?」

「・・・不味くはねぇけど」

「なんともない?」

「体調はな」

「そっか! じゃあいただきまーす!」

「ちょ! 待て! お前礼とか謝罪とかそういうのねーの!?」

ふふんふ(ゴメンね)もぐもぐ」

「・・・」

 アンジェロが毒味をしてくれた(強要)お陰で、ミナもみんなも安心して美味しく戴いた。

「うふふ。契約がありますもの。毒を盛ったりだとか姑息な真似はしませんよ」

「もー、ジュノ様! そう言うことは早く言ってくださいよ! ねぇ?」

「・・・ハァ」

 話を振ってアンジェロに向くと、シカトされた上に溜め息を吐かれた。

 ―――――もー、また怒ってる。本当しょうがないな、この人は。

 しょうがないのはミナの方だが、仕方がないので双子に協力を仰ぐ。

「ミケランジェロとたすくは、食べられなくて残念だね」

「でも僕たちにはこういうご飯美味しくないもん」

「どうしてお母さんやみんなは食べられるの?」

「アンジェロが食べられるようにしてくれたからだよ」

「そうなんだ!」

「お父さんすごーい!」

 双子が目を輝かせてアンジェロに称賛の言葉をかけると、少しだけ反応して、ジュノに向いた。

「悪魔、ガキどもも食えるようにしろ。殴るなよ」

「わかりました。あくまで彼らは純血種なので、私には肉を食せる程度にしかできませんが、構いませんか?」

「あぁ」

 ジュノの言葉を聞いて双子と、ボニーがメリッサを連れてジュノの元へ連れていくと、子供たちのお腹を撫でて

「はい、けっこうですよ」

 と言った。

「え、ていうかジュノ様、私達の時かなりキツく殴りましたよね」

「殴るなとは言われませんでしたから」

「・・・」

 激しく不服ではあったが、さっさと諦めて結果に満足することにした。

 すぐにメイド魔女がナイフやフォークを追加で持ってきて、子供達にも料理を取り分けてくれた。

 子供達は食事をしたことがなかったので、テーブルマナーを教えながら食べさせた。

「どう?」

「「美味しい!」」

 満面笑顔で大喜びする双子に思わず顔が綻んで、チラリとアンジェロを見ると、多少はご機嫌を回復したようだ。

 ―――――よし、もう一押し。

「二人とも、アンジェロにありがとう言いなさいね? アンジェロのお陰だよ」

 そう言うと2人は手を止めて「そっか」と顔を見合わせると嬉しそうに笑ってアンジェロを見上げた。

「「お父さん、ありがとー!」」

 ハミングお礼に気を良くしたアンジェロは、まんまと全回復したようで上機嫌だ。それを見てシュヴァリエ達はヒソヒソ話す。

「ミナ、すげぇな」

「自分の尻拭いを子供にさせてるぜ」

「で、まんまと乗せられてるアンジェロもアンジェロだけど」

「さすがミナ様。上手いことアンジェロを手懐けてる」

「あぁ、さすがだな」

 ミナには聞こえたが、調子に乗り始めたアンジェロには聞こえていなかったようなので良しとした。


 カポーン、という音は響かない異世界の大浴場・女湯。四隅にあるガーゴイルの口からとめどなく熱いお湯が供給され、広い浴場には100人は入れそうな湯船にミナとリュイ、ボニーとメリッサは大興奮である。

「あげぽよー!」

「ボニー、あげぽよってなによ?」

「昔日本で流行ってたんだよ」

「私、そういうことばはすきじゃないわ」

「んもう、本当、メリッサはお高くとまってんだから」

 やはり女の子は歳の割にマセるモノのようで、メリッサはボニーとクライドをママパパと呼ばず、名前で呼び、いつも

「こどもあつかいしないでちょうだい」

 と、澄ましている。たまに苦笑させられるものの、そう言うところが子供っぽいと思えば可愛いものである。こういうキャラの為にシュヴァリエ達はお姫様の様に担ぎ上げ、将来的にはかなり高飛車になりそうだ。

「これでツンデレ美少女に成長したら最高ですね。双子ちゃんのどっちかと恋に落ちちゃったり!」

 そう言ってきたリュイと揃って妄想してみる。メリッサを取り合ってケンカする双子。そこにメリッサが登場。

「けんかはダメよ」

「「メリッサはどっちのお嫁さんになるの!?」」

「どっちのにもなるわけないでしょ」

 フラれて落ち込む双子。しかし、メリッサは二人の誕生日にプレゼントを用意する。

「「ありがとう!」」

「べ、べつに、クリスマスだし、ボニーとクライドのついでよ」

「「でも嬉しいよ! ありがとう!」」

「かんちがいしないで。あなたたちのためによういしたんじゃないわ!」

 そう言って逃げ出したメリッサだが、双子がプレゼントを開けると、いかにもメリッサお手製の少し不細工な、でも頑張ってくれたんだとわかるような手作りのアクセサリーか何かと「たんじょうびおめでとう」とメッセージカードが入っているのだ。

 妄想するミナとリュイは目を輝かせて中を仰ぐ。その様子に妄想のおかずにされたメリッサは子供らしくもなく溜息だ。

「ミナちゃんもリュイちゃんも、やめてちょうだいよ。私、こどもなんかにきょうみはないわ」

 自分は双子よりも年下の子供なのに何を言うのかと可笑しくなったが、

「ごめんね」

 と、適当にお姫様のご機嫌取りをして、みんなでメリッサの髪を洗ったりチヤホヤしてみた。ボニーがメリッサの髪をトリートメントして、リュイが背中を流し、ミナが爪にオイルでマッサージ。

 目の前のミナをガン見していたメリッサは、他の二人にも視線を向けて突然の溜息だ。

「メリッサ、どしたの?」

 覗き込んだボニーにまたしても溜息だ。

「私、はやくおとなになりたいわ」

「メリッサは今でも可愛いよ」

「かわいいなんていやよ。きれいがいいわ」

「綺麗だよ、メリッサちゃん」

「そんなみえすいたおせじはいらないわ」

 リュイの見え透いたお世辞は一刀両断だ。軽くショックを受けた様子のリュイ。

「どうして大人になりたいの?」

「おとなのおんなのからだはきれいだわ」

 もう一度3人の体を見てメリッサは溜息。性別が一緒でも大人と子供では体のつくりは全く違う。3人の女性らしい体つきに早くも憧れているらしい。少し、恥ずかしくなった。

「私もおおきくなったら、もっとせもたかくなって、むねもふくらむのかしら」

 そう言って3人の中では比較的巨乳なミナのパイオツを見やる。

 なんだか恥ずかしくなったが、自分も子供の頃に母親の服を引っ張り出したり、化粧道具で化粧の真似事をして怒られたことを思い出した。ミナも子供の頃は大人の真似をして、大人になりたがっていた。女の子は幼少からそう言う願望を抱くものである。

「メリッサちゃんはとびっきりの美人になるよ! ね、リュイさん」

「はい! だってボニーさんとクライドさんのイイトコ取りだもの! 多分あと10年もしたらダントツよ?」

 ミナとリュイと二人でそう言って笑ったら、メリッサは二人にマーガレットのような可憐な笑顔ではにかんだ。当然萌えて、揺れる胸にバチコーンときた。

「もう既にダントツだよ」

「本当ですね・・・なんて愛らしいの」

 キュンキュンきてしまった二人にボニーが笑う。

「あたしに似てんだから可愛くて当たり前じゃーん」

 その言葉にメリッサは笑顔を引っ込めて

「だからしんぱいなんじゃない」

 と言うものだから、思わず笑ってしまった。


 そんな賑やかな女湯の隣、男湯。

「キャッキャ言って、女湯ってなんか楽しそうだな」

「なんかドキドキするな」

「誰か穴開けろよ」

「それはヤバイぞ。見ろよ、ほら」

 男女の湯を隔てる壁際に大集合の男性陣。

 ヨハンの指す方に目を向けると、アンジェロとクライドとレミが目を爛々と光らせてストレッチを始めている。

「行動起こそうものなら、タマとられるぞ」

 クラウディオの言葉に青ざめて生唾を飲み下す。

「タマって、どっちの?」

「下手したらどっちもじゃね?」

「あり得る・・・」

 震え上がった(縮み上がりもした)男性陣は大人しく壁際から離れた。

「でもさ、なんかこういうのを修学旅行気分つーのか?」

「あ、ぽいな!」

「なんかワクワクするな」

「いーなー! 大浴場なんか初だ!」

「隣が女湯だと思うだけでドキドキする・・・!」

「あははは、バーカ!」

 男はいくつになってもバカなものである。

 ふと目が合うアンジェロとクライド。何気無く互いの視線は互いに下半身へ。しばらく眺めて再び目を合わせると、

「さすがクライドさん」

「お前もさすがだな」

 なぜか握手を交わす二人。

 続いてレミに視線をやるパパコンビ。下を見て、二人して鼻で笑った。笑われたレミはカッチーンだ。アンジェロに大人になってまで負ける部分があることが許せないレミだったが、どうしても越えられない壁があったらしい。現実を対比して悔しそうに風呂の縁の大理石をバキバキと握りしめている。

 更にパパコンビはシュヴァリエを見渡し、またしても鼻で笑う。こちらも当然、笑われた方はカッチーンだ。

「ガッデム!(古)」

「何笑ってんだ!」

「ハッ、マカロニが喋んな」

「ブクブク」

「エド・・・」

 ショックを受けたエドワードは入水自殺することにした。

「男の価値はデカさじゃねーよ!」

「そーだ! この胸に溢れる愛! 愛さ!」

「せめて彼女作ってから言えよ」

「ブクブク」

「レオ・・・」

 ショックを受けたレオナルドは入水自殺することにした。

「はは、アンジェロ、そのくらいにしとけ」

「しょうがないですね」

 どうも2人はツートップのようだ。

「あれ? なんで2人は溺れてんの?」

 そこに遅れてジョヴァンニがやってきた。

「あぁ、なんか自殺――――」

 振り向いたツートップは目を瞠る。少しして二人とも水に沈んだ。 シュヴァリエは大喜び。

「すげぇ! スゲェよ、ジョヴァンニ!」

「え? なにが?」

「キング!」

「いや、エンペラー!」

「皇帝・ジョヴァンニ1世陛下!」

「や、あの、なにが?」

 ジョヴァンニは意図せず皇帝に擁立された。

 ジョヴァンニは当然、全員から下半身をガン見されて賞賛されるのは微妙に良い気分ではない。

「もう、そんな見ないでよ。恥ずかしいんだけど」

 そう言って困ったような顔をしながら恥ずかしそうに、隠す仕草をするジョヴァンニ。

(オトメン!?)

(下半身は誰より男らしいのに!)

(オトメン!)

 なぜか萌えた。やはり男はバカな生き物である。


「とりあえず、楽しくなりそうです、と」

「伯爵への手紙か?」

「うん」

 ミナはインドに来たころからずっとアルカード宛てに手紙を書いている。書いたからと言ってどこに出すでもなく、帰ってきてから見せようとは思っているものの、実際その時になって恥ずかしくなりそうだとも思う。

 ―――――だけど今になって思うと、書いててよかったかも。話すこと多すぎだもん。

 ミナも他のみんなも、まさか休眠期が30年もあるとは思いもよらなかったので、さすがに細かいことや、その時どう思ったかなどは忘れてしまっている。が、きっかけさえあれば思い出したりするものだ。この手紙は思い出すきっかけには十分役に立つ。

「伯爵の手紙には、俺達の事書いてるのか?」

「うん」

「記憶を失ってたことも?」

「うん」

 ミナは途中で気づいた。アルカードへの手紙には、アンジェロと自分の思い出しか書いていない。ずっと一緒にいたのだから当然と言えば当然ともいえるのだが。

 が、記憶を失っていた9年と数か月の間はアンジェロ本人は少ししか登場しない。あの頃、ミナから見てアンジェロはとっつきにくい人だった。いつものように初対面の人にも親しげに接していたミナだったが、通常ならすぐに打ち解けてくれるのに、アンジェロだけはミナから逃げ回り「俺に近寄るな」オーラを前面に押し出していたからだ。

 それでもシャンティの事があって、アンジェロを見直して仲良くしようと思ったのだがその努力も悉く不毛に終わり、とうとうケンカして嫌いとまで言われた。それでも仲直り出来て、少しは仲良くなれた。

 ―――――あの後からアンジェロも少しだけ、私から逃げるのをやめてくれたんだよね。

 その事に気付いて、改めて自分に落胆させられた。

 ―――――アンジェロ、私の事ずっと好きだったのに、私に忘れられて、それでも私から逃げ回るって、それって、とても辛いことなんじゃないの? アンジェロが私の為に犠牲にしたものは、大きすぎる。

 魂も、精神も、心も、なにもかも。アンジェロは持てるすべてをミナに捧げた。実際にアンジェロは魂を売り渡したし、ミナの為なら自分が壊れてしまってもいいとさえ思っていた。今でも、そう思っている部分はある。

 それなのに、自分はアンジェロの為にしてやったことは何もない。ただ日々を楽しく幸せに過ごして、ただ、自分の望むように生きていただけ。それは昔からそうであった。

 結果的にミナが平和主義だったり博愛主義だったために好転することが多かったと言うだけで、自分の平和の為に論争を吹っ掛ける様な事はあったが、基本的には面倒事からは逃げ回ると言う性分だ。

 アンジェロのように物事を熟慮して、最善も最悪も考慮し痛苦に耐え続けるなど、ミナには到底不可能だ。が、ミナの方がいたって普通でもある。異常なのは当然アンジェロの方だ。

 病み方は勿論、忍耐力も、行動力も愛も、度が過ぎる。500年くらい前の人間はどの国でも恋の病でデッドオアアライブを彷徨っていたが、アンジェロもその類らしく献身的で悲観的だ。

 ―――――アンジェロは楽観的にはなれない。だから、悪魔に付け込まれたんだ。

 本来のアンジェロならその強靭な精神で悪魔など撥ね付けたであろう。だが、アンジェロは恋をした。恋を知って、その隙に付け込まれてしまった。ミナはようやく知る。ミナとアンジェロの恋は、契約させるために仕組まれたジュノの策略だったのだ、と。当然、その結果はジュノが打ち立てた数式の一つにすぎないのだが。

 二人が恋をしたことで成立する数式は複数の連立方程式。ジュノは常に一つの行動に複数の意味を持たせる。

 ―――――ジュノ様の目的って、なんだろう。

 とりあえずミナに思いつくのは、ミナとアンジェロを結ばせて、アンジェロを契約させ、アルカードとケンカになるように仕向ける。だがジュノの事だ。それだけで済みそうにはない。絶対にまだ何かある。今回の旅行も、その策略の内かもしれない。

「! んぅ」

 急に思考を遮断された。

「珍しく考え事かよ。よりによって、俺と二人きりの時に」

 アンジェロに言われる筋合いはない。が、そう言って唇を舐めて、至近距離でミナを見つめる鋭い視線に言葉の方がすくんでしまった。

 ―――――この人の顔はいちいちエロい! このエロ男爵!

 心の中でしか反論が許されない。口を塞がれて、頭の中で思考したことは悉く溶け始める。

「お前は何も考える必要ねぇよ」

「でも・・・」

「それは俺の仕事。夫婦揃ってジメジメ考え事したらカビ生えるぞ」

「・・・そうかも」

「大体お前には向いてねーって。そういうの。そんなキャラじゃねーだろ」

「ん、まぁね。適性があるかは知らないけど」

「あるに決まってんだろ。お前がどんだけ考え事したって、お前バカだから」

「・・・ムカツク」

 バカなミナには考えるだけ無駄だと言いたいらしい。ムッとするミナの首筋に唇を寄せながらアンジェロは言う。

「心配すんな。悪魔の好きにはさせねぇ。伯爵ともケンカしねぇでいてやる。悪魔の策略なんて全部ひっくり返してやる。だから―――――」

 アンジェロの言葉をそのまま信じたい。だけど、アンジェロはウソつきだ。しかも悪党。加えてエロ男爵。思考どころか懐疑ですらも、アンジェロには打ち消される。


 アンジェロはミナに余計な悩みを抱えて欲しいとは思っていない。毎日ただ楽しく幸せに生きて欲しいと願っている。ミナも基本的にはそうしたいと思っているし、そうしている。

 ミナの代わりにアンジェロが苦悩し、ミナはアンジェロといると思考が停止する。

 アンジェロはミナを過度に保護し、ミナはアンジェロに過度に依存する。この二人の関係を精神医学では「共依存」と呼ぶ。二人の間にあるのがただの愛ではないことを、本人たちは気付かない。

「うふふ。そうですよ。何のためにあなた方二人を結ばせたと思っているんです? あなたたちだから。強烈に惹かれあい、相互に依存しあう。出会った頃から変わらない、それ以上に愛を得て強烈になった、共依存。これほどまでに求め合うのは、運命フォルトゥーナの相手だからかもしれませんね。悪魔わたしが操る、運命フォルトゥーナ


 仕組まれたフォルトゥーナは何一つ、ジュノの掌から零れ落ちてはいない。運命を変えられるのは、意志のある者だけ。自分で思考する意思を奪われたミナには、運命を変える事は出来ない。ミナに本来備わっていたはずのその力量ヴィルトゥは、奪われた。力量ヴィルトゥのない者は、運命フォルトゥーナに流される。


★力量に欠ける人に、運命はより強くその力を発揮する

―――――――――――ニッコロ・マキァヴェッリ

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