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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第三部
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第十八話 意外な来客

「というわけで、父上にも力をお貸し頂きたいのですが」

「……ジルの使い魔、か。帝国にとって最重要とも言える機密書類を、あっさり奪ってくるとはな」

 つい数時間前の出来事、リザさんに聞いたことのほとんどを父に打ち明けると、父は疲れたように嘆息した。言いたいことは何となく察することが出来たけど、それについては指摘せずに僕は言葉を続ける。

「こんな言い方は本来ならあまりしたくないのですが、先生を失って一番困るのはこの国でしょう? それは、父上も十分すぎるほど理解しているはずです」

「確かにお前らしくない言い方だな、シリル」

「非常事態ですから」

 使えるものは何だって使えと、先生に教えられてきたから。素知らぬ顔で返すと、父上は再び息を吐いた。

「お前の言う『貸してほしい力』とは何だ? 戦力ならばお前が引き抜いていた騎士たちだけで十分だろう。情報も、お前の方が多く持っているのではないか?」

「はい」

「否定しない辺りがお前だな」

 苦笑する父上に向けた笑みを、すぐに引き締める。

「許可を、頂きたいのです。父上」

「許可だと?」

 眉を顰める父に、僕は頷いてみせた。

「はい。本音を言ってしまえば、僕自身が行きたいのですが……流石に、そんな我侭は言えませんから。代わりに、僕が引き抜いていた数人を、先にウィクトリアに向かわせる許可を」

「ほう。……そうすれば、本隊が合流する前にジルを助け出してみせる、とでも言うつもりか?」

「……はい」

 やはり読まれていたか、と内心苦笑しつつ、再び頷く。そう、父上のやろうとしていることを、ウィクトリアを打ち倒すという本来の目的を、邪魔する気はない。ただ、その前に先生を連れ出すだけの時間を。

「いくら腕が立つとはいえ、たった数人でどうするつもりだ? ウィクトリアの兵士も馬鹿ではあるまい」

「それは――」

 説明しようと口を開いたその時、ノックの音が響く。「どうした」と父上が声をかけると、そっと扉が開いた。

「失礼致します。陛下に謁見したい、という者がいるのですが……その、少々問題がありまして」

「問題?」

 基本的に口を挟まないと決めていたのだが、思わずそう訊ね返してしまう。しかし騎士は気にした様子も無く頷くと、父上を見た。

「はい。……謁見を希望しているのが、ウィクトリアの人間なのです。どうしても陛下にお話したいことがある、と。いかがなされますか」

「何だと?」

 騎士の言葉に、父は目を細める。しばらく考え込むと、父上は唐突に立ち上がった。

「良かろう。ただし、念のため護衛は増やせ」

「はっ」

「シリル、お前も来い」

「え? ……はい」

 部屋に戻るように言われると思っていたため、一瞬素で訊き返してしまう。慌てて頷くと、僕は部屋を出る父上の後を追った。昔と変わらない、僕に構わず普段通りの歩幅で歩いていく父。小さい頃は小走りで追いかけなければ見失ってしまったっけ、と少しだけ懐かしく思う。謁見の間のすぐ近くにきたところで、父上は唐突に呟いた。

「背が伸びたか? 走らずともついてこられるようになったな」

「……知っていたのなら、少しは気を遣ってほしかったです」

 不満を込めて答えると、父は面白そうに肩を揺らす。不意に立ち止まると、彼は僕の方を振り返った。たった今まで笑っていたはずの顔は、気付けば真面目な表情を浮かべている。

「しばらく忙しくなりそうなのでな、今のうちに言っておこう。ハーロルト殿がグラキエスに帰るつもりだ、というのは聴いたか?」

「初耳です」

 父の言葉に、僕は思わず目を見開いた。そんな僕の反応が意外だったのか、父上は僅かに目を細める。

「少し前から、何度かそのような相談を受けている。ウィクトリアとの戦争が片付き次第、クレアを連れて故郷に帰る予定だ、とな」

「クレアも、ですか」

「驚くようなことでもあるまい。後三ヶ月もすれば、お前たちも十六だろう。まだ結婚はしないと言っていたが、世間では成人だ」

「はい」

 数か月前、僕自身がクレアに放った言葉だ。それがこんな形で返ってくるとは、思ってもみなかったけど。クレアやハルがそう決めたのは、恐らくリザさんとの一件のせいだろう。二人とも、ずっと悩んでいたのだから。ようやく答えが出たのなら、僕は。

「寂しいか?」

「……はい」

 父の問いに、正直に頷く。クレアは生まれた時から一緒だったし、ハルだって初めて出来た同年代の友人だ。寂しくないわけがない。最近はリオネルやリザさんと一緒にいることが多かったけど、その二人だって戦争が終わればずっと城にいることは無くなるのだろう。リオネルはともかく、リザさんは先生との旅を再開するに決まっている。

 俯いた僕を見て、父は僅かに苦笑を浮かべ、僕の頭に手を乗せた。

「あの捻くれた子供が、随分正直になったものだ。……すぐに、とは言わん。だが余が死ぬより前に、お前にこの国を預けよう」

「……父上、それは」

「不満か? お前が王になるのがまだ怖いと言うなら、余が死ぬまでその期限を延長することも出来る」

 試されている。父の目の奥に灯る光が、そう告げていた。僕が首を振れば、父上はその言葉の通り死ぬまで王を務めて、そうして多くの国がそうであるように、僕はその後で王位に就くのだろう。……先生がいたら、とふと思う。彼に相談したら、どんな答えが返ってくるだろうか。いや、きっと答えてはくれない。これは、これだけは、僕が自分の意志で選ばなければいけないことだ。

 だけど考えるまでもなく、答えは自然と出ていた。

「いいえ、父上」

 僅かに笑みを携えて、父を見上げる。

「怖いはずがないでしょう? 僕はそのためにここにいるんです。……国を背負えというなら、今すぐにでも」

 その覚悟はもうずっと昔にしていますから、と付け加えると、父上は僅かに笑みを浮かべた。

「そうか、ならば良い。……これを告げておきたかっただけだ、そろそろ行くとするか」

 僕の返事を待たず、父は謁見の間の扉に手をかける。入っていく父を見送り、彼が王座に腰をかけたところで扉を閉めて、僕はそのまま部屋の隅から謁見者を見た。

「顔を上げよ。ウィクトリアの者だと聞く、長旅ご苦労だった」

「いえ。突然の申し出を聞き入れてくださったこと、感謝致します。陛下」

 父の言葉に、跪き頭を下げていた彼は顔を上げる。……恐らく父よりは年下だが、若いとも言えないだろう。白髪交じりの黒髪に、苦労の滲む表情。纏う服は旅人らしかったが、高級なのは見て分かるから、恐らく貴族か、それと同じくらい裕福な家の出か。どちらにしろ、普通だった。あの帝国に抱く残虐な狂人の姿ではなく。

「して、何用だ? 余に話があると聞いたが」

「……陛下は、ウィクトリアの王弟殿下をご存知でしょうか」

 いきなり本題に入った男性のその言葉に、父は目を細める。

「ああ、知っておるとも。王の不興を買い権力を失くしたと。なるほど、王弟側の人間か」

 ウィクトリアの国王に弟がいるという話は、僕も先生から聞いたことがあった。何をしたのかは分からないけれど、何か王の怒りに触れることをして、それまで持っていた権力と呼べるものを全て奪われたらしい。それ以来彼が表に出てくることはないけど、つまり本当の意味で権力を失ったわけではなかったということか。

「ウィクトリアの人間は異常です。国王や王女を筆頭に、国民も大多数が狂っている。そんな中、まともな……彼らからすれば異常な精神を持って生まれてしまったのが王弟殿下であり、あの方の元に集う我らなのです」

「ではその王弟側の人間が、余に何の用だ?」

「協力とは申しません。取引を致しましょう」

「取引だと?」

 眉を顰める父上に対し、使者は頷く。

「はい。現在、我々の仲間の多くはウィクトリアの王城に捕らえられ、身動きが取れません。ですが僅かな隙さえあれば、殿下が彼らを逃がすことは可能でしょう」

「その隙を、我々に作れと申すか」

「その後はこちらもアネモスに加勢致しましょう」

 暗にその通りだという彼を、父は苦い表情で見つめた。しかし長い間の後、父上は深く息を吐き、使者を見据える。

「良かろう」

「父上!」

 思わず声を上げると、父はそれくらい予想通りだとでも言うように僕を見た。

「不満か? シリル」

「いえ。ですが、よろしいのですか? だって……」

 罠じゃないとは、限らないのに。言葉を切った僕に対し、父上は首肯を返す。

「アネモスのやることは、変わらん」

「それは……そうですが」

「もう一つ、よろしいでしょうか」

 僕たちの会話を遮り、使者の男性が声を上げた。父に無言で促され、彼は言葉を続ける。

「賢者様と共にいた紅髪の少女に、お会いしたいのです」

「……ほう」

「リザさんに?」

 彼の言葉に、父と僕の声が重なった。


 ◆◇◆


 肌を突き刺すような冷たい雨に、あたしは顔を顰めた。見上げれば空はどんよりと曇っていて、けれど雫が雪に変わることも無い。この屋上から見下ろせる、普段は賑やかで明るい城下の風景すら、今は暗く静かだった。

「……嫌な、天気だわ」

 呟きは大きな雨音に溶けて消えて、自分でもよく聞き取れない。同時に吐いた息は白く、嫌でも前世むかしを思い出した。高二の冬の初めのこと。慎がいなくなってしまった、あの日のこと。

 ウィクトリアの王弟の使者だ、と名乗った男に手渡された手紙のことを思い出す。差出人は彼の主だという王弟自身で、書かれていたのはジルのことだった。簡単な挨拶のあと、彼が死にたがっているのは知っているか、という言葉で始まるその手紙には、ジルの置かれている状況は殆ど書かれていない。彼を救えるのは恐らく貴女だけでしょう、とそこにはあった。後悔したくないのなら、どうかアネモスの騎士たちと共にここへおいでください、と。

 罠かもしれない、と最初は考えた。一度取り逃がした獲物を今度こそ捕まえるための罠だ、と。けれど使者が嘘を吐いているようには見えなくて、手紙もまた嘘とは思えなかったのだ。

 突然吹いた強風に煽られて、氷のような雫がばちばちと肌を打つ。同時に脳裏をよぎる、冷たくなった慎の姿。……あんな思いは、もうしたくない。二度と、しないと決めたのだ。後悔なんて。

「リザさん?」

 驚いたような声に振り返ると、銀髪の王子が階段の一番上からあたしを見上げていた。こっちに駆けてこようとする少年に手を向けて立ち止まらせ、ゆっくりとそっちに歩いていく。彼の届く距離に入った瞬間、ぐいと中に引っ張り込まれた。

「何をしているんですか! こんな雨の中で、風邪でも引いたら――」

「随分心配するのね」

「リザさんに何かあったら、先生が悲しみますから」

 きっぱりと言い切り、シリルはちょうど下を通りかかった侍女を呼び止める。何か拭く物を、と短く告げると、彼は階段を一歩降りてあたしを振り返った。

「とにかく体を温めてください。本当は着替えた方が良いでしょうけど、濡れたまま城の中を歩いたら本当に風邪を引きますから」

「……ええ、そうね」

 彼の言うことももっともか、と渋い顔で頷く。シリルの後について階段を降りながら、あたしはその背に投げかけた。

「そうだ、さっきの話だけど」

「リザさんも騎士たちと一緒にウィクトリアに行く、と?」

「……よく分かったわね」

「そんな気はしていましたし、元々そういう計画でしたからね」

 反対はしませんよ、そう言って少年は肩を竦める。まるでジルのようなその仕草に、あたしはそっと笑みを浮かべた。


こんばんは、高良です。最近眠かったり忙しかったりして更新が遅れてばかりです。大会終わったらその分書きまくりたいです。


さて、シリル君回。

ウィクトリアの内部はアネモスのように平和とはいかないようで、どうやら王の弟は国王と敵対しているようです。手を組むことになったアネモスと王弟側、そしてジルを救うという目的の元動くリザですが……?


では、また次回。

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