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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第三部
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番外編・五 無慈悲な嘲笑

 生まれてきた子供は彼と同じ青緑の髪色で、けれど産声を上げることは無かった。同時にわたし自身も、わたしは覚えていないけれど一時は本当に危なかったらしく、冷たくなった我が子を抱くことも出来ないまま。そんなわたしの元にあの男がやってきたのは、出産から数時間ほど後のことだった。

「やはり奴にとって神は敵でしかなかったか。残念だったな」

 言葉とはまるで逆の嘲笑と共に、彼は寝台に横たわる私に近づいてくる。無謀さに首に手をかけると、夫はまるで叩き付けるように乱暴に、わたしを床に引きずりおろした。思い切り背中を打ち付けたせいだろう、反射的に息が漏れる。

「……っかは……」

「喜べ、お前は役目を果たした」

「や、くめ……?」

「最早お前は用済みだということだ、神子よ」

 歪んだ笑みが、視界に映った。紅の瞳に灯る、見慣れた狂気の色。

「幸いなことに、口実ならいくらでもある。子供は死産、手を尽くしたものの王妃もまた助からなかった。それで誰も疑問には思うまい。お前の死体を媒体に、神子の力だけをこの国に留める」

 そう、それは少し前からこの男が口にしていたことだった。本当の意味でわたしが死ぬわけではないから、それを続ける限り、他国に神子は降りない。この国だけが、その奇跡を独占するためだと。

 だから、こうなることも、わたしは何となく分かっていたのだ。死ぬ覚悟はとっくに出来ているし、……策も、ちゃんと考えてある。ウィクトリアは存在してはならない国だ、わたしだっていい加減わかっている。言いなりには、ならない。

 けれどそれは顔には出さず、わたしは一番気になっていたことを訊ねた。

「わ……たしが、死んだら……アドニス様は?」

「安心しろ、約束は守る」

「……そう、ですか」

 彼の言葉に、微笑む。ああ、ならばこの男の目論見も、いつか潰えることだろう。その種は、ちゃんと蒔いてある。あの子は母親想いの優しい子だもの、きっと届けてくれるはず。

「なら、思い残すことはありません」

「自分の命よりアドニスの心配か。くくっ、奴よりお前の方が余程この国に相応しい」

「逆らわないと、誓いましたから」

 暗に私が狂っていると告げる彼の言葉にも、特に反論は抱かなかった。だってきっとその通りだろう。わたしも、もうとっくの昔に狂っていたのだ。だけど、この愛までは否定させない。

 ……ごめんね、と。この世界でただ二人、わたしを思ってくれた人たちに、心の中で囁いた。


 ◆◇◆


「謹慎を解く……? どういうことです、兄上」

「そのままの意味だ。ここから出してやる、と言っている」

 私の問いに、兄は珍しく楽しそうな歪んだ笑みと共に答える。

 昔から、罪を犯した王族を幽閉していたという北の離塔。不自由はないが娯楽も無いここに私が閉じ込められて、どれほど経ったのか……ここにいては季節の変化などまるで感じ取れなかったが、恐らく一年には満たないだろう。突然の兄の言葉に、けれど喜ぶことは出来なかった。

「……私は『異端者』で『反逆者』だと、そう言ったのは兄上でしょう。ずっと閉じ込めておけば良いではありませんか。それとも、彼女との約束を破って私を殺そうとでも?」

 それならそれで構わない。脱走が叶わなかったあのときから、私の存在がティナを縛っているのだから。あれ以来会っていない彼女が、それで自由になるのなら。

 しかし、兄は楽しそうにそれを否定した。

「まさか。妻の最期の頼みを聞き入れない夫がどこにいる」

 どの口が、と言い返そうとして、やっとその言葉の意味に気付く。……この男は、兄は、今何と言った?

「…………最、期?」

「ああそうだ。あれが妊娠していたのは知っているだろう、腹の子供と共に息を引き取った。残念だったな、アドニス?」

「あ……」

 耳鳴りに紛れる兄の声が、次第に意味を失っていく。ただの雑音にしか聞こえなくなる。分からない、彼は、何を言っている?

 …………ティナが……息を引き取った?

「う……嘘です、そんな、そんなこと――」

「わざわざ嘘などを言いにこんな場所に来るわけがなかろう」

 嘲笑うように答える兄を、私はただ呆然と見つめた。そうだ、この兄が、そんなことのためにわざわざ塔の上に足を運ぶ理由はない。私をここから出す、という先ほどの言葉も、嫌というほど真実を突きつけてくる。

 沈黙が部屋を包んだのはほんの一瞬で、不意にノックの音が響いた。

「失礼致します」

「ああ、来たか。そこにおけ」

 入ってきたのは兄の侍従の一人で、それなりに装飾の施された大きな箱を抱えていた。兄と私の間の机にその箱を置くと、彼は無言で一礼して下がっていく。

「これは……」

「説明するまでも無いだろう。お前の物だ、素直に受け取れ」

 受け取れるわけがない。後で対価を要求されるか、これ自体が私にとって害であるかのどちらかだろう。しかし私の反論を待たず、兄は笑む。

「私も忙しいのでな、いつまでもお前の相手などしてはおれん。しばらくしたら迎えの者を来させる。お前の部屋も侍女たちが掃除だけはしていたからな、いつでも戻れるだろう」

「兄う――」

 呼びかける声を無視し、彼は部屋を出て行った。私は嘆息すると、そっと立ち上がって取り残された箱に手をかけた。

「ティナ……」

 あの話の後でこの箱が出てきたことを考えれば、彼女の死に関わる物であることくらい察しがついた。開けたくない、そう叫ぶ自分がいる。開けたら、恐らく戻れないだろう。知らないままでいる方が幸せなことも、この世界にはたくさんあるのだ。

 ……それでも、無視は出来ない。ぐっと手に力を入れ、箱を開ける。中にあったのは、赤ん坊ほどの大きさの人形、に見えた。一拍遅れて、ようやく真実に気付く。

 人形などではない、これは……本物の、赤子の死体だ。

「――っ!」

 思わず声にならない声を上げ、後ずさる。突き上げてくる吐き気を必死に抑えつけて、私は再び箱の中に目をやった。

 固く閉ざされた瞳の、その色までは分からない。しかし薄く生えた髪の色は確かに青緑で、……悟ってしまった。兄が言っていた、ティナと共に命を落とした子供が、彼女が宿していた子供が、この子なのだと。

「あ、あ……」

 どちらの子であるかは分からないと、そう聞いた。つまり彼女が宿したのは、今目の前にいるこの赤子は私の子供で、……私は愛しい人と実の子を同時に亡くしたのだと、兄は語らずして私に思い知らせたのだ。あの時見つからなければ、無事逃げ切れていれば。いや、見つかっても私が諦めず、彼女を取り返すことが出来ていたなら。今頃は、きっと三人とも幸せに暮らしていたはずなのに。貴女は、死ななかったはずなのに。

 あの男は、まるで彼女が出産の際に命を落とした彼のように語った。そんなわけがない、兄の表情が何よりも雄弁に語っていた。……あの男は、王妃までもその手にかけたのだ。

 無意識のうちに、力の入らない手が赤子の頬に触れる。その冷たさを意識した瞬間、膝から床へ崩れ落ちた。

「……ティナ、私は」

 何も出来ないまま貴女を死なせて、私だけが、生きていかなければいけないのか。

 頬を伝う熱い雫は、悲嘆か後悔か……言葉にならない慟哭だけが、部屋に響いた。


こんばんは、高良です。……言えない。ゲームしてたら更新遅れましたなんて、そんなこと言えない……っ!


短めなのは一話が長くなりすぎて二つに分けたからです(言い訳)

というわけで駆け落ち失敗から約一年。二人の再会は、永遠に叶わないものとなってしまいました。

絶望するアドニスですが、逆に殺されたティナの方は、何か策を講じていたようですね……?


では、また次回。

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