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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第四部
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第十話 変化の兆し

「ねえ、お母さん。お姉ちゃんは、どうして死んじゃったの?」

 本当に唐突に、わたしはその疑問に辿り着いた。同時に、今まで不思議に思わなかった自分にどこか愕然とする。あれだけわたしを大事にしてくれていたお姉ちゃんが、突然家に来なくなった理由。母がその死をわたしに告げるまで一ヶ月以上かかった、その理由。ただの事故や病気とは、とても思えなかった。だって、そうならわたしに教えることを躊躇うわけがない。

 わたしの問いに、母はショックを受けたように目を見開く。少しして、震える声が返ってきた。

「どうして、そんなことを?」

「だって、聞いたことなかったよね」

「……聞かない方が良いこともあるのよ」

「そんなの――」

「その辺にしておきなさい、ニナ」

 聞いてみなきゃわからない、というわたしの言葉を遮るように、今まで静観していたお父さんが立ち上がった。そのままゆっくりとこっちに歩いてくると、父はわたしの頭を撫でる。

「少しお父さんと出かけてこようか」

「でも!」

「ニナ」

「……はぁい」

 渋々頷き、わたしは部屋の隅にかけられた上着を取る。もう一月だ、家の中は暖房が効いているから暖かいけど、外は凄く寒いだろう。わたしが準備をしている間、お父さんとお母さんが何かを喋っているのが見えた。聞こうと思えば聞こえる距離だったけど、あえて意識を逸らす。

 話を終えて手招きしてくる父に続き、母に「行ってくるね」と告げて家を出る。靴を履き終えたところで、お父さんは苦笑交じりにこっちを振り返った。

「それにしても唐突だったな。あれではお母さんが驚くのも無理はないだろう?」

「お父さん、怒ってる?」

 差し出された手をぎゅっと握りながら訊ねると、父はおかしそうに首を振る。

「怒ってはいないさ。ただ、ニナがどうして突然そんなことを言い出したのかは気になるな」

「……わたしも分かんない。急にね、今まで訊いたことなかったな、って」

「そうか……今まで不思議には思わなかった方がおかしいんだろうね」

 父の言葉に、わたしは勢いよくこくこくと頷いた。そう、義姉あねが死んだと母に告げられて、哀しみながらもそれを素直に受け入れた昔の自分が、わたしには許せなかったのだ。今もまだわたしは子供のままだけど、それでも母が肝心なことを教えてくれなかったのは理解出来る。それにも辿り着けないほどに、かつてのわたしは幼かったのだろうか。それとも、気付けないほどに動揺していた? ……哀しみは風化して、寂しさだけが残った今じゃ、本当の理由は分からないけど。

「だけど、ニナ。お母さんにとって……もちろんお父さんにとっても、柚希ちゃんは大事な娘だったんだ。あの子を喪って哀しかったのは、ニナだけじゃない。それは分かるな?」

「うん」

「柚希ちゃんはね、……少し可哀想な亡くなり方をしたんだよ。お父さんももちろん哀しかったけれど、お母さんはもっと哀しかったんだろうね。しばらくはニナに見えないところで泣いて取り乱して、落ち着いてからは柚希ちゃんの話を殆どしなくなった」

「……わたし、たくさんしちゃったよ? お母さんに、柚希お姉ちゃんの話」

 母は少し苦しそうに、それでも普段通りの笑顔で、わたしの話を聞いてくれたのに。もしかしたらわたしは、かつてのわたしは、してはいけないことをしてしまったのだろうか。お母さんを、傷つけた?

 わたしが黙り込んだのが分かったのだろう、父は驚いたようにこっちを見下ろすと、苦笑混じりにわたしの頭に手を乗せる。

「まったく……そういう聡いところは、慎にそっくりだな。ニナはまだ子供なんだ、少しくらい我侭を言っても許されるさ」

「でも、お母さんに、謝らないと」

「そうだな。だが、それは家に帰ってからで良い。……知りたいんだろう?」

 主語のない問いに、わたしは表情を引き締めた。

「いいの?」

「……正直に言ってしまえば、ニナが知るにはまだ早いと思うし、ずっと知らずにいるのが一番だとも思う。だが、それではニナは納得しないだろう。なら少しずつ、知ってあげなさい。柚希ちゃんのためにも。……もっとも、柚希ちゃんはニナにだけは知られたくないと思うかもしれないがな」

 一気に言い終えると、父は立ち止まり、目の前の建物を見上げる。道場に行った帰りなんかによく通るから見慣れてはいたけど、こうしてちゃんと来るのは初めてだった。

「図書館?」

「ああ。ニナももうすぐ小学生だろう? そろそろ、自分で調べることを覚えても良い時期だ。知りたければ、調べなさい。言っておくが、お母さんには内緒だぞ」

「……うん」

 ぐっ、と拳を握る。お姉ちゃんが来なくなったのはいつだったか、母にその死を告げられたのはいつだったか……全部、しっかり覚えてる。なら調べられるはずなのだ。私が、この手で。

「ありがとう、お父さん」

 振り返ると、父はどこか苦い顔で笑った。

 その表情の理由わけを知るのは、すぐ後のこと。……だけど私が全てを知るのはこの数年後、中学に上がってからのことである。


 ◆◇◆


「お披露目?」

「そう、来月……春の三の月に入ってすぐくらいかな。神殿から世界に向けて、正式に神子が現れたという発表と国民への顔見せ、それと同じ日くらいに舞踏会を開いて各国の重役とも顔を合わせてもらう」

「……待ってシリル、舞踏会って言った?」

 シンデレラは魔法使いに助けられて舞踏会に出席して王子様と、……じゃなくて。まさかそんな単語を聞く羽目になるとは、いやこの世界に来た時点で何となくそういうのもあるんだろうなーとは思っていたけど、だってその口調からして私が主役だよね?

 私の顔が引き攣るのを見て、シリルは面白そうに頬を緩める。

「礼儀作法や踊り方、してはいけないこと、逆に君がすべきこと……その辺りは明日から当日まで、アドリエンヌに叩き込んでもらうから安心して。あ、踊りだけは専門の教師を付けるけど」

「叩き込むのは確定なんだね……」

「僕も時間が空けば付き合うよ。君の相手は僕だから、慣れておくに越したことはないし。それとドレスも、王家や貴族が贔屓にしている仕立屋から、是非作らせて欲しいと嘆願されてね。アドリエンヌが顔見知りだから、そっちも任せてある」

「ドレス?」

 私だって一応女子なのだ、小さい頃、絵本の中のお姫様に憧れたことはある。実際こうしてお城に住んでちやほやされている状態で言うのも何だけど。というかドレスというと、何というかこう、嫌な予感が――

「僕は流石に分からないけど、妹がよく苦しくて死にそうってぼやいてたよ。頑張って」

「やっぱりねそんなことだろうと思った!」

 あれは歴史の教科書だったか、ありえない写真を見た覚えがあったのだ。明らかに人間がつけるものじゃないコルセットの写真。えっあれやるの? 嘘でしょ?

 不吉なことはさっさと忘れよう、と私はシリルの方を見る。

「そういえば妹さん、確か今はグラキエスにいるんだよね? 各国の重役とも、ってことは、グラキエスの王子様も来るの?」

「よく分かったね」

 私の問いに、シリルは嬉しそうに声を弾ませた。

「グラキエスからはその二人が来ると思うよ。普通の式典ならそんなに高い地位の人間は来ないんだけどね。神子がいる、となればどの国も繋がりを持ちたがるはずだ。国王、とまではいかなくとも、その跡継ぎだとか、そうじゃなくても王族とか貴族とか、その辺りが続々集まるんじゃないかな」

「わぁい豪華……じゃ、久々の再会?」

「いや、一ヶ月くらい前までここにいたわけだし、そうでもないかな」

「でも嬉しいんでしょ?」

 覗き込むと、シリルは僅かに気まずそうに目を逸らした。あ、ちょっと顔赤い。普段はどっちかというと大人びた表情が多いけど、こういうときはむしろ私より年下に思えてくるよね。ぶっちゃけ可愛い。私の考えていることを察したのか、彼は嘆息する。

「……二人に会っても、言わないでよ」

「はいはーい、分かってるって。シリルと同い年ってことは、私とも同い年だよね。仲良くなれるかなぁ」

「二人とも悪い人間じゃないし、ニナなら大丈夫だと思うよ。……そうだ、今のうちに言っておきたいことがあるんだけど」

「何?」

 首を傾げて続きを待つと、シリルは僅かに表情を引き締め、躊躇いがちに告げてきた。

「これから、自己紹介する機会は増えることになる。名乗るのは、名前だけにした方が良いかもしれない」

「フルネームは駄目ってこと? どうして?」

「神子を傷つけようとする者はいなくても、利用しようとする人間はたくさんいるんだ」

 利用、その言葉に少しドキッとする。私は、油断すれば利用される側なのか。……カタリナも? 本人はそれを示唆するようなことを言っていたけれど、違うと信じたい。

「今は確認されていないけど、昔は人の名前を縛ることで相手を操るような魔法も存在したらしいし……偽名を使う方が安全だけど、流石に神子が名前を偽るのはまずいだろ?」

「そう、だよね……分かった、苗字を名乗らなければいいんだよね? そうする」

 私だって厄介なことはごめんだ。頷くと、シリルはほっとしたように笑った。


こんにちは、高良です。……はい、今回ばかりは言い訳はしませんごめんなさい。予告なしに二週間近くお休み、なんて今後は絶対無いようにします。見捨てないでください(土下座)


というわけで、前半は引き続き幼女ニナ。柚希の死後、今まで目を逸らしていた疑問にようやく辿り着いた彼女の世界は、ここから少しずつ変わっていきます。

後半は現在に戻りまして、神子のお披露目が正式に決定。グラキエスの二人といえば……そうです、彼らが再登場します。


では、また次回!

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