子を思う、親の心は日の光
同年12月25日。
「いよいよだね」
「いよいよだな」
妊娠して5年が経過した。いよいよ出産の時が近づいてきた。俄かに浮かれつつ緊張する吸血鬼たち。
出産予定日は勿論わからない。365日丁度なのか、そうでないのか。とりあえず前日で365日は経過した。今日は366日目。人間でない為産科にも行けないので、屋敷での出産となる。その為にリュイをはじめとして、アンジェロやシャンティ、シュヴァリエ達も産科の勉強をして、いざと言う時に備えられるようにしている。
分娩の際くらいは助産師に来てもらおうか、と言う話もあったが、人間でない為状況もわからないし、何が起こるかが分からないので、身内だけで何とか乗り切ろうという事になった。
「大丈夫、大丈夫! 人間だってどんな環境だって生まれてこれるんだから、なんとかなるなる!」
と、強気な発言をしてみるものの、不安なものは不安だ。不安なのは分からないからだと思い、不安を払拭するためにミナも産科の勉強をしている。実際出産の処置をするのはリュイとシャンティとボニーになりそうだが、分娩しやすくするためには妊婦側にもやることはある。
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
ラマーズ法の練習をするミナ。それをアンジェロは隣で見ている。
「ねぇ、どうしてラマーズ法がいいの?」
「知らね。つか、それは別に知る必要ないだろ」
「・・・そっか」
相変わらず「知るか!」と怒られても仕方のない質問をするミナに、これまた相変わらず冷たい返答をするアンジェロ。アンジェロの態度に心の中で舌打ちをしながらラマーズ法の練習を再開すると、俄かに不思議な心持がしてきた。
「んん?」
「どした?」
「んん? なんだっけ、なんか懐かしいと言うか」
「は? なにが?」
お腹を撫でて首をひねるミナに、アンジェロも覗き込む。しばらく宙を仰いで考えていると、やっとのことで思い出した。
「そうだ! 生理痛に似てる!」
「・・・今、なんかそんな感じなのか」
「うん」
コクンと頷くと、アンジェロは途端に真顔になった。
「吸血鬼ってよぉ、人間に比べて痛覚のニブさも並じゃねぇよな」
「だねぇ」
「じゃぁよぉ、その生理痛って、陣痛なんじゃねぇの?」
「っあー! そうかも!!」
そう言われてみればそんな気がしてきて、わたわた慌てだしたミナを抱えてアンジェロはすぐに部屋を出て、廊下を歩きながらジュノを呼んだ。
「オイ、悪魔! さっさと出てこい!」
「はい」
「コレ陣痛か!?」
「そのようですね」
「何落ち着いてんだテメーは! さっさと処置室の準備をしろ!」
「わかりました」
ジュノが消えて階段を下りていくと、階段でルカに会った。
「あれ? どうしたの?」
「陣痛きたみたいなの!」
「はぁ!? マジで!?」
「オイ、ルカ、シャンティ達を処置室に呼べ。それとリュイにも連絡しろ。お前らは大量に湯を沸かして布を用意しろ。あと血も! 大至急!」
「わ、わかった!」
すぐにルカは走って行って、1階に設えた“処置室”に入ると、既にジュノがベッドの用意を済ませていた。アンジェロはそこにミナを横たえて、ジュノにミナの着替えやタオルを持って来るように指示をすると、ベッドのふちに腰かけてミナの額を撫でた。
「大丈夫だから、心配すんな」
「うん、ていうか、アンジェロ落ち着いてるね。すごいね、テキパキして」
「俺が落ち着いてるように見えるか?」
「見えるよ」
「お前が落ち着いてることが俺としては驚きだけどな」
「まぁ、別に大して痛くもないしね。ていうか、テンパってる人見たら逆に落ち着くよね」
「ん、まぁな。つか、痛くねぇか? 辛くねぇか?」
「うん、平気だよ」
とても分娩に際した妊婦とは思えないが、最初こそ慌てたものの、ミナも落ち着いてきた。確かに陣痛のようだが、ミナが体感する痛みは生理痛3日目程度のもので、痛いと口に出して言う程のものでもなかったからだ。
しばらくアンジェロの心配性を聞き流していると、慌てた様子でシャンティが入ってきて、続いてボニーも入って来た。
「ミナ様! 大丈夫か!?」
「大丈夫だよー」
「アンジェロ、邪魔! あっち行け!」
「えぇっ」
テンパった二人はアンジェロを突き飛ばして、分娩の準備を始めた。とりあえずミナの状態がよくわからないので、ジュノにエコー代わりになってもらいつつ、マッサージをすることにした。しばらくすると、徐々に状況が変わってきた。
「ん、なんか、便秘!」
「あぁ、子宮口が開きはじめたようですね」
「キタ―――――!」
「アンジェロうるさい!」
「黙れ白髪! アンタもう出てけ!」
女性陣に怒鳴られて渋々大人しくするアンジェロ。ミナはと言うと、ちょっとお腹が痛いくらいなので、周りが大慌てなのがいっそ可笑しい。少ししたらリュイもやってきて、女3人でわたわたし始めて、いよいよアンジェロは邪魔者扱いされた。
「待って待って、アンジェロ、傍にいて」
女性陣が無理やり追い出そうとするのを止めて手招きすると、すぐさま駆け寄るアンジェロ。ミナも落ち着いてはいるが、さすがに初産で色々と不安なのだ。傍に来たアンジェロがミナの傍にかがんで手を握ると、急に安心したような気分になって、ホッと息を吐いた。その様子を見て女性陣も追い出すのは諦めたらしく、アンジェロに「黙ってろ」と厳しく言いつけて、外で待機する男性陣に布を持って来いだの消毒用の湯を持って来いだの指示を始めた。
「そろそろです」
ジュノがそう言った直後、お腹のふくらみが少しずつ移動し始める。いよいよ出産の瞬間だ。
「ミナ様、力入れないで!」
「う。うん」
「ほら、ヒッヒッフーやって!」
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「いきんで!」
「うーっ」
「まだですね」
「よし、もう一回!」
それをしばらく繰り返していると、明らかに産道を下りてきている感覚がし出した。
「あ、きたきた!」
「ミナ様、いきんで!」
「うーっ!」
「来た来た! 頭出てきた!」
「ミナ、頑張れ!」
「もう少しです! 出てきた出てきた!」
ミナが必死にいきんで、その瞬間下腹部の重みが消えた。
「・・・・・ふっ、んぎゃ」
「産 ま れ た ー!!」
「やったぁー!」
湧き上がる女性陣と大はしゃぎのアンジェロ。ドアの外でも聞こえていたのか「バンザーイ!」と声が上がるのが聞こえた。
すぐにシャンティが子供を連れて行って、外で待機する男性陣に産湯に入れるように渡しに行くと、ジュノがミナを見下ろして、ミナも怪訝な表情だ。
「まだ終わっていませんよ」
「は?」
ジュノの言葉に全員で首を傾げてミナに目をやると、まだお腹は大きい。
「もしかして」
「まさか」
「双子なのか!?」
「えー!? そうなの!?」
ここからまた状況は上記に戻る。が、既に一人通った産道の為か、二人目は意外にもするっと産まれてきた。
「うおぉ、スゴイよミナ様」
「シャンティ、早く産湯!」
「あ、そうですね!」
またシャンティがドアを開けると、やっぱり男性陣も驚いて慌ててお風呂に連れて行った。ミナも体を拭いて血をたくさん飲んだ後着替えてベッドを見ると、血まみれだった。
「わぁ、怖っ」
「あたしたちのが怖かったっての!」
「あ、ですよね。すいません」
ボニーに怒られてアンジェロを見ると、アンジェロは何故か手を抑えている。
「どしたの?」
「お前が渾身の力で握るから骨折した」
「あはははは! ゴメン!」
「アハハ、ウケる」
「ウケねーし。多分俺ミナより痛い思いしたぞ」
「あはは」
アンジェロの骨折に笑ってシーツを取り換えてベッドに寝なおしていると、産湯を着た双子がジョヴァンニとレミに抱かれてやってきた。双子を抱いて、アンジェロと覗き込む。
「わぁ、こっちの子はアンジェロにソックリだよ。金髪だし白人だね」
「こっちはお前にソックリだな。黒髪だ」
二人によく似た二卵性双生児。アンジェロもミナもとても嬉しくなって、互いににっこり笑いあう。
「この子たち男の子? 女の子?」
産湯を入れたのはジョヴァンニたちなので、ジョヴァンニに尋ねると笑って答えた。
「どっちも男の子だよ」
それを聞いてシャンティが笑った。
「あはは、また男が増えたな」
つられてミナも笑う。
「本当だね。どっちがお兄ちゃんだった?」
「金髪の方だよ」
「そっかぁ」
双子の兄弟を抱いて、ミナもアンジェロもとてもとても幸せそうに微笑む。その様子を見ていたみんなも、幸せそうに笑った。
しばらく幸せ気分で花を飛ばしていたが、すぐに思い出してジュノに尋ねた。
「ジュノ様、この子たち誰の生まれ変わりですか?」
「金髪がクリシュナさん、黒髪が北都さんです」
「うわぁ! 本当ですか!?」
「なるほど! てことはボニーさんの子は・・・」
「ミラーカ様だ!!」
もう一人の行方と生まれ変わりが誰なのかが判明して、更に大喜びした。
「わぁ、すごい。嬉しい・・・嬉しい!」
「お嬢様、良かったですね!」
「うんっ!」
初代旦那と弟。その二人が子供になって生まれてきた。しかもボニーの元にはミラーカ。なんだかんだ、ボニーとクライドは一番ミラーカに懐いていたから、この人事は涙が出るほど嬉しかった。
「ミナ」
名前を呼んで涙を拭ってくれたアンジェロを見上げた。
「アンジェロ、ありがと」
「それは俺のセリフなんだけどな」
「ううん、私のセリフだよ。アンジェロが願ってくれたから。また北都とクリシュナに会えた。本当に本当に嬉しい。アンジェロ、ありがとう」
涙を零しながら笑ってアンジェロに礼を言うと、アンジェロも微笑んで頭を撫でてくれて、ミナの目元にキスをした。
「後は、ミラーカさんだけだな」
「うん」
二人でボニーの方に目をやると、ボニーは勿論ドアの所から覗いていたシュヴァリエ達も含め、その場の全員がニヤニヤしている。
「スゲェ、アンジェロがキスしてんの初めて見た」
「スゲェ、超幸せそうなんだけど」
「スゲェ、超ラブラブじゃん」
なぜか感心したように囃し立てる面々に、普段なら怒り出すアンジェロだがこの時は違って、余裕の笑みを浮かべる。
双子を抱くミナの肩を抱き寄せ、ミナの頭に頭を乗っけて「フン、羨ましいだろ」と言ってニヤリと笑う。その様子にみんなは呆れたり笑ったり、羨んだり。
「いやーん! お嬢様いいなー!」
「ハッハッハ、良かったな」
「チクショー! 幸せそうにしやがって!」
「羨ましいよ、チクショー!」
「悔しかったらお前らもさっさと子供作れ」
「その前に女紹介しろ!」
「女の子産めよ、コノヤロー!」
あれほど祈りを捧げていたのに、やっぱり化け物の願いを神は聞いてくれなかったようで、男で、しかも双子が生まれてしまって、期待を裏切られたとシュヴァリエ達はガッカリした。
その様子にミナもアンジェロも笑っていたが、ふとアンジェロが言った。
「本当、俺男しか育てた事ねぇな」
それを聞いてミナはクスクスと笑う。
「本当だね。もしまた子供が欲しくなったら、今度は女の子お願いしようね」
「女の双子な」
「なんかアンジェロ、娘溺愛しそう」
それを聞いた面々も激しく頷く。
「しそう!」
「彼氏とか連れて来たらブン殴りそうだよな」
「つーかこの双子もシスコンになりそうだよな」
「シスコンかつマザコンだぞ、絶対」
「なんたってクリシュナさんと北都の生まれ変わりだもんな」
「間違いねぇ」
シュヴァリエ達は想像する。お姫様の様に扱われるまだ見ぬ娘と、ミナを溺愛するアンジェロと双子の様子。結構リアルに想像できた。
その様子を可笑しく思って笑いつつ、腕の中の双子に目をやった。生まれたばかりの小さな赤ちゃん。一人はアンジェロ似、一人はミナ似。二人ともすやすや寝ていて、とても可愛い。
双子の顔を見て、ミナはとてもとても幸せに思った。この心の内にあふれる感情の名前が分からない。歓喜、期待、未来、幸福、希望、それ以外にもそれ以上にたくさんの感情が溢れて溶け合う、この感情。
赤ん坊を見て微笑むミナを見て、シャンティが言った。
「ミナ様も、母親の顔をしてるね」
ミナが双子に向ける表情は、まさしく母親のそれであった。親から子に向ける無償の愛、慈愛。
「母親の顔かぁ・・・」
自分は幸せだと思う。とうに諦めていた自分の子供が生まれた。しかも死んだはずの人が生まれ変わって。あの戦争が終わった直後、こんな未来がやってくるなんて想像もつかなかった。あの時はただただ、仲間が死んだことに慟哭するだけで、希望なんて持てなかった。なのに、今目の前には希望の星が二つ輝いている。
「天使。この子たちは、私の天使だ」
そう言って腕の中の双子に頬を寄せて微笑むミナに、アンジェロもみんなも優しく笑った。
少しして、双子が目を開ける頃に名前が決まった。
長男 金髪金目、アンジェロに似たクリシュナの生まれ変わり
ミケランジェロ・昴・ジェズアルド
次男 黒髪黒目、ミナに似た北都の生まれ変わり
ラファエロ・翼・ジェズアルド
ミナが双子は自分の天使だと言うので、ファーストネーム二人とも天使の名がつけられた。ミドルネームには星の名前を持ってきた。それぞれイタリア名とミドルネームに和名を持ってきて、金髪の子はイタリア名、黒髪の子は和名で呼ぶことにした。
「はー、マジ嬉しい。俺の子、超可愛い」
アンジェロはミケランジェロを抱っこして、目に入れても痛くないと言わんばかりに可愛がる。自分に似た子だから余計に可愛いのだろうと思ったが、双子は平等に教育しなければならない。
「はい、交代」
抱いていたミケランジェロを取り上げ翼を抱かせると、またしても可愛がる。
「ミナに似て可愛いなー」
結局どっちも可愛いらしいので、それで良しとした。
あの戦争からちょうど15年が経過したクリスマス、双子の誕生日。ミナとアンジェロは初めてあの戦争が悪い点ばかりではなかったと思えた。初めて、クリスマスを好きになれた。
★子を思う 親の心は日の光 世より世を照る 大きさに似て
――――――――――有島武郎「小さき者へ、生まれ出づる悩み」より
★名前について
ミケランジェロ・昴
ミケランジェロMichelangelo 大天使ミカエル+アンジェロ(天使)を併せた名。ミカエルはイスラエル(聖地)の守護者
昴 すばるぼし おうし座17番星 神仏詣で・祝い事・開店に吉
ラファエロ・翼
ラファエロRaffaello トビト記に登場する癒しを司る天使。ミカエルとガブリエルとで3大天使と呼ばれる。
翼 たすきぼし コップ座アルファ星 耕作始め・植え替え・種まきに吉




