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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第三部
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第十七話 妖精がもたらしたのは

流血表現・病みあり。

「やってくれましたわね、ジル」

「……何の、ことでしょう」

 絡みつくような笑みが、彼女の顔から消えたのは初めてだった。部屋に入ってくるなり冷たく言い放つ王女に、僕は微笑と共に返す。氷のような、恐ろしさすら覚える無表情に、悟られてはいけないと必死で動揺を押し殺した。

 彼女は不快そうに目を細めると、突然僕を寝台に押し倒す。毒のせいで歩き回るのも辛いこの体では、抵抗は出来なかった。

 大丈夫、殺されはしない。そう自分に言い聞かせて、同時に僕のしたことが予想通りウィクトリアにとって大きな痛手であったことに安堵して、僕は笑顔で彼女を見上げる。

「珍しいですね、カタリナ。貴女がそんなに動揺しているなんて。何かあったのですか?」

「しらばっくれないで」

 カッと見開かれた、光の無い瞳が僕を見下ろした。僅かに動いた唇から、囁くような低い声が漏れる。

「一体、どんな手を使いましたの?」

「ですから、何が――」

「どうやって宝物庫に入り込んだのか、と訊いているのよ。……いえ、入り込んだのは、もしかしたら貴方ではないのかしら。ですが、情報が漏れたことに変わりはありませんわね? 探しても見つからないのなら、外に出たと考える他ありませんもの。見張りはいたはずなのに、一体どうやって外に出したのかしら?」

「……それを聴いて、どうするのですか?」

 元々、ソフィアがちゃんと目的を果たしたことさえ確認出来れば、後は隠す気の無かったことだ。彼女を放ってから、一週間と少し。思ったより早かったな、と思いながら諦め混じりに呟くと、カタリナは僅かに笑みを浮かべた。

「まあ、本当にジルの仕業ですの? スパイか何かが入り込んで、それを庇っているだとか、その程度だと思っていたのですけれど」

「おや、ではそっちが正解かもしれませんね」

「……しらばっくれるな、と言ったはずよ」

「っ!」

 唐突に、眼前に手が伸びてくる。避けるより前に思わず目を見開いてしまったのが、最大の失敗だった。手はそのまま右目――キースに貰った義眼の方に近づき、勢いを緩めることなく沈み込む。そうしてそのまま、王女は流れるように手を引き抜いた。

 ぶちぶち、という音が、頭の中で幾重にも響く。

「っ、ぐ……ぅ」

 燃えるような痛み。これを味わうのは二回目だが、刺されるのと抉られるのとでは違うだろう。王女が抉ったのは義眼ではあるけれど、同時にキースによって元通りに神経を繋がれ、前と同じ視力も与えられた魔眼でもあったのだ。感覚も何もかも本物の目と殆ど変らず、痛みは前と同じか、それ以上。反射的に抑えた手の、その指の間から溢れる血も、以前よりも量を増しているように思えた。横たわったままのせいか、頭に生暖かい液体の感触が伝わってくる。

「あら、悲鳴は上げませんのね? つまらないわ」

「……っ」

 見上げれば、ぼんやりと紅い靄のかかった視界に、本当に残念そうに笑う王女が映った。続いて、彼女の白い手が。彼女が、血を浴びたその指先にかざすように持っている、血塗れの眼球が。

「こちらは義眼の方でしたわね? 一応、自分がやったと認めたことに代わりはありませんもの。もし嘘を吐いていたらもう片方の目も頂きましたけれど、今はこれだけで我慢して差し上げますわ」

 さっきまでとは打って変わって楽しそうな表情で、王女は囁く。ぽたり、と眼球から垂れた血を舐めとるように口づけて、彼女はそっと口を開いた。

 ごくり、と嚥下の音。一瞬何が起きたのか理解出来ないまま、残った左目を見開いて、僅かに動いた彼女の喉を見つめる。そんな僕に気づくと、彼女は満足げに微笑んだ。

「まだ死なれては困りますもの、手当てしなければいけませんわね? 人を呼ぶわ」

「う、……っぁ、あ、なたは」

 何を、と訊ねる暇もない。赤く濡れた手を僕の頬に当て、そのまま王女は僕に口づけてくる。

 鉄の味が、口中に広がった。


 ◆◇◆


「……秘密主義すぎます、あの国」

「ええ、そうね」

 疲れたように呟いたシリルに、あたしは嘆息交じりに返す。ちょうど部屋に入ってきたリオ様が、机の上に置かれた数枚の紙を手に取って眺めると苦笑した。

「シリル様でもこれが限界でしたか」

「ってことは、リオネルも?」

「ええ、大体同じことしか調べられませんでした。」

「城の内部については一切不明、か……厳しいわね」

 いくら隠されていても、この二人なら断片くらい掴めると思っていたのだが、それすら出来ないとは。流石、他国からたくさんの恨みを買っているだけあって、自衛の術はアネモス以上ということか。……いや、単に上に立つ人間の性格の問題かもしれない。ジルと別れる直前に見た、国王と王女の歪んだ笑みを思い出して、あたしはそっと首を振った。

「ウィクトリアの帝都が移動するのは、早くても月末……遅くても来月の頭くらいですから、まだ余裕があると言えばあるんですけど……」

「あんたたちがこれだけ調べて無理だったなら、時間があっても大して変わりはしないでしょうね。あたしも騎士たちを治療しながら話は聴いてるけど、あまり収穫はないわ」

「そうか」

 リオ様が息を吐き、不意に沈黙が訪れる。

 それを破ったのは、ガラスの割れる鋭い音だった。

「っ!」

 幸い、というべきか、座っていた場所が窓から離れていたため、破片が飛んでくることは無かった。それでもあたしたちは一斉に息を呑み、割れたガラスに注目する。そんな中、視界の端に小さな青い光が映った。それはガラスを突き破った勢いもそのままで、反対側の壁に激突する。そして、そのままぽとりと床に落ちた。

 どこか見覚えのあるその光に、あたしは反射的に駆けよる。……随分前に、ジルが一度だけ見せてくれたことがあったはず。別れる間際に彼が言っていた、連絡の手段。

「ソフィア?」

「……リザ、様」

 すくいあげるように手に乗せると、彼女は震えながら体を起こした。明るい青の髪に、同じ色の瞳。透き通った羽は一枚が根元近くから失われていて、もう一枚もぼろぼろだった。羽だけじゃない、その体も、よく見れば傷だらけである。流れるのは血ではなく青い光だったが、普通の人間ならば間違いなく致命傷だ。

「リザさん、その子は――っ!」

 駆け寄ってこようとしたシリルが、窓の外を見て動きを止める。劈くような、不気味な鳥の鳴き声。ソフィアを追うように、黒い影が突進してきた。

「シリル様っ!」

 リオ様が駆け寄り、黒い影を外に蹴り飛ばす。彼はそのまま振り返ると、駆け込んできた騎士たちに厳しい顔で言い放った。

「外だ。一匹だけではないだろうな、始末を頼む」

「はっ!」

 騎士たちの足音が聴こえなくなったところで、リオ様は振り返る。口を開きかけたあたしよりも先に、シリルが呆れ顔で呟いた

「リオネル……蹴るのはどうかと」

「緊急事態でしたので。シリル様、お怪我は?」

「僕は平気。リザさんは……」

「あたしも大丈夫よ。この子は別みたいだけど」

 手に乗せたソフィアに視線を下ろすと、シリルとリオ様も歩いてきて彼女を見下ろす。二人とも同じ疑問を抱いたのか、訝しげに顔を見合わせると、リオ様が躊躇いがちに口を開いた。

「ジルに、似ているようだが」

「ええ、そうね。説明は後よ、時間が無い。あたしには、この子を治すことは出来ないもの」

 ジルの魔力と魂から出来たこの子は、ジルでなければ治せない。見下ろすと、ソフィアは当然のように頷き、顔を上げてシリルを見つめた。それだけの動作にも、彼女がかなり体力を使っているのが分かる。

「シリル=ネスタ・ラサ=アネモス様ですね。……手を」

「手?」

 ソフィアの言葉に、シリルは訝しげに両手を差し出した。その上に、ばさばさと丸められた紙の束が降る。

「っ、わ」

 慌てて落とさないように抱え込むシリル。最後にじゃら、と鍵束を彼の手に落としたところで、ソフィアは力尽きたようにあたしの手の中に倒れ込んだ。必死で起き上がろうとして失敗しながら、彼女はなおも言葉を紡ぐ。

「シリル様、なら……見れば、お分かりかと。もう、時間がないのです。どうか……」

 ふわり、と手が軽くなる。見れば青い光の粒が溶けるように宙に消えて、同時にソフィアの体は段々と透けていった。

「わたしの、記憶は……リザ様に。それで、伝えるべきことは、伝えられるはずです」

「……ええ」

 彼女を抱き締めるように、そっと胸に手を当てる。静かに目を閉じて、手の中の少女に聴こえるように呟いた。

「大丈夫、ちゃんとソフィアも連れてくわ。だから、安心して眠りなさい」

「はい」

 声色から、彼女が微笑んだのが分かる。殆ど消えかかったところで、彼女の呟く声が聴こえた。

「どうか……マスターを」

 ぶわっ、と光が散る。それはすぐに集まると、あたしの中に吸い込まれるように消えた。何かが触れたような感触も、何もない。代わりに、ソフィアのものであろう記憶が、勢いよく流れ込んでくる。

「っ」

 眩暈にも似た感覚にふらつくあたしを、リオ様が慌てて支えた。感情や知識まで渡してはあたしの頭が耐えられないせいだろう、流れ込んでくるのは殆どが彼女の記憶だった。ジルに『作られた』最初の記憶、あたしと出会ったときのこと、ウィクトリアでジルと交わしたらしい会話。たった三回の、けれど確かにソフィアが生きた、大切な記憶。その奔流が治まったところで、あたしはほっと息を吐く。

「……ありがと、助かったわリオ様」

「ああ。今のは――」

「そうね、説明するわ。……長くなりそうだし、場所を変えましょうか」

「では、例の部屋にしましょう。人に聞かれては困る話でしょうから」

 シリルの言葉に頷き、あたしは二人に見えないように、そっと唇を噛んだ。

 彼女の記憶の中に見えた、ジルの現状。どうやら彼の置かれている状況は、思っていたより悪いらしい。後悔とまではいかないけど、自分でもよく分からない、小さな何かが胸の奥で燻った。


こんばんは、高良です。頭痛で寝ていたら微妙に間に合わなかったなど。体調管理、大事です。


さて、前半はジルのやらかしたことを知ってしまったカタリナ。ジルの予想通り、彼女は彼を殺しはしませんでした、が……

後半はアネモスに到着したソフィア。力の全てを使い果たして、けれど彼女は色々なものを託していきました。ちなみに魔物はウィクトリアからの追っ手というわけではありませんが、彼女は傍から見れば小動物ですから、格好の獲物だったというだけ。

さて、これでアネモスが攻め込む準備は整いましたが……


では、また次回。

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