神の名は無意味。世界にとって本当の神は、愛なのだ
子供が生まれて5年、インドに来てから20年経った。
やっぱり双子達は成長が著しく、既に見た目は10歳くらいになっている。それでも中身は5歳児らしく、ミナやアンジェロの後を付いて回って、いつもいつも
「お父さん」
「お母さん」
「「遊ぼう?」」
とユニゾンしてねだられるものだから、ついつい可愛くて朝方まで遊びに付き合ってしまう。
今日はアンジェロやシュヴァリエ達も一緒になって遊んでいる。その様子を窓から見つめるミナはリュイと一緒になってハァハァ言っている。
二人で恍惚の表情を浮かべて男どもを眺めていると、女の子を抱っこしたボニーがやってきた。
ボニーとクライドの娘、メリッサ。予想に違わずミラーカの生まれ変わりのようで、女の子だからかボニーにそっくりの金髪碧眼の美少女だ。うっすらクライドの遺伝もあるらしく、少しだけ浅黒い肌で、子供にしては手足が長い。シュヴァリエは当然ながら、全員から将来を嘱望される美少女である。
メリッサもまた成長が早く、まだ3歳だと言うのに7歳くらいに見える。それでも双子同様にまだまだ甘えん坊、かと思いきや、そうでもない。ミラーカの生まれ変わりだったせいか、ボニーやクライドがキスをしようとしたり、クライドが風呂に入れようとするとブチギレるようだ。そのせいでボニーもクライドも
「間違いなくメリッサはミラーカ様だよ」
「マジで。俺らに厳しいよな」
「子供に甘えてもらえないって、寂しいね」
「だよなぁ」
とヘコんでいる。それでもたまには(歩くのが面倒臭いらしく)大人しく抱っこされていて、その時はメリッサより抱いている二人の方が嬉しそうにしている。そんなお姫様なメリッサを抱っこしたボニーは、ハァハァ言うミナ達に笑って声をかけてきた。
「二人してなに興奮してんの」
「だって、双子とアンジェロがサッカーしてるんです!」
「してるねー」
窓の外、庭ではアンジェロやシュヴァリエ達と双子がサッカーをして遊んでいる。アンジェロは北都がサッカーのクラブに入っていたと聞いて、一緒にサッカーをしたかったと言っていたし、何より旦那と我が子が仲睦まじく遊んでいる姿が、最高にハッピーなのだ。
「あぁ、なんて素敵な光景。マイホームパパなアンジェロさんと双子ちゃん達が戯れて・・・あんなに楽しそうに」
「本当、素敵な光景だよ。こんな光景を見る日がやってくるなんて、私、私、生きててよかったー!」
「良かったですね! お嬢様!」
「・・・ミナ、大袈裟」
案外大袈裟でもない。20年前に死んでいたら、その光景を見るどころか、願うことすらもできなかったのだから。だから今は心底生きていて良かったと、あの時アンジェロやシュヴァリエ達が引き留めてくれて本当に良かったと、心から感謝した。
すると、心も体も10歳になったクリシュナが傍までやってきた。クリシュナは双子達が急成長したことが普通じゃないと最近気づいたらしく、不信に思っているようだ、とシャンティが言っていた。
「ねぇ、ミナ様」
「ん?」
「ミケランジェロも翼もみんなも、こんなに真っ暗でよく見えるね」
時間は既に10時を回っている。明かりはあるものの、とてもではないが普通ならサッカーしようとは思えない明度だ。
返事に困っていると、「なーんてね」とクリシュナが笑った。
「知ってるよ、覚えてるから。僕が、吸血鬼にしたんだから」
その言葉にとても驚いた。クリシュナは成長と共に前世のことを話すことは減ってきて、成長と共に忘れてしまったのだと思っていた。
「クリシュナ、覚えてるの?」
「うん。いつか、みんなにもちゃんと話さなきゃって思ってたんだけど」
「・・・クリシュナ、ゴメンね」
「なんでミナ様が謝るの? ミナ様は何にも悪くないじゃん」
わかってる。ミナは何も悪くない。だけど、どうしても謝罪したい感情が湧き上がって来たのだ。アンジェロが願った為に、記憶を持ったまま生まれ変わってしまった。アンジェロが願ったのは、ミナの為なのだから。だが、自分を見上げるクリシュナの視線は悲しみを帯びている。困ったような顔をしながら、優しく微笑んでいる。まだ、10歳の子供にそんな顔をさせてしまった。
―――――きっと辛いのはクリシュナの方。私が辛そうな顔してたら、クリシュナはもっと傷つくかもしれない。
そう思って、少しだけ微笑んでクリシュナの頭を撫でた。
「覚えてるのは、記憶だけ?」
「ううん、何を考えてたかも覚えてる」
「そっか。話そうと思ったのは、どうして?」
「わかったから。ジュリアスが、なんで伯爵を憎んだのか」
「どうして、わかったの?」
「好きな子ができたから」
クリシュナは恋をして、恋を知って、その苦しみを知ってしまった。きっとそれまではわからなかったのだ。あれほどの凶行に駆り立てるほどの感情がなんなのか。
恋をするのはいいことだ。だけど恋は苦しみを伴う。前世の事があるから、クリシュナは人よりも余計に苦しむ羽目になってしまった。現在の恋に悩んで、前世の恋に悩んで、たった10歳の子に重い枷をかけたのは、アルカード。それを引きずらせてしまったのは、ミナとアンジェロ。
思い切って、聞いてみることにした。
「覚えてる? 最期の時の事」
そう尋ねると、クリシュナは真っすぐミナを見上げている。クリシュナが口を開こうとした時、双子とシュヴァリエ達がガヤガヤと戻ってきた。それでクリシュナは口を開くのをやめて、シュヴァリエ達に視線を向けた。
「丁度良かった。ミナ様、みんなを集めて」
「・・・うん」
先に聞けなかった事に少し不安を感じたが、アンジェロにみんなをリビングに引きとめてもらえるように言って、双子たちは部屋に戻した。
吸血鬼達が勢ぞろいしたリビングで、シャンティとレヴィの間に座ったクリシュナは、思い切ったようにためを作って、みんなに言った。
「正直僕は、ジュリアスがあの戦いを起こして伯爵に攻撃を仕掛けたのはしょうがないと思う。ジュリアスを殺して恋人を奪った。あの時、ジュリアスは本当に悲しかったんだ。ジュリアスは伯爵と出会って、友達だって思ってた。なのに裏切られて、殺されて、ミナを奪われた。そんなの、僕だって許せない。それにヘルシング教授も言ったんだ。ジュリアスが正義だって。僕も、それは間違ってないと思ってる」
クリシュナの言う通りだと思った。アルカードのしたことは、ジュリアスにとっては本当に辛かったに違いない。友達から恋人を奪うこと自体はそんなに珍しいことでもない。だけど奪われた人にとっては苦痛でしかない。しかもジュリアスの場合は殺されて、吸血鬼にまでされてしまっているのだ。100年も憎んだって仕方がないほどの憎しみを抱えて、抱えさせられたのだ。全ては、アルカードが元凶。
やはり謝罪したい感情に駆られたミナだったが、続けてクリシュナが言った。
「だけど、どうせなら正々堂々伯爵と戦うべきだったんじゃないかなって思う。ミナ様たちは関係なかったのに巻き込んで、ジュリアスはあの場にいたミナ様以外の人を、皆殺しにした。ジュリアスはそれほどまでの憎しみを抱えてたけど、それでもそんな事はするべきじゃなかったと思う」
言葉を切って、クリシュナがミナに向いた。向いて、頭を下げた。
「ミナ様、ごめんなさい」
謝罪して頭を下げるクリシュナに慌てて手を振った。
「あ、クリシュナ、頭上げて。クリシュナは悪くないんだから、謝ることないよ。悪いのは私達の方なんだから」
そう言うとクリシュナは頭を上げる。
「確かに僕は悪くないけど、僕はジュリアスだから。ジュリアスが僕だから、ジュリアスの代わりだと思って聞いて」
クリシュナはジュリオの業を背負って生きることにしたんだと気付いた。憎しみも愛も、業も、背負う事にしたのだ。クリシュナは何も悪くない。でも、ジュリオはクリシュナだから、厳密には違うが、「自分のしたこと」と受け止めたようだった。
まだ子供のクリシュナにそんな事を背負わせてしまったことを、ひどく申し訳なく思ったが、続けてクリシュナが言った。
「ジュリアスは、伯爵はともかくミナ様たちの事は、別に嫌いじゃなかった。だけど引くに引けなくて、自分に言い聞かせてたよ。もういい、しょうがない、伯爵の身内なんだから仕方がないんだって。最初に出会ったのはクライド様とボニー様だったよね。最初に二人に出会って城に来て、ミナ様を誘拐して。最初の頃ジュリアスは、いずれ自分に殺されるとも知らないで、バカな奴ら。そう思ってたよ。だけどみんなと過ごすのは本当は楽しかったから、みんなが伯爵の仲間じゃなかったら良かったのになって、思ってた」
ジュリオはやはり出来た人だったのだと思った。アルカードを憎んではいたが、心の中ではその仲間は関係ないのだと思いたかったのだ。だけど、より強い憎悪に押し潰された。きっとそれはジュリオにもどうにもならない程のものだったのだろう。
だけど、違う出会い方をしたかったと思ってくれていた。その事が素直に嬉しかった。
「ジュリアスは伯爵が大嫌いだった。顔を見るのも嫌だったよ。その気持ちは僕にだってわかるよ。だけど、伯爵はずっと謝ろうとしてた。それに気付いてたのに、気付かない振りをして逃げ回ってた。みんなといるのが楽しかったから、伯爵が謝ってきてミナ様に説得されてしまったら、許してもいいと思ってしまうかもしれない。ジュリアスは、許してしまうのが怖かったんだ」
もし許してしまったら、アルカードの為にミナが死んだことすらも許すことになりそうで、自分が自分でいられなくなりそうだった。100年の思いも、努力も、全部水の泡になるのが恐ろしかったのだ。
そう考えて、ジュリオに新しい生き方を提示して、やはり仲直り出来るようにもっと努力すべきであったと心から後悔した。
自分の不甲斐なさに俯いていると、話を聞いていたクライドがクリシュナに尋ねた。
「ジュリオはヴァチカンから出ようと思ったことはないのか?」
その問いにクリシュナは首を横に振った。
「何度も考えたみたいだよ。あそこは聖者だらけだから、吸血鬼のジュリアスは迫害されてた。周りは敵だらけなんだよ。そんなの、普通は嫌だもん」
「そうか、そうだよな。アイツ、ずっと孤独だったんだな。でも、ならなんで出なかったんだよ?」
「ヴァチカンを裏切ったら死ぬからだよ。ヴァチカンに来たときに教皇とそう言う約束をして、そう言う呪いをかけられたから」
「じゃあジュリオは・・・・・」
「勿論ヴァチカンにいるのは悪いことばかりじゃなかったけど、好きでいたわけじゃなかったよ。だけど目的の為にはその方が都合がよかったんだ」
ジュリオの感情を抜きにすれば、ジュリオとヴァチカン側双方で利害が一致したと言うことなのだろう。ヴァチカンを裏切れば死ぬとなれば、目的も果たせない内に出るわけにはいかなかったはずだ。彼が生き直す道は、完全に閉ざされていたのだ。
「それにね、自分の息子たちを置いて逃げるなんて、考えられなかったんだ」
その言葉に顔をあげると、クリシュナはシュヴァリエ達に悲しげな視線を向けた。
「死神のみんなに、一番謝らなきゃいけないよね。ずっとウソ吐いて騙してゴメン。辛い思いをさせてゴメン、あんな命令をしてゴメン。本当はわかってたよ。みんながどれだけジュリアスを信頼して慕っていてくれたか。わかってたけど、認めたくなかった。みんなの愛を認めたら、自分の愛を認めたら、幸せを望んでしまうから。だけど本当はジュリアスはみんなを信頼してたし、愛してたよ。大事な、自慢の息子たち」
クリシュナの言葉を聞いて、シュヴァリエの何人かは瞳を潤ませて、顔を覆った。ジュリオが本当はみんなを愛していたんだと聞いて、ミナは心底嬉しかった。
―――――やっぱり、ジュリオさんはそう言う人なんだ。優しい人なんだ。よかった、みんなが苦しむことはもう、ないんだ。
愛と信頼を拒絶されて、みんな苦しんだ。裏切り者と罵られて傷ついた。だけど、愛されていた。シュヴァリエ達は、やっと苦しみから解放されたのだ。
切な気な表情をして俯いていたアンジェロが、クリシュナに尋ねた。
「最期のこと、覚えてるか」
その質問にハッとして、みんなで息を飲んだ。クリシュナは少し俯きながら頷いた。
「覚えてる。目に焼き付いて離れない」
その返事にアンジェロは辛そうに俯いていて、それを見たクリシュナはアンジェロの前まで行って膝をつき、手をとった。
「覚えてる。僕に、ジュリアスに銃を向けたときの、アンジーの辛そうな顔が忘れられない。みんなの泣き顔が忘れられない。ミナ様の優しさが忘れられない。ミナ様に縋り付いて、ジュリアスに何度も謝るアンジーの姿が、忘れられない。アンジー、ゴメンね。アンジーには一番辛いことをさせた。ジュリアスは嬉しかったんだよ、みんなが泣いてくれたから。一度も泣いたことのないアンジーが今にも泣き出しそうで、自分をどれほど愛してくれてたか、痛いほどにわかったから。ジュリアスはアンジーの手にかかって死ぬなら、それが一番幸せだって、そう思いながら死んだよ」
クリシュナの言葉を聞いてアンジェロは顔を歪めたと思うとクリシュナを抱きしめて、少し喉を詰まらせながら「ありがとう」と呟くように言った。その様子に、ミナもみんなも、もうアンジェロが苦しむことはないんだと、救われたんだと安心して、涙をこぼした。
「アンジー、ゴメンね。ありがとう。アンジーは優しいね。ジュリアスの事、嫌いにならないでいてくれてありがとう」
「嫌いになんてなれない。あの人は俺の憧れで、尊敬してたし父親だって思ってた。今も、昔も、家族だって思ってる」
「ジュリアスもそう思ってたよ。アンジーは一番傍にいたから一番ジュリアスに似てるし。賢くて、優しくて、ウソつき」
「ああ、そうだな」
少しだけ微笑んだアンジェロにクリシュナも微笑んで首に腕を回して抱きしめる。
生前弁護士だったジュリアスは頭もよく口も達者で優しかった。それはアンジェロから見てもそうで、ずっと変わらず尊敬の対象だった。信頼していたし、心から愛した父だった。
アンジェロがクリシュナから離れて少し落ち着いてから、もう一つ似ている、と教えてくれた。
「ジュリアスは子供の頃からバカにされてたんだ。名前負けしてるって。ただでさえ苗字がキングなのに、何を考えたか親がジュリアスなんて大それた名前つけて、お前は普通なのに名前は偉そうとか友達に言われて。それで悔しくて頑張って弁護士になったんだよ。まぁそれでも、上司からは名前負け弁護士って呼ばれてたけど。アンジェロも名前負け神父って呼ばれてたしねぇ。変なところが似たね」
それを聞いてみんなで「そういえば」とクスクス笑って、アンジェロはちょっとムッとしたらしかったが、すぐに気を取り直した。
「確かに俺は名前負けしてるけど。それは名前つけた親のせい。それにジュリオ様は名前負けしてねーよ。ジュリアス・シーザーよりも立派だ。少なくとも裏切ったブルータスは、好き好んで裏切ったわけじゃねぇし」
「うん。だけど裏切り者はやっぱりジュリアスの方かなって思う。あの時伯爵が言ったことがずっと引っかかってたみたいだよ。裏切り者はお前の方だ、お前がコイツらの信頼を裏切った結果だって。そこは僕も、伯爵の言うとおりかなって思う」
ブルータスは一体どちらだったのだろうか。
「ブルータス、お前もか」
ジュリアス・シーザーの伝説の中で最も有名な言葉。腹心中の腹心の部下であったブルータスに裏切られ、殺され、死に際に言った言葉。同じようにジュリオもアンジェロに言った。
「アンジェロ・・・お前にまで裏切られるとはね」
あの日、あの場にいた全員が、辛く悲しい裏切りを経験した。誰もが信頼を裏切られ、愛情を裏切られ、また、裏切った。あの日あの場にいた者は、誰もがブルータスだったのだ。
「アンジー、ダンテの神曲を覚えてる?」
アンジェロに教育を施したのも、たくさん絵本や本を読み聞かせ、様々な歌や文学を教えたのもジュリオだった。世界的名著、イギリスやヨーロッパの童謡や民謡や民話。話して聞かせる度に子供だったアンジェロは目を輝かせて、もっと教えて、続きを早く、と急かしたものだった。
その事を思い出しながら小さく笑って、「覚えてる」と返事をした。
「地獄の最下層で地獄の王ルシフェルに喰われていたのは、ブルータス、カシウス、イスカリオテのユダ。いずれも弑逆を働いた裏切り者だったよね」
「そうだな。ダンテは裏切られた為にフィレンツェを追われて失意の底にあったから、裏切り者が許せなかったんだな」
「うん。でも僕は思うんだ。政に裏切りはつきものみたいだし、裏切る人が悪いけど、裏切られる人も悪いよ。人の話を聞かないから裏切られた。あの3人も、ダンテも、ジュリアスも」
異論や提言が真心からのものであれば、それを議論したり吟味する余地はあってもいいはずだ。それをせずに自分の考えに固執した者は裏切られても仕方がない。忠臣の衷心からの訴えに耳を貸さない時点で、その者は既に裏切り者なのだ。
齢10でありながらジュリオの記憶を宿していた為に、膨大な記憶と知識を有することになったクリシュナは、子供ながらにそう思ったのだろう。クリシュナの言葉を聞いて、ミナもアンジェロ達も、裏切りは絶対的悪であるが、あるいはクリシュナの言う通りかもしれない、と思った。
「アンジーは人の話を聞かないところもジュリアスに似てるみたいだし、気を付けるんだよ?」
それを聞いて思わず全員で吹き出した。確かにアンジェロは人の話を聞かない。独断専行する辺りもジュリオに良く似ている。
笑ってしまった全員の様子にアンジェロは憤慨して、「お前らも人の話聞かねぇじゃねーか!」と言いだして、確かにそうだと納得した。ミナもそうだが、シュヴァリエ達も人の話を基本的に聞かない。どうやら類友だったようだ。
「ハッハッハ、まぁ似た者同士、仲良くやりゃいいじゃねーか」
そう言いだしたクリスティアーノの言葉に途端に全員で開き直って、「そうだよねー」と笑い合って、結局はシュヴァリエ達もミナ達も基本的にはお気楽思考だ。みんな仲良くしていれば、ケンカはしても裏切ったりはしないだろうと言う結論に至ったようだ。
結局クリシュナのジュリオに関する話は大団円を迎えて、ジュリオの気持ちを聞くことが出来てミナもひどく安心したし、アンジェロやシュヴァリエ達も心から安堵した。クリシュナも自分は自分、ジュリオはジュリオと割り切っているようで、逆にジュリオの記憶から学ぶことにしているようで、そのクリシュナの強さと優しさに感動すらした。
話が終わってアンジェロと部屋に戻り、手を引いてソファに座らせると、頭を抱いて自分の肩に寄せた。アンジェロは少し驚いたようだったが、大人しくしている。
「アンジェロ、よかったね」
「・・・よかった」
「やっぱり、さすがだね。さすがシャンティとレヴィの子だよ。あんなにいい子に、強い子に育って」
「あぁ」
「さすが、ジュリオさんの生まれ変わりだね。あんなに優しく賢い子に育って」
「あぁ」
「よかった。アンジェロやみんなの愛は、裏切られてなかった」
「・・・っ・・・あぁ」
少し喉を詰まらせて抱きしめ返してきたアンジェロの頭を撫でて、言った。
「アンジェロ、いいよ。大丈夫。今は誰も見てないから」
そう言って背中をぽん、ぽんと優しく叩くと、アンジェロは抱きしめる腕に力がこもって、小さく嗚咽を漏らし始めた。アンジェロの頭を撫でながら、思う。ミナの肩を濡らすこの涙には、どれほどの愛と救済が含まれているのだろう、と。
―――――この涙はきっと、アンジェロの心の中の苦しみを洗い流してくれる。あぁ、本当に、ジュリオさんが生まれ変わってよかった。また、出会えてよかった。やっぱり彼は、アンジェロのお父さんだ。アンジェロを、救ってくれた。
アンジェロやシュヴァリエ達の苦しみは、ミナにはどうすることもできなかった。時間の経過と、自分たちで乗り越えるしかなかったのだ。そこにもたらされた転生者からの告白は、間違いなく彼らを救済し、その愛を讃えたのだ。
―――――愛は地球を救う、とか言うけど、本当、そうかも。
今日と言う日の出来事、アンジェロたちの愛、ジュリオの愛、クリシュナの愛、その全てにミナは感動して、心から感謝した。アンジェロの震える肩を抱きしめて、ミナも共に涙を零した。
アンジェロは割とすぐに落ち着いたようで、ミナの頭を撫でながら「ありがとう」と言った。それに少し嬉しくなって、笑って言った。
「アンジェロは辛い時は絶対泣かないのに、嬉しい時は泣くんだね」
「・・・うるせーな」
どうやら恥ずかしいらしく、反抗的なうえに未だミナから離れない。それが可笑しくて、また笑いそうになる。
「でも、私アンジェロのそういうところ好きだよ」
「・・・・・」
とうとう無言だ。照れ屋な旦那に苦笑して、更に畳み掛けてみる。
「そういうアンジェロはちゃんとかっこいいよ。言うでしょう? 存分に泣け、はけ口を閉ざされた涙がうちに溢れかえれば、ついには胸も張り裂けようって」
「・・・・マクベスのマルコムか」
「さすが、アンジェロ」
シェイクスピア4大悲劇の白眉、マクベス。アンジェロもミナもシェイクスピアは好きだ。イギリス人であったジュリオも好きで、よくアンジェロに薦めて読ませた。
「王が帰ってきたら、テンペストの主人公は、王を赦すかな」
呟いたアンジェロの背中を撫でてうなずく。
「きっと、赦してくれるよ」
「ロミオとジュリエットは心中しねぇで済むかな」
「少なくとも私は、早とちりして死んだりしないよ」
「ハハ、そうだな」
悲劇を喜劇に。二人は心からそう願う。ハムレットの為にオフィーリアは既に死んでしまった。マクベスには相変わらず魔女が付きまとう。だけど二人は信じるのだ。愛は野望を超越する。赦しこそが愛なのだと。この世に悪魔は存在しても、神はいない。
人を救済し、赦し、慈しむのは神ではなくヒトの愛。ヒトが作りだす愛こそが、神なのだ。
★神の名は無意味。世界にとって本当の神は、愛なのだ。
――――――――――アパッチ族のことわざ




