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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第四部
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第二話 神子の降臨

「やっほーニナ、おっはよー!」

「おはよう。夕方だけどね」

 駆け寄ってきたのは別なクラスの、けれど親しい友人の一人だった。苦笑交じりに振り返る私に、彼女は笑みを返してくる。

「やだなーいいじゃないそんな細かいこと。今帰りでしょ、一緒に帰ろ? あっ、今日はポニテなんだ。可愛いっ」

「ありがと。お母さんがやってくれたんだー」

「へぇ……良いなぁニナってば、親と仲良くて」

「……そうかな?」

 確かに仲は良い。友人たちより年は離れているが、両親とも見た目が若いせいかそんなことは感じさせないくらいに元気で、優しくて、自慢の親だ。だけど、それほど意識したことは無かった。首を傾げると、友人は大袈裟に嘆息する。

「うちなんて喧嘩ばっかりよ。昨日もさっ、バイトしたいって言ったら反対されちゃって大喧嘩」

「そりゃ、うちの学校バイト禁止だしねぇ」

 苦笑を返しつつ、幼い頃に聴いた義姉の話を思い出す。兄と義姉に憧れた私が、彼らと同じ高校を目指したのはある意味必然だっただろう。そういえば義姉も、禁止されていたのにバイトしていたと聴いた。いや、お姉ちゃんの場合はそれ以外にも色々やらかしていたらしいから、友人の話と一緒には出来ないけど。

「ニナ? ニナ!」

「え? ……あっ、ごめん聞いてなかった。何?」

「……ニナってしっかりしてるようでたまに抜けてるよね。流石に知り合って一年も経つと分かってきたわ」

 慌てて聞き返すと、彼女は呆れたように嘆息する。ごめんごめん、と手を合わせ、私は上目遣いに友人を見上げた。同じ高一ではあるものの、平均より少し背の高い彼女と昔から背の低い私とではそれなりの身長差がある。自慢じゃないが、こっちは背の順で並ぶと必ず一番前に出される人間だ。

「まだ一年は経ってないけどね。それで、何の話だっけ?」

「部活。最近忙しそうだよねって」

 何でも無さそうに答える彼女に私はふっと笑うと、背中の荷物を背負い直した。

「先輩がねー、次の大会終わったら引退だから。今のうちにお互い頑張りましょうってこの間話して、それからちょっと熱が入っててね」

「ああ、別に大会直前とかじゃないんだ……」

「やだなぁ、大会前だったらこんなもんじゃないよ」

 遠い目で呟く友人を軽く叩くと、彼女は疲れたように嘆息して私を見る。

「しっかし……よくもまぁ、そんなちっこい体でそれ振り回せるわ。感心する」

「あっそれ禁句」

 半眼になって見上げると、友人は面白そうに笑った。背の高い人にそういうことを言われるとちょっと傷つくのが、背の低い人間の性である。向こうは見下ろしていてこっちは見上げているという会話時の姿勢も関係しているのかもしれない。うん、首が痛くなるんだよね。

「けなしてるわけじゃないんだからいいじゃない。小さい方が可愛いし。聴いたよ、今日の昼休みにも告白されたんでしょ?」

 ……流石、情報が早い。

「今度は何て言って断ったわけ?」

「いつも通りだよ? 気持ちは嬉しいけど今はそういうこと考えられないから友達でいてくださいって」

「本音は?」

「そういうことはうちのお兄ちゃんとお姉ちゃん超えてから言ってください」

「うわバッサリ」

 可哀想に、と慄く友人に、私は肩を竦めてみせた。

 私が生まれる五年ほど前に亡くなった兄は、成績優秀、運動神経抜群、ついでに容姿端麗で誰に対しても優しい、まるで小説や漫画の主人公のような特徴を十分以上に備えた、文句無しの超人だったらしい。当然直接会ったことは無いけれど、写真やビデオはたくさん残っているし、何より昔から兄の話はたくさんたくさん聞いてきたのだ。憧れないわけがない。

「これで何回目? まったく、加波かなみ仁菜にな伝説は留まるところを知らないわね」

「まだ多分お兄ちゃんは超えてないはずだから大丈夫だよ」

「はいはい」

 自分の容姿が人並み以上に整っていることは、物心ついた頃から何となく自覚していた。お兄ちゃんの小さい頃にそっくりね、と言われるたびにそれは確信に変わっていって、それに比例するように告白される回数も増えていった。けれど、私の理想はそんな完璧だった兄なのだ。

 ……本当に、それだけ? 囁く声を振り払う。昔から何となく、『違う』という感覚があったのは否めない。この人は違う。この人じゃない。そんな感覚は確かにあったけれど、でもそんな曖昧な理由で断るのは、流石に気が引けた。

「ニナ、道場寄ってくんだっけ? んじゃ今日はこっち?」

「そうだね、また明日」

「あはっ、会えたらねー」

 別方向に家がある友人と別れ、ぼんやりと歩みを進める。今はもういない人たちのことは、何故か思い出すと止まらなかった。

 兄を思い出すと次に考えずにいられないのが、兄の友人であり兄に片想いしていた女性である。両親は彼女を養子にしたがっていたが、彼女はそれを断ったのだという。それでも彼女……柚希ゆずきお姉ちゃんと両親は本当の親子のように親しくて、私も彼女を実の姉のように慕った。兄のことを教えてくれたのも、本当の強さを教えてくれたのも、全部お姉ちゃんだった。

 けれどそんな義姉すらも、私の元からいなくなってしまった。私が二歳になって間もない頃の話だ。兄が命を落としたのは幼馴染を庇って川に落ちたせいだと聴いたけれど、お姉ちゃんについてはしばらく何も教えてもらえなかった。ただある日唐突にうちに来なくなって、一ヶ月以上経ってようやく、泣きそうな顔の母にお姉ちゃんの死を告げられたのだ。

「本当のことを知ったのなんて、更に後になってからだもんね」

 ポケットの中で、かさりと音を立てる封筒。このことを考えるといつもそうだけど、ただの紙が急に重みを増したような錯覚に襲われる。別なことを考えようと目を閉じて、暗い考えを追い出すように首を振る。

 目を開けると、辺りが白い光に包まれていた。

「……っ」

 固まったのは一瞬のことで、咄嗟に光から逃げようと踵を返す。しかし驚いたことにそれはぐにゃりと形を変えると、私を追いかけてきて飲み込んだ。


 祭壇、真っ先にそんな言葉を思い浮かべる。気付けば私は、まるで外国のお城のように豪華な部屋にいた。いや、どちらかというと教会の方が近いだろうか。よく見れば祭壇なんかどこにも無くて、ただ綺麗なステンドグラスだけが、目の前から頭上にかけて光っていた。飾りとステンドグラスの何も……椅子すら無いこの部屋を教会と呼ぶのは、少し無理があるけれど。

 それで、一体ここはどこだろう? そもそも、私はたった今まで見慣れた道のど真ん中にいたはず。どうしていきなりこんなところに? 首を傾げながら、一歩だけステンドグラスに近づき、そっと手を伸ばす。

 そのとき、突然背後から扉の開く音が聞こえた。

「っ!」

 思わず息を呑み、振り返る。深い深い青の瞳と、思いっきり視線がぶつかった。

「なっ……」

「……え?」

 同時に目を見開き、硬直する。とはいえ、驚いた理由までは恐らく違うことだろう。

 そこにいたのは、まるで世界史の教科書で見た中世貴族の子弟のような服を纏う、整った容姿の少年だった。年は私と同じくらいだろう。後ろでしっぽの如く束ねられた長めの髪は、日本じゃ恐らくありえない、青みがかった銀色だった。

 少しして彼も驚きから戻ってきたのだろう、警戒するように目を細め、私を見据える。

「誰だ」

「え、えっと……」

「ここは王族以外の立ち入りは禁じられているはずだ。神官たちだって見知らぬ人間を易々と通しはしないはず。どんな手を使った?」

 どうやら私はかなり混乱していたらしい、そうだ、どうして気付かなかったんだろう。こんな綺麗な部屋に、人が来る可能性を。傍から見たら不法侵入じゃないか。けれど、どうやって入ったかなんて、そんなの私にも分からない。

 そう思って口ごもるが、それはまずいことに少年の不信感を煽ってしまったらしい。彼が腰に帯びた剣に手をかけるのを見て、私は慌てて首を振る。

「ちっ、違うの! 怪しい者じゃないってば! 私にも何が何だか分からないんです、気付いたらここにいて……」

 っていうか剣って。剣って! 恐らくというか、ほぼ間違いなく本物、なのだろう。流石に私も本物を間近に見るのは初めてだし、切られそうになったのも初めてである。銃刀法!

「分からない?」

 私の答えを聞いて、彼は僅かに眉を寄せた。と頷く私を、少年はじっと見つめる。

「あ、あの」

「……ついてきて」

 流石に居心地が悪くなって声を上げた私に、少年はさっきより少しだけ柔らかくなった口調で、ぽつりと呟いた。そのままくるりと振り返り、部屋を出てきた道を歩き出す。慌てて追いかけ、隣か後ろか少しだけ迷って、結局彼の後ろにつく。しばらく歩くと、突然外に出た。数歩出たところで、少年が立ち止まる。

 とても透き通った、どこか神々しさすら感じる泉が、そこにあった。決して大きいわけではない。建物の中と同じような装飾に飾られてはいるけれど、そんな問題じゃないのだ。とにかく、寒気がするほどに綺麗な泉。

「水に、手を入れてみて」

「手?」

 聞き返すと、少年は考え込むような表情のまま頷く。

「そう。自分に自信があるなら飛び込んでも構わないけど」

「……水に、触ればいいの?」

 自信、というのがどんな自信かは分からないけれど、どちらにせよ流石に飛び込む勇気はない。恐る恐る訊ねると、首肯が返ってきた。

 やるしかないだろう。深く息を吐き、腹を括る。制服が濡れないように右の袖を捲ると、私はそっと水に手を差し込んだ。

 冷たかったのは一瞬。何の前触れもなく、ふわりと手が温かくなる。次の瞬間、まるで波紋が広がるように、水が白く輝き出した。

「っ!」

 思わず目を閉じるが、光はあっという間に強くなって、瞼越しにも眩しく感じられる。どうしようかと焦りかけたそのとき、後ろで見ていた少年の声が聞こえた。まるで今までの冷たい印象が嘘のように人間らしい、焦りを含んだ声。

「手を!」

 意味を理解するより先に、反射的に水から手を引き抜く。水に濡れた手を呆然と眺め、慌てて振り返ると、少年はどこか苦い顔で呟いた。

「やっぱり、か。君、名前は?」

「え?」

 見知らぬ場所で、出会ったばかりの少年に気安く名前を教えるのは、当然ながら躊躇われる。だけどそうしなければ、今の光の正体も分からないだろう。それに……何だろう、彼は信じても良いような、そんな気がした。

「……加波、仁菜」

「っ!」

 名乗った瞬間、少年がこれ以上ないほどに目を見開く。信じられないものでも見るように私を見て、彼は何かを言いかけた。けれど言葉を発することなく、代わりに少年は深く嘆息する。軽く首を振ると、彼は顔を上げて真っ直ぐに私を見た。

「そう……僕はシリル。シリル=ネスタ・ラサ=アネモス。この国の王子だ」

「お、王子様?」

 声を上げた私に、少年は頷く。その背後から、裾の長い服を着た男の人が一人、それと武器を持った人たちが何人か、バタバタと走ってきた。

「シリル様、今の光は――」

「ああ、ちょうど良かった。すぐに国王に伝えて。……アネモスに、神子が降りた」

 その言葉に、言葉を発した先頭の男性は絶句する。いや、それだけじゃない、後ろの集団も同じような反応だった。そんな彼らに、シリルと名乗った少年は更に続ける。

「僕の名において、彼女を保護する。異論はないね?」

 こくりと頷くと、彼らは来た道を戻っていく。それを見送り、少年は一瞬だけ、躊躇うように黙り込んだ。しかしすぐににこりと微笑んで、こちらに手を差し伸べる。

「風の国アネモスへようこそ、神子殿。……歓迎するよ」

 出会ってから初めて見た彼の笑顔は、非の打ちどころのない、綺麗な微笑だった。

 それこそ、物語に出てくる王子様のように、優雅に。作り物のように。


こんばんは、高良です。あああああ早速間に合わなかった……。


第三部からその存在は示唆されていました、慎の実の妹。柚希を義姉と慕う彼女こそ、第四部のヒロインです。彼女の身に突然起きた異変、番外編まで読んで下さった方は見覚えがあるはず。

そんな彼女を迎え入れたのは、皆さんご存知のシリル君。ですが、少し様子がおかしいような……?


では、また次回!

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