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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第四部
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第五話 少女の事情

「……そろそろ、何とかしないとなぁ」

 父上と話を終え、執務室の扉を閉めると、僕はそっと嘆息する。原因はもちろん、三日前に出会ったばかりの神子の少女だった。

 今日まで忙しくてニナとまともに話す時間も無かったのは、幸運だったとしか言いようがない。彼女の言葉はまだ頭の中で響いていて、けれどその状態で作り笑顔を続けていたから、少しでも踏み込んだ会話をすればたちまちぼろが出てしまいそうだった。

 そう、たった今まで父上と話していたのも、まさにそれに関係することなのだ。一体どんな手を使ったのか、僕とニナが一緒にいるところなんて数えるほどしか見ていないはずなのに、父は僕たちがぎくしゃくしていることを見抜いている。だからこうして呼び寄せて、直接僕に説教したのだろう。

「神子は、繋ぎ留めなければいけない。……分かっています、父上」

 元の世界に帰れた神子は、一人もいない。そのことはまだ、ニナには告げていなかった。帰れるのかと訊ねられれば答えるつもりだったし、その質問が来ることも予想していたけれど、何故かニナは訊ねなかった。それを良いことに、僕は沈黙を貫いたのだ。

 帰れないことを知った神子は、その後どうするだろうか。この国に留まってくれるのなら、何も問題はなかった。彼女を故郷から引き離した僕たちを恨もうと憎もうと、彼女が残ってくれるのなら構わない。その程度でこの国の繁栄が約束されるなら、彼女の憎悪くらい受け入れる。けれど、この国を離れるという選択肢だけは、与えてはいけないのだ。

 だから、運良く神子を『手に入れた』国は、婚姻という形で彼ら、彼女らを縛る。それは最初の神子が召喚されたときから今まで続いていて、今回はそれが僕だった。ニナをこの国に縛り付けるための鎖として、僕が選ばれた。一国を背負う身で相手を選びたいなんて贅沢を言う気は昔からなかったから、それはいい。むしろ、同じ政略結婚でも、甘やかされて育ったせいで頭の螺子の緩んだ貴族の令嬢や他国の姫君と結婚させられるよりはずっとマシだ。

 それは僕の側の話で、ニナにとってはそうじゃないはず。ちゃんと確かめたわけではないけど、恐らく彼女にとって、相手は選べるものだったのだろう。それを僕らの都合でいきなり変えられるのだ、反発するなという方が無理がある。

 ならばどうすればいいのか。簡単な話だ、帰る気を失くさせればいい。こっちにいたいと、彼女がそう思ってくれればそれでいい。そのために、ニナが僕に対して良い印象を抱くように、笑顔を作って『王子様』を演じた。……もっともこの間の言葉から察するに、理由までは分からずとも作り笑顔は分かってしまったようだけど。

 再び嘆息したとき、聴き慣れた鐘の音が響いた。

「あ……」

 もう昼か、と顔を上げる。

 アドリエンヌとニナを引き合わせたのが今朝のこと。確か彼女は午後から母上――王妃に会うと言っていたから、あまり大きく時間がずれることは無いはずだ。信仰心が強いことで知られるクローウィンから嫁いできた母上と信仰より知識を優先したグリモワール出身のアドリエンヌの仲がいい、というのも不思議な話だけど、建国時から続く王族とトゥルヌミール公爵家の関係、それに他国出身であるという似たような境遇もあるのだろう。

 考えながら、ニナの部屋の方に歩き出す。朝と晩の食事は僕、それに予定が合えば父上も同席するが、昼食は彼女一人で、部屋で取っている。ならば今の時間も、間違いなく自室にいることだろう。三日前のことを引きずりつつも、彼女と話すのが楽しいのもまた事実だった。

 見慣れた扉を叩くと、予想通り中から声が返ってくる。

「どうぞ」

「良かった、やっぱりここにいたんだね」

「シリル……」

 部屋に入ると、座っていたニナは顔を上げ、その目を見開いた。揺れる瞳に浮かぶ、彼女と出会ってから初めて見る色。理由を訊ねるより先にニナは立ち上がり、駆け寄ってきて、縋りつくように僕の腕を掴んだ。

「ニナ?」

「ねえ、…………帰れないって、本当なの?」

「っ!」

 躊躇いがちに投げかけられたその言葉に、思わず息を呑む。そんな僕の反応で全てを悟ったのだろう、少女は泣きそうな顔で手を離した。今にも倒れそうなニナを再び椅子に座らせ、その向かいに腰を下ろすと、僕は彼女を見つめる。

「アドリエンヌに訊いたんだね?」

「うん。……それじゃ、シリルは知ってたんだ。知っていて、何も言わなかったの?」

「……ごめん」

 訊かれれば答えようと思っていた、なんてただの言い訳だ。しばらくして、重い沈黙を破るように、ニナがぽつりと呟いた。

「お兄ちゃんが、いたんだ」

「え?」

 唐突すぎる言葉に首を傾げると、彼女は弱々しく微笑む。

「会ったことはないよ、私が生まれる前に死んじゃった。よく家に遊びに来ていたお兄ちゃんのお友達を実の娘みたいに可愛がってて、お兄ちゃんが死んだ後もその人が家に来てくれたからどうにか正気でいられたんだ、って言ってた。それでもお母さんの傷は癒えなくて、それを埋めるために私が生まれた」

 聞き覚えのある話だった。ざわつく胸を抑え、僕は黙って続きを促す。

「私が生まれてからもお姉ちゃんは遊びに来てくれて、たくさんのことを教えてくれた。お兄ちゃんもお姉ちゃんも尊敬してるし、大好きだよ。……だけどね、ある日突然お姉ちゃんが来なくなったの。そしてそのまま帰ってこなかった」

「それは……」

「……一ヶ月くらいしてから酷い姿で見つかったんだけど、その時の私は何も知らなかった。お姉ちゃんがいなくなったことが凄く寂しかったのは覚えてるけど、それだけ。でもね、お父さんとお母さんにとってはそうじゃなかった。最愛の息子を喪って、実の娘のように可愛がっていたお姉ちゃんすら亡くして、二人に遺されたのは私だけになった。だから、私は……」

 不意に、ニナの声が震えた。顔を上げた少女の頬を、雫が伝う。止まることなく零れる拭おうとも隠そうともせず、彼女は僕を見た。

「ねえ、帰りたい。帰りたいよ、シリル。帰らないと。いなくならないって、私は大丈夫だよって、約束したのに」

「ニナ……」

 手を伸ばしかけ、触れる直前で思い留まる。この子には泣かないでほしい、笑っていてほしい、だけどどうやって? 今彼女が泣いているのは、僕のせいでもあるのに。僕の立場からすればそれは仕方のないことで、ニナ一人の犠牲でアネモスの幸福が約束されるなら、僕は、でも。

 躊躇っているうちに、師から聞いた話を思い出す。ニナが語ったのは、かつて先生が話してくれたこととよく似ていた。師が、そして彼と共に旅をする少女の過去の話。前世の記憶を持つという二人が、別の世界で生きていた頃の話。ニナが名乗ったときから抱いていた疑いは、徐々に強くなっていく。……彼女の言う兄と義姉が、恐らくは。

 確証はないけれど、賭けてみよう。心の中で父に謝って、僕は口を開いた。

「……三日前に、君に言われたことだけど……どうやら必要なくなったみたいだね」

「え?」

「ニナが来てから、僕が忙しかったのは知ってるね? 神子関連のことが全部僕に回ってきたからなんだけど、それも一段落したから、しばらくは余裕があるんだ」

 わけが分からない、とでも言いたげに僕を見る彼女に、悪戯っぽく微笑む。今までニナに向けていた、綺麗な作り物の笑顔じゃない。親しい人と話すときに見せる、心からの笑顔で。

「一緒に探そう。帰る方法が無いわけじゃないんだ、調べれば何か見つかるかもしれない」

 僕の言葉に、ニナは目を見開いた。呆然とした表情のまま、その唇が僅かに動く。

「いいの?」

「帰りたいんだろ?」

 手を差し伸べると、彼女は頷き、両手でその手を包み込んできた。思わず動揺する僕に、ニナはにこりと笑う。

「ありがとう、シリル!」

「どういたしまして」

 どこかくすぐったいその感覚は、けれど決して嫌では無かった。


こんばんは、高良です。……やらかしたー。いえ課題とか色々あったんですごめんなさい。第四部始まってから遅刻ばっかりだー。


シリル君の様子がおかしかったわけ。ニナをこの世界に繋ぎ留めることが彼の王子としての役割でしたが、彼がそれに逆らったのは恐らく生まれて初めてのことでしょう。理由は……もちろんいうまでもありませんね、賢者盲信してるもんねシリル君。

そろそろ次辺りで前世編入れたいです。


では、また次回。

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