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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第一部
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第七話 初恋は夢の中

「初めまして。クレア=ネスタ・ラサ=アネモスと申しま……っ」

 珍しく表情を引き締め、一国の姫君らしく優雅に振る舞うクレア。その言葉が、途中で止まった。父も僕も、それを咎めない。それほどに、グラキエスの王子の行動は驚くべきものだった。

「クレア、クレアだな? やっと会えた……!」

 彼女の顔を見るなり、彼は嬉しそうにクレアを抱き締めたのだ。クレアの表情から察するに、そこそこ強い力で、なのだろう。

 さっきまで普通だと思っていたのだけど……クレアが部屋に入ってきた途端、これとは。試しに彼を招待することが決まってから既に一ヶ月以上経っているのだから、「やっと」と言いたくなる彼の気持ちも分からないでもない。けど、流石にこれは喜びすぎじゃないだろうか。

「……あの」

 控えめに声をかけると、彼はハッと我に返り、父上を見て気まずそうに苦笑する。

「す、すみません陛下。嬉しくて、つい」

「それは構わんが……クレアのことは絵姿で見ただけなのだろう、よくそこまで想えるものだな」

「待ってくださいお父様! 構わんが、じゃないですわたしは構いますっ!」

 父上の言葉に、王子を押しのけ憤るクレア。二人の口論が始まってしまったのを見て、僕は苦笑しながら彼に視線を向けた。

「すみません、ハーロルト様。妹ときたら、もう十三だというのに子供っぽくて……すぐに終わると思うので、少しだけ待っていて頂けますか」

「あ、ああ。……えっと」

 彼は頷き、戸惑うように僕を見る。……そういえば、名乗っていなかったっけ。

「シリルです。シリル=ネスタ・ラサ=アネモス」

「俺と同い年、だよな? クレアの双子の兄君、だろ。だったら要らないよ敬語なんて、苦手なんだ」

「良いの?」

「良いよ良いよ、『様』も無しだ。ハルって呼んでくれ、俺もシリルって呼ぶから」

「分かった、ハル」

 彼の言葉に、微笑む。同年代の友人、というのは、もしかしたら初めてかもしれない。彼も悪い人間じゃなさそうだし、仲良くなれれば良いんだけど。

 そこで、妹が複雑そうに僕たちを見ているのに気づいた。

「何か……もしかして二人、打ち解けちゃった?」

「クレアが意地を張っているうちに、裏から手を回しておこうと思って」

「おいっ。あくどいぞ、シリル」

 苦笑混じりに小突いてくるハルの手を避けつつ、僕は父の方を見る。

「父上、彼に城の中を案内してきてもよろしいでしょうか? しばらく滞在するのでしょう。クレアも連れて行けば、少しは大人しくしてくれるかと」

「それは良いが、どんどん考え方がジルに似てくるな、シリル。余は少し不安になってきたぞ」

「文句は先生にどうぞ。それでは、失礼しますね。行こう、クレア、ハル」

「あっ、待ってよシリル!」

 部屋を出ると、ハルがほっとしたように息をついた。

「やっぱり緊張するなー、こういうの。正直助かったよ、シリル」

「それは良かった。でも、僕らはいつか緊張される側にならなきゃいけないんだけどね」

 僕も彼も、第一王子――いずれ国王となる立場なのだから。そういうと、ハルは呆れたように苦笑する。

「まだまだ先のことだろ? 俺たち、まだ十三だぞ」

「分からないよ。いつ何があっても良いように常に覚悟しておくこと、っていうのが僕たちの先生の教えだから」

「そうだシリル、それで思い出した! 先生は?」

 クレアの声に、僕は首を傾げた。

「多分、先生のお部屋かどこかの書庫にいらっしゃるんじゃないかな? 今日は確か何も用事が無いって言っていたから。行く?」

「行く」

 即答するクレアに僕は苦笑し、歩き出す。たまに国の重要人物とすれ違うたびにハルを紹介しつつ歩いていると、背後ではクレアがハルに話しかけていた。

「ねえ、ハル様。どうしていきなり抱き締めてきたの? さっき」

「あー……ごめん、怒ってるか」

「びっくりしたもの」

 振り返ると、頬を膨らませている妹と、困ったように笑うハル。どうやら、あの時クレアは気付かなかったらしい。

「一目惚れした、ってだけじゃないんだろ?」

「へっ?」

 驚いたように目を丸くする二人に、僕は微笑んだ。

「あの時のハル、何か言いたげだったから。絵姿で見て一目惚れした、っていうのは後付けの理由なんじゃないかな、って思ったんだ。本当はもっと他に、クレアを選んだ理由があるんじゃないの?」

「あ、ある、けど……信じてもらえるか怪しいから、言うかどうか迷ってて」

「それは聴いてみるまで分かんないけど、聴きたいわ」

 クレアが笑顔を向けると、ハルは諦めたように嘆息した。

「小さい頃から、夢を見るんだ」

「夢?」

 クレアの問いに、彼は首肯する。いつの間にか、その顔に優しい笑みを浮かべて。

「見たことも無いところで、俺じゃない『俺』が知らない女の子と一緒にいるんだ。『俺』はその子が凄く大好きで、その子も俺を好きでいてくれた。そんな幸せな夢を毎日見るんだけど、最後にはいつもその子は手に届かないところに行ってしまう――そんな夢だ。多分、あれは本当にあったことなんだと思う」

「本当にあった? ……いつ?」

 訊ねると、彼は首を横に振った。

「さぁ。でも、何となく『ああ、こんなことあったな』って。おかしいよな、見たことも無い場所が懐かしいなんて。そして俺は気付いたら、夢の中の女の子を必死になって探してた、ってわけだ」

「でも、どうしてそれがわたしなの?」

「感じたから」

 即答。疑問に思ってクレアと顔を見合わせると、ハルは言葉を付け足す。

「クレアの肖像画を見たとき、この子だ、って直感したんだ。名前も見た目も全然違うのに、凄く懐かしくて愛しくて、絶対にこの子だって確信した。クレアは、何も感じなかったか?」

「そ、それはっ」

 口ごもるクレアを見て、僕は答えを悟る。どうやら、その感情はクレアにも芽生えていたらしい。けれど先生を好きと公言している手前、僕の前で口に出すのは憚られる……と言ったところだろうか。

 どことなく居心地の悪い、微妙な沈黙が流れる。どうしようかと思った瞬間、見慣れた青年の姿が視界に入った。

「先生!」

「こんにちはー、先生!」

 こちらに向かって歩いてきていた先生にクレアと二人で声をかけると、向こうも僕たちに気づき、微笑んで頭を下げた。

「こんにちは、シリル様、クレア様。では、その方が――」

 先生の言葉が、不自然に止まる。見上げると、彼は目を大きく見開いて、信じられないとでも言うようにハルを見つめていた。その唇が、僅かに動く。けれど何と言ったのかは聞き取れず、僕は首を傾げた。

「先、生?」

 その声で我に返ったのか、先生はようやく微笑む。ただしその笑みは、普段の彼の微笑みよりもだいぶ引き攣っていた。

「失礼致しました。……グラキエスの、第一王子殿下ですね。初めまして。ジルベルト=フラル=トゥルヌミールと申します」

「あ、ハーロルトです。ハーロルト=リーフェンシュタール=グラキエス」

「先生はわたしたちの教育係なの。風の国の賢者って呼ばれてて、凄い人なんだから!」

 クレアの明るい言葉に、先生は苦笑する。ようやく、いつもの笑顔。……ただし相手がクレアであるせいか、どことなく寂しそうではあったけれど。

「持ち上げすぎですよ、クレア様。僕はそんなに凄い人間ではないと、いつも言っているでしょう」

「いいえっ、先生は凄いです! わたしが言うんだから間違いないです!」

「それはどうも」

 彼は再び苦笑すると、僕を見る。

「案内の途中でしたか?」

「はい。それと、先生を探していたんです。紹介しておきたくて」

「それは光栄ですね。……ですが、申し訳ありません。少々用がありますので、失礼させていただきます」

「あっ……すみません、引き留めてしまいましたか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。それでは、また後で」

 一礼し、歩き去る先生。その背を見送りながら、ハルがぽつりと呟いた。

「あれが、風の国の賢者か。噂は聴いてる。物凄い人なんだよな」

「……まぁ、先生のことだから他国でも有名だろうとは思っていたけど」

 苦笑する僕に、クレアが耳打ちする。

「でも、ハル様を見てからおかしかったね。先生」

「うん。先生のあんな顔、初めて見たよ。用があるっていうのも、もしかしたら嘘かも」

「どうして?」

「さぁ……」

 結局何も分からず、さっきまでと同じように他愛も無い会話に戻る。

 そういえば、さっき一つ気になっていたことがあったっけ。聴いてもどうにもならないようなことではあるけれど。

「ねえ、ハル。夢の中に出てきた、っていう女の子の名前は、分かるの?」

「分かるけど、クレアとは全然違う名前だぞ。響きも珍しいし」

「どんな?」

 クレアの問いに、ハルは記憶を辿るように視線を遠くへ向け、答えた。

「確か……サツキ、だったかな」


 ◆◇◆


 逃げるように彼らから離れ、僕は深く息を吐いた。

 まだ、目に焼き付いている。少し跳ね気味の金髪、僕を見る明るい緑瞳。それに重なるように浮かぶ、彼とは似ても似つかないもう一つの顔。

「……ますみ……」

 ぼんやりと、その名を繰り返す。

 倉橋くらはし真澄。かつての親友の名。幼馴染であり、親友であり、恋敵であった少年の名。僕が破れた相手の名。咲月の恋人だった少年の名。

 大丈夫、彼らに聞こえはしなかったはず。思わず口が動いてしまったけれど、ただ息が漏れるばかりで声にはならなかった。だから、彼らはきっと僕の態度をおかしく思っただろうけど、その理由までは知らないだろう。

 クレア様の……咲月のときもこうだったな、と力なく笑う。あの時も、銀髪の少女にかつての幼馴染の顔が重なって、溢れだす色々な感情を抑え込むのに必死だった。

 こうもはっきり分かるとなると、これは恐らく直感の類ではなく、一つの能力的なものなのだろう。その証拠に、彼らの方は僕には気づいていない。かつての記憶すらないのだから、当然と言えば当然なのかもしれないけど。

「これで、転生しても結ばれることになったわけか……あの二人は」

 僕の判断は間違っていなかったのだな、と少し安心する。誰が予想しただろうか、喧嘩も多かったあの二人の愛は、実は死すら乗り越えるのだと。

 本来ならそれは、喜ぶべきこと。親友だった彼らの幸せは、僕にとって祝福すべきこと。そのはずなのに、僕の顔は歪んでいた。

「真澄。どうして、君まで……」

 これもまた、咲月のときにも思ったこと。

 彼らは、咲月と真澄は、何故この世界に来てしまったのだろうか。転生しているということは、向こうで一度死んでしまったということなのに。どうして、彼らまで。

 ……不意に、そんなことを考えている自分がおかしくなる。だからたった今彼らから逃げてきたのだ、とでも言うのか。彼らまでこちらに来てしまったのが悔しいから、とでも言って嘆くつもりか。彼らから逃げるように、嘘までついてあの場から離れたのには、もっと別な理由があるだろうに。

 誤魔化すな。見たくなかっただけだろう。彼らが仲良くしているのを見るのは辛いことだと、思い出してしまっただけだろう。彼が、ハーロルト様が――真澄がこれからしばらくこの城にいるという事実を、咲月の隣にいるという事実を、見つめたくないだけだろうに。

 大丈夫。落ち着くんだ、やることは『前』と変わらない。いや、前よりもずっと楽だ。僕は、ただ――

「――クレア様は、咲月じゃない。ハーロルト様は、真澄じゃない」

 数年前にクレア様に出会ってから、ずっと心の中で唱え続けてきた言葉。

 干渉しないこと。前世の記憶を、思い起こさせないこと。彼らにとっても、僕にとっても、それが一番なのだから。それさえ気を付けていれば、すぐに慣れる。

「大丈夫。まだ、耐えられる」

 誰もいない廊下で、僕はそっと呟いた。


こんばんは、高良です。


何の因果か、前世でずっと一緒だった三人は再び出会ってしまいました。

それを知るのはジルだけですが、王子もまたかつての恋のことだけは覚えている様子。クレアがジルを好いているとも知らず、彼女を想います。

果たして、実るのは誰の恋なのでしょう……


では、また次回。

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