愛する相手に恩がある
残念ながら山姫の元にはあいさつに行く事は出来なかった。当然遊びに行きたいと打診したのだが、都合のいい日程を尋ねると次のようなメールが返ってきた。
TITLE:ゴメン(T_T)
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実はアタシこれから休眠期なのよ! それまでやることが多くてちょっと時間作れそうになくって。
龍が目覚めるのがあと15年でしょう? アタシもちょうどその翌年には目覚めると思うから、龍と一緒にいらっしゃい。楽しみにしてるわ。ごめんねー!
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とのことだった。実際しばらくすると「お休み」とメールが来て、その後連絡しても返信が返ってこなくなったので休眠期に入ってしまったようだ。
「山姫さん、15年か・・・」
「伯爵が帰ってくるのと同時期くらいか。ま、しょうがねぇよな」
「姫に15年も会えないのかぁ。淋しいねー」
「だなー。俺らもあと100年くらいしたら寝るんだろうなぁ」
ボニーとクライドも当然淋しがって溜息を漏らす。この二人は日本にいて山姫に10年も世話になっていたので、血族ではないにしろ山姫を家族同然に思っているのだ。淋しくないはずはない。
「ね、けどさぁ、アイツ。アイツが一番淋しいんじゃない?」
「あぁ、そうかもしれませんね。アイツ滅茶苦茶ヘコんでましたから」
「淋しいだろうなぁ、15年も好きな女に会えないなんて」
「オリバー、会えない間に気が変わったりしないかなぁ」
「どうだろうねぇ。普通なら変わってもおかしくないよ」
「ですよねぇ」
そうなのである。オリバーがこれでもかと言う程意気消沈して荒れている。それは仕方のないことだとみんな思っているのだが、いかんせん15年も会えないものだから結構すさまじく荒れていて、ここ最近しょっちゅう夜遊びしている。
とりあえず山姫とどんな連絡を取ったのか聞いてみたのだが、オリバーは頑として口を割らない。仕方がないのでミゲルにハッキングしてもらってメールを覗き見た。
TO:山姫さん
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休眠期に入るって本当ですか?
TO:オリバー
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ええ、本当よ。15年後にはまた起きてくるから、それまでしばらく連絡は出来ないけど、目覚めたらまたメールするわ。
TO:山姫さん
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そうなんですか。淋しいです。山姫さんの傍で帰りを待たせてもらってもいいですか?
TO:オリバー
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あら、それはダメよ。
TO:山姫さん
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そんなアッサリ断らないでくださいよ。ショックじゃないですか。
TO:オリバー
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ゴメン^_^;
TO:山姫さん
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全くもう。寝てる間に俺に他に女が出来ても知りませんよ。
TO:オリバー
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オリバーにとっては、その方がいいと思うわ。
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この最後のやり取りが相当ショックだったと思われる。この返事がショックで、なかば自棄になってオリバーらしくもなく毎日のように女遊び中である。
それは意味のないことだしやめた方がいい、と言おうかとも考えたのだが、アンジェロに止められた。
「なんかわかんねぇけど、山姫さんとしてはオリバーが自分に向いていると、都合が悪い事があるんだろ。この間にオリバーが別に恋を出来てそれで幸せになれたらそれでもいいと思うし、山姫さんがそうした方がいいと思ってるなら、その方が双方にとっていいんじゃねーか」
確かにアンジェロの言う事も一理あるが、出来る事なら山姫を思い続けて欲しいと思うのも女心である。それが自分の勝手であって、あくまで理想を押し付けているんだという事はわかってはいるが。
山姫はオリバーを憎からず思っていたはずだ、と思っていたので、山姫が目覚めてオリバーに本当に別の彼女ができていたらショックなのではないか、そう考えると残念な気もするが、山姫自身がそうしなさいと言っている以上、山姫の本心はわからないし、自分の願望を現実だと思い込んでいるだけなのかもしれない。そう考えると何も言えなくなって、オリバー自身がどうするかに委ねる他なくなってしまった。
「普通の恋人同士でもよ、15年も会えないってなったら、さすがに別れるんじゃねぇか」
「確かに、そうだよね」
現実的に考えてそれが普通だと言う結論に至って、ミナも他のみんなもオリバーを見守ることにした。そのオリバーは、たまにミナとアンジェロにちくちく嫌味を言う。
「いーねー、二人はラブラブで。俺も1000人くらいと女遊びしたらその内誰かとラブラブになれんのかなー」
「俺1000人も遊んでねーよ! クリスが言うには500人だ!」
「それは初期段階の話じゃん。ミナと付き合うまでの期間トータルしたら、絶対1000人超えてるよ」
「・・・」
そう言われて、アンジェロは「そうかもしれない」という顔をして密かに落ち込んだようだ。ミナはそのやり取りを聞いて当然、驚いた上に引いた。
ミナとしてはどうしてアンジェロがそんなにモテるのかが理解できないが、ボニーが言っていた。
「なんかねぇ、女慣れしてる奴って変に魅力があんの。しかもアンジェロってあのキャラじゃん。基本自分に自信がある奴って人を惹きつけるし、アンジェロは口も達者だし頭の回転も速いし、駆け引き上手なんじゃない。それでなくてもモテそうな顔してる」
要するにイケメンで口も上手いからモテて当然らしい。それを聞いたミナはイマイチ納得できなかったが、アルカードにしてもアンジェロにしても、他人が美貌を褒める相手に基本興味が湧いたことがない。現在アンジェロを好きなのは別に顔のせいではないので、自分の美的感覚とか恋愛のセンスは他人とズレているんじゃないか、と改めて考えて少しだけガッカリした。
だけど、そこまで考えて不思議に思った。ジュノは言っていた。10年以上片思いしていたのはミナの方だと。ミナとしてはそれはあり得ないことである。同時期に好きな人が二人できるなんて、確かにあり得ないことではない。だけど、少なくとも最初の数年、自分の心を占めていたのはクリシュナだったはずなのだ。
確かに最初にジュノに会った時ジュノに嫉妬したことは認めるし、アンジェロが自分を置いて遊びに行ったことも不満だったし、アンジェロがいなくて不安だったのも、忘れられなかったことも事実だ。だけど、少なくとも恋ではなかったと思う。
後から聞いた話だと、レミは最初からミナがアンジェロに恋をすることを危惧していたと聞いた。ジュノもほっといてもそうなると言っていたし、自分でもそう思う。だけど、少なくともあの時までは、あの逃避行中の出来事があるまではアンジェロを男として意識したことはなかった。
―――――もしかして、ジュノ様は私が確実にアンジェロを好きになるようにしたのかな。私とアンジェロをくっつけたのもジュノ様の仕業って言ってた。
考えて、気付く。この恋も結婚も出産も、いまだジュノの掌の上から零れ落ちた事などないのだ、と。少なくとも現段階まで、全てジュノの思惑通りに行っていると考えてよさそうだ。それどころか、ミナが気付かないところでジュノが伏線を張っている可能性だって否定できない。
そう考えて、不安に駆られた。すぐにアンジェロに尋ねに行った。
「ねぇ、ジュノ様の本当の目的ってなんだろう?」
アンジェロたちはミナには話していない。ジュノの目的がアンジェロ、アルカード、そしてミナの魂を略奪することにあるのだと。仲間内で殺し合いをさせようとしているのだと。その事に気付いたのが妊娠期間中だったこともあるし、無闇にミナを不安にさせたくなかったから黙っていた。少なくとも、それに気づいたことをジュノに悟らせない方がいいだろうし、アルカードの帰還を待って公表した方がいいと考えているので、当然アンジェロは現時点でミナに話す気はない。
「うーん、俺と伯爵を狙ってんだろ」
「それはそうなんだろうけどさ、まだ何かありそうなんだよね。だって、双子は純血種なんだよ。アンジェロが死んで、双子やアルカードさんまでジュノ様に攻撃を仕掛けたら、さすがにただじゃ済まないでしょ? そう考えるとさ、アンジェロと私を結婚させて子供までできたのってジュノ様には都合悪くない? 他の人が父親になったらその人は死ななくていいんだから、ジュノ様にだってまだマシだったかもしれないのに」
ミナの言葉を聞いてアンジェロは考え込む。確かにそうなのだ。本当にミナの幸せを考えるなら、ミナの結婚相手にベストなのはアンジェロでなくアルカードだ。それはジュノとしてもそうだ。例えミナとアンジェロが恋に落ちても、それを引き裂いてでもアルカードと結ばせた方が良かったはずなのに、子供までできてしまった。
「もしかしてジュノ様、アルカードさんが帰ってきてから私の記憶を操作して、アルカードさんに恋するように仕向けるのかな。またアンジェロを忘れて、それに怒った双子とアルカードさんが戦うように仕向けようとしてるのかな」
「・・・その可能性は、あるな」
例えシュヴァリエ対アルカードという構図が創られたとしても、シュヴァリエ達が束になってもアルカードには勝てない。アルカードへの対抗馬として双子が創られたのか、そう考えることもできる。
「もし俺らと伯爵が対立することになったら、ボニーさんとクライドさんは間違いなく伯爵側に着くだろ。お前だってつくことになる。力関係を考えれば俺らの方が圧倒的に不利。そこに純血種が二人も加われば、お前と伯爵にも対抗しうる。あの双子は、俺らの援軍なんだ」
「アルカードさんと、ケンカ、しないでね?」
「・・・努力はする。仮にある日突然お前が俺を忘れて、伯爵を愛してしまっても、あんな戦いは俺だってもう二度と御免だ。双子もシュヴァリエ達も説得して、耐えて、潔く退くさ」
もしそれが現実になったら、そう考えると恐ろしい。幸せなのはミナだけで、他の誰も幸せになれない。それどころかアンジェロはひどく傷つくだろう。他の者たちも。それでもアンジェロは耐えると言った。ミナがケンカをするなと言ったから。
アンジェロの深い愛情が嬉しくて、同時に申し訳なく思う。いつも、ミナの為にアンジェロは耐えて、ミナの悲しみまで背負って、苦悩している。
「アンジェロ、昔っから私、アンジェロに心配かけて、迷惑かけて、本当にゴメンね」
「別に。大したことじゃねーよ」
「もう、いっつもそう言うんだから。大したことだもん」
「大したことじゃねーよ。昔言っただろ。お前が幸せになれるなら、俺は何にでもなる。旦那でも父親でも友達でも、敵でも。お前がまた不幸な思いをするくらいなら、嫌われた方がマシだぜ」
ミナは改めて思い知る。アンジェロの愛情の深さ。ミナよりもアンジェロの愛情の方がもっと強い、以前エドワードに言われて、今それが確実だと思い知らされた。それに触れて、もっとアンジェロを愛したい、ずっと愛していたいと心から思った。
「アンジェロ、愛してる」
「なーんで泣きそうになってんだよ」
「嬉しかったから」
「バーカ」
少し呆れたようにそう言ってアンジェロは抱きしめてくれて、ミナも背中に腕を回した。
「アンジェロ、約束するから」
「なに?」
「私、絶対どこにもいかない。ずっとアンジェロの傍にいるよ。ずっと傍にいて、アンジェロを愛し続けるって、約束するから」
「・・・いらね。普通は永遠の愛なんて存在しねぇから、約束なんていらねぇし、それに縛られて欲しくもねぇよ。お前はこれまでどおり、自分に正直に生きろ」
自分に正直に。普通、別れる時のことを考えて恋をする人などいない。当然ミナも現時点では考えられない。だけどミナは、この恋が最後の恋だと思いたいのだ。
「アンジェロにとって、私との恋はなに?」
「唯一絶対」
アンジェロが即答したものだから、少し驚いた。だけど、心底嬉しかった。
「アンジェロ、永遠の愛なんて存在しないんじゃないの?」
「普通ならな。俺、普通じゃねーから」
「あ、そっか」
「納得すんな」
「アハハ。でも、私も普通の人とちょっとズレてるみたいだし、それにアンジェロがいなきゃ生きていけないから。アンジェロにはたくさん助けてもらって、ずっと支えてもらって、すごく感謝してるよ。アンジェロは私の恩人だから、ずっとずっと大好き」
「俺もお前には感謝してるよ。例え記憶や愛が消されても、その事実は消えねぇから」
「うん。きっと忘れても思い出すよ。それで、またアンジェロに恋をするよ、絶対」
「そうかもな」
自分たちの恋はただの恋じゃない。二人で支え合って生きてきた。二人で思い合って過ごしてきた。二人で悩み苦しんで生きてきた。恋の為に多くのものを犠牲にした。そんな恋は普通じゃない。普通じゃないなら、永遠を信じてもいい気がした。
★愛する相手に恩がある。いつもそう感じている人こそ、本当に愛しているのだ。
――――――――――ラルフ・W・リックマン