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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第四部
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第七話 神子の追究

「それにしても、まさか故郷ではなく嫁いだ先で神子様と出会うことになるとは思いませんでした」

 寝台の上で上半身を起こし、いつものように僕から近況を聴き終えると、母上はふわりと微笑んだ。当の神子はというと、僕の隣で居心地悪そうに目を逸らす。

「えっと、王妃様。その、『神子様』って呼び方は……」

「いけませんか? ……では、そうですね。シリルとも仲良くしてくださっているようですし、ニナと」

「はい、その方が良いです」

 ほっとしたように頷くニナ。見た目よりずっと度胸のある彼女だが、自分よりずっと年上の人に敬われ傅かれるのは苦手らしい。いや、今までそんな暮らしをしていなかったのだから、当然と言えば当然なのか。それに関しては、慣れている僕の方がおかしいのだろう。ちらりと横目で彼女を見てから、母上に視線を戻す。

「まるで僕と仲良く出来る人は珍しい、みたいな言い方ですね、母上」

「あら、珍しいでしょう」

「……そうなの?」

 おかしそうに笑う母上を見て、ニナが首を傾げた。訝しげな視線から逃げるように目を逸らすと、僕は首を横に振る。

「騙されないで、ニナ。多分違う」

「多分、なんだね……」

「貴方はもう少しハーロルト様に感謝すべきですね。クレアはともかく」

「えっと、誰?」

 呆れるように呟く母上。その言葉を聴き、ニナは再び僕を見た。今度は母上が、驚いたように首を傾げる。

「話していないのですか? シリル」

「時間が無くて……アドリエンヌが話しているかと思ったのですが」

「彼女はそんなことを教える暇があったらこの世界の歴史を教えるでしょうね」

 当たり前のように答え、母上は視線で僕に説明を促した。僅かに苦笑を返すと、僕は口を開く。

「双子の妹がいるって話、しなかった?」

「聴いてないよ! あ、そっか、それで初めて会ったとき、私の頭撫でてきたりしたの?」

「……ここでその話を持ってくるのは予想外だよ」

 忘れようとしてたのに。案の定、母が咎めるように僕を見る。

「出会ったばかりの女性の頭に触れたのですか? マリルーシャがそんな教育をするとは――」

「違うんです母上、あれは何というか、その」

 マリルーシャに知られるよりははるかにマシだが、母上は母上でこういうことに厳しい。必死で弁解しようとすると、ニナはおかしそうに笑みを漏らした。

「シリル、冷静そうに見えて意外とそうじゃないよね」

 君以外に対しては冷静でいられるんだけどね、とは流石に言わない。ところが彼女は、ついでに母も飲み込んだ言葉を悟ったのだろう、顔を合わせて似たような笑顔を浮かべた。打ち解けてくれたのは嬉しいが、理由が理由なだけに喜べない。

 苦い顔をしていると、ニナが笑顔のまま首を振った。

「まぁ、それについては今はいいや。で、その妹さんが、王妃様が言った……」

「クレア=ネスタ・ラサ=アネモス。アネモスでは王族のミドルネームが被るなんて滅多にないんだよ、双子じゃない限りありえない」

「どうして?」

「生まれた日に城の上に在った星の名をもらうことになっているから。一日でも違えば、同じ名前にはならないだろう?」

 一度過ぎた星は二度と同じ場所には浮かばない。この世界では常識だったが、神子は何故か訝しげに眉を顰めた。

「……そう、なの? でも、それでも一年経てば一周して同じ名前になるでしょ?」

「え?」

「ニナのいた世界では、そうだったのですね」

「この世界では違うんですか?」

 見つめ合う僕たちを見て、母は興味深げに頷く。その言葉にニナは驚いたように振り返ると、諦め顔で嘆息した。

「……後でアドリエンヌさんに訊いてみよう」

「そうだね、アドリエンヌの方が上手く説明できると思う。で、ハル――母上が言ったハーロルトっていうのは、そのクレアの婚約者だよ。氷の国グラキエスの王子」

「アネモスの隣の国?」

「正解。少し前まで二人とも城にいたんだけど、年が明けてからはグラキエスに戻ってる。ああ、でもニナが来たことは知らせてあるから、そのうち時間が出来たら来るんじゃないかな」

 ちなみに返事も来たのだが、内容は彼ららしいというか……要約すると、自分たちがいなくなった途端にそんな面白い出来事が起きるなんてずるい、というまったくもって理不尽な訴えだった。自分たちも散々事件を起こして行ったくせに、そっちに関しては完璧に棚に上げている辺りが本当にあの二人らしい。そんなことを考えていると、不意に母上が訊ねてきた。

「知らせるといえば、ジルにも連絡はやったのですか?」

「はい、僕ではなくてリオネルが。ほら、トゥルヌミール家が遠方との連絡に使っている鳥がいるでしょう」

「ああ、確かにあれなら二人の居場所も見つけられるでしょうね。返事は?」

「それが、ちょうど今はクローウィンにいるらしくて」

「まあ……」

 母上の故郷、神に愛された国クローウィン。グラキエスと同様に神国についても習ったのだろう、ニナは黙って話を聴いている。逆に母上は驚いたように、どこか嬉しそうに声を上げた。

「意外ですね」

「はい、とても」

 信心深い母上の前ではっきり言ってしまうのは躊躇われたが、二人とも……先生もリザさんもクローウィンは苦手だろうと、そう思っていた。生まれる前から酷い目に遭ってばかりだった彼らが、神に好意的なわけがないと。ああ、でも苦手でも入国することくらいは出来るだろうか。

 そんなことを考えていくと、不意に袖を引かれる。見ると、会話が一段落したのが分かったのだろう、ニナが再び何かを訊きたそうに僕を見ていた。

「どうしたの?」

「ジル、さん? って、賢者様だよね? 城の人たちが噂してるの、たまに聴くから」

「うん、そうだよ」

「で、トゥルヌミール家って、リオネルさんやアドリエンヌさんの家、だよね。どうしてここでその名前が出てくるの?」

「あれ、それも聴いてない?」

 アドリエンヌのことだ、面倒な人間関係の類は僕や他の人たちに押し付けようとした可能性も否めない。いや、もう少ししたら貴族の人間関係を叩き込んでもらわなきゃいけないんだけど。

「賢者の実家が、トゥルヌミール家だよ」

「えっと……」

「ジルはアドリエンヌの息子で、リオネルの弟です」

「分かりやすい説明ありがとうございます」

 母上の補足に、乾いた笑みを漏らすニナ。追い打ちのつもりはないけれど、もう一つ言っていなかったことを思い出した。

「ついでに、数年前まで僕の教育係だった」

「ああ、道理でシリルが頭良いわけだ……」

 そんな神子を見て、母上は楽しそうに笑う。……今日は体調も良さそうだし、もうしばらく話が出来そうかな。ニナが来る少し前からずっと症状が悪化して会えなかった母を見て、僕はそっと微笑んだ。


 ◆◇◆


「ねえシリル。ウィクトリア、ってどんな国だったの?」

 ニナがそんなことを訊ねてきたのは、母上との面会を終え、いつものように彼女が帰る手段を調べていたときのことだった。思わず頁を捲る手を止め、ニナに視線を向ける。

「アドリエンヌに聴いたの?」

「あ……えっと、うん。本当はまだそこまで習ってないんだけど、ちょっと前までアネモスと戦争してた、って城の人たちが噂してるの聴いちゃって」

 答える前に、僅かに彼女が躊躇ったのが分かった。だが、その理由までは分からない。疑問に思いつつ、僕は頷いた。

「うん、してたよ。冬の一の月の終わり頃までだから、三ヶ月くらい前までかな」

「……アドリエンヌさんに訊いたときも思ったけど、割と普通に答えちゃうんだね。よくあるの? そういうこと、っていうか……戦争、とか」

「ニナの世界には無かった?」

 僅かに顔を曇らせる少女に、首を傾げてみせる。ニナは首肯しようとしたものの、その直前で思いとどまったように動きを止めると、そっと嘆息した。

「あった……と、思うよ。でもそれは遠いどこかの国の話で、私のいた国は戦争なんて二度としないって決めてる、凄く平和なところだったから」

「……そう」

 驚いた。とても信じられないがそんな国が、こことは別の世界には確かに存在するのだ。その世界で生きてきたニナを少しだけ羨ましく思ったのも事実だけど、別にアネモスに不安があるわけじゃない。この国を誇る心に、変化はない。

「本当ならアネモスが圧勝してすぐに終わるはずだったのに苦戦した、みたいなこと言ってたけど……何があったの?」

「そんなことまで聴いたんだね」

 そこまで話して詳細を話さない、というのもなかなか器用な真似だ。

「大きな理由は二つかな。一つはウィクトリアが人の心を操る術に長けていたこと。いや、揺さぶるのが上手かった、の方が近いかな。直接心を操る魔法もあったみたいだけど、頻繁に使われたのは幻覚とか、その類だった」

「幻覚?」

「うん。見たくないものを見せたり、他にも色々とあったみたいだね。それについては、確か第一書庫にまとめて保管されているから、見たければ後で連れて行くよ」

 第一書庫とここ、第二書庫は王族とそれに選ばれた一部の人間以外の立ち入りが禁じられているが、神子が選ばれないわけがない。国によっては王族より強い権限を持つのが、彼女という存在なのだ。

「じゃあ、もう一つは?」

「……さっき、母上のところで先生の話をしただろ? その先生……風の国の賢者が、ウィクトリアの側についてしまってね」

「…………え」

 少し間を置いて、ニナが大きく目を見開く。誤解を招くような言い方をしたのは分かっていたから、僕は微笑した。

「彼の本意じゃないよ。色々と事情があって、向こう側に協力せざるを得ない状況に追い込まれてしまったんだ。脅迫された、ともいうね」

「でも、賢者様、なんでしょ? それくらい何とか出来なかったの?」

「先生だって人間だよ。彼は確かに何でも出来るけど、決して万能じゃない」

 先生と共に旅をしていた少女は、彼は弱い人間だと繰り返した。先生がアネモスにいた頃ならば、僕はその言葉を信じようとはしなかっただろう。けれど成長するにつれて彼女の言葉の意味は少しずつ理解できるようになって、そうなれば今まで以上に、先生を責めることは出来なくなる。

「それでも、彼一人で戦況を反転させる程度の頭脳が、彼にはあった。それに、普通なら知らないような、知られたらアネモスが不利になるような情報すら知られているわけだからね。こっちは守りに回らざるをえなかった」

「じゃあ、どうして――そっか、その賢者様が、寝返ったんだね?」

「正解」

 この子はこの子で相変わらずだなぁ、と、その鋭さに苦笑しつつ頷く。

「賢者は彼を閉じ込めていた王女の目を盗み、危険を冒してこちら側に情報を流したんだ。直後、ウィクトリアの王弟がこちら側についたことで、アネモスは一気に有利になった」

「王弟……って、王様の弟だよね。それがどうしてアネモスに?」

「ウィクトリアは……何故かは分からないんだけど、王族も国民も総じて狂っている、そんな国でね。実際に見ないとこれは説明が難しいんだけど、とにかくまともな方が異端者扱いされるようなおかしなところだったらしい。そして、王弟はまともな人間だった」

「そっか、だから」

 全てを説明するまでも無く理解してしまう少女に、苦笑を返す。

 あの国を包んでいた狂気の理由は、実は未だに分かっていない。処刑後に精霊となりこの城に封じられている王女なら何かを知っているのかもしれないが、封印された後の彼女に会ったのはただ一人、歌守の少女だけだ。彼女が改心したという証拠も無い以上、下手に刺激してアネモスの人間が悪影響を受けるのは避けたかった。……いや、リザさんも、止めはしたんだけど。

「……ねえ、そのウィクトリアの王女様って、どんな人?」

 躊躇いがちなその問いに、僕は思わず眉を顰める。見ればいつの間にか彼女は真剣な表情を浮かべていて、それがなおさら不自然だった。

「どうしてそんなことを訊くの?」

「賢者様を閉じ込めてたってことは、悪い人?」

 僕の問いを無視するように質問を重ねる彼女を見つめ、僕は嘆息する。彼女の好奇心の強さは、この二週間で十分理解したつもりだった。一度気になってしまったら知らなければ落ち着けないのは、僕も同じだ。

「僕も殆ど知らないから推測だけど、良い?」

「教えて」

 即答するニナに対し、苦笑を返す。……遠い昔のように思える始まりは、けれど辿ってみればほんの少しだけ前のこと、なのだった。


こんばんは、高良です。一日遅刻ですね!←


というわけで前回の意味深な終わり方をさておきまして、前半はお久しぶりですアネモス王妃様。この人が出て来るたびに私の中ではシリル君マザコン疑惑がふよふよしてます。

後半はちょっと前回に絡んでみたりみなかったり、まぁそこら辺は次の話で、ね?


というわけで年内にもう一話くらい更新したいな、と思います希望です願望です。頑張る。


では、また次回!

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