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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第1章 吸血鬼の一念発起
12/96

絶えず努めて倦まざるものを我らは救うことが出来る。


 名前が決まった後、すぐに生まれた子供と光学迷彩で写真を撮った。デイヴィスファミリーとつばさ達と山姫、エゼキエルファミリー。両親の元にはエアメールで送った。メールで送った4組からはすぐにお祝いのメールが返ってきて、いずれも「見せに来い!」と3回は書かれていて少しおかしかった。

 少ししたら母・あずまからケータイに電話がかかってきた。

「ミナ、おめでとう」

「お母さん、ありがとう。声聞く?」

「聞きたいわ!」

「あぅー」

「今のがすばる

「うむぅー」

「今のがたすく。北都の生まれ変わりの子」

「まぁまぁ! どうしようかしら! もう、お父さん!」

「俺にも変わってくれ!」

 どうやら両親は電話を取り合いしているらしい。それにアンジェロとクスクス笑った。

「もう少し落ち着いたらまた日本に来るよ。つばさちゃんと山姫さんにも見せたいし」

「・・・ハァ、ハァ、そうだな!」

 父・セイジが勝ったようである。少し話して、セイジはアンジェロと電話を替われと言ったので、電話を替わった。電話から声が漏れ聞こえる。

「ハイ、お電話かわりました」

「アンジェロくん! ほんっとーーーにありがとう!」

 急に大声になったセイジにアンジェロもミナも少し驚いてケータイを離し、すぐにまた耳元に寄せた。

「え、いえ。俺は別に何も」

「いや、君のお陰だよ! 君がミナと結婚してくれたから、君が願ってくれたから孫ができた! 北都が生まれ変わった! 本当にありがとう!」

 セイジの言葉を聞いて、ミナは嬉しくて涙が出そうになった。北都が死んで、セイジもあずまもずっと辛い思いをしてきた。何よりもセイジは目の前で北都を殺されて、父親なのに守れなかったと、その事をずっと悔いていた。15年前の戦いで北都が死んだと話した時も、セイジは自分を責めた。

「あぁ、本当にこんなことがあるんだな。輪廻は本当にあるんだな。あぁ、俺は、アンジェロくん、俺は本当に救われたよ。本当に・・・ありがとう」

 少しだけ喉の詰まったようなセイジの声に、ミナもアンジェロもセイジが泣いているんだとわかって、泣くほど喜んでくれたんだとわかって、セイジの救われたという言葉に、同時に救われた。


 そして、双子を連れてエゼキエル家へ改めて伺った。今回はラジェーシュの妻、アニカが出迎えてくれた。

「いらっしゃい。どうぞ」

 招かれてリビングに通されると、リュイとラジェーシュが待ち受けていて、双子を見たラジェーシュはすぐに立ち上がった。

「うわー! 本当に双子だ!」

 すぐに駆け寄ってきて双子を覗き込むラジェーシュに、少しおかしく思って笑いながら紹介した。

「こっちの金髪がクリシュナの生まれ変わりですよ」

 そう言うと、ただでさえ明るかった表情がより明るくなるラジェーシュ。

「うわぁ、この子がおじさんの? うわぁ、うわぁ、可愛い」

 まるで珍しい絵本でも覗く子供の様にミケランジェロを覗き込むラジェーシュの表情にとても嬉しくなった。ミナの両親は北都の生まれ変わりを喜んで、ラジェーシュはクリシュナの生まれ変わりを心から喜んでくれて、この双子が生まれたことを祝福してもらえた気がして、とても嬉しかった。

「あなた、お客様をいつまでも立ちっぱなしでいさせる気?」

 アニカがそう言ってやっと状況に気付いたラジェーシュが座るように促して、それに少し苦笑しながら、アンジェロがミケランジェロを抱いて、ミナが翼を抱いて腰かけた。

 その様子を見たリュイが嬉しそうに笑う。

「二人ともお嬢様とアンジェロさんにソックリ」

「本当だね」

「吸血鬼の双子なんてロマンチックね」

 アニカの言葉で、リュイの妄想癖はアニカ譲りと判明した。ロマンチストなアニカは花を愛で、音楽を愛し、星を見て涙するのだと言う。そんな詩的なロマンチストが突然変異してリュイになった。

「ところで、この子たちの名前は?」

 いかにも興味津々なラジェーシュ。わくわくを隠しきれない様子にリュイとアニカもクスクス笑いだす。

「こっちの金髪がミケランジェロ・昴、黒髪がラファエロ・翼です。ファーストでもミドルでも好きに呼んでください」

「わぁ、二人とも天使の名前なんだね」

「はい。この子は私達の天使ですからね!」

「なるほど、そっか。良い名前だね」

「ありがとうございます!」

「うーぶ」

「あうぁ」

 話していると急に双子があうあう言いだして、ジタバタし始める。どうしたのか、とオロオロしていると、アンジェロが「腹減ったんだと」と言うので、少し席を外させてもらって、おっぱいをあげた。

 それにリュイはついてきて、じーっとみている。少し恥ずかしかったのだが、リュイの為にもなると思って、そのまま観察を許した。

「お嬢様、そのおっぱいはお乳なんですか?」

「お乳じゃないねぇ。ほぼ血液に近いかな」

「血液ではないんですか?」

「うーん、白血球と血小板の濃度が妙に濃い血液、かな」

「へぇ・・・?」

 よくわかっていないリュイの為に説明しよう。血液の構成は血球成分(細胞)と血漿成分(液体)からなる。血球成分は通常の場合、赤血球96%、白血球3%、血小板1%で構成され、白血球と血小板は免疫と修復の為の成分である。ミナの絞り出す乳の成分はこの構成比が違うようだ。

「なるほどぉ、吸血鬼らしいですね。だから吸血鬼って怪我してもすぐ治って、病気にもならないんですね」

「血液が全てじゃないとは思うけど、多分そうなんだろうねぇ」

 吸血鬼の不思議も科学で解明したいなぁ、とミナは考えているが、そもそもどうして吸血鬼が発生し、どうして吸血鬼が出来上がり、人間が吸血鬼に変化する段階で何が起こったのかも、何故死者が吸血鬼として蘇生しているのかもさっぱりわからない。

 やはり科学で解明できないことなのか、と落胆していると、リュイから新たな質問だ。

「さっきアンジェロさんはどうして、赤ちゃんがお腹空いたってわかったんですか?」

 それにはミナも最初は驚いた。どうもアンジェロの敏感体質のせいだと思われるのだが、子供たちが純血種の為か、ピピピと来るんだそうだ。言葉で聞こえるわけではないが、感情と言うか、精神波の様なものが。

「テレパシーですか!」

「子供の方はね。純血種は吸血鬼の能力を全て持ち合わせてるらしいから。私もアルカードさんとならテレパシー出来るし」

「そうなんですか! でもアンジェロさんが敏感体質じゃなかったらわからないでしょ?」

「多分ねぇ」

「本当、吸血鬼って不思議ですねぇ」

 つくづくミナもそう思う。謎、神秘、あらゆる不思議に包まれた生命体、吸血鬼。人間ですらDNAの解析は5%しか出来ていないのに、吸血鬼の事など知り尽くしている人がいるんだろうか。全く持って不思議だ。

 そうこうしているうちに双子は落ち着いてきたようで、双子を抱えてリュイとリビングへ戻った。

「ごめんなさい」

「いーえ。ミナさんがお母さんしてるの見れて、むしろ嬉しいよ」

「ありがとうございます」

 座りなおしたミナに微笑んだラジェーシュは双子に目を向けて、ふと、真顔になる。それに気づいて尋ねた。

「どうかしましたか?」

「ん? いや、なんか双子、さっきと違う気がしない?」

「え?」

 言われて双子を見て見ても、何がどうさっきと違うのかが分からない。首を傾げているとアンジェロやリュイやアニカも覗き込んできたものの、一様に首を傾げる。

「ゴメン、僕の勘違いみたい。あぁ、さっきと左右逆に座ったからかな」

「うーん? そうですかね?」

 結局ラジェーシュの思い過ごしだろうという事になって、この日はしばらく話をして屋敷に帰った。


 それから2日ほど経って、ミナはラジェーシュの勘違いではなかったことに気が付いた。

「アンジェロ、この子達やっぱ違うよ」

「・・・やっぱ、気のせいじゃなかったか」

 アンジェロも薄々は気付いていたようだ。ラジェーシュが異変に気付いたのは、多分席を外していたからだ。ずっと一緒にいるミナとアンジェロにはわからなかった、些細な差異。

 いつの間にか子供たちの肌の組織が安定して、髪が伸びて、顔の脂肪が少しだけ落ちている。それどころか誕生してまだ半月ほどだと言うのに、もう首が座っている。

「子供って、こんな2・3日で急成長するものだっけ?」

「普通一か月は必要だよな」

「おかしいな。出産が人間の6倍だから、成長が6倍遅いならまだわかるけど、どういうことだろう?」

 双子を見つめながら二人で頭を悩ませていると、アンジェロが振り向いてミナの肩を掴んだ。

「そうだ! あの人だよ! あの人に聞くぞ!」

「あの人? ・・・あ! そうだね!」

 アンジェロの表情であの人を察して、アンジェロがジョヴァンニにメールで出かける旨を連絡して、早速二人で双子を抱いて転移した。

 転移した先は勿論、フランスのセルジー。図書館の前に行くと、前回はいなかったのに、今回は門番が立っていた。二人でおずおずと門番の前に歩み寄った。

「あの・・・」

「どうぞ」

 まだ何も言ってないのに許されて、屋敷に通してくれた。通されるままマーリンの部屋に行きノックをすると、すぐに返事が返って来たのでドアを開けた。

 するとマーリンはミナ達の姿を見て、同時に双子を見て満面の笑顔になった。

「やぁいらっしゃい! 待っておったぞ! その子らが例の!?」

「はい、御無沙汰してます。この子達が純血種の双子です」

「いやはや素晴らしい! わしにもよく見せておくれ」

 マーリンとエレインに双子を抱かせると、二人とも嬉しそうにして双子を抱いてくれた。

「どっちも人見知りせんのう」

「そこは私に似たみたいです」

「どっちも大人しいですわね」

「そこは俺に似ました」

「ウソだよ! 私だよ!」

「どこが?」

「少なくともアンジェロ大人しくはないじゃん!」

「は? 大人しさで言ったら珊瑚を上回るぞ」

 いつも無駄に大袈裟なアンジェロに呆れる。余談ではあるが、珊瑚は植物ではなく動物である。

 呆れて物も言えないミナに魔術師師弟は可笑しそうに笑う。

「ほっほ。どっちでもええわい」

「うふふ。それよりマーリン様は純血種の双子が気になって仕方ありませんものね」

「うむ。本当に不思議じゃのぅ。血で出来ているのに人型で赤ん坊、両親を凌ぐ魔力が潜在しておる。体温も脈も呼吸もある。不思議じゃのぅ」

 全てを知り尽くしたと言っても過言ではない程の老人が、不思議を連発して双子を覗き込む。

「マーリンさんも見るのは初めてですか?」

「そうじゃ。初めてじゃし、知らんかったでの。わしも長生きしとるが、世の中にはまだまだ沢山神秘があるんじゃのう」

「うふふ、そうですわね」

 魔術師師弟は何故か研究意欲に火が点いたらしいので、折角なので尋ねてみることにした。

「あの、憶測でいいんですけど、伺いたいことがあるんです」

「なんじゃね?」

「この子たち、生まれてまだ半月も経ってないんです。なのにもう首が座ってるし、2、3日で微妙に髪も延びるし、成長が遅いならまだわかるんですけど、早いのはどうしてでしょう?」

 それにはマーリンもひげを撫でて思い悩んだ表情を浮かべたが、かわりにエレインが答えた。

「妖精に似たような成長をする種族がいたわ。その種族は10日で大人になって、おそらく最隆の時期ね、そのくらいで成長が止まって、そこからは老けもせず成長もしなかったわ」

「へぇ、じゃあこの子達も似たような感じかな」

「わからないけど、恐らく。その種族は長命だけどその代わり、男女共に生涯に一人と一度しか子をなす事はできなかったわ。しかも必ずしも受胎するとは限らない」

「ハイリスクですね・・・」

「そうね。でも長生きで頑丈だから、そもそも子孫を必要としないわ」

「へぇー。その妖精さんは何歳くらいまで生きるんですか?」

「一族の長は1万歳は過ぎているらしいわ」

「ほえ! それは確かに子孫いりませんね」

「ひょっとするとこの子達も一定の段階まで急成長して、そこから急激に成長や老化のスピードが落ちるのかもしれませんわね、マーリン様」

「その可能性が一番高いのぅ。吸血鬼は血を飲んで力に変えるモノじゃし、この子らは血液でできているという事は、成長自体も血液によるんじゃろ。一定の成長を遂げると、今度はそのエネルギーを魔力や能力に変換するのかもしれんな」

「なるほどぉ・・・」

 話を聞いて関心と納得をするミナとアンジェロに、「気付いたらもう大人になっとるかもしれんの」とマーリンが言うので、子供の成長はあっという間だと言うけれど、本当の意味であっという間だったらそれはそれで淋しいな、と思うミナであった。

 感心していると、少し恐縮した様子のマーリンが口を開いた。

「実はの、お願いがあるんじゃが」

「はい、なんでしょう?」

 マーリンには世話になっているし、お祝いまで戴いてしまっている。可能なことなら何だって聞こうと耳を傾けると、一層言いにくそうにしたもののマーリンは言った。

「その子ら、たまにわしの所に連れてきてはくれんかの?」

 そんな事ならお安い御用、と返事をしようとすると、マーリンは言葉を続けた。

「双子の研究をさせて欲しいんじゃ」

 その申し出はさすがにお安くない。そう言われて何故か鮒の解剖を思い浮かべたミナは、どう返事をしようかと考える。するとアンジェロが先に尋ね返した。

「研究って言うと、生態のですか?」

「そうじゃ。いや、何も解剖したり変な術をかけたりはせんよ。この子らの能力を見せてもらったり、ほんの少し血を分けて欲しいだけじゃ」

 それなら、とアンジェロと二人で頷いた。

「いいですよ。私達にとってもこの子達にとっても、純血種がどんなものか知ることは必要ですから」

 了承の返事をすると、マーリンは礼を言ってそれはもう嬉しそうに笑った。マーリンのその表情を見てつくづく思う。発見や発明に大事なのは努力と想像力。それ以上にそれ以前に、貪欲とも呼べるほどの好奇心が大事なのだと、改めて学んだような気がした。

 双子の急成長の謎も解けたことだし、しばらく話をしてからインドに戻った。


 それからさらに数日後、今度はベトナムに御挨拶だ。インターホンを押すと、「はーい」と返事が聞こえて、二人で懐かしいトリンの声に少し笑った。

「久しぶり! ミナとアンジェロだよ!」 

「わぁ! ミナさんとアンジェロさん!? 本当久しぶり! 今門開けるね!」

 その語りで「アミンちゃんだった」と笑って、アミンも大人の階段を上っているんだと思って、嬉しくなった。

 メイドに招かれてリビングに行くと、デイヴィスファミリーがお出迎え。が、トリンの母とマイケルの姿を見かけない。

「あれ? マイケルさんとおばさんは?」

 尋ねると、ツァンが少し苦笑しながら答えた。

「義父さんと義母さん、今二人とも入院中なんだよ」

「え!? 病気?」

「大したことないよ。坐骨神経痛と痛風だから。二人とももうトシだしね」

 それを聞いてわずかに安堵したものの、改めて人間は歳もとれば病気にもなるんだな、と今更ながらに思って、自分たちは全く変わらないのに、少し老けたトリンとツァン、成長したアミンをみて感慨深げな面持がした。

「アミンちゃん、本当に大きくなったね。今何歳?」

「15歳!」

「うわぁ、青春中だね! 彼氏いるの?」

「うん」

「うわっ! いいねぇ! え、トリンとツァンはその彼氏会ったことあるの?」

「あるよ。いい子だよ」

「へぇー」

「いい子だけど、まだお嫁さんにはやらない」

 若干拗ねたようにそう言ったツァンに思わず笑った。

「あはは! ツァン淋しいんでしょ。一人娘取られるみたいで」

「俺、今ならアルの気持ちが分かるよ・・・」

「アルカードさんの?」

 尋ねると、ツァンは小さく溜息をついて見せる。

「今までずっと傍にいて自分が一番近い男だったのにそうじゃなくなって、いつかはいなくなるんだと思うとさ、別に恋じゃなくても、寂しいよ」

「そっか・・・そうだよねぇ」

 ツァンの言葉を聞いて、自分は今までアルカードに寂しい思いをさせてきたのだろうか、と考えた。最初の頃は確かに自分はアルカードがいなければダメだった。でも仲間が増えてクリシュナと出会って、今はアルカードがいないことにも慣れてしまったし、アンジェロと再婚して子供もできた。アルカードは帰ってきても拠り所であったミラーかはいない。

 きっとアルカードが泣ける場所はミナしかいない。あの戦いと悲しい別れを経験したのはミナとアンジェロとアルカードしかいないのだ。改めてその事に気付き、アルカードが帰ってきたら自分が支えになるのだと、泣ける場所にならなければ、と固く誓った。

 トリンとアミンに双子を抱かせると、二人とも双子を可愛いと褒めてくれた。

「双子の出産なんて、大変じゃなかった?」

 と尋ねるトリンに笑って手を振る。

「それが全然! たいして痛くもなかったよ」

「マジ? すごいじゃん」

「そういう時、吸血鬼って得だね」

 感心したように頷くツァンとアミン。その隣でトリンは恨めし気にしている。

「いーねー。私は誰かさんのお陰で逆子で痛い思いしたけどねー」

 トリンの言葉と溜息を吐いてそう言ったのに思わず苦笑した。

「いや、何笑ってんのよ」

「あ、アハハハ、ゴメン」

 ちょっと怒られた。


 最後に日本へごあいさつ。実家に帰ると、実家でつばさとアレスも待機していた。

「お父さん見て! 本当に双子よ! 孫!」

「どっちが北都だ!?」

「こっち」

 翼を抱かせると、これでもかと言う程可愛がる。それを見てつばさ達は笑っている。

「おじさんとおばさん、すっかりおじいちゃんとおばあちゃんだね」

「そうよ! 私もうおばあちゃんじゃない!」

 いやーね! と言いつつあずまは嬉しそうだ。

「ははは、遅いくらいだけどな」

 セイジも嬉しそうだ。確かにセイジの言う通り、おじいちゃんになるのには人より遅かったかもしれない。それでも孫ができて本当に嬉しそうだ。

 つばさにはミケランジェロを抱かせた。

「さすが白人の赤ちゃん。超可愛い」

「えへへ、美赤でしょー?」

「美赤ってなんだよ。つか、なんでお前が偉そうなんだよ。俺に似たんだから当然じゃねーか」

「うん! そうだね!」

 妊娠中にその件で大喧嘩したことなどすっかり忘れて、アンジェロの言い分に笑って肯定すると、アンジェロは少し面食らったような顔をして溜息を吐いた。そして美赤とはミナ用語で「美しい赤ちゃん」の略語である。

 アレスも赤ちゃんを覗き込む。

「小さいなぁ」

 なぜか珍しそうにしているので、気になった。

「そう言えばアレスさんは子供は? 結婚は?」

「まだしてない」

「そうなんですか。ていうか、アレスさんっていくつですか?」

「うーん・・・29か?」

 聞いたのに何故か悩んだ上に尋ねられた。

「いや、知りませんけど。ていうかアレスさん年下だったんだ」

「いや、お前とつばさよりは年上なんだが」

「えぇ?」

 いよいよ意味が解らなかった。が、「面倒くさい、どうでもいいじゃん、アレスの歳なんて」とつばさが言うので、気にはなったがまぁいっか、と諦めた。

 5人で双子と共に床の間へ行った。北都の遺影の前で、両親が翼に語りかける。

「この子、北都が翼ちゃんの前世よ」

「あの時北都はミナの傍にいられたら幸せだと言ってたな。また生まれ変わって、本当に良かったな」

 北都が死んだ後、実家に帰った時のことを思い出した。死後初めて両親に再会した北都は言った。

「お父さん、お母さん、それからお姉ちゃんも、もうぼくが死んだって思って泣くのはやめて? ぼくはお姉ちゃんの傍にいるから今すごく幸せだよ。人間じゃなくても体がなくても、ぼくはちゃんと生きてるから」

 その言葉を思い出して、泣くなと言われて、家を出るとき、お姉ちゃんが笑ってなきゃ許さないと言われて、笑顔を約束したことを思い出して、今までその約束を果たせていなかったんだと気づいた。

「もう、泣かなくていいんだね。北都、やっと約束を守れるよ」

 北都の遺影に向かってそう声をかけたら、両親も笑った。

「あぁ、そうだな」

「北都が生まれ変わって、孫になって生まれてきてくれた。もう、泣く必要なんかないわ」

「本当だな。本当に救われたよ。もう、嬉しくて、泣いている暇なんかありはしないよ」

 ミナも両親も長年の苦しみからようやく解放された。双子が生まれてミナやアンジェロは勿論、シュヴァリエもボニーやクライドも、ラジェーシュ達もミナの両親も、多くの者の心が救われた。あとはミラーカの生まれ変わりが生まれれば、全てを取り戻せる。

「やっぱ子供は希望の象徴だな」

 そう言ったアンジェロの言葉に、そうだね、とみんなで優しく笑った。


★絶えず努めて倦まざるものを我らは救うことが出来る

――――――――――ゲーテ「ファウスト」より

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